複雑・ファジー小説
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- イストリアサーガ-暁の叙事詩-
- 日時: 2019/03/30 20:38
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1191
あらすじ
互いに信ずる神を違えたがために十世の時を聖戦という名の殺戮で数多の血を流してきた、
西の「イース連合同盟」、東の「トゥリア帝国」。
その果てしない戦乱は続き、
混乱、殺戮、憎悪、破壊が、人々の心を蝕んでゆくであった。
この歴史の必然は、一人の少女と一人の青年を生み出す。
二人の若者が後にこの聖戦の終止符を打ち、大陸に暁の光を照らすことを
大陸の人々はまだ知る由もないことであろう・・・。
はじめまして、燐音と申します。
当小説は「ベルウィックサーガ」というゲームから強く影響を受けた作風となっております。
物語の舞台は「中世ファンタジー」で、二つの国の正義がぶつかり合う聖戦が題材です。
普通に架空の生き物(グリフォンやドラゴンなどの怪物)が存在し、
架空の種族(竜人、亜人など)も存在します。
基本的に男尊女卑が強めになっていますので、万人受けするものではございませんが、
頑張って執筆していこうと思っております。
作者の知識不足もございますが、どうぞ温かくご覧ください。
感想などや作者への意見などはURLのスレにてどうぞ
参考資料
登場人物 >>5>>67
専門用語 >>4
目次
第一節 盟約の戦場
断章 聖戦の叙事詩 >>1
序章 戦いの序曲 >>2-3
第一章 まっすぐな瞳で >>6-8
第二章 旅立ちの街 >>9-12
第三章 こころ燃やして >>13-19
第四章 脅威 >>20-26
第五章 死闘 >>27-35
第六章 誰が為に >>36-37
第七章 その胸に安息を >>38-42
第八章 戦雲 >>43-54
第九章 開かれた扉 >>55-58
第十章 押し寄せる波 >>59-62
第十一章 覚悟 >>63-66
第二節 黄昏の竜騎士
幕間 幼竜 >>68
第一章 戦う理由 >>69-73
第二章 野心と強欲 >>74-80
第三章 始動 >>81-84
第四章 燃えたつ戦火 >>85-92
第五章 追憶 >>93-98
第三節 暁の叙事詩
第一章 この道の向こうに >>99-102
第二章 風吹きて >>103-111
第三章 邂逅 >>112-123
第四章 死の運命 >>124-130
第五章 風の乙女 >>133-134
第六章 騎士の誇り >>135-144
第七章 雨上がり >>145-146
第八章 廻り往く時間 >>147-149
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.9 )
- 日時: 2019/03/02 12:34
- 名前: 燐音 (ID: YzjHwQYu)
第二章 旅立ちの街
シャラ達エリエル騎士団の一行はディーネ公国公爵「アルフレド・ヴォルク・ディーネ」から一つの館を宿舎として借り受けた。
それは王都ブリタニアの街の主要道から一つ奥に入った閑静な住宅街にあった。あたりには広大な敷地を誇る豪邸がいくつも建ち並び、ブリタニアの要人が多く居を構えているという。整備が行き届き、広々とした道の両端には等間隔で街路樹が立ち並ぶ。
その館の元々の持ち主は「ラインハルト」伯爵という人物で、アルフレドの弟でありかつてこの王都にて重役を担っていたという。だがラインハルト伯爵は、二年前のユピテル山脈の戦いでアルフレドの代わりに同盟軍を率い出陣し、そして戦死した。
イース同盟とトゥリア帝国はこの五百年、常に戦闘状態にあったわけではない。二年前のユピテル山脈の戦いまでは、両国とも互いを憎み隙を伺いながらも戦争の被害を考え積極的な戦闘行為に出ずにいた。所謂冷戦である。
