二次創作小説(紙ほか)
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- ハニカム(テニプリ夢)
- 日時: 2021/06/07 02:22
- 名前: ぺ (ID: EabzOxcq)
かわいいかわいい女の子
葉山仁奈…立海大附属高校1年。医者の家系に生まれたひとり娘。容姿端麗だが少し抜けている。
麻里…仁奈のクラスメイトで親友。一般家庭。
沙由香…仁奈の中学時代の親友。某出版社の令嬢。宍戸先輩の彼女。いまでも仁奈と親交あり。
未央…同じく中学時代の仁奈、沙由香の親友。某銀行頭取の孫。
- Re: ハニカム(テニプリ夢) ( No.58 )
- 日時: 2021/10/08 13:44
- 名前: ぺ (ID: cdCu00PP)
翌朝、仁奈はタオルと水筒を準備して学校に向かった。朝から麻里はずっと手鏡で自分の顔をチェックしている。
「はぁー。仁王先輩勝ってるかなぁ。」
これが朝からの口癖である。今朝蓮二に「頑張ってね!学校終わったら見に行くね!」とメールを送ると「それまでに試合を片付けてるかもしれない」という予想外の返事が来た。とりあえず急がねば、と仁奈と麻里は終礼が終わると一目散に会場に向かった。観客席は席数と段数があまりなく、両校の保護者と部員の応援で三分の二が埋まっていた。地元のテニスコートなんかこのような規模は珍しくない。周りには立海の試合を一目見ようと、フェンスにまとわりつく女子生徒や中学生たちがいた。
「放課後なのに、人多いね。」
「あ!あそこ座ろう!」
麻里に手を引っ張られ、立海の応援席の隅に向かった。コートからは遠いが、全体を見渡すことができる。蓮二の背中も見えた。
「うちのワカメちゃんが、柳先輩とペアなの?」
そう、二人は赤也が1年生ながらレギュラーを張っているということを知らなかったのである。高校生になって3ヶ月、まだ体も大きくなく細いのに、赤也はチームの勝率に貢献しているのだ。
「なんか面白いね。」
「赤也たしかに運動神経いいわ。こないだバッセンですごかったし。」
「バット、ラケットだと思って振ってそうな雰囲気あったかも、たしかに。」
この間、バッティングセンターに三人は行ったのだ。中学まで男子に混ざって野球をしていた麻里は120キロを悠々と飛ばしていた。仁奈は80キロが限界である。赤也は140キロをネットの上の方のホームランのゾーンに当てたのだ。景品のアイスをもらい、地面に落としたのである。まあそんなことはいま関係ないが、赤也の普段の言動と思考からゴリゴリの体育会系には思えないのだ。
「赤也、わかっているとは思うが…」
「わかってます!」
嘘だろ、と言わんばかりの怪訝な顔をした蓮二だが、たぶんプレーでしっかり熟してくれるだろうという安心感はあった。不意に客席を見ると、仁奈がいた。蓮二の方を見ているのか、どこに視線があるのかわからないが、体に一層熱が篭もるような気がした。
「あーあ、立海レギュラー出してんじゃん。」
「出来レースだよ、こんなの。」
近くに座っていた中学生たちは不平不満を漏らしている。それもそのはず、試合は一方的に進んでいた。テニスを見に来ている人たちには目に見えていた結果だが、圧勝というかストレート勝ちである。
「すごいね…」
普段あんなに冷静沈着な男は、プレーでもそのままであった。勝っても喜ばない、サーブミスしても焦る様子がない。隙がないというかどこまでもかっこよさが勝る男だと思った。結局、相手の攻撃を見ることがないまま試合は終わったのである。
「蓮二、ほんとに強いんだなぁ。」
「なんか予想以上にボコボコすぎて、途中から相手が可愛そうだったわ。」
レギュラー陣は赤也と蓮二だけで、あとは控えの選手で勝ち抜いた。これが準決勝を終わらせた試合なのか、と不思議である。フェンス横の通路で、人の流れに沿って帰ろうとしていると、立海テニス部の姿があった。仁王と目があった麻里は、塩らしく会釈をした。仁王はミーティング中だというのに、麻里に手を振っていた。仁奈は邪魔してはいけないと、赤也だけ見つけてその場を離れた。
「仁王先輩は、多分次の試合で出てくるね。」
「終わったら個人戦もあるし、放課後は全部仁王先輩で埋まっちゃうなぁ。」
麻里は満更でもない様子である。蓮二の活躍を見れてよかった。仁奈は写真に収めた蓮二の姿を眺めた。駅のホームにつき、二人は快速の電車を待ちながら話していると、階段を降りてくる仁王の姿があった。
