複雑・ファジー小説

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イストリアサーガ-暁の叙事詩-
日時: 2019/03/30 20:38
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1191

あらすじ
 互いに信ずる神を違えたがために十世の時を聖戦という名の殺戮で数多の血を流してきた、
 西の「イース連合同盟」、東の「トゥリア帝国」。
 その果てしない戦乱は続き、
 混乱、殺戮、憎悪、破壊が、人々の心を蝕んでゆくであった。
 この歴史の必然は、一人の少女と一人の青年を生み出す。

 二人の若者が後にこの聖戦の終止符を打ち、大陸に暁の光を照らすことを
 大陸の人々はまだ知る由もないことであろう・・・。



はじめまして、燐音リンネと申します。
当小説は「ベルウィックサーガ」というゲームから強く影響を受けた作風となっております。
物語の舞台は「中世ファンタジー」で、二つの国の正義がぶつかり合う聖戦が題材です。
普通に架空の生き物(グリフォンやドラゴンなどの怪物)が存在し、
架空の種族(竜人、亜人など)も存在します。
基本的に男尊女卑が強めになっていますので、万人受けするものではございませんが、
頑張って執筆していこうと思っております。
作者の知識不足もございますが、どうぞ温かくご覧ください。

感想などや作者への意見などはURLのスレにてどうぞ






参考資料

登場人物 >>5>>67
専門用語 >>4


目次

第一節 盟約の戦場

断章 聖戦の叙事詩    >>1
序章 戦いの序曲     >>2-3
第一章 まっすぐな瞳で  >>6-8
第二章 旅立ちの街    >>9-12
第三章 こころ燃やして  >>13-19
第四章 脅威       >>20-26
第五章 死闘       >>27-35
第六章 誰が為に     >>36-37
第七章 その胸に安息を  >>38-42
第八章 戦雲       >>43-54
第九章 開かれた扉    >>55-58
第十章 押し寄せる波   >>59-62
第十一章 覚悟      >>63-66


第二節 黄昏の竜騎士

幕間 幼竜        >>68
第一章 戦う理由     >>69-73
第二章 野心と強欲    >>74-80
第三章 始動       >>81-84
第四章 燃えたつ戦火   >>85-92
第五章 追憶       >>93-98


第三節 暁の叙事詩

第一章 この道の向こうに >>99-102
第二章 風吹きて     >>103-111
第三章 邂逅       >>112-123
第四章 死の運命     >>124-130
第五章 風の乙女     >>133-134
第六章 騎士の誇り    >>135-144
第七章 雨上がり     >>145-146
第八章 廻り往く時間   >>147-149

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.79 )
日時: 2019/03/01 23:16
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

 幾時を遡ることになるだろうか。「ナナ・アインス・ルサールカ」という魔女は、知識に飢えていた。
 知識は全てを充たしてくれる……ナナはそうやってあらゆる知識をかき集めた。時には命を奪い、時には誰にも到達できない場所へ行き、時には人々を惑わし、そうしてできる限りの知識を得た。
 そんな時、ナナは一つの暗黒魔法の魔導書を創った。それは表紙が人の皮でできており、ページには人の血で魔法の言葉を書いた悍ましいもの……。禁忌そのものであった。この魔導書ができたのは、十世も昔である。
 その魔導書はナナが保管していたが、ある日それは失われる。いや、盗まれたのだ。
 その魔導書は「ネクロノミコン」という銘を付けられ、人々の手に渡っていたのだ。
 ネクロノミコンは人々に繁栄をもたらし、破滅へ導いた。幾多の血を吸い、力を増していくそれは、まるで生きているようだった。
 ナナはそれを回収し、永遠に葬り去ろうと探し出したが、ネクロノミコンはどこへ消えてしまったのか、見つからなかった。
 ナナは思った。

「この責任は、創造主である「ナナ・アインス・ルサールカ」の命を以って償う」

 この日、「ナナ・アインス・ルサールカ」はヴァルプルギスの夜会を去り、新たに「ダランベール・クリスト・ファ・ヴィンチ」と名乗り、ネクロノミコンを探し求めた。
 ついでに魔導学者と名乗り、魔導書を普及させたり、様々な道具や薬を開発していく中で、彼女は生きる偉人となっていった。
 そして、ついにネクロノミコンの所持者を発見した……ところでプラチナがネクロノミコンの力に中てられて瀕死になってるではないか。
 仕方ないので所持者であるロダンドールを撃退したというわけである。

