二次創作小説(紙ほか)
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- ハニカム(テニプリ夢)
- 日時: 2021/06/07 02:22
- 名前: ぺ (ID: EabzOxcq)
かわいいかわいい女の子
葉山仁奈…立海大附属高校1年。医者の家系に生まれたひとり娘。容姿端麗だが少し抜けている。
麻里…仁奈のクラスメイトで親友。一般家庭。
沙由香…仁奈の中学時代の親友。某出版社の令嬢。宍戸先輩の彼女。いまでも仁奈と親交あり。
未央…同じく中学時代の仁奈、沙由香の親友。某銀行頭取の孫。
- Re: ハニカム(テニプリ夢) ( No.68 )
- 日時: 2021/11/07 01:29
- 名前: ぺ (ID: vLvQIl5U)
朝、眠たい目を頑張って開けたものの、一気にだるさが押し寄せてきた。こんなに体の動きが鈍く、無気力な自分は初めてである。心なしか喉に何かが支えている感覚があり、胃のあたりにも言いようのない気持ち悪さを感じていた。父親とは目を合わせず、会話もなしに家を出た。父親がどんな表情だったかなんて知らない。仁奈は、ラッシュアワーより少し前の電車に乗っている。人がいないと心なしか落ち着く気がしたが、これから学校に向かい午後まで過ごせるのか。不安に駆られて、電車の中では上手く寝られなかった。
「仁奈ー!」
「久しぶり!」
教室に入ると、友人たちが一目散にやってきた。友だちと会えて楽しいはずなのに、上手く言葉が出てこない。とりあえず、大丈夫だよ。心配ありがとう。と言うと自分の席に座った。やはり3時間目の最後には、頭痛がして保健室に行くことにした。
「今日はかなり低気圧だから、無理しちゃだめよ。」
偏頭痛で保健室に来る人がそこそこいたらしい。仁奈はベッドで休むことにした。こういうふとしたときに、様々なことが浮かんでくる。それがじわじわやってくる感覚が、本当に嫌で、わざと別のことを考えた。しばらくするとそれにも疲れて、目を閉じていた。
1時間もしないうちに目が覚めた。カーテンレールから顔を除くも、人の気配がなくまたベッドに潜った。
「先生ー!あれ?誰もいない。」
「お、チャンスじゃ。」
「やだー。人来ちゃうよ?」
ああ、カップルか。保健室の先生でないことに肩を落とした。たぶん先生がいないのをいいことにいちゃつくのだろう。二人が椅子に座り、もぞもぞしている音がした。
「最近、雅治が1年の子と仲良いって噂なんだけど。」
「1年?さぁ、心当たりないのぉ。」
「ウソ。マリって子のこと、アタシ知ってるんだから!」
さっきまで猫撫で声だった女子は途端に声を荒げた。その声量に仁奈は思わず肩を震わせる。マリって、麻里のこと?しかも1年生だし。あ、仁王先輩のフルネームはなんだっけ。思い出した…仁王雅治だ。
「マリちゃんはお前が思ってるような子じゃない。ただの後輩じゃ。」
「違う!アタシ、あんたたちが映画館に行くところ見たし、友だちもあんたらがカラオケにいるの見てるもん。」
「さぁ、知らん。」
「しら切ってんじゃねーよ!」
仁王先輩の声は至って焦っていない。仁奈はこの状況で、布団からは出ることができなかった。ナミと呼ばれた女は何かまた怒っている。そしてガラガラ、ガッシャーンと椅子か机か倒れる音がした。何やら金属物と床で激しくぶつかるしたし、さらには他のものが床に落ちる音もした。筆記用具だろうか?思わずカーテンレールからほんの少しだけ顔を覗かせると、保健室は悲惨なことになっている。植木鉢も倒れて、床に土が舞っていた。とにかく暴れる仁王の彼女と思わしき女子を、仁奈は慌てて止めに入ろうとした。仁奈の気配に気づかない女子は、仁王の頬を思いっきり平手打ちした。彼は叩かれた頬を軽く手で払った。
「あの!落ち着いて!」
仁奈は女子を取り押さえようとした。正面から肩を押さえて、動きを制止しようとする。それにびっくりした仁王は、仁奈の代わりに、慌ててやっと彼女を取り押さえようとした。ようやく仁奈が視界に入った彼女は、ぎろっと鋭い眼光を仁奈に向けた。