「あ、仁王先輩だよ!」
麻里に階段に視線を向けるように促すと、その瞬間、仁奈は自分がしたことを後悔した。
「横にいるの…だれ?」
まさかの仁王が女子と歩いていたのだ。相手の顔は見えないが、制服の着こなしは明らかにギャルである。女子高生に人気の四角い通学用のショルダーバッグをぶら下げ、仁王の腕に手を絡ませている。二人は何やら話していて、仁王は時たま笑顔を見せている。仁奈たちから5つほど離れた乗車口に並び、また一緒に電車を待っているようだ。
「ごめん、麻里…」
「なんで仁奈が謝るの。」
「となりに女子がいるってわからなかったから。余計なことしてごめん。」
人混みに紛れていてわからなかった。麻里はうつむいたまま、何も言わないでいる。そのうち電車が来て、仁王と女子は乗り込んでいった。麻里はその場から動けず、ずっと顔を伏せたままである。そのうち電車は出発してしまった。
「とりあえず、座ろう。」
仁奈が麻里をベンチに座らせると、とたんに麻里は泣き出した。ハンカチを差し出すと、あっという間に涙が染み込んでいった。
「仁奈のせいじゃない。私がそもそも仁王先輩の彼女の存在に気が付かなかっただけ!」
自分を責め立てているが、顔と涙は悲しさを物語っている。明らかに仁王は自分に気があると思っていた。誕生日には夜景を見に連れて行ってくれた。自分と仁王が付き合ったら、どうやって二人で過ごしていくかを話したときには、それが現実にしかなる予感しかなかった。帰りは部活あるから先に帰ってていいよ、オフ日は絶対空けるから、冬はイルミネーションを見て帰ろう。麻里は告白されたら、そうするつもりでいた。その準備ができていたのである。
「なんでよ、」
彼女側からしたら、麻里はただ彼氏に引っ掛けてくる厄介な女に見えるかもしれない。しかしそれは仁王が麻里に関心を向けなければ済む話なのだ。仁王の心境がわからない今、何も言えずに仁奈は麻里の隣に座っている。恋愛はつくづく人を不幸にする、自分の両親を見ても思った。
「おー!って…え?」
丸井、ジャッカル、柳生と駅のホームにやって来た赤也は、二人を見るなり手を振ってきた。しかし、泣いている麻里と、そこに寄り添っている仁奈を見て、びっくりしたのである。
「どうしたの?俺らの試合…そんな感動した?」
「うるさい。」
「えぇ…ごめん。」
珍しく仁奈は赤也の冗談にキレたので、同期たちはその光景を見て笑いを堪えた。
「なんかあったの?」
丸井が仁奈に聞いた。まぁ、と仁奈は濁すと、なんだか大変そうだねと皆はしんみりとした雰囲気になる。
「試合、すごく素敵でした!また応援行きます。」
「光栄です。僕ら出てないんですけど。」
「応援が入るとこっちも気合入るし、またよろしくな。」
仁奈はその場の雰囲気を明るくしようと言ったが、赤也以外の男子はとても喜んでいる。
「あっ、わかった。」
なんでも口に出してしまう赤也は、咄嗟に口を継ぐんだ。柳生も何かを察してメガネを光らせている。ジャッカルも何かに呆れたようにため息を吐いた。
「なんだよー。またましゃはるがやらかしたんかぁ?」
「おい…みんな言わないようにしてたんだぞ。」
ジャッカルは元気だぜ、とビスコをくれた。
「俺、ちょっとこいつらと話すんで、ここで失礼します!おつかれさまです!」
「おーう。」
「うちの相方がご無礼を…。」
柳生の申し訳なさそうな顔を何回見たのか、と丸井とジャッカルはもはや同情すら覚える。三人は電車に乗り込み、赤也と仁奈、麻里はホームに残った。
「ここじゃテニス部来るから、ファミレス行こうぜ。ファミレス。」
「お腹空いてるだけじゃないの。」
「まぁそれもあるけど、仁王先輩の話はちゃんとしておいたほうが良くね?」
とりあえず電車に乗り、帰路で3人が別れ道となる駅へ向かった。駅前のファミレスに入り、麻里と仁奈は隣に座り赤也は向かい合った。とりあえず今日、試合終わりに何を目撃したか、一通り赤也に説明した。
「仁王先輩は実は一回、異性関係で部停(部活停止)になってるんだ。正直、それくらいやばい。」
「先に言ってくれれば良かったのに。」
「言っても聞かなかっただろ…やめとけって言ったよ、超さりげなく。」
多分言ってない。
「もう、仁王先輩と会うのやめる。連絡も取らない。」
泣きやんでいくらか冷静になった麻里はそうつぶやいた。その瞬間、メールが来たのである。
今日、来とった?