「……なんか、悪かった」

 プラチナは話を聞き終わって、頭を下げた。

「いんや〜、いいよ。何の策もなく魔女に挑んで返り討ちに合って死ぬなんて情けないもんね」

 ダランベールは笑顔で皮肉たっぷりに言葉でプラチナを突き刺す。「うっ」と濁った声を出してますます申し訳なくなってしまう。
 だが、ネクロノミコンの力は本物だ。ロダンドールの頭に血が上り、確実に殺すつもりで魔法を放ったなら、プラチナは即死だっただろうと思う。それとも、単純に運がいいだけだったのか。
 どちらにせよ、目の前の魔導学者のおかげで命は助かったと言える。……助けられてばかりで情けないな。とプラチナは肩を落とした。

「まあ、私、君の命の恩人になったってことだよね」

 ダランベールはニヤニヤと笑いながらプラチナを見ている。恐らく、何かお願いでもするのであろう顔だ。

「な、なんだよ」
「いんや、簡単な事だよ。私を君の上司に紹介してくれないかな〜なんて」

 意外に「そんな事でいいのか?」と首をかしげたくなるほど簡単なお願いだった。魔女からのお願いだなんて、もっと意地悪な願いかと思ったのだが。

「そ、そんなのでいいのか?」
「君らについていった方が、ネクロノミコンを早く回収して夜会に帰れそうだし」
「……なるほど、まあ確かに」

 プラチナは納得する。ロダンドールがどこの所属はわからないが、彼女が帝国に所属する者ならまた会う事ができるだろう……
 できればもう死にそうになるのはごめんなんだが。

「大体魔女になりたての未熟者は「自分は人間より格上なんだぞ〜」つって調子に乗ってる若造が多いから、回収自体は難しいことじゃなさそう。私、ナインストレーガの一人だし」

 ダランベールはケラケラ笑った。根拠のない自信だが、実際、千年は優に生きている彼女の事だ。何とかなるだろう。

「で、君は何しにこの宮殿に?」
「あ、ああ。この宮殿に軟禁されている人物がいてね」
「あ、もしかしてさっき話してた子かも」

 ダランベールは顎を撫でながら上を見る。

「何、どこにいるんだ!?」
「おちつきたまえ」

 詰め寄るプラチナを宥めるダランベール。

「今案内するよ、君のお仲間も一緒かもしれないしね」
「頼む、早くしてくれ!」
「慌てなさんな」

 ダランベールはプラチナの様子に呆れている。落ち着きのない少年だなぁと思っているのだろう。だが、プラチナとてそんな場合ではないのだ。
 ダランベールは「こっちだよ」と指をさして走り、プラチナもそれを追いかけた。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.80 )
日時: 2019/03/01 16:17
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

 プラチナはダランベールの案内の下、リスヴァル達と無事合流できた。
 警備が薄いと思っていれば、リスヴァル達が既に撃退していたとの事だ。

「隊長! 服が真っ赤じゃないか、大丈夫なのか!?」
「平気だ、この人に助けてもらったから」

 リスヴァル達にダランベールを紹介すると、ダランベールはにこやかに笑う。本当に社交性がある人物だ。彼女がナインストレーガの一人である「ナナ・アインス・ルサールカ」である事はもちろん伏せて置いた。ダランベールとの約束だからだ。

「それより、ロロマタル様が軟禁されている部屋は見つけたか?」
「ああ、それらしい部屋を見つけた」

 リスヴァルが指さす方を見る。廊下の突き当たりにそれらしい扉がある。あそこか、とプラチナは頷いた。
 プラチナは周囲を注意深く確認しながら扉を開けた。ギィィという軋んだ音と共に扉がゆっくりと開く。中は他の部屋と変わらず簡素なもので、白亜の壁と自分自身が映るように磨かれた床、最低限生活できる家具が置かれている。
 扉の開く音に反応し、大きな窓の目の前にいた白い少女がこちらに振り向いた。
 髪先に連なって美しい銀色がかかった白い髪、右目が蒼く左目が深紅の瞳、純白の修道服を着た、儚い雰囲気を持つ少女だ。プラチナは思わず見惚れてしまったが、すぐさま我に返り、少女に声を掛ける。

