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作者/ 友桃 ◆NsLg9LxcnY

第6話『衝撃の刻(とき)』(2)
カランカラン……と涼しげな音とともに、氷で冷やされたアイスティーが丁寧に置かれる。恵玲と水希は砂漠の中でオアシスに巡り合えたかのように目を輝かせ、乾ききった喉を十分に潤した。今日も昨日に続いて湿気の無い夏日で、いつもの集合場所に来るだけでも汗びっしょりだったのである。
部屋中に行きわたった冷房で生き返るような気分を味わいながら、恵玲は隣の椅子に腰かけたウィルに甘い口調で尋ねた。
「今日は全員必ず来てって言ってたけど、何か特別なことでもあるのぉ?」
頬杖をついてちょこん、と首をかしげる。
その動作を慣れた様子で見て、ウィルは紅茶の入ったグラスに両手を包むように当てた。ひんやりと心地良い冷気が肌に染み込んでくる。
「うん、今日は任務の話じゃないんだ。任務よりも重要なこと」
特に理由もなくグラスの中の水面を覗き込むと、日本ではあまり見かけない蒼色の瞳と目が合った。同じく珍しい銀髪は、紅茶の色と混じって原色がほとんどわからなくなっている。そして表面に映る自分の顔は、いつも以上にうれしそうにニコニコと微笑んでいた。
おもむろに顔を上げると、ウィルの斜め前の席にいる黒髪ツインテールの水希が、彼の真似をしてグラスを覗き込んでいる。彼が小さく笑い声をもらすと水希はハッとして顔を上げ、恥ずかしそうに目を伏せた。それを見て恵玲が、わざとらしく頬をふくらます。
「ウィルくん、白波くんはぁ?」
拗ねたような声音の恵玲を、ウィルは苦笑を浮かべて振り返った。
「もちろん呼んだよ。なんか渋ってたけど、絶対来いって言ったから来ると思う」
「ウィルくんって時々強いよね」
「え、そう……?」
ちょっと驚いたように目を丸くするウィル。恵玲は好意的な笑みを浮かべてうなずいた。
彼は基本的に優しく穏やかな性格であるが、麗牙光陰のリーダーであるという自覚も十分に持っている人物だ。場合によってはメンバーをしかりもするし、時にはその権威を使って命令したりもする。そういうことが適切な場面で適度にできるからこそ、皆彼についていこうという気になるのだ。
中でも恵玲は、そうやってメンバーを引っ張っていけるウィルを尊敬しているし、あこがれてもいる。信頼、できる。
それっきり恵玲が黙ってしまい、少しの間穏やかな沈黙が流れると、水希がふと独り言をもらした。
「久しぶりにお菓子作りしたいなー」
恵玲が勢いよくそちらを見る。
「いいね、しよっ!」
「ぼくスコーン食べたいかも……」
ウィルがポツリと故郷のおやつの名を呟き、2人は虚をつかれたような顔をした。
考えてみれば彼は生まれ育ったイギリスを離れてから、もうずっと故郷の料理を口にしていないのである。今までお菓子作りは何度もしたが、クッキーやケーキという定番のものばかりだったと、自分の配慮のなさを2人共々痛感した。
恵玲と水希は当然の流れであるかのように目配せして同時にうなずく。代表して恵玲が明るいさわやかな声音で宣言した。
「今日はスコーンで、明日の夜ごはんはイギリス料理作ろう!」
ハッとして彼女らの顔を見、うれしそうに真っ白な頬を染めるウィル。綺麗な光を灯した蒼瞳が、かすかに揺れる。
家を出る瞬間までずっとあたたかく自分を見守ってくれていた大好きな家族を思い出して、思わず胸が熱くなった。彼の家族は、奇異な能力を持って生まれた息子の存在を真正面から受け止め受け入れてくれる、稀な例だったのである。何でも話せる仲とはいえこれは必要な気遣いだろうと思い、麗牙のメンバーには詳しい話をしたことはなかったが。
なんにせよ、約8年ぶりの懐かしい味だ。本場のものを食べたことがない2人がどこまで味を再現できるか楽しみだと、ちょっとしたいたずら心まで沸いてくる。
ありがとう、とあたたかい声音でいったウィルに、恵玲と水希は照れたような笑みを口元に浮かべた。
*