なんかお前さんのこと見た気がする
「…。」
麻里はテーブルに顔を突っ伏して泣いている。
「なんなのよ!」
「…いきなり嫌いになれないよね。」
「私は、両思いだと思ってた。」
そりゃそうなる、と仁奈は思っていたが、赤也は口を開いた。
「両思いの可能性は全然あるよ。彼女いても。」
「え、あれ彼女なの?」
「えぇ、わかんねーな。どうだろう…セフレとかも全然いるみたいだし。」
「ほんと…?」
麻里はもうソファーに項垂れている。高校生でそんなことある?と仁奈は驚きを隠せなかった。
「丸井先輩がこの前、言ってた。丸井先輩はモテるけどまだ童貞で、仁王先輩に俺も仁王みたく百戦錬磨になりてぇーって叫んでたから。」
「丸井先輩、童貞なんだ…。」
「お前そこだけ反応すんの。」
麻里がボソッと呟いている。仁王の貞操観念が理解できない女子二人は、心底ただただ信じられないでいる。
「でも仁王先輩、まじで悪い人じゃないし俺のこと面倒みてくれる!女にだらしないだけ、まじでそれだけ。」
赤也は、運ばれてきたドリアを頬張っている。
「え、麻里。返信してるの?」
「もう会わないって打った…あとは送信するだけ…。」
「麻里、あなた偉すぎる!ほんとに!」
仁奈は麻里を抱きしめた。
「でも押せない。」
「今すぐじゃなくてもいいじゃん。」
当時は未読、既読の概念がないのでいつメールを開いたかなんてわからないのだ。気持ちの整理には幾分楽である。
「じゃあ俺が押したろうか?」
赤也は麻里の携帯を取って、右側の送信ボタンを押した。
「え、ちょっと赤也!」
「…これでいいの。」
ありがとう、赤也。と珍しく麻里は赤也に感謝している。あまりにもあっけない終わり方に、仁奈は自分の両親の姿を重ねた。しかし、今度は麻里の携帯が鳴ったのである。しかも「仁王先輩」と表示された。
「切れ!せーの!さんはい!」
赤也は切ることを急かしている。仁奈もこればかりは、麻里の判断に任せようと、携帯を見つめる麻里を見守っている。しばらくして電話は切れた。
どこにおるん?
なんかあった?
心配じゃ、
次々にやって来るメールに麻里は耐えられなくなり、携帯を折りたたんだ。
「今更なに…?」
麻里は頭を抱えて、また机に顔を押し当てた。
「赤也も同じ男の子なんだから、仁王先輩の気持ちわからないの?」
「俺と仁王先輩が同じだと思う?」
「あ、ごめん。」
「虚しくなること言うな!俺はピュアなんだよ。」
「…恋愛経験がないことピュアって言うのやめなよ…。」
「うるせー!」
落ち込んでても赤也にしっかりと切り込んでいる。
「今日は食欲あるなら、好きなだけ食べよう。私がおごるから。」
「いいのー!?さすが富裕層は違う!」
「赤也はいつも食欲あるでしょ。」
えへへ、と笑う赤也は心底あざといが二人はそんな赤也をいつもかわいいと思っている。麻里は無言でメニュー表を開くと、もうすでに決めたようで呼び出しのボタンを押した。
「…たらこソーススパゲッティ、パエリア、ポテトで。」
「サラダとステーキ120gお願いします。」
「俺はぁー、サラミのピザとシーフードグラタンで!」
いつも食欲がない仁奈も今日は二人に合わせて大盛りである。食べられるかわからないが、そのときは二人がいるから大丈夫だろうと思った。結局3人は、赤也が他の一年生からハブられてるとか、仁奈の母親の話とか、何時間も他愛もない話をしていた。
- Re: ハニカム(テニプリ夢) ( No.59 )
- 日時: 2021/10/10 02:27
- 名前: ぺ (ID: WTiXFHUD)
父親から今日は遅くなるから先に寝ていてね、とメールが来ていた。21時前、侑士もこの時間に帰ってきたらしい。二人はマンションの前で偶然会った。仁奈は19時過ぎに解散したのに、電車に揺られて帰るととこの時間になってしまう。一日の終わりに、侑士は自分でも驚くくらい頬が緩んだ。
「おつかれ。」
「ありがとう。まぁ本番は明日って感じやけど。」
東京も準決勝まで試合が行われた。侑士は準決勝にシングルスで出た。チームメイトから僅差で勝ったが、今までで一番いい試合と言われた。競って最後の最後に勝ち切れた自分に、成長を感じた。そうは言っても明日は決勝である。自分はまた使われる気がしているので、気は抜けない。関西大会の試合結果を見ていると、ジュニアからプレーしていて勝てなくなった選手がたくさんいた。ええ、こいつ個人戦2回戦で負けとるんや。そもそも府チャンピオンやったあいつは何しとるんや。その中で関東に引っ越してきて、環境が変わってもテニスを続けることを選択していて良かったと思う瞬間である。
「私もね、テニス部の応援行ったの。」
「目当ての奴でもいたんか?」
「まあね。でも、今日ひどいことがあったの!聞いて!」
そう言ったところで、忍足家の階まで来てしまった。あまりにも仁奈がぷんすかしているので、侑士は
「後で聞くわ、そっち行くな。」
