複雑・ファジー小説

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失墜  【完結】
日時: 2021/08/31 01:24
名前: 三森電池 ◆IvIoGk3xD6 (ID: bOxz4n6K)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=19157

歪んだ恋愛小説です。苦手な方はご遠慮ください。


>>1 あれそれ

☆この作品の二次創作をやってもらっています。
「慟哭」マツリカ様著 URL先にて
「しつついアンソロ」雑談板にて掲載中 

キャラクター設定集 >>80-81
あとがき >>87


>>99
>>100

Re: 失墜 ( No.25 )
日時: 2016/08/26 20:32
名前: 亜咲 りん ◆1zvsspphqY (ID: ERCwuHMr)

 失墜……読む前までは意味的に、貴族が自分勝手な言動で没落していく物語かと思った。

 こんにちは。Twitterではいつもお世話になってます。前から読んでいたけれど、なんとなくコメントしました。ここから下は、気になったところの感想。批判コメでは決して無いです。むしろかなり面白かったから、私ごときが悪いところを粗探しするのは失礼かな、と思いました。
 顕微鏡で探さないと、悪いところなんて見つからない気がします。りちうむさんはやっぱりすごいね……

 文字数すげえなーと思いながら読み進めつつ、リア充への怒りを募らせました。一体どうしてくれる。
 美人は努力でつくられる。それを信じて頑張りたいと思いました……(絶対無理)
 >>08のところ、看病やなくて勘弁ちゃうの? って思ったけど、何回か眺めてたら意味がやっとわかりました。なんかごめんね笑
 お小遣い3000円は少ないなあ、と思ったけれど、柚寿ちゃんはその5倍、つまり15000円とか言われて「は? 我にくれ」と口に出してしまったのは痛恨のミスです。
 矢桐くんは一部分からだけ見たら健全なる男子高生やね。「透明少女」のところではにやにやとしながら見てました。微笑ましいわー。刑務所にはビビったけど笑
 おい青山ァ、矢桐を人間として認識しろ!と思ったのは、多分私だけではないはず。
 さ、最近の高校生は随分とませているのね汗 おばさんびっくりしちゃった(お前もJKだr←)。
 おい青山ァ、女の子誑かすんじゃあねぇぞ! どんな理由があろうとも、浮気は許しまへんえー笑
 私はバスケができる男よりも卓球ができる男が好きよ、矢桐くん。とくに、男子の卓球なんて、見ごたえあって最高ですもの。あでも、君は卓球もできないんだった笑
 おいそこの青少年たち、お酒は20歳になってからだぞ!笑

 ここから先は、物語全体の感想です。間違った解釈もあるかもしれへんけれど、そこはご容赦くださいm(_ _)m
 みんな、どこかズレている。勘違いしている、と言った方がいいのかな。誰も、相手の本心を知らない。淋しい人たちだな、と思いました。
 金が無いなら奪い取れ。人間って、結局は奪う側の生物なんだろうか。奪われる方は殺意をいだいているというのに、青山はえらい勘違いをしていた。
 金で愛が買えるなんて、とんでもない勘違い。そんな愛は愛じゃない。それは見せかけのもの。逆に、金を使うことでしか愛を確かめることができず、見た目でしか人を判断できない青山は可哀想だな、なんてのんきに思っていました。
 瀬戸ちゃんも勘違いしすぎ。柚寿ちゃんが笑わない子だから元気が取り柄の私に浮気って、そんなことはないでしょう。そりゃ青山が悪いのかもしれないけれど、少しは疑った方がいい。そして、柚寿ちゃんと肩を並べられると思うなよ、と感じてしまいました。キャラ的には可愛いと思うけど、ストーリー的には、ね。でも、意外と強かだった。
 読みながら、これは一体誰が失墜していくさまを描いているんだろう、と思っていました。途中までは、青山かな、と。でも、なんとなく、周りも失墜してっている感じ。高いところから堕ちて堕ちて、最後にはなにも残らなくなる。その恐怖は、みんな感じてる。表現の仕方に圧倒されました。
 聖書の意味はまだよくわからないけれど、決められた通りの人生をそれなりに、というのは、なんとなくわかった。
 失墜、しないといいね。
 題名的にそれは無理かな、と思っとりますが、わずかばかりの希望を信じて。


 また来るね^^*

Re: 失墜 ( No.26 )
日時: 2016/08/27 23:03
名前: 三森電池 ◆IvIoGk3xD6 (ID: 0K8YLkgA)