「なに?あんた、マリ?」
「え?私?」
「盗み聞きまでするとか、人間腐ってんじゃないの?」
仁奈の胸ぐらを掴み、そう言った。
「おい!ナミ!」
「わ、私、マリじゃない。ま、麻里の友だち!」
「あのクソ女のダチかよ!」
「ま、マリも本気なの。あなたみたいに傷ついても仁王先輩と一緒にいたいと思ってる。マリはクソ女なんかじゃない!」
友人をクソ呼ばわりされては、仁奈も黙っていなかった。仁王はまさかの反撃に、目を丸くしている。
「アタシが本命だっつーの!」
「それは仁王先輩が決めるの!」
「うるせー!」
仁王が二人の言い合いに目を見張っているうちに、彼女は仁奈の胸ぐらを掴んだままドアの方に押し込んだ。ちょうどドアとドアの境目に頭を思い切りぶつけられ、後頭部に痛みが走る。
「ナミ、もうやめんか!」
仁王が彼女を引き剥がした。睨みを効かせたまま、仁奈の襟を離した。そのまま教室を後にした。
「…痛い。」
壁が頭から離れた途端、ぐらっとする。めまいに似た、頭の響きにぐったりしてしまった。
「すまんの。麻里ちゃんの友だちじゃったか。」
「…仁王先輩。最低ですね。」
仁王先輩のことは褒めてもいないのに、彼は笑った。
「休みんしゃい。」
仁奈を立たせたあと、膝下と背中に手を回し持ち上げだ。お姫様抱っこ…仁奈は下ろしてという気力もなかったので、そのまま運ばれた。
「頭、痛いです…。」
仁奈は仁王に背を向けて、横を向いて寝た。頭を保冷剤で冷やしてほしい、というニュアンスだった。仁王は察したのか保健室の冷凍庫を探って、干してあったタオルにくるみ彼女の後頭部に当てた。
「たんこぶ、ある。」
「誰のせいだと思ってるんですか?麻里のこと、弄んでる仁王先輩が悪いんですよ。」
「弄んでるは言い過ぎ。」
「とにかく麻里のことが好きならちゃんと、麻里だけに向き合ってください。」
「まだその時間じゃない。もっと互いを知ってから。」
仁王には話が通じないと思った。
「お嬢も、かわいいぜよ。」
そういえばテニス部の先輩たちからはそう呼ばれているんだった。仁奈は聞こえないふりをした。そのまた友だちも引っ掛けるなんて呆れる。
「きゃーっ!」
どこからか帰ってきた保健室の先生が、室内の杜撰な光景を見て悲鳴を上げた。仁王は渋々出ていく。
「もう、またあなたね!修羅場に保健室使うの止めなさいよ!」
「さーせん。」
「早く片付けなさい!」
仁奈もその場に付き合った罪悪感があり、ベッドから身を起こして先生の元へ行った。
「あら、葉山さん。どうしたの?もう元気になった?」
「私も、手伝います。」
「いいのよ!仁王くんが責任持ってやるわ。仁王くん、このことは顧問の先生に報告しときます。」
「部停は勘弁なり…。」
仁王は手で割れた植木鉢の破片を拾い上げている。仁奈は散らばった筆記用具をかき集めていた。
「うちの養護教諭はえらい怖いのぉ。ただの痴話喧嘩なのに…。」
「大人でもこんなことしないわよ。」
なんだかんだ言いつつ養護教諭も一緒に、三人で保健室の清掃をしている。
「失礼しまーす。仁奈ぁ、」
麻里が仁奈の様子を見に、保健室にやってきた。ドアを開けた麻里は仁王先輩を見つけて固まっている。
「え?!仁王先輩、なんでいるんですかぁ!」
「よぉ。元気か?」
「えー、めっちゃ元気ですよ!」
小さく飛び跳ねる彼女は、まさに乙女を体現したものだった。さっきまでの光景を知らない彼女のことを思うと気の毒になってきた。他校のギャルと、同学年のヤンキー。この二人だけで麻里は三股をかけられていることになる。仁王を攻撃しようとそれをここでぶち撒けてもよかったのだが、なんせいちばん傷つくのは麻里である。むしゃくしゃしたので、それを床の清掃にぶつけた。きれいにしてやる!と言わんばかりに土を法規でかき集めている。
「先輩、なんでこんな保健室荒れてるんですか?」
「ちょっと暴れた奴がおったんよ。」
「こわーい!」
麻里はさり気なく仁王先輩に身を寄せた。
「俺がばっちり捕まえたんじゃ。」
