複雑・ファジー小説
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- イストリアサーガ-暁の叙事詩-
- 日時: 2019/03/30 20:38
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1191
あらすじ
互いに信ずる神を違えたがために十世の時を聖戦という名の殺戮で数多の血を流してきた、
西の「イース連合同盟」、東の「トゥリア帝国」。
その果てしない戦乱は続き、
混乱、殺戮、憎悪、破壊が、人々の心を蝕んでゆくであった。
この歴史の必然は、一人の少女と一人の青年を生み出す。
二人の若者が後にこの聖戦の終止符を打ち、大陸に暁の光を照らすことを
大陸の人々はまだ知る由もないことであろう・・・。
はじめまして、燐音と申します。
当小説は「ベルウィックサーガ」というゲームから強く影響を受けた作風となっております。
物語の舞台は「中世ファンタジー」で、二つの国の正義がぶつかり合う聖戦が題材です。
普通に架空の生き物(グリフォンやドラゴンなどの怪物)が存在し、
架空の種族(竜人、亜人など)も存在します。
基本的に男尊女卑が強めになっていますので、万人受けするものではございませんが、
頑張って執筆していこうと思っております。
作者の知識不足もございますが、どうぞ温かくご覧ください。
感想などや作者への意見などはURLのスレにてどうぞ
参考資料
登場人物 >>5>>67
専門用語 >>4
目次
第一節 盟約の戦場
断章 聖戦の叙事詩 >>1
序章 戦いの序曲 >>2-3
第一章 まっすぐな瞳で >>6-8
第二章 旅立ちの街 >>9-12
第三章 こころ燃やして >>13-19
第四章 脅威 >>20-26
第五章 死闘 >>27-35
第六章 誰が為に >>36-37
第七章 その胸に安息を >>38-42
第八章 戦雲 >>43-54
第九章 開かれた扉 >>55-58
第十章 押し寄せる波 >>59-62
第十一章 覚悟 >>63-66
第二節 黄昏の竜騎士
幕間 幼竜 >>68
第一章 戦う理由 >>69-73
第二章 野心と強欲 >>74-80
第三章 始動 >>81-84
第四章 燃えたつ戦火 >>85-92
第五章 追憶 >>93-98
第三節 暁の叙事詩
第一章 この道の向こうに >>99-102
第二章 風吹きて >>103-111
第三章 邂逅 >>112-123
第四章 死の運命 >>124-130
第五章 風の乙女 >>133-134
第六章 騎士の誇り >>135-144
第七章 雨上がり >>145-146
第八章 廻り往く時間 >>147-149
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.29 )
- 日時: 2019/02/16 18:10
- 名前: 燐音 (ID: I.inwBVK)
バラカ砂漠は、デザイト公国の周りにある突起した巨石の影響で上昇気流が大気上層を中緯度まで移動してから下降することによって発生する亜熱帯高圧帯の影響下に一年中ある場所であり、さらに降水量も他の地域に比べ少ない事の影響により、砂漠化している。デザイト公国全域に緑は少なく、荒野が広がっている。このバラカ砂漠も砂地は見晴らしがいいが、ところどころに突起した巨石が存在する砂漠で、思わぬところに死角が生まれる。さらに乾燥した風が吹き、巻き上げられた砂や埃などが顔に当たり、ずっと目を開けているのは辛い。
砂漠とはいえ、地面はひび割れ、そこから顔を出した枯れた灌木が風にうたれ揺れていた。
シャラ達エリエル騎士団は、王都ブリタニアを出て四日後にこの砂漠に到達していた。この四日という時間にも大きな意味がある。謁見の間で救援の許可を得て出撃の準備をしていると、追い打ちをかけるようにモルドレッドからの伝令がエリエル騎士団の宿舎を訪れ、今回の任務に許される期限を告げたのだ。
ブリタニアを出撃してから、九日で戻れ、と。
四日経った。当然戻るにも四日がかかる。万が一予期できぬ何かが起こった時の為に、そろそろ引き返さなければならない状況に差し掛かっていた。
だが、シャラ達はソール王国から落ち延びてくる兵達に、まだ一人も出会ってはいなかった。
シャラの胸には焦りがこみ上げ始めていた。