これはイストリア大陸の遥か西に浮かぶという幻の島「四季の島」を拠点に置く、魔女の組織「ヴァルプルギスの夜会」の存在が大きい。彼女たちの筆頭「ユーノ・ノイン・ヘルベティア」が両国の王に対し、警告を促していたからだ。「警告の魔女」と呼ばれる彼は、その絶対的な力で大陸に危機を知らせ、幾千の時を繁栄に導いてきたという。それだけに彼らの同盟組織は力を持つのである。
だがトゥリア帝国は突如同盟国の国境付近の「ライラ王国」を大軍を以って陥落させる。ライラへの救援に当時の盟主アーサー王は大軍を率いて立ち上がったものの、「ラーフ公国」と「ライラ王国」の国境である「ユピテル山脈」にて、トゥリア帝国の四大司祭の一人である「ハイレクーン・マリオネット」の罠と、若き名将「キドル・ティニーン」の急襲により、敗退した。この戦いでアーサー以下数万の同盟軍兵が戦死、現在に至るイース同盟劣勢の端緒となった。
彼らの敗北は必然であったのだと、後に運命の魔女である「カムイ・ゼクス・ヘカテー」は語る。
館の中も外に負けず凝った作りになっていた。宮殿の謁見の間には及ばないものの贅をつくした木材・石材がふんだんに使われ、装飾品も名のある職人の手であると一目でわかる逸品が随所に飾られていた。その様子にあの双子の騎士の片割れが大声ではしゃぎ、片割れが叱りつけていた。シャラも「またか」と呆れながらも、先ほどまで緊張しっぱなしだったため少しほぐれたような気がする。
そしてシャラは再び内装を見る。主がいなくなって二年も経つというのに、すぐにでも使えるように維持されていることの方がシャラには価値があるように思えた。
「このイースにも、あの戦いで家族を奪われた者たちがいるのでしょうな」
エドワードはぼそりとつぶやく。彼もまた、最愛の妻である女性を失ったと聞く。
今、モルドレッドとの謁見を終えたシャラは、ひとまず湯を浴び新しい服に着替え、三階にある執務室にいた。副官であるエドワードと一緒だ。彼は腕を組みながら執務室の窓から感慨深げに街を見渡していた。
シャラは、同じ場所から街を見てもただその規模の大きさに圧倒されるだけで、エドワードの言うような感傷を抱きはしなかった。
その時、執務室の扉がノックされた。エドワードが「入られよ」と応じると一人の騎士が入室してくる。エリエルから共にやってきてはいたが、シャラ達とは別動隊で遅れてこの王都に到着した騎士の一人であった。だがその人物は女性であった。深い緑の艶ある髪を朱色のリボンでまとめ、気品ある顔立ちが特徴的である。エドワードと同じ金色の澄んだ瞳はまっすぐ対峙する者に向けられる。
「ヒルダ……」
出迎えようと扉に近づいていたエドワードの足が止まった。二十歳そこそこの美しい女性である。背は高いが、一見しただけは騎士の称号を得ているとは思えないほど華奢な体つきだ。そんな彼女が得手とするのは、やはり剣や槍ではなく弓であった。今では普通の弓も石弓も使いこなすエリエル軍一の狙撃手である。
そして彼女は、エドワードの娘だった。
「隊長。シャラ公女のお客様をお連れしました」
「う、うむ。ご苦労」
「では、私は雑務があります故」
ヒルダは軽く一礼して退出していった。
この二人……「エドワード・フラカン」と「ヒルダ・フラカン」は父娘である。ただ二人が父娘らしい会話を交わしているところを、シャラは見たことがなかった。隊長と、一介の騎士という公の立場を優先しているといいながらその実、赤の他人よりも素っ気ないやり取りしか交わさない。前に、エドワードは立場上なかなか家に帰られないことが多々あり、二年前にたまたまラーフ公国に出ていた妻がトゥリア帝国軍に殺されたと聞く。しかし、エドワードは妻の葬儀に参列しなかった。そのことでヒルダからは「家族よりも職務を優先するのか」と罵られ、それ以降はこのような関係なのである。シャラや事情をよく知るエドワードの補佐「アスラン・シェーシャ」は二人の蟠りをどうにか解決したいとは考えてはいたが、所詮余人である二人が立ち入る問題ではなかった。
