Enjoy Club

作者/ 友桃 ◆NsLg9LxcnY



Christmas Short Story



「サンタさん、今年も来てくれますかねー?」


 その台詞が、事の発端だった。



――夢か現か――



 12月も中旬を過ぎたころ。時期が時期なだけに外は雪が降るのではないかと思うくらいに気温が下がり、寒さが身にしみるようであったが、暖房の付いた私の部屋はほっと息をついてしまうほどに温かかった。暖房が利いて柔らかい空気に包まれると、外から帰ってきて冷え切っている体にはちょっとした天国だ。そしてそのすごしやすい環境になった私の部屋に、その日は総勢5人のお客さんが集まっていた。

 学校でいつも行動を共にしている恵玲と津波、美久、静音、そして風也。この5人がそれぞれ好きな場所好きな体勢でくつろいでいる。その極めつけが恵玲で、私のベッドを堂々と陣取り完全にお昼寝タイムに入っていた。別に文句はないのだが、もはや見慣れた光景に苦笑をもらしたい気分にはなる。
 彼女の寝るそのベッドの隅に腰かけている風也は、津波らの会話を聞きながらドア付近の棚を埋め尽くすCDを熱心に見つめている。そういえばこの間、彼と共通の好みの歌を見つけた。“kaya”というバラード中心の女性歌手。風也は、ちょうどクリスマスイブ発売のファーストアルバムをもう予約してあると言っていた。
 そして彼のすぐ横に、ベッドにもたれかかる形であぐらをかいて座っている津波。その体勢で身を乗り出すように美久たちとの会話にのめりこんでいるから、どうも足の組み方が半端だった。美久と静音は部屋の中央辺りにおいてあるプラスチック製の小さなテーブルをはさんで、上品に足を流して座っている。
 使える場所は全部使っているように思えるかもしれないが、残る私はちょっとした特等席とも言える場所に座っていた。つまり、勉強机のクッションを敷いた椅子である。その椅子の背を前にして逆向きに座った私は、背もたれに組んだ腕と顎を乗せて、意味もなく椅子を左右に揺らしていた。
 私たちはその位置からほとんど動くことなく、昼過ぎから1時間ほど雑談に花を咲かせていたのである。

 そうした中だった。私が壁にかかったカレンダーを見て、独り言のつもりでつぶやいたのは。つまり、――冒頭の台詞を。

 おもしろいくらい一斉に、みんなの視線が私に集結した。序盤から布団に埋もれている恵玲はもちろん無反応だったが、それ以外の4人はみんながみんな同じ表情を浮かべてこちらを見ているのだった。申し合わせたかのようなその反応に驚いた私に、風也がなんとも表しがたい複雑な表情で尋ねてきた。

「お前、もしかしてサンタ……」
「あ~っ、それ以上言わないでくださいっ。知ってますから!」

 疑心まみれの彼の台詞を、私は両手を激しく振ることで慌てて遮った。幸い彼は何かを察してくれたのか、すぐに口を閉じる。
 すると津波がテーブルの上の器に入ったクッキーに手を伸ばしながら、口元をニヤつかせ楽しげに言った。

「要するにあーちゃんは、知ってるけどそれでも信じたいわけだ」

 掴んだ一口サイズのクッキーを口の中に放り込んで、彼女は幸せそうに頬を緩ませる。その健康的で快活な顔に裏のない笑みが広がると、見てるこっちも実に気持ちがいい。
 私ははっきりと肯定の返事を返したところで、ふとあることを思い出し、くるっと椅子を回転させて机に向き直った。正面の引き出しを開いて、そこから“あるもの”を取り出す。背中に津波らの視線を感じて、口元が自然と緩んでいく。
 私は再び彼女たちの方に体を向け、手の中のものを「じゃじゃーん」と効果音付きで突き出した。みんながその正体を見極めようと一瞬だけ目を細め、すぐその顔に理解の色を広げる。

「クリスマスカードじゃん!」
「そうなのです! サンタさんへのお手紙なのですよー」
「すごい、かわい~っ」

 黄色い声を同時に発した美久と静音が、顔を見合わせてはにかんだように笑っている。その横で目を輝かせている津波は、身を乗り出してカードに興味津々な様子を見せた。その反応が心底うれしくてカードを津波に渡してあげると、彼女は相変わらず興奮したように開いたりひっくり返したりしながらそれを観察し、同じく興奮した声で言った。

