Veronica(ウェロニカ)
作者/ 朔 ◆sZ.PMZVBhw

◇Oz.18:Schneesturm(シュネーマン)-哀しきさゞめごと② 後悔、先に立たず- Part3
* * *
「アイゼン共和国の銃器メーカーのか。すげー……」
席に座りながら、ウェスウィウスは好奇の目で置かれた銀の拳銃を見る。
「S&Wね。有名所よ。正義の銃なんて言われてる」
エイルという秘書は注ぎ終わったポットを置いて、銃を没収。持ち主なのだ。
「あ、エイル君は何だか不服そう?」フレイが火に油を注ぐような発言をする。「なんなら、今夜相手しようか」
「いえ、結構。貴方みたいな放蕩評議員はゲルドさんとか、抱くのが仕事でしょ?そこまで仕事にしたくないし、あと貴方みたいな浮気者なんて相手にしてたら男が出来ませんからね」
さらりと答え、饒舌に攻撃。フレイも太刀打ち出来ないらしく、黙り込んでいた。
茶を交えながらの会話。ウェスウィウスが軍隊に所属するという手続きと、更には宿舎の提供というまでフレイは話を進めてくれた。――――流石、帝国政府を担う評議員である。が、彼は若い。まだ二十歳を過ぎてすぐくらいだ。十代後半の自分と、一体幾つぐらい違うのだろう。十も離れていない筈だ。
「宿舎の方にはエイル君が案内してくれれば良いよね?」
瑪瑙の双眸を細めて彼は言う。女は顎を引いた。
「貴方と一緒にいるよりは断然マシ」
「そんな放蕩者の秘書をやっているのは何処のお馬鹿さんでしょう」
「さあて、そんな人間(ひと)、この世界には存在しないんじゃない」
二人だけで会話が展開されている。妙に仲睦まじく見えるので、怪しい。しかし、ウェスは深く考えずに見つめていた。やがてエイルが席を立つ。
「じゃあ、貴方の住処に案内するから、ついてきて頂戴」
ヒールの音を鳴らしながら女が歩く。その後に急いで立ち上がった青年が続く。
* * *
胸元から顔を出した竜がくしゃみをした。吐息が白い。
「あー。やっぱりポチも寒いのかあ」
ポチはコクコクと素早く頷いた。フリッグとは違い、この伝説級の竜・ティアマットとは会話できない。竜はフリッグ以外と意思疎通する気はなさそう――という訳ではない。単に彼女が元は人間という、特異な存在であるからなのだ。ちゃんとした竜の血統は持っていない。それ故、彼女の声を聞きとれるのは"絶対音感"を持ったジェイド種のみである。しかし、それも音感が失われたジェイド種とは会話が出来なくなる。
「ネージュには色々とあると聞きましたけどね」フォルセティが白い吐息を吐く。「神器やら、遺跡やら」
「神器は世界的に多いものだろ」
クラウドが冷たく返す。彼の吐息も白かった。黒いコートに比例して白い息を吐きながら、地上の雪原を見渡す。――幸いにも、地上に出れたが、全く分からない場所に着いてしまっている。
スノウィンの村人たちの所為で、ウェスウィウスとは離れたままだ。このまま周囲を詮索していれば、なんとか彼とも会えるだろう。
「どうにかして、探さなきゃだよね」
ふう、とメリッサが溜息。希望という二文字が似合う彼女には今の様子は似合わない。寒い為、躰を小刻みに震わせていた。
「そうですね」
紫紺の眼をした少年が頷く。ふと、周囲を見た。雪に埋もれた大理石で出来た建造物らしきものが見える。あれ、と指差し、二人の意識を呼び寄せた。
「何でしょうか?」
近づいてみると、恐らく古代の建造物だと言うことが一見で分かった。取り敢えず寒さを防ぐのに、メリッサは何でもいいから建物に入りたくて仕方が無かったらしく、一足先に足を入れていた。「あ"」と二人の男が同時に籠った叫びを上げる。
「だって寒いじゃん」
何とも言えない、自分勝手な理論で彼女は突き進んでいた。焦って二人続く。大理石の上を、ブーツが音を鳴らしていた。響いた音が反響して居る。
遠くに何かが横たわっている。嫌な予感がメリッサとフォルセティを貫く。眼を細め、遠方を確認。見慣れた皮のジャケットに、白髪の髪が地に染まって見えた。
――――そんなァ!