気まずげにヒルダを送り出したエドワードだが、訪ねて来た客の姿を見てすぐに背筋を伸ばす。シャラもすぐに椅子から立ち上がり、姿勢を正さなければならなかった。
「アルフレド公爵閣下!」
扉の外に現れたのは、先ほど謁見の間でシャラを庇ってくれた人物だった。慌てて膝を折って跪きかけるのをアルフレドは鷹揚に制する。
「いやいいシャラ公女。公務でやって来たのではない」
「は、ではお言葉に甘えて」
シャラはぎこちなく立つと、それまで自分が腰を降ろしていた椅子をアルフレドに勧める。その時、アルフレドが共を二人従えているのに気づいた。どちらもシャラよりやや年かさの青年と女性である。
「この方々は?」
うむとアルフレドは頷き、一人ずつ紹介してくれた。
「まず、これは私の息子、リデルフだ」
アルフレドが指し示すと、青年が一歩進み出て一礼した。金色の髪が整った長身の青年である。凝った意匠を施した見事な鎧と、ビロードのマントに身を包んでいた。
「「リデルフ・ヴォルク・ディーネ」と申します、はじめましてシャラ公女」
裕福な貴族の子息特有の、まっすぐな雰囲気を漂わせた人物である。聞けば、アルフレドの片腕としてイース同盟の指揮を執っているらしい。
そしてもう一人、
「はじめまして、「エレイン・パーシヴァル」と申します。リデルフ公子の秘書官をしております」
穏やかだが厳しそうな女性に見えた。小さい頃に学問を教えてくれていた家庭教師を思い出す。他人の間違いは遠慮なく指摘できる、そんな雰囲気だ。その家庭教師は厳しいだけではなく問題に正解すると嬉しそうにほめてくれたのだが。
「はじめまして。それでアルフレド様、私に何か?」
「うむ」
アルフレドは執務室の椅子に腰を降ろすと大きく頷いて「用件は三つある」と切り出した。
「一つは、先ほどの謁見の間でのことだ。陛下は長い戦いに疲れておられる。そのため気が経ってあのような言動をされることがある。貴公にはくれぐれも誤解することがないように言っておきたかったのだ」
アルフレドの言葉を額面通り受け取ったわけではなかった。だが頷くしかない。ここにくるまで、父の代理としてイース同盟の盟主たる偉大な王に剣を捧げるという栄誉を誇りと思っていた。それが一瞬で崩れ去ったとしても、シャラは落ち込むことすら許されないのだ。
正直に言えばとんでもない場所に来てしまったと思っていた。エコー村で戦った兵達も何らかの理由で追い出されたのだろう。山賊まがいの行状はともかく、そのやりきれない気持ちはわかるような気がした。
だが役目を果たさなければならないといわれれば納得もする。何故ならシャラは国の代表として盟約を果たすためにここにいるからだ。盟約を果たし国を守る。シャラの目的はその一つだ。正直モルドレッドは高潔な人物ではない。ただ国のためには不満を飲み込み、我慢をしなければならない。そういうことなのだ。
「もちろんです、ご安心を」
それならよかったと、アルフレドはエレインを指示した。
「もう一つの用事が、この者の事だ。シャラ公女、貴公らはこれから陛下のために働いてもらわねばならぬ。が貴公らは今迄エリエルに暮らしていた身、このあたりの地理や状況については明るくあるまい。それ故、この者を貴公の秘書官として使ってやってもらいたいのだ」
「秘書官として、ですか?」
「左様、これまではリデルフに仕えてくれていたのだが、貴公らの方が必要としているように見えたからな。余計な世話でなければだが」
「いえ、お気遣いありがとうございます。こちらこそ王都近辺の事情に詳しい人物は喉から手が出るほど欲しておりました。貴重な人材をありがとうございます」
アルフレドに礼を述べエレインを見ると、微笑を浮かべたまま彼女は背筋を伸ばし一礼した。
「シャラ公女、どうかよろしくお願いします」
「こちらこそ。私の事はシャラとお呼びください。私も貴女の事をエレインと呼びますから」
「はい、かしこまりました」
そういうとエレインはリデルフの隣から進み出て、シャラの背後に移動したそこで控えた。それを見届けると、シャラは最後の三つめの用件を問いかけるためアルフレドを見る。