「「ロロマタル・エウリュス・リィン・トゥリア」殿下ですね?」
「……だれ?」

 ロロマタルは頷いてから首をかしげる。鈴のような音色の声音だ。プラチナはロロマタルの前で膝を突き、頭を下げる。

「我が名は「プラチナ・アシェ」。貴方をお救いするべくして馳せ参じました」
「……だれがそういったの?」
「今ここでお話することはできません。ですが、我々を信じてどうかご同行願います」

 リスヴァルはプラチナの様子を見て驚いた。普段はかなり不愛想で敬語とは縁遠いような態度や口調だが、流石は亡国の王子である。

「わかった、あなたをしんじる」
「感謝いたします」

 ロロマタルは頷いてプラチナに近づき、手を引いて彼を立たせた。彼女の表情は常に無表情だが、恐らく最愛の兄に裏切られたショックだろうと考える。だが、徐々に取り戻してくれればいいなと願うばかりだ。

「さあ、脱出するぞ皆」
「了解!」

 こうして、彼らは無事にロロマタルを救出し、宮殿から脱出することができた。



 ジュウベエ隊とプラチナ隊が帰還し、キドルはそれを出迎える。プラチナの服が真っ赤に染まっていることは驚いたが、無傷である事に一安心した。そのことも含め、全員無事に生還できたことを心から嬉しく思った。信じてはいたが、何が起こるかわからないため、もし囚われてでもしていたらと思うと……ぞっとする。キドルは疲れているであろう彼らを休ませ、次回の任務まで待機するよう命じた。
 そしてその後すぐにストラスとロロマタルを執務室へと呼び出した。副官であるプラチナの席を外させ、執務室には三人のみとなった。キドルは深呼吸し、二人の顔を見る。

「はじめまして、私は「キドル・ティニーン」。1年前に将軍の称号を叙勲を賜った者です」

 キドルは二人に対し、跪く。ストラスは慌ててキドルの手を取った。

「や、やめてください! ベリアル兄さんから聞きました。貴方は僕達きょうだいの兄であると! きょうだいなのにそのような態度では哀しいです!」
「いえ、私は——」
「そんな畏まった態度もやめてください! 僕達はきょうだいなんですから!」

 キドルは困ったように立ち上がり、二人の顔を見る。二人とも自分よりは背が低いが、とても大人びている。流石は皇族だ。

「にいさま……」

 ロロマタルもキドルの服をつかむ。その表情はどこか哀しそうだ。
 キドルは二人の様子を見て、ため息をついた。

「……全く、どう接すればいいかわからなかったからあんな態度をとったのに」

 キドルは力なく笑い、参ったと言わんばかりに両手を挙げる。

「わかった、三人の時だけ俺もきょうだいのように接するよ」
「兄さん!」

 ストラスは嬉しそうに笑顔を見せ、ロロマタルは無言でキドルに抱き着いた。「いやはや」とキドルは呟きながらも、口元が緩み、嬉しそうな顔を見せていた。

「ところで兄さん、なぜ僕らを救ってくれたのですか? 兄さんは「竜将」と呼ばれ、ベリアルの奴隷であるはずです。こんな事をすれば兄さんの立場は……」
「その点は大丈夫だ、部下を使って賊が侵入したと噂を街中に流してもらった。これで時間稼ぎはできるはずだ。で、お前たちを助けた理由はたった一つ——」

 キドルは息を整える。

「この国から脱出してほしい」

 ストラスとロロマタルは驚いた。兄を置いて自分たちだけは逃げろと、この男は言ったのだ。

「そんなのはいやです! 乱れたこの国から逃げるだなんて……!」
「ロロ、やだ、キドルと一緒にいる!」
「そういうと思ったよ……」

 キドルはため息をつき、二人を見る。聞いていた通り二人は優しい。自分も同じ立場なら誰が何と言おうと残りたいとせがむだろう。だからこそ生き延びてほしいと思ってトゥリア帝国から脱出してほしいのだ。だがやはり二人は逃げることを拒む。

