Veronica(ウェロニカ)
作者/ 朔 ◆sZ.PMZVBhw

◇Oz.5: Potholing- 一樹の陰一河の流れも他生の縁- Part5
* * *
小さな少年が大事そうに抱えている分厚い本が突然激しく白光を放った。
その様子をみて、フレイ=ヴァン=ヴァナヘイムは卑しい笑みを浮かべる。
「すっ……すみませんッ。な、なんかちょっとあったみたいで!」
話し始めようとしたフレイの視線を始めとして部屋中の者の視線が一斉にフォルセティへと向かった。
彼が立ち上がり、急いでそそくさと部屋を出ようとした時だった。
「アーティファクト―――神器の封印が何処かで解けたみたいだね」
―――!!?
ふっと後ろを振り向くとフレイがにこにことしながら自分を見つめている。冷や汗をかく。―――神器の存在など殆どの人間は知らないはずだ。関係者や、興味のあるものを除いては。
「あ―――てぃ、ふぁく……と?じんぎ?」
ビルマルクがクエスチョンマークを頭上に点々と並べ、虚空を見ながら呟く。聞いたことのない言葉だが妙に懐かしい響きを感じた。
「何だ、それは?ヴァナヘイム、答えて―――」
身を乗り出したリーゼロッテの躰を静かにイルーシヴが制止した。仕方なくリーゼロッテは体勢を戻す。イルーシヴが蒼髪を揺らしながら妖しく光を放つ紫の眼をフレイに向けた。
「アーティファクト、通称神器。ジェイド種が絶対音感で作りだした強力で、反則的な武器のことね。
貴方がセティを連れてこいと命令した理由が分かるわ」
「おい、如何いうことだよ。イルーシヴ!変態!!」立ち上がったウェスウィウスが、すました顔のイルーシヴと笑いを浮かべる二人を睨みつけながら声を荒げた。「セティは何も関係ねえだろ!」
「止めないか、ウェスウィウス!!!」
二人に殴りかかろうとしたウェスウィウスに向かってリーゼロッテが怒鳴った。彼女が彼を本名で呼んでいるということは、かなり真面目になっていることだ。渋々とウェスウィウスは拳を緩めた。
人狼が扉の前に立つ少年に歩み寄った。そっと柔らかな栗毛を撫でる。未だ発光し続けている彼の本に嫌な気を感じながらもそれを微塵にも相手に感じさせないように気を配る。
「フォルセティ君が持っているのは、"天命の書版"と言って最強の禁書であり神器の一つ。そうだね?」
フレイの言葉に仕方なく少年はこくりと頷いた。そして彼も言葉を紡ぎ始める。
「はい―――。確かに僕が持っているのは禁書・天命の書版です。
神器としての力だけでなく、他の神器の封印場所も分かるというナビのような役目も持っていますが」
フレイの目的に必要な条件は、"フォルセティ"と"天命の書版"が約八割を占めている。この二つが揃わなければ意味がない。
『フレイ、あたくしに協力する日がいつか来ることよ』
男の脳裏に、自分に似た顔立ちの女性の姿が映り、音声が再生される。豊満な胸と括(くび)れた腰、全体的に細い躰を強調した男性を虜にするようなドレスを纏い、深紅の唇を斜めに吊り上げて挑発的に言う姿。
―――分かっているさ、フレイヤ。君のことだ。意地でも私を巻き込む気だろうよ。
彼女に"対抗"する術は、この少年が握っている。この少年をまずは北の大国ネージュに送り届けなければならない。
丁度ネージュに行く、少年も男も信頼している者が居るのだから実に好都合。フレイの目的は此処にあった。
そっとソファに腰を掛け直したフレイは眼鏡をくいと押した。グラスの部分が白く光って彼の目付きが確認できない。
「フォルセティ少年は、ウェス君と一緒にネージュに行ってもらいたい。
リーゼちゃんは私と一緒にランデブー」
ランデブーと言って、尖らせた唇をしつこくリーゼロッテに付きまとったフレイは彼女から尖ったブーツの踵(かかと)での一撃を喰らわされる。ぶふっ!というギャグの様な叫びが上がった。
地に落とされたフレイはすぐに立ち上がり、服に付いた埃を払って座り直す
「ま、それは冗談だが……。リーゼちゃんと付き添い君と蒼は他の仕事に協力してもらいたいんでね。
で、少年。一体何の神器の封印が解けたのかい?」
激しく光を放つ書版を見ながら、おどおどした口調で少年は答えた。
「枷紐グレイプニルです!」
* * *
紫電が迸(ほとばし)る!光の色は違えど、あの時と全く一緒だ。
「神器の封印が解けたんだよ!!!」閃光に遮られながらメリッサは叫んで伝えた。「アタシがノルネンを手に入れた時と同じだ!」
光の中心からリュミエールの声が放たれる光に乗せられて聞こえてくる。が、あまりにも周囲のものに掻き消されてはっきりとは聞き取れない。