お菓子作りの話題が終わるのと同時に、玄関のほうからバタンッとドアの閉まる音が聞こえてきた。皆の頭に同じ人物がふっと浮かんで、彼らは一斉にリビングのドアに注目する。
「白波くん……っ」
ドアの向こうから姿を見せたのは、いつも通り仏頂面の有希白波。
ここにいる3人が全員身長160センチメートルに満たない小柄な体型のため、彼のような長身はどうしても目立つ。目立つはず、なのだが、彼の無表情と体を包む無関心オーラが、その際立つはずの存在感を打ち消してしまっているようにも見えた。
皆が一斉におかえりと言って向かえるが、彼は特に気にする風もなくドアのすぐ横の壁にもたれかかる。そして呼び出した理由を聞くわけでも目で催促するわけでもなく、手に持っていたワインをおもむろに仰いだ。それを見て、お酒を飲める年齢になったらまず最初にワインを飲もう、とひそかに心に誓う恵玲である。
ウィルは改めて確認するようにメンバーを見回し、頼もしい表情でうなずいた。
「みんな、そろったね」
恵玲と水希はまっすぐと、ワインをすでに飲み干している白波はちらりと横目でリーダーを見る。それぞれと目を合わせて、ウィルは即本題に入った。
「今度の日曜日、麗牙光陰全員、影晴様の屋敷に集合命令!」
語尾にハートマークでもついてしまいそうな口調で、にこっと嫌味なくらいに可愛らしい笑顔を浮かべるウィル。
対して恵玲と水希はめいいっぱい目を見開いていた。耳を疑うような言葉が彼の台詞に含まれていたからだ。驚愕が先行して口をパクパクすることしかできない恵玲は、たっぷり10秒かけて、ようやくわずかに裏返った声を上げた。
「影晴様の屋敷ぃ!?」
笑顔のまま、はっきりとした肯定の返事が返ってくる。思わず恵玲は隣に座る彼の二の腕につかみかかった。
「それって面会ってこと!?」
「痛い痛いっ。恵玲落ち着いて。自分の握力半端無いの忘れないで!」
椅子から腰を浮かせて夢中で尋ねてくる恵玲に、ウィルは慌てて制止の声を上げる。
すぐに、あ、と声を漏らして手を離す恵玲。体も元の位置に戻し、それでも瞳の奥の興奮は収まりきらない。見ると水希も色々と聞きたそうな顔をしており、ウィルはそんな彼女らに強く共感して、だからこそなおさら深いため息をつかずにはいられなかった。
突然表情を曇らせたウィルに、2人は目を丸くする。
「なんで突然って聞きたいんだろうけど……」
申し訳なさそうな顔で、首を横に振った。
「ぼくも詳しい話、何も聞かされてないんだ。ごめんね」
何の責任もない彼にそんな風に謝られては、恵玲たちの方も居心地が悪い。
弾かれたように慌てて彼を慰めようとした2人をさえぎって、今まで無言を貫き通していた白波が突然口を挟んだ。
「……行くのか?」
脈絡のない台詞が予想外な方向から飛んできて、一瞬思考が追い付かない。3人はそろって、壁際に立ったまま腕を組んでいる彼をぽかんと見つめた。
直後、改めて彼の台詞を咀嚼して再び頭を悩ませる恵玲達。この状況で行くか行かないかを問うのはどう考えても不自然だ。その真意がつかめずに、3人は首をかしげて彼を見た。
彼らの顔を見て、白波は未練なく自ら退く。
「いや、何でもない」
「白波?」
ウィルが気遣って声をかけるが、彼は特に残念そうな顔をするわけでもなく、くるっと3人に背を向けた。話が一段落したと判断したのだろう。実際伝えたい話はそれだけだったウィルは、じれったい気持ちを抑えながら引き止める理由もなく、リビングを出ようとするその後ろ姿を見つめた。
しかしそのまま無言で出て行こうとした彼を、思わず、といった風に呼び止めた人物がいたのだ。
「――白波くんっ」
わずかな誤差もなく足を止めた白波は、驚いたように後ろを振り返る。彼が何気なく向けた目は、期待に満ち溢れた恵玲の目と真正面からぶつかった。
「白波くん、この後時間ある!? どこか遊びに行こっ」
この場で突発的に思いついたアイディアに、恵玲は我ながら名案だと大きな黒瞳を光らせた。

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