コメディ・ライト小説(新)

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こひこひて
日時: 2018/01/29 22:18
名前: いろはうた (ID: hYCoik1d)

恋ひ恋ひて

後も逢はむと

慰もる

心しなくは

生きてあらめやも


万葉集 巻十二 2904 作者未詳






あなたに恋い焦がれ、
またきっと会えると、
強く己を慰める気持ちなしでは、
私はどうして生きていられるだろうか。
そんなことはできない。







綺宮 紫青

綺宮家の若き当主。
金髪青紫の目の超美青年。
鬼の呪いで、どんな女性でも虜にする。
そのため、愛を知らない。
自分の思い通りにならない梢にいらだち
彼女を無理やり婚約者から引き離し、自分と婚約させる。
目的のためには手段を択ばない合理的な思考の持ち主。



水無瀬 梢

綺宮家分家筋にあたる水無瀬家、次期当主の少女。
特殊能力を買われて水無瀬家の養子となる。
婚約者である崇人と相思相愛だったが、
紫青によって無理やり引き離され、無理やり紫青と婚約させられる。
しっかりとした自我をもった少女。

Re: こひこひて ( No.87 )
日時: 2020/05/21 20:37
名前: いろはうた (ID: iruYO3tg)

梢の足はぴたりと止まった。
無言で崇人を見つめる。
彼は少しも動くそぶりを見せなかった。

「どうして……?」

ようやく一言だけ言葉を絞り出した。
たった一言。
だがそこに万感の思いがこもっていた。

「崇人とお呼びくださいと
 あの時何度も申し上げましたのに。」

やわらかい声音で苦笑する気配を感じた。
優しいあの日々と何も変わらない崇人の声。
梢は、黙って崇人を見つめ続けた。
顔は見えない。
だが感じられる。
崇人は、まだ、梢を許せない。
きっと一生許せない。
梢への憎しみを指摘しても
崇人は認めないだろう。
強くあの時のように否定される。
しかし、それは己に言い聞かせようと
しているだけで、
心の奥底では、憎み続けているのだ。
他の誰でもなく、梢を。

「貴女様のお姿を、一目見に」

違う。
絶対にそんなことはない。
自然体で立っているように見えて
崇人には隙が見えない。
もっと他に目的があるはずだ。

「真実を、崇人様……崇人。」

月光がひときわ強く輝き、
崇人の横顔を照らした。
彼は、なんともいえぬ表情をしていた。

「やっと呼んでくださいましたね。」

優しい崇人。
幼い日のかすかな思い出がよみがえる。
あの日の面影が、
今目の前にいる崇人と重なった。

「真です、梢様。
 貴女様が幸せかどうかを
 確かめに参りました。」
「いいえ、私が憎いでしょう。」

崇人はわずかに目を見開いた。
しかし、なんともいえぬ表情は変わらない。
梢は浅く息を吐いた。
あたりに一瞬静寂が満ちる。

「……ええ、貴女様が、
 きっと私は憎いのでしょう。」

今度は梢が目を見開く番だった。
まさか、崇人が認めるとは思わなかったのだ。
わかっていたことだ。
だが、鈍く胸が痛む。
誰かを憎むのはきっと苦しい。
それを、崇人に一生させてしまうことが
苦しく、つらかった。

「ですが、同じくらい、貴女様を……」

崇人は途中まで言いかけたが、
逡巡するそぶりを見せ、
やがて口をつぐんだ。

「なぜ、貴方様はそうなのだろう。」

ぽつりと崇人はつぶやいた。
抽象的な表現に意図をつかめず、
梢は眉をひそめた。
ふわりと空気が動く。
気づけば、梢は崇人に
強く引き寄せられ抱きしめられていた。
あまりにも自然な動作だった。
何が起こったのか、一瞬理解が追い付かず、
梢は固まっていた。
緩やかに力を籠められる。
それは抱擁の度を越していた。
ぎりぎりと込められる力に、
骨がきしむのがわかる。
息がうまくできない。

