コメディ・ライト小説(新)
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- マーメイドウィッチ
- 日時: 2016/07/30 19:31
- 名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
世界が止まった。
手が震える。
数拍のちに気付く。
私は大切な人に裏切られたのだと。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.30 )
- 日時: 2017/02/13 16:39
- 名前: いろはうた (ID: S20ikyRd)
城に戻ったころには、すでに昼になっていた。
一切睡眠をとっていないフレヤは、めまいを感じるのを気のせいだと思うことにした。
立ち止まってはいられない。
進み続けなくてはならない。
泥の中を歩いているかのような足取りでフレヤは父の部屋へ向かった。
「フレヤ」
不意に背後からずっとついてきたチノが声をかけた。
たったそれだけのことなのに、フレヤの足は簡単に止まってしまった。
「ごめんなさい、チノ。
あなたは先に寝てて」
その間にすべてを終わらせて来るから。
最後の言葉は喉の奥で飲み込む。
フレヤは決して後ろを振り向かなかった。
唇をかみしめて、無性に叫びだしたくなるのをこらえる。
「おまえ、今度は何を隠している?」
フレヤは目を見開いた。
淡々とした声だった。
フレヤはその声にはじかれるようにして、後ろを見た。
チノの表情は厳しいものだった。
一歩後ろに下がろうとしたその瞬間に手首を素早くつかまれた。
一瞬周囲を見渡したが、廊下には人影はなかった。
父の部屋を守る衛兵たちは遠くにいる。
「チノは、気にしなくてい―――」
「おれは、そんなことが聞きたいのではない」
言葉は荒っぽく途中で遮られた。
ぐっと手首を強く引かれる。
「言え、何を隠している。
おまえ、今から何をするつもりだ」
とっさにうまい嘘がつけなかった。
もともと嘘は得意でなかった。
目が泳ぐ。
その様子をチノは瞳を細めながら見つめていた。
「おまえ、まさか……」
「っ……!!」
無理やりチノの手から腕を取り返すと、
フレヤはわき目も降らず走り出した。
衛兵たちの姿が見えてきたところで、すぐに肩をつかまれぐいっと引き戻された。
「チノ、離して!!」
「逃げるな。
話せばいいだけだろう」
こんどこそ、強い力がチノの手にこもっていて
逃げることができなかった。
本当のことを、今から父にとどめを刺しに行くなど、
絶対に言えなかった。
「王女から離れろ!!」
騒ぎを聞きつけた衛兵たちが父の部屋から離れて、
チノを取り押さえにかかった。
チノは顔をゆがめて、衛兵たちの手を振り払おうとした瞬間、
手の力をわずかに緩めた。
渾身の力でチノの手を振り払うと、今度こそ父の部屋に向かって走り出した。
「フレヤ!!
おい、おまえらどけ!!」
「みんな、私が部屋から出るまでチノを抑えておいて!」
父の部屋へとつづく廊下。
廊下に敷かれた赤いじゅうたんは、今のフレヤには血塗られた道にしか見えなかった。
駆ける。
廊下を駆ける。
バンッと大きな音を立てて、父の部屋の扉を開ける。
肩で息をしながら、フレヤは部屋の中へと入っていった。
背後で扉がしまった。
よろめきながら、父の眠るベッドに近づいていく。
そこには変わらず眠る父の姿があった。
顔色は土気色を通り越して、やや黒ずんで見えた。
もはや、誰の目から見ても父が助からないのは明白だった。
シーツの上に投げ出された手を見つめた。
やせこけた骨と皮だけの手だった。
歌わなければ。
はやく、一刻も早く楽にしてあげたい。
息が苦しい。
走馬灯のように父との思い出が脳裏をめぐる。
瞼をきつく閉じた。
声が、出ない。
歌えない。
フレヤは震える手で、護身用の短剣をまさぐった。
弱々しく目を開けて、きつく短剣を握りしめた。
ぶるぶると鈍く銀色に光る切っ先が震えている。
突き刺せ。
まっすぐ下におろすだけ。
それだけ。
たったそれだけの動作がどうしてもできない。
ぼろりと涙が目じりから零れ落ちた。
「でき……ない……ッ……!!」
足に力が入らなくなってフレヤは崩れ落ちるようにして
その場に座り込んだ。
次の瞬間、強い力で短刀をもぎ取られた。
「そういうことか」
髪を乱したチノがそこにいた。
長い前髪の隙間から見えた瞳は刹那的なきらめきを宿していた。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.31 )
- 日時: 2017/02/14 11:16
- 名前: いろはうた (ID: S20ikyRd)
「どう、して……!?」
「あの程度の兵など、おれの相手にもならない。
少し眠ってもらっている」
とっさに短剣を取り戻そうと、手を伸ばしたが、
手の届かないほど高いところに短剣が掲げられてしまった。
銀行が鈍く目を射貫き目を細める。
「チノ!!