>亜咲 りんさん
 いつもお世話になってます。最近よくツイッターで話すよね、考え方とかすごい参考になるなって思いながら、楽しく会話させていただいています笑
 まさか読んでいただいているとは思わなくて、さらにはこんなにうれしい感想をもらえるとも思ってなくて、ちょっと今も浮かれています。

 失墜。確かに、偉い人が没落していくときに使われることが多い言葉かも笑 これはそんなにスケールの大きい話じゃないけど、高校生、少なくともあいつらにとって学校は世界のすべてだから、本人たちはすごく真剣にいろいろと行動して、そんで堕ちていきます、みたいな感じです笑
 小説自体の批判はまだしも、登場人物の言動についてはもう、みんな批判しかないだろうから、全然おっけー笑 私も書いててなんだこいつらって何回も思ってる、でもこういう話がどうしようもないくらい好きなの… )^o^(

 文字数は確かに多いw ごめんなさい、1300文字のところもあれば、4500文字っていう驚異的なところもある笑 
 リア充パートは、ほんとに私も怒り募らせながら描いたよ(#^ω^)小南柚寿はもともと美人でもなんでもないのよね、努力であそこまで上り詰めた人。だから作り物感は否めなくて、矢桐にディスられたりするんだけど笑 私もなれるんなら美人になりてえ…
 あ、>>8確かによく見ると解りづらいね!こっちこそなんかごめん笑 柚寿のお小遣いは確かに多いかも、設定ミスの気配を感じる)^o^(
 矢桐は瀬戸相手だとほんとに普通の子だよ、純情すぎるくらい笑 でもその純情は青山という人に簡単に踏みにじられていくのよ、うける…(うけない)もともとああいう、純粋だけどどこか捻くれてる男子が主人公の話ばっかり書いてたから、矢桐パートはやっぱ楽しい笑
 逆に言うと青山は矢桐しか信頼してないからね、矢桐の方は色々と言いたい放題だけどね!
 最近の子たちてか、青山と小南とその周辺がませてるだけだよ〜。青山に至っては違う子にも手を出しちゃうから、もうだめ人間の権化みたいだよね( ;∀;)しかもその子には興味なしだし、柚寿と矢桐に一発ずつ殴られろって感じ笑
 バスケ部の男ってちゃらついてるのが多いよね(;´・ω・)卓球見るのは私も好き!オリンピックも凄かったもんね、男子も女子もすごく盛り上がったよね。
 お酒のくだりは、ほんとそれって感じ…!

 物語全体の感想について。私自身、よくわかってないから解釈に間違いはないです笑 むしろ、なるほどなと感心したりしてる…)^o^(
 登場人物のメイン四人は、みんな何かしらずれてるよね。絶対的な関係だと信じ込んでるけど、あまりにも脆いものでしか繋がってないし、さらにはお互いを蹴落とそうと企んでる始末。気付いたら四人そろってどん底にいて、お前のせいだと罪を押し付け合うから、どこまでも愚かな人たちである(他人事感)
 無いものをとことん貪欲に欲しがるやつらだから、さらに状況は悪化してくばかり。金なんか使ってくれなくていいって柚寿は言ってるんだけどねえ笑 プライドが高いから、金が無いのを知られたくなくて、わざと金持ってますアピールしてるんだろうね)^o^( 
 今のところは青山が目立って馬鹿な事してるけど、だんだん他のやつらもボロ出てくるよ笑 
 瀬戸もそう、ちょっと脳内お花畑すぎるよねー笑 素直に矢桐とくっついてれば幸せなのに、そうもいかないのが失墜クオリティ(なぞ)。アホみたいに努力してる柚寿と、普通の女の子の瀬戸じゃあ、並べるわけはなくて。本人もそれは自覚してるんだけど、やっぱ、顔が良くて地位が高い男に言い寄られると、靡いちゃうんだよね、悲しいことに笑
 四人仲良く失墜してくよー。笑 高いところで笑ってる青山と柚寿も、高いところに上り詰めようと画策してる瀬戸も、高いところに居る奴を撃ち落とそうとしている矢桐も、みーんな一緒に墜落。ボロボロだけど、希望は持たせて終わりたい。なんかキャラに愛着湧いてきたし!笑
 ただのちょっと暗い学園ものじゃなくて、これから堕ちていく恐怖感みたいなものが伝わったなら本望に尽きます。
 聖書のくだりは、ほんとなんとなく打ち込んだ文なの笑 あいつらにとっての聖書っつーか神様は、ラインマーカーまみれの歪んだ偶像でしかない的な。飽きたら変える(え
 失墜は避けられないけど、そういってもらえるのは嬉しい。頑張って最後は救うね、とか約束したくなっちゃうけど、まだいろいろと未定なの笑