このままでは何もできない内に帰還しなければならない。モルドレッドやルーカン、グリフレットが嬉々としてシャラの失敗をあげつらうのは目に見えている。だがそれはシャラ一人が我慢すればいいだけだ。それよりも、一人の兵とも出会わないのはどういう事なのだ。
これだけ広大な砂漠だ、行き違っていたとしても不思議ではないが……。
ただ馬に揺られ進んでいるだけであるが故に、考えは悪い方へ悪い方へと転がり落ちていく。
「シャラ様! あれをご覧ください、人影です!」
エドワードの野太い大声が、シャラを現実へと引き戻す。まだ遠い、敵か味方かの識別どころか何人いるのかすらわからない。それでも、それは人間の影だった。
「急ぎましょう!」
疲れが見え始めている愛馬に鞭を打って、シャラは駆け出した。
それはまさしく目指していたソール王国の敗走兵達だった。
誰もが傷を負っていた。半死半生で他人の肩を借りなければ歩けないものも多く、無事の者など一人もいない。
そこに、シャラに一人の少女が近づいた。
「あなた……もしかしてイース王国から来てくださったの?」
少女は負傷している兵士に肩を貸しながら、シャラに弱弱しく尋ねた。
少女は艶のある碧く長い髪が整い、髪と同じく碧い瞳が美しい少女だった。額にサークレットを飾り、白いマントを羽織り、黒いローブを着込む、女神もかくやと言った風貌のその人は、シャラも聞いたことがあった。ソール王国第一王女であり、王家の歌姫の異名を持つ……「ラクシュミ・リート・ソール」その人であった。
シャラは自身の名と身分を名乗り、慌てて膝を突こうとするが、ラクシュミはそれを制止し肩を貸している兵士をその場に座らせる。
「イース王国のモルドレッド王は、ようやく救援を派遣してくださったのですね」
ラクシュミは、「この方の治療を」と言ってから、そう安心しきった顔でシャラに微笑む。だが、シャラは首を振り否定した。
「……まさか、救援はあなた方だけ、なのですか……!?」
「申し訳、ありません……」
シャラはどういう顔で彼女を見ればいいのかわからず、ラクシュミに対しただ頭を下げることしかできなかった。ラクシュミはシャラの真意を悟ると、後ろに振り向き指をさす。
「公女、まだ我が国の助けねばならない者がたくさんいます。どうか、その慈悲ある心で私の愛する兵士たちを……」
ラクシュミがそう言いかけると、言葉を詰まらせる。彼女が眼に涙を浮かべていることに気づいた。
ラクシュミは消息不明と言われていたが、恐らく敗走する兵士を先導していたからであろう。それが父の……ソール国王の最期の願いであるから。彼女も相当な思いでここにいると言う事は、その涙で理解できた。
「承知しました、必ず皆をお救いいたします」
シャラの言葉に、ラクシュミは「ありがとうございます」と一言、深々と頭を垂れた。
「シスター達は傷ついた兵達の治療を! 他のものは周辺を警戒してください!」
シャラはラクシュミに頷いて、兵達を治療するために同行していたシスター達を呼ぶ。
シャラの号令と共に運搬用の荷馬車に同乗していたルァシーやその他シスターや治療に詳しい傭兵などが降りてくる。他の騎士たちも一斉に動きだした。
シスター達が治療するために、どうしても足が止まる。それは敵からすれば襲撃する格好の機会となってしまう。
ラクシュミは兵士達に肩を貸しシスターの前まで運び出した。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.30 )
- 日時: 2019/02/06 00:05
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
大部隊が敗走する場合、半ば生還するのを諦め、残りの仲間たちのために体を張って追撃部隊の足止めをする殿隊が存在する。傷ついた姿を見ると、彼らがその部隊であるようにも思えた。ラクシュミのあの性格だ、殿隊を先導したのは彼女だろう。彼女の立場であるなら、兵達を守りたいという気持ちはシャラにも痛いほどわかる。
今回はこのように移動時間が長いため、シャラ達には物資運搬用の荷馬車も多く同行していた。その荷台から大きな布を張って即席の天幕を作る。
ラクシュミや騎士達はそこに怪我人を次々と寝かせ怪我の重い者はルァシーやシスターの神聖魔法で、怪我の軽い者は医療の知識のある者の薬草や包帯などで治療を施していく。
怪我が軽くとも、ほとんどの者が合流した途端に疲労で動けなくなった。
十分な食料や水を持ち出す余裕もなかったのだろう、シャラ達が荷馬車に乗せていた水を分け与えると、だれもが奪い合うように水筒を受け取り喉が避けるのではないかという勢いで飲み干した。中には渇きが癒えた安心感のせいか失神する者までいる。
