複雑・ファジー小説

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イストリアサーガ-暁の叙事詩-
日時: 2019/03/30 20:38
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1191

あらすじ
 互いに信ずる神を違えたがために十世の時を聖戦という名の殺戮で数多の血を流してきた、
 西の「イース連合同盟」、東の「トゥリア帝国」。
 その果てしない戦乱は続き、
 混乱、殺戮、憎悪、破壊が、人々の心を蝕んでゆくであった。
 この歴史の必然は、一人の少女と一人の青年を生み出す。

 二人の若者が後にこの聖戦の終止符を打ち、大陸に暁の光を照らすことを
 大陸の人々はまだ知る由もないことであろう・・・。



はじめまして、燐音リンネと申します。
当小説は「ベルウィックサーガ」というゲームから強く影響を受けた作風となっております。
物語の舞台は「中世ファンタジー」で、二つの国の正義がぶつかり合う聖戦が題材です。
普通に架空の生き物(グリフォンやドラゴンなどの怪物)が存在し、
架空の種族(竜人、亜人など)も存在します。
基本的に男尊女卑が強めになっていますので、万人受けするものではございませんが、
頑張って執筆していこうと思っております。
作者の知識不足もございますが、どうぞ温かくご覧ください。

感想などや作者への意見などはURLのスレにてどうぞ






参考資料

登場人物 >>5>>67
専門用語 >>4


目次

第一節 盟約の戦場

断章 聖戦の叙事詩    >>1
序章 戦いの序曲     >>2-3
第一章 まっすぐな瞳で  >>6-8
第二章 旅立ちの街    >>9-12
第三章 こころ燃やして  >>13-19
第四章 脅威       >>20-26
第五章 死闘       >>27-35
第六章 誰が為に     >>36-37
第七章 その胸に安息を  >>38-42
第八章 戦雲       >>43-54
第九章 開かれた扉    >>55-58
第十章 押し寄せる波   >>59-62
第十一章 覚悟      >>63-66


第二節 黄昏の竜騎士

幕間 幼竜        >>68
第一章 戦う理由     >>69-73
第二章 野心と強欲    >>74-80
第三章 始動       >>81-84
第四章 燃えたつ戦火   >>85-92
第五章 追憶       >>93-98


第三節 暁の叙事詩

第一章 この道の向こうに >>99-102
第二章 風吹きて     >>103-111
第三章 邂逅       >>112-123
第四章 死の運命     >>124-130
第五章 風の乙女     >>133-134
第六章 騎士の誇り    >>135-144
第七章 雨上がり     >>145-146
第八章 廻り往く時間   >>147-149

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.64 )
日時: 2019/02/21 00:21
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

 土煙を巻き上げながらグランパス大橋を激走してくる国境警備隊を前に、シャラは素早く命令を出した。

「全軍、橋の出口を固めて! 飛び道具を持つ者以外は防御陣形を組んで敵の足を止めてください!」

 それならば、こちらもなまじ損害を恐れず、最小限の被害にとどめる作戦で迎え撃てばいいのである。
 速度を以って敵を翻弄する事を信条としていたエリエル騎士団も、本来の団員が半分以下となり多くを補充した人員に頼っている今、兵種も多様性に富んでいた。元ソール王国兵やブリタニアの傭兵ギルドから派遣された兵には重騎士の部隊も含まれる。彼らはシャラの意図を汲み取り、橋の出口を横一線に並んで固め頑丈な盾を前面に押し出した。敵から見れば鉄の壁が現れたに等しい。しかも後ろからも次々他の兵達が重騎士の体を支え、敵のランスによる突進をしばらくは受け止められるようにしたのだ。
 これはこのグランパス要塞の、この橋の出口でのみ使える作戦だった。
 橋の出口に兵力を結集し固い蓋をしてしまえば、奥から突進してくる騎馬兵に逃げ道はなくなる。ランスによる攻撃は長い助走がいるため、一度ぶつかった敵は後退しなければ再攻撃に移れない。もちろん橋の上にいるがために、後発の正体のために避けることはできない。つまり、次々と並みのように押し寄せる攻撃を受け続けずに済むのだ。

