複雑・ファジー小説
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- イストリアサーガ-暁の叙事詩-
- 日時: 2019/03/30 20:38
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1191
あらすじ
互いに信ずる神を違えたがために十世の時を聖戦という名の殺戮で数多の血を流してきた、
西の「イース連合同盟」、東の「トゥリア帝国」。
その果てしない戦乱は続き、
混乱、殺戮、憎悪、破壊が、人々の心を蝕んでゆくであった。
この歴史の必然は、一人の少女と一人の青年を生み出す。
二人の若者が後にこの聖戦の終止符を打ち、大陸に暁の光を照らすことを
大陸の人々はまだ知る由もないことであろう・・・。
はじめまして、燐音と申します。
当小説は「ベルウィックサーガ」というゲームから強く影響を受けた作風となっております。
物語の舞台は「中世ファンタジー」で、二つの国の正義がぶつかり合う聖戦が題材です。
普通に架空の生き物(グリフォンやドラゴンなどの怪物)が存在し、
架空の種族(竜人、亜人など)も存在します。
基本的に男尊女卑が強めになっていますので、万人受けするものではございませんが、
頑張って執筆していこうと思っております。
作者の知識不足もございますが、どうぞ温かくご覧ください。
感想などや作者への意見などはURLのスレにてどうぞ
参考資料
登場人物 >>5>>67
専門用語 >>4
目次
第一節 盟約の戦場
断章 聖戦の叙事詩 >>1
序章 戦いの序曲 >>2-3
第一章 まっすぐな瞳で >>6-8
第二章 旅立ちの街 >>9-12
第三章 こころ燃やして >>13-19
第四章 脅威 >>20-26
第五章 死闘 >>27-35
第六章 誰が為に >>36-37
第七章 その胸に安息を >>38-42
第八章 戦雲 >>43-54
第九章 開かれた扉 >>55-58
第十章 押し寄せる波 >>59-62
第十一章 覚悟 >>63-66
第二節 黄昏の竜騎士
幕間 幼竜 >>68
第一章 戦う理由 >>69-73
第二章 野心と強欲 >>74-80
第三章 始動 >>81-84
第四章 燃えたつ戦火 >>85-92
第五章 追憶 >>93-98
第三節 暁の叙事詩
第一章 この道の向こうに >>99-102
第二章 風吹きて >>103-111
第三章 邂逅 >>112-123
第四章 死の運命 >>124-130
第五章 風の乙女 >>133-134
第六章 騎士の誇り >>135-144
第七章 雨上がり >>145-146
第八章 廻り往く時間 >>147-149
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.140 )
- 日時: 2019/03/26 23:32
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
フィフスに到着したのは次の日の昼過ぎだった。
それでも睡眠はもちろん、ほとんど休憩をとらず駆けつけたのだ。夜の間に移動したのがよかったのだろう。フォースからかなり迂回する事になったというのにルク城からの軍勢がフィフスを襲った形跡はなかった。
だが村の様子はフォースと同じで、男たちが農耕具を武器代わりに携え、表に立って周辺を警戒していた。
「私はイース同盟、エリエル公国軍のシャラザードという者です! ここに保護されている人物を救出に参りました」
そう叫びながらシャラは馬を走らせ村の中に駆け込んだ。例によって村人を怯えさせないようにアスランとヒルダの二騎のみを引き連れてである。
シャラが自分の身分を述べた途端、フィフスの村人達の表情が一気に輝いた。