そんな中で一人の大男がシャラの前にやって来た。軍支給の鎧を窮屈そうに纏っている。だがその鎧はいくつもの傷を帯び、敵の者と思しき返り血で汚れていた。
荒い木彫りの面のような無骨な顔、髪は赤毛で頭のてっぺんに犬のような耳が立っており、おまけに黄色い毛並みのふわっとしている大きな尻尾もある。彼は犬の獣人であろうか。手には半分に割れた鋼鉄の盾を携えている。
「あなたは……?」
シャラが問うと男は無骨な外見そのままに、無言のまま直角に腰を追って頭を下げた。
「俺は、ラクシュミ殿下の近衛騎士、「ワスタール・ベオウルフ」」
「騎士ワスタール。私はエリエル公国公女「シャラザード・グン・エリエル」。遅れてこちらにたどり着いたことを、深くお詫びします……」
言い淀むシャラにワスタールは首を横に振る。
「いや、あなたのおかげで殿下と多くの部下の命が助かりそうだ。……図々しいようだがもう一つだけ俺の願いを聞き届けてはいただけまいか?」
「願い?」
シャラが問うとワスタールは大きく頷いた。
「予備の斧と盾を」
そう言って空の右手と左手に持った半分になった盾を示す。
「できれば、馬も貸していただきたい」
ワスタールはそう言うと、自分たちが来た方向を振り返った。
「まさか、戻る気ですか!?」
それは自殺行為である。
だがワスタールの決意は岩のように固い。それあその両の目が、体中ボロボロに汚れ疲れ切りながらもいまだ鋭い眼光を発する両目が物語っていた。
「助けねばならぬ者がおります」
「まだ、戦うつもりなのですか?」
ワスタールは深々と頷く。
「……わかりました。あなたに斧と盾、それに馬をお貸しします。」
「かたじけない」
ルァシーが杖を持って駆けつけるのも待たず、ワスタールは傷口を布で縛っただけでシャラが貸した馬を駆り来た道を戻っていった。
「馬鹿よ、騎士なんて……あんな傷で誰かを守れるはずがないじゃない……」
ルァシーは杖を握りしめ、周りに聞こえないくらいの小声でそっと呟いた。
「シャラ様!」
その様子を遠くから見ていたのだろう、エドワードが駆け寄ってくる。
シャラはあたりを見回す。砂漠の一角に、いきなり野戦病院が出現した、そんな状況だ。次々やってくる兵達に治療の手が足りず、わずかな水を与えられるだけで傷病兵達は待たされ、その時間は見る間に長くなっていく。
怪我の軽い者は自ら薬や水を運び、応急手当を手伝っていた。
幸い、まだ敵の姿は見えない。だがすべての傷病兵を収容し治療を終えるまではまだしばらくかかるだろう。
シャラは一つの決断を下した。
「エドワード、危険ですが隊を二つに分けましょう。ここで治療を施すシスター達とその護衛を残し、私は少数の騎馬兵のみを連れて先へ進む」
「シャラ様自らが?」
ラクシュミやワスタールが率いていた隊の者は、こうしている間にも新たな兵が姿を現しこちらを目指しやってくる。仲間たちが保護されている様子を見て最後の力を振り絞っているのだろう。
刃こぼれが酷くもう使い物になりそうもない剣を、あるいは穂先が折れて短くなった槍を杖にして体を引きずりながら近寄ってくる。生き延びるための執念だけが彼らを支えているように見えた。
「そうです、私は彼らを救いたいんです。……誰からにも見捨てられた彼らを、私は……」
この感情を表すには、シャラの知っている言葉だけでは足りなかった。そんな彼女のわななく肩にエドワードはその大きな手を置く。
「わかりました。歩兵の多い傭兵隊にここを任せ、我らは先を急ぎましょう」
「すみません、エドワード……」
一軍の指揮官としてはもう撤退の判断を下さなければならなかった。今の戦力ではとても追撃部隊と戦う事は出来ない。せっかく助けた兵達を危険に晒すことになる。下手をすればシャラ達自身が敗走兵の二の舞になるだろう。
「ですが私は、行かなければなりません。私が行かなければ、誰も彼らに手を差し伸べる者はいないんです!」
シャラはエドワードにそう訴えながら手近な兵を呼び止めた。治療のために物資は見る間に消費され、そのためにが空になった馬車が目立ち始めている。これに治療を終えた兵士を乗せ、王都ブリタニアまで運ばせるように指示を出す。
エドワードはその間に部隊を編成し直し、兵達に指示を出した。
シャラは、危なくなれば先行隊に構わず撤退するようにと残る者たちに堅く言い残しそして再び愛馬に飛び乗った。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.31 )
