複雑・ファジー小説

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イストリアサーガ-暁の叙事詩-
日時: 2019/03/30 20:38
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1191

あらすじ
 互いに信ずる神を違えたがために十世の時を聖戦という名の殺戮で数多の血を流してきた、
 西の「イース連合同盟」、東の「トゥリア帝国」。
 その果てしない戦乱は続き、
 混乱、殺戮、憎悪、破壊が、人々の心を蝕んでゆくであった。
 この歴史の必然は、一人の少女と一人の青年を生み出す。

 二人の若者が後にこの聖戦の終止符を打ち、大陸に暁の光を照らすことを
 大陸の人々はまだ知る由もないことであろう・・・。



はじめまして、燐音リンネと申します。
当小説は「ベルウィックサーガ」というゲームから強く影響を受けた作風となっております。
物語の舞台は「中世ファンタジー」で、二つの国の正義がぶつかり合う聖戦が題材です。
普通に架空の生き物(グリフォンやドラゴンなどの怪物)が存在し、
架空の種族(竜人、亜人など)も存在します。
基本的に男尊女卑が強めになっていますので、万人受けするものではございませんが、
頑張って執筆していこうと思っております。
作者の知識不足もございますが、どうぞ温かくご覧ください。

感想などや作者への意見などはURLのスレにてどうぞ






参考資料

登場人物 >>5>>67
専門用語 >>4


目次

第一節 盟約の戦場

断章 聖戦の叙事詩    >>1
序章 戦いの序曲     >>2-3
第一章 まっすぐな瞳で  >>6-8
第二章 旅立ちの街    >>9-12
第三章 こころ燃やして  >>13-19
第四章 脅威       >>20-26
第五章 死闘       >>27-35
第六章 誰が為に     >>36-37
第七章 その胸に安息を  >>38-42
第八章 戦雲       >>43-54
第九章 開かれた扉    >>55-58
第十章 押し寄せる波   >>59-62
第十一章 覚悟      >>63-66


第二節 黄昏の竜騎士

幕間 幼竜        >>68
第一章 戦う理由     >>69-73
第二章 野心と強欲    >>74-80
第三章 始動       >>81-84
第四章 燃えたつ戦火   >>85-92
第五章 追憶       >>93-98


第三節 暁の叙事詩

第一章 この道の向こうに >>99-102
第二章 風吹きて     >>103-111
第三章 邂逅       >>112-123
第四章 死の運命     >>124-130
第五章 風の乙女     >>133-134
第六章 騎士の誇り    >>135-144
第七章 雨上がり     >>145-146
第八章 廻り往く時間   >>147-149

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.119 )
日時: 2019/03/19 21:34
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)


 じっと目を閉じ、闇の中の気配に神経を尖らせていたセレスはそっと目を開ける。
 地上から誰かが階段を降りてくる。

「ちくしょ〜、なんて奴らだ」

 シャラ達はどうやら無事に進んでいるようだ。セレスはひとまず安心しながら耳を澄ませた。

「一体、奴らは何者だ?」
「俺が知るかよ」

 足音からすると人数は五。

「ただの叛乱軍じゃないのは確かだ」
「じゃあトゥリア帝国軍かよ!?」
「いや、帝国がこんなちっぽけな島を攻めてどうなる? やはり奴らの目的は政治犯の奪取だ!」

 政治犯に話題が向けられ、セレスは緊張した。

「このままじゃ俺達も皆殺しになっちまう!」

 肩越しに男の狼狽が伝わってくる。

「どうする? あいつらを人質にして逃げるか?」

 それはこちらにとっても好都合である。人質を連れられ延々と逃げられてしまえば面倒だが、船まで逃げた所で人質を解放するように約束させればソスランの安全は逆に保証されたようなもの。しかも彼らの様子からすれば、シャラ達の正体もわかっていないようだ。
 だがセレスの安堵は空振りに終わる。

「構いやしねえよ! 囚人共は全員ぶっ殺してとっとと逃げりゃいい。船は奴らが攻めてきたのとは逆方向にある。神殿の中を探している間に、俺らはトンズラって寸法だ」
「しかし、そんな事がばれたら……」
「ば〜か、心配すんなって。トゥリア帝国との戦争でイース王家は存亡の危機なんだからよ。俺らみたいな小物に関わってる暇なんてねえよ。けけけ、適当に山奥に籠って山賊の真似事でもしてりゃいいんだよ」
「いいな、それ。武器や防具だけはいいモンが揃ってる。これだけあれば……」
「そういう事だ。早い事囚人共を始末してズラかろうぜ!」