「え!すごーい!仁奈も見てた?」
「ま、まぁ。」
仁王は早速仕事をサボって、麻里と二人で長椅子に腰掛けている。一方で仁奈はどうすることもできなくて、手を動かすしかなかった。世の中は本当に不条理だなと思った。きっと仁王のようなタイプの人間は、一生苦労することなく生きていけるんだろう。深いため息を吐いて、ゴミを捨てに行こうと外へ出た。土を塵取りに集めて持ち歩いている女子高生なんて、他にいるだろうか。一階奥のゴミ捨て場に向かい、燃えるゴミに土を捨てた。隣の廃材置き場には、文化祭で重宝されるダンボールや木材が転がっている。若干人が多いので、そこから逃げるように廊下に出た。保健室に戻る途中、遠くから蓮二が見えた。蓮二の隣には女子生徒がいて、彼女は時たま笑ってよろけたり、蓮二の肩を叩いたりしている。あぁ、麻里が言ってた子かな。ドキドキとは別の、嫌な動悸に襲われた。心臓の音がうるさい。特に緊張しているわけでもないのに、冷や汗も止まらなかった。気持ちは明らかに下がっているのに、体はなんだか勝手に舞い上がっている。おかしい。
「お嬢。今日は迷惑かけたの、すまんな。」
階段を上っていく仁王が上から声をかけた。
「別に何ともないです。」
仁奈は目を合わせるつもりもなく、それだけ吐き捨てた。
「麻里ちゃんにはくれぐれも内緒にしてくれんか、よろしく。」
「私、仁王先輩のこと軽蔑してます…他人を不幸にしといて、自分だけ悠々と満たされてるの気持ち悪いですよ。」
仁王の返答を待たず、足早にその場を立ち去った。自分が仁王を毛嫌いする理由がわかった。私は、不幸にされる側だからだ。果たしてこれは仁王にだけ当てた言葉だったのか。流石の彼も、少したじろいだ様子だった。
- Re: ハニカム(テニプリ夢) ( No.69 )
- 日時: 2021/11/07 21:22
- 名前: ぺ (ID: xGY5.0e4)
部活に来て早々、仁王の怒号が飛んでいる。本日二度目のビンタ。口の中が切れた彼は、唇の端から出てくる血を手で拭った。反省の色はあまりなく、特に表情も変わっていない。
真田は仁王を叱ってからも終始不機嫌で、部活の雰囲気は最悪だった。蓮二は適当に回避したかったので、ベンチに移動した。ノートとビデオカメラを開き、インターハイに向けて選手の分析をする。関東大会も来週末に控えているが、そのデータはもう取ってある。絵に描いたように用意周到な彼は、パワハラ社会の頂点のような幸村と、猛暑に勝る暑苦しさを持つ真田に比べるとまともに見える。今日は練習メニューに関東大会の対戦校を想定したゲームを入れた。その前までに、ビデオカメラとパソコンを見て、ノートに特徴や弱点を書き込む。それだけでなく身体的特徴や試合前の動きなども記載してあり、内容だけ見たら相手のストーカーである。
「柳くん、おつかれ。」
ベンチの後ろ、フェンス越しに声が聞こえる。
「賢木か、どうもありがとう。」
作業に集中していたので特に振り向くこともなかった。賢木鈴はその様子に軽く頬を膨らませた。
「今日さ、部活終わったら一緒に帰らない?私も文化祭の予算申請の受付での残るから、生徒会室で待ってるね。」
「すまない。夜練習で遅くなるから無理だ。」
「じゃあ、校門で待ってる。じゃあね。」
「だから今日は…。」
蓮二が今一度断りを入れようとしたが、それを遮るようにまた校舎の方に走っていった。下校時間から2時間も経った21時まで待たせることになるし、そもそも約束すらしていない。2時間も待たされれば、途中で帰るだろうと諦めてほしい気持ちもあるが、同時に彼女はそういうことは厭わず、蓮二のことを待つだろう。賢木鈴は蓮二と同クラスの女子生徒である。女子高生特有の溌剌とした可愛らしさというよりも、どこか涼しげで落ち着いた雰囲気である。黒い髪を靡かせ、スタイルもいい。生徒会では会計を担当しているので、下級生には名を知られていることがある。
練習終わり、部室で皆で着替えていると話題は仁王の女性関係で持ち切りである。