- 日時: 2019/02/16 18:14
- 名前: 燐音 (ID: I.inwBVK)
ワスタールの言葉は本当だった。駆けだしてしばらくすると大きな岩棚が目の前に現れる。それを迂回すると、別のソール王国兵が足止めを喰らっていたのだ。
岩棚に登れば残してきた部隊がまだ遠くに見えるのではないか、そのぐらいの位置関係だった。幸いというべきか襲い掛かっているのは帝国軍の追撃隊ではない。あれが謁見の間で伝令兵が言っていた盗賊団だろう。
王国兵の数は約三十。それを襲う盗賊の数は約二十と言ったところだろうか。大きな規模と聞いていた割には大した数ではない。これであれば、例え戦力を二分したとはいえ、まだエリエル騎士団に勝機はある。
「行きましょう! 友軍の兵達を助けますよ!」
そう判断し、馬上で声を張り上げると同時に、シャラは誰よりも先に愛馬に鞭を入れ駆け出した。
突然の出来事に驚いて後ろ足立ちになる馬をどうにかなだめ、シャラはすばやくあたりを窺った。
「くっ」
遠くの岩の上で何かが閃いた。とっさに手綱を引いて馬を翻させる。シャラのマントに一瞬で丸い穴が三つ穿たれた。見れば、一瞬前までにはいなかった四本の矢が地面に刺さっている。突き立った衝撃で矢の尻が微かに振動していた。
「物陰に隠れてください!」
幸い迂回したばかりの岩棚がそこにある。身を隠す場所に不自由はない。
弓兵だろうか。しかし一か所に四本も同時に矢を注ぎ込むなど、生半可な技量ではない。
岩棚越しに王国兵達の雄叫びがこだましていた。その声にはまだ精気がある。必死で抵抗しているのだ。
「早く助けに行かなければ……」
岩陰から少しだけ顔を出して矢の狙撃点を窺った。
どの位置から狙撃されたのかはおおよそでだがわかる。だが思っていた以上に遠かった。ここからその岩の真下にたどり着くまでに数回は狙撃を受けるだろう。
「あれは一体、何だったんでしょう……」
自分のマントの裾をつまみあげ、綺麗に穿たれた穴を見る。
「公女」
後方から近付いてきたのはヒルダだった。
「おそらく連発式の石弓かと考えられます。実物を見たことはありませんが、高性能の物になるなら四連発のものまであるという話です。」
「四連発……」
そんなものを喰らったらひとたまりもない。
「そのような高価な武器をたかが盗賊風情が持っているというのか?」
エドワードが横から口を出す。ヒルダは一瞬逡巡した後、硬い表情のままエドワードの問いに答えた。
「恐らく兵隊を襲って手に入れたか、武器が高価なことを考えれば章隊を襲って商人たちが雇っていた傭兵から奪ったか、いずれにしても不当に入手したものでしょう」
「なるほど」
「うむぅ」とエドワードは唸りながら顎に手を当てた。
「ヒルダ」
「は」
エドワードが呼ぶと、ヒルダは直立不動で返事を返す。
「ここから敵を狙撃できぬか?」
「……失礼します」
ヒルダは断りを入れてシャラの脇から狙撃兵がいると思しき岩を見た。
「この距離では無理です。残念ですが……」
ヒルダは冷静に答えながらも悔しそうにしていた。シャラは彼女の本質を知っている。清楚な見た目の裏腹に、芯は負けず嫌いで女だからとナメられることを嫌う強い意思を持っていることを。
ヒルダは指をさしながら続けた。
「まず、ここからでは敵の姿がよく見えません。それに、向こうは高所から射撃しているのです。矢はまっすぐ飛ぶわけではなく、山なりに……つまり落ちているのです。打ち上げるのと打ち下ろすのでは圧倒的に後者の方が有利なのはおわかりでしょう」
「イグニスでもか?」
ヒルダとイグニスはエリエル軍で一、二を争う弓の使い手であった。弓には普通の弓と石弓の二種類がある。エリエル一の狙撃手と言えばその両方を使いこなすヒルダの事を指すが、こと弓にかけてはわずかにイグニスの方が上手であった。
エドワードに呼ばれたイグニスは近づいて、その場所を顔をしかめて見る。
「いえ、俺でもダメですよ隊長。確かに石弓より弓の方が飛距離はありますが、ここからじゃ無理ですね」
イグニスは盗賊がいるであろう岩山を指さしながら首を振り、説明する。冷静そうに振る舞っていても、少し悔しそうに歯を食いしばっているのが、シャラには見えた。
「しかし、このままでは兵達がなぶり殺しにあってしまうではないか」
エドワードは微妙な機微には気づかず声を荒げた。いや、とシャラは反省する。指揮官は大局を見なければならない。気になるからといって、目の前の一事に囚われてはいけない。シャラはエドワードのように振る舞わなければならないのだ。