「最後の用件とは、今後のエリエル騎士団の身の処し方なのだ」
「はい」
それは確かに気になっていた。ブリタニアに到着するまではどこかの国の軍に編入されるものとばかり考えていたのだが、モルドレッドのあの様子ではすんなりと進みそうもない。最悪、どこにも働く場を与えられず飼い殺しにされかねなかった。もちろんそんな状態に甘んじていれば、いずれは処罰の対象となるだろう。それは何としてでも避けなければならなかった。
「貴公の不安はわかる。だがそれは私に任せてくれ」
「アルフレド様に?」
「うむ、貴公らはエリエルからの行軍で疲れているだろう。ここはしばらく声がかからないだろうことを僥倖と考え、まずは体を休められよ。そして私は頃合いを見て貴公の出陣の機会を作る。今はそのために体を休め、物資を補充し、戦いに備えられよ」
そう、機会を待ち、その機会に十二分の働きを見せればモルドレッドといえどシャラ達を無視できなくなる。そうして足場を築いていくようにアルフレドは言っているのだ。
「ありがとうございます、アルフレド様……」
「いや、アイオロスとは面識もある。東部戦線を離れられぬ現状は、痛いほどよくわかっているのだ。それで貴公のような少女である若者が健気にも父の代わりに戦場に赴くというのなら、私はいくらでも貴公に力を貸そう」
言葉では言い表せないほどの感謝の気持ちに、シャラはただ素直に頭を垂れた。
「生き残れ。ただそれだけが真の忠誠だ」
そういって、アルフレドはリデルフと共に執務室を後にしたのだった。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.10 )
- 日時: 2019/01/26 00:34
- 名前: 燐音 (ID: OHq3ryuj)
翌日。シャラはエレインと共に街を歩いていた。街では女性たちは家事にいそしみ、男性は仕事で忙しなく動いている。燦々と降り注ぐ太陽の光が、シャラを含む街を照らしてくれていた。シャラとエレインはまず武器屋、職人の工房などを回り、兵士の為に武器や防具などを発注することにした。武器とは騎士にとって腕であり、足であるとよく父から教わったものだ。だからこそ、いい物を買い手入れしておかねばならない。
武器屋に訪れた二人はとりあえずショートソード、ハンドスピア、手弓などの発注をした。だが店主が言うには、「この国難の時期、物資はどこへ行っても品薄だ」とのこと。それは重々承知ではあるが、いざ出撃する時に武器がなければ戦う事すらままならない。だからこそ、格安だろうが粗悪品であろうが、今はある物で我慢するしかない。二人はあるだけを発注し、館へ運んでもらうよう頼んでから武器屋を後にした。
次に二人が訪れたのは傭兵ギルドの集会場である。ここでは様々な傭兵が依頼主を待っていたり、あるいは依頼を受注などを行う。幼い少年少女から老人まで、老若男女問わず傭兵が集まる場所であった。
「ね、あなた!」
突然、シャラは少女に声をかけられ驚いて振り向いた。声をかけた少女はシャラよりも少し小さく、とてもじゃないが戦えるような身なりではなかった。緑の髪がふわりとかわいらしく整い、まんまるとした赤い瞳、赤いリボンを頭に巻き付け深緑のフードマントを羽織った、一見すると町娘に見える少女であった。
「あなた、この街は初めて?」
気さくに話しかける彼女に対し、シャラは微笑んだ。
「はい、昨日来たばかりでして——」
「昨日!もしかして、昨日のあの騎士団の隊長さんとか?」
「あの騎士団」……おそらく、昨日の行軍を見ていた一人なのだろう。シャラは頷いた。
「正確には指揮官です。まだ来たばかりでこの街の事を知りませんので、こちらの方に案内してもらいながら街を回っていたところなのです。」
シャラはエレインを指示しながら少女に名を名乗り、経緯を説明する。エレインはというと、少女に向かって微笑みながら一礼した。少女も釣られて頭を下げる。そして頭を上げて、少女はにこやかな笑顔を見せた。