「ナミが切れたのかよ!あいつ怒ったら怖いぞー!」
「それでな、たまたま保健室にお嬢がいて、お嬢にも掴みかかったんじゃ、あいつは。」
「え!葉山にも暴力ふるったんすか?」
そんな気の強い女に攻められたら、太刀打ちできないだろうと赤也は思った。仁奈のファンの部員たちもざわざわしている。仁王の隣にいたジャッカルの横で着替えていた蓮二は、少し聞き耳を立てることにした。
「あいつがな、こう、お嬢のシャツを掴んで壁にお嬢のことを押したんじゃ。お嬢はたんこぶ作ってたの。」
それを再現しようと柳生が着ていたユニフォームを掴み、ロッカーに柳生を押し付けた。
「暴力反対です。」
「すまん。でもな、お嬢は相当ヤバい奴ぜよ。」
「え!なんだよ!」
丸井がわくわくしたように、仁王に反応した。
「俺の手には負えないぜよ。強すぎる。」
「どういうことだぁ?」
どういう意味か、蓮二も考察した。仁奈の「ヤバさ」、それを蓮二は体感しただろうか。きっと自分が知らないであろうことに、自分で引くぐらい苛立ちを覚えた。
- Re: ハニカム(テニプリ夢) ( No.70 )
- 日時: 2021/11/08 01:16
- 名前: ぺ (ID: 4VUepeYc)
「お疲れさま。」
やはり彼女はいた。もうこれで待ち伏せされるのは何度目だろうか。仲の良い部員たちはこのことを知ってるので、そそくさと帰ってしまった。赤也が何か言いたげに蓮二の方を見ていた。
「今日も待っちゃった。」
悪びれもなく言われることにも慣れてしまった。男性の狩猟本能として、追いたくなるものはとことん追う傾向がある。逆に追われているのはどうだろう。興味というか反応する気が薄れる。これは仕方のないことだが、賢木は全面に好意を出してくる。付き合ってもいないのに、シャツの袖をひっぱっている。
「柳くんと文化祭周りたいんだけど、テニス部の人たちともう決めてる?」
「そのつもりでいる。大会と被るかもしれない。」
「そっかぁ。残念。」
端からみたらカップルに見えるだろうに、蓮二はそんなことを考えていなかった。葉山のことで気になることが多すぎる。連絡はつかないし、女子生徒には暴力を振られ、おまけにあの仁王を唸らせた。何かとんでもないことが起きている。それくらいは察することができた。
「なんか今日、上の空だね。柳くんらしくない。」
「そのようなことはない。」
「柳くん、もっと私の前でぼーっとしたり気を抜いたりしてもいいんだよ?」
「俺がそんな阿呆なことをするはずがないだろう。上の空とは、他のことに気を取られて注意が向かないことを言うんだ。俺は今は…。」
「わかった、わかったよー。」
その後、電車に揺られて帰路につく。途中で賢木は降りるはずだが、わざと乗り過ごした。それを気づかないふりをするのも、諦めてもらう手段だと考えている。
- Re: ハニカム(テニプリ夢) ( No.72 )
- 日時: 2021/11/09 14:53
- 名前: ぺ (ID: 9uo1fVuE)
かわいいの語源は「かはゆし」から来ている。「ほうっておけば悪い事態になるのを、そのまま見過ごすことができない」というものが原義らしい。かわいいという言葉には、もちろん容姿の可憐さや魅力を表す意味が含まれている。それだけでなく子どもらしい意地らしさや、守りたいと思わせる脆さもあった。それを一つずつ伝えていくわけにもいかないので、一言で「かわいい」と表すしかないのだ。
「蓮二が好きな異性が、どんな子なのか気になるな。」
精市がそう聞いてくるので、今一度考えたが、「かわいい」としか出てこない。そんなことは言うわけもなかった。
「蓮二はなんだかんだ美人と付き合うからなぁ。あ、そうだ。今からその子に会いに行ったら?」
「…無理なことを言うな。」
「ええ、無理じゃないよ。押しかけるくらいしないと。蓮二は草食だからなぁ。」