 遠のいていく声に、セレスは床に置いていた剣を拾い上げ音もなく扉を開いた。
 セレスが隠れていた物置のすぐ横を通り抜け、男たちは臆へと消えていく。後姿はすでに見えなくなっていたが、彼らが手にしているランタンの光芒が通路の奥へと進んでいた。

「ふぅ」

 もう一度深呼吸をし、ゆっくりと後をつけ始める。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.120 )
日時: 2019/03/19 22:13
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)


 男達は先ほどの廊下をまっすぐ奥に進み、さらに階段を一つ降りた。
 彼らが次の間へと進んだところで、セレスも後を追って地下二階に降りる。そこは地下一階とは違って壁に据え付け型のランプが備えられていた。
 頼りない灯りに階段の周りが照らし出される。
 階段の周りは小さな部屋になっていて、地下二階だというのに小さな窓が開いていた。そこからは闇の世界と静かな波音が聞こえてくる。どうやら崖の中腹に開けられた窓のようだ。
 相手は最低五人。せめて戦いやすい場所を選びたいところだ。
 素早く次の扉に取りつく。男達はまだ次の間で、さらに次の部屋へと続く扉の鍵を開けるのに手こずっていた。

「てめえ、さっさとしろ!」
「何もたついてやがんだよ!」

 軽歩兵が一人、重歩兵が三人、最後の一人はどうやら弓兵のようだった。
 セレスは覚悟を決めてそっと扉を開けて飛び出す。音もなく剣を抜き放ち、次の間の扉に意識を奪われている五人の背後から、迷うことなく弓兵へと襲いかかった。

「ぎゃ!」

 驚いたような声だけ残して、弓兵は床に崩れ落ちた。
 セレスの手に握られたそれは、長さは長剣よりやや短く、剣身は一件華奢に映るほど限りなく贅肉を落とされている。このような剣は斬るには向いていない。刺突を放ち、一瞬で敵を絶命させるための剣である。単身で神殿に乗り込むに際し、念のためにとシャラから賜った「コンコルディア」と呼ばれる細剣であった。
 セレスは弓兵から剣を引き抜き、一振りすることで血糊を払った。

「残念ですが、この先に進ませることはできません。このまま逃げるなら良し。もし退却を選ばないのであれば私が相手になりましょう」

 最初、セレスがなぜここにいるか理解できなかった男達だったが、侵入者が一人きりしかいない事にはすぐに気が付いたのだろう。それぞれの得物を抜き放ち下卑た笑みを浮かべた。

「へへへ、どうやって忍び込んだかは知らねえが、俺達四人を相手にするつもりか?」

 重歩兵三人は大剣を、軽歩兵は長剣を手にしていた。
 武装に関しては、それほど強力な者はいない。一番恐ろしかったのは弓兵が持っていた石弓だが、これは沈黙した。
 こちらの部屋も階段があった部屋と同じく壁に灯り——ただしこちらは松明が掲げられている。だが限られた広さで四人に囲まれ、いつまでも逃げ回っているわけにはいかない。
 四人の敵兵は、こちらを睨みながら徐々に横に広がりセレスを包囲し始めた。

「ゆっくり可愛がってやりてえが、残念ながら時間がねえ。とっととぶっ殺して俺たちがここにいた痕跡消してズラからしてもらうぜ!」
「やれるものならやって御覧なさい!」

 セレスは素早く走り寄った。狙うは軽歩兵。少なくとも重歩兵は、重装備が仇となってセレスの動きについてこられない。であるならば、軽歩兵をどうにかしておいて、あとはシャラ達が駆けつけるまで睨み合いに持ち込むのが最良の策である。
 だが、走り寄った勢いそのままに突き出したコンコルディアの切っ先を横合いから突き出された大剣の横っ腹が防いだ。