「そっかそっか!じゃあいずれはこの傭兵ギルドも利用するんだよね!その時は私も一緒に戦場に連れてってほしいな!これでもロックバードに乗る「バードライダー」なんだよ!」
「バードライダー」……怪鳥「ロックバード」に騎乗し、空からの奇襲を得意とする者たちの総称だ。他にも、魔鳥「グリフォン」に跨る「グリフォンライダー」、飛竜に跨る「ドラゴンライダー」「ワイバーンライダー」なども存在し、いずれも空を華麗に舞う者たちだ。主に竜と心を通わす竜人や、動物と心を通わす獣人などが多い。しかし彼女のように人間も少なからず怪鳥や魔鳥など、心を通わせて共に戦う者たちもいる。エレインはシャラにそう説明を終えると、シャラは「なるほど」と声を出して頷いた。
「ま、そういうこと。とりあえず大体ヒマしてるから、公女サマのためなら頑張るし、雇ってくれるなら私を呼んでよねっ!公女サマならちょーっと割引するかもね」
「はい、ありがとうございます……えーっと」
「あ、私、「エル・スマラクト」!フラム王国からはるばるこっちにきたのよ」
エルはケラケラ笑いながらふらふらと左右に揺れている。
「フラム王国」といえばもう一年と少し前の話になるが、帝国によって陥落した、大精霊「フラム」を信仰する聖王国である。確か王と第一王子が処されたと聞いたが……
シャラが考え込んでいると、エルはまたケラケラ笑った。
「そんな難しい顔しないでよ、別にそんな気にすることはないしさ。だって、私はこうやって生きてるし、王子サマも王サマも大丈夫っしょ。ハハハ」
「……はい」
「お堅いなぁ〜、まあいっか。そういうことだから、どっか行く時は私も混ぜてね」
エルはニコニコ笑いながらシャラとエレインに手を振ると、その場を立ち去ってしまった。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.11 )
- 日時: 2019/01/26 22:42
- 名前: 燐音 (ID: OHq3ryuj)
シャラとエレインは傭兵ギルドを後にし、街を歩いていた。物資の発注はほぼ済んだので、街のどこに何があるのかという案内の下様々な場所を見て回った。居住区、商業区、そして街の奥にある修道院に、港や孤児院、酒場など……エリエル公国に比べればかなり大規模だった。
酒場に入ってみると、そこには傭兵たちが集まっていた。椅子やテーブルが並び昼から酒を喰らう者、食事をする者など各々の時間を有意義に使っている。カウンターの奥では、赤毛の男がグラスを磨いている姿が見えた。
「ありゃ、お姉さんはここ、初めて?」
シャラは突然声をかけられ、声をかけたと思われる人物を見る。髪は短くボサボサで、漆黒の髪で顔を隠し、垂れ気味の長い耳があることから竜人であると判断できた。黒いマフラーマントで身体を隠し、下に青い服を着込んだシャラより身長のある青年であった。弓兵なのか、革の胸当てと背中の矢筒と弓が特徴的だ。彼は顔を隠しながらも口元が笑っていたため、意外に気さくだと言う事が見て取れる。
シャラは青年に近づいて一礼をした。
「あ、はい。昨日来たばかりなんです」
「昨日?……噂の騎士団の隊長さんってとこ?」
青年の質問にシャラは頷いて、これまでの経緯を説明する。青年は頷いて黙って聞いていた。そして隣にいるエレインを紹介して、青年とエレインは互いに頭を下げた。
「シャラザードさんか、エリエル公国って結構田舎の方だったよね」
「あっ、はは……」
田舎という言葉を聞いて、顔を赤らめて渇いた笑いをこぼすシャラ。確かにエリエル公国は田舎も田舎であり、あるものといえば広大な草原と質のいい駿馬くらいである。こんな大きな都市からすれば、エリエル公国なんて小さいし田舎臭いし……とシャラはなんとなくがっくりと肩を落とした。
その様子を見て青年は慌てて訂正する。
「あ、ご、ごめん!別に馬鹿にしたつもりはないんだよ!」
「いえ、そんな!ところで、あなたはどちらの出なのでしょうか?」
