Veronica(ウェロニカ)
作者/ 朔 ◆sZ.PMZVBhw

◇Oz.2: Norn-運命の女神と混乱の関係- Part1
雨が、あがって、風が吹く。
雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
なまあつたかい、風が吹く。
なんだか、深い、溜め息が、
なんだかはるかな、幻想が、
湧くけど、それは、掴めない。
誰にも、それは、語れない。
誰にも、それは、語れない
ことだけれども、それこそが、
いのちだらうぢやないですか、
けれども、それは、示(あ)かせない……
かくて、人間、ひとりびとり、
こころで感じて、顔見合せれば
につこり笑ふといふほどの
ことして、一生、過ぎるんですねえ
雨が、あがって、風が吹く。
雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
なまあつたかい、風が吹く。
(中原中也全詩集より、春宵感懐)
「嬢ちゃん、一体、そりゃあなんだ?」
市場の並ぶ大通の片隅で、テントに並べられた野菜の隣の棚に座り唄う少女に、がたいの良い四、五十代と思われる男が訊ねた。
「チュウヤ・ナカハラと云う人の詩だそうだよ。
ドコの人のだか、ものだか知らないけどねえ」
焦げ茶のショートヘアの少女は、琥珀のつり目をニヤニヤとしながら男に向けた。
「好きなのかい」
「うんにゃ、別に」
彼女の髪の毛をあげている黒のリボンが揺れた。 腹部の露出された、ある程度露出度の高い服だがそれほど彼女の肌は焼けていない。
「先程まで、ちょーいっと詩集を読んでいたもんで。覚えたってトコかな。
―――オッサン、野菜いくら?」
少女は棚からピョンと飛び降り、並べられていた人参を一つ手に取り、訊ねた。
「五〇プラッタ(一プラッタ=一円)になるよ」
「ふーん…。でも、良いや」
と言って少女は人参を戻した。
「嬢ちゃんはアーバン種の旅人かい?その琥珀のような瞳は、アンバー種だろ」
苦笑いを浮かべながら男は少女に訊ねる。
「まーね」男の目も顔すら見ず、少女は野菜の中に手を突っ込みながら答えた。「取り敢えず、各地を回ってるワケ」
アンバー種―――琥珀のような瞳を持つこの種族は流浪の民とも呼ばれている。
元来、束縛されることを嫌い国家や法を毛嫌いしているこの民は決まった国も住みかも持たず、自由に世界を回っている。行商人や、旅人になる者が殆どだ。
悪戯染みた黄褐色の瞳を男に真っ直ぐ向け少女は言った。
「ほーんじゃま、アタシは行かなきゃいけないから。じゃね!」
「あ、ああ…」
突然大声を発し、手を振りながら去っていく少女に唖然としながら男は一応手を振り返りした。
暫くして、男は売上金が全て無くなっていることに気付く。最後に来た客は、あのアンバー種の少女だった。
最後まで不敵ににやにやと笑っていたことに"もしかしたら"という思い込みが生まれ、男の思考を蝕んでゆく。
そして、男は叫んだ。
「あの餓鬼(ガキ)、やりやがった!!!!!」
ウェロニカの放ったバジリスクを倒してから三日が経った。奴の猛毒を浴びたフリッグは、コレットに急いで病院に連れて行かれ、治療を受けたらしい。
幸いにも命に別状は無く、二日後ぐらいには病院を出た。―――その際、一度もウェスウィウスは現れなかった。
「いやあ、本当驚いたもんだ」
民宿ベテルギウスの主人バレット・アイゼンヴァンクは野太い声を張り上げた。
「何が?」
退院後、ベテルギウスには娘を助けてくれたお礼として無期限無料での宿泊を許されたのだが、流石にそれは何の礼もなくいるのは失礼なのでフリッグはバレットの買い出しに付き合った。
「お前の回復力。後、話を聞けばソイツが大きくなった…とか」
「ああ、コイツね」フリッグはそう言って、右肩に乗っているポチの頭を撫でた。「小さいころからの腐れ縁。本当は、アレが―――大きな姿が本来の姿なんだけど。アイツは自分の意思でサイズ変えられるんだよ」
――― 十年前。
『ねえ、おじさん。ポチ飼っていい?』
ニット帽をかぶり、分厚く着込んだフリッグは、燃え盛る暖炉の前でロッキングチェアに座り、パイプをくわえている男性に訊ねた。
『―――ポチ?拾ったのか?』
尖った耳に、蒼の瞳と白金の髪。顔の整った男は、フリッグの前まで歩いてきて彼の頭を優しく撫でた。―――彼はウェロニカの実父、ウェスウィウスの義父、そしてフリッグを拾ったウィーゼル・アリアスクロスだ。