と言った。仁奈は頷いて、またねと言った。仁奈は家のキーを開けると、真っ暗な部屋に電気をつけた。まだ父親は帰っていない。昼間に家政婦が来たようで、仁奈の部屋も布団が整えられていた。シャワーを浴びて、お風呂あがりにストレッチをする。髪の毛を乾かして、キレイに梳かした。母親の天然パーマが遺伝せず、仁奈は直毛である。でも地毛の明るさは父親譲りである。あ、この間買ったグロス付けてみよう。仁奈は麻里におすすめされて買ったドラッグストアに売っているリップグロスを付けてみた。コーラルピンクで、ほんのりラメが入っている。でもすっぴんには浮いている気がして、テッシュで抑えた。艶感が出すぎないこっちのほうがいいなと思った。1時間もすると、玄関のチャイムが鳴った。
「愚痴とやらを聞きに来ました。」
「どーぞ。」
パジャマ姿の仁奈はとても可愛らしい。この一言につきた。
「実はね、親友が男に騙されてたの!普通に遊ばれてて、しかも男のセフレも応援に来てたの!」
「親友て、あの麻里ちゃんて子か。」
それよりも、仁奈からセックスフレンドの略称「セフレ」という言葉が出てきたことが意外である。麻里はよく仁奈の会話に出てくる子だから名前を覚えていた。
「そいつもテニス部なんやな。誰や。」
「仁王先輩っていう人、わかる?」
「あぁー、たしかにイケメンやなぁ。」
試合で何回か対戦ことがあるからわかる。飄々としていて、姿勢の悪い野郎だ。小技が得意で、前衛で岳人は彼に歯が立たなかった。
「しかも元カノとトラブルになって部活停止になったこともあるんだって。」
「えぇ、怖いわぁ。」
「男の子は好きじゃない相手にも恋人みたいなことできるのかなぁ。」
侑士は心底心が痛んだ。もう自分に耐えられない。今からでも仁奈以外の女のアドレスを一掃したい気分である。
「それで麻里が連絡取るのやめたら、今度は仁王先輩が麻里に会いに行くって言ったの。麻里も結局、仁王先輩とカラオケ行ったしさぁ。麻里が仁王先輩につかまったらどうしよう…あんなに泣いてたのに。」
「まぁ本命ではなさそうやな。」
「仁王先輩は辞めたほうがいいと思うんだよね。」
「仁奈が仁王引っ掛けたらどうや。そしたら麻里ちゃんと仁王はおさらばできるし、その後仁王も仁奈に振られることで、仁王も傷つくし。」
「やだよ!私そんなことできない。ていうか、引っ掛けるってどういうこと?」
「誘うってことやな。」
「デートに?」
「うん、まぁ。」
仁奈が恋愛に疎いことを忘れていた。そうそう、デートやデート。仁奈は喉が乾いたのでオレンジジュースをコップに注いだ。二人分、二人が座るソファーの机に置いた。仁奈は座り直した。
「仁王は辞めたほうがええって、言うた?」
「言ったよー。赤也と二人でカラオケ行くの引き留めたもん。」
「切原と仁奈じゃ説得力なさそうやな。」
「ひどい!」
ごめんて、と仁奈の頭を撫でると、仁奈は笑って許してくれた。相変わらず顔が小さいので侑士の手のひらに収まりそうである。
「ええ友だちやん。仁奈も切原も。それで麻里ちゃんが言うこと聞かんかったら、もう1回本人が傷つくのを待つしかないで。」
「そうだよね…そうなる前になんとかしたいんだけどなぁ。」
そう言いながらオレンジジュースを口に運ぶ。侑士はソファーに寝そべった。
「あ、ごめん。疲れてたよね。」
「ちゃう、精神統一や。」
「なにそれ。」
部屋で二人きり、しかも本人はすぐ隣に座っているので平静を保つために、仁奈に足を向けて仰向けになった。
「わっ、ちょ、何すんねん。」
侑士の足の裏をふざけて指でなぞった。侑士はのけ反ってすぐ足を引っ込めた。イタズラの張本人はにこにこ笑っていた。
「何なんもう。ひどいわぁ。」
「ごめんごめん。じゃあ足の裏マッサージしてあげるから許して。」
あかん。侑士はとっさにソファーにあったクッションで下腹部を隠した。そして肘をソファーにくっつけて起き上がる大勢になると、とたんに足の裏に激痛が走った。
「いだだだっ…!」
「ここはねー、足の指だから目とか鼻のツボなの。鼻炎持ちでしょ、侑士。」
「せやけど、手加減してや。もっと女の子らしく触って。」
「えー、やだ!」
侑士は自分が本命になるために、ぐっとこらえて仁奈には触れないようにした。足の甲に手のひらの柔らかい暖かな感覚が伝わってくる。それでもう半殺しにされている思いだった。
「よーし!胃のツボ押すね!」
何故かこのタイミングで張り切った仁奈は侑士の足を軽く持ち上げた。自分の太ももに足首から足の裏にかけて乗せると、自身の親指に一気に体重をかけて、侑士の足の裏を押した。
「ぐあああーー!」
声にならない叫びを上げて、足をブンブンと振り回している。かれの長い足は仁奈の顎にヒットした。痛っと小さく仁奈が言ったので、慌てて侑士は仁奈に傷がついていないか確認した。頬に手を優しく置かれ、自分の方に引き寄せられた仁奈の顔は、侑士の鼻とくっつきそうだった。
「す、すまん。女の子の顔に傷つけたかと思って。」
「ううん、大丈夫。」
あぁ、無慈悲とはこのこと。至近距離にいるのに遠すぎる。仁奈はびっくりしたのか、軽く深呼吸した。
「なんや、深呼吸して。」
「だって今侑士とちゅーしちゃったら、どうしていいかわからないんだもん!ごめんね違うし、間違えたっていうのもなんか違うし…。」