「い、イース同盟だ! イース同盟がやって来たぞぉ!」
歩哨に立っていた村人の一人は、諸手を挙げて叫びながら村の奥へと消えていった。するとその声を聞きつけた人々がわらわらと戸口から姿を見せる。
喜びの表情があった。警戒の表情もある。戸惑いの表情も少なくない。
だが一番多いのは、やはり安堵から脱力した表情だった。
よほど緊張状態が長く続いていたのだろう。村の主要な道を、愛馬を引いて歩きながらそう思った。襲撃を受けたわけではない。しかし常に緊張を強いられたせいで村の中の空気が澱み、どこか煤けて見えた。
シャラを先導する青年も満面の笑顔を浮かべ時折振り返りながら一つの建物に案内していく。どうやら村長の屋敷も別棟のようだ。
「あそこに、イスラフィル公子が?」
「そうだ! 俺達が匿ったんだ。匿って、一生懸命手当てした!」
誇らしげに青年は言った。今まではルク城の目があって言いたくとも言えなかったのだろう。兵からも、民からも慕われるこの国の公子の命を救ったという一大事件である。
「ありがとうございます、あなた方の勇気に、私は……いえイース同盟に連なるすべての国々は、感謝することでしょう」
シャラは心からの本心を目を細めて微笑みながらそう言った。だがあまりに尺度の大きな話だったためか、青年は実感できずポカンと口を開いたままになるだけだった。
別棟は、半ば物置になっていた。使わなくなった棚や、机、古くなった絨毯は丸めて壁に立てかけてある。さびた甲冑などという物まであった。様々な物が所狭しと詰め込まれ、子供が見つけたら喜びそうな、そんな雰囲気が漂っていた。
表から見るとこの建物は二階建てになっていた。しかし実際には二階部分の床は半分ほどを残して吹き抜けになっており、床の残っている部分はちょっとした屋根裏部屋風の作りになっているようだ。
壁際に梯子が設けられており、一階からはそれで昇り降りするようである。
小さく息を吸い込んで、声を出すまでに少しだけ、緊張した。
もし、万が一、ここに匿われているイスラフィルが偽物だったら、きっとその落胆は想像を絶するに違いない。
「イスラフィル公子! いらっしゃいますか!?」
もちろんほとんどのその心配はないだろう。今、このルクのすぐそばでイスラフィルの名を騙る者などいるはずがない。見つかって捕らえられたが最後、どう言い訳しようとトゥリア教団の手で処刑されてしまう。だから本気で心配しているわけではなかった。
けれど運命は時々信じられない意地悪をするために、またシャラ自身がそれを理解しているだけに、体が自然と強張った。
「な〜んだシャラ公女。意外な所で会うじゃないか。まあ上がって来いよ」
思って見なかったほど、普通の声が返ってきた。
二階部分には、簡単な寝台が持ち込まれ、そこでイスラフィルは退屈そうに横になっている。
「ご無事でなによりです」
そう言うシャラに、イスラフィルは苦笑を浮かべた。
「それはほとんど嫌味だぞシャラ公女。生き恥を晒しているだけだ」
寝台から起き上がって、イスラフィルは肩をすくめた。
ウエスト砦で会った時のように、服はボロをまとい、体中包帯に覆われていた。
「それでも、生きてさえいればやり直しはききます」
「……部下を何人も失ってな」
イスラフィルはふて腐れたように視線を逸らし、すぐ傍の壁についている小さな窓を開けて外を眺めた。だがすぐに首を振る。
「……いや、こんな所で拗ねている場合ではないな。貴女がきたという事は、ルク奪還の好機がきたという事だ」
そう、シャラもそれは考えていた。モルドレッドやアルフレドにはイスラフィル救出しか申請していなかったが、ここまで深くルクの傍まで来たのなら、一気にルク城を落とす事も夢物語ではない。確かにルク城に残っているだろう、トゥリア帝国の戦力は脅威だったのだが。
「行きましょう、イスラフィル公子。あなたの部下が命懸けであなたを逃がした事は、無駄ではない。それを証明するために!」