好きな異性がいればなりふり構わず迫っていく精市と、蓮二は大違いである。仁奈からはかれこれ1週間連絡が来ていない。中間テストテストも終わってしまい、もうすぐ文化祭がやってくる時期なのだ。なので忙しいという言葉は十分に説得力がある。それでも返信が来なくなったタイミングがタイミングなので、親と何かあったに違いない。無機質で生活感がない部屋、帰りの遅い父親と所在がわからない母親。これだけで、なんとなく仁奈の悩みの種はわかるような気がしている。
「あと3日でとりあえず退院だから、そのあと蓮二の片思いの相手を教室に拝みに行こうかな。」
「…やめてくれ。」
「ふふ。冗談だよ。」
彼が冗談を口にするときは、後に大体本気でやらかすので時折困っている。そのあとテニス部の話になり、かれこれ面会時間を過ぎてしまった。看護婦に追い出された。精市に授業のノートを渡し、そそくさと病院を出た。
そして最寄り駅に向かったとき、ここで仁奈と会ったことを思い出した。乗り換えで使っていると言っていたが、1日に何本も走る電車の中で出会う確率など、等にわかっている。
ホームに着いて、最近見つけた古本の小説を読もうとカバンからそれを取り出した。まだ電車は来ない。時刻表に目を向け、そのまま目線を本に落とそうとすると、遠くに立海生がいた。午後7時10分、向かいのホームいたのは紛れもなく葉山だった。彼女も、蓮二に気がついたのか、顔を上げておそらくこちらを見ている。それを隔てる線路が邪魔で仕方なかった。蓮二は自然に足が動いて、反対側のホームに足早に向かった。階段を降りると、やってくる蓮二を見上げている仁奈が見える。
「蓮二。来てくれたの?」
「偶然だな。」
反対側のホームへ走ってきて、この言葉はミスマッチだなと今でも思う。しかしまたとないチャンスだと、すがりつくしかなった。仁奈の顔が綻び、蓮二の隣に並んだ。
「家に帰るのか。」
「うん。あの、蓮二に謝らなくちゃいけないことがあって…。」
「そんなことはどうでもいい。」
二人はやって来た電車に乗り込んだ。人が増えた電車の中で、ずっと無言で揺られている。しばらくして、乗り換えのために下車した。
「ずっとメール返せてなくてごめんね。無視してたわけじゃないの、できなかった…。」
「もちろん、わかっている。」
肩を落とした。人で賑わう駅はうるさい。どこかでゆっくり話をしたかったので、公園でもカフェでも適当に探そうとした。少し歩くとこじんまりとした公園がある。蒸し暑い季節にも、ここは若干ひんやりしている。
- Re: ハニカム(テニプリ夢) ( No.73 )
- 日時: 2021/11/11 04:25
- 名前: ぺ (ID: sqo3oGwV)
はぁ、絶対に話したくない。前に離婚の報告を親戚一同にしに行ったとき、仁奈が父方の親戚たちに母親のことを心配されつつも、どこか卑下されるような雰囲気があった。もう仁奈ちゃんは何でも持ってるもの。お父様は時期院長だし、美人だし、頭もいい。余所者1人くらい消えたところで、どうもしないわよね?そう従兄弟や叔母に言われた。万が一、蓮二にも私が女としてだらしのない人間だと思われ、彼から遠ざけられたら生きていけない。隣で何やら1人で、顔を落としている仁奈に蓮二は声をかけた。
「無理に話そうとしなくてもいい。」
珍しく他人に甘い蓮二の姿を見たら、部員は何て言うだろう。
「蓮二は優しいね。」
やっと今日初めて、蓮二に笑顔を見せた。彼も自分の口元が自然と緩むのを感じた。仁奈の表情一つでも、自分の情緒が変わってしまう。蓮二は自分が恋する乙女とかいう部類と変わらないんじゃないかと思った。二人は肩が触れ合うか触れ合わないかの距離で座っている。くっつきそうな右肩だけ、熱を持ったように熱い。汗かいてるし、臭くないかな。仁奈はほんの少し蓮二から離れた。些細な距離感の変化にも彼は敏感で、自分が男子高校生特有の臭いになっていないか気が気でなかった。まあ、そんなことはないと思うが。
「もうすぐ文化祭だな。葉山のクラスは何をするんだ。」
「休憩所。もう椅子と机だけ並べて、みんなで遊びに行こうと思って。」
「それは良い。俺は生徒会のほうが忙しいから、楽しむ暇もないな。」
