Veronica(ウェロニカ)

作者/ 朔 ◆sZ.PMZVBhw

◇Oz.3: GrandSlam-錫杖、両刃、骨牌の独り勝ち- Part1

 アイゼン共和国。西方に存在する―――大国とは言えないが―――歴史ある古いこの国は、経済、特に重工業・兵器産業が発達しており、アンバー種の商人等が行き来する国である。

穏やかな気性である紅の髪の種、スピネル種が主であるこの国は、エターナル帝国との関わりがある一方で裏では帝国汚職貴族と関わりネージュ王国に武器を密売している。


 主に外交を担当している、アゲート種のフレイ=ヴァン=ヴァナヘイムは先程アイゼン共和国の大物政治家と話を着けてきたばかりである。

今、彼はアイゼン共和国に居た。会談の直後でまだ共和国の政治の中心であるヴァイマァル宮殿―――この国には形式上の"国王"がいる―――の客室でお茶を飲んでいた。



「―――うむ…。ビスマルク、君は少し浪費癖を押さえた方が良い、そう思うぞ」

廊下から若い女性の声がし、フレイの"女性センサー"が素早く反応した!


―――スピネル種、二十一歳独身女性!!キタコレ!!


フレイの橙の髪が一本、アンテナのようにピンと立つ。女誑し、女好きのこの男は目を輝かせ、座っていたソファーから物凄い勢いで立ち上がった。

「そうですか、お嬢…?己(お)れはお嬢に似合うと思い、特注の"ゴシックロリータ"と呼ばれる服を五着ほど購入しただけですが」

女性の声とは対極的な、野太く低い男の声が響いた。よく通る声である。

「着なければ意味ないと思うが…」
呆れるような言い方で女性は返した。男の唸り声が聞こえる。


―――男アリか……
フレイは眼鏡をくいと押し上げた。眼鏡がキラリと光る。
―――しかし、そんなこと私には関係無い!! この美しき肉体!整った顔!女性をエスコートする…素晴らしきこの精神!!全ての女性は私に魅了される運命なのだ!!!

クックック…とフレイは低い笑い声をあげた。―――馬鹿である。


 本能に身を任せたフレイは 何 故 かその場から跳躍した。



* * *




 リーゼロッテ=ルーデンドルクは溜め息を吐く。銀狼の顔をし、二メートルを優に超す従者ビスマルクの浪費癖についてだ。

自分の、最も信頼できる従者であるが、少々浪費癖があるのがたまに傷である。人間離れした彼の外見だが、リーゼロッテは見た目などに惑わされない。男の本質を見極め、彼を信じている。


「―――怒ってます?」

ビスマルクは、三十センチほど背の低いリーゼロッテの表情を窺うように銀色の頭(こうべ)が女性の顔と同じ高さになるよう、身を低くした。左目を紅の髪で隠し、現れている右目は鋭い。

髪と同じ色の目は鋭い眼光をビスマルクに向けている。


「良くそこまで多くの無駄遣いをできたなと―――君には少々浪費癖があるんじゃないかとそう思うぞ?」そんなこと分かりきっていたのだが、とリーゼロッテは言い終わってから付け足した。「服飾品だけでも軽く百万プラッタは超えているのではないか?」

「己れは、美しいお嬢をより美しくするために…っ」
銀狼は拳を強く握りしめる。筋肉質の体は、アイゼンの軍服に包まれている。

「―――ビスマルク…君は少し自覚した方が良いと思う」

呆れるような瞳をビスマルクに向け、呟くように小さな声で言った。



 その時、突如人影のようなものが現れ、リーゼロッテの細い腕を掴み、両手を握った。

「おお―――麗しのマドモワゼル…。紅花の髪と瞳を煌々(こうこう)とさせ――、嗚呼ッ!その美しさに私の目は潰れてしまうっっ!!!白のブラウスと黒のロングスカート!!そして紅の髪と瞳…。素晴らしき色のコントルルァァァ――――ストッッッ(※巻き舌風)!!!!
オオオオオッ!美しい、美しい女性だ、貴女は!!
その腰まで伸びる紅い流れに私は溺れたい………―――。さぁ、どうでしょう?今からこのフレイ=ヴァン=ヴァナヘイムと共に酒を交えた甘い一時を過ごしませんか?」

