コメディ・ライト小説(新)

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マーメイドウィッチ
日時: 2016/07/30 19:31
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

Re: マーメイドウィッチ ( No.80 )
日時: 2017/08/23 20:13
名前: いろはうた (ID: S20ikyRd)

フレヤたち一行は、定期的に休憩をはさみながら、

コペンハヴン国への道を進んでいた。

もうすぐ国境近くというあたりで、日も暮れてきたので

野宿という形になった。

闇に染まりつつある来た道を黙って見つめる。

シウは追ってこなかった。

追手の気配もない。

やはり、勝手に意に背いた娘のことなど

もうどうでもいいのだろう。

少しだけ寂しいような濡れた感情が胸に広がったが、

目を閉じてそれをやり過ごす。

そんなことよりも考えねばならぬことはたくさんある。

兵を集めねばいけないし、

戦えぬ女子供は避難させなければならない。

しかし、どこに避難させる?

武器の調達は?

兵たちの食料はどうすればいいのか。

兵達の指揮は誰がとるのか。

そもそも、王殺しの元王女の言うことなど信じるだろうか。

考えれば考えるほど思考は深く闇に沈んでいく。

いくら考えても、いい考えは思いつかなかった。


「見捨てられた吸血鬼のことでも考えているのですか」


チノとカインが薪を拾いに行っている間に、

メノウが嘲るような調子で言った。

メノウから話しかけてくるのは珍しかったので

少し驚いてしまう。

しかし、はたから見れば

無表情で睨みつけているようにしか見えないらしく、

メノウは顔を歪め、何か言ったらどうですか、と不機嫌そうだ。


「別にシウのことを考えていたわけではないわ。

 どういう風に民に話そうかと考えていたの」

「白々しい。

 どうせ私のことを使えば民を思い通りにできると

 連れてきたくせに」


メノウのことを利用することなど、てんで頭になかった。

ぽかんとしていても、見た目は無表情なため

メノウをさらに苛立たせてしまったらしい。


「王族など利用することしか考えぬ

 無能な者どもの集まりにすぎない」

「私は貴女を利用しようなどとは考えていないわ。

 貴女の声の力を利用するなら、

 私の歌の力でも十分に民を動かせる」


メノウは急に黙り込んだ。

どうやらフレヤの言葉に反論するための言葉を

なかなか見つけられないようだった。


「私は、この歌の力を使わないで、民を動かしたい。

 彼らを説得したい」

「またお得意のきれいごとですか。

 王殺しの王女殿下のお言葉など誰も耳を傾けない」


あらためて他人からそう言われると、

言葉が、事実が、胸にぐうっと重く沈んだ。

それっきり二人は話すことなく黙り込んでしまった。

その夜は、カインとチノが交代で見張りをすることになった。

あまり長距離の移動に慣れていないフレヤはひどく疲れていて

一方的に二人に頼ってしまうことに否を唱えられなかった。

無理に見張りをしたところで、次の日に支障をきたすのは

カインやチノではなく、フレヤ自身だった。

自分自身にぐるぐると大きな布を巻き付け、

焚火から少し離れたところにぐったりと横たわる。

焚火の向こう側には、メノウが横になっていた。

ヘレナとそっくりの顔。

だけど閉ざされた瞼の向こうには

深い森と同じ色をした瞳がある。

海の国の民であるコペンハヴン国の青い瞳の民とは違う色。

ペンダントの中で見た、

メノウの母親であろう娘のことを思い出す。

彼女はきっと、父、イルグ王のことを愛していた。

わずかな間に、恋に落ちてしまっていた。

どんな気持ちだったのだろう。

苦しかったのだろうか。

泣きたいほどに愛おしかったのだろうか。

幸せだったのだろうか。

今、自分自身がチノに抱いている気持ちと、

同じものを彼女も感じたのだろうか。

いや、そんなことはない。

あれは、雪解け水のように、純粋で清らかできれいだった。

今感じている、どろどろした重くて昏いものとは

まるでかけ離れている。

焚火が乾いた音を立てた。

炎がはぜて、火の粉が飛び散る。

あんな、綺麗な色をしていない。

チノに、婚約者のもとに戻ってほしくないと、

ルザのところなんて戻ってほしくないと

みっともなく喚き散らしたいのを必死にこらえている。

炎の向こうに大好きな黒衣の背中が見える。

どうすれば、こちらを見てくれるだろう。

あの背中にしがみついて、泣きわめけば

少しくらいはこちらを見てくれるだろうか。

美しく着飾ればいい?

