Veronica(ウェロニカ)
作者/ 朔 ◆sZ.PMZVBhw

◇Oz.13:Dawn-You're ALONE,aren't you?- Part4
* * *
「―――遅いッ!」
足でメトロノーム並の的確さのリズムを刻ませながら腕を組んだ黒いドレスの幼い子供が怒鳴った。その真ん前で正座をしているのはラピスとカルディナーレ、クロノだ。
クロノのジャケットに付いたふさふさのファーに顔を近付けたヘルはくすりと笑ってから彼の右頬を人差し指でなぞった。
「下手なことをしたらオバサマ怒るってことよ」
「―――うるせぇババァ。小皺増えてっぞ」
そうピシャリと言い返されたヘルは憤慨したのか、クロノから離れて肩を震わせていた。そして両手を伸ばし、空中を仰ぐ。黒手袋の付けられた手に、若紫の怪光が宿り、それが杖のように伸びていく。先端がハートを模した形に変わった。
「夢想者メーディア!」
女がそう叫ぶと紫の光が全て弾け飛び、中から銀光を発した巨大な鍵が現れた。それをクロノに向け、ヘルは笑う。
「さあ、メーディア。この男の精神をぐちゃぐちゃに壊してあげましょ。切って裂いて剥がして潰して挽いてくり貫いて……微塵も残らないように」
夢想者メーディアの先端に付いたハートの部分をクロノの首筋にピタリと当てる。
「……ヘル」
流石にまずいのでアングルボザは彼女を制止した。舌打ちをして仕方なくヘルはメーディアを離す。そしてそれをしゅん、と消した。
「神器をそうやすやすと使うものじゃない、って言いたいんでしょ?わかりましたわよー」
不貞腐れて唇を尖らせ、頬を膨らませる。大理石のみで作られた広い部屋に足音が響く。入ってきた白を基調とした女―――ウェロニカは相変わらずの曇った蒼い瞳を白けさせ、呆れたように溜め息を吐いた。
「何してるかと思ったらくだらない……。【罪禍】も何をしてきたのかと思いきや」
ウェロニカにちらりと見られたラピスは舌打ちした。緋色の目で睨みを利かせる。相手は涼しい顔をしていた。
部屋の壁に沿うように一定間隔で部屋を囲むよう配置された石の玉座の一つに腰をかけたウェロニカは右手から杖を出す。銀の色を放ち、先端には三つの輪が付いたような杖―――錫杖に近いような形である。運命聖杖に酷似したものだ。それを合図にしたようにその場に居合わせた数人も手から何かを出現させる。
操り糸のようなものを両手の指にくくりつけたカルディナーレはにこやかにいう。発声と同時に彼の蒼い短髪がふわりと浮く。
「傀儡召喚(くぐつしょうかん)シモン・マグスでしょ?」
「……陰陽 干将莫邪(いんよう かんしょうばくや)」
カルディナーレに続いて喋ったのはクロノ・ヘルだ。火と水を宿した対の刀を出し、同時に床に突き刺す。
「此処には居ないけれどもロキが指環(ゆびわ)アンドヴァリナウトを、トールが雷鎚(らいつい)ミョルニル。あと、アイアンサイドの神槍(しんそう)グングニル」
細くするようにアングルボザが言う。彼女の娘のヘルは"兄"の上に乗って再びメーディアを出す。
「で、夢想者メーディア」それから視線を部屋の入口付近で床に刺した戦斧に寄りかかっている白髪の少女に向け、彼女を意識して「ケイオスの妹が手に入れちゃったのが枷紐(かせひも)グレイプニル」
と声を発す。
「……小生は復殺者(ふっさつしゃ)ダグダ」
ケイオスと呼ばれたその少女は戦斧を抜き、黒いドレスの裾を振りながら淡々と言葉を言う。―――ヘルには乗らなかった。
その隣に居た空色の髪の少女も続いて手元に本を出す。
「フォルセティが持つ天命の書版の姉妹書―――聖人の書版。ふふ、天命を使う子が気になるなぁ」右手を口元に触れさせてくすくす嬉しそうに笑った。「早く会いたいなぁ」
「そして私が持つ、審判罪杖ホーライ―――」
手に持っていた杖をそう読んで白金の女はそれで弧を描いた。
「フリッグ側にあるのは運命聖杖ノルネン程度?」
「そうだね」ウェロニカにラピスが答える。視線は全く交わっていなかった。「此方には村雨丸と天艇(てんてい)スキーズブラズニル、鷹の羽衣に、あの変態が持つ白銃(はくじゅう)アクテルケと屠殺者(とさつしゃ)ルーン。あとはスノウィンで魔弾の射手ステラツィオが手に入れば手元に有る神器は十四?まだ足りないか」
「見当たらない神器も多いし、"アースガルドの王族"っていうハズレた奴等が作ったのもあるからね~―――グングニルとかさ。"彼"や、"彼の仲間"も作る可能性アリだし♪
あ、でもでもアウトトリガーが持ってるのもあるから、今十四個だよォ」
カルディナーレが言ったのを聞いて、ヘルはそこそこ揃ってきたものだと思う。しかし、揃う神器とは裏腹に十二神将は相変わらず不在ばかりである。先程まで居た筈の【狂信者】も「最終調整が居る」と言って去っていった。
力は貯まりつつあり、"宝珠"も集まりつつある。あとは邪魔者―――フリッグの排除だけだ。
* * *
白いノースリーブの中に隠されていたものをメリッサは密かに外し、掌に転がす。深紅の雫のような硝子玉に、銀の両翼を象った飾りの付けられた小さなペンダントだった。それを朝日に反射させ、じっと琥珀の双眸で見た。
『馬鹿はこれでも付けてろ、馬鹿』
硝子から声が聞こえた感じがし、同時に彼女の"父"の姿が視界を過る。
好青年が老けたような顔でメリッサと同じ焦げ茶色の髪。無駄に伸ばし、背中の半分を覆うくらいの長さになった焦げ茶の流れを一本に結い、いつも白のタンクトップで腕に付いた筋肉を見せびらかしていた。年中常にサンダル。呆れるその姿に、悲しいかな、嘗ての自分は完全に彼を好いていた。
家族を全員喪ったにも関わらず生きている裏切り者の自分。久しぶりに、その忘れていた筈の罪悪感が蘇り、それに苛まれる。
「―――メリッサ?」
まるで心配しているかのように、唐突にフリッグがメリッサの琥珀玉を覗き込んだ。ハッとした彼女は急いでペンダントを持つ右手の上にもう片方の手を被せてそれを隠す。
「あ、なんでもないない」
その場を取り繕う。フリッグは不審そうに見ていたが、メリッサに何を訊いても答えないと見たので突っ込むのを止めた。
「しっかし、大量虐殺犯と戦(や)りあうとはすげえな」
一人言のように呟き、混血の男は何度も首を縦に振っている。その横を歩くレイスは遠くに人影を見つけた。白黒と萌黄色の何かだ。
「おい!」
指を指した。それに、三人は視線を飛ばす。白髪の幼い娘と栗毛の少年がよたよたと歩いて向かってきていた。彼らも此方に気付いたようで、フォルセティは手を大きく振りながら走り出した。後にリュミエールが続く。
朝日が顔を出した。それに照らされた大きな二つの影の塊は、一つになった。

小説大会受賞作品
スポンサード リンク