「僕は「ライラ王国」からこっちまで」
「ライラ王国」……トゥリア帝国が一年と少し前に落とした大国である。規模はイース王国より小さいが、負けず劣らずの軍事力を持つ国であった。現在は王は処刑され、その嫡女である王女は捕虜として捕らわれていると聞く。そしてライラ王国は現在、四大司祭の拠点になっているという。
「僕はある人を探しててね。こんな顔の……見たことない?」
青年は腰から下げていたポーチの中から丸めた羊皮紙を取り出し、テーブルに広げる。羊皮紙には、「探しています」の文字が大きく描かれ、中央にそれまた大きく少女の顔の絵が描かれていた。緑色の髪の長い髪と、深緑色の帽子……かわからないが何かを被っている、なんとも線がガタガタでありお世辞にも上手とは言えないが、なんとなく少女だということはわかる。シャラはエレインに羊皮紙を見せてみるが、エレインは首を振った。
「いいえ、存じません……名前は何と?」
「「ルー・アキフォート」。ライラ王国で王女の侍女をやってる狩人なんだ」
ルーという少女の顔が描かれた羊皮紙を丸め、再びポーチにしまい込む青年。シャラとエレインが首を振ると、「そうか……」とため息をついて明らかにがっかりしている様子を見せていた。
彼にとっては大事な人なのだと見て取れる。
「あの、お役に立てるかはわかりませんが、私もその方を探すお手伝いをさせてはもらえませんか?」
「っ……!いいのかい?」
「ええ、とても大切な方なのですよね。私にも大切な人がいますから、気持ちはわかります」
シャラの言葉を聞いた青年は椅子が倒れるのを気にも留めず勢いよく立ち上がり、シャラの手を握りしめて歓喜した。酒場は賑やかだったため、周りの大声で椅子の倒れる音はかき消されていく。
「あ、ありがとう!手伝ってくれるだなんて……!!」
青年は涙を流しそうな勢いであった。きっとそれだけルーの事が大切なのだろうとシャラは思い、目を細めて微笑んだ。
「いいえ……そういえば貴方のお名前は何と?」
「ん、ああ、僕は「シルガルナ・トート」。この街で傭兵をやってるよ」
シルガルナはそういうと、倒れた椅子を直してからその椅子に座る。
「何か仕事があれば、僕を呼んで。あなたの騎士団の弓兵並みに腕は経つと思うし」
「そうですね、では機会があれば貴方にお願いしようと思います」
シャラはそういってからシルガルナに頭を下げて、酒場を後にすることにした。シルガルナは、シャラと彼女を追うエレインに向かって手を振り、見送っていた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.12 )
- 日時: 2019/01/27 00:43
- 名前: 燐音 (ID: OHq3ryuj)
「ちょっと、話ぐらい聞いてくれたっていいじゃないのよっ!」
シャラとエレインが、イースの王城の付近を通ると門の前で二人の門番と揉めている少女の姿が見えた。少女は拳をぎゅっと握りしめ、門番二人に怒声を浴びせている。その顔は真剣そのものであった。
「今ならまだ間に合う!だから援軍をお願いしてるって言ってんでしょ!なんで聞いてくれないのよ!!」
「だからそれは、然るべき手続きを踏んでから——」
「何よそれ、手続き踏まないと助けにも来てくれないなんて、それでもあんたたちは騎士なの!?」
少女は怒りで我を忘れているようであった。シャラはまずいと思い、門番と少女に近づく。
「失礼します、何がありましたか?」
「これは、シャラザード公女……実はこの者が——」
「何よあんた……あ、いつかの公女様」
門番から事情を聴こうとすると、少女はシャラの顔を見るや少し怒りを抑えこんでいた。思わぬところでの再会にシャラも驚いた。彼女はエコー村で脱走兵に捕われていた治療師の少女であった。
「あの時の治療師の……!」
「あなたもこっちに来てたのね……」