「おお、兵の機動力を過信し、慢心した帝国軍の大失態ですな!」

 エドワードは年甲斐もなく目を輝かせてシャラの傍に馬を寄せてくる。

「いいえ、まだです。このままでは敵はランスを捨てて他の武器を手に取るはず。そうすれば防御に全力を注いでいる重騎士隊が全滅してしまいます。……弓兵!」

 シャラの号令にヒルダとイグニスは頷き、純白の橋梁の左右に展開し、そして一斉にあらん限りの矢を放った。
 それは横殴りに吹き付ける黒い雨。
 襲いかかった矢に、今度は敵の騎士達が互いに身を寄せ合い装甲や盾を構え矢の雨を凌ごうとする。
 ひとまずこれで時間が稼げる。しかしこれはいかにも時間稼ぎでしかなかった。いずれ弓兵の矢も尽きる。そうなればシャラが心配した通りの消耗戦になるだろう。それは避けなければならなかった。だが、逆にこの矢の雨の中を突き進んで攻撃できる手段は……。
 シャラははっとなって天を見上げた。
 そこには蒼穹を我が物顔で滑空する二つの影。
 二つの影は翼をはためかせ、風の壁を切り裂き上昇する。竜と巨鳥だ。

「セレス、エル!」

 シャラの声が聞こえたかのように、上昇できるだけ上昇した二人は、息を合わせて反転して地面を向かせると、いきなり騎乗している竜と巨鳥に翼を畳ませる。
 巨体が落下を始めた。
 セレスとエルは一直線に落ちてくる。その勢いは凄まじく、狙うべき機会はほんの一瞬だ。だが二人はよどみない動きでその一瞬の機会を貫いた。
 落下の勢いを乗せられた投げ槍が、風切り音と共に敵の一団に襲い掛かり、数名の騎士の肩や足を貫いて橋の上から川へと突き落とした。
 その勢いのまま二人は河面へと迫り、墜落すると思った瞬間、強靭な翼を一気に展開させ橋桁の下を潜り、一転して急上昇に転じるのだった。

「ナイスコンビネーションだよセレス!」

 空の上でエルはセレスに向かって手を振って無邪気に笑う。セレスもエルを見て口元を緩め、一礼した。
 橋の上では主を失った馬が今の二人の一撃に怯え、嘶いて暴れ出した。後ろ足で立ち上がり、味方のはずの騎士や馬を蹴り倒す。蹴られた馬はまた驚いて暴れ出し、と連鎖的な恐慌が橋の上に広がり、橋の上で立ち往生していた敵騎士の小隊のほとんどは河の中へと消えていった。
 橋の下はグランパス大河の急流。落ちたら海まで一気に押し流されてしまうだろう。
 エリエル騎士団の面々から、「ほう」という感嘆のため息や冷やかすような口笛が聞こえた。
 セレスとエルは涼しい顔でシャラの上空を旋回し、セレスが橋の向こう側を指さした。そこには敵の騎士の小隊が既に次の突撃に備え終えている。しかもさらに力押しに傾け、突撃する騎士の数を倍に増やしているようだ。此方の重騎士の壁を無理やり突破しようというのだろう。
 セレスとエルはまた同じ事をしようと言うのだろうか。確かにシャラの側には足を止める以上の策はない。だが二度も三度もあんな危うい方法がうまくいくはずがなかった。

「公女」

 その時背後から躍り出る二つの影があった。

「ここは我々にお任せを」

 現れたのはラクシュミと、フィアンナであった。

「魔法に装甲は関係ありません」

 フィアンナはそう言いながら手の内に燃え盛る青い炎を集め始める。ラクシュミも向かいくる敵軍に向かって魔導球を取り出し、詠唱を始めた。彼女のとりだした魔導球に不思議な光が宿り、次の瞬間、バリッとけたたましい音が鳴り始める。そして空が一瞬暗くなったと思うと、ラクシュミは魔導球を腕に天に仰ぐ。
 橋の上に空から凄まじい雷の束が落ち、耳を劈くような爆音と轟音で橋が壊れるのではないかと思ったが、橋の中央が抉れる程度だった。新たに押し寄せた敵騎士達は雷に巻き込まれるが一歩も動けなくなりながらも吹き飛びはしない。
 ラクシュミはその場で倒れかけたが、リオンがそれを支える。その間にフィアンナは手を空に仰いだ。
 微動だにできない兵達に蒼炎が襲いかかり、爆発する。
 その爆発の勢いは敵騎士達を吹き飛ばし、橋を焦がす程であった。吹き飛ばされた敵騎士達は声もなく河に落ちる。
 これが決め手となった。シャラの作戦にセレスとエルの神業、そして魔道士と精霊による攻撃。敵司令官はこれらの攻撃を突き通す策を思いつかなかったのだろうこれ以降沈黙を守った。
 先ほども言ったようにセレスとエルの攻撃は敵を全滅させるまで何度も繰り返せるようなものではない。こちらにいる魔道士もラクシュミとフィアンナ、そしてリオンのみ。リオンに関しては一度放てば次はかなり時間がかかる。二人とて、大規模な攻撃など、そう何度も繰り出せるものではない。
 だがそれがわからず、敵は橋の向こう側から動かなくなる。