「すごいっ。ここまでやる子初めて見た!」

 私は思わず椅子から転げ落ちそうになった。

「嫌味ですかそれはっ」

 なぜか風也まで顔を伏せて肩を震わせているのを見て、さらにむっとして唇を尖らす。津波がまだ笑みの残る顔で否定しているが、私はなんとなく悔しい気持ちが生じてしまい、椅子の背もたれにのせた両腕に頬を押しつけてわざと返事を返さなかった。……もちろん本気で怒ったわけではないが。
 彼女たちもそのことには気付いているんだろう。笑い混じりの調子で責任を押し付けあっている。

「ほら、あーちゃん拗ねちゃったじゃん」
「なんでそこでオレを見んだよ」

 それに混じって静音のなだめるような、美久の心配そうな声がそれぞれ聞こえて、私はしぶしぶ元の体勢に戻った。そして視線を彼女たちに戻したところで、

「あれ、恵玲起きてたんですか?」

枕を抱きながら大きな黒瞳でこちらの様子を眺めている恵玲へと、そのまま視線を移した。他の皆もベッドの方を振り返って口々に声をかける。特に眠そうな様子もなく、ぱっちりとまぶたを開いている恵玲は、上半身を起こすと感じの良い可愛らしい声で言った。

「サンタクロースってほんとにいるらしいよぉ」

 私を除く全員が意外そうな顔で恵玲を見る。私は彼女と何度かこういう話をしたことがあったため、彼女のその意見には今さら驚かない。ただ、恵玲の意見は私よりもかなり現実的だったが。

 それよりこの子は寝たふりして盗み聞きしていたのかと、あきれるような気持ちでしら~っとした視線を送ってやった。しかしそんな視線は軽く流し、彼女は何かを思い出すようにやや目を細めながら首をかしげる。

「どこだっけ……世界のどこかにサンタクロース村があるって」
「あたしそれ聞いたことあるかもー」

 美久が鈴の音のような澄んだ声で口を挟む。耳の下でふたつに結った黒い髪がわずかに揺れる。おとなしくて基本的にのんびりしている彼女が誰かの話に口を挟むなんて、あまり見ない光景だった。白磁の頬をうっすらと桃色に染める彼女に、恵玲は微笑みかけうなずく。

 それからちらっとこちらを見て、笑顔のまま言った。

「まぁでもさすがにトナカイにソリ引かせて来ることはないだろうけどねー」

 彼女が笑顔の仮面の下で小さな舌を突き出しているのが手に取るように分かり、こちらも負けずに心の中で全力でやりかえした。

 するといつの間にか津波から回ってきたカードを持っていた風也が、二つ折りのそれを開いてこちらを見た。

「これまだ何も書いてねぇけど、何頼むかは決めたのか?」

 そういえば、と津波らの視線も集まる。私は風也がたたみ直して渡してくれたカードを受け取りながら、わくわくする気持ちを抑えられずに頬を緩ませて言った。

「まだ決めてないんですけどね。今のところ1番の候補は“kaya”のアルバムなのですー!」
「あーちゃんほんと音楽好きだね」
「はいです。みんなは何もらうんですか!?」

 こういった話題は大好きで身を乗り出すような勢いでそう尋ねると、津波たちも断然話に乗ってきてくれた。津波なんかきらりと目を光らせて今年のプレゼントはほぼ1年前からほしかったやつなんだ、と熱く語っている。買ったほうが早くないかと風也がぼそっと呟いていたが、彼女は構わず頬を紅潮させて弁舌をふるっていた。

 そうして特別なことは何もやらないまま、時計の針は驚くほどの速さで時を進めていく。気付いた時には4時間という時が流れており、私たちはみんな驚愕に声を上げ、このメンバーの居心地のよさをしみじみと感じていた。