 最後になっちゃったけど、読んでくれて、感想も書いてくれてありがとうございます。すごく励みになります。今は題名変わっちゃったけど、短編集の名前が「ガラスの夜」だったころ、表題作を読んで密かに凄いなって思ってた亜咲さんにこんなに丁寧に感想を書いてもらえたこと、確実に自信になりました。本当にありがとう…(*'ω'*)
 今でも更新されるたびに読んでるので、時間が空いたら伺います。個人的には、幻想図書館が一番楽しみ。オリキャラを投稿したこともあるけど、雰囲気がすごく好きなので、特に楽しみにしております笑
 このたびはコメントいただき、ありがとうございました。

Re: 失墜 ( No.27 )
日時: 2016/08/28 02:08
名前: 三森電池 ◆IvIoGk3xD6 (ID: 0K8YLkgA)

 「おつかれ、柚寿」

 少し眠そうに参考書を捲っている柚寿を見つけるのに、時間はかからなかった。本の匂いがする図書室に入って、すぐ近くの席に座っている、僕の恋人に手を振る。
 うちの高校は私立だから、なかなか広い図書館である。でも僕は今までの人生で、全くと言っていいほど図書室を利用したことがない。理系だし、現代文の教科書に載っている小説でも嫌気がさすくらいだから、単行本なんて絶対読めない。古典なんか特にダメで、古語的な言葉もオチのない話も大嫌いだった。高校受験の時はさすがに何冊か読破して面接に備えてみたけれども、結局好きな本なんか聞かれなかったし、これから作ることも無いだろう。
 おすすめとして紹介されている、「人間失格」を見て、なんとなくバカにされている気分になる。瀬戸さんにキスをしたり、柚寿の努力を素直に認めてあげられなかったり、矢桐から金を奪ったりする僕が、合格だとは思えない。わかってるから、もう放っておいてくれよ。僕だって、好きでこうなったんじゃないんだよ。

 「はあ、疲れた。数学難しくて、嫌になっちゃうな」

 柚寿が笑う。開かれた参考書とその横のノートには、おびただしい量の数式が記されていた。数学が苦手な柚寿は、よく授業の後に先生に質問しに行っている。僕は、これでもクラスで一番数学ができるから、出来るだけ柚寿の力になりたいのだけれど、柚寿はなぜか僕には頼りたくないようだった。今取り組んでいるその問題だって、公式を使えば一発で終わるのに、柚寿は長々と式を展開している。
 帰ろっかと途中式を投げ捨てた柚寿は、ピンクのシャーペンを仕舞って立ち上がる。革のスクールバックには、勉強道具が山ほど入っていて重そうだ。まだテストまでは二週間あるのに、そこまで切り詰めてやる必要はあるのだろうか。僕はできれば、今日これからある誕生日パーティーに、柚寿も連れていきたかった。美人な彼女は自慢になるし、僕の親友の翔も久しぶりに柚寿に会いたがっていた。だけど、柚寿は僕の誘いに乗るほど暇ではない。
 数学なんかできなくてもいいから、一緒にパーティーに行こうよって誘ったら、嫌われるかな。椅子をもとの位置に戻して、沢山出た消し炭を丁寧にまとめてごみ箱に捨てる柚寿を見ていた。僕は、もしかしたら数学以下なのだろうか。



 雨が降ってきた。コンビニで買った傘に、二人で入る。杏子色だった夕焼けは澱み、灰色の雲が僕らの街を覆う。「もう梅雨なのかな」と空を見上げる柚寿は、何かにおびえているような目をしている。
 中学生の頃、授業中に大雨が降って雷が鳴りだしたとき、大半の女子が騒ぎ散らしていたことを思い出す。柚寿も雷が苦手だったとしたら、どこか屋根のあるところに連れて行って、手でも握ってあげなくてはいけない。だけど柚寿は、いつも僕の思惑とは反することを言う。