「じゃあ、俺の部下として働かないか」

 キドルは手を叩いてにこやかな笑顔で二人を見た。突然の笑顔と提案に驚くストラス。

「ぶ、部下として?」
「ああ、名前と服装諸々を変えて、俺の部下としてしばらく動いてもらう。なーに、戦い方は部下達から指南してもらえばなんとかなるでしょ」

 わっはっはと腰に手を当て、大笑いするキドル。
 唐突過ぎる提案だが、一人この国から逃げてしまうより、兄と運命を共にするのもまた一興か……。そう考えるストラス。ロロマタルもストラスの服を掴んで彼の顔をじっと見つめていた。ストラスはそれを見て深く頷き、キドルを見る。

「それなら構いません、僕達は竜将殿の配下に加わりましょう」
「あ、膝は突かんでいいから、流石に皇族にそれやられちゃうと怖いから」

 キドルは膝を突こうとするストラスを制して、ふっと笑う。

「それじゃ、服装は俺が選んだものを着てもらうとして、名前は……そうだな」

 キドルはうーんと唸りながらストラスの前までゆっくりと歩み寄る。

「ストラスの新たな名は「クリスクリア」。お前の目は水晶みたいに綺麗だからな。「クリス」って愛称もいいカンジになりそう」
「「クリスクリア」……「クリス」! うん、良い名ですね」

 クリスはにこやかに笑った。とても気に入っている様子だ。
 キドルは続いてロロマタルの前に歩み寄ってうーんっと唸る。

「ロロマタルの新たな名は「ロロ・エウリュス」。実はエウリュスって名なんかこの帝国に腐るほどいるから、問題ないぞ」

 ロロは無言で頷いた。

「ロロ、うれしい、ありがとう」

 ロロは無表情だが、心なしか喜んでいる様子だった。気に入ってくれているんだなとキドルは頷く。

「よし、二人とも! 明日から存分に働いてもらうからな。今日は部屋を用意してあるから、そこでゆっくりと休むんだぞ」

 クリスとロロは頷いて返事をした。キドルはうんうんと頷いて大笑いする。

 だが、この日の数日後、ベリアルの命でキドル達竜騎士団は、ライラ王国への侵攻を開始するのであった。
 そして、ライラ王国へ救援へと出向いたイース同盟の盟主アーサー率いる同盟軍を、ハイレクーンとの連携で屠ったのだ。
 次々と敗走する同盟軍を一人も逃すなとい命を受け、キドルは心苦しかったがその思いを押し殺し、敗走する同盟軍に対し追撃し、全滅させたのだった。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.81 )
日時: 2019/03/03 07:45
名前: 燐音 (ID: y47auljZ)

第三章 始動

 ライラ王国陥落後、アーサー王を討ち取ったキドルは敗走する同盟軍を一人残らず討ち取る。そして勢いと士気が向上する中、同盟諸国を落としていくのだった。一年足らずでハッカ共和国も落とし、帝国の領土を広げていく……。その凄まじい勢いに、同盟軍を追い詰めていくのだった。
 ライラ王国陥落後、一人の少女がキドルの前に姿を現す。王国第一王女の侍女である少女「ルー・アキフォート」と名乗った。
 整った前髪、後ろ髪を束ね、翠色の髪は毎日手入れされているかのように艶があり、老竹色のバンダナとマントを着用し、まるで町娘のような恰好をした弓使いである。

「あの、隊長さん! お願いです、殿下を解放してください! 私……なんだってやります!お掃除洗濯炊事皿洗い、なんなら獲物を獲ってきて料理だってします! だから——」
「ま、待て、落ち着け。それは俺の一存じゃ決められない」

 必死に頭を下げるルーに対し、キドルは彼女を窘める。
 実際、キドルに頼み込んでもキドルはどうする事も出来ないのだ。第一、王女という立場なら、幽閉されているか軟禁されている可能性もある。だが、彼女の希望通りに動く事も出来ない。キドルの勝手な行動で、部下が危うくなるのだから。
 だが彼女は目に涙をためてこちらを見ていた。……そんな顔されても、できないものはできない。だが、簡単に諦めろだなんて残酷な事も言えない。
 困っているキドルと、それを見つめているルーの前にハイレクーンが歩み寄ってくる。相変わらずニヤニヤ笑っていた。