「苦しいですか?
 苦しいでしょう。
 ……だが、私はもっと苦しんだ。
 己が手を赤に染め、
 闇を駆けずり回った。」

崇人の声は穏やかだった。
だが、それはただ穏やかではない。
やわらかい布に、
熱く熱した石をくるんだような声だった。
押さえきれぬ激情が僅かに滲んでいた。
梢は、顔をゆがめた。

「同じ苦しみを味わってもらわねば、
 理に合わぬ。
 こんな。
 こんなにも苦しめておいて……。」

崇人の声がかすれて震えた。
彼は泣いていない。
しかし、崇人が泣いているのではないかと
梢は、錯覚した。

「貴女様は、忘れろとおっしゃる。
 逃げろとおっしゃる。」

梢はかすかに身じろぎをした。
生理的な涙で目の前がかすむ。

「あの時どれほどの屈辱と共に
 貴女様を盾に、惨めに去ったと。
 過去をすべて忘れ、無邪気にほほ笑む
 貴女様が……どれほど……どれほど……」

最後は声にならず風に紛れて消えた。
僅かに崇人の腕から力が抜ける。
梢はようやくまともに呼吸ができ
苦し気に呼吸を繰り返した。

「……なぜ逃げぬのです。
 私が貴女様を攫うやもしれぬというのに。
 憎しみに我を忘れ、
 貴女様を手折るやもしれぬ。
 なぜ、氷術を使わぬのですか。」

そう言うと、崇人は
梢の首に手をかけた。
梢はされるがままで、じっと動かなかった。
その首元の肌に
崇人の指がかすかに食い込んでも
抵抗しなかった。
ゆるゆると崇人の体から力が抜けていく。

「泣かないで、崇人。」

崇人がはっと息をのむ気配がした。

「私は、貴方の憎しみから
 逃げたりなどしない。
 貴方の苦しみは私の苦しみ。
 崇人が望むのなら、
 私は……」
「やめろ……!!」

崇人の鋭い声が闇を打った。
梢は静かに口を閉ざした。

「やめて、ください。」

その声は、迷い子のように
頼りなく震えていた。

Re: こひこひて ( No.88 )
日時: 2020/08/18 10:45
名前: いろはうた (ID: iruYO3tg)

するりと梢の首から、崇人の手が離れた。
何かに耐えるようにして目を閉じると、彼はすっと瞼を上げた。
恨みも悲しみも憎しみも、すべてを知り、呑み込んだ凪いだ目だった。

「梢様、どうしてもお考えは変わりませんか。
 ……どうしても、あの男と添い遂げるおつもりですか。」
「はい。」

あの男とは紫青のことだ。
低く押し殺された声は何を思うのだろう。
唐突な質問に戸惑いながらも、じっと見つめる崇人にうなずく。
梢の揺れない、まっすぐな目を見て、崇人は息を吐いた。
その息は、安堵のため息なのか、諦観のため息なのか梢にはわからなかった。

「そうですか。」

そう言うと、崇人は懐に手を入れ、何かを取り出した。
そっと手渡されたのは、発光するように輝く小さな瑠璃色の笛だった。
宝玉のように美しいそれは、海の底のように深い青をたたえている。

「これは……?」
「それは、式術で作られた笛です。
 貴女様がどうしても耐えられなくなったとき、それを一度強く吹いてください。
 私は、どこにいても、何を敵に回しても、あなたのもとにはせ参じます。」
「私が憎いのに?」
「はい。」
「……私が、帝に背くような大罪人であってもですか。」

ぽつりとこぼした梢に、崇人は静かに笑った。
さざ波のように穏やかな笑みに、胸が痛くなる。
崇人が、この国を離れる気なのだと、何となく感じた。
なぜそう感じたのかはわからない。
崇人は別れのあいさつに来たのだと悟った。
この国では、彼は生きられぬ身となってしまったから。
崇人は父のような、兄のような人だ。
ずっとずっと見守っててくれた。
そばで見守っていてくれた大切な人なのだ。
そんな人を、苦しめ、祖国を離れるように仕向けた己が
彼の運命が、ひどく悲しく、恨めしかった。