 「六月は、定期模試があるから嫌なの」

 憂いを帯びた視線を、水たまりに落としている。可愛げが無い女である。そういう点も含めて好きになったのは僕の方なのだけれど、ここで「雷が怖いの」とでも言ってくれたら、惚れ直したのに。狭い歩道に倒れている、潰れたたんぽぽに舌打ちしそうになるのを抑えて、僕は「そうだね、定期模試」と子供をあやすように言った。
 柚寿がこうだと、実は僕も雷は苦手なんだ、というカミングアウトができない。僕の家は昔からあんな感じだから、雷が来るたびに、家が壊れないか心配で、リュックにお菓子を詰め込んだり、布団をかぶって怯えたりしていたので、今でも雷が鳴るとそれなりに身構えてしまう。

 「……雨、強くなってきたね」
 「うん。今日、友達の誕生日パーティー行くんでしょ? 気を付けてね」

 柚寿が笑っている。二人で一つの傘に入っているから、いつもより距離が近い気がする。真っ白な肌も、ぱっちりした二重まぶたも、細い体も、全部が非現実みたいな僕の恋人は、まるで暴力的に感じるほどの少女性と、触れれば壊れてしまいそうな危うさで出来ている。学年で可愛い子の話題になると必ず名が出てくる、僕の自慢の恋人だ。でも柚寿は、僕よりも数学と定期模試に夢中である。もっともっと、いろんなものを買ってあげればいいのだろうか。そういうわけでもないらしい。
 賭けみたいなものだった。僕は、できれば柚寿に、笑って頷いてほしかった。

 「あのさ、柚寿も来ない? 気分転換にはなると思うよ、ケーキとかもあるだろうし」

 恐る恐る、隣の柚寿を見る。いいよって言ってほしい。数学も定期模試も散々な結果でいいから、僕と一緒に居てほしい。そんな願いを託したけれど、柚寿は、やっぱり、あんまり乗り気じゃないようだった。
 一年も付き合っていればわかる。どうしようかな、と視線をずらす柚寿は、明らかに、行きたくはなさそうだった。
 雨がさらに強くなって、僕らの傘に雨粒が当たる音だけが大きく聞こえる。車道側を歩く僕の声は、通り過ぎるトラックにかき消されそうだった。

 「……冗談だよ。柚寿が忙しいのは知ってるし、応援してるから。頑張ってね」

 僕は笑う。うん、ありがとうね、と柚寿も笑う。さっきのふやけた半笑いじゃなくて、心からの笑顔に思えた。
 もう僕は、柚寿のことがわからない。駅の向こうで手を振る彼女をただ眺めていた。雨に濡れないようにと渡した傘が、遠くなっていく。

Re: 失墜 ( No.28 )
日時: 2016/08/29 17:13
名前: 三森電池 ◆IvIoGk3xD6 (ID: BDyaYH6v)

 飲食店をまるまる貸し切りにして開かれたバースデーパーティーが始まった。何度か一緒に遊んだことのある、同じ雑誌で読者モデルをしていた男が主役だった。特別仲がいいわけじゃなかった僕は、窓側のテーブルで、親友の渋谷翔と取り分けた肉を食べていた。

 「……もっと、アットホームなもんだと思ってた。さすが、金持ちは違うよな」

 翔が水を注ぎながら言う。この店はドリンクが異常に高くて、翔はさっきから無料の水しか飲んでいない。僕もこのノンアルコールのシャンパンを飲み終えたら、水に切り替えなければ、食事代が足りなくなるかもしれない。
 有名なホテルの一番上の階の、大きな飲食店は、大勢の人でにぎわっていた。宴会や慎ましい結婚式も行われる場所らしく、豪華絢爛といった言葉がよく似合う。シャンデリアがぶら下がっていたり、白のグランドピアノが置かれていたり、なにより、ただの誕生日会とは思えないほどの人の集まりが、このパーティーの壮大さを物語っている。僕の誕生日なんか、せいぜいクラスのみんなと焼肉に行ったり、翔と食べ放題に行ったり、柚寿に祝ってもらったりするくらいだ。
 真ん中の席で、派手な女と髪を念入りにセットした男に絶えず囲まれている本日の主役を横目で見る。きっと奴からしたら、僕らなんて数合わせにすぎない。とりあえず大勢で騒ぎたいから知り合いを無差別に呼びました、そんな感じだろう。美味しいものが食べられるのは嬉しいけれど、全然楽しくないな。
 それは翔も同じだったようで、不機嫌そうな顔とトーンで僕に言う。