イスラフィルはようやく真っ直ぐシャラを見て大きく頷くのだった。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.141 )
- 日時: 2019/03/27 00:16
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
シャラは、予定通りイスラフィル救出を触れて回った。
例えばこんな風に。
イスラフィルを救出した次の日、村人の情報に従い、フィフス村の近くを通りかかるルク城の偵察隊を森の陰で待ち伏せしていた。
ルク城からは毎日、決まった時間に偵察隊が出ている。その日の朝早く、情報通り現れた偵察隊の前にシャラ達は飛び出した。
「ひ、ひぃ」
偵察隊の数は五。前衛の三人がライトスピアで武装し、後衛の二人が弓矢で武装していた。シャラはアスランの隊とヒルダの隊を同行させていたため、数は十ほどである。だが戦いはしなかった。それぞれ武器を抜き、ヒルダに命じ偵察隊の鼻先に矢を一本撃たせ高らかに宣言した。
「我々はイスラフィル公子を救出した! もはや我々に足枷ありません。早晩、貴公らの城を数千の軍勢で取り囲むことでしょう!」
唖然とする偵察隊を放置し、走り去った。
同じ事がルク城の各所で展開された。ルクからの兵の動きは目に見えて大人しくなる。警戒を強めたのだ。
数日後、シャラの言葉通り、デザイト方面軍の軍勢がルク城を取り囲む。そう、イスラフィルの無事を知り、彼の強力な求心力が一度動けなくなったデザイト方面軍に再び活力を与えたのだった。
フォースを守り抜いたエリエル騎士団を加え、その軍勢は五千にものぼった。
「お〜、こりゃあ壮観だな」
敵は籠城の構えを見せていた。
城の表も裏もすっかり友軍によって固められている。
「イスラフィル公子。そんな呑気な……」
水筒を渡しながら、シャラは呆れたように言った。
「ははは、若いなシャラちゃんは」
「シャラちゃん……」
「攻城戦の経験はないのか?」
「経験はありませんが……」
城攻めの経験はなかった。ただ知識はある。敵が籠城した時は、こちらはできる限り消耗を抑え最大限に敵を消耗させなければならない。
デザイト方面軍も、ルク城をやや遠巻きに包囲し、これ見よがしにテントを張って城を監視していた。敵に圧迫感を与えるため、必要とするよりも多くのテントが張られている。敵に見えにくいところにあるテントなど、物置代わりに使われていたぐらいだ。
「心配するな。ここは俺の国だ。手段は講じてある」
イスラフィルの言う「手段」のせいかだったのかはわからない。ただ城を包囲して一日が経った頃、城勤めをしている下級兵の投稿が目に見えて増えていた。
王の間——。
そこに王座に座る漆黒を羽織る司祭と同じく漆黒を纏う黒髪の剣士がいた。
「閣下、もう後がないよ。この城は囲まれちゃってる」
剣士は思ったより軽い口調で何か楽しそうに司祭に報告する。
そして、剣士は漆黒の剣を構えながらニヤリと笑った。
「そういえばあの中に、僕の姉さんがいるんだ。殺してきてもいいかな?」
司祭は深く頷く。
「構わぬ。お前の好きにするがよい」
「やっさしいね、「メフィスト」様は。それじゃあ行ってくるよ」
剣士は笑顔で司祭に手を振ると、くるりと後ろを振り返ってゆっくりと歩きながらその場を立ち去った。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.142 )
- 日時: 2019/03/27 18:24
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
さらに一日、その日の朝、イスラフィルは突然動いた。
「全軍、進撃!」
敵はおろか味方まで虚をつかれた号令だった。黄金の鎧に身を包む獅子は、常人であればまともに動けないほどの深手を負いながら、顔色にそれを窺わせず軍の先頭に立った。