なんだろう、この感情。気まずいが合ってるのかな、と仁奈は自己完結した。一方の侑士は、自分が一番避けようとしていることを仁奈が考えていたので、さらに頭を抱えた。この場から立ち去る選択肢もないが、仁奈に積極的に迫るという選択肢もなかった。
「してみたら、わかるんとちゃう?」
仁奈の思考が一瞬止まった。ロボットのような表情になったのだ。
「な、何言ってんの?私、まだ男の人と手繋いだこともないのに。」
「あかんなそれは。」
「だよね。でも、私好きな人と全部したいの。それでそのままずっとその人とだけ。」
これは振られたと考えて良い。道徳が苦手な彼でもわかった。こうなったらもうヤケになっていいのかな。と侑士の脳裏には宜しくないことが浮かんできた。先程の痛みくらいでないと感情が表に出てこない侑士は、仁奈から見れば悲しむ様子もなかった。
「じゃあその好きな人は、仁奈が全部初めてになるん?」
「それは…どうだろう。」
「嫌じゃないん?」
「嫌っていうか、仕方ないのかも。」
でも蓮二でそのことを考えてみたら、
「やっぱり嫌だ。」
あの堅物な男は、今まで誰にどんなふうに笑いかけて来たのか。愛情表現をしてきたのか、それを考えるだけで腹の奥底から自分でも醜いなと思う感情が出てくる。
「せやろ。だからみんな承知の上やねん。自分と出会う前は、別の誰かとおったことは。」
「そっかぁ…。」
「そんな落ち込むことやないって。好きなったらそんなん関係ないんちゃう。」
「意外とロマンチストだね、侑士は。」
最近読んでいた恋愛ものの長編小説を思い出していたのだ。人からの愛があれば、その愛に気付くことができれば、とりあえず生きていくことはできる。そういう幸福を詰め込んだようなものだった。そんなにうまくいかないのは十分にわかっているが、やはり美しい形だなと思った。
「せや。俺は純粋に生きとるからな。」
「侑士はさ、女の子とそういうことしたことあるの?」
「内緒。気になることでもないやろ。」
「気になる!だってずっと一緒にいるのに、どこで恋愛経験の差がついたのかわからないし。二人でいたら、私ばっかりいつもこども扱いされてたから。」
小学生のときは頭が良すぎて同年代の子とはつるむことがなかったような。かと言って年上の子どもたちといたわけでもない。あ、勉強とテニスしかしてへんわ。あと兄貴と仁奈としかおらへんかった。中学生になってから転校した際に洒落ようと、5歳年上の兄に髪の毛を整えてもらって学校に行くとモテはじめた。
「あぁ、俺は中学生の時からモテ始めたわ。連絡先聞かれたり、普通に遊んだりしよった。」
「ええ、私そのときバレエか女の子としか遊んでなかったのに。」
仁奈は思い立って、大きな窓を鏡の前にして足と手のポジションをいくつか取った。そしてくるくる回ったり、飛んだりしてみた。楽しそうに舞っている仁奈の姿を見れるのは、幸せである。俺にしか見せないでほしい、と思った。
「どう?」
「お綺麗でっせ。俺もやろかな。」
ソファーを飛び越えて、仁奈の真似をする。体が硬いので足が上がらないし腰も曲がらない。それを見て爆笑している。
「違うよー。」
背伸びをして侑士の手を上に上げている。
「えぇ、なんか気持ち悪い。」
「なんでや!完璧やん、ほら。」
今度はアラベスクの上げている足を地面と平行に引っ張ってやると、侑士はバランスを崩して転んだ。仁奈が他のポーズを取っていると、侑士が後ろから脇腹をつついた。
「きゃっ!」
そのまま後ろに倒れた。侑士はそれを抱きかかえたのである。窓に二人の姿が写った。
「ちょっと休憩。」
侑士は仁奈の腹に手を回したまま動かない。こうやって色んな女の子が落ちてきたんだろなぁ、と仁奈はつくづく感じた。
「…いつまで休憩するの?」
「あと2時間かなぁ。」
「日付変わるんですけど!」
仁奈はこういう経験がないので、男の人に後ろから抱きつかれているときにどうしたらいいのかわからない。突き飛ばす?自分も応える?どうしよう。麻里、助けて。仁奈はずっとそんなことを考えていた。
「余裕そうやな。」
「余裕って、どうしていいかわからないだけ!」
それじゃあ、と侑士は仁奈の髪の毛を耳にかけた。
- Re: ハニカム(テニプリ夢) ( No.60 )
- 日時: 2021/10/15 03:03
- 名前: ぺ (ID: v5g8uTVS)
仁奈は朝から何を見ても、聞いても頭に入ってこなかった。視界には入っているし、耳も聞こえているのに。何も考えられない。昨日、侑士にキスされたのだけがぼんやりと浮かんでいる。
「仁奈、どうしたの?」
「…ううん。なんもないよ!」
麻里が不思議そうに仁奈の顔を見ている。麻里は仁王と仲直りしたようで、翌朝からケロッとしている。
「絶対なんかあったでしょ。」
麻里にはもうバレているのかもしれない。仁奈は堪忍して口を開いた。侑士が自分に好意を抱いているのかもわからないのに、キスの話だけしても伝わるだろうか。仁奈でさえ、何もわからないのに。そもそも侑士に対してを長らく「雄」という認識がなかった。彼女自身がキスは幸せなもの、ドキドキするものという幻想を抱いていただけなのか。侑士にされたときは、嬉しさやトキメキよりも驚きが勝ってしまった。可愛らしく恥ずかしがるようなこともなかった。
