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作者/ 友桃 ◆NsLg9LxcnY

第7話『友を取り巻くモノ1』(10)
ウィルら麗牙の4人が緊迫した雰囲気で見守る中、迅は靴で床をすりながら亜弓と風也の元に歩いてきた。かなり低い位置ではいたズボンのポケットに手を突っ込んで歩く様子は、ウィルから見ればやや不良の域に入るもので、彼は思わず困った顔つきをしてしまった。それでも、亜弓ら2人をちょうど囲む形で立っていたウィル達は、戸惑いの表情を浮かべつつ一歩身を引いて迅に道を開ける。が、一人だけよける様子もなく彼の正面に立ちはだかった少女がいた。いつも通り堂々とした立ち姿の恵玲である。
彼女と能力を使う対象である2人との関係を、迅は知らない。当然彼は、ウィルの見つめる先で怪訝そうに目を細め、恵玲を見返した。
「……なんだよ」
迅の口からややたじろいたようなかすれた声が漏れる。彼自身が先程可愛いと太鼓判を押した人物が、今腕を組んで揺らがぬ瞳を自分に向けているのだから、その反応も仕方がないだろう。迅はわずかに引き身になりながら、それでも強気であろうとするように目の前の恵玲を見つめている。対して恵玲は、怒りの感情は見せていないのに、それでも相手を縛りつけるようなそんな強い光を黒い瞳に灯らせていた。
数秒の沈黙の後、恵玲が割合穏やかな声で尋ねた。
「あなたの能力……記憶を消せるものなの?」
彼女の声音にほっとしたのか、迅が緊張を解いたのが分かった。そして彼は、どことなく照れの見え隠れするもごもごとした口調で答えたのである。
「け、消すっていうか、封じるんだよ。だから思い出させたくなかったら、E・C関係の事はあんまりコイツらの前で出さない方がいいぜ」
「危害は? 記憶消すのと一緒に何か2人に副作用とかはないよね? 例えば亜弓のバカな頭がもっとバカになるとか」
口では冗談を言いながらも、恵玲の表情はいたって真剣だ。本当に安全だと確認できなければ絶対に2人の前をどかなそうな、そんな頑固さで迅の前に立ちはだかり、初対面の彼に対し何の遠慮もためらいも見せる様子がない。
ウィルはそれを一歩下がったところで見つめながら、何もできない自分自身の情けなさに強い悔しさを感じていた。2人に能力を使っても安全なのかどうかということは、ウィルもまた確かめたかった事なのである。急な展開の中影晴の命令でこちらに向かってきた迅に、何も言わず道を開けてしまった自分の両足に視線を落とし、彼は苦い思い出唇を噛んでいた。
ウィルのそんな内心など知るよしもない迅は、不意にす……っと恵玲から目をそらし、先程までよりずっと真剣みを帯びた声音で言ったのである。
「随分と大事なんだな、コイツらのこと」
迅の声に促されるように、目を閉じたまま壁にもたれかかる親友を見る恵玲。そんな彼女の心に、ささやくように言った迅の台詞がするりと入り込んできた。
「オレ様だったらそんな大事なダチの記憶、消したくないけどな」
痛いところを突かれ、恵玲が弾かれたように目を見開く。そのまますぐ悔しそうに顔を歪め、体の横で強くこぶしを握る。その会話を横で聞いていたウィルも、まるで恵玲の心が乗り移ったかのように、胸が震えてならなかった。
しかし恵玲はそこで黙っていられる人物ではない。今度ははっきりと迅を睨みつけ、「あんたなんかに何が……」そこまで言ったところで、ふっと口をつぐんだ。彼女は目をそらしたままの迅の顔を、驚愕の表情で凝視している。横から口を挟んでいい雰囲気ではなく、ウィルはただ眉をひそめて2人を交互に見つめていた。
その突然のよくわからない緊迫した雰囲気を壊したのは、相変わらずだらんとした姿で恵玲の横に並んだ迅だった。彼は急にあっけらかんとした口調になって、恵玲の先の問いに答えたのである。
「そういや危害の方は何も心配いらないぜー。なんてったってオレ様クオリティーだからな! 心配する方がバカだっつーの!」