城の城門に続く坂道に取りつくが、中からの攻撃はない。それどころか城門からは閂が引き抜かれ、イスラフィル達をまるで賓客にそうするかのように出迎えたのだ。
「シャラ公女。助けてもらった礼だ。今回は俺の傍で俺の戦い方を見ておけ」
「イスラフィル公子の、戦い方?」
「そうだ。エリエル騎士団も前線から引かせてくれ」
「……わかりました。学ばせていただきます」
シャラは素直に頷いて、部下に指示を出した。デザイト方面軍の後方に付き、逃げ出す兵だけを相手にするようにと。
城門から入ると、城の前庭が広がっていた。前庭は千の兵を並べる事ができる程に広い。そして向こう側にもう一つ門が見える。シャラが通った正門の城門より一回り小さい。裏門だ。そちらの閂も既に引き抜かれ、裏側を取り囲んでいたデザイト方面軍の兵が、まるで包みを決壊させる洪水のように流れ込んできた。
「これは……」
イスラフィルは忙しく指示を出しながら、シャラを振り返った。
「抜け道だ」
「抜け道、ですか?」
普通、攻城戦でもっとも気を付けなければならないのが抜け道だ。兵達に外を警戒させ籠城が続いているように見せかけ、その実、城主や一部の要人だけが抜け道で外に逃れる。
ルク城の隅々まで知り抜いているイスラフィルは、逆に部下を抜け道から侵入させ、そして城門を解放したのだ。
既にデザイト兵の大半が降伏していた。イスラフィルがデザイト方面軍の指揮を執っていると聞かされ、トゥリア帝国の軍勢の流入に疑問を抱いていた兵達は瞬く間に戦意を失ったのだ。
「残るは城内の敵のみ! 気をつけろよお前達、ここまできて死んだら死に損だ。戦いが終わったら腹いっぱい美味いモンを食わせてやるから、死ぬんじゃないぞ!」
とても戦争中とは思えない号令だった。だが兵達の動きはさらに活き活きとし始める。
まるで一個の生き物のように、デザイト方面軍は統制のとれた動きで城の中に流れ込み、各部に戦闘が分散して広がっていった。
敵親衛隊の攻撃もまた激しく、デザイト方面軍は多くの犠牲者を出す。
「貴様らぁっ!」
イスラフィルは部下の死を目にすると、誰よりも真剣に怒り、先頭に立って親衛隊を切り倒していった。
そこに、漆黒をまとう剣士がイスラフィルに斬りかかる。剣も服と同じく漆黒だった。
「楽しそうですね公子。僕も混ぜてはいただけませんか?」
剣士はにやりと不気味に笑う。イスラフィルは一瞬怯んだが、その剣を受け止めたのはイスラフィルの剣ではなく、斬り込んできた純白の剣だった。
「公子は今ご多忙の身で在らせられる。公子の代わりとは言っちゃなんだが、私がお相手しよう」
共についてきた純白の剣を持つ少女、カンナだった。カンナは不敵な表情を崩さず剣士にふふんと鼻で笑う。
「邪魔、するの?」
「ええ。その剣を返していただきたくって。「ウカ・アサギリ」殿」
カンナはウカの名前を呼び、イスラフィルに振り返る。
「公子、王の間へ!」
イスラフィルはカンナの真意を察すると、頷いて親衛隊を引き連れて先を急いだ。
「カンナ殿! ……ウカ!」
そこへ同じくシャラについていたミタマとスピネルがカンナに近づく。ウカはミタマの姿を見て口元を三日月のように歪ませる。そしてカンナから離れるべく、一歩下がって飛び跳ねて着地した。
「姉さん! 生きてたんだ。嬉しいなぁ……あの時確かにとどめを刺したのに、また生きて僕に殺されに来るなんて!」
「勘違いしないでくださいウカ。私はあなたを必ずミズチに連れ帰ると誓っていますから」
「あははっ、呪刀さえあれば姉さんなんか……!」
ウカはそういって手に持っている呪刀を構える。呪刀は黒く光った。
だが、カンナは手に持っている純白の剣を構えると、呪刀の光が消えうせる。ウカはそれに驚いて目を見開いた。
「——っ!? な、なんで!?」