「キスされて、何とも思わないってことある?」
「えー、どうだろう。相手によるよね。でも好きな相手ならチューされたら嬉しいんじゃない?」
「じゃあ、キスされて嬉しくなかったら相手のこと好きじゃないってこと?」
「そりゃそうだよ!いきなり知らないおっさんにちゅーされても嬉しくないでしょ!」
「絶対いや!」
流石に侑士=知らないおっさんではないと思うが、おそらく相手のことを好きではないという観点からは唯一同じである。ぼやけていた世界がどんどん日常に戻ってきた。
「で、誰にされたの?」
「えっと…、言いにくい…」
「イケメン幼馴染?」
図星。なんでこういう感の鋭さはあるのに、仁王先輩のことは気づかなかったんだろう。仁奈は諦めたように肩を落として頷いた。
「私はね、イケメン幼馴染が仁奈のこと好きってわかってたよ。」
「え?なんで?」
「なんでも!すぐわかった!」
一度だけ、仁奈と麻里が東京で遊んでいると侑士と遭遇したのだ。家の近くのカフェにいたので、オフ日で帰宅をしている侑士をカフェの窓の外から見つけたのである。侑士は仁奈を見つけると、すぐに店内に入ってきた。麻里は侑士の容姿の淡麗さに驚きを隠せないでいたが、侑士は「仁奈をよろしくな。」と一言残して帰っていった。そのとき、侑士は仁奈の後頭部をさらっと撫でたのだ。これで大概の人間だったら、仁奈と侑士の関係を察して、仁奈には近づかないだろう。しかし侑士の場合は、仁奈とは付き合ってはいないのだ。ああこの人は何て素晴らしいのだろう。麻里にさり気なく仁奈へのマーキングを見せつける。このことで麻里に容易に男を近づかせるな、という合図を送ったのである。もちろんと言わんばかりに麻里はグーサインを出した。
「私は、全然わからなかった。」
「しかもあんなイケメンとちゅーしてもドキドキしなかったんでしょ。」
異性として気にしていない相手からの好意を、申し訳なさそうに交わす仁奈。普通なら相手への意識を始めるところだ。しかし仁奈は罪悪感に駆られていた。
「はぁ、ファーストキスってこんなにあっけないんだ…。」
「相手が柳先輩だったらそんなことないと思うけど。」
「…そうだ、そうだよ。蓮二じゃなきゃだめだったんだ…ちゅーは好きな人とするものだもん。」
仁奈は蓮二のことを思い出した。自分が好きでない男性と触れ合ったことがあると知ったら、彼は仁奈を毛嫌いするだろうか。軽い女、遊んでる、こんなふうに思われないだろか。仁奈は一層頭を抱えた。
「イケメン幼馴染のことはちゃんと振ってあげなよ。」
「でも好きって言われてないよ?」
「はぁ、鈍感すぎ。」
麻里は若干呆れている。言葉で表すことが、全てではない。クラスの広報委員が教室に駆け込んできた。
「ねぇ、テニス部優勝したって!インターハイも決まった!」
放課後掃除をしていたクラスメイトたちは湧き上がり、キャッキャと黄色い声援を上げた。仁奈と麻里も途端に手を合わせ一緒に喜んだ。今日帰ったらメールを送ろう。仁奈は蓮二のプレーする姿を思い出し、また顔が赤くなった。
- Re: ハニカム(テニプリ夢) ( No.61 )
- 日時: 2021/10/15 14:40
- 名前: ぺ (ID: I4LRt51s)
仁奈と出会ったのは、彼女がまだ4歳のときだった。小さいときのことはあんまり覚えていないが、兄貴がノストラダムスの予言を信じきって学校に行くのをやめるとか騒いでいたような。ということは仁奈と俺は今まで10年以上、友人の関係を続けていたことになる。仁奈の両親が大阪で学会があり、親子三人で当時俺が住んでいた大阪にやって来た。親父同士が大学の同期で気のおけない仲だったので、双方の親が学会に出ている間、専業主婦の侑士の母親に仁奈は預けられていた。流行りのアイドルに乗るわけでもなく、ずっとうさぎのぬいぐるみと話をしている。当時の俺はその姿を見て、子供心に仁奈と一緒にいてあげたいと思った。大阪に来るたび、仁奈は俺を兄のように慕ってついてきていた。昼間は兄貴が小学校にいたが、侑士は幼稚園を休んで仁奈と自分の母親と三人でよくいっしょに過ごしていたのだ。子どもが小さい頃は親と過ごすことが大事である。それを体現していた侑士の母親は、彼女の長男をも休ませて4人を連れてテーマパークに行った。
「あんたは男の子やねんから、仁奈ちゃんのこと守らなあかんねんで。手、握って歩きや。」
母親はそう言って、二人で並んで歩くときは侑士がいつも車道側だった。転勤が決まってから仁奈のいるマンションに引っ越した。仁奈に会いたい一心でやってきて、氷帝学園に入学したのである。それから両親が家にいなくて眠れない仁奈の隣りに居たのは侑士だったし、お留守番もいっしょにした。仁奈の隣にいることが生活の一部だったし、それがぼんやりとはしていたが半永久的に続くものだと錯覚していた。