文化祭実行委員と一緒に、出店や生徒の違反がないか逐一見て回るらしい。蓮二と周れるなんて羨ましい。
「ミスコンの名簿に葉山の名前が載っていたが、本当に出場するのか?」
「うん。なんか休んでる間に出ることになってた。思い出づくりにはいいかなって。」
毎年一番に盛り上がるイベント・ミスコンテストはステージに華やかな衣装と、熱狂的な出演者の親衛隊が集まる。廊下には選挙のポスターの如く、出演者の写真とキャッチフレーズを含んだポスターが貼られる。それを申請するのに、もうすぐ締め切りがやって来ている。長太郎にそれを言ったところ、跡部が専属のカメラマンやスタジオを貸し出された。明日の放課後にそこに行く予定である。
「立海はかわいい女の子多いだろうなぁ。決勝まで進めるかな。」
「圧勝だ。テニス部はもう葉山に票が集まっている。」
「嬉しい。蓮二も応援してくれる?」
「もちろん。」
正直、葉山の端麗さがこれ以上広まって忍足みたいな野郎が現れたら鬱陶しくてたまらない。それを口にするには、二人の関係にまだ不十分さがあったので黙っていた。
「あのね、蓮二が昨日、廊下で仲良さそうに女の子と歩いてるの見たんだけど…もしかして…。」
「あぁ、賢木のことか。」
蓮二は即答した。心当たりあるんだ。心臓のあたりがきゅうっと締め付けられる。
「あいつとは100%何もない。ただ俺に好意を寄せているだけだ。」
あとにも先にも確率も何も計算しないまま、数字を使ったのはこれが初めてである。多分、葉山に安堵してほしかったんだろう。
「え?その、賢木さんって人、蓮二のこと好きなの?」
ライバルだ…やっぱりいないわけないよね。蓮二のことなので、こういった女子はいて当然だと思っていた。しかしいざ現れると、現実的に相手と自分を比べてしまう。少し見かけただけだったが、利発そうで蓮二の隣いると彼女の大人っぽさが釣り合っていると思った。仁奈はすっかり肩を落としている。
「賢木もミスコンに出るみたいだな。」
蓮二は賢木のことで少し気が落ちている仁奈を、煽るように言った。内心、心が弾んでたまらなかった。
「う…。」
「蓮二は私のこと、応援してくれるんだよね?」
仁奈はいじらしく聞いた。少し膨れる横顔が堪らず愛らしい。
「それはそうだろう。」
「なんで?」
返答に困る。好いているから、といっそ言わせてほしい。くるんとしたまつげと、化粧っ気のない瞳の輝きが蓮二を見つめている。本当に不思議そうにしているのが、予想外である。少しは自分の気持ちが漏れていても、おかしくないんじゃないかと思っていたのに。
「言わないでおく。」
理由を言ったら間違いなく、俺の負けだ。もう勝敗を考えている時点で負けたようなものだ。普段から何事も勝ち続けることが平常なのだ。勉強にしろ部活にしろ、人より劣ることはない。負けることを気にする時点で、自分の負けである。
「教えてくれてもいいじゃん!」
「そのうちわかる。」
「ホント?」
「本当だ。」
仁奈はそっと小指を立てて、自分の指を差し出した。
「指切りしよう。」
「わかった。」
仁奈の華奢な小指が蓮二の小指に絡んだ。角ばった大きな手、それでいてきれいに骨張っている。ドキッとした。
「指切りげんまん、嘘ついたら、針千本のーます。指切った!よし、約束!いつ教えてくれるの?」
「そうだな。ミスコンが終わったら。」
「わかった。」
気がつけば、もう時計は21時を回っている。横断歩道を渡って向こうは店や街頭で明るいが公園は暗い。ベンチから立ち上がり1歩踏み出した仁奈は、危うく足元の地面から突き出た石に躓いてしまう。前に倒れると、温かい胸板が仁奈を守ってくれた。
「あっ、ごめんなさい。」
すぐに両手で蓮二の胸部を押して離れる。鍛えているのがわかった。固くしっかりとした胴が仁奈を支えてくれた。
「…わざとやったのか?」
「な、なわけない!」
仁奈の無防備に当てられた胸元。暗くて顔色が見えなくてよかったと思う。
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