「これは「神刀アマノハバキリ」。呪刀の対なる存在であり、互いの力を打ち消し合う。……この剣がある限り、その剣はただのナマクラだ」
カンナは不敵な笑みでそう言い放つ。
呪刀カケツシントウと神刀アマノハバキリは互いが弱点であり、二つの力は相殺する。だから二つの剣は互いに離しあわなければ、力を打ち消し合って力を持たないただの刃のない剣となってしまう。ミズチ国では、二つの剣は別々の場所に祀っていたのだ。
ウカはそれを聞いて、一瞬強張った顔をしたかと思いきや、高笑いを上げて呪刀を投げ捨てる。
「面白い、面白いね君たちは! これでこそ殺し甲斐がある! だったらあんなナマクラなんか必要ない、僕自身の手で君たちを殺してあげるね!」
「二人とも、下がって。ここは私が」
ミタマは二人を下がらせると、手に持っている刀剣を鞘から引き抜いて構える。その顔には、迷いがなかった。
「最初は姉さんが相手してくれるの? じゃあ死ぬ直前まで痛めつけてかわいがってあげなくちゃねえ」
「そうはさせません。あの時の私とは違います」
ウカの嘲笑に、ミタマは顔色一つ変えずにウカの動きを睨み据える。そして、小声でつぶやく。
「あの時の私とは、サヨナラです」
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.143 )
- 日時: 2019/03/27 22:28
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
シャラとイスラフィルは数名の兵を引き連れ王の間に飛び込んだのだ。
「ふふふ、イスラフィル公子。早かったですな」
王座にその男が座っていた。
衣服こそトゥリア教の司祭の物だが、その姿には強い違和感がまとわりついていた。
まとった物に収まりきらない禍々しさが、その男から放散されていた。
歳は四十を超えたあたりだろか。緩く波を描く豊かな髪を、いく房か残して無造作に後ろで束ねている。その顔には、他人を嘲笑うかのような表情が浮かべられていた。
「久しいな、メフィスト。もっと早く退治しておくべきだったと反省しているよ、国を腐らせる害虫をな」
静かに自らの剣を抜き放ちながらイスラフィルは冷静にそう言った。
「くっくっく。害虫とは、随分な言われようだ」
ゆっくりと王座から立ち上がりながら、メフィストは懐から魔導球を取り出した。
夜の闇よりもなお黒い闇を宿した魔導球。
「もう逃げられんぞ、おとなしく投降しろ」
「投降……私が、ですかな?」
さもおかしそうに、くつくつと笑いながら自分の手の中にある魔導球を愛おしそうに撫でまわしていた。
「貪欲なる闇に蝕まれるがいい」
その声は、不気味なほど近くで響いた。シャラと王座との間にはまだ十数歩は歩かなければならない距離がある。
だというのに、メフィストの声がほとんど耳のすぐそばで囁かれたのではないかと錯覚するほどだった。
その途端、シャラの身体から自由が奪われた。
「な、なに!?」
暗黒魔法とは呪いと幻だ人々を恐怖で縛り、使役するための力。
その声は呪いだ。
呪いは見えない綱となってシャラの身体を縛る。
「あ、ぅ」
全て幻のはず。だが現実以上の力を以って、シャラを苛み始めていた。
呻くが、無駄だ。どれほど力を込めても動けない。それどころか、シャラの身体の自由を奪った何かは瞬く間に力を強め締め上げていく。
あまりの力に視界が霞みチカチカし始めた。その朦朧とした視界に、目に見えぬはずの呪いが姿を現し始める。
蛇だ。
人間を数名丸呑みにできる程の、漆黒の鱗を持つ巨大な蛇が、シャラの身体に絡みつきその巨大な顎を開いて毒々しい口蓋を外気に晒していた。
暗黒魔法で作られた幻だ。だが生々しい質感を持つそれは、ぬらぬらと唾液を滴らせながら先が二股に分かれた細い舌をちらつかせていた。
「ぐぅ」
胴を締め付ける力が、さらに高まる。このままでは鎖骨の一本や二本すぐにへし折られるだろう。