「おやすみ。」
仁奈の唇に触れたあと、侑士はいつも交わす「おやすみ」で部屋を出ていってしまった。仁奈の反応は事故にでも遭遇したかのような、目を見開いて驚きを隠せないといった表情だった。異性と接吻をしてあんな反応されたのは後にも先にも、仁奈が一人だろう。好きなんて言わなくても、皆快く受け入れてくれるのに仁奈だけが拒否した。抵抗するわけでもなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「第一シングルス、忍足。」
監督から決勝のメンバーが発表される。昨日大まかなメンバーは決まっていて、それを言われていたが実際にスタメンに入ると言われると背筋が伸びる。よく昨日のことがあってから、試合に来れたな。侑士は自分のことを褒めてもいいんじゃないか、と思っている。
「クソクソクソ!いちばん強いやつ跡部に当てて来いよな!腹立つ!」
岳人の怒りにより、侑士はオーダー表を見て気づいた。侑士の相手は昨年の選手権で個人戦はシングルスで全国3位になっていた。侑士は個人戦ダブルスは全国大会の2回戦で負けている。あー、跡部が出来レースになるのがわかっていて俺に当てたのか、侑士は急に体の隅々にアドレナリンが染み渡るようなら感覚に追われた。どいつもこいつも俺のこと馬鹿にしやがって。もう知らんわ。試合が始まった彼は、別人格のように果敢に攻めている。普段褒めない跡部も、彼のプレーを見て多少なりとも良いプレーには拍手をしていた。
「はぁー!忍足めっちゃいい感じだねぇー!」
「でもちょい飛ばしすぎじゃねーか?」
宍戸が心配するのもそのはず、かなり派手に動いている。それでもいつもは難しいコースにも、いい球が入るのだ。今日は調子が出ている、波にでも乗るような感覚に襲われている。2セットを先制し、このセットを取ればもう試合は終わりである。相手は怯んだのか、集中力が切れたのか焦りが読み取れる。さっきもサーブミスをしていた。
「おー。」
慈郎たちは感心して指示ではなく声をあげている。侑士は相手を翻弄するという言葉が正しいプレーをしている。相手のフォアハンドから来る球にバックハンドで返そうと、ギリギリ届くところでラケットを伸ばした。今、少し相手が優勢だが、落ち着いて取り戻せるだろう。しかし、踏み込んだ彼の左足は不覚にも人間の関節ではありえない角度を向いた。膝と膝から下に鈍い痛みが走り、その場に倒れた。
「あ、膝やったかも。」
すぐにタイムを取って、監督と救護班がやって来た。
「膝伸ばせるか?」
「…できないです。」
「足に力は入るか?」
「入りません。」
支えられて立ち上がると、足を引きずってベンチに戻ってきた。
「棄権で。」
手を上げて監督が言った。侑士はとにかく足が痛みに耐えることしかできなかった。棄権とかチームが負ける云々よりもとにかく足が痛みが勝っている。会場のざわつきなど彼の耳には入ってこない。
「車呼びます。」
救護班は即座に病院に連れて行くべきと監督に話をしている。樺地は跡部に支持され、彼の自家用車を携帯で呼んだ。長太郎は侑士の肩を持って、会場の外まで支えて一緒に歩いた。今日は控えの長太郎とマネージャーの神田も一緒に車に乗り込んだ。長太郎は運転手に、侑士の父親が勤める総合病院に連れてくように頼んだ。神田は助手席に乗り込み、素早くアイシングのための袋に詰めた氷を渡した。初めて体感する痛みに運動していたときの発汗とは違った冷や汗が溢れている。神田はタオルをバッグから出して、長太郎に侑士の汗を拭うように指示した。
「あかん…吐きそう…。」
「そんな、酷いですよ!僕だって男の汗なんか拭きたくないです!」
「ちゃう…ちゃうて…。」
ついには貧血になった侑士は吐き気を催した。長太郎は男に介抱してもらうことが嫌だと勘違いしている。しかし侑士は本当に具合まで悪くなっているのだ。
「ちょ!まってください!袋あげます!鳳くん、窓開けて!」
「は、はいー!」
神田はビニール袋を後部座席の侑士に渡した。長太郎は言われるがままに袋を持たせ、侑士の座っているシートの方の窓を開けた。侑士は窓の外に袋とともに身を乗り出し、朝食べたものや昨日消化したと思っていたお菓子を袋の中に戻した。長太郎は耳と目を全力で瞑って、もらいゲロを防いでいる。
「…。」
「ちょ、渡してこないでくださいよ!」
「もう早く寄こして!」
神田は長太郎が渡されるのを躊躇している汚物を、強引に奪ってゴミ袋に突っ込んだ。女性は強いな、と長太郎は心底感心している。高級車の中でこれだけぎゃあぎゃあ騒いでいるのはおそらく彼らだけであろう。侑士はスッキリしたのか大きく深呼吸をしている。
「ほんまにごめんな。」
「全然そんなことないです!あんなにボコボコにしてたら、勝ったようなもんですよ。」
「…あと、ドリンクはケースに戻すんじゃなくて各自もたせてるから、なくなったら水出してあげてください。え?スコアですか?ハナちゃんに余計に持たせたので、もらってください。はーい、お願いします。」
