Veronica(ウェロニカ)

作者/ 朔 ◆sZ.PMZVBhw

◇Oz.11:Howling-母(Tiamat)と子、追憶- Part3

『元は、人間だった竜―――らしいの』

―――人間が竜になる?聞いたこと無い……。

クリュムの意味深な言葉が頭を駆け巡る。そんな感じでフリッグはアイゼン共和国に到着した。最近建国したばかりの、スピネル種の国である。そう言えば、ここ近年は、南のアースガルドと言い、東のアクエリアと言い、結構な国が成り立ってきている。種族の上に立つジェイド種に対しての対抗勢力が強まってきている証拠かもしれない。

 "転送魔法陣"といって、数年前にジェイド種が発明したものを使ってウィンディアからアイゼンまで数分足らずでやって来たのだった。貼られた魔法陣が、それに対応する場所と呼応して、上に乗る人間をワープさせる仕組みだ。便利だが、使う人間は限られている。所謂(いわゆる)"職権乱用"をして、フリッグはアイゼンにやって来た。

「元は人間……。全く、どこのゴノーさんだよ―――って、このネタ分かる人居るのかな……」
傍(はた)から見ると、単なる変人のような一人言を呟きながらフリッグは道を歩いて行く。

聞いた話だと、竜は人里離れた場所で暴れているそうだ。―――人里離れた、と言ってもその前にはそこそこ大きな自治都市があったらしい。だが、今の其所は竜に焼き尽くされてしまったと聞く。つい、二月前程の話だ。
 回りは森で被われている。が、鬱蒼とした深緑の奥で、補色対比の赤が鮮やかに広がっていっているのを翡翠の眼は捉えた。もっと近付けば、より分かるのだろうが、そう易々と近付くわけにも行かない。そっとフリッグは耳を澄まれた。遠くの音を、注意深く聞き取る。


「さ、しっ、ごっ………ろっ、しっ、はっ………」子音だけを発音するように―――まるで母音の発音迄には気が行き届かないという感じに―――フリッグの口が次々に言葉を発していく。「アバウト十人か。今、死んだ数は」
自分自身に言い聞かせるように言ってから、彼は遠くを見た。今、竜の居る場に"生きている人間"は居ない。

―――厄介だな……。ダイレクトに突っ込むわけにもいかないか。

そうぼんやりと考えていた、その時だった。

「ヒト、か?貴様」


老婆の声にしては、酷くしゃがれすぎている、声だった。人間の声帯が出すような声ではない。咄嗟にフリッグは振り返った。自分のすぐ近くに、深緑の鱗に被われている巨体に深紅の眼があった。どうやら不意を突かれたようである。

―――っ、遠くに居た筈なのに……。いつの間にか近付かれていたか!

竜は舐めるようにフリッグを見ていた。

「は、半分アタリですよ」
普段の饒舌な物言いは、逆に片言なものに変わってきていた。汗が静かに頬を伝う。焦りを見せてはいけないという焦りが、尚一層焦りを表面に表しているようだ。

「ヒトだけでは無いな。魔物の臭いがする」
「だから半分アタリですって……」
「そうか、貴様はヒトと交わった魔物か」
「そう簡単には答えられませんよ」詮索してくる竜に警戒しながら、一つ一つ問いに答えた。どうやら、竜にも敵意は無いようだ。

 まだ鼻をフリッグの躰に押し付け、すんすんと嗅いでいる。しつこくそのようにしてくるのに、流石に参った青年は仕方無く吐いた。
「あまり言いたく無いけれども、僕は魔物と人間の間の子なんですよ」
人間と魔物の偶然の産物である自分の正体はクリュムにしか話したことはなかった。だが、この竜の警戒を解くには少しでも言っておいた方が良いとも思ったのだ。

「―――ほう、やはりな。で、貴様は何をしにきたのだ?」
納得したように竜は何度も頷いた。警戒は解かれつつあるようだが、まだ気を許してはいない。
「恋人からの頼み事でしてね。貴女を止めに」
「は―――はははははははははははははははははははははは!!!!」フリッグの答えを聞いた竜は笑い声をあげた!周囲の大気が篩にかけられたように、激しく振られる。「止めるか!そうかッッッ!!」
大きな両翼を広げ、竜は空に飛び上がった。空からフリッグを見下しながらまだ笑っている。
「遠くで死んだ人の数―――。貴女ですね」
睨みを聞かせた二つの翡翠を見て竜は口を吊り上げた。

「その眼は今までの奴等とは違うな。何だ?殺した中に貴様の恋人でも居たか?友人でも居たか?家族でも居たか?」
「全部外れですよ。貴女は哀しい」
哀れむような瞳を向けた青年を見て、竜の中の怒りがふつふつと煮えだった。

「何が分かるか?哀れむのか、貴様は!?
要らん、要らんぞッッ、哀れみなど要らんッッッ!!!!」

まるで怒りに囚われた竜はフリッグに向かって咆哮した!フリッグは咄嗟に音を盾に変えて防ぐ。何も見えなかったが、焔は吐かれていた。盾に弾かれた"見えない火"は周囲に飛び散り、草木を燃やした。

「凄い。本当に完全燃焼した火を吐いてくるとは予想外でしたね。
学校では『青い火が完全燃焼』と言いますけど、完全に全てが完全燃焼すると焔は透明になる―――そんな高度なものが出来るとは。
ハイ、ここテストに出ますよ」
漸くペースを取り戻してきたようだ。饒舌になったのは、竜が攻撃してきたからである。相手から攻撃されれば、此方が出方を窺わずに済む!

 竜はフリッグに暇さえ与えず焔を吐いて攻撃し続ける。その竜の眼をフリッグは見た。―――哀しい、哀しい眼だ。

途端に自分を守っていた防壁を、フリッグは解いた。咆哮を直に喰らう。ギリギリで避けようとも思わなかった。そのまま皮膚の表面が焼かれた!

「何故、守りを解いた?」

萌黄色の服を焦がせ、その下の肉までも焼かれたフリッグは倒れもせずそのまま立っていた。それを見て不思議そうに竜はフリッグの元に降り立ってきた。彼の顔を覗き込む。

「哀しみに囚われる貴女を見ているのは、哀しいです」
ぜえぜえと荒い息をあげていた。彼から戦意は無かった。

「哀しみ?何を言うか若造。私には憎悪しか無いのだよ」
―――家族を殺した奴等に対する、な。
嘲るような視線でフリッグを見下し、笑う。が、青年の眼は変わらなかった。それどころか、まだ言う。

「いえ、"哀しみ"です」

 流石にこれには参った。この男は色々な意味で"特異"な人間である。

「貴様、名は何と言うか」
竜の問い掛けに、フリッグは声を張り上げて答えた。

「フリッグ=サ・ガ=マーリンです!」


が、答えたと同時に彼はその場に倒れ込んだ―――。