ルザの様に凛として、

そしてかいがいしく世話を焼いてあげたらいいのか。

泣いて縋りついて愛を乞えばいいのか。

思いついたどれもが惨めで、泣きたくなる。

胸が引き絞られるような思い。

メノウの母は、イルグ王を恨んだのだろうか。

己を弄んで捨てた男のことを憎んだのだろうか。

違う気がする。

愛しい人と少しの間だけでも寄り添えたことは

きっとかけがえのないものだ。

でも、メノウはどうすれないいのだろう。

母を失った悲しみを、父のいない寂しさを

どこにぶつけたらいいのだろう。

今のメノウは憎しみという力だけで生きている。

それを失ったら、はかなく消えて行ってしまうような気がした。

それではだめだ。

フレヤはきゅっと目をつむった。

明日の朝も早い。

もう寝なければならない。















驚くほどあっさりと国境を越え、

コペンハヴン国に入国できた。

一切の障害がなかったため、拍子抜けを通り越して

警戒してしまう。

ぐらりと体がかしいだ。

この二日間、ずっと神経を張り詰めさせていたせいだ。

夜もよく寝られなかった。

チノとカインは、人の機微に聡い。

悟られないようにしなければ。

余計な心配をかけたくなかった。

ふとカインの灰色の瞳がこちらをとらえてドキリとする。

内心の焦りを表に出さないように気を付けながら

無表情を保つように心がける。


「どうしたの?」

「姫は……

 これからどうなさるおつもりでいらっしゃいますか」


またその呼び方だ。

何度も直すように言ったのだが、カインは譲らない。

少しだけ違和感を覚える。

カインは昔はこんな呼び方をしなかった。

フレヤ様、と名を呼んでくれた。

カインとの間に知らず知らずのうちに

距離が開いてしまったみたいで少しだけ寂しくなる。


「……王宮にいきましょう。

 そこで、兵と民に招集をかける」

「王家の犬である兵はともかく

 国民がおまえの言うことを聞くとはあまり思えないな」


チノの冷静な意見にぐっと押し黙ってしまったが、

カインはその言葉を聞いてぴくりと肩を震わせた。


「おれだけでなく、姫の無実を信じている兵もたくさんいる」

「信じていないやつもいるということだ」


静かに火花を散らす二人に我関せずという態度を貫くメノウ。

思わずため息をつきそうになるが仕方がない。


「メノウ、貴女とチノにはアルハフ族のもとへ向かってもらいます」


ぐっとチノが発する空気が重くなった。

また引き離すのかと言外に圧力をかけてくる。


「アルハフ族にも、協力を仰がせてほしいの」


唇をかみしめた。

人間では、伝説の存在と思われていたダークエルフなどに

かなうはずがなかった。

少しでも戦力になるものは、味方にしておきたい。


「私では、説得などできない。

 族長のチノなら、メノウとともに

 アルハフ族のみんなを説得できるかもしれない」


チノは黙ってしまった。

反論の言葉はない。


「……私たちを苦しませたコペンハヴンの奴隷になれというの」


地を這うような声でメノウがつぶやいた。

チノは何も言わないが、似たような心情に違いない。

そんなことは初めからわかっている。

彼らの気持ちも痛いほどにわかる。


