Veronica(ウェロニカ)

作者/ 朔 ◆sZ.PMZVBhw

◇Oz.1: Blast-竜と少年の協奏曲(コンチェルト)- Part2

 * * *

「アリアスクロス、電話が入っているぞ!」


騒々しい、軍人の密集した空間で自分のファミリーネームを呼ぶ声に心臓が止まる勢いでそれに驚いたウェスウィウスは瞬間的に声のした方を振り向いた。

 帝国エターナル、首都ニーチェのほぼ中心にあるこの建物には政治を行う政治部と軍部が合体しているかのようにここに置かれている。

石灰石を思わせるような白い、中世ヨーロッパ風な外観をしているのだが、軍部の内部はそれと裏腹に暑苦しい雰囲気がある。

緻密に彫られた彫刻の装飾には汚れが目立っている。休憩所という名のこの広い空間には、多くの机椅子が置いてある。そこにはトランプでゲームをするものや居眠りをするもの、食事をしているものと様々な人間がくつろいでいる。

 ウェスウィウスは一人、静かに席に座って銃の手入れをしていた。

名を呼ばれ、急いでそれを終わらせる。

「はい!」

焦りの滲んだ返事をし、手入れをしていた愛人(銃)S&W M10をホルダーにしまいながら、自分を呼んだ上官の元へと走った。




「フリッグという少年からだ」


上官は口を動かしながらウェスウィウスに受話器を渡した。―――産業革命の賜物である電話だ。受話器に耳を当てると耳元に罵声が飛んだ。聞きなれた声からである。


『ふざけんな!』


―――ああ、民宿の件か。
案の定、フリッグから期待通りの発言だった。

「ベテルギウスか。どうだ?結構良いトコだろ」
『全然だよ。まさかペット料金も取られるなんてな。しかもなんでアンタは全くこっちの費用を負担しないわけ?理解できない。
とにかく、早くこっちに来い!!』

あっはっは、とウェスウィウスは哂った。彼に返答などせず、そのまま電話を切った。おそらく、今頃フリッグは憤慨しているのだろう。

明日には、いや今日中にはあちらに迎えるが行くのはよした方が良いだろう。


「上官、受話器返します。
あ、なんか受けるやつ居なくて困ってる仕事(ヤマ)ありませんかね?出来る限り、一週間以上かかる仕事で死ににくいヤツ」

ウェスウィウスから受話器を受け取った上官は、笑みを浮かべた。

「緋(あか)のウェスウィウスが珍しい。残念ながら、今はないな。先ほど、最後のそういう仕事をイルーシヴが盗っていったよ」
「盗っていきましたか」

「盗ってったね」受話器を持ったまま、上官は煙草をふかし始めた。「帝国(うえ)も、若手兵士の中に双璧が居るから魔物討伐に困ることはないと言っていたよ」

上官の言葉にウェスウィウスはふっと笑いを零した。

彼の左耳にのみついているカフスの羽飾りが揺れた。

蒼い左目に白金の髪、ラズリ種特有の特徴を二つ持つ彼だったが耳は尖ってなどいない、普通の耳だった。


そっと、髪で隠れている右目に手をやる。―――小さいころからのコンプレックス。今でも右目のことを良くは思っていない。


「しかしなあ」咥えていた煙草を口から離し、煙とともに上官は声を出した。「永雪戦争終結から十五年。スノウィン出身で戦争体験者の君が如何して敵国(ここ)に来たんだい」