「―――グレイプニルだ」
「は?」
突然光の中心を見たフリッグが呟いた。妙に顔つきが違う。徐々にメリッサの眼は彼を"彼でない人物"として認識し始めた。緑の眼、橙混じりの金髪、萌黄色のローブを纏った長身の男―――。彼女は眼をこすった。
「枷紐グレイプニル、だ」フリッグの声色が徐々に変わっていることにレイスが気付いた。少年という声よりも青年というものに変化している。「やっと、解けた」
「ワッケわかんねぇよ、馬鹿フリッグゴルラァ!!!」
ノルネンを手に取り、思いっきり杖の先でフリッグの頭を殴りつけた。それで我に戻ったらしく、彼は頭を押さえながら二人のアンバー種を見る。きょとんとしていた。
「兎に角グレイプニルという名の神器だな。中心に飛び込んでリュミエールを戻すぞ!」
背中の大剣を両手で持ち、構えたレイスがまず先に走った。
「しゃーねえ、―――な!」
「え、あ?は!?」フリッグの腕を掴んだメリッサも続く。
―――リュミエールが神器を手にするってことか。
手に入れれば楽ではないということを彼女は知っている。
* * *
「んふにゅぅうぅううっ」
光が激しすぎて眼を開くことができない。
なぜこうなったかをリュミエールは思い出した。
―――確か、おねえちゃんといっしょに……
ちょっとした興味で祠に手を付けた。メリッサと一緒に見ていたのだが、彼女からは「触るなよ~」と言われていたので眼が離れた隙に触ったのだ。好奇心の方が先走っていたため、理性で止めることができなかった。
そんな祠に触れた瞬間、突然光りだしたのだから全く何があったか理解できない。何も分からず、ただ"光った"という事だけを認識する。
気付けば自分の手に何かが出現しかけている。細い紐の様なものだ。それが発光している、原因のようだ。
「何、何なの―――?」
リュミエールの髪が上にあげられる。長髪がばさばさと音を立てながら吹かれている。自分の声が認識できない!
『リュミエール・オプスキュリテですか』
聞いたこともない青年の声が聞こえた。
若い男の声だ。聞き覚えもない物。そして何処からしているかも分からない。声がそこらじゅうに反響して、音源を隠しているようだ。
「う、……うん」
取り敢えずリュミエールは頷く。何故自分の名前を知っているかは分からないが、名前は間違っていない。
そういえば"じーじ"から知らない人に名前を尋ねられたら簡単に答えちゃだめだと言われていた。が、其れを思い出したのは答えた後だったので意味がない。
『そうですか。なら、良いです。それを持って行きなさい』
優しく笑っている表情が思わず浮かぶような声色だった。何が何だか分からないリュミエールは兎に角ポカンとしている。
次第に周囲の光が消えてゆき、だんだんと周りの様子が見えるようになっていった。漸くちゃんと視界が取り戻せたころに、彼女は眼前で血相を変えた三人を見た。「ひっ」と思わず短く小さい悲鳴を上げる。
「良かった」安堵の表情を向けたレイスがそっとリュミエールの頬を撫でた。「無事なようだ」
レイスの手の温もりと、メリッサとフリッグの温かい視線にリュミエールの涙腺が思わず緩んでしまい、涙が溢れ出た。その涙を優しくポチが口で掬う。
ふと、彼女は手の中に物があることに気付く。長くて細い紐。まるで銀糸の様である。
「なんだろ、これ」
軽く引いただけで引きちぎれそうなくらい細いリボンのような此れをリュミエールはそっと手で覆った。
そんなリュミエールの頭をくしゃくしゃとメリッサが無作為に撫で回した。にこにこと笑いながら。
「それは神器だよ、じ・ん・ぎっ!やったな、リュミ!!」
「ん……!」
涙を浮かべながらも満面の笑みを童女はメリッサに向けた。
その様子を静かにフリッグは眺める。それはかつて自分が養父にしてもらったような行為に似ていた。
―――懐かしいな。
自然とフリッグの口元が緩む。無愛想な顔は、いつの間にか笑顔を帯びていた。
そんな温かな一場面の中。空気を読まない出来事が起こった。
一件落着と思った最中、四人の足元が一気に光を帯びる!
「は、はぁあ――――!?」
フリッグの叫び声と同時に光が四人を徐々に包み込んでいく。
そして、フリッグの声の余韻だけを残し、その場から人間は消え去っていた―――。
* * *
この後すぐ、彼らには残酷な現実が突き付けられることになるのだが、
まだ、彼らは知らない―――。
―――いや、知ってはいけなかったのかもしれない。

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