眼鏡を掛けたアゲート種の男はリーゼロッテに言う間も与えず長々と鬱陶しく一方的に喋り終わると、彼女のを自分に引き寄せた。



――――――ぷち。

リーゼロッテの中で何かが弾けた。



 まるで、竜の逆鱗にでも触れてしまったかのように、今までの表情とは全く逆の表情のリーゼロッテはフレイの右腕を掴んだ。優しさの残っている鋭い目つきの整った顔は、今はまるで鬼の様な形相へと変化を遂げていた。

 これぞメタモルフォーゼ(違うと思う)。



―――やってしまったな、この男…。

呆れた顔でビスマルクは心の中で呟いた。

 スピネル種は基本的に穏やかな気性で争いを仲裁することが多いのだが、一度逆鱗に触れるとどちらかが滅びるまで激しく戦いを続け、最終的には相手を道連れに自爆も辞さないという恐るべき覚悟を持っている種族なのだ。
 

 つまり、このフレイ=ヴァン=ヴァナヘイムという男はリーゼロッテの逆鱗に触れてしまったということ。


「おや、強引な女性だね☆」この男はいまだに変化にも気付かず、こんな悠長な言動を残してる。「さぁ!カム・オン!!!」


「―――何が『カム・オン』だ!!!!」

リーゼロッテはフレイを軽々と持ち上げる。華奢な女性とは思えない行動だった。
「え?」

次の瞬間、この世のものとは思えない叫び声が周囲に響き渡った。



―――種族定義の父と呼ばれている、ロベルト・ジュエルは次のような言葉を残している。



『恐らく、この世に存在する種族の中で最も危険なのはスピネル種だろう。
普段おとなしいものほど怒らせてはいけないという言葉を具現化した、恐ろしい種族である』

 その言葉に異論を持つものは、―――居ないのだろう。




 

 森を進み始めて数時間、一向に景色の変わらない様子に彼らはすっかり疲れ切っていた。

「―――だめだぁ!全っ然だめだこりゃぁ」
先ず最初にメリッサがその場にしゃがみ込んだ。

「君がそれでどうするのさ。メルがソレで」
その滑稽な姿をフリッグは見下ろした。

確かに森に入り始めてから何時間経ったのか、鬱蒼とした風景は同じものが繰り返されているようなものだった。狐か何かに化かされたのかもしれない。本当に景色が全く変わらない。


「一回休もう。取り敢えず、アレだ。暗くなってきたし」はぁ、と吐いた息は白かった。森自体薄暗いのだが、徐々に気温が下がってきているので夜に近づいていることは間違いではなさそうだ。「どっかで野宿―――もどきの事をした方がいいかもしれない」

「やっぱそう来ちゃう?」
「そう来ちゃう」

まじかよーと叫びながら、メリッサはその場に寝転がった。女という性別だと思うと恥ずかしくなるような、だらしない体勢でごろりと寝転び、足をばたつかせる。

その光景に多々唖然としながら
「メル疲れたんなら休んでなよ。まだかかりそうなんでしょ?」
と優しく声をかけ、リュックから取り出した毛布をそっと彼女にかけた。

「うん」メリッサは大きく頷く。「アタシの追ってるヤツは、情報に寄ればこの森の奥にある廃村に居るらしいから」

フリッグは詳しい話を聞いていない。ただ聞いているのは、多額の賞金首であるカーネリア種の男を探している事と、その男は自分の出身地に戻る可能性が高いといことだけである。

だから、メリッサは森の奥にある村を目指していた。



「メルは休んでて。僕は、食糧とか探してくる」
周囲を見回し、優しく言った少年を心配そうに少女は見て言った。
「迷うでしょ」

「迷わない」メリッサの言葉を優しく否定するように、首を横に振った。「ポチは鼻が良いから、メルのにおいをかぎつければ戻ってこれるよ。それじゃ」



 竜を引き連れたフリッグはメリッサと別れ、進んでいった。草木を掻きわけ、奥へ、奥へと。