 「瑛太、なんで柚寿ちゃん連れてこなかったんだよ」

 僕より数学の方が大事なんだってさ。本当のことを言うのは、とてもかっこ悪い。今日は用事があったらしいんだと適当に誤魔化す。
 すっかり忘れていたけれど、翔は最近、僕のクラスの戸羽紅音さんと付き合い始めた。ふたりとも異性にだらしない印象があるから、もう既に関係に亀裂が入っていてもおかしくないのだが、柚寿の話題を出されたなら、こっちも戸羽さんの話を振るしかない。

 「じゃあ翔も戸羽さん連れてきなよ」
 「あー、紅音? 最近めんどくさいんだよな、愛を感じないとか、なんとか言ってさ」

 一応、続いていることには続いているらしい。銀色のメッシュが入った金髪を、指先でくるくる遊ばせている翔を見る。また最近ピアスを増やしたのか、耳は前会った時よりも派手になっていた。いかにも、遊んでますといった外見の男である。中身もそんな感じだから、きっと、戸羽さんともすぐ別れてしまうんだろう。

 「やっぱ、ああいう女は駄目だわ。柚寿ちゃんみたいに、ちょっと冷めてるくらいがいいんだって。ほんと、お前羨ましいよ。柚寿ちゃんは外見も内面も理想の女子そのもの」

 馬鹿らしいし、そろそろ振るわ、あんな女。翔は道端に落ちているガムを見るような目で、真っ白な皿に乗っている肉をナイフで切り分けていく。
 恋人より数学を優先しようとする女が、理想なわけがない。僕はそう言い返したかった。戸羽さんと付き合いたいわけじゃないけれど、素直に甘えてくる女の子の方が絶対に可愛いと思う。柚寿は、僕の要求には全部笑顔で応えてくれるし、可愛いと思う時ももちろんあるけれど、もっと僕を頼ってほしいのが本音だった。たまには愚痴も聞きたいし、嫌なことがあって泣いているのを慰めてみたりもしたい。
 ありがと、とだけ返して、僕はフォークにスパゲティを絡める。すると、暇そうに水だけ飲んでいた翔が、突然こんなことを言いはじめた。

 「なあ、瑛太」
 「ん?」
 「もう抜け出そうぜ。どうせこんなパーティー、ビンゴ大会でもやって終わりだよ。吉野家食べに行きてえ」

 今ならばれねえよ、と翔はにやりと笑う。覗く八重歯の奥のピアスが光る。グレーの瞳は、ガラス張りのドアの向こうの、エレベーターの方を向いていた。聞くところによると、トイレに立つふりをして、帰ってしまおうという策略らしい。参加費や食事代等は、帰りにまとめて支払う予定だったから、翔が今からしようとしていることは、紛れもない食い逃げだ。さすがにやめたほうがいいんじゃないだろうか。

 「……やめとこうよ、捕まったらやばいし」
 「大丈夫だって。あいつ金持ちだしさ」

 金持ちだからって、見逃してくれる訳がない。なんとか翔を説得する言葉を探そうとする。だけど、僕だって、矢桐を金持ちなのをいいことに利用している身だ。自分を棚に上げて、翔を窘めることはできないし、翔も僕程度の人間に成り下がってしまえばいいと思った。
 諦めて、「いいよ、吉野家行こ」と笑う。用事があるから帰る、金は今度払うよとあいつにラインでも入れておけば、大事にはならないだろう。

 「さっすが。持つべきものは友だよな」

 荷物を持って立ち上がる。幸いなことに、特設されたステージでバンド演奏が始まって会場が暗くなったので、予想以上に簡単に抜け出すことができた。長い廊下を駆け足で抜けていく。ボタンを押してもなかなか登って来ないエレベーターに危機感を感じて、ようやくやって来たら急いで乗り込んで、扉が閉まって、ゆっくりと降下を始めた瞬間、僕らは目を合わせて笑った。