「なっ」

 素早く剣を戻す。
 重歩兵が素早く動いた……わけではない。投げたのだ、大剣を。

「くっ」

 セレスが気を取られた隙に、逆に軽歩兵が踏み込んできて突きを放つ。
 どうにか身を翻すが、髪の一房が宙を舞った。

「へへ、避けた避けた。すげー」

 仕方なくセレスは距離を置く。その隙に先ほど自らの剣を投じた重歩兵は、壁際に落ちた自分の剣を拾いに行った。
 セレスは一人、敵は四人。だからこそ、普通なら考えられない戦いができる。四人の内の一人、あるいは二人が武器を投げつけても、残りの二人が牽制すればそれを取りに行く余裕ができる。

「くっ」

 旗色は圧倒的に悪かった。

「ほらよ!」

 左の死角から重歩兵の一人が迫ってくる。応戦したくとも、コンコルディアでは大剣の攻撃を受けた途端へし折れるだろう。
 仕方なく後退。
 そこに軽歩兵が距離を詰めていた。

「予想通り!」

 余裕のせいだろう、動きが大きい。どうにか避けるが、切っ先は浅く腿を傷つけた。

「ほらほら姉ちゃんよ〜、あとがねえぞ〜」

 そこへ、先の間にさらに何者かの気配が現れた。階段を使って地下一階から降りて来たのだ。
 四人の警備兵もジリジリと詰めてくる。
 やはり一人で飛び込むなど無謀だったのだろうか。セレスが唇をかみしめた時、

「女相手に四人がかりとは、あんまりいい趣味とはいえんぞお前ら」

 聞き覚えのある声が、扉の向こうから聞こえてくるのだった。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.121 )
日時: 2019/03/20 19:44
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

 イストリア島に駐屯していた警備隊との戦いは、既に収束しつつあった。
 気が荒く、手強い兵が揃ってはいたが、彼らの間には連携がなかった。それがエリエル騎士団との大きな違いである。
 形成が不利になった途端、前線は崩壊し、持ち場を投げ出す者が続出した。
 神殿周辺の残敵掃討は部下に任せ、シャラは一人で神殿の中へと足を踏み入れた。
 人気のない地上部分を、兵達の詰め所代わりに使われていた地下一階部分を通り過ぎ、地下二階へと進んでいく。
 ソスランの事もそうだが、それ以上に無茶な事を頼んだセレスの身が心配だったのだ。
 地下二階への階段を駆け下りたシャラの目の前に、一人の青年が姿を現した。待ち構えていたわけではない。相手も丁度、奥の部屋から出てきた所だ。

「……お前」

 相手の青年は一瞬驚いたようだったが、すぐに冷静になり、シャラを上から下まで眺め意味ありげな声を漏らした。
 青年は竜人らしく耳が長く、紫の短髪、頭から生えている二本の白い角、そして濃い紫色の衣服が目立つが、驚くべき事は彼は鎧を装備せず、傭兵のような軽装であった。
 鋭い眼光でシャラを見ているが、どこか優し気で勇敢なその瞳は、まるでサファイアのように青く澄んでいる。
 薄暗くてよく見えなかったが、心なしか衣服が赤黒いまだら模様になっている。……返り血か? とシャラは警戒する。目の前の青年は一体何者なのだろうか。

「あなたは、一体何者ですか?」

 誰何しながらシャラは半ば反射的に腰に下げている剣——シエラザッドを握りしめる。

「誰かと問いながら剣を手に取るか……」

 青年も背中に背負っていた青い槍を手に握りしめる。その槍は海のように青い刃が先端にあり、薄暗いというのにほのかに光り輝く不思議なものだった。それを彼は構える。

「正しい判断だな」

 青年が浮かべるのは刃物のような笑みだった。
 シャラは一層警戒を強める。目の前の青年が敵なのか、味方なのか。少なくともこれまでにこの島で見てきた警備隊とは明らかに雰囲気が違う。このような僻地に追いやられ鬱屈している様子は少しもなかった。
 それに、殺気もなかったのだ。

