Veronica(ウェロニカ)
作者/ 朔 ◆sZ.PMZVBhw

◇Oz.3: GrandSlam-錫杖、両刃、骨牌の独り勝ち- Part3
* * *
"遁走曲
自分の速度を急激に上昇させ、魔物の攻撃をフリッグは避けた。足元に砂煙を立てながら、続けて指揮をする。
"円舞曲
続けて、右手を突き出し、そこから何発も光の弾を連続で撃ちだした。弾は魔物たちを貫く。貫かれた魔物はその場に倒れこんでいった。
"輪舞曲
最後に両手を地面に付け、そこを中心に広い範囲に渡って衝撃波が放たれた。竜巻のようにそれは徐々に渦を巻き、魔物を空へと吹き飛ばした後急に消滅し、吹き飛ばしたものを全て地面に落した。
「――――――はぁッ…、はッ……!」
胸が苦しくなり、押さえてフリッグはその場に倒れこんだ。ぜえぜえと荒い呼吸をしていた。口の中に血が滲んでいるようで、鉄の味がした。流石に連続で使うのは、フリッグにきつ過ぎたようだ。
「貴様は見かけほど弱くは無いのだな」
銀髪のカーネリア種は至って余裕である。操った魔物を向けているのだから。
「―――ッセっっコイなァ!」
咄嗟に起き上がり、男に向かって走った。トランプが放たれ、それを避ける。が、男はフリッグの後ろに居た魔物たちを操りフリッグに攻撃を命令する。攻撃に応戦し、無駄に体力を削る―――先程からずっとこの繰り返しである。
「なかなかだ」
男は賞賛しているようだったが、それはフリッグにしてみれば不愉快な物以外なんでもない。何も答えず、フリッグは戦う。
「ケッコー、余裕―――じゃん?」
頭上から発された少女の声にハッとし、男は瞬時に空を見上げた。ものすごいスピードで降下してきた人間は、男の眼前に綺麗に着地した。
「誰だ、貴様は」
「ジェームズ・ノットマン―――――っしょ?」
現れたのはメリッサだった。メリッサは男を指差し、言った。その言葉に男の顔つきが豹変する。
「貴様も帝国の人間か――――――!」
ジェームズと呼ばれた男は眼をぎらつかせ、操った魔物でメリッサを吹き飛ばした!が、彼女は咄嗟にノルネンを手に持ち、地面に突き刺したためそれほど飛ばされずにいた。そのままノルネンから光が発される。それを中心に巨大な魔法陣が描かれた!
「帝国ゥ?アンバー種のアタシがそんなとこに縛られてるワケ無いじゃん?!」魔法陣を底面に、光のドームが現れ一面を覆った。「ジェームズ君、アンタこそ帝国の人間じゃないの?カーネリア種でさぁ!」
「黙れェェェェェッッッ!!!!!」
無数のトランプがジェームズから放たれた。新たに操られた無数の魔物がジェームズを囲う。
「貴様は黙っていろ!我輩の邪魔などして――――――死ねッッ!!!」
ジェームズの指示で魔物は一斉にメリッサへと向かった。
「運命聖杖ノルネン・発動ォォッ!!!
"スクルド"!!!」
メリッサの叫びと共にドームが激しく瞬いた。光を浴びた魔物は全て一瞬で消滅した。だが、男は無傷だ。
「我輩の用事があるのはあの男だけだ。邪魔をするな、琥珀の者が!」
一瞬油断したメリッサの胸にトランプが突き刺さった。
―――そんな!?
ある程度の魔物を倒したフリッグは、メリッサの方を振り向いた。焦げ茶の髪で顔を隠し、少女はバタリと倒れている。
だが、
「残念、アタシのお財布が挟まってたんで大丈夫でした!」
跳びあがるように起き上がったメリッサは財布を取り出し、見せびらかした。そのまま跳躍し、ノルネンをジェームズの頭上へと振り下ろした。
「ゴキブリのようだ!」
ハッ、と大きな笑い声をあげてノルネンを掴み、少女ごと振った。飛ばされたメリッサは森の中へと勢いよく飛んでいく。
「邪魔者は消えた。あの餓鬼の行った場所には我輩の放った魔物が居る。助けには―――来ないぞ」
疲れ果て、しゃがみ込んだフリッグを見下しながらジェームズは淡々と言い放った。
「―――――― 一つ、訊いていい?」
「良いだろう」
少年は翡翠の瞳を真っ直ぐと男に向けた。
「アンタの目的は、―――僕な訳?」
フリッグの問いかけに、ジェームズは唖然とした。この少年は、何も覚えていないのか―――そう、何も。
「貴様は何も覚えていないのか?」
その言葉には、八割のフリッグの質問に対する失望と二割の憎悪が込められていた。顔つきも!声も!等身が違うだけで、"あの男"本人と間違いのないこの少年はこんなことを言っている―――。都合のいいことは、全て忘れたのか。
「フッ――――――フッハッハハハハハハ!!!!