「……我が民は先王の遺志を受け継ぐものが多い。

 異民族は拒むものだと、考える者が多い。

 だから、その考えを払拭したい。

 あなたたちが、私たちと共に戦う姿を見れば

 民もきっと意識を変える」

「……我らを蔑む者どもの傀儡となれというのか」

「違う。

 もう少しだけ、機会を与えてほしい。

 もし、彼らが共に戦うアルハフ族を見ても

 意識を変えないなら、私はアルハフ族の味方となり

 私の歌の力を使って、あなたたちの盾となり、矛となる」


チノもメノウもしばらく何も言わなかった。

彼らの脳裏には、きっと屈辱の日々がよぎっているに違いない。


「……その言葉、確かだな」

「ええ、嘘はつかない」


チノの目は族長の、人の上に立つものとしての目をしていた。

やがてチノは目を伏せた。


「……なるべく早くに王宮に行くようにする」

「チョルノ!!」


金髪を振り乱してメノウがチノのほうを見た。

陽光のような色がぱっと宙に散ってひどくきれいだった。

緑の目は見開かれて、強い感情に支配されていた。


「私たちが、どうして、これほどまでに苦しんできたのか

 忘れたとは言わせないわ。

 母を殺し、ばば様を……悲しませたこの国を

 私は、決して許さない」


今にも爆発しそうに震えているメノウの声は

強くフレヤの胸を貫いた。

目を伏せる。

メノウは、やはり、同族思いの娘だ。

一族を裏切ってまでステファンのもとにつき

この国を滅ぼそうとしたのは、おのが母と祖母への

愛と思慕の情があるからだ。

この感情がメノウを復讐へと駆り立てた。


「だが、今、コペンハヴンを出ることはかなわない。

 傷ついたものがたくさんいる。

 年老いた者や子供もいる。

 すぐには動けない中、この国の兵に

 一族の者が見つかるのも時間の問題だ。

 それならば、少しでも助かる可能性の高い道に

 賭けたほうがいい。

 下らぬ自尊心を捨てるだけで、みんなが助かるのなら

 なにも、惜しくなどない」

「信じられない……。

 この国のやつらが憎くないの!?」

「八つ裂きにしてやりたいとも」


チノの瞳に一瞬獰猛な光が宿った。

それに一瞬気おされてしまったものの

それはすぐに消えてしまった。


「……だが、みなの命と秤にかければ、

 どちらのほうが重いか、わかるだろう」


静かな声だった。

フレヤには何も言えなかった。

これは、部外者が口をはさんでいいような内容ではなかった。

メノウは何も言わなくなってしまった。


「じゃあ、ここからは二手に分かれるんだな」


何事もなかったかのように振り返るチノに慌てて頷く。

それに頷き返すと、チノはメノウに向き直った。


「行くぞメノウ」

「……」


唇をかみしめてうつむいてるメノウは

納得しているようには見えなかった。

一族の命と引き換えにということで

しぶしぶチノについて言っている感じだ。

少し不安は残るがチノならきっと大丈夫だろう。

山に向かって歩いていく二人の背中を見送った後、

コペンハヴン城の方角に向き直った。

こちらも、大仕事になりそうだ。

Re: マーメイドウィッチ ( No.81 )
日時: 2017/08/25 10:02
名前: いろはうた (ID: S20ikyRd)