返して!!」
「返したら、お前は何をするつもりだ?」
鋭く聞き返され、言葉に詰まる。
震える手で膝に手をつくと、フレヤは無言でよろめきながら立ち上がった。
「王を殺すのか?」
無言は肯定の証だった。
短剣がほしい。
早く。
早く手に入れないと。
視界が狭くなる。
きらめく切っ先しか見えない。
「王を殺して、自分も死ぬつもりか?」
今度こそフレヤは動きを止めた。
乾くほど目を見開いて、チノを見つめる。
「どうして、それを……」
「やはりか」
うなるような声に、かまをかけられたのだと遅れて気づく。
かっと頬が熱くなった。
「返して!」
「お前も死んで、国はどうなる?
メノウが統治しても、状況は何も変わらない」
冷静に言い募るチノにいらだちがつのる。
彼は何も知らない。
そう自分に言い聞かせるが、理性が焼き切れそうだ。
どうしても声を荒げてしまう。
「そのためにステファン様に助けを求めた!
私の死後も決してメノウの独裁国家にはならないように、と!」
「そのために、なぜお前が死なねばならない」
「父上の行政を最も近くで見できた王族としての責任を……」
「ならば、おれが殺そう」
氷よりも鋭く冷たいまなざしに貫かれて、フレヤは言葉を失った。
チノが私を殺すのか、と頭の片隅で考える。
フレヤはひどく疲れていた。
考えることを放棄したかった。
チノの言葉がひどく甘美に思えてしまう。
まるで、あまく水の滴る果実を、乾いた砂漠で与えられたように。
「私を、殺すのね?」
「いいや、王をおれが殺す。
そして、お前が女王としてこの国に立つ」
ひどい乾きがフレヤを襲った。
淡々と言い募るチノに憎しみのようなものさえわいてくる。
どうして、彼はひたすら思い通りにはさせてくれないのか。
「私は!
女王になどなれない!!
短剣を返して!!
私が……!!」
「男……私を殺せ」
しわがれたこえに、フレヤは言葉を止めて息をのんだ。
地面が崩れ去るような思いがした。
「おとう……さま……?」
父がまっすぐチノのことだけを見つめていた。
いつから起きていたのか。
どこまで聞かれてしまったのか。
心に冷たいものだけが落ちる。
「私は……娘に親殺しの罪を着せたくは……ない。
どうか、人殺しの罪を……娘の代わりに……」
視界が明滅する。
父は気づいている。
フレヤが歌の力を使って、父をここまで衰弱させたことに。
最後の最後にチノによって殺されることで、
フレヤの行為をなかったことにしようとしている。
「無論そのつもりだ」
「チノやめて!!」
悲鳴のような声が漏れた。
必死に短剣を奪い返そうとするが、チノは決して渡そうとはしなかった。
涙が目の端から流れた。
「私が!!
私が全部やるから!!
私が全部背負うから!!」
指先が空をきる。
なにもつかめない。
ほしいものは指先をすり抜けていく。
「いい、ながめね」
鈴を転がしたような可憐な声。
フレヤは涙にぬれた顔で、後ろを振り返った。
メノウがそこに立っていた。
まるで幻のような立ち姿だったが、彼女は確かにそこにいた。
隣にいるチノの気配が一気に殺気立つ。
どうしてここにいるのか。
どうやってここにはいれたのか。
そうか。
見張りの兵たちは半分ほどチノに気絶させられてしまっている。
城の警備が薄くなっていたのだ。
「王女殿下。
あなたの、その、絶望に歪むその顔が、私見たかったんです」
夢見るように彼女は微笑む。
彼女が紡ぐ言葉が遅れて頭にしみこむ。
ヘレナそっくりのメノウを見て、イルグ王は言葉を失っていた。
その様子を見て、メノウは笑みに嘲りの色をにじませた。
「ご機嫌麗しゅうございます、殿下。
わたくしのことなど存じ上げないでしょうが」
緑の瞳が細められ、ぽってりとした唇が三日月の形に歪んだ。
彼女の声にわずかに憎悪のようなものが混じった。
「私は、この目が示す通り流浪の民、アルハフ族の娘。
私の母もアルハフ族の呪術師でございます。
アルハフ族はルー・ガ・ルーたる人狼の末裔。
あなた方王族の、人魚の魔性の声など効きませぬ。
若き頃のあなたは、どんなに美しい娘でもその歌の力で虜にできた。
私の母は、愛を知らぬ寂しいあなたに恋をした。
歌の力などではなく、全身全霊であなたに恋をした。
なのにあなたは、どうせ歌の力のせいだと決めつけ