「―――ここも、俺の故郷だからです」


彼は上官を改めて見ながら微笑んだ。右目を隠していた髪が大きく揺れた。

 そこにあった深紅の硝子玉は深く光っていた。



 * * *


 受話器の奥で、強制的に切られた音がした。


「あの野郎、切りやがった!!!」

フリッグは受話器を投げた。すぐ後ろでその光景を困った表情で見ている少女に気付き、無言で投げた受話器を取りに行った。―――他人の家の受話器だ。

「知り合い?」
「僕にこの宿を紹介した、人間の風上にも置けない銃しか愛せない人間ですよ」

はあ、とため息を吐き、受話器を戻した。

「すみません。取り乱しました」
「いいえ」少女は微笑みながら竜の頭を撫でていた。「ポチかあ…」

「ポチ(仮)です」ポチかっこかり、とフリッグは付け足した。「迷い竜だったんですよ、ソイツ。いつの間にか居たから」

「竜族にしてはおとなしいんですね。フリッグさんにも懐いてるみたいだし」
「気の所為ですよ、そんなもん。コレットさん、気遣いありがと」
コレットと呼ばれた少女は静かに微笑んだ。



「ウェスウィウスさんと、知り合いなんですね」ヘッドホンをつけ直していたフリッグに、コレットは唐突に言った。「予約の電話掛けてきてたから、そうかなって」
彼女の目はキラキラと輝いていた。無意識にフリッグの眉間に皺が寄る。
「軍人…だろ、単なる」

ネージュの人間のくせに帝国で軍人やってる売国奴、と直後にフリッグは呟く。

「彼は、若手兵士の中でも、双璧って呼ばれてる実力者の一人なんですよ!
女性なのにすっごく剣技に長けてて強い、通称"蒼のイルーシヴ"と、若干十八歳の頃から危険な討伐任務をこなしてる、銃の達人"緋のウェスウィウス"!!
見た目もカッコいいし、性格もいいし…。そんな人と知り合いだなんて羨ましすぎぃ!!!」

きゃーという甲高い声と同時に飛び跳ねる彼女を白けた目でフリッグは見ていた。

確かにウェスウィウスは強い。銃の腕前は一流―――というよりも体の一部であろうという程上手かった。

 考えてみれば、彼が帝国に行く理由もあった。彼の故郷の人は皆口をそろえて売国奴だと罵るが、ただ単に"故郷"に帰っただけなのである。


 ネージュ、特に戦争の発端の地スノウィンの人間は帝国人だというだけで差別するきらいがある。

それに比べて、見た目は完全にラズリ種の彼が帝国でここまで受け入れられているということは、帝国の方が種族に対して柔軟なものをもっているのだろう。


「そういえば、常に右目隠してるけど、何で?」

「なんだ。明かしてないんだね、アイツ。
ほら、ウェス耳尖ってないだろ?」

「ウェス?」

少女は首を斜めに傾けた。彼女の腕の中でポチが欠伸をしている。

「ああ、愛称。ウェスウィウスはなんて長いから、略してウェス」―――噛むと非常に怒るから簡略化したことを思い出した。

「そうですねぇ。ウェスさん、ラズリ種っぽいのに耳尖ってないし―――異種族ハーフ?」
「当たり。アイツは父親がカーネリア種で母親がラズリ種のハーフ。右目が紅いんだよ。
父親違いの妹が居たけど―――」


 フリッグの脳裏にウェロニカの顔が浮かんだ。ウェスは常に妹を気遣っていたし、ウェルも兄が好きだったのを覚えている。―――死んだ、ということを告げた時、彼は泣かなかったがきっと心のうちでは号泣、言葉では言い表せない状態になっていたのだろう。
 

「ヘッドフォン着けながら、よく会話できますね」

ふと思いふけっていたフリッグの思考を遮断するかのようにコレットが声を放った。

「音を、遮断しているんだ」フリッグはそれを強く耳に押し当てた。「昔から、外界の音を異様に聞き取ってしまう体質で、どんな小さな音も大きな音も耳が吸収してしまう。でも、何か近くでずっと鳴っているものがあれば少しは抑えられる。だから、ずっとこうしている」

「魔法、か何か?」

この世界に存在し、日常に浸透しているものかどうかをコレットは尋ねた。

「多分違う。生まれつきだから」


少年はそっと、少女の腕から竜を誘いだした。

「電話と会話、ありがとう。そろそろ部屋入りますね」

どういたしまして、とコレットが言い終わる前にフリッグは彼女の前から姿を消した。