盗賊の戦い方は、騎士のそれほど直線的ではない。槍や剣を持って斬り込むのではなく、ナイフなどで軽く斬りつけては相手の攻撃が届かない場所まで逃げる。これを繰り返して獲物が弱るのを待つのだ。もちろん自分が傷つかないために。
相手が盗賊であれば、すぐに犠牲者が出るわけではないだろう。しかし、急がなければ最初の死者が出るのは時間の問題だ。
シャラは腰から鞘ごと剣を外すと、岩陰から勢いよく突き出した。
途端に、地面に四本の矢が突き立つ。
「技量も悪くないようですな」
鞘には当たらなかった。しかし飛び出した物が人間であれば間違いなく体のどこかには命中していただろう。
「ここからもう一度迂回して近づけないでしょうか」
可能性が少ない事はシャラもわかっていた。
「無理でしょうな。この砂漠はあやつら盗賊団の庭。狙撃手を待機させるのに、物陰を伝って近づけるような場所を選ぶはずもありますまい」
「あの……僕ならできると思います」
その時、頭からすっぽりとフードを被った魔道士がシャラに話しかけてくるのだった。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.32 )
- 日時: 2019/02/16 18:08
- 名前: 燐音 (ID: I.inwBVK)
「え?」
シャラは驚いて振り返る。何とかすると言った言葉に驚いたのではない。騎士団の騎士の者ではない声だったからだ。
「あなたは……」
魔道士は頭を覆うフードを払い除けた。その下から現れた顔は、シャラと同じぐらいの年頃の少年であった。
白い髪は毛先が薄い紫色に染まり、瞳は青く無表情。紺色のローブを羽織るその少年はシャラの影に溶けているのか、足元が影と一体化していた。恐らく精霊だろうとシャラは思う。
「僕はえっと、確か「リオン」、闇の精霊です。」
曖昧そうにシャラの質問に答えるリオン。シャラはそれを聞いて、闇の精霊ならば影に溶けているのも頷ける。しかし、なぜここにいるのか?……少なくとも、さっきまではいなかったはずだ。シャラは気になったので尋ねてみた。
「あの、リオン殿、先ほどまでここにはいなかったはずですよね。」
「はい、僕は闇の精霊ですので、影さえあればどんな場所にも移動ができます。」
「影さえあれば……」
流石精霊だと、シャラは思った。フィアンナもそうだが、精霊とは本当に想像からかけ離れた力を持っている。
「しかし、どうやって……」
「僕のこの杖……「ムーンクレイドル」を使います」
リオンはそういうと、自身の身長ぐらいある杖を自身の影に手を突っ込んで取り出し、両手で抱えた。少し黒く濁った三日月の形をした宝石が先端にある長杖だ。見たこともないその杖からは、異様な力を感じる。
「これは?」
シャラが問うと、リオンは淡々と答える。
「これは、負の感情を吸い取り、魔力変換して暗黒魔法を放つことができる強力なものです。」
魔法……シャラはあまり馴染みがないが、ルァシーがいつも使っている神聖魔法のように、大精霊やイース神、トゥリア神から力を借りて放つことができる魔力エネルギーである。
かつてイストリア帝国という国があった。イストリアの人々は特殊な石の中に大精霊の力を封じ込め、術者の遺志と魔法の言葉によって奇跡を引き起こす。それが人間や魔女の扱う魔法である。そして魔法を封じ込める石の事を魔導球と呼んでいた。
しかし近年、その古代の遺産である魔導球の数が減りつつあり、その問題を解決すべく「ダランベール・クリスト・ファ・ヴィンチ」という魔導学者が、「魔導書」と呼ばれる魔導球の代用品を発案、開発し、普及した。現在主に使われる魔法を放つために使われるのが「魔導書」であり、人間も魔女もこれを使って魔法を扱う事ができる。高位の魔女……「ナインストレーガ」と呼ばれる者達なら、魔導書がなくとも自身の魔力を放つことができるらしいが。
魔導書と魔導球の違いは、石の中に封じ込められているか、本に書かれている魔法の言葉を読み取り大精霊の力を借りるかである。
だが精霊の力はその限りでない。恐らくリオンの魔法はフィアンナのように強力なものなのだろうと思う。
「今は時間が惜しい。公女様、どうか僕を信用してください。」
シャラはしばし逡巡した後、リオンの提案を飲む事にした。今は多くの兵達を助けるためにはどんな力にもすがりたい気持ちだったのだ。
「あの、一瞬で構いません。どなたか敵の目を逸らせてください。……僕が敵の影に潜んでも、気づかれて僕は穴だらけになってしまいます」