母を弄んだ挙句、捨てた」
吐き捨てるような言葉だった。
聞いたことがある。
父は王妃ソフィナと出会うまでは、女遊びが激しかったと。
その歌の力で美女たちを虜にしてきたと。
もともと愛する婚約者がいて、頑として歌の力になびかなかったソフィナを
無理やり婚約者から引き離して、王妃にしたのだと。
父の寂しげな横顔を思い出す。
これは単なるうわさだとおもっていた。
しかし、メノウの話のせいでどんどん真実味を帯びてくる。
愛とは狂気。
そう言っていた父の言葉が脳裏によみがえる。
これは、たぶん、事実だ。
失望のようなものとともに、そう認めざるを得なかった。
「おまえ……」
チノから荒々しい気配は消えなかった。
だというのに、それを歯牙にもかけないで、メノウが少しだけこちらに歩み寄る。
父が苦しそうにせきこみ、鋭い呼吸音があたりに響く。
どうしよう。
どうすればいい。
思考がぐちゃぐちゃになる。
糸のようにからまってほどくことができない。
焦れば焦るほど、もつれて結び目が固くなっていく。
「ふふふ」
メノウが笑った。
それはもう嬉しそうに。
花開くように。
それは艶やかな毒花のほほえみだった。
「あなたがたの幸せなど地に落ちて朽ちてしまえばいい」
それは、祈りのように紡がれる呪詛の言葉だった。
びりりと空気が震える。
力ある声。
彼女が人魚の血を引いているのだと、否が応でも知らされる響きだった。
「母は、愚かでした。
決して帰ってこない人の帰りを死ぬまで信じて待っておりました。
でも、私は違う。
私は無力だから、と行動を起こさないでなどいない。
殿下。
あなたが、私の母にそうしたように、
貴女の幸せを完膚なきまで壊して差し上げましょう」
ぎいっと重厚な扉が開いた。
陽光を背に、背の高い人物が部屋にはいってくる。
「あら、遅かったのですね」
メノウがゆっくりと振り返った。
金髪。
アイスブルーの瞳。
ミルクに赤いインクを一滴たらしたかのような白磁のような肌。
声が出ない。
恋い焦がれた。
何よりも恋い焦がれた。
夢中になって追いかけて握りしめたつもりだったのに
指の隙間からすり抜けていった。
「ステファン、様……?」
先ほどあったばかりの彼がこちらを見てほほ笑んだ。
視界が一瞬かすんだ。
瞬きを何度も繰り返す。
だが、彼の姿は消えなかった。
まだ、体が抱きしめてもらった感触を覚えている。
あれが最後だと思っていた。
もう会うことはないと思っていたのに。
「フレヤ様」
彼は、微笑んだ。
いつもと変わらない笑み。
それが、この状況ではいびつに見えた。
瞬きをした表紙に最後の涙がボロリと落ちた。
「驚きました。
私はもとより、メノウから話を聞いていたので
まさか、貴女本人からこの国を頼むと頼まれるとは」
頭の中で、どんどん記憶の欠片が舞う。
一番最初に、革命軍のことを示唆した人物。
それも一度ならずも二度。
一瞬、見せた冷酷な表情。
「もとより、この国は私のものにするつもりでした。
そのために手っ取り早いと思ったのは、この国の王女と結婚すること。
あなたはすぐに私の容姿に夢中になってはくれましたが、あなたは賢すぎた。
いつかは私の考えていることに気付いてしまう。
そのために、貴女の妹姫に近づきました」
その点あなたの、妹姫は簡単だった、とステファンは笑った。
天使のような微笑みだった。
目の前が暗くなるような感覚だった。
ステファンがまるで知らない男のようだった。
誰だろうあれは。
天使の皮をかぶった悪魔なのではないか。
じわじわと実感がわいてくる。
ステファンに裏切られたのだ。
そもそも、出会いから、すべて、仕組まれたものだったのだ。
なんて、なんて滑稽で惨めな話だろう。
もう、涙すら出てこなかった。
不意に、ぐっと手に何か冷たいものを押し付けられた。
これは、金属の冷たさだ。
わずかにチャリっと音がした。
細い鎖の感触。
この形状。
母、ソフィナの形見のペンダントだ。
骨ばった手がそっと離れていく。
振り返らないように、メノウたちにも気づかれないようにそれを握りしめた。
父がこれを誰にも気づかれないようにフレヤに渡したということは、
これになにか大切な意味があるかもしれない。
「それで、私をどうする気……?