「オヤ、お困りのご様子デスネ、閣下」
「ハイレクーン……」

 キドルは声を低くし、威嚇するように彼の名を呼ぶ。
 ハイレクーンはユピテル山脈に膨大な罠を仕掛けていた。足を踏み入れればたちまち黒い闇に飲まれ、重力で人を押し潰すというもの。暗黒魔法の地雷である。聞くだけで悍ましいが、キドルは押し潰された同盟軍を目の当たりにしてしまったのだ。比喩でもなく本当に潰された死体を見て吐き気すら覚えた。
 一瞬で死ねたならどんなに楽だろうか……とキドルは恐ろしくなった。
 それ以来、ハイレクーンへの見方が変わった。こいつは目的や皇帝のためであれば、なんだってやる。本当になんだってやってのけてしまうのだ。
 それがとんでもなく恐ろしく、嫌悪感を抱いてしまう。

「何の用だ」
「イヤイヤ、そんなに好意の眼差しを向けなくともヨロシイのデスヨ」
「逆だ逆!」

 ハイレクーンはキドルの目に対し、ニヤニヤと笑う。人の命を何とも思わないこいつは本当に大嫌いだ。すると、ハイレクーンはルーに視線を向ける。

「オヤ、ライラ王国王女殿下の侍女デスネ?」
「あ、あの……!」

 ルーは戸惑ったように慌ててハイレクーンを見ている。ニヤニヤとした顔つきを不気味に思っているのだろう。

「閣下がお困りのようですヨ、此方に来てくだサイ。なあに、悪いようにはいたしませんカラ」
「あ、あの、えっと……!」

 ルーが戸惑っている事をいいことにハイレクーンはルーの手を引く。ルーはキドルに助けを求める視線を向けて、今にも泣きだしそうであった。

「待て、ハイレクーン」
「オヤ、どうされましたカ」

 ハイレクーンは声を掛けられ、わざとらしく首を傾げた。本当に動作一つ一つも鼻につく。キドルはふうっと冷静になろうと深呼吸し、ルーを指さす。

「そいつは俺の部下だ。勝手に連れて行こうとするな」
「オヤオヤ、そうでしたカ? てっきりお困りの様子だとバカリ……オホホ」

 オホホと不気味に笑うハイレクーン。もうわざとこちらを小馬鹿にしてるんじゃないかと思ってしまうくらい鼻につく。キドルはルーの手を引いた。

「誰も困ってないから、お前はお前の仕事をしろ、俺には何の用もないはずだろ」
「ハイハイ、申し訳アリマセンネ。では、ワタシはこれにて……オーホッホ」

 何が可笑しいのかハイレクーンは笑いながら立ち去った。本当にあいつだけは天地がひっくり返ろうとも好きになる事はないだろうなと思う。

「あ、あの、もしかして、助けてくださったんですか?」
「ん? ああ……多分あいつに連れ去られてたら、お前は今よりひどい目に合ってたかもしれん」

 キドルはため息交じりにルーを見る。小柄で、年頃の少女だ。翠色の瞳をこちらに向けている。

「あの、ありがとうございます、隊長さん!」
「礼はいいよ、それよりも……」

 キドルはルーから一歩後ずさり、腕を組んで尋ねる。

「王女殿下を助けたいって話だったな?」
「はい、そうです! 姫様は戦争になんの関係もないんです!」

 ルーは腕を上下に振って、力強く説明する。本当に王女の事を信頼しているんだなとキドルは思ったが、

「残念だが、ライラ王国の王族ってだけで関係はあるんだよ。だから皇帝は幽閉している」
「そ、そんな! なんとかなりませんか!?」

 ルーは再び涙目でこちらを見ていた。こういう顔は苦手だ、女の涙ほど振り回されるものはないが、こういうのには弱い。それに彼女の思いはまっすぐだ。自分が頑張れば絶対何とかなると信じて疑わない、純真無垢な瞳……お人好しでなければ無情になれるんだが、キドルは残念ながらこういうお願いは無視することができなかった。