「リオン、別働隊は?」

 リオンにそう声を掛けると、リオンはラクシュミを介抱しながら無表情で答える。

「ご心配なく。今はもう、橋の工作に入っているはずです」

 リオンの言葉は数瞬間後に裏付けられた。橋桁から激しい火花が上がり、胃の底からこみ上げるような鈍い音とともに起こった爆発で、巨大な石の橋は地響きを立てて崩れ落ち、急流に飲み込まれていった。
 しばらくは埃っぽい空気が漂っていたものの、それもやがては風に運ばれていき、ここにグランパス大橋があったと物語るのはそれぞれの岸に残されたわずかな石材と河の中央に一本だけ残った橋脚のみである。

「シャラ様、やりましたな」

 すぐ近くにいるエドワードに振り返り、シャラは大きく頷いた。

「私は、この素晴らしい仲間たちがいてくれるなら、戦い続けられます」
「もちろんですとも!」

 これで帝国軍の進軍は阻めるはずだ。だが完全に敵の攻撃を阻めるわけではない。帝国の力を以ってすればこの橋をかけ直す事も不可能ではないだろう。だが稼いだ時間は大きいはずだと、このディーネ公国領の戦いで死んでいった人々に哀悼の礼を捧げるのだった。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.65 )
日時: 2019/02/20 20:02
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)


 帰還したシャラ達は住民の歓喜を以て迎えられた。
 ブリタニアの街の城門から城へと向かう道すがら、人々は一目エリエル騎士団の勇姿を見ようとこぞって路上に姿を現し、大通りの両脇に建ち並ぶ建物からは、女子供が綺麗な花々を投げ寄越す。まるでお祭りのような華やかさに包まれた。
 皆、知っているのだ。エリエル騎士団の活躍によって、トゥリア帝国軍の来襲がひとまず阻まれた事を。

 いつも通り部下達を宿舎へと向かわせ、シャラとエドワードはブリタニアの王宮へ帰還の報告に向かった。その王宮の城門を潜ると、そこには一人の青年がシャラを待っていた。黄金の鎧を見にまとい、獅子のように豊かな髪を無造作に後ろに流し、眼光鋭く佇む一人の騎士。その人物は、

「イスラフィル公子!」

 素早く下馬し跪いたエドワードに倣い、シャラも慌ててこれに続こうとした。エリエルは小国。同じ公子と言う立場であろうとも、デザイトという大国の公子であるイスラフィルが相手ではシャラの方が礼を尽くす立場にある。
 だがイスラフィルは無造作にシャラに近寄ると、がっしり肩を捕まえ無理やり立ち上がらせたのだ。シャラは小柄の為、一瞬足が地面から離れたかと錯覚してしまった。イスラフィルは背こそエドワードよりも小さいが、シャラから見れば見上げるほどの立派な青年だった。

「イ、イスラフィル公子?」

 おそるおそる呼びかけると、それまで難しい顔をしていたイスラフィルがニカッと無邪気な笑みを浮かべたのだ。

「おお、シャラ公女。ようやく見つけたぞ! よくもまあ俺を救うだけ救っておいて、礼も言わせず逃げ回っていたものだ!」

 わっはっはと豪快に笑いながらイスラフィルはバンバンと力強く何度もシャラの背を叩いた。

「ご、ごほ、ごほ……。い、いえ、私は何も逃げていたわけでは……」

 咳き込みながら弁解するとイスラフィルは一層愉快そうに高笑いを上げる。
 どうしたものかとエドワードを見るが、忠実なはずの副官は、跪いたまま決して頭を上げず、よく見ると目を閉ざしてすらいた。つまり、シャラを見捨てたのだ。