軽い口調ではあるが頼もしい彼の台詞に、恵玲は口元だけ微かに笑みを浮かべる。それを見てにっと白い歯を見せて笑った迅は、早速並んで座る亜弓と風也の前にしゃがみ、まずゆっくりと風也の額に手を伸ばした。が、シルバーの指輪がいくつもはめられた右手の指先が額に触れたところで、迅はふと影晴の方を振り返った。
「今日の分だけ封じとけばいいんすかー?」
迅の間延びした声に、こちらの様子を腕を組んで眺めていた影晴は、いや、と首を横に振る。
「今までE・Cと接触したときの分も消してもらわないと意味がない」
「げっ」と声に出して思いっきり顔をしかめる迅。そんな彼に水希がためらいながらも、情報を与えた。
「5月1日の小松家での任務消してもらわないとだめだよね」
「あ、あとぼくもこの間の水曜日に金髪くんと接触しちゃってるから、そこもお願いしたいな」
「あたしがE・Cと関係なく亜弓と接触した分はぜ~ったいに消さないでね」
水希の台詞を引き金に次々と加わっていく任務内容にげんなりとした表情を浮かべた迅は、そのままの流れで、まだ口をきいていない白波に話を振った。
「そこの背の高いあんたはなんもねぇよな?」
突然話を振られて反応が遅れているのか、口を開く様子の無い白波。その隣でウィルはハッとあることを思い出して、思わず白波の服の袖をつかんでいた。
いるではないか、白波が個人的に接触した人物が。もちろん白波自身も気が付いているだろう。一見表情は変わっていないように見えるが、きっと今胸の中では様々なことを考えているはずだ。紫苑風也と話したことを。それを今、紫苑風也の記憶から消すべきだということを。
しかしウィル個人的には、それはあまり気の進まないことだった。どういう関係なのかがいまいちよくわからないが、あの白波がある程度他人とは違う存在として見ている人物なのだ。それだけでもウィルとしてはとても重要な存在なのである。できれば消えてほしくない関係だった。加えてよく考えてみれば、白波はE・Cであることを明かす前に風也と接触しているはずである。その時の記憶であれば、残しておいてもそれほど支障はないかもしれない。
ウィルは一瞬ともとれる時間の間に、ざっとそのようなことを考え、白波の顔を見上げて、語尾を強調して尋ねた。
「白波は金髪くんたちと個人的には接触して……ないよね?」
じっと白波の興味のなさげな目を見つめていると、彼はちょっとだけ眉をひそめ、続いて風也の方にゆっくりと目を向け、
「あぁ」
と一言呟いた。もしかしたらこっちの意図に気づかずサラッと風也と接触したことを言ってしまうかもしれないと思い冷や冷やしていたウィルは、白波の台詞にほっと胸をなでおろしていた。しかし、基本的に鈍い彼が自分の意図に気付いているかどうかは正直怪しい。かと言って自分の意思で風也の事を黙っていたという方向も、あまり無さそうではあるのだが。
とにかく結果オーライということで、迅に、「そういう感じで記憶封じ頼めるかな?」とさわやかな口調で尋ねると、彼はすねたように頬を膨らませながら、「お前ら簡単に言ってるけど無茶苦茶難しいんだからな、時間指定すんの!」と文句を垂れた。すぐに恵玲が、「そこは“オレ様クオリティー”で頑張ってよ」と彼をからかっていたが。
するとそこで、今まで黙っていた月下白狼のリーダー扇が、影晴に尋ねたのである。
「記憶を消した後2人はどうするんですか。まだ目は覚めなそうだし、家に帰したら確実に怪しまれますよ」
「あ、それは――」
影晴が答える前に、ウィルは思わず声をあげてしまった。慌てて口を挟んだことを主に謝り、言葉を続ける。
「ぼくが2人を連れて行くのにいい場所を知ってるから、そこにテレポートで運びます!」
扇が眼鏡の奥で目を細め、影晴が満足そうに微笑んでうなずく。
同時に迅が伸ばした指に力を込め……
この揺らぎ荒れた一日が、ようやく幕を閉じたのだった。

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