王宮の門まであっけないほど簡単にたどり着いてしまった。

あっけない、と感じてしまうのは

自分の神経が必要以上に張り詰めているからだ。

深く息を吸って気持ちを落ち着けようとする。

町の中を通ってきたため、国の様子は一部とはいえ見て取れた。

王や統治者のいない今、民は困惑していた。

幸いカインの所属する騎士団が

秩序を保ってくれているようだったが、

それも長くもつかはわからない。

彼らは、いまだにステファンの正体を知らない。

彼が、ヘレナの良き夫であり、この国の革命を成功させた者だと

信じて疑っていない。

その固定観念を突き崩すのは簡単なことではなかった。

王都でこの状態ならば、貧しい地方では

より劣悪な状態となっているに違いない。


「止まれ!!」


王宮の門で、門番が声を上げた。

第一関門だ。

フレヤはゆっくりとフードを取り払った。

矢理を向けて牽制しようとした不審人物の容姿を見て

門番の目が驚愕に見開かれる。


「ふ、フレヤ王女殿下……!?」


死んだはずの王殺しの第一王女を目にして、

驚きを隠しきれないようだ。

フレヤはあごをぐっとひいた。

毅然として見えるように振舞わなければならない。


「通してほしいの。

 私は、この国を救いに来た」


門番の顔は困惑の色に染まっていた。

どうすればいいのかわからず、

うろたえている。


「姫は、嵌められたのだ。

 ご乱心などなさっていない。

 先王は別の者の手によって殺された」


それまでは後ろに控えていたカインが

スッと前に進み出てきた。


「カイン隊長……!」


門番はカインの部下だったようで

さらに目を見開いた。

絶対的に信頼を寄せる上司の言葉は

大きいようだ。

門番は迷いながらも門をゆっくりと開いていった。


「……お二人のことを、信じております」


フレヤははっとした。

もし、フレヤが王宮に入り

王宮の者に危害を加えるようなこととなったら

彼が責任を負うのだ。

それだけ重い決断と信頼を置いてくれたのだとわかった。


「ありがとう」


フレヤは、しばらくぶりに見る王宮に一歩足を踏み入れた。

おそらく革命のときにできた城内の破損が

まだ痛々しく残っている。


「――――――フレヤ様」


背後からの声に、フレヤはゆっくりと振り返った。

立っていたのは、騎士団の団長、ハイヴだった。

たしかもすぐ60になるはずだったが、

そんなものを感じさせないほど彼の立ち振る舞いは堂々としている。

きっちりとなでつけられた銀髪の端が

風に揺れているのが見えた。

己の上司であるハイヴとの対面に、

カインはさっと姿勢を正して騎士としての礼をとった。

しかし、さりげなく彼はフレヤの前にたった。

まるでハイヴからかばうかのように。

はっとする。

自然体で立っているように見えるが

ハイヴの手は腰の剣にさりげなく添えられていた。

いつでも抜刀できる姿勢だ。


「久方ぶりにございます」

「ええ。

 久しぶりね、ハイヴ」


ハイヴは、父の代からずっとこの王国を

支えてくれた家臣の一人だ。

もしフレヤのことを国にあだ名すものだと判断したなら

ハイヴは容赦なく斬り捨ててくれるだろう。


「どちらに行かれるおつもりなのか

 このおいぼれに教えてくださいますかな」

「王宮に用があるのよ。

 ……私は、これからこの国の全国民に招集をかけ

 そこですべてを話すつもりよ。

 ハイヴ、手伝ってもらってもいいかしら」


ハイヴの眼光は鋭かった。

びりびりと空気が震えているような錯覚。

殺気なのだと気づくのに、数秒かかった。


「全てとは?」

「私は、この国を救い守るために戻ってきたの。

 ……細かいことは皆の前ですべて話すつもり。

 急がなければならない。

 隣国が、半月もすれば攻め込んでくる」

「そのお言葉、どう信用せよと」

「私の命を懸けられたらいいのだけどそうはいかない。

 私は、まだ死ぬわけにはいかないの」


フレヤはすっと息を吸い込んだ。

いつでも歌える姿勢だ。

必要とあらば、歌う。

この距離だと一気に近づかれることはない。

静かにハイヴの様子をうかがっていると

彼はふっと息を吐いた。


「失礼いたしました、王女殿下」


呼び名が変わった。

それは、フレヤを王族として認めたということになる。


「あなたさまがお変わりないか少し意地悪をしました。

 あなたさまは、少し、強くなられたようだ」


予想外の言葉に目を見開く。

武術の訓練などしていない。

何度か野宿を重ねれば、誰でも強くなれるということだろうか。

フレヤの考えていることが分かったらしく、

ハイヴは苦笑した。


「そういう、強さではなく、

 精神的にお強くなられたということですよ」

「……強くならねば、耐えられないことがたくさんあったのよ」


声が自然と低くなった。

ハイヴに敵意がないと判断したのか

カインがすっとフレヤの前から身をひいた。


「我が騎士団に、王女殿下からの招集を公布いたしましょう。

 今宵には、集めきってみせましょう」

「ええ、お願い」


ハイヴは騎士の一礼すると足早にその場を立ち去った。

その唇には笑みが浮かんでいた。

亡くなったと思っていた王女が生きていた。

生きているどころか、わざわざ危険を冒してまで

コペンハヴン国に舞い戻ってきた。

隣国に亡命するなどいくらでも生き延びる方法はあるのに

それでも、彼女はコペンハヴンに戻ってきた。

四十年以上武人を続けているハイヴの殺気に気おされることなく

むしろ、その強い意志を秘めたまなざしは

ハイヴを驚かせた。

フレヤは、美しくなっていた。

ドレスや宝石で着飾っていた王女としての時よりも

土埃で薄汚れた今のほうがぞっとするほど魅力的だった。

彼女はまぎれもなく、

上に立つものとしての素質と覇気を備えている。

その堂々とした気迫は女王のそれだった。


(……強くなられた)