「イスラ、そのぐらいにしておくんだな。シャラ公女が困っておられる」

 そう言って城門の影から姿を現したのはリデルフである。

「リデルフ様」

 やっと救世主が現れた気配に、思わず胸をなで下ろす。
 諭されたイスラフィルはげんなりと毒気を抜かれた様子だった。

「無粋な事を言うな、リデルフ。俺は、こうしてシャラちゃんと親睦を図っているのだ。」
「シャ、シャラちゃん・・・・」

 シャラは困っていいやら呆れていいやら、複雑な心境であった。

「あ、俺の事はイスラと呼ぶといいぞシャラちゃん」
「い、いえ、その……」
「イスラ!」

 リデルフが言葉を強めるとイスラフィルはやれやれと肩をすくめる。

「はあ、驚かせてすまなかったシャラ公女。実はイスラは君に礼が言いたくて待っていたんだ」
「私にですか? ですが、お二人ともデザイト方面はよろしいので?」

 二人が主となって攻め上がろうとするデザイト公国軍を押しとどめているはずではないか。

「いやあ、これがどうしたものか、さっぱりデザイトの攻め足が止まってしまってな」
「イスラの用兵が優れているのさ。私ではああはいかなかった」

 デザイト公国軍は、イスラフィルの母国の軍隊だ。聞けば、戦いにならないようにあらゆる手を尽くしているのだという。もっとも悪辣な手は、デザイト公国軍の補給物資……食料に前線を迂回して近寄り、そして下剤を混ぜたという。

「この手の悪戯をさせれば俺の右に出る者はいない」

 大笑いをするイスラフィルの横で、シャラは頭を抱えそうになった。なんというか、敵に同情すらしてしまう。
 デザイト公国軍は、この稀代の策士の前にすっかり戦意を失っているという。

「イスラフィルが同盟軍にいると知れ渡ったのだろう。こいつはこんな無茶苦茶な……いや、無茶苦茶だからこそ民達には好かれているらしい」

 真面目なリデルフはその破天荒さが少し羨ましいようだった。だが正反対の性格をしているからこそ、この二人は親友なのかもしれない。

「とにかくだ!」

 イスラフィルは再び真顔に戻るとシャラの両肩に手を置き握りしめる。鋼鉄の肩当てが、ギリギリと音を立てるほどの力でだ。

「ありがとう、シャラ公女のおかげで俺は命が助かった。しかも部下全員と一緒にだ!」

 その勢いにシャラは思わず気圧されていた。

「俺はあの時神に誓った。もし部下達の命を助けてくれるなら、どんなヤツにだろうと魂を売ってやると。公女は俺を助けたんだ。だから今度は俺が公女を助ける! 何が敵になろうと、どれ程の大軍であろうと、公女の危機にはこの俺と、デザイト公国軍が必ず駆けつける! それだけは覚えておいてくれ」

 それだけを言うと、イスラフィルはあっさりとシャラを解放しそのままきびすを返して去っていった。去り際にシャラに振り返って、言い残す。

「ああ、エレインに言っておいてくれ。暇ができたら寄らせてもらうから」

 リデルフは苦笑しながらシャラと共にイスラフィルを見送る。

「照れ隠しなのだ。イスラは部下を大切にする。自分の行動に巻き込んで部下を殺しかけたと、随分公女に感謝していたんだ」
「そう、だったんですか……」

 肩にのせられた力がまだ残っているような気すらする。イスラフィルの思いが伝わってくるようだった。そして、

「私もだ」
「え?」

 振り向くシャラにリデルフは微笑んだ。

「立場上、自由に動かせる戦力は多くない。しかし、君が危機に陥ったら、必ず私も駆けつける。忘れないでくれよ」

 イスラフィルの炎のような眼差しとは違い、リデルフの眼差しは静かだった。だが静かだからこそ、その瞳からは波一つ立たない湖のような誠実さを感じた。

「ありがとうございます、リデルフ様。あ、イスラフィル公子にも、そうお伝えください」

 リデルフは微笑しながら大きく頷いた。

「そう言えばイスラフィル公子、エレインがどうとか……あれは何だったんですか?」
「ああ、イスラはエレインにぞっこんなんだ。きっと君の宿舎にも押し掛けるだろう。エレインにはぜひ教えておいてやってくれ」

 笑いながらリデルフはその場を立ち去った。
 あのイスラフィルがエレインの事を好きだという。こんな時代に、あんな立場の人間が、それは何とも逞しい話ではないだろうか。シャラはおかしくなって思わず声を上げて笑ってしまった。