その感じだと、ただでは解放してくれないでしょう?」
かすれた声でそう問う。
音がならないように、そっと鎖を手首に巻き付ける。
「王女殿下には、ご乱心なさりお父上を殺害なさったあげく自害という
筋書にはしております」
なんてことないようにメノウが言う。
最初からこうするつもりだったのだ。
唯一の救いの道だと思ったステファンはメノウの仲間だった。
「フレヤ、逃げなさい」
ハッとするほど強い声だった。
フレヤは振り返って父を見つめた。
強いまなざしがフレヤを射貫く。
最後の命の灯が、父の中で燃えていた。
「男よ、娘を逃がせ」
「御意」
ぐっと腰に強い腕が回って、足が床から離れた。
次の瞬間には、チノはフレヤを抱えて床を強く蹴っていた。
「逃がさないよ」
ステファンがすらりと腰の剣を抜いて切りかかる。
フレヤの護身用の剣を構えなおすと、チノはフレヤを抱えたまま、ぐっと姿勢を低くした。
からだをしなやかなばねのように使い、その反動力で信じられないほどすばやく
ステファンの横を彼は駆け抜けた。
すれ違いざまに、ステファンの左足に向かって刃を走らせ、
純白のトラウザーズを切り裂く。
ぴっと鮮血が散った。
「くっ……」
ステファンがひるんだ一瞬のスキをついてチノは体当たりをするようにして
部屋の扉を開けて、外に転がり出た。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.32 )
- 日時: 2017/02/28 22:13
- 名前: いろはうた (ID: 6f.aTpfm)
チノはフレヤの短刀を口にくわえると、すさまじい速さで廊下を駆けだした。
今までの出来事があまりにも一瞬のうちに行われたので、
フレヤの頭はなかなか状況に追いつかなかった。
なにが、起こっているのだろう。
父を殺しに行ったはずなのに、今はその父に逃がされ、
王宮を逃げまどっている。
「チノ、私の部屋にいって」
チノは無言だったが、言外に不満げな様子が伝わってきた。
「おねがい。
しなくてはいけないことがある」
廊下の角をいくつか曲がったところで、徐々に怒号が聞こえてきた。
ざわめきが近くなってくる。
どんどんこちらに近づいてくる。
おそらく、革命軍だ。
メノウは最初から約束を守るつもりなどなかったのだ。
チノはフレヤを抱える手にぐっと力を込めて、さらに速く駆けだした。
フレヤ一人を抱えて走っているのに、
その重さをものともしない走りだった。
その人間離れした身体能力に、こんな時だというのに
チノが人狼の末裔なのだと強く感じた。
「姫様!!」
チノがフレヤの自室のドアを乱暴に開けると、
侍女たちが真っ青な顔をして駆け寄ってきた。
チノに床におろされると、侍女たちは口々にしゃべりだした。
「聞いて」
フレヤはそれらすべてを遮るように言った。
途端に彼女たちは口をつぐむ。
「私の宝石箱を出して」
侍女たちの中では一番若いアンナがすっとんで
宝石箱を震える手で持ってきた。
フレヤは宝石箱を見つめ、ざっと中身を確認する。
「いいわ。
みんな、この中から好きなものを一つとって、
今すぐ城から逃げなさい。
革命軍が来ている」
侍女たちはみんな一様にぽかんとした顔をした。
何を言われているのか心から理解できないという顔だ。
真っ先に、侍女頭のハンナが目に光をとりもどした。
すぐさま反論しようとする彼女を手で制する。
「これは命令よ。
あと一分だけ時間をあげる」
フレヤはくるりと背を向け歩き出した。
そのフレヤを当然のように担ぎ上げると、チノは走り出そうとした。
「フレヤ様に、母なる海のご加護があらんことを!!」
ハンナが叫んだ。
フレヤは目を見開いたが、振り返らなかった。
「どうかご無事で!!」
「遠くへお逃げください!!」
「我らの主はいつまでもフレヤ様、ただおひとりです!!」
口々に言われる言葉に、目の端が熱くなる。
ありがとう、というかすれたつぶやきが漏れた。
チノはフレヤを抱えなおすと、閃光のごとき速さで駆けだした。
チノは人間ではありえないほどの速度で走っているというのに
フレヤにはほとんどその振動が伝わってこなかった。
細心の注意を払ってフレヤを抱えているのだと痛いほどに伝わってきた。
険しい顔で走るチノの顔を見上げる。
今、彼は何を思っているのだろう。
同族であるメノウに追われて、ただのお荷物でしかないフレヤを
大事に抱えて王宮を逃げまどって、何を思うのだろう。
メノウが妹であるヘレナとそっくりな容姿であること、
フレヤにしこくつきまとい、あまつさえ父である王を殺させようとした理由。
メノウは、復讐をしようとしていたのだ。
彼女の言動、行動、すべてに納得がいった。
彼女は、今、己の手で、父を……
「王のことは、仕方がないことだ」
まるでフレヤの思考を読み取ったかのように
チノがつぶやいた。
「あれは……どちらにしろ、助からなかった。
……おまえのせいではない。
気に病むな」
平坦な声の中に、いたわりの響きがあった。
目の端が熱くなる。
だめだ。
ここで泣いたらだめだ。
こんなところで。
「いたぞー!!」
野太い声が響き渡った。
フレヤはびくりと震えた。
チノは舌打ちをすると足を止めた。
前方からたくさんの、男たちがこちらの存在を認識して
駆け寄ってくるのが見えた。
騎士たちじゃない。
服装からして、平民たちだ。
フレヤは、ただ声もなく目を見開いていた。
「つかまえろー!!」
「殺せー!!」
目が、殺気に満ちて、ギラギラと輝いていた。
ただ、瞳には憎しみが宿っていた。
ひゅんと、すぐ横を何かが通り抜けた。
矢だった。
チノは身をひるがえすと、来た道を駆けだした。
なにが、起きているのか。
革命。
そうか。
彼らは、革命を起こしているのだ。
今まで、自分たちを苦しめるだけの存在だった王族を根絶やしにする気なのだ。
「メノウの力だ」
苦々し気にチノが耳元でささやく。
前方から、また別の男たちが現れて、チノは階段を駆け下りた。
「あいつらの憎しみを、メノウが特殊な声で、増長させて操っている」
ひゅんとまたチノの肩を矢をかすめた。
チノの肩のあたりシャツが切り裂かれて破れていた。
「チノ……!!