「そうか、精霊も万能じゃないからな……」
イグニスはリオンの言葉に頷く。精霊とて人間と同じく呼吸し心臓も動いている。人間と同じく脆い肉体を持って生きているのだ。
「負の感情の魔力変換は既に敵兵の命を一瞬で奪うくらいには済んでいます。ただ……」
「ただ?」
シャラの問いに、リオンは苦笑いを浮かべた。
「その一撃で魔力は失われ、僕は無防備になってしまうんです。そんな僕は恰好の的となってしまいます」
「なるほど……」
それは危険だ。連射式の石弓などという強力な武器でなくとも、ただ一丁の弓矢で彼の命は奪われてしまうかもしれない。
「なので、後はお任せしてもらってよろしいでしょうか?」
リオンが狙撃手を黙らせたと同時に突撃し、彼を他の敵から守れと言うのだ。
「それはお任せください。ですが、なぜそこまでして?……私達とあなたは全くの無関係では」
「無関係ではありません」
リオンがぴしゃりとシャラの言葉を遮る。
「あなた方はラクシュミを、ソール王国の皆さんを助けようとしてくださった。僕はラクシュミや皆さんを助けたかった、だけど一人じゃどうしようもできなかったんです。ですがあなた方は力を持ってます。皆さんを助ける力を……だから僕はそのお手伝いをしたい。それだけです」
リオンは相変わらず無表情だが、言葉にはどこか強い思いを秘めていた。その言葉に、嘘偽りなんてないだろう……シャラはそう考えた。
「わかりました。我がエリエル騎士団が命に代えて、貴方の身を守りましょう」
リオンは杖を固く握ると一つ頷いた。
「では、囮役は私が」
「ヒルダ?」
彼女は驚くシャラを尻目に愛馬に歩み寄ると、愛用の石弓から普通の弓に持ち替える。石弓は普通、一度撃つと思い切り体重をかけたり専用の巻き上げ器を使わなければならない。それを持ち替えたのは一度撃つと再び弦を引くのが大変な石弓ではなく、自分の力で引くことのできる弓の方が使いやすいと判断したからだ。
「弓兵の私が囮となれば、例え囮の可能性を疑ったとしても攻撃をせざるを得ません。リオンはその隙にお願いね」
「わかりました」
ヒルダとリオンはすばやく打ち合わせを終える。それにこれ以上異論を差し挟むのは無粋というもの。できるのは二人が無事に生還できるよう、全力で援護するだけだ。
「わかりました。では作戦はそれでいきましょう。ですがヒルダには私も同行します」
「シャラ様!?」
ヒルダは感情豊かな少女のように目を見開く。日頃の冷静な彼女からすれば珍しいことだった。自分の言いだした囮役に、まさか主君を巻き込むとは思っていなかったのだろう。止めようとしたのか慌てて口を開こうとするヒルダを制してシャラは言葉をつづけた。
「あなたは私の大切な部下です。私だって、いつも守られているばかりではないのですよ。今度は私がヒルダを守らせてください」
額面通りヒルダを守る事ができるとは思っていない。この先はわからないが、現時点では技量も経験も彼女の方が上手である。
だが前にヒルダは体を張ってシャラを守って、重傷を負った事がある。ヒルダは見かけによらずどこか無理をする時がある。そんないつも張りつめている彼女を放ってはおけなかった。
彼女を助けることができるとするなら、それは一緒にいる事。一人なら無理をしてしまうだろうヒルダも、シャラが一緒にいれば危険なことができないだろうからだ。
「では私はリオン殿の護衛を。影に潜めるとはいえ、無防備では危険も伴うだろう」
唐突にエドワードがそんなことを言った。
「巨木のような方のエスコートですね」
リオンが無表情でそんなことをつぶやいた。その言葉を聞いたイグニスは吹き出し、つられて皆が笑い出した。
「大丈夫ですよ、私達ならきっとやり遂げられます!自分たちの力を信じましょう」
シャラがそう言うと、各々はそれぞれの位置についた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.33 )
- 日時: 2019/02/06 12:45
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
開戦の合図は、ヒルダの放った一本の矢だ。それは鏃に工夫をし、風の抵抗で甲高い音が鳴るように細工した物だった、
ピュ〜ルルルルル〜という音を立てて矢は飛んでいく。
その矢の行方を確認することなく、ヒルダは岩陰から飛び出した。シャラも音を頭上に感じながらそれに続く。