「何とも、意外な組み合わせですな」

 そうこうしていると、エドワードが平然と話しかけてくる。エドワードの逞しさも相当なものだ。
 楽しい。エリエルを出発して、シャラは初めて心から「楽しい」と思えた。

 だが、その楽しい思いは、その日の夜、跡形もなく崩れ去った。
 モルドレッドの決定によりソスランは流刑となった。彼が采配を振るっていた東部戦線は元々イース同盟にありながら、独自の行動を取っている。むしろ自らの立場を保証してくれるなら帝国に寝返ってもいいと考える者すらあった。
 その定まらない態度を引き付け、一つの軍にまとめ上げたのは一重にソスランの人徳である、恐らく自ら大きな過ちを犯した経験がそうさせるのだろう。彼は自然と隣人を共にする才能に恵まれていた。
 だがそんなソスランを、モルドレッドは愚かにも流刑に処した。結果、ソスランと言うたがが外れた東部戦線は、指揮がこれ以上ないほど落ち込み、ソール王国は再びトゥリア帝国の手に堕ち、幾人かの兵士達が帝国へと寝返った。そして勝てたはずの戦に負け続け、徐々に敗戦を重ねる。
 おまけに、帝国はソスランの失脚を知っていたのだろうか、ここにきて帝国軍の最大戦力である竜騎士団をイース王国にではなく東部戦線に投入したのだ。
 ユピテル山脈で、同盟軍数十万の軍勢を敗戦に追いやった漆黒の翼。帝国軍の奴隷将軍である「竜将ティニーン」。その名は雷より早く東部戦線へと飛び交った。
 形成が不利になると士気は落ち、そして裏切る者も増える。すべては悪循環であった。

 そしてシャラの下に届けられた報せとは、父、アイオロス戦死の報せであった。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.66 )
日時: 2019/02/20 20:40
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)


 ざざーん、ざざーん、と足元から規則正しい波の音が聞こえる。
 シャラは一人、宿舎を抜け出し夜の街を彷徨い歩いた。
 ブリタニアの街を歩いていつの間にか王都の外れの修道院の近くにある……かつてソール王国兵救助の後にも訪れていた岬へやってきていた。やはり今日も人はいない。気が付いた時にはシャラは岬の突端に立ち尽くしていた。
 ざざーん、ざざーん。
 下を見れば目が眩むほどの高さがある。だが、少しも恐ろしいとは思わなかった。

「何故なのです……」

 誰もいない岬の突端で、シャラは力の限り叫んでいた。

「何故、父上が死ななければならないのッ!」

 答えは返ってこない。いや、返ってきてほしくなかった。誰かが父の死に理由をつけたとしても、とても納得できる自信がないからだ。それならば運命の残酷さを憎んでいられる方が、よほど気が楽だった。
 何故、モルドレッドはあのような愚かな選択をしたのだろう。東部戦線を支えていたのがソスランである事は、誰の目にも明らかだった。
 人気が集まりすぎたせいで再び叛乱を起こす危険性があると、それがソスランを流刑にする根拠だという。叛乱など起こるものか。そんなつもりがあるなら、誰が好きこのんであのような厳しい戦場で先頭に立って戦うものか。
 ソスランは、真にイース同盟諸国の平和のため、民のため、そのためだけに戦っていたのだ。恐らくは自らが引き起こした内紛で犠牲になった人々の命に報いるために。

「なぜ、どうして……どうしてそれが分からないんだっ!!」

 あれほど、痛々しいまでの真摯な償いの思いが、どうして通じないのだ。
 シャラはその場に座り込んで涙を流す。そういえば、エオスが前に言っていた気がする……

「戦争は大切なものを奪っていく」

 まさにその通りだ。戦争は、こんな「下らない殺戮」は、大切なものをどんどん奪っていく。部下も、ソスランも祖国も、父ですら……
 やり場のない怒りをどうする事も出来ず、シャラはただ泣きじゃくるしかなかった。こんなに胸が痛いのはあの時以来かもしれない。みっともなくたっていい、今はただ泣いていたかった。