肩が……!!」
「いい、気にするな。
それより、しっかりつかまっていろ」
言うが早いか、窓枠にがっと手をかけると、
チノはフレヤをかかえたまま空中に身を躍らせた。
悲鳴すら出なかった。
背後でどよめきが一瞬聞こえた気がするが耳元でうなる
鋭い風の音でかき消されてしまった。
なにがおこったのかわからないほどの一瞬の間に
チノは着地の体制をとると、近くにあった木にふわりと着地をした後
木の枝を蹴って地面に降り立った。
まるで重力をものともしない動きだった。
「な、慣れているのね」
まぬけな感想しか出ないほどにチノの身のこなしは鮮やかだった。
チノは前を向いたままぼそりとつぶやいた。
「けがは」
「な、ないわ」
あまりにもいつものような平坦な声の響きだったので
ひょうし抜けしてしまう。
ならいい、と言うとチノは走り出した。
すぐに彼がどこへ向かっているのかわかった。
この道、馬小屋へとつながる道だ。
思った通りすぐにみい慣れた小屋が見えてきた。
愛馬のシルバノの鼻面も見える。
「シルバノ!!」
愛馬がこちらを向いてぶるると鼻を鳴らした。
そうか。
チノは馬に乗って、この王宮から逃げ出す気なのだ。
「相乗りするの?」
「お前は嫌だろうが、この状況だ。
仕方ないだろう」
「別に嫌じゃないわ。
むしろ、そちらのほうが助かる」
手早くフレヤを地面におろすと、
チノがてきぱきと鞍をシルバノにつける。
フレヤはただそれを見ていた。
正直、まだ手足に力がうまく入らないし、頭も回らない。
チノに馬を操ってもらわないと落馬してしまいそうだった。
「行くぞ」
チノは片腕で軽々とフレヤを抱え上げると、軽やかな動きでシルバノにまたがった。
フレヤは愛馬の首に触れた。
「少しだけ、頑張って」
「手綱につかまってろ」
チノがぐいっと手綱を引く。
シルバノが駆けだした。
王宮の裏門に向かって走っているのがわかる。
おそらく、王宮の正門は革命軍でいっぱいだろうとフレヤでも予測できた。
「どこへ行くの?」
だれもいない裏門を潜り抜けたときに、フレヤはぽつりとつぶやいた。
自分でも驚くほど言葉が幼い響きを帯びた。
「魔の手の届かない、遠い遠い地に、お前をさらっていく」
低く落ち着いた声に心が凪いだ。
背中に感じるぬくもりが、手綱を握る骨ばった大きな手が
フレヤを安心させる。
あてもなく森をかけて数分、風切り音が頭上をかすめた。
チノが無言で馬を走らせる速度を上げた。
空気が重く硬くなる。
見なくてもわかった。
矢だった。
しかし、なんだか、的外れな方向に飛んでいくばかりで、
まったくフレヤのほうに飛ばない。
何故だろうと一瞬考えて、瞬時に分かった。
素人がうっている矢だ。
背筋が冷たくなる。
革命軍が、この国の民が、王族であるフレヤを殺そうと
あちこちから射かけているのだ。
でも、普段は弓なんて触らないから、なかなか思うように飛ばないのだ。
それは弓の名手が放った矢よりも、フレヤには恐ろしかった。
森が開けた。
ほっと安堵の息が漏れる。
しかし、次の瞬間フレヤは目を見開いた。
崖だった。
チノが舌打ちしてシルバノをとめる。
「……追い詰められた」
海の香りがした。
崖の下は間違いなく海だった。
びゅっと音がして、チノの髪を数本そぎ落とした。
今度は、明確な殺意を持った強弓だった。
木々の陰から弓を持ったステファンが馬に乗って現れる。
その後ろからは、同じように弓を構えたステファンの国の兵と
革命軍であろう平民たちが弓を構えていた。
その光景が心をえぐった。
「その顔が、見たかった」
夢見るように笑いながらメノウが馬に乗って現れた。