『うん』フリッグは大きく頷いた。『近くの林で遊んでたら、拾ったの。雪まみれで可哀そうだったから持って帰ってきた』
『そうか、そうか』ウィーゼルは優しく微笑んだ。『フリッグ、お前は優しい子だね。私は犬を連れて帰ってきたことなんて怒らないよ。寒そうで可哀そうだもんな。そのままにしてれば、死んでしまうかもしれないもんな。
えらいぞ、フリッグ。お前はなんて良い子なんだ!』
本当に心から笑ってくれていた。ウィーゼルはフリッグと同じ目線になり、彼の頭をくしゃくしゃになるくらい撫でまわした。フリッグもそれは嫌ではなかった。―――むしろ嬉しかった。
『そら、見せてごらん』
フリッグは後ろの手に持っていたものをウィーゼルに見せた。―――彼が驚いたのは言うまでもない。
彼が見せたのは、緑の小さな子竜だったのだから。
―――そういえば、あの時コイツを見せたんだっけ。名前をポチってつけていたから、おじさんはてっきり犬だと勘違いして…。でも、飼ってもいいって言っちゃってたからおじさんは飼うのを許してくれたっけ。
『その代り、世話はフリッグが全部やるんだぞ』
彼がその直後に奥さんに怒鳴られ、別れ話が出るぐらいの喧嘩が勃発したことは鮮明に覚えている。
泣きじゃくるウェロニカと、ウェスウィウスの必死の訴えで離婚にまでは行かなかったが一週間程度お互いに口を利かなかった。当時の自分は、自分がその原因だとは知らずにポチとのほほんとしていたが。
思わず思い出し笑いをしてしまたった彼は、吹き出してしまった。それを見たバレットは不思議そうにフリッグを見た。
「ああ、そうだ。忘れてた」
フリッグはそう言って、バレットに向かって鼻フックを仕掛けた。
「よくもまぁ、ベテルギウスなんて惹かれるような名前にしてくれたな…。
――――――それじゃ」
痛みに鼻を押さえる男を置いて、すたすたとフリッグは進んでいってしまった。
「………なんだ、アイツ」
彼がそういうのは当然のことだと思う。
* * *
あとはウェスウィウスだけである。アイツに鼻フック+パイルドライバーを仕掛ければすべて終わりだ。清々した気分になることは間違いない。
軽く鼻歌混じりで市場の並んだ大通りを進むフリッグに何かがぶつかった。その衝撃でぶつかったなにかとフリッグは同時に尻もちをつく。
「ゴメンっ!!!!」
ぶつかったのは、アンバー種の少女だった。焦げ茶のショートヘアに前髪を、後ろに結ばれた黒いリボンであげて、広いおでこを出しいる。随分軽装で露出が高めだが、肌はそれほど焼けていない。
軽い釣り眼の彼女はフリッグより先に立ち上がり、砂埃を払った。
同時に背後から何人もの年齢のばらついた人間の声がした。それらは徐々に近づいてきて、フリッグらの直前まで来て止まった。
「ソイツは、さっき俺のとこの売上金全部盗って行ったんだよ」
「よくも店のお金盗んでいってくれたわねぇ」
「儂(わし)のところも」
「あら、うちも」
その言葉は全てアーバン種の少女に向けられていた。しまいには全員彼女と鼻がくっつくくらいまで近づき、
「返してもらおうか!!!」
と声をそろえた。
「リッ…リングワンデルング現象!!!サブリミナル効果ッッ!!!!ドップラー効果ァァッ!!!!!」
少女は叫び声をあげ、そのまま逃走しようとしたがうち一人の一番がたいの良い男に首根っこを掴まれてしまった。
「返 し て も ら お う か …!」
男の憎悪の籠った声に合わせて、「返せ」「返せ」と手拍子を交えて残りの者たちは少女に近寄る。
「あ―――ッ…!仕方がないなぁ、モッ!!!」
怒鳴り声に近い声をあげた少女は右手を空に突き出した。何もなかった右手に杖状のものが現れた。
それに全て集中した彼らはつい少女から注意をそらしてしまった。上手くその中からすり抜けた少女は杖を地面に刺す。
「運命聖杖ノルネン・発動!<ウルズ>ぅゥッッ!!!」
そう叫ぶと刺された地面は緑の光を発し、彼女にたかっていた者たちを包みこんだ。
「何これぇ!?う、動けない…!!?」
一番若く見える女性が悲鳴を上げた。それに続き、何人もの人々が悲鳴を上げる。
フリッグは唖然としていた。すると突然首根っこを強く引っ張られ、体が宙に浮いた。
「アンタも同罪ってぇ、コトで!」
「は、ハァ?」
フリッグを掴んだ少女はそのまま猛スピードで走って行った。そのあとを追うように、ポチは飛んで行った。

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