いや、これも幻のはずなのだ。
「ああああああっ!」
ついにシャラは絶叫を上げた。肺が絞られ、息が吸い込めない。このままでは死んでしまう。
そんな恐怖が脳裏に去来した瞬間、蛇を光の刃が切り裂いた。
シャラは突然の出来事に辺りを見回す。突然身体が自由を取り戻すが、平衡感覚が伴わず床に崩れるように倒れ込んだ。
「若いな、公女。世の中にはに手も焼いても食えない奴がいる。敵と対峙したら一瞬だろうと気を抜くな。それが一軍の将であるならなおの事。できなければ部下を無駄に殺す事になるぞ」
「ごはっ、ごほっ」
喉が痛むほど大量の空気をむさぼる。シャラが振り仰ぐと、イスラフィルが剣を振るったままこちらを見下ろしていた。その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「い、すらふぃ……ごほっ、公子には、幻が……?」
おかしな言い方だが、この幻が見えないのだろうか。
あたりを見れば、一緒に突入した兵達が、やはり戒めを解かれシャラと同じように床に座り込んでいた。
シャラはようやく、メフィストが王の間に飛び込んだ人間を全て、一気に呪殺しようとしていたのだと気が付いた、改めてその恐ろしさに背筋が凍る思いがする。イスラフィルがいなければ間違いなくシャラ達はここで全滅していただろう。
「痛いんだ」
「……え?」
「体中の痛みのせいで、幻影に惑わされている暇がない」
イスラフィルは照れくさそうに、他の者には内緒だぞと口止めをしてからメフィストに向き直った。
「何!? 私の暗黒魔法が……?」
今度はメフィストが驚く番であった。自慢の術が通じず、狼狽え、そして後ずさる。
シャラ達を救い出したイスラフィルは、もはや何の憂いもなくメフィストに向かい、そして剣を突きつけた。
イスラフィルはシャラのすぐそばに立っている。先ほどと同じ立ち位置にいるメフィストとは、まだ距離が開いていた。それでもメフィストは、すぐ喉元に刃物を突き付けられたように凍りつき青くなっている。
「ぬ、き、貴様!」
最初の余裕など、もはやどこにもない。そこにいるのは、追い詰められた一人の悪党。それだけだった。
イスラフィルはそれを見て、ふふん、と鼻を鳴らす。
「ようやく化けの皮がはがれてきたな。悪いが貴様は殺すぞ。生かしておくにはあまりに危険な存在だからな」
生け捕りにできれば、トゥリア帝国の情報を引き出せるかもしれない。しかしもし暗黒魔法を使われれば、たった一人とはいえ一軍を壊滅に追い込みかねない危険性がある。
「ふ、ふはははは! 殺す? 私を殺すだと!? 私は蛇。帝国の古き蛇よ! 貴様のような若造に渡しを殺すなどでき——」
メフィストが高笑いをあげながら叫んでいるとイスラフィルは一気に間合いを詰め、凄まじい突きを放つ。そしてそのまま魔導球ごと剣に貫かれた。
割れた魔導球が音を立てて床に落ちて砕け散る。
「さてシャラちゃん、勉強になったかな?」
イスラフィルは子供のように無邪気な笑顔を浮かべ振り返ってシャラを見た。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.144 )
- 日時: 2019/03/28 18:08
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
「ははは……やるね、姉さん」
ミタマの渾身の斬り込みに胸を斬られ、衣服と肉が切り裂かれたウカは、不気味な笑みを絶やさずに剣を杖代わりに身体を支え、やっとの思いで立っていた。
激しい剣の打ち合いの末、ウカが見せた隙をついて、ミタマは一気に斬り込んで致命傷を与えた。スピネルが杖を持って近づこうとしたが、カンナにそれを制され、ウカとミタマの様子を窺っていた。頃合いを見て、ウカの治療をしようと考える。スピネルは杖を持ったままそれを見ていた。
荒い呼吸でミタマが刀剣を鞘に納める様子を眺める。