フレヤが絶望をにじませた顔をしているのが楽しくて仕方ないらしい。
その緑色のチノと同じ目が、うすぼんやりと赤く染まっているのが見えた。
はっとして革命軍の人々の目を見ると同じようにうすぼんやりと赤く光り、
焦点が合っていなかった。
チノの言葉通り、メノウの声の力に操られているのだ。
「民を、解放しなさいメノウ」
怒りで声が低くなる。
びりり、と空気が震えて、一瞬メノウが気おされたような表情を浮かべたが
瞬時にその表情は消えた。
「なにをおっしゃっているのかよくわかりませんわ、王女殿下。
やはりご乱心なさってしまったようね」
残念だわ、とヘレナと同じ顔が嬉しそうに笑う。
毒を含んだ笑みだった。
「状況をお分かりになっていらっしゃらないようですわ」
「ああ、国王殺しの罪深き王女を、私がこの手で葬らねばならないね」
ステファンが柔らかく微笑み弓を構え、矢をつがえた。
天使の皮をかぶった悪魔がそこにいた。
絶体絶命だ。
どうしよう。
どうすればいい。
せめてチノだけでも逃がさないと。
強い海風でぶわっとフレヤの髪があおられ広がった。
海のような青が陽光を浴びて輝く。
その様子を目を細めてステファンが見つめていた。
「美しき王女よ。
死の間際にあってもなお瞳の輝きを失わないとは、本当に惜しい。
貴女がもう少し愚鈍で、そうまで聡くなければ
私の愛玩人形として、いつまでも傍に置いていたというのに」
ステファンの指が弓から離れるか離れないかの間際に、
フレヤの腰に強い腕が回った。
チノがフレヤを抱えてシルバノの鞍を蹴るのと
ステファンの矢が放たれたのはほぼ同時だった。
チノとフレヤの横を矢がかすめ飛んでいく。
二人は一瞬、宙に浮かんでいた。
一瞬の浮遊感とともに、すさまじい風が全身をたたく。
すべてから守るようにチノがきつくきつく抱きしめてきた。
なぜ。
どうして。
問いは言葉にならなかった。
ただ、もう出ないと思った涙が目じりからこぼれて
空中にとんでいった。
目じりに柔らかいものが触れる。
チノが涙をぬぐうようにフレヤの目じりに口づけていた。
とんだ先には何もない。
美しい青空と、深い青に輝く海が見えた。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.33 )
- 日時: 2017/03/02 11:39
- 名前: いろはうた (ID: iPhXFUOP)
フレヤたちの姿が崖下に消えて数秒、誰も動けなかった。
冷たい風があたりを吹き抜ける音だけが響いた。
「見てきなさい」
ステファンの一声に、やっと兵たちが慌てて動き出した。
兵の一人がそっと崖から身を乗り出して海のほうをのぞき込む。
はるか遠くに波打つ海が見えた。
荒々しい波が絶えず崖下に向かって押し寄せている。
むき出しの岩もごつごつとしていて、直撃したらひとたまりもない。
もし自分がここから落ちたら、と考えるだけで兵たちの体に震えが走った。
どんなに目を凝らしても、人影は見えない。
ただ白波が押し寄せては、岩にぶつかり砕けるだけ。
ここから落ちて助かる人はそういまい。
そう考えた部隊長は、さっと向き直ると、
ステファン王のもとに駆け寄った。
「おそれながら、人影は見当たりません」
「彼らの体を探しなさい」
「で、ですが王、ここから落ちて助かるものはそうそう……」
「私が言ったことが聞こえなかったのか?」
ステファンが笑みを絶やさないまま、部隊長に向かって穏やかに問いかける。
それだけで、屈強な体つきの部隊長に震えが走った。
「もっ、申し訳ございません!!