少女もシャラとの再会で驚いている様子であった。シャラは門番に「あとは私に任せてください」と言い残して、少女を落ち着かせてから話を聞くことにした。やはり強気で不敵な雰囲気を崩さず、シャラを強い眼差しで見つめていた。少女を近くの広場に移動させ、長椅子に座らせた。まだ日が高いため、周りでは幼い子供が遊んでいる様子が見える。
「あの、是非お名前をお聞かせ願えませんか?」
「……「ルァシー・チーリャオ」。ハッカ共和国に住んでた治療師よ」
ルァシーは不愛想にシャラの質問に答える。
「ハッカ共和国」とは、このイストリア大陸では珍しく君主がいない。代わりに大統領と呼ばれる、国民が選んだ筆頭が国を治めている。そして服装も名前もかなり独特のもので、「ミズチ国」でも使われている「漢字」という文字を扱う、このイストリア大陸ではミズチ国に続く珍しい文化を持つ国である。ルァシーの名前にも一応「漢字」が使われているそうだが、シャラにはなんのことかさっぱりであった。だが、その共和国もフラム王国、ライラ王国に続いて陥落している。ルァシーが言うには、ここにたどり着くのに一年かかりこの街に来た時にハッカ共和国の事を知ったのだという。だが故郷や愛する家族や友人たちの為に諦めきれなかったのだという。
「そう簡単に割り切れないのよ……、あたしは皆と約束したの、援軍を連れてくる……って……!!」
ルァシーは澄んだ青い瞳から大粒の涙をぽろぽろ流す。一人で援軍を頼みにここまで来たのに、行く当てもなく助けも呼べず、今帰ったところで帝国軍に捕まって殺されるのがオチだ。だが、家族や友人を見捨てるわけにはいかない。そんなジレンマが彼女の中で渦巻き、それが涙となってこぼれ落ちている。シャラは彼女の涙が家族や友人のためのものだと悟った。
「ルァシー殿、あなたがよろしければしばらく我が軍に加入しませんか?」
「……は?どういうことよ」
ルァシーはシャラの突然の申し出に顔を上げる。その顔は涙で少し顔にくしゃっとしわができていた。
「あなたの願いを叶えられる保証はありません……ですが、このまま戻っても帝国軍に捕まってしまいますし、あなたに行く当てもないはず」
「わ、悪かったわね」
「だから、我が軍に加入し衣食住を提供する代わりに、貴方の力を我々に御貸し願いたいのです」
ルァシーはシャラの申し出を聞いて驚いて目を見開いた。「どうして私なんかが」という顔でシャラを見ていたが、腕を組んで考え込んだ。エレインもシャラの申し出に驚いたのか、慌てた様子でシャラに尋ねる。
「シャラ様、よろしいので?」
「構いません、身よりもなく路頭を迷うより我が軍で兵士の治療をしていただければ、ルァシー殿も安全のはずです。それに、我らの軍には治療を行う衛生兵はいませんからね」
「ははーん、そういうことね。」
シャラとエレインの間に割って入ったルァシーは、にやりと笑っていた。俗にいう「悪い顔」というやつだ。
「そういうことなら、あたしにも利があるしあんたの軍に入らせてもらうわ。それに楽しそうだし。よろしくね公女様」
ルァシーは納得した様子でシャラを見て、彼女に向かって右手を伸ばした。シャラはそれを見てルァシーの手を握り、握手を交わした。堅くほどけないように、お互い強く握りしめる。
「期待通りの働きを見せるわ、公女様。なんてたって命の恩人だしね」
「よろしくお願いします、ルァシー殿」
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.13 )
- 日時: 2019/02/12 09:43
- 名前: 燐音 (ID: a5L6A/6d)
第三章 こころ燃やして
さて、ブリタニアにたどり着いてから一月近くが経っていた。シャラは立場上、宿舎をなるだけ離れるわけにはいかなかったが、その分エドワードやエレイン、他の騎士達が街や周辺へ出て情勢を教えてくれた。
現在のイース同盟の状況はこうだ。