「どうしたんだ、この期に及んで迷うのか?」

 青年は一歩進み出た。気圧される形で、シャラは一歩階段を昇った。

「いいだろう。ならばその気にさせてやるよ、エリエル公国のシャラザード公女」
「なっ……なぜ私の名を!?」

 青年は意味深な笑みを浮かべさらに一歩踏み出した。

「お前の父は、もっと隙がなかったぞ」
「な、父上!?」

 青年は一気に走り出した。鋭利な槍を握って。
 シャラは階段を昇ろうとして、すぐに思い直して手すりから身を躍らせ地下二階の床に飛び降りた。

「ふむ」

 階段の中程で男はゆっくりと振り返る。地下一階に昇ってしまえば灯りがほとんどない。青年がどういうつもりかはわからないが、満足に動けない中、もし彼が何か方法を用意していたら圧倒的な不利に陥ってしまう。そう考えたのだ。

「父上を……あなたは父上を知っているのですか?」

 ゆっくりと階段を下りながら青年は笑った。

「甘いな。アイオロス公であれば、俺を捻じ伏せ力ずくで聞きだしただろうな……」

 青年は腰に手を当ててにぃっと笑う。こんな状況なのになぜ彼は笑っていられるのだろうか……。

「ん、ところで、俺の名を聞いたことはないのか? トゥリア帝国竜騎士団、「竜将ティニーン」。「キドル・ティニーン」の名を」

 シャラはその名を耳にした瞬間、カッと頭に血が上った。
 その名は、東部戦線において、多くの離反者に苦しむアイオロスの命を非常にも奪い去った男の名前。

「きっ……貴様! 貴様が「キドル・ティニーン」か!?」

 キドルは、小さく唇の端を釣り上げた。
 なぜ、イース王国の直轄地であるイストリア島に帝国軍の将軍がいるのかと、疑問を持たなければならない点が吹き飛んでいた。
 ギリギリと、皮の手袋が軋みを上げる程剣を握りしめ、そしてシャラは突進した。

「てえぇぇいっ!」

 距離を詰めつつシャラは渾身の斬撃を放つ。キドルはそれを槍を使って受け流し、手慣れた様子で槍をくるりと回す。
 キドルは相変わらず涼しい顔でシャラを見ながら、階段から素早く床に降り改めて構えを取った。

「どうした、それで終わりか? 親子揃ってだらしのない」

 エリエル公爵家はまだ歴史が浅い。そのため周囲からは不当な扱いを受けていたが、アイオロスは勇猛果敢なる猛将だった。イース同盟諸国中に勇名を轟かせていたのだ。

「父上を侮辱するなぁっ!」

 シエラザッドを振るって、頭上からの振り下ろしと突きを放つ。しかしキドルは槍を操りそれらをあっさりといなした。

「くっ」
「アイオロスは、ボロボロに疲れ果てていた。数々の同胞に裏切られ、そしてさらに多くの同胞に裏切られるのではないかと不安に駆られながら、必死で戦線を支えようとしていたよ。……哀れなほどにな」

 ソスランが失脚したため、アイオロスは東部戦線を一人でまとめなければならなかった。しかし、同胞だと信じていた者の巧妙な切り崩しに遭い、一人、また一人と裏切ってトゥリア帝国側に寝返っていったという。
 アイオロスは寝る間も惜しみ、寝返ろうとする者を説得し、あるいはモルドレッドに陳情の書状をしたため、兵達の士気を鼓舞するために戦場を駆け回った。そして……

「無様な突撃の末、この俺の槍にかかって死んだ。この槍にだ」

 そういってキドルは自らの槍を誇示するように突き出した。

「この槍がお前の父親の胸板を貫いた。今でもアイオロスの屍は、砂漠のどこかで野ざらしになっているだろう。貴様も父の後を追うがいい!」

 シャラは無言で剣を振るった。
 キドルは平然とそれを受け止めるが、シャラは構わず、さらに剣を叩きつける。
 だがどのような角度からの斬撃であっても刺突であっても、キドルは易々と対応するのだ。

「ふん、そうやって無茶苦茶に剣を振るったところで無駄だ! 俺を斬るより先に剣が折れるだけだぞ!」

 確かに、シエラザッドから伝わる手応えが変わってきていた。
 体勢を立て直すべきだと、冷静になるべきだと、内なる声がシャラに警鐘を鳴らす。しかしその度、たった今聞いたばかりのアイオロスの死に様が蘇り、シャラの身体を勝手に突き動かす。