すぐに配下の者に探させますゆえ!!」
泡を食って部隊長がほかの兵に指示を出すのを
ステファンは変わらず笑顔で見つめている。
彼に、そっとメノウが馬を寄せた。
「ずいぶんと疑い深くていらっしゃる」
柔らかなたしなめに、彼は苦く笑った。
だがその目はちらりとも笑っていなかった。
「疑り深くなどないよ。
私は可能性という可能性をつぶして回りたいだけだ。
そのほうが合理的だろう」
ふっとステファンが瞳をかげらせた。
一瞬そのかんばせから笑みが消える。
「……あの人魚の娘が、海に落ちてそう簡単に死ぬわけがない」
ステファンのつぶやきはあまりにも低くて、
誰の耳にも届くことはなかった。
派手な水音は一瞬で掻き消えた。
体に衝撃が走るとともに、ごぽぽと耳元で泡のはじける音が聞こえた。
深く深く海に沈んでいく。
フレヤははっと目を見開いた。
とっさに息は止めていた。
だが、いつまでたっても苦しくならない。
息をいくら吐いても、肺がちぎれてしまいそうな苦しさはなかった。
固く抱きしめてくれていた腕がずるりと離れるのを感じた。
チノの目は固く閉ざされていた。
意識がない。
あわてて彼の頬に手を当てると、ほのかなぬくもりと鼓動が感じられた。
気絶しているだけだ。
落下の際の衝撃をほとんどひとりで受けたためだろう。
唇から泡が漏れた。
フレヤは人魚の血を引いているからきっと水の中でも苦しくないのだろう。
だがチノは違う。
急いで空気を吸わせないと死んでしまう。
しかし、水面に浮きあがったら、まだ生きていることがばれてしまう。
この高さから落ちたのだ。
相手は、フレヤたちの生死もよくわからないはず。
しかし、先ほどからのメノウとステファンを見る限り、
そう簡単にあきらめてはこないだろう。
フレヤは一瞬ためらったのちに、そっとチノの唇に自分のものを触れさせた。
その気道にまでいきわたるように、強く息を吹き込む。
合わせた唇の隙間からごぽりと泡がこぼれた。
これでなんとかもつと考えるしかない。
チノの腕をしっかりとつかむと、フレヤは泳ぎだした。
あてもなく暗い海中をさまよう。
おどろくほど手足は自由に動き、思うがままに進めた。
これが人魚の力なのだろうかと半分驚きながらも波をかき分けて進む。
チノの唇からまたごぽりと泡がこぼれた。
限界だろう。
一度水面に上がって空気を吸わせなければ。
強く水を蹴って、光り輝く水面に向かって泳ぐ。
まるで物語の人魚姫のようだとフレヤは苦く笑った。
王子を助けて、恋をして、最後は哀れな末路を迎える人魚姫。
なんだか、自分と重なるところが多いような気がする。
自嘲気味に笑うと、フレヤは水面から顔をわずかに出して、周囲を確認した。
落ちた崖は見当たらなかった。
驚くほど遠くまでこの短時間の間に来たことを知る。
チノの体を水面上まで何とか持ち上げる。
彼の唇は紫色に変わっていた。
そうか。
自分の体質が異常だから気づかなかったが、
ある一定時間寒い海にいると体が冷え切ってしまう。
その可能性を一切考慮しなかった己の浅慮さが悔やまれる。
フレヤは唇をかみしめながら、
少し離れたところにある陸を目指して泳ぎだした。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.34 )
- 日時: 2017/03/04 12:15
- 名前: いろはうた (ID: FHP3bTAH)
しばらくするとじゃりっとした感触を足裏に感じた。
浅瀬になってきた。
腕にいるチノを引きずるようにして砂浜まで連れていく。
やっとのことで波の来ないところまで引きずると、そっと砂浜に
チノの体を横たえた。
体がだるく、ひどく重い。
この倦怠感は何からくるものなのだろう。
チノの唇は完全に血の気をなくしていた。
体が冷たくなる。
焦りが胸を突く。
どうすればいいのだろう。
チノの体を温めなければならない。
水を飲んだかもしれないから吐かせないと。
でも、どうやって?
火を起こしたことなどない。
水の吐かせ方など知らない。
自分の無知をいやというほど思い知る。
いや、まずは、考える前に動かないと。
そう思い、フレヤはとりあえずチノの服を少しはだけさせることにした。
ボタンが窮屈そうだったからだ。
だが、徐々にその手はのろのろとしたものになっていった。
ボタンを解く手が震える。
こんな時だというのに、
しっかりとした筋肉に覆われた胸板だとか腹筋だとかに目がいく。
ひどくうろたえてしまう。
強くチノが男なのだと意識してしまう。
ぼぼぼぼぼぼっと音がしそうなほどフレヤは赤くなった。
顔が熱い。
こんな、こんな感情は知らない。
怖気づく自分を叱咤して、次はそろそろと掌をチノの胸にはわせた。
水は鼻から飲んだ場合、呼吸器官に入っているかもしれないから
肺を押せばいいのだと思う。
だが、肺がどこにあるのかはわからない。
手あたり次第に胸を押したが、固い筋肉に覆われていて
あまり手ごたえがない気がした。
掌がじんじんする。
体が熱かった。
海風が髪を揺らす。
肌寒さを感じて、フレヤはくしゃみをした。
するとそれに誘発されたかのように、チノがせき込みだした。
あわてて、彼の体のあちこちをさすって
水を吐き出しやすいようにする。
「ふ、れや……?」
かすれた声だった。
緑色の瞳が何度か瞬きを繰り返しこちらを見た。
「……ここは?」
「わからない。
私が泳いで連れてきたところ」
フレヤは安堵のため息をはいた。
次の瞬間もう一度くしゃみをしてしまった。
チノはずぶぬれのフレヤを見ると、しばしためらった後に
自分のシャツを脱ぎ、フレヤの体に着せた。
「ち、チノ!!」
「濡れていて、気持ち悪いと思うが我慢しろ」
いや、違う。
そうじゃない。
チノが上半身裸なのが問題なのだ。
風邪をひいてしまうし、目のやり場に困るのだ。
「あ、あの!!