 凍えるような寒さ。乾いた風が肌をかすめるだけで鳥肌が立つように体中に冷気がしみこむ。時折ぶるっと身震いをしながら、恵玲は自分自身を抱くように体に腕をまわした。

 クリスマスイブ。……残り十数分で日付が変わる時間帯。

 あたりには闇が降り、塗りつぶしたような黒が視界をふさいでいる。家から漏れる明かりと気休め程度の数の街灯が闇のなかにぼんやりと白く黄色っぽい光を浮かべていたが、それでもこの道を歩くのを怖がる女性は結構多いだろう。恵玲もこの道はよく歩くが、後ろから闇がひたひたと迫ってくるような、そんな錯覚に陥ることがたまにある。彼女の場合仮に襲われても倍返しできるので、錯覚から恐怖が生まれることはそうなかったが。

 彼女は今、亜弓の住むアパートの屋上の淵に腰かけている。そうして特別何かをするわけでもなく、ぼんやりと景色を眺めていた。足元に見える住宅街や、あるいは空に点々と光る星を仰いで静かに過ぎる時を楽しんでいる。

 不意に体の内側から震えが広がり、恵玲は小さくくしゃみをもらした。少し薄着すぎたかもしれないと自分の腕をさすったとき、
 ふわっと包み込むように背中にぬくもりが広がった。ハッとして自分の肩のあたりを見ると、黒いダッフルコートが優しくかけられていた。

「どうしたの? こんなところで」

 凛とした優しい響きの声とともに、隣に“彼”が腰を下ろす。そちらを見た恵玲は、コートの襟元を両手で合わせながら頬を染め艶やかな笑顔を浮かべた。

「ウィルくんこそ、家にいたんじゃないのぉ?」

 彼女の台詞に、ウィルは微笑むのみ。彼の長い銀髪は暗闇に映えてまた一段と美しかった。
 恵玲は視線を前に戻し、囁くようなどこか幻想的な声音で言った。

「もうすぐクリスマスだよ」
「そうだね。今年はサンタさんは来るかな?」

 そう言ってにこっと笑うウィルに、恵玲は愛しげな表情を浮かべて優しい声音で言う。

「ウィルくんが、やってくれてるんでしょ?」

 彼は特に驚くことはなく、あくまで落ち着いた様子で切り返した。

「違うよ。毎年サンタさんが来てくれてるんだよ」

 恵玲が彼を振り返って微笑む。そして不意に立ち上がり、空を仰いで一面を見まわした。
 漆黒の海に散る白く小さな星々。そして先程まではあまり意識して見ていなかった、半月よりは少し膨らんだような形の金色に光る月。

 それらを唇に浅い弧を描きながら見つめていると、不意に視界を真っ白な綿のようなものが横切った。重量を感じさせないそれが舞うようにふわふわと空から落ちてくる。そのひとつが恵玲の頬に着地し、しゅ……と縮まるように溶けて冷たい水になり、彼女は思わず片目を閉じて頬に指先を当てた。

「雪だ……」

 ウィルが吐息とともに声を吐き出して、落ちてくる雪を受け止めようと手のひらを空に向けた。その蒼瞳がうれしそうに細められる。
 恵玲も彼の真似をして空中を舞う綿をつかまえようと両手を掲げたとき。

 彼女はゆっくりと目を見開いて、突然きょろきょろとあちこちを見回し始めた。それも、空の方を見上げて。

「恵玲?」

 ウィルが立ちあがって首をかしげる。すると恵玲はどこか呆けたように呟いたのだ。

「今……鈴みたいな音が聞こえた」

 彼女の台詞に、ウィルは目を瞬く。それから同じように真っ暗な空を見上げて耳を澄ます。互いの息遣いさえ聞こえるほどに辺りは静まり返り、心地よい緊張の中2人は身じろぎひとつせずに“音”を待った。

 数秒後。

 ウィルがほうっと感慨に満ちたため息をついた。目を純粋に輝かせ、空を凝視する。

「本当だ……。鈴の音だ……」

 そして直後、

 2人ははからずも見てしまったのだ。


 金色に輝く月を横切る、黒い、影を……。


 息が止まるかのような驚きとともに、2人揃ってこれでもかというくらいに目をめいいっぱい見開く。そして2拍ほどの間の後、ウィルは急いで上着の袖をまくり時間を確認した。

 今まさに、時計の針が深夜12時を回ったところだった。


「メリークリスマス……」


 ウィルが囁くような声で呟いた。