「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっっっ!」

 シャラの瞳からとめどなく涙が溢れて止まらない。声が枯れそうだ。

 しばらく声を上げて泣いていると、力尽きて地面に寝転がった。きっと自分の顔は今、ひどい顔をしているんだろうなとふと考える。
 静かだった。
 自身の呼吸と波の音が聞こえる。ふと見ると、岬の突端のさらに先、水平線から少しだけ朝日が顔をのぞかせていた。
 何も変わらない。昨日までの朝と、今日の朝と、そして明日の朝もおそらくは。きっと太陽は同じように顔を出し、そして同じように沈んで行くのだろう。
 人の死もそれと同じだ。やがて、激しい怒りと悲しみと苦しみも、シャラの死と共に時間の海に押し流され忘れ去られるだろう。
 それは哀しかった。どうしようもなく哀しかった。
 だが、だとしてもここで立ち止まるわけにはいかないのだ。自分が何をしなければならないのか、その答えはもう出ていた。だから苦しくもあるのだが。
 ふと顔の傍に小さな花々が咲いていた。その内の黄色い花を一輪摘み取り、シャラは岬の突端に立った。

「父上、私は、それでも戦い続けます。私はやっと、自分の身が、自分の勝手な都合だけで動かしていい物ではないと……それが公爵家の人間の務めなのだと、気が付いたのです」

 エリエルを出るときにはわかっていなかった。もしエリエルに引きこもったまま今日という日を迎えていたら、きっと二度と立ち上がれなかっただろう。だがエリエルから旅立ったシャラは立ち上がることができた。
 いくつかの戦いを潜り抜けたおかげで悟ることができたのだ。それがわかっているからこそ苦しいのだとしても。

「王妹殿下に言われました。人々の為に戦う。それが貴き者の務めなのだと。我々は常に先頭に立ち、民達を害する者に立ち向かいこれにうち勝たねばならないと。最初は、よくわかっていませんでした。今でもわかっていないかもしれません」

 だがそうして思い浮かべるのは、仲間の顔だった。エリエル騎士団の仲間達。そしてシャラを頼りにし、信頼してくれて、また助けてくれる人々の顔だった。アルフレドの、リデルフの、自身を信じていると言ったニムエの、窮地には必ず駆けつけると言ってくれたイスラフィルの。
 その思いに応えたかった。だから、彼らを放って、裏切って、自分勝手に動くことはできないのだ。

「だから安心してお眠りください、父上。父上の分まで、私が戦います。人々を、エオスを守ります。だから、私達を、至らぬ私達を見守っていてください……」

 そうして長い祈りを終え、シャラは手にした一輪の花を暁の光に照らされる海へと投げ入れた。



 これより先、この大陸は激動の局面に突入する。
 やがて英雄と呼ばれる事になる一人の少女の物語は、今まさに、この瞬間から新たな始まりを迎えるのだった。
 そして、もう一人の青年も……。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.67 )
日時: 2019/02/20 21:08
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

第二節登場人物





名前:キドル・ティニーン
年齢:19歳
性格:寡黙で滅多に感情を表に出さず、冷たい印象。しかし、内に秘める情熱は誰にも負けない

「竜将」の異名を持つ小国ズメウ王国の竜騎士団団長。
その実力とカリスマにより、16歳で竜騎士団団長、そしてトゥリア帝国将軍へと上り詰める。
しかし、一部の部下や上官などからはよく思われておらず、「若造」と切り捨てられ、苦悩する。
部下思いであり、師匠であるジュウベエを尊敬している。

誕生日は「5の月の15日」



名前:ロロ・エウリュス
年齢:14歳
性格:自分の意思を持たず、終始無口で無表情。特定の人物にのみ本当の自分を見せている。

キドルと共に行動する無口で無表情な少女。
自分の意思を持たないが、キドルにだけ特別な思いを抱いている。
そしてキドルが苦しんでいるのを見て、自身の無力さに憎悪を覚えている。
キドルは異母兄である。

誕生日は「11の月の11日」



名前:プラチナ・アシェ
年齢:18歳
性格:冷静沈着で、頭脳明晰。普段は寡黙であり、クールな印象を受ける。

キドルの側近であり、ロロの護衛。
寡黙で冷静なため、クールな印象を受け、近寄りがたい。
しかし、内に情熱を秘め、お人好しな面もある。
キドルもロロも守りたいと強く思い、任務を淡々と遂行する。

誕生日は「2の月の10日」



名前:レイア・ウェヌス
年齢:36歳
性格:執着心と独占欲が非常に強く、気に入った人物に対して、歪んだ感情を持つ。というのは上辺だけで、本来はかなり穏やかな性格。