ハイヴの足は、騎士団の館へと向かっていた。



















「お帰りなさいませ、姫様」


城に入ると、フレヤ付きだったメイドたちが

一斉に一礼をした。

革命の日以来、彼女たちの安否がわからなかったので

ほっと胸をなでおろした。


「無事、だったのね」

「はい。

 我ら一同、姫様のお帰りをお待ちしておりました」

「よして。

 私は、姫ではないわ」

「いいえ、我らが主はフレヤ王女殿下、

 ただお一人にございます。

 姫様の無実を信じて待っておりました。

 必ず、生きておられると」


メイド頭の声は震えていた。

主を突然なくしてどれほど不安だっただろう。

フレヤは、前に進み出ると、メイド頭の手を取った。

彼女は肩を震わせて、泣くのを必死にこらえていた。


「ありがとう。

 そう言ってもらえてとても嬉しい。

 だから、どうかもう泣かないで」

「フレヤ様は、今夜全国民に招集をかける。

 みなも、その準備をするように」


カインの言葉に、メイド達ははっとした表情を見せた。


「女王としての表明をなさるのですか……?」


期待と不安に満ちた瞳を向けられる。

フレヤは静かに首を振った。

瞬時にメイドたちのまなざしが落胆の色に染まる。


「何ゆえにございますか。

 姫様ほど女王にふさわしい方はございません」

「私は、女王になりに来たのではないわ。

 この国を、救いに来たの。

 今まであったことを話すために、

 これからのことを話すために、

 全国民に招集をかけたの」

「全て話されるおつもりでいらっしゃいますか」

「ええ。

 国民の王宮広場への誘導を手伝ってもらえるかしら」

「……かしこまりました」


低く低く頭を垂れる彼女たちは何を思うのだろう。

よく今まで頑張ってくれたとねぎらいたいが

時間があまりにもなかった。

フレヤは頼んだわ、と口早に呟くと、その場を去った。

メイドたちがさっと散っていくのを横目に見ながら

城の廊下を進む。

彼女たちは優秀なメイド達だ。

きっとうまくやってくれるだろう。


「……大臣たちは城にいないようね」

「そのようですね」


背後からついてくるカインが

あたりに視線をやりながら答える。

フレヤは唇をかんだ。

父の代からの疫病神のような存在。

己の私腹を肥やすことしか考えず、

娯楽にふける父王をいさめることもせずに

やりたい放題やっていた張本人たちだ。

フレヤは王女、という微妙な立場であったため

彼らより位は上でも、表立って口出しはできなかった。

今でも苦い記憶として脳裏に刻まれている。

しかし、彼らがここにいないとなると、

国民の一斉召集の時に顔を初めて合わせることとなる。

フレヤは眉を寄せた。

いやな予感しかしない。

厄介なことになりそうだ。

Re: マーメイドウィッチ ( No.82 )
日時: 2017/09/02 20:56
名前: いろはうた (ID: S20ikyRd)

~~~~~~フレヤからのご挨拶~~~~~~~~~


こんにちは。

フレヤよ。

