Veronica(ウェロニカ)
作者/ 朔 ◆sZ.PMZVBhw

◇Oz.3: GrandSlam-錫杖、両刃、骨牌の独り勝ち- Part2
* * *
メリッサと別れ、森の奥へと進んでいったフリッグは、少しだけ開けた場所に着いた。相当長い間歩いていたが、食べ物らしいもの等無い。樹の根を食べるなどと言う行為も可能なのだろうが、流石に厳しい。不思議なことに、この森には動物が見当たらない。どこかに潜んでいるのかもしれないのだが、動物どころか魔物すら見かけないので少し不思議に感じた。
辺りは完全に夜である。
「―――集落?」
見るからに廃村といった場所に到着した。煉瓦の建物らしい物体は大きく破壊され、それが幾つもある。焼け焦げた跡、銃弾―――残された形跡からみると、恐らく戦場になった村だろう。
人一人見当たらない、閑散とした廃村をフリッグはふらふらと歩きまわった。取り敢えず、食料は無くとも寝る場所は確保できる。地面の上で寝るよりも安心に思えたので、取り敢えずメリッサを呼びに戻ろうとフリッグはしゃがんでいた体勢から立ち上がった。
「――――――貴様、此処で何をしている?」
低い男の声が、フリッグに向けられ周囲に反響した。咄嗟にフリッグは振り向く。彼と同時に、肩に居たポチも後ろを見た。そこに、銀髪の男が立っていた。
「何をしてるって…。ちょっと森の中を散策してたら迷っちゃって出れそうにないから―――食べ物探しに」
男の深紅の瞳を真っ直ぐと見て、フリッグは言った。皮ジャケットを羽織りジーンズを履いた細身のカーネリア種のこの男は、フリッグを観察するかのように見ている。
―――コイツは…ッ!?
男の脳裏に何かが鮮やかに蘇った。紅い鮮血、燃え盛る己の故郷。中央に立っているのは、緑の瞳に橙色混じりの金髪の男。冷酷な瞳を此方に向け、卑しく唇を歪めている。
―――まさか、な。明らかに等身が違うではないか。
しかし、男にとってその映像に居る男の姿はフリッグに酷似しているものに違いは無かった。
「貴様、生まれは!?種族は!?年齢はッッ!!?」
突然、銀髪の男は声を荒げてフリッグに訊ねた。びりびりと周囲の空気が振動する。耳の良いフリッグは音の騒がしさにヘッドフォンを押さえながらかすれるような声で答えた。
「知らない…ッ。た、多分ジェイド種って奴かもしれない…。拾われっ子だからっ……詳しく知らない!」
そのフリッグの言葉に男はハッとした。
幼いが、声のベースは"あの男"と一緒である。
―――そうか。
やっと、見つけたのか。
「も、もしかしてこの付近の人―――ですか?」嘲るような笑みを浮かべた男に恐る恐るフリッグは訊いた。「違うのなら、一緒に行動しません?少し離れた場所に、仲間が居るし……もう夜だし。あ、僕はえっと―――」
弱腰のフリッグに、男はトランプを一枚、指にはさみながら言い放った。
「我輩に貴様など必要ない。
―――名前も言わなくていい、取りあえず死んでおけ」
一枚のトランプが男の指からフリッグを目掛けて放たれた!突然の出来事に反応できずフリッグは避けきれなかったが、トランプは彼のリュックサックに刺さっていた。
「運の良い奴だ。だが、それもどこまで続くだろうかな」
殺意むき出しの男がフリッグを見下しながら彼に歩み寄ってくる。深紅の瞳が闇の中で光り輝いている。
フリッグは首筋に居るポチに囁いた。
「―――メルを呼んできて」
ポチは首をかしげたが、彼を一人此処に残すということを理解すると離れたくないという気持ちはむき出しにしながら必死にフリッグにしがみ付いた。
「大丈夫。死にはしないから。敵は恐らく一人だ。だから、メルと二人―――お前を入れてなら倒せる。メルが来るまで時間は稼ぐ。
森の中より多少開けてる此処の方が断然戦闘向きだ」
フリッグはポチの頭をそっと撫で、優しく己の体から引き離した。
「――――――頼む」
彼の真っ直ぐな瞳を見て、恐らく先程の意志は本物だと悟ったポチは、スピードを出してメリッサの方角へと飛んで行った。
「主を見捨てる竜とはな。やはり竜族は傲慢か」
銀髪の男は、その光景を見た後、フリッグに鼻で笑いかけた。
「そうだね、アイツは拾った僕に恩なんて微塵も感じてないんだろうね」リュックサックから刺さっていたトランプを抜き、男にフリッグは投げ返した。「アンタのだろ?返すよ」
男は何も言わずにトランプを受け取った。そして殺意むき出しの顔でフリッグを見詰めた。
―――あのトランプは、何だ?