チノが風邪をひいてしま……」
「おまえの、その、恰好が、あれだから」
めずらしくチノがしどろもどろになっている。
彼は視線を横に向けて決してこちらを見なかった。
いぶかしく思って自分の姿を見ると、乗馬服は濡れていて
肌にはりつき、体のラインと肌の色がくっきりとわかるほどになっていた。
フレヤは無表情だった。
一切表情を変えなかった。
しかし、彼女と付き合いが少し長い者であったら、
彼女が恥ずかしさのあまり死んでしまいそうであることに気付けただろう。
チノは特に様子が変わらないようだった。
さっと立ち上がると、何事もなかったかのように周囲を見渡している。
その横顔が恨めしく思えるほど、彼は冷静そのものだった。
自分だけが動揺しているみたいで悔しくなる。
「……あそこに行こう」
チノが視線で示した先には、
岩壁にできた小さな洞窟のようなくぼみがあった。
フレヤはおとなしくチノに従った。
こちらをまったく振り返らないチノが少し恨めしく思える。
広い背中を追いかけて進む。
チノはフレヤにくぼみで少し待っているように言うと
どこかにいってしまった。
大人の余裕だ。
なんか自分がひどく幼くなってしまったような気がして落ち着かない。
静かだ。
波の音しか聞こえない。
少し前の喧噪が嘘のようだ。
「お父様……」
遅かれ早かれ彼は、死んでしまっていただろう。
だが、もう少し、もう少しだけ話をしてみたかった。
フレヤは目を伏せた。
願わくば、彼が安らかに眠れるように。
ちゃりっと手首のあたりで金属音がした。
目を向けってはっとする。
母の形見のネックレスが鈍い金色に輝いていた。
息をのみながらそっとまき貝を模した部分に触れる。
父に愛された母は何を思ったのだろうか。
メノウの話が真実ならば、彼女は愛する人と無理やり引き離されて
一生を終えたのだ。
幸せ、だったのだろうか。
もう顔もよく覚えていない。
それがひどく悲しいことのように思えて、
フレヤは眉をひそめた。
その時、不意に指先に違和感が走った。
注意深く手元を見ると、手元のペンダントに不自然な突起があった。
よく見ると、うっすらと金色の巻貝には亀裂が走っていた。
もしかすると、このネックレスの巻貝は開くのかもしれない。
「悪い、遅くなった」
手元に影が落ちて、視線を上にあげると
腕いっぱいに木の枝を抱えたチノがいた。
慌てて立ち上がろうとしたが、チノに視線で制されてしまう。
手早く枝を地面におろして、一か所に集めると、
彼は、腰のあたりから何かを取り出した。
「それはなに?」
「火を起こす石だ」
そう言うなり、彼は石と石を強く打ち付けた。
薄暗い中パチッと赤い光が数度走った。
フレヤは瞬きを数度繰り返した。
瞬く間に、木の枝に火がともり、勢いよく燃え出したからだ。
「どうして遠くまで木の枝を取りに行ったの?」
「海辺の木だと湿気が多くて燃えにくい」
「チノは……たくさん物事について知識があるのね」
「アルハフ族ならば、これぐらい子供でもできる」
ぶっきらぼうな口調は照れているのかもしれない。
こっちをなかなか見ないのも照れているのだろうか。
「それよりも、はやくここで温まったほうがいい。
体がますます冷えるぞ」
自分なんか上半身裸で絶対寒いはずなのに、
先にフレヤのことを考える。
優しい人。
そろそろ手放す時だ。
元いたところに返す時だ。
「火のおこし方を教えてくれないかしら。
そのほかの、生活に必要なことすべて」
チノが少し驚いたようにこちらを見た。
フレヤはふわりと焚火の近くに腰を下ろした。
「おまえは……本当に何でも知りたがるな。
こんなことを知ってどうする」
「これからは、一人で生きていかなければならないもの」
何でもない風を装って、一息に言い切ると、
肩からチノのシャツを外した。
手が震えないように気を付けて、チノに手渡す。
「はい、これ、ありが……」
「どういうことだ」
硬い声に手が止まる。
チノの瞳に剣呑な光が宿っていた。
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