ラーフ公国出身の占星術師。
占いだけでなく、杖での治療ほか、剣も扱う。
キドルの部下であり、キドルに対しかなり歪んだ感情を抱いている。
ハイレクーンを嫌悪しており、皇帝に従うのを猛烈に拒絶している。
そのため、ハイレクーンを見る度にあからさまに嫌そうな顔をする。
自由過ぎる性格に、キドルも手を焼いている人物。
しかし、それは道化を演じているだけであって、本性は周囲をよく見る慈悲深い人柄。
ジュウベエと手を組んで、共にキドルを支えている。
かつて「星見の魔女」と呼ばれる人物であった。

誕生日は「3の月の17日」



名前:ジュウベエ・ヤギュウ(柳生十兵衛)
年齢:47歳
性格:落ち着いた面持ちで、常に不敵な笑みを絶やさない強者。

キドルの部下であり、キドルの師匠。
大人の余裕さを常に見せており、取り乱すことなくキドルや皆に助言をする。
帝国には憎悪を感じてはいないが、今のままではいけないと考えており、
キドルを切り札として修行をさせて、鍛え上げた。
ミズチ国出身で、「鬼武者」と呼ばれる、鬼の力を継ぐ由緒正しき家系である。

誕生日は「6の月の7日」




名前:ハイレクーン・マリオネット
年齢:39歳
性格:飄々としていて、敵には容赦ない冷酷さを持つ。喋り方が独特で、かなり相手を煽る話し方で、鼻につく。

キドルの部下であり、トゥリア教団四大司教の一人。
強力な幻術や神聖魔法、暗黒魔法、召喚術などを
いとも容易く操る、トリックスター。
常に笑顔を張り付けているが、やること為すことはかなり残酷。
何か裏があるようだが……

誕生日は「9の月の2日」




名前:ディエン・シンシン
年齢:18歳
性格:飄々としていて抜け目がない、世渡り上手な性格

キドルの部下である舞踏家。
身体が柔らかく、しなやかな動きで華麗に舞う。
飄々としていて、他者の心をつかむような言動のおかげか、敵が少ない。
キドルの事を心から信頼しているが、
ハッカ共和国を落とし、共和国の人間を虐げる帝国をひどく憎んでいる。
が、普段の様子からは読み取れない。

誕生日は「3の月の10日」



名前:ルー・アキフォート
年齢:16歳
性格:純真無垢で常にまっすぐ、諦めることを知らず常に前向き。

ライラ王国で王女の侍女を務めていた狩人の娘。
ライラ王国が陥落し王女が囚われてしまった際に、
「帝国に従うので、王女を解放してほしい」と願い出た。
そして、キドルの部下として帝国の兵士となる。
まっすぐな性格なので、自分が頑張れば王女を助けられると信じている。

誕生日は「9の月の15日」



名前:ヴェノン・キャッツアイ
年齢:21歳
性格:口は悪いが情に厚く、面倒見もいい。お宝に目がない。

古代の秘宝を追い求める自称「イケメントレジャーハンター」。
どさくさに紛れてテンペスト王国の遺跡を探索していて、その帰り道に帝国軍に捕まってしまった。
軍に協力するという名目で、成り行きで騎士団へと加入する。
妹である「シャノン・キャッツアイ」とは大の仲良しである。

誕生日は「6の月の29日」



名前:セイブル・グラトニー
年齢:不明
性格:無機質で何事にも興味を示さない。

キドルを信頼してる、トゥリア教団四大司教の一人。
暗黒魔法を得意としている神官で、ハイレクーンもその実力を認める。
しかし、上官の命令以外に興味を示さない。
感情を表に出さず、常に無表情でキドルに従う。
その姿を傍から見れば、不気味にも思える。

誕生日は「1の月の1日」


Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.68 )
日時: 2019/02/21 09:35
名前: 燐音 (ID: y47auljZ)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1096.jpg

幕間 幼竜


 その竜人の子供は生まれて間もなく捨てられた。どこかに預けられたでもなく、捨てられたのだ。
 理由は単純、「その子は力が無く、望まれた子ではなかった。」からだ。
 しかし、その生まれたばかりの子供を拾った巨漢の男は、その赤子を不憫に思い、名を与えた。