琥珀と紫水晶の眼が絶望の色を帯びる。何かを考えるより先に、足が動いていた。少年少女が一気に向かう。
「おい!」
取り残されたラピス種の少年が怒鳴り声を上げた。が、既に二人ははるか先にいる。一人になるのは危険であり、尚且つ雪国に慣れていない人間を勝手な行動にさせる訳にはいかないと判断した彼も足を速めた。が、なかなか二人には追い付かない。
メリッサの口が大きく開けられ、喉から悲鳴の様な声が上がる。
「ウェスッッ!!」
触れようと迫った瞬間、彼女の右肩に何かが掠った。焼け焦げた臭いが鼻を突く。瞬間的に戦闘態勢に入った。躰を回転させ、手元にノルネンを出現させる。
「敵、でしょうか」
ずっと戦闘ばかり続いているのに段々と慣れてきていたフォルセティもメリッサと同じく神器を手元に出す。天命の書版の頁を開き、待機。そんな二人の足もとには大量に弾丸が降り注いだ。避けるたびに後ろへと下がっていく。――恐らく、この銃撃の正体はウェスウィウスから二人を引き離したいのだ。
「彼に近づくのは、止めて」
凛とした女性がこだました。奥から出てきたのは、フォルセティと同じ栗毛に紫紺の瞳をした女性だ。細い体躯が、凛と歩いてくる。手には銃口が四つ付いた銀の銃――まぎれも無い、魔弾の射手ステラツィオが握られていた。
「色々手遅れみたいです」
頬を一筋の汗が伝っている。二人並んだ状態で、魔弾の射手ステラツィオとウェスウィウスを交互に見ながらつぶやいた。
「フリッグに会ったらなんて言えば分かんないよ、コレ」
「最悪のパターンが待っていそうです」
「いや、もう遭遇(あ)ってるんじゃね?」
ウェスウィウスの死と、恐らく敵の手に神器が渡ってしまったという事実。そして無事を確認できないフリッグ。最悪の条件が揃ってしまったみたいで、恐ろしくてたまらない。
相手の女性が持つ神器は、銃の形をした神器の中でも最凶を誇ると言っても過言ではない。最多の銃弾の種類を持つのだ。しかし、相手は神器一つに対し、此方はクラウドを含めれば神器三つ。攻撃力を持つ武器型に、魔法を扱うのに長ける書物型、攻撃力は皆無だが特殊な能力を持つ道具型に分類される神器のうち、メリッサとクラウドが持つのは勿論武器型、フォルセティが持つのは書物型だ。攻撃力に関しては断然上回っている。
「メリッサさんの運命聖杖ノルネンだって、神器の中ではトップクラスですからね」
知識庫である少年の口元が少し吊りあがる。禁書の中でも最強である天命の書版に、全神器中唯一形体を三つに変える事が出来る運命聖杖ノルネンがあるのだ。ノルネンに関しては、三人のジェイド種がそれぞれ作った三つの武器を一つにまとめたと言う特殊なものであり、その能力も通常の神器を遥かに凌駕するものだ。下手をすれば、クラウドの持つ氷孤でさえも軽くへし折ることが出来る。
「二つしかないって聞く、書物型の神器である僕の天命の書版もあります。氷雪系の技を使いこなすのに長けている氷孤もある。これで勝てない方が不思議です」
自信ありげにフォルセティは言い切った。先程までは心配で仕方なかった筈だが、冷静に考えてみると断然有利なのが分かり、戦闘に関する心配は消え去った。早く眼前の彼女を振り払い、ウェスウィウスの安否を確認したい。
一足遅れ、息を切らしたクラウドが入ってきた。彼も氷孤を出し、取り敢えず二人の横に並ぶ。
「なんだ?」荒い呼吸で、彼はメリッサを見た。「敵、か?」
彼女はこくりと頷く。黄褐色の眼が紫紺の女性を捉えた。ステラツィオの銃口が向く。
「双魚宮(パイシーズ)!」女の掛け声と同時に、銀銃に水色の光が宿った。「湾雹凍雨(アイシクル=スリート)!!」
女の声と同時に、大量の雹の様な弾丸が銃口から発射。確実に三人を捉えていた。咄嗟にフォルセティも魔法を展開する。砂色に光る魔法陣が
足もとに広がると、またたく間にそれらが大理石を粉塵と化させた。舞い上がった粉が三人の前に壁を作り上げる。それらはやがて先程まで大理石と存在して居た時の様に硬くなり、強固な壁を完成させた。――防御に秀でた"砂塵の加護(クラウド・オブ・ダスト)"の魔法は全ての弾丸を防ぐ。
「なあ?」
防御しきった彼らに対し、思わず疑念。しかし、それも数秒で次の弾を発射。今度は普通の弾丸だ。壁から出たメリッサが一気に向かい、それをノルネンの<ベルザンディ>で撃ち落とす。
「クラウドさん!」
本のノドの部分に蘇芳の光を宿らせたフォルセティが残っているクラウドの方を向いた。ああ、と声を出して目を合わせる。
「僕が合図したら、出てください」
何だか良くわからないが、今迄の様子から彼の言葉は信用できると判断したクラウドは無言で頷いた。了承したのだ。其れから間もなく、フォルセティが合図を出す。
「今です!」
「ああ!!」
合図と同時に壁が崩壊、クラウドがジェット噴射の様に走り出した。メリッサと同じ距離になったところで、フォルセティが叫ぶ。
「"猛爆(エクスプロード)"」
声と同時に蘇芳の光が激しくなる。同時に、二人の足もとより二歩後ろが爆発。爆風で二人のスピードが加速された。

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