 「やった、成功」
 「心臓に悪いなあ」

 ハイタッチを交わして、二人で笑う。ロビーがあるフロアで降りて、ネオンがきらめく夜の街に出た瞬間、僕らの脱走計画は完遂された。「あの会場、地味に可愛い女の子多かったし、二人くらい連れてくるんだったなあ」とぼやいている翔の隣を歩いていく。柚寿と歩くときは、彼女に車道側を歩かせてはいけないとか、スピードが速すぎてはいけないとか、いろんなことを意識しなければいけないけれど、男同士は気楽で、これはこれでいい。
 なんとなく怖いから、隣の駅のところにある吉野家に行くことになった。夜の駅は不思議な雰囲気がある。いつも朝は殺人的に混んでいるくせに、がらんと静まり返った構内や、営業時間外の売店が、妙な非現実感を醸し出していた。
 乗り込んだ電車に揺られている間に、気になって財布を確認すると、矢桐から押収した三万円がそのままぶっきらぼうに詰め込まれていた。本当なら、払ってくるはずだったんだけどな。
 矢桐に返してあげようかな、という考えがよぎる。どんな反応をするんだろう。無言で受け取ってそのままやり過ごしそうだけど、三万円も余裕が出来れば、さすがの矢桐も嬉しがるんじゃないだろうか。矢桐のポケットに入っていた、カッターが頭をよぎる。ご機嫌取りのつもりだった。チクられたりケガさせられたりしたら、僕が築いてきた、青山瑛太という人間はおしまいだ。
 飲食街の光の下を楽しそうに歩いていく人たちや、路地裏で寝っ転がっているホームレスを掻き分けて、夜の中を歩いていく。前を歩く翔は、悩みがなんにもなさそうで、少し羨ましかった。

Re: 失墜 ( No.29 )
日時: 2016/08/31 00:14
名前: 三森電池 ◆IvIoGk3xD6 (ID: 0K8YLkgA)

6.5 とある午後
 雨が降っていた。雨宿りする人たちを横目に、折り畳み傘を広げ、仙台駅を出る。大学から出された膨大なレポートを思い出して、ため息を吐く。薄暗い空と雲は、あたしの今の気持ちみたいだった。
 あたしの家は生活保護で暮らしている。物心ついたときに、もうお父さんは居なかった。お母さんはラブホテルの清掃のパートをしているけれど、体調が優れない時が多くて、収入なんてあって無いようなものだ。駅からバスで十五分の市営住宅の、一番古い棟があたしたちの家で、お母さんはほとんど帰らないから、二歳下の弟である瑛太とずっと、二人暮らしのような生活を送っていた。
 大学へなんか、行ってはいけないと思っていた。国の税金で公立高校を卒業したあとは、それなりの企業に就職し、お母さんと瑛太を養っていかなければいけないと思っていた。だけど、あたしの事情を知っていた高校時代の恩師が、特別にあたしを奨学生として推薦を出してくれたので、今は薬学系の大学で勉学に励んでいる。奨学生という身分上、サボりや手抜きは絶対に許されないし、理系の大学生というのは、意外と忙しい。あたしは毎日昏倒寸前だった。
 でも、卒業さえしてしまえば、安定した収入を手にできるし、瑛太を大学に行かせてあげられるかもしれないし、お母さんを旅行に連れて行ってあげることもできるかもしれない。それだけが、今のあたしの支えだった。今日もよく頑張った、と自分を激励しながら歩く。
 バス代は極力節約しなければいけないので、家まで歩くことにした。昨日飲み会に参加したから、夜ご飯も我慢しなければ。私の家庭事情を知っている友達は、よく私にご飯を奢ったり、遊びに誘ったりしてくれる。嬉しかった。こんなあたしでも、みんなは優しくしてくれる。だから、絶対にみんなと一緒に卒業したい。あたしが金持ちと結婚して、お金に余裕が出来たら、今までお世話になった人全員に恩返しをしてあげたい。
 そう思いながら帰路を進んでいた時、急に向こう側の角から出てきた人に声をかけられた。あまりに突然のことで、あたしは驚いて転びそうになる。こんな雨の日に転んだら、服が悲惨なことになる。少しの苛立ちを抑えて、その人の顔を見上げる。

 「……あ、青山さん! 奇遇ですねえ!」

 冴えない外見の男の人だった。黒のパーカーにジーパンという格好で、いかにも浪人生です、と言った感じ。ぎこちない笑顔を浮かべて、あらかじめ何度か練習していた台詞を読むように、その人はあたしに話しかけてきた。
 あたしは、この人を知っている。この前家に遊びに来た、瑛太の友達の晴くんの、お兄さんだ。晴くんが突然具合が悪くなってしまったから、とわざわざ外車で迎えに来た、あの人だ。