「なんともならない事はない、が……うーんそうだなぁ……」
「何か問題が?」
「王女の居場所がはっきりわからないんだ。助けようも助けられない」
「そ、そんな……!」

 ルーは肩を落とした。キドルは慌てて彼女の肩をつかんだ。

「だ、だが、俺の部下になれば、王女を助けられる機会が増えるかもしれないぞ!」
「えっ……?」

 キドルは言葉を口にしてからその言葉が持つ重さに気づいてしまった。
 王女を助けられるかどうかなんてわからないし、そもそも彼女は戦争とは程遠い侍女だ。戦いに参加させるなど、どうかしていた。キドルはそれに気がつき、どうすればいいのかわからず戸惑う。

「あ、えっと……」
「そ」

 ルーはキドルの目を見る。その目は爛々としていた。

「それなら貴方の部下になります! 兵士は初めてですが、私は殿下の無茶振りにも耐えてきたんです! 大丈夫です、何とかなります!」
「い、いや、しかしだな!」

 キドルはルーを止めようとあれこれ説明した。

「お前、俺の部下になるってことは、人を殺すんだぞ! 命を奪う覚悟は——」
「私、狩人なんですよ! ……確かに、人の命を奪うというのは初めてですが……殿下をお救いするためでしたら!」

 ルーは腰に手を当てて、えへんと言わんばかりに鼻を鳴らす。
 キドルはますます不安になってしまう。やはり口は禍の元だとよく言ったものだ。だが、いろいろ理由をつけても彼女はやると決めたら「やる」のだろう。

「……わかった。だが、なるべく戦いには参加させず、部下達の身の回りを世話させる。まずは訓練してから、その後に戦いに参加してもらうぞ」
「わかりました! これも殿下をお救いするための道でしたら、私は頑張って皆様に尽くしますね!」

 ルーは満面の笑みを浮かべた。この子は本当に事の重大さを理解してくれてるのかな、と不安にはなるが、まあ本人がやると決めたのなら、口出しせずに見守ろう。
 そうキドルは考えたのだった。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.82 )
日時: 2019/03/02 08:18
名前: 燐音 (ID: lU2b9h8R)

 その少年はハッカ共和国で踊り子になるべく日々勉強をしていた。母が立派な舞踏家で、母のような舞踏家を目指すべく、練習の日々……。それを毎日付き合って見ていた幼馴染がいた。少年と少女はそれぞれの夢を語りながら夢をかなえるべく、共に過ごしていた。
 だがそんな幸せな時間はある日突然崩れ去る。
 帝国軍がハッカ共和国に襲撃し、落としたのである。
 少年は捕らえられ、少女は皆を救うべく旅に出た。少年は少女の事が気がかりであったが、捕虜となって数日後、帝国でかなり有名な将軍である「竜将ティニーン」と出会った。
 少年は思った。彼は部下にも信頼され、国を次々と落とす実力、そして人柄の良さは彼の年齢とそぐわない。生まれも孤児だというから驚きだ。

「あんたが、「キドル・ティニーン」サン? ……えらい若いんやな。驚いたわ」
「俺はお前の喋り方に驚いた」

 キドルは少々困惑しながらも彼と接する。

「ボク、「ディエン・シンシン」。ただの舞踏家さかい、あんま役にたたへんけど仲良うしてな」

 ディエンはニコニコと笑った。
 彼は黒髪だが毛先が薄くなり、白い。黒装束、白いズボンと動きやすそうな服だ。腰に魔導書を下げているため、魔法が使えるのだろう。

「舞踏家……なんでも踊りで仲間を元気にする、魔道士の一種だとかと聞いたな」
「せやせや、神サマに踊りを捧げて、力をもらうんやで」

 ディエンはにこりと笑う。とはいえ、彼の眼は狐目であり、常にニコニコ笑っているような表情なのだが。
 かなりフレンドリーな彼に、キドルも少し警戒を解く。

「で、なんでボクを呼び出したん?」
「いや、お前に興味があってな」
「そういう趣味なん?」
「いや、違うから」

 キドルはディエンの質問に否定するように手を振る。彼もはははっと笑った。

「ま、まあ、お前を引き抜きたいと思ってな。お前みたいにヒョロヒョロで力がない奴は、トゥリア教に焼き殺されるのがオチだからな」
「……せやな」

 ディエンはキドルの冗談に、表情が陰る。この様子だと、彼は帝国軍のやって来たことを見てきたのだろう。

「謝っても許されないと思うが……すまない」
「なんでキドルサンが謝んの? 確かに帝国は許せへんけど、共和国が陥落したんは覆らない事実やし、トゥリア教が共和国の人間をどついてんは、キドルサンはなんも関係ないやん?」