「皇族殺しの私に、何をおっしゃるやら。」

沈んだ表情の梢の頬に大きな手が添えられた。
先ほどとは打って変わって、優しい仕草で顔を上げさせられる。
優しい崇人が、幼いあの日、手を引いてくれた大切な人がそこにいた。

「……一度だけ、ただ一度だけ貴女様の意思を尊ぶことにします。」

梢は目を見開いた。
憎しみに囚われ、人生の半分を復讐にささげた崇人が、
梢のために、復讐を諦めると、そう言っているのだ。

「二度目はありません。
 笛が吹かれたとき、今度こそ私が貴女様を奪い攫う。
 ……貴女様の幸せを、ただ願います」

耳元でそう囁かれたとき、風が吹き荒れた。
ぎゅっとと目を閉じていると風がやんだ。
目を開けるとそこには誰もいなくて、
梢がただ一人、小さな笛を握りしめているだけだった。
あまりにも唐突な別れだった。
月明かりが小笛を水底の小石のように照らしていた。

Re: こひこひて ( No.89 )
日時: 2020/08/23 13:49
名前: いろはうた (ID: iruYO3tg)

「梢…!!」

ぐいっと強い力で後ろから抱き寄せられた。
耳元に荒い息がかかる。
無理やり首をねじるようにして振り返ると、
必死の形相の紫青がいた。
崇人の霊力を察知して、急いでかけつけてくれたのだろう。
その青紫の目は、油断なくあたりを見渡している。
崇人の霊力の残滓や、倒れ伏している護衛たちの姿を見て
まだ警戒を解いていないのだ。

「ご安心ください。
 崇人様……崇人は、もう行きました。」

紫青の腕から力が抜ける。
続いて、ぱっと体を離され、
大きな両手で顔を包み込まれた。
頬に感じるぬくもりに目を白黒させながら、
梢は至近距離にある整った顔を見つめた。
いや整っていない。
こんなにも乱れた髪、動揺を隠しきれていない目は久しぶりに見た。
衣は、正装で、執務を行う時の衣だった。
異変を察知し、すぐさまこちらに来たに違いなかった。

「大事ないか。
 何をされた。
 何か、術を施されたか?」

せわしないまなざしは、ざっと梢の全身を点検し
不調や異変がないかくまなく見て回っている。
それは仕方のないことのように思えた。
紫青は、崇人のせいで、兄を二人も失ったのだ。
梢まで失えば、この人はきっと壊れてしまう。

「……私は、ここにおります。
 気をお鎮めください。」

頬に触れている大きな手に、そっと指で触れると、
青紫の目がギュッと細められた。
次の瞬間息もできないほどに強く抱きしめられた。
骨がきしむほどに強く。
己が、紫青の体に埋め込まれてしまうのではないかと
錯覚するほど強く掻き抱かれる。

「……よかった。」

かすれた小さな声が耳朶に触れ、梢は目を閉じた。
久方ぶりの紫青を感じられて胸が苦しくなる。
苦しみとともに、どろりとした喜びが溢れる。
愛しい人の心をこんなにも乱すことのできる喜び。
醜い感情だ。
だが、こんなにも、苦しく愛おしい。
私は、罪を背負う。
悲しい過去を、一族の恨みを遠くにおいて
最も憎むべき一族に嫁ぐのだから。

Re: こひこひて ( No.90 )
日時: 2020/09/11 20:34
名前: いろはうた (ID: GlabL33E)

その後、紫青は梢を連れ自室に戻った。
梢を部屋に戻して、そのまま執務に戻るのかと思っていたが
彼は、部屋を離れるそぶりを見せなかった。

「……執務に戻られないのですか?」

なぜか梢の手を握りしめたまま黙りこくっている紫青に
そっと声をかけると、ようやく紫青は顔を上げた。

「……執務はいい。
 何とでもなる。」

その顔色はあまりよくないように思えた。
梢との婚姻に反対する勢力を抑え、
揺れる国を盤石なものにするために奔走し続けている若き帝。
ほとんど休みなく働いているのだ。
その心労を推して図ることなどできない。