「そんなに剣を折られたいなら、望み通り叩き折ってやる!」

 突然、キドルが攻勢に出る。
 槍を振りかぶり、猛烈な勢いでシャラに向かって刺突する。
 凄まじい速さでシャラは一瞬を突かれた。だが、シャラはそれを素早く避ける。だが、横っ腹に命中し、衣服が破れ横っ腹から血が流れた。

「ぐぅ……っ!」
「判断は良かったが遅いな」

 シャラは痛みで少し冷静さを取り戻した。彼の槍を避ける事に専念し、キドルを観察した。
 何度か彼の攻撃を受けつつも、彼の大きな癖に気が付いた。彼は素早い動きで翻弄しつつも、動きが少々大きい。そのため、攻撃をかわされると一瞬だが無防備になる。
 彼の師匠が剣の使い手なのだろうか、槍を剣のように振っているのである。……それとも、他に理由があるのだろうか。
 だが一瞬だけの隙をついてシャラは次の一撃を避け、キドルの背後に回り込んだ。
 踏み込むと同時に剣を振り上げ、腕の、肩の、背の、腰の筋肉を使って限界まで体をねじり上げ力を溜め、そして放つ。
 振り返ったキドルは驚くべき事に、にんまりと笑っていた。まだ反撃する余力があるのだろうか。シャラの剣は、確かに背後からキドルの身体を捉えた。鎧を着ていない彼の身体から鮮血が飛び散る。
 キドルは崩れ落ち、床に手をついてどうにか体を支える。彼の呼吸は乱れ、見る間に血がしたたり落ち石の床に黒いシミを広げていった。
 シャラはシエラザッドを構え、そして迷っていた。
 とどめを刺すのは簡単だ。たとえこれが何かの芝居だったとしても、この体制から攻撃すれば避ける隙はない。相打ちに持ち込む事すら容易ではないだろう。だがあの笑みだけが、理解できなかった。

「迷う、か? お前の怒りは、それっぽっちのものなのか? では祖国を……奪われるのも当然だな」

 エリエルは既に帝国の手に落ちていた。噂では、公爵家の人間や多くの市民は逃げ延びたと言うが。
 エオスはどうしているだろう。無事なはずだ。帝国の手が伸びてくるのを待っているはずがない。それでも、という一抹の不安は消えない。今すぐ助けに飛んでいくことができれば、どれほどよかっただろう。だがシャラにはやるべき事がある。

「ははっ……いいだろう。俺は生き延びる。生き延びて、お前が今頭の中に思い浮かべた者を探し出して縊り殺してやろう!」

 そう言い放つとキドルは槍を使って体を支えながら立ち上がる。
 シャラの脳裏には、エオスが帝国の手に囚われ無残に殺される姿が、ありありと浮かび上がった。

「あ、あ、あああぁぁぁぁっ!」

 その瞬間、キドルの笑みの不振など消し飛んでいた。シエラザッドを振り上げる。シャラにそうさせたのは衝動以外の何物でもない。
 キドルは動けない。この一撃を放てば、ただ腕に力一杯、まっすぐに突き出せばすべてが終わるはずだった。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.122 )
日時: 2019/03/20 19:43
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)


 シエラザッドの切っ先は鋭い金属音に阻まれ、キドルに届くことはなかった。
 シャラは驚きに目を見開く。
 それは銀色の刃を持つ短剣だった。刃と柄の間にシエラザッドは受け止められている。それがシャラとキドルの間に割り込み鮮やかにシャラの一撃を阻んだのだ。
 そしてそれを持ちこの場に割り込んできた人物にこそ、シャラは驚愕せずにはいられなかった。

「く、クリス!?」

 シャラには同行せず、王都ブリタニアにいるはずのクリスであった。なぜここにいるのか、そもそもなぜ彼がキドルの前に立ち塞がっているのかと、信じられない思いでシャラはまじまじとクリスの顔を見る。

「シャラザード公女、剣をお納めください」

 クリスは哀し気にシャラの瞳を見ている。こんなにしっかりと彼の顔を見つめたのは初めてだったかもしれない。
 瞳は炎のように燃える赤色、普段はフードで顔を隠しているせいか気づかなかったが、女性のように白い肌、意外なほど頬から顎にかけての線は華奢だ。まさに美少年といったところか。
 だがそれに気が付くのがどうして今という瞬間なのだろう。
 シャラに対し「信じている」と言ってくれて協力してくれた彼。そのクリスはなぜシャラの剣を阻むのだ。