まずイース王国は海に囲まれた大きな国である。海を渡って東にテンペスト王国があり、北にはディーネ公国、そしてディーネ公国の北西にはエリエル公国の草原が広がり、北東にはデザイト公国の広大な荒野と砂漠が広がっているのである。東のテンペスト王国は、大精霊「テンペスト」を信仰する聖王国である。このテンペスト王国は既に陥落しており、帝国の領地である。しかし、帝国側からイース王国に攻め入るには、ソール王国を経由しなければならない。その理由は、テンペスト王国の海は嵐が多く船が転覆してしまうからである。ソール王国はまだ国王と同盟軍が侵略を阻止しているが、それも時間の問題であろうとエドワードは危惧している。
現時点で、トゥリア帝国の軍勢はデザイト公国攻め入っており、デザイト公国は劣勢を強いられていた。だが、デザイト公国の東部ではシャラの父、アイオロスが副官を務める東部諸国同盟が食い止めており、この戦場の事を差して東部戦線と呼んでいた。
東部諸国同盟とは、ソール王国、デザイト公国、エリエル公国、ディーネ公国が一年前に結成した連合である。元はこの東部諸国同盟も、イース同盟としてイース王国の名の下に集結していた。だが、敵将「キドル・ティニーン」の猛攻により、独自の動きでトゥリア帝国と戦っている。
東部諸国同盟で兵を派遣したのはエリエルだけだ。この一事を以ってしてもアイオロスの忠誠心が失われていないことがわかるだろう。そして東部戦線が持ちこたえているおかげで、デザイト公国から先はトゥリア帝国の襲撃にあうのを逃れているのである。
現在はそのような状況あってか、イース王国自体は戦場にはなっていない。だが帝国側が何らかの方法でテンペスト王国側から侵攻してきたりイース同盟の中の内の国が裏切るような事があれば、イース同盟はこの世から滅び、大陸はトゥリア帝国のものとなる。……という話をシャラはエリエル騎士団副隊長「アスラン・シェーシャ」から聞いていた。
薄い若葉色の髪、黒くキリッとした瞳、エドワードほどでもないががっちりした体型とシャラが見上げるほどの身長と鈍色の鎧が光り、とても真面目そうな青年であった。
「今はまだ、戦場にはなってはいません。ですが、このブリタニアやイース王国も決して平和というわけではありません。先日の脱走兵や山賊などが蔓延り、治安も乱れています」
「陛下は何の対応もなさらないんですか?」
「……自身の身の回りを固めることばかり終始し、ならず者に同盟軍を派遣したりはしないのです」
「結果、エコー村のような状況が、各地で起きているというわけですね」
アスランの報告に、シャラはため息をつく。シャラはそのような状況を聞かされながらじっくりと戦力を整えた。エリエルから同行してきた百騎程度では、戦力が圧倒的に足りない。そのため、先日の傭兵ギルドから信用できそうな者を選んで契約を交わしていった。そして騎士団への参入を希望してきた騎士も幾人か加え、準備は着々と進んでいた。
「ありがとうございます、アスラン」
「は。……あ、あの、シャラ様」
「どうしました?」
アスランはシャラが近づくたびに一歩、また一歩離れていくのである。顔には大粒の汗がだらだらと流れていた。この表情は、おそらく「恐怖」だろう。
「すみません、アスラン……忘れていました」
「い、いえ、こちらこそ……では、失礼します」
アスランはその場から逃げ出すように退出した。
アスランは極度の「女性恐怖症」なのである。過去に何らかのトラウマがあり、それ以降女性に近づくことができなくなってしまったらしく、公務の時ですらかなりのストレスを感じているらしい。だが、そんな彼もなぜかヒルダだけは大丈夫らしく、ヒルダは「私は女として見られてないのかしら」と呆れていた。そんなわけで彼は女性を前にしなければ立派な副隊長なのである。
アスランが退出した後すぐに、執務室にやってきたエレインはアスランの様子を見ていたのか、少し顔が引きつっていた。
「シャラ様、アスラン副隊長は……」
「き、気にしないでください、いつもは立派な方なんです」
シャラもはははと力なく笑い、ため息をついた。
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