先程から気になって仕方ない。殺傷能力に長けているとは、フリッグにはとても思えなかった。何か仕掛けがあるのかもしれない。
男が、無差別に四方八方へトランプを投げた。其れはフリッグに当たることなく森の中へと入って行った。
「下手糞(ヘタクソ)だね」
フリッグの頬を汗が一筋流れた。不安と恐怖が自分の中にこみあげてきている。トランプが自分に当たらなかったことに第六感が何かを敏感に感じ取っているようだ。
「さあ、如何だろうな」
男が笑った。唇が斜めに吊り上げられ、狂気に満ちた表情を向けている。
突然、フリッグの躰が吹き飛んだ!
「ぐぅう!!!!!??」
身長一六〇センチの少年は地面すれすれで吹き飛ばされ、廃墟の瓦礫(がれき)に勢いよくぶつかった。瓦礫のとがった部分が右のわき腹に刺さり、フリッグはその痛みに叫び声をあげた。
―――何だ!?
先程まで自分の居た場所を見ると、石灰の様な色をした体躯の、鋭く長い牙を剥き出しにしたフリッグよりふた回りほど大きい鬼の様な醜い怪物―――オーガが石で出来た巨大なハンマーを持ち、そこに居た。森で一切見かけなかった魔物である。
―――何で居るんだ…!?隠れてた、のか…?
わき腹を瓦礫から抜き、立ち上がったフリッグは両手を構えた。
「夜なんだから、寝てろよ―――なッッ!!!」
"夜想曲
振われたフリッグの右手から甘い匂いが発した。刹那、青白い光が周囲の闇を切り裂くようにオーガへと進み、魔物を包みこんだ。対象を眠らせるこの技でオーガはその場にバタリと倒れ、深い眠りについた。オーガの頭には、男の持っていたトランプが刺さっている。
「―――役に立たなかったな」
カーネリア種の男はオーガに歩み寄り、そっと頭からトランプを抜いた。すると、抜かれた瞬間にオーガの躰は砂と化し、塵のように風に吹かれて消えた。
「まあいい。まだ居るのだからな―――!」
笑い声をあげた男の背後から、怪しく光る物体が幾つも現れた。月明かりにさらされ、それらは姿を現す。―――何十匹もの魔物が居た。
* * *
メリッサの臭いを追ってきたポチは、鼾(いびき)を思いっきりかいて眠っているメリッサを発見した。鼻を突いても起きる気配は皆無だ。髪を引っ張っても、肌をつねっても起きない。
「―――うひゃひゃひゃひゃっ」
ケタケタと笑い声をあげたメリッサにポチは驚き、思わず彼女から離れた。―――寝言である。
「お金、お金、Oh!money!!!」
ポチは、メリッサの頭めがけて炎を吐いてやった。流石に熱かったらしく彼女は飛び起きた。
「あ、アッツ!何すんのさ、グレート=ヴィクトリア三世!!!」
ポチを指差し、メリッサは怒鳴り散らした。だが、ポチはそんなことをしている暇などない。フリッグの身を案じ、ポチはメリッサの服を掴んで引っ張った。
「な、何?何―――!?」
混乱する彼女に構わず、ポチは巨大化した。周囲の大木が二、三本ほど倒れた。
「はぁ!!!??」
そして、そのままメリッサを口に咥えて飛び去った。

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