上級生より迅速に正確に動ける神田は、監督からとても重宝されている。代わりにベンチに入る先輩マネージャーに事細かく、仕事を教えている。
「榊先生が、すぐに診察してもらえるように頼んだそうなので、そのまま整形外科に直行します。」
「整形外科だけはあかん…。」
仁奈の父親が勤めているのである。仁奈が昨日のことを父親に言ったらどうなるか、俺はもっとひどい怪我をさせられるかもしれない。
「病院怖いとか激ダサですね。」
「ほんまにやめて、むり。死んじゃう。」
「死にはしませんよ。」
神田と長太郎は面白がっているが、侑士は笑えない状況なのだ。ついに病院に着くと、入り口には車椅子が待ち受けていた。あぁこれで否応なしに運ばれるんだな、侑士は死を覚悟した。神田が横で診察票を記入している。侑士は仁奈の父親を前にして、痛みなど忘れそうになる。
「おお、侑士くん。試合中に怪我だよね?」
「…そうです。」
「ちょっと失礼。」
膝を前方に伸ばした。侑士は隣の診察室に響くぐらいの雄叫びを上げた。続いて反対方向に曲げるも、同じである。
「あー、ちょっと悪いかもね。レントゲン取りましょう。」
仁奈の父親はグレーヘアでスラッとしたおじ様である。神田も仁奈の容姿の良さはよく知っているので、納得である。
「昨日の夜、仁奈が侑士くんと勉強会してたって言ってたな。」
侑士は全身の血の気が引いていくのがわかった。また貧血になりそうになる。長太郎は両頬に手のひらを当てて、驚きながらもにやにやとしている。神田もびっくりして長太郎と目を見合わせた。
「うちの娘、両親理系なのに仁奈はめっぽう数字に弱くてね。だからうちの娘に勉強教えてやってくれ、頼んだよ。」
「…もちろんです。」
肩を軽く叩かれた。よろしく、と一言侑士に残して診察室を後にした。胸を撫で下ろすと、一気に疲れが襲ってきた。レントゲンを取って結果を待つ。今度はじわじわとチームに対しての申し訳無さと不甲斐なさが、心の奥底にやってきた。先程からため息ばかりついている侑士に、神田はジュースを差し出した。
「鳳くんと私からです。榊先生には内緒ですよ。」
「おお、ありがとうな。」
「忍足さん、落ち込んじゃだめです。宍戸さんと慈郎さんペアが勝ってくれましたよ!樺地もファイナルまで粘ってるみたいです!」
「…そっか。」
気持ちの面でもすぐに回復は無理だろうな、二人は侑士の姿を見て思った。しばらくして結果を知らされた。
「内側半月板損傷が主で、さらに膝関節の骨の形が若干変形してるね。前から痛くはなかった?」
「たまに痛いときはありました。でもテーピングとかアイシングしてたらすぐ治ってました。」
「もっと早く病院来てたら良かったんだけども。正直ひどいから半年から一年はテニスはできないかな。」
「ほんまですか?」
後ろで話を聞いていた二人は固まったが、そう告げられた本人もただ聞き返すことしかできなかった。
「辛いけど、リハビリと手術で良くなるから根気よく頑張ろうね。」
「はい、ありがとうございます。」
至って告げられてからは普通だった。松葉杖
に頼って病院から出てきたとき、コートに戻りたくないなと思った。手術の日程とか詳しい治療のことは、外科医病棟に父親がやってきて何やら仁奈の父親と話をしていた。何ができるんやろ、戻って。テニスできへんし。
- Re: ハニカム(テニプリ夢) ( No.62 )
- 日時: 2021/10/15 23:02
- 名前: ぺ (ID: PCEaloq6)
夕食前に古文の課題をしていると、仁奈からメールをする前に蓮二から先にメールが送られてきた。
試合に勝った
それだけ仁奈はすぐさま、おめでとうと返した。仁奈まで嬉しくなって、蓮二の文面を眺めていた。幸村の見舞いの帰りだった蓮二は、ケーキショップの前を通りかかった。仁奈が好きそうなケーキを見つけた。
「甘いもの好きだったか?」
「いや、俺は嫌いだ。」
蓮二とともに歩いていた真田は特に気にしていなさそうだった。二人は見舞いが終わると、焼肉屋に入った。淡々と肉と白米をかき込む。食いっぷりの良さに、新たにタン塩を運んできた店員が呆気にとられている。何せキレイな食べ方なので、食べ物の消費量と噛み合っていない。
「幸村はいつ、復帰できると思う?」
「さぁな。俺に聞かれても困る。あいつはまだ若いし、復帰の見込みはまだある。」
「若さは関係ないだろう。」
真田は普段、赤也に怒るか部員に指示をするかしか口を開かないので、こういう揚げ足を取ってくるあたりは蓮二に心開いていると思う。
「仁王がまたやらかしたな。」
「あいつには俺が怒っても効かないからな。道理や倫理など通じない奴だ。」
「でも、落とすわけには行かないだろ。これからインターハイなんだ。」
「いや、部活はあくまでも学校生活の一環だ。規律を乱す奴は許さん。」
真田は気難しい顔をしながら、トングで肉をつかんでいた。二人は駅で別れたあと、それぞれの帰路についた。仁奈からおめでとうのメールが来ている。いち早く返信するために、自室に向かった。
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