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
狂った笑い声をジェームズは上げた。それは周囲にこだまし、闇夜を恐怖に染め上げていく。
咳き込むフリッグの首筋に、懐から取り出したナイフをピタリとジェームズはあてた。ナイフの冷たい感触と死への恐怖が、フリッグの首筋を伝って彼の中へと張り込んでいく。
「忘れたのか。なら、それはそれでいい。何も知らずに――――――――
死ね」
ナイフを首に減り込ませようとしたが、まだあきらめていないフリッグの手によってそれは阻止された。まだ、まだあきらめてなどいない。そのまま力強く、ナイフを押しのけた。
「アンタと僕は、初対面だろ……。知らない奴に殺(や)られたくないし」
音を使ってジェームズを吹き飛ばす。細身の男の肉体に、初めて傷がついた。
「大器晩成……じゃ、なくて。えっとコレは何ていうんだっけなぁ」
フリッグはふう、と息を吐き出しゆっくりと立ち上がった。同じく立ち上がったジェームズは服に付着した砂を払う。
「あ、"起死回生"―――――――だっけ?」
フリッグの頭から、ヘッドフォンが地面に落とされた。
* * *
「うっさ、い、なぁっ!!!」
杖を巨大化させ、一気に薙ぎ払う"ベルザンディ"の形態になったノルネンを振ったメリッサは叫びながら走る。
この魔物たちはすべてジェームズ・ノットマンのトランプで操れている。彼女は、五十二枚の特定のトランプのみでしか操れないと踏んでいたが、その予想を凌(しの)ぐほどの数をあの男は操っている。恐らく、奴は"トランプ"という物体自体を武器としているということだ。
「多すぎんだよ!」
前方から来たものを全て払う。ノルネンを駆使し、必死に応戦した。―――が。
「!?」
メリッサの頭は背後まで回らなかったようだ。突然べたりと何かが貼りつく感覚に彼女の皮膚に鳥肌が立つ。大樹が彼女の背中に当たっていた。―――追い詰められてしまった。
「ウソでしょォ!!?」
泣き叫びながら、流れてくる無数の魔物を見ていた。そのうちに、メリッサの周囲すべて囲まれてしまった。
―――あの竜はアタシ落とした直後に飛んでっちゃうし!
ポチは、メリッサを落とした直後にどこかへ飛び去って行った。正しく言えば、その前からジェームズの傀儡と化した魔物に追われていたため、自分も下に降り立つ余裕などなかったのだ。
追い詰められ、囲まれ―――逃げ道も無い。息が上がり、体力もつきかけている。無駄に高いテンションで文章を盛り上げようとした自分に腹が立った(メリッサがしたというよりは作者が強制的に書いたという)。右手でノルネンを握り直す。ウルズを使用しようと思い、地面に突き刺そうとした刹那、手から杖が滑り落ちてしまった!あまりの出来ごとにメリッサは唖然としてしまった。
―――あ、こりゃだめだわ。
死を悟った。まだ死んでもられないのだが、仕方ないのかもしれない。
閉じかけたメリッサの眼は、一筋の閃光を捉えた。
閃光が走った跡に居た魔物は全て一刀両断されている。人の足音を、メリッサの耳が捉えた。
「大丈夫か」
黒いコートを羽織り、一八〇センチほどのアンバー種の青年がそっと右手を差し伸べた。左手には大剣が握られている。青みのかかった艶やかな長めの黒髪に顔を隠しながら、手を握ったメリッサを優しく受け止める。
「―――おぅ」
同族に救われた少女は、青年にそっとお辞儀をした。青年もそれをお辞儀で返す。
「アタシは、メリッサ=ラヴァードゥーレ。十七歳で、賞金稼ぎ。アンタは?」
アンバー種には、種族同士の場合、会ったものには必ず自分のフルネームと年齢、簡単な職業の説明をしなければいけないという礼儀作法がある。他種族から迫害されてきた長い歴史の中で、同種族同士はある程度団結しておこうという心構えから出来たものである。その作法に則り、メリッサは青年に自己紹介をした。
「そうか…」メリッサの名を口で声に出さずに繰り返して見てから自分を指して青年は言った。「俺は、レイス。レイス=レイヴェント。旅人だ。年齢は―――十八」
「じゅうはちぃ?!」無駄に大げさなリアクションでメリッサはレイスの顔を覗き込んだ。十五センチほど身長が違うため、背伸びとジャンプを繰り返して…だが。
「十八歳」
「ウソだァ…絶対二十歳(ハタチ)超えだよ二十歳」
同じ言葉を何度も繰り返すメリッサの姿に少しレイスは悲しみを感じる。今まで年齢を告げてきた相手は皆同じ反応をしていた。確かに自分は年上に見られる傾向があるが―――流石に少しばかり、年齢が近いものくらいには分かってほしいものである。
「一緒に居た、エメラルド種の少年はどうしたんだ…?」
レイスはポーカーフェイスのようで、先程から全く表情を変えていない。同じような表情のまま、メリッサに訊ねた。
「ああ、フリッグね…。って、何で知ってんねん!」何処から出したか不明なハリセンで、軽くレイスを叩きツッコミをした。「なんか襲われてッから、助けに行かなきゃなんだけど数多いは相手強いわ――――――」
腰痛ぇー!と最後にメリッサは雄たけびを上げ、腰を摩(さす)った。
「―――そうか…」レイスは俯き、握った左手を唇にあてた。どうしようか考えているらしい。
少しばかり考えると、メリッサの眼をしっかりと見て、僅かな笑みを浮かべて言った。
「俺を雇うか?もしも雇うなら、メリッサ―――君をオーナーとして、命に代えてでも守ると約束しよう」
「マジか」
メリッサは眼をぱちくりさせた。先程一瞬で魔物を倒した腕前。確かに今まで会ってきた者たちの剣技をはるかに凌駕(りょうが)するものである。―――彼となら、ジェームズ・ノットマンを倒せる可能性は低いわけではなさそうだ。
しかし、一つだけ心配事があった。金である。財布の中身は切なく思えるぐらいの金銭しか入っていない―――が、いざとなればとんずらすれば良いや!という邪(よこし)な考えがメリッサの頭に浮かび、それを結論としてしまった。
「よっしゃ!頼むわ!!」
メリッサの言葉に、レイスは大きく頷いた。
フリッグの居場所―――あの廃墟へは、今までメリッサを追ってきた魔物たちが倒していった樹木などを辿って行けば分かる。
二人のアンバー種は駆けだした―――!

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