「話がある。」

紫青は、何かを逡巡するかのように少し視線を揺らしていたが、
やがて意を決したように梢を見つめた。
こちらの手をつかむ手に力がこもった。
この国の執務を放り出してまで梢のために時間を割いてくれている。
それが胸にしみいるように嬉しい。
梢はそれに目を向けると、空いているもう片方の手で
そっと紫青の手を包み込んだ。

「お話しください。」

梢の華奢な手を見やるそぶりを見せた紫青の手から力が抜けた。
目を伏せて紫青が話し出すのを静かに待った。

Re: こひこひて ( No.91 )
日時: 2021/01/04 20:18
名前: いろはうた (ID: iruYO3tg)

「おれを一生許すな。」

梢は予想外の言葉に目を見開いた。

「おまえは、おれの妻となる。
 ただの夫婦ではない。
 この国の皇后となり、国の母となるということだ。」

静かな言葉に重さを感じた。
紫青の亡き母も先代の皇后だった。
母の姿を間近で見てきた紫青には、
その重責がどれほどのものなのかわかるのだろう。

「どれほど憎まれても良い。
 だが…俺のそばを離れることは許さない。」

傲慢な言葉だ。
だというのに響きは迷い子のように頼りなく、かすれていた。

「きっと、苦しい思いをするだろう。
 抱えきれぬほどの憎しみを心に宿すやもしれぬ。
 だが、それでも、そばを離れることを許さない。」

ひどい言葉を吐いている。
だというのに、紫青のほうがもっと苦しそうだ。

「おまえをあらゆることから守る。
 恨みも苦しみも憎しみもすべて俺が飲み込む。
 おれをどれほど憎んでも構わぬ。
 だから……。」

顔を歪めたまま紫青は口を閉ざしてしまった。
そばにいてくれ。
ただそれだけをどうしても言うことができない
不器用な人を見つめて梢は静かにほほ笑んだ。

「ですが、一つだけお聞かせください。
 ……私を、好いてくださっていますか?」

静かな問いに、虚をつかれたかのように
紫青は目を見開いた。
あまり驚いた姿を見たことがないため、
なんだか新鮮だ。

「一言でよいのです。
 その言葉を胸に、おそばにおります。」

「愛しいと思う。」

澄み切った言葉が静かにその場に降り積もる。
それは、花弁のようにふわりと心に舞い降りた気がした。
胸のあたりに灯りがともったかのように温かい。

「このような感情は、初めてだ。
 ……どのように伝えればよいのかわからぬ。」

温かく大きな手。
この手を放すまいと梢は心に誓った。
触れている大きな手をそっと握りなおす。
私もです、と伝えようとしたが、その前に、
紫青が口を開いた。

「ゆえに、日々、お前に言葉を捧げよう。」
「は……え?
 日々……?
 毎日ということですか?」
「ああ。」

至極真面目な顔で紫青がうなづく。
梢は瞬きを繰り返した。

「今ので十分です。」
「何を言う。
 とてもではないが足りぬ。
 他人に伝えたことのない感情ゆえ、
 少し、伝え方がわからなかっただけだ。」
「ほ、本当に充分です。」
「わが姫君は、いつどこに姿を消すやもしれぬ。
 愛想をつかされぬよう、精進せねばな?」

ぐっ、と言葉に詰まる。
紫青は、崇人のことを信じ切ってはいない。
それどころか、梢のことも信じ切れていない。
いつ崇人が攫いに来るかもわからにと思っているのだろう。
梢が親愛の、とはいえ崇人に情を残していることにも気づいている。
紫青は意外にも根に持つし、嫉妬深いのだ。

「わかりました。
 毎日、少しずつ教えてください。」
「ああ。」
「私も言葉を捧げます。
 少しずつそうやって、お互いのことを知っていけたら…」
「ああ。」

満足げに紫青が笑う。
ようやく、少しだけ彼から陰りが消えた。
ふわりと抱き寄せられ、梢はそっと目を閉じた。
そっと前髪に口づけが落とされる。

















私は罪を背負う。
罪を背負い、生きていく。
憎くて憎くてたまらないはずの愛しい人ともに。










ひとひらの、恋が舞い落ちる。







(完)



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