「とどめ、ささないの……?」
「あなたを連れて帰る事が目的です。それに虫の息、もうあなたに私を殺す術はありません」
「甘いんだねぇ、今殺さないと後悔するよ〜?」
ウカは煽るように笑みを絶やさない。ウカの傷は早く治療しなければ、失血して倒れ込んでしまうようなものだった。だが彼は余裕そうな表情だ。
ミタマは首を振る。
「甘いとかは、父上から散々言われてきましたから。それに」
ミタマはウカに近づいて手を差し伸べる。
「大事な弟ですから」
ウカはミタマを驚いたように目を見開いて、純粋な子供のような表情を見せる。
だが、そのすぐ後に口を大きく開けて高笑いを上げる。
「あはははっ、あはははははっ! 姉さんってばまだそんな事が言えるんだ? 優しいんだねえ!」
そして鋭い眼光と憤怒の表情でミタマを睨み据えた。
「虫唾が走るんだよっ! 僕は姉さんのそういうところが嫌いなんだよ、何もかも持ってて父上に認められて、誰からにも期待されててさあ!」
ウカは吐き捨てるように、血を口に滲ませながら叫ぶ。
ミタマは黙ってそれを聞いていた。
「だから、父さんを殺した。ついでに同盟軍とかも皆ね。僕が同盟軍を殺すたびに帝国軍の皆から褒められたんだよ。それにメフィスト様はさ、僕の事を認めてくれてたんだ。いずれ捨てられるなんて、捨て駒だってわかってる。だけどね、僕を必要としてくれる人が、期待してくれてる人がいたんだよ! 姉さんに僕の気持ちはわかんないでしょ!」
「わかりません」
ミタマは静かに言葉にする。……ただ、静かに。
「認められないからって、誰かを傷つけていいはずがありません。期待されていないから、誰かを不幸にしてしまうのも間違っています」
「じゃ、あ……」
ウカはミタマに今まで以上に激しく怒り、指をさす。
「どうすればよかったんだよ! 僕は」
「私達を頼ってくれたらよかったんです」
ミタマはウカの頭に手を置く。
「そりゃあそんな悩み口にできないですよね、ですが……ほかに方法があったはずです。だって私達は姉弟なんですから。姉弟だったら必ず一緒に解決方法が見つけられたはずです。根拠はないかもですけど」
ミタマはウカの目を見て微笑む。その顔はまるで母が子を制するための笑顔だった。
ウカは黙ってミタマを見る。
「……そうだね」
しかし、次の瞬間ウカはミタマを思いっきり突き飛ばす。ミタマは驚いてウカを見るが、ウカは口を歪ませ笑みを浮かべた。
「でも、僕は姉さんが大っ嫌いだったんだ」
ウカは高笑いをあげながら、剣を握りしめて、自身の首を掻っ切った。
鮮血が飛び散り、ウカは歪んだ笑みを浮かべながら床に突っ伏す。音を立てて倒れ込み、床に黒いしみが広がっていった。それきり、彼はもうそれ以上動かなくなった。
残された者達はその様子を唖然として見ていた。
戦いは、その日の夕暮れまでに終結した。
デザイト公爵であり、イスラフィルの父親であるマリクは自分の寝室で発見された。命の危険はないが、メフィストの術と毒とで正気を失っており、元の健康な体を取り戻すのにはしばらくの時間が必要となるらしい。
ルク城に入り込んでいた親衛隊はその全てが討ち死にするか自害して果てた。
メフィストもイスラフィルの突きによって即死しており、帝国の情報は得られなかった。結局イース同盟は何も得られなかったのだ。ただ、奪われた物を取り戻しただけ。
つまるところ戦争というものはそういうものだと、事後処理を手伝いながら少し愚痴を吐いたシャラに、イスラフィルは妙に寂し気にそう言った。
だがこれで、イース同盟はデザイト方面軍を解体し、同盟軍の全ての勢力をトゥリア帝国軍へと注ぎ込む事ができる。その上、デザイトの精鋭一万が戦線に加わるのだ。
イース王国、いや、イース同盟に差した一条の光明であった。
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