「お前は「キドル」。「キドル・ティニーン」だ。立派に育てよ」

 男は生まれたばかりのキドルに対し、微笑みかける。キドルも心なしか笑っているようにも思えた。
 男は不器用ながらもキドルを育て、かわいがっていた。いつか立派な騎士となり、この大陸に光を照らすと、自分が死んだ後に立派に軍を率いてくれる……そう信じて。
 やがてキドルは成長し、男はキドルに剣を教えた。幼いキドルは自分の体ぐらいある剣を振り回すが、

「師匠、剣はなんか扱いにくい。槍がいいよ」
「むう……、俺も槍が使えないからなぁ」

 キドルの言葉に男は苦笑しながら頭をぼりぼりと掻く。男はキドルの何倍もの身長で、赤い髪を束ね、赤い瞳を持つ巨漢である。赤い服は巻き付けて黒い帯で縛り、とてもがっちりとした体格だった。変わったところと言えば、その男は左目に眼帯をしていることくらいか。
 この男は「ジュウベエ・ヤギュウ」と言い、トゥリア帝国の騎士だ。
 彼は今、ズメウ王国の辺境でキドルと共に暮らしている。山が連なり、飛竜も生息している場所だ。
 ズメウ王国では十五の齢になるまでに飛竜と心を通わし、パートナーにするという風習がある。ジュウベエはキドルを竜騎士にしたいと思い、幼い彼をズメウ王国まで連れて来たのだ。彼は竜人、きっと立派な竜騎士になれる……ジュウベエはそう考えていた。

「師匠、オレ……」
「ん?」

 キドルは槍を振り回しながらジュウベエを見る。その顔は幼い少年のものだが、騎士のように凛々しいものだった。

「オレ、絶対竜騎士になるよ。師匠にだって負けない!」
「……ほう、そうか」

 ジュウベエはキドルの言葉を聞いて思わず顔が綻びた。そしてしゃがみ、彼の頭に大きな手を置いて、彼の青く澄んだ真っ直ぐな瞳を見つめる。

「俺も期待している。お前が立派な竜騎士になって、大陸の皆を救ってくれるって信じているよ」

 その言葉はジュウベエにとって、本心でありキドルへの期待でもあった。重いものを背負わせてる。それはわかっている。だが、ジュウベエはこの終わりの見えない殺戮を終わらせたかった。だからキドルを竜騎士に育て、ジュウベエの果たせなかった事をやり遂げてほしい……そう思っていた。

「必ず、大陸に光を照らしてくれ、キドル」



 そして十年の時が過ぎた。
 キドルは十五になる。髪は薄い紫、白い角が二本あり、鋭く青い瞳を持つ少年へと成長した。
 そんなキドルにある驚くべき事実を目の当たりにした。

 キドルは帝国の皇帝の子供であったと言う事。そして3人の弟と妹がいると言う事。
 名はそれぞれ「ベリアル」、「ストラス」、「ロロマタル」という。そして現在、その三人は王位継承の内乱に巻き込まれていることを知った。
 王位継承第一位は最も王族の血の濃いストラス、次点でロロマタル、そして最後はベリアルである。
 ロロマタルは末子で女ではあるが「トゥリアの巫女」という立場もあり、彼女が次点なのだ。
 だが、その事実と同時にベリアルが次期皇帝の座を狙おうとしているという話を聞く。そして三人の王位継承をめぐって派閥争いが起こっているのだ。
 キドルは、この事を受けて騎士となることを決意した。なぜなら、腹違いではあっても彼らは肉親であったからだ。
 まだ会ったこともない弟や妹達……。彼らを守りたいと思った。
 その旨をジュウベエに伝えると、彼は深く頷いて腕を組む。

「お前のやりたい事をやりたいようにやればいい。俺はお前についていくだけだ」

 かかかっと大笑いするジュウベエ。いつもジュウベエはキドルのやり方に肯定的で、間違っている事はちゃんと指摘し、道を外さずに済んでいた。自分もジュウベエのような大らかな人に……立派な騎士になりたいと思っていた。騎士となり、守りたい者を全部守る。それがキドルの願いであり、決意であった。


 そして、彼は騎士となり功績をあげ続け、いつしか「竜将」と呼ばれるまでの竜騎士となる。立場は奴隷ではあるが、彼は王族に自身の能力を認めさせた。全ては弟妹のために。
 その時には既にキドルは十六の齢となっていた。


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