 「矢桐さん、こんばんは。お散歩ですか?」

 あたしは微笑みを浮かべて、もう一度ちゃんと彼を見上げる。矢桐さんは、何秒かたじろいだあと、「そんな感じです、あはは」と笑った。きっと彼は、そこの角で、あたしのことを待ち伏せしていたのだろう。この近くに予備校はないし、お金持ちが喜びそうな施設もない。そしてこの慌てようを見るに、この人は明らかにあたしが来るのを待っていた。
 少し気味が悪いけれど、あたしはこの人相手に強く出ることができない。「これからお茶でもどうですか」とたどたどしく誘われても、笑って頷くしかなかった。

 雨の音だけが聞こえる喫茶店で、あたしはエスプレッソを注文して、矢桐さんはコーヒーを頼んだ。店の真ん中のテーブルで丸くなっている店の看板猫を眺めながら、いつ、「うちのバカ弟がごめんなさい」と言おうか迷っていた。
 瑛太は、矢桐さんの弟から、何十万円と金を巻き上げている。いつから始まったのかは知らないけれど、この前晴くんがうちに来たとき、それに気付いてしまった。軽く問いただしても、瑛太は否定も肯定もしなかった。うちの経済力じゃあんなにたくさん物が買えるわけがないし、彼女の柚寿ちゃんや友達と毎日遊び歩けるわけがない。
 なんて馬鹿なんだろうと思う。あたしは昔から、瑛太のためにいろいろ頑張ってきたつもりだった。毎日銭湯とコインランドリーに連れて行ってあげたし、中学の修学旅行に行くのを我慢して、瑛太を小学校の修学旅行に行かせてあげたし、なにより、「貧乏なのは悪いことじゃないよ、これからたくさん幸せになれるよ」って、沢山教え込んできたつもりなのに、どうしてあんなことするんだろう。少々甘やかしすぎただろうか。
 雨はしとしとと降り続けている。

 「青山さん、薬学部なんでしょ? すっごいなあ、僕なんか、この前医学部辞めちゃって。東京の大学なんですけど、合わなかったってか、はい」
 「そうなんですか……」

 矢桐さんの話が、通り抜けていく。大学を辞めた話をしているくせに、矢桐さんはとても楽しそうだ。でも、晴くんはあたしには想像しえないくらい、辛い思いをしている。放ってはおけない。
 エスプレッソを飲み込む。そして、思い切って、口に出す。

 「あの、矢桐さん」
 「え、はいっ! なんでしょうか」

 突然真面目なトーンになったあたしにならって、矢桐さんもぴんと背筋を伸ばして、こっちをまっすぐ向く。「なんでもお話してください」と、ぱっと笑顔になる。
 これから愛の告白でもすればいいんだろうけれど、生憎そんなおめでたい話ではない。

 「……ごめんなさい。うちの瑛太が、晴くんのこと、いじめてるっていうか、お金取ってるみたいで……」

 目が合わせられない。矢桐さん、怒るかな。大事な弟の、大事なお金だ。思わず俯いてしまう。泣きそうだ。あたしの弟があんなに馬鹿で、それをあたしが謝罪しなければいけないことがとても辛い。あたしの出た高校よりずっと頭のいいところに通ってるくせに、情けないなあ。
 矢桐さんの顔が見れない。喉の奥に鉄みたいな味を感じながら、減らないエスプレッソを見つめる。そんなあたしに矢桐さんが返した反応は、想像していたより何倍も優しくて、そして、温度が無かった。

 「そっ、そんな顔しないでくださいよ、青山さん! あいつ、おとなしいからいつもカモにされるんです。瑛太くんは悪くないですよ、ていうか、読者モデルとか、超かっこいいじゃないですか! あいつのお小遣いなんか、全部瑛太くんにくれてやりますよ!」

 がたんと椅子を引く音がする。泣きそうなあたしを笑わせようとして、必死で話す矢桐さんの声は大きくて、カウンター席に座っていた上品そうなおばあさんがちらっとこっちを向く。
 あたしは言葉を失った。矢桐さんはいたって本気の目で、「ね、だから笑ってくださいよ」と言う。何を考えているのかわからない。普通、弟がいじめられているって知ったら、もっと怒ったり悲しんだりするものではないのだろうか。目の前の女に気を取られて、弟を見捨てるなんて、あたしにはとても、信じられなかった。
 そういえばこの前、と矢桐さんは、何事もなかったかのように、違う話を始める。もう笑えなかった。早く帰りたい。その一心で、雨粒で濡れた窓の向こうを見る。まだまだ外は晴れそうにはない。


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