ヒルダは狙撃手に向かわなかった。艶やかな長い髪をはためかせ、狙撃手のいる岩を左に見ながら走り出す。その直後、四本の矢が飛んでくる。だがまさかあの威力を見せつけられて飛び出すとは思っていなかったのだろう。狙いは外れ、一瞬前に走りすぎた地面を穿った。
即座に次の四連射が襲いかかる。どう考えても石弓に矢を再装填できる隙はなかった。となれば狙撃手は一人ではない。二人以上いるのだ。
だがヒルダとシャラはその場を立ち止まっていた。一瞬遅れてやって来た矢は二人の前方に突き立つ。第二射を予想していたわけではない。相手の思惑を外すため、全力で駆け出し、そして急に止まる。そして再び駆け出す。
これは最初から考えていた事だった。だから第一射がなくとも立ち止まっていたし、第二射を確認してから走り出したのではない。もう少し遅れていたら走り出したシャラかヒルダのどちらかは矢の餌食になっていたかもしれなかった。結局は賭けなのだ。
矢はまっすぐ近づいてくるより横に動かれた方があてづらい。しかも微妙に距離を変えていればなおの事だ。確率で、狙いにくい方向へ逃げ、そしてさらに裏をかくために突然走り出したかと思えば急に止まり、あるいは歩いたりした。
第二射から第三射の間はさっきより時間がかかった。狙撃手は二人しかいないとみていいだろう。
「シャラ様、このまま——」
「わかっています!」
頷き合って、二人は全力で走り出した。すぐに仲間たちが追い付いてくれる。そうであれば一足先に王国兵を助けに回っている方が賢明だ。
走り出した二人に、追撃はこなかった。
その代わりに辺りに巻き上がったのは凄まじい轟音だ。走りながら振り返った肩越しに見えたのは、黒く吸い込まれそうな闇の塊だった。
その闇の塊はズズズと低く空気が歪むような音を立てていた。
闇が渦巻きながら突き立った岩を削り取っていく。いや、飲み込んでいると言う方が正しいのか。巨大な岩塊だったそれは、不気味なほどに呆気なく飲みこまれていく。
「あれが、精霊の魔法……」
前にアスランの報告でも聞いたが、精霊の魔法は普段傭兵の魔道士などが使う魔法とは違い、凄まじい威力を誇る。あれを集団の中に放り込めば十人やそこらの敵は一瞬で戦闘不能になるではないだろうか。フィアンナも普段は冷静沈着ではあるが、いざ本気を出せばあれ以上の魔法を放つことができるかもしれない。
驚きと、疑問と、少しばかりの恐怖で足がすくみそうになるのを振り払ってシャラはさらに速度を上げた。
目の前にはもう戦場が迫っている。
シャラの予想通りだった。盗賊団は自分たちの損耗を最小限に抑えるため、大人数で取り囲んで王国兵の様子を窺っていた。かと思えば、兵達の気が削がれた瞬間いきなり近づいてナイフでかすり傷を負わせる。
盗賊は焦らない。たとえ慎重に立ち回ったせいで成果が少なくなろうとも、全くのゼロでなければ彼らにはそれで充分なのだ。仮に完全に逃してしまったとしても次の得物を待つだけ。彼らの敗北は敵を逃す事ではない。自らが死ぬことなのだ。だから、このような戦い方をする。それは騎士団を相手にしているのとはまた違う手強さだった。
盗賊の扱うナイフなど、盾で簡単に受け止められる程度の物だ。だが彼らは器用に盾で庇っていない部分や、鎧の隙間などを突いてくる。一撃で致命傷というわけではない。だが積み重なった手傷はやがて致命的な隙を生み出してしまう。
シャラは素早く長剣を抜き放ち、盗賊たちの包囲網に駆け込んだ。
ヒルダは少し離れた間合いからシャラの援護に回っている。その射撃は的確で、シャラの死角を突いて襲いかかる盗賊を確実に射抜いていった。
中にはヒルダを先に標的とする者もいた。だがヒルダは小気味よく動き回り、襲いかかる盗賊と間合いを保ち、素早く矢筒から矢を引き抜いて射る。残されるのは盗賊の悲鳴だけだった。
シャラもヒルダの活躍に負けじと襲いかかる盗賊をなぎ倒していく。
盗賊はナイフを手に次々襲いかかってきた。それを払い、逸らし、そして斬り倒す。手入れの息届いていない長剣を持つ者もいた。だがその構えはいかにもぎこちない。正式な訓練を積んだシャラの敵ではなかった。
「ぬぉっ、小娘! 俺達をバラカ盗賊団と知ってかかってきやがるのか、あぁ?」
シャラの前に大男が立ちはだかる。薄汚れたチュニックに何かのシミで汚れたズボン。ボロボロのブーツを身にまとい、剥き出しの逞しい腕に携えられた斧だけが真新しく輝いている。頭は禿頭で、顔面にはいくつもの傷跡が刻み込まれていた。肌は日に焼け、折れたのか歯は所々抜け落ち、にやりと笑むと黄色く変色したそれが覗いている。
「け、そんな細い腕で俺様の斧が受け止められるとでも思ってやがんのかっ!」