 ディエンは頭の後ろに手をやってフラフラと左右に揺れて笑う。
 どんな困難や壁にぶち当たろうとも、楽天的に物事を見る……キドルは彼の人生観を見習いたいなと思った。

「まあ、帝国軍に力を貸すんは嫌やけども、キドルサンのためゆうたら、ボクは全然ついていくで」

 ディエンはケラケラ笑う。彼自身もキドルの功績や活躍、その反面、若さゆえによく思われていないというところに興味があった。
 聞けば現在キドルの齢は十九だという。一歳しか離れていないのに、立っている場所は全然違う。だからこそ惹かれる。彼の努力や信念をもっと知りたい。……そう思った。

「お前はなんだか、変わってるなぁ」
「キドルサン程でもないよ? ボクはアナタに期待してるから、ついていきたいゆうてんねん」

 ディエンがそういうと、キドルは頷いてディエンに手を差し伸べる。

「それじゃあ、今から俺達は共に戦う仲間だ。よろしく頼む」
「うん、よろしゅうね、キドル隊長サン……閣下サンかな?」
「好きに呼ぶといい、俺はどんな呼び方でも構わないさ」
「へいへい」

 ディエンはキドルの手を固く握る。意外にキドルの手はヒヤッとしていた。きっと竜人だからだろうか……と思った。
 これから彼の行く末を間近で見れるなんて、と思うとワクワクする。
 その反面、この人が負ける姿を間近で見てしまう事になるのはすごく哀しい。……自分は戦う事は苦手だが、彼を支援できるよう努力していこう……そうディエンは心に決めるのだった。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.83 )
日時: 2019/03/02 20:45
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

「閣下、怪しい者を捕らえました」
「怪しい者……?」

 その報告がキドルの執務室にきたのは、ディエンが騎士団に加わった次の日。
 領土を拡大したおかげで、騎士団に所属する人間もかなり増えてきた。キドルは誰彼構わず入れるというわけではなく、一人一人人格や個性などを見極め部下としてスカウトしているのだ。もちろんジュウベエやプラチナにも手伝ってもらっている。それでもまだ三百人程度しか騎士団には人手がいない。だから有能な部下はどんどん引き入れていきたいと考えている。
 キドルは、「連れてきてくれ」と衛兵に命じ、衛兵は短く返事をして部屋を出て行く。
 怪しい者……大方盗賊とか空き巣辺りだろうかと思いつつも、その人物を見極めておきたいと考えていた。「大いなる計画」のために、今は人員を確保せねばならない……。キドルはそう考えながら衛兵を待つ。

「連れてまいりました」
「いってえ! もうちょっと優しくしろっての!」

 衛兵に乱暴に放り投げられ、床に転がる青年が恐らくその「怪しい者」なのだろう。
 紫のボサボサしている前髪、後ろ髪は紺色のバンダナの中にまとめている。瞳は青く、紫のマントを白い長い布で巻き付け固定し、暗い藍色のズボンを穿いた青年……身軽そうな見た目からして、恐らく盗賊だろう。

「お前、名は?」
「ん? 俺はイケメントレジャーハンター、「ヴェノン・キャッツアイ」さ」

 ヴェノンは名を名乗ると、床に伏せながらも親指でポーズを決め、ニッと笑い歯を見せる。

「ちなみに、こいつはどこで何をしていた?」
「テンペスト王国の「アウステル遺跡」にて物色をしていたものと見られます」
「「物色」じゃねえ! 「冒険」だ! 墓荒らしと一緒にしてんじゃねえよ!」