「スト……クリス! 隠れていろと——」
「貴方が死ぬところなど見たくはないんです。貴方は死んではいけない」

 しかもお互い名を知っている様子だ。

「どうして……?」

 クリスに問いかけたのだろうか、自分でもわからないほど弱々しい声に、彼はこちらを向いた。

「公女、この方の命を奪ってはなりません」
「な、何を言うのですか! その男は我が父の仇。それをっ、何故なのですかクリス! 答えなさいっ!」

 だが彼は再び悲しげに目を伏せたまま首を横に振った。答えぬまま、そして再びキドルを見る。

「ここはお引きを」

 クリスに続いてもう一人、妙齢の女性が奥の部屋から姿を現した。青い髪を束ねた女騎士……セレスだった。
 セレスはシャラと傷を負ったキドルを見て状況を把握した様子だった。
 そんなセレスにクリスは静かに口を開く。

「セレス。兄さんを逃がしてあげてください」
「えっ……?」

 クリスの言葉にシャラは驚いて声を上げる。
 セレスは黙って頷くと、キドルに肩を貸して彼の身体を支え、地下一階に続く階段を昇っていく。
 今、神殿内は混乱を極めている。一人や二人、抜け出すことは難しくないだろう。

「何故ですか、クリス……それにセレスは……」

 地下二階に取り残されたのは、シャラとクリスの二人きりだった。
 二人はまだ、剣と短剣を引かずにいた。もはやどちらの腕にも力は入っていない。だが戻すに戻せず、力なく問いかけるのが精いっぱいだった。

「申し訳ありません、僕は……いえ」

 彼は何一つ弁解せず、その言葉と共に短剣を引いて懐にしまう。
 行き場を失ったシャラのシエラザッドが、静かに降ろされる。

「貴方は……」

 問うべき言葉が声となる前に、クリスはシャラの手を取り、手紙を手渡す。

「この島を出た後に読んでください。……貴女を欺くような真似をして、本当に申し訳ありません」

 クリスはそう言い残すと、階段を駆け上りキドルとセレスの後を追っていった。
 シャラは呆然と階段を見つめ、手紙を握りしめていた。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.123 )
日時: 2019/03/20 22:52
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)


「君には命を救われたな、ありがとう」

 それが別れ際の、ソスランの言葉だった。
 無事にソスランの救出に成功したエリエル騎士団は、イストリア島からブリタニア港へと帰港した。もちろん誰にも内緒のうちにだ。
 シャラ達の帰還を待っていたアルフレドは、ソスランの身の振り方を用意していてくれた。もちろんブリタニアに居続けることはできない。まだイストリア島の異変はこちらまで伝わっていないだろう。しかし時間の問題だ。そうすれば、ソスランの存在を恐れるモルドレッドの命で、最優先で手配されるだろう。
 アルフレドが用意してくれた道は、イース王国西部であった。

「私は西部側に向かい、エリエル側から侵攻する帝国軍を食い止め、一人でも多くの民達を守ろうと思う」

 ソスランはそう決意し、西側へと向かう。
 そして彼は、ラクシュミの頭を撫でながら優しく囁く。

「君はシャラ公女の傍にいて、彼女の力になってあげなさい。私の代わりに」

 ラクシュミはせっかく再会できたのにという気持ちを押し殺し、精一杯の笑顔で彼を見送る。
 イース王国西部は海に囲まれており、唯一エリエル公国に繋がる橋が架かっている。今はまだ帝国軍の侵攻はないようだが、いずれイース王国へとやってくるだろう。それに、西部にはエリエル公国の民が、エオスが逃げ込んできているかもしれない。
 アルフレドはブリタニアの商業ギルドとイース神殿に連絡を取り、西への小隊を派遣させると共に、念のため西部のイース神殿に補給物資を届けるという口実でイース神殿からも馬車を出してもらった。

「ソスラン様、その……エオスを、お願いします」
「ああ、命に代えても必ず」

 そしてソスランは笑みを浮かべながら

「シャラの武運を祈っているよ」

 と言い残し、シャラと固く握手を交わして西へ旅立つ馬車の荷台に乗り込むのだった。


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