そう言いながら男は巨大な戦斧を振りかぶった。シャラでは持ち上げることすら難しそうな斧。それを男は易々と片腕で振り回した。
膂力ではとてもかなわない。しかし戦いは単純な力比べ、破壊力比べではないのだ。
自分に向かって振り下ろされる斧を、シャラは自分の体をその巨大な刃物が描く軌跡の半歩外側にずらして避けた。
男は自分が振り回した斧の重量に振り回されかすかに上体を泳がせる。あの重量のものを振り回してそれで済んでいるのは充分に驚くべきことだ。だがシャラにはその僅かな隙で充分だった。
渾身の力を込めて男の喉元へ長剣を突き入れる。手応えを確かめてからシャラが素早く剣を抜くと、男は断末魔の声もなく地面に崩れ落ちた。
その男が指揮官だったのだろう。あたりを取り囲んでいた盗賊たちがおずおずと後退を始め、やがて敵影は消えた。
剣を納めるとシャラは一か所に固まっている王国兵へと駆け寄った。
「皆さん、無事ですか!」
兵達は半信半疑の面持ちでシャラに視線を注いだ。敵なのか味方なのか、判断できないのだろう。
「私はエリエル公国の「シャラザード・グン・エリエル」。イース同盟の者です! 貴方がたを助けに参りました」
同盟の名が出た途端、それまで虚ろだった兵達の表情に精気が戻った。まるで渇き切った砂漠に泉が湧き出すように。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
兵達が一斉に、天を仰いで雄叫びを上げた。ある者は女神の名を称え、ある者は隣同士抱き合い、助かったことを喜び合った。その後はさっきの部隊と同じく気が抜けて座り込む者が続出する。
「ヒルダ! 他の者は追いついてきましたか?」
「はい、皆無事にこちらへ向かってますよ」
シャラが問うと、ヒルダは元来た道を指示した。
狙撃兵のところで別れた者たちが追い付こうとしていた。リオンは杖を抱きかかえてイグニスの馬に同乗させてもらっている。杖の三日月の形をした石は、先ほどまで黒く濁っていたが、今は透き通った綺麗な紫色で日光を反射している。
エドワードの姿もあった。ただエドワードは布で固く肩を縛っている。
「エドワード、大丈夫ですか?」
追いついてきた所で聞くと、彼は鷹揚に頷いた。
「は、申し訳ありません。たかが盗賊と侮っておりましたら、伏兵が潜んでおりました」
矢を受けたのだ。本人は笑いながらポンと左肩を叩いて平気だという。それでもしばらく左腕は使えそうにない。するとヒルダが一歩前に進み出る。
「隊長、あなたは部下に指示を与え動かす立場にあります。お体は、ご自愛ください」
いつもの調子にそう言いながらエドワードとすれ違い、ハティが連れてきてくれた自分の馬に歩み寄る。彼女は愛馬の首を撫でながら弓を石弓に持ち替えた。
一方のエドワードは「お、う、うむ」と本当は嬉しいのに無理やりしかめっ面を作ろうとして、微妙に失敗する。付き合いの長いエリエル騎士団の面々はその気持ちが手に取るように分かり、微笑ましく見ていた。
シャラの体は心地よい達成感で充たされる。困難な任務だった。だが、今回も自分は、自分たちは成し遂げたのだと。
「ところで、先ほどの騎士は、ワスタールはどこでしょうか?」
「ベオウルフ隊長ですか? ……我々は見てはいませんが」
シャラは仲間たちの無事を確認すると、手近な所にいる騎士の一人に尋ねた。だが、その騎士は見ていないという。姿を見ていないどころか、助けに戻った事を知らないという。では彼はどこに向かったのか……?
シャラは訝しんでいると、王国兵の一人がシャラにすがりつくようにして訴えた。
「そ、それよりも、俺達の後ろにもまだいるんだ!あんた、お願いだ!あいつらも助けてやってくれ!」
「……っ! まだ兵がいるのですか!?」
兵は何度も頷き自分たちがやって来た方向を指出した。
シャラは反射的に立ち上がってスコルが連れて来た自分の馬に飛び乗っていた。
「ハティ、スコル、あなた方は彼らをお願いします。私は残された者を!」
「ちょ、シャラ様——」
スコルはこれ以上は危険だというのだろう。しかしシャラにはここで引き返すことなどできなかった。取り残された兵士の顔を一人も知らなければ、あるいは撤退したかもしれない。しかしさっきのワスタールは恐らく残された仲間の救助に向かったのだ。一瞬とはいえ言葉を交わしたものがまだ残っている。そう思うととてもこのまま逃げ帰ることなどできなかった。
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