 衛兵の報告にヴェノンは怒鳴って腕を振り上げる。確かに盗賊にしては身なりもきちんとしているし、本当にただの冒険家なのだろう。ただ、タイミングが悪かったようだ。

「ん? ……お前よく見たら……」

 ヴェノンはキドルの顔を見て体を起こして立ち上がり、キドルに顔を近づける。キドルはその様子に「な、なんだ」と声を出して一歩後ずさった。

「やっぱり、竜将さんじゃないの! 有名人〜!」

 ヴェノンは笑みを浮かべて大はしゃぎする。そして、キドルの手を取ってぶんぶんと上下に振る。
 キドルは突然の行動に戸惑いを隠せなかった。

「知ってるぞお前、アーサー王を殺したんだってな」

 ヴェノンは笑顔から一変、彼を鋭くにらみつけるような表情に変わる。キドルはそれに一瞬怯んでしまった。が、気取られないように顔を強張らせる。

「そうだ」

 隠しようのない事実なので、そう答えた。
 ヴェノンはそれを聞いて、キドルの手を握る力を強めた。

「他人の生活を、命を奪って、よくもまあのうのうと生きてられるよな、冷血野郎が」

 キドルはその言葉が胸に刺さる。まるで研ぎ切った鋭利な剣のように。
 彼もまた、帝国軍や自身の侵攻によって家族や大事なものを失った人物なのだろう。だが。こうやって直接言葉にされると、本当に……

「無礼者、閣下にそんな——」
「いや、いい、事実だ」

 衛兵がヴェノンを取り押さえようとするが、キドルはそれを制す。

「それで、何が望みだヴェノン」
「望みぃ? ……決まってんだろ」

 ヴェノンは懐から鋭利な短剣を取り出し、キドルの首元に突き立て胸ぐらをつかむ。

「お前の死だ」

 彼の瞳は自分に対する憎しみで染まっている。この状況で彼を制するのは難しいだろう。

「貴様、これ以上は——」
「よせ、手を出すな!」

 キドルはなおも衛兵を制止させる。衛兵は「しかし……」と返すが、キドルはヴェノンを見る。

「分かっている、俺は俺の命を以ってしても決して許されないことをしていることくらい」
「分かってるじゃないか」
「だが……」

 キドルは短剣を力強く握る。力強く握ったせいか鮮血が短剣を伝ってヴェノンの手袋を濡らす。痛みは自身への戒めだと、キドルはそう考える。

「だが、少し待ってほしい。償いは必ずするが、俺にはやるべきことがある」
「やるべきこと?」
「ああ、だから今はお前の望みを叶えてやれない」

 ヴェノンは黙りこくる。キドルの瞳から、真意を悟ったのだ。

「……わかった、だがそれを口実に逃げられたら困るしな」
「逃げるなんて——」
「いーや、絶対逃げるね。お前ら帝国軍は卑怯で残酷で、他人を平気で踏みにじるような奴らだ。信じられるわけがない」

 ヴェノンは皮肉たっぷりにわざと声を荒げた。だが、嫌味を言っている事とは裏腹にヴェノンは短剣を下げ、懐に仕舞う。

「だから、お前が逃げないように俺はお前の傍にいる……騎士団に加入してやるよ」

 ヴェノンはそういうと、不愛想に腕を組んだ。

「お前が逃げようとしたら、俺はお前の首を掻っ切るからな」
「……望むところだ」

 キドルは深々と頷いた。
 逃げるなんて考えたこともない。何故なら、逃げられるような場所に立っていないからだ。キドルはもう既に後に引けなかった。自身が何も知らない孤児だったなら、野垂れ死んでこの地獄という名の世界から解放されていたことだろう。だが、ジュウベエに拾われ、育てられ、騎士となり、将軍まで上り詰めた今……振り返る事すら許されなかった。自身が通った道には幾多の血が流れ、手に掛けた死体がこちらを見ている。そして前方にはヴェノンのように自身を恨んでいる人々が此方を睨んでいる。……逃げられるはずもない。だからこそ、進むしかないのだ。
 この大陸を変えるために……。

「俺がしくじったら、ヴェノン……その手で俺を殺すといい。だが、それまでは俺の道を見ていてほしい」

 キドルはヴェノンに対しそう答え、ヴェノンはそれに頷いた。


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