今回の夏の小説大会で、この物語が金賞をとったらしいの。

すごく嬉しいわ。

顔には出てないけど、本当に喜んでいるのよ。

内容がシリアスすぎて、こんなの読んで読者の紳士淑女のみんなに

喜んでもらえるのか作者はかなり長い間悶絶していたみたいだけど

これからしばらくの間は聖母のように安らかな顔でいられると思うの。

……え。

ら、らぶな展開はまだなのかって……。

わっ、私はそんなあ、あああ愛だの恋だのは……

……チノ。

すぐにその展開を披露するだなんて無責任なことを言わないで。

らぶな展開ばかりでは、話が進まないわ。

……そのせいでこの物語の糖度が低い……?

小説はメロンじゃないのよ。

糖度とかよりも、私自身がどう行動していくかが……

ヘレナ。

あなたは姫君なのだから、

チノに向かって飛び蹴りなんてしてはいけないわ。

カルトも。

ヘレナに蹴ってもらえて羨ましいとか

わけのわからない理由でチノにナイフを向けないで。

まったくもう……。

今はこんな感じだけど、物語は少しずつ進んでいくわ。

最後まで見てもらえたらとても嬉しいわ。

では、またどこかで会いましょう。

Re: マーメイドウィッチ ( No.83 )
日時: 2017/09/27 21:10
名前: いろはうた (ID: osGavr9A)

フレヤは、城のバルコニーに立っていた。

そこからだと、王宮広場を一望できる。

ここは、もともと歴代の王が

民に話をするときに使っていた場所だ。

広場はドームの形をした屋根がついていて、

声が反響するようになっている。

場所を詰めることができれば、

なんとか全国民を入れることができるほど広い。

既に、ほとんどの国民が王宮広場に入り、

不安げに話し合ったり、

バルコニーに立っているフレヤを見て驚いた様子を見せていた。

何故、王宮に呼び出されたのか。

しかも、全国民の一斉召集だなんて聞いたこともない。

あれは、フレヤ王女殿下じゃないか。

お亡くなりになったとお聞きしていたが。

いや、先代のイルグ王を暗殺したのは

フレヤ王女殿下と言う話じゃなかったか。

ステファン様が我らをお守りしてくださるのではなかったのか。

メノウ様のお姿を見ないな。

様々な声が飛び交うのを聞きながら、フレヤの目は、

悠々と王宮に広場に入ってきた大臣たちをとらえていた。

仰々しいほどに、深々とフレヤに向かってお辞儀をして見せる姿に

かすかに嫌悪感を抱いてしまう。

でっぷりと突き出た腹を抱えて、

大臣は立っているメイド達に

椅子を用意するように言いつけているようだ。


「椅子を用意する必要はないわ。

 私は、ここではすべての民を平等に扱うつもりだから」


フレヤの突然の発言に、あたりはさっと静まり返った。

民の視線が一斉に大臣たちに突き刺さった。

痛いくらいの静寂の中、左大臣がゆっくりと口を開いた。


「お帰りなさいませ、フレヤ王女殿下。

 我ら一同、王女殿下のお帰りを心よりお待ちしておりました」


朗々とした声が広場に響き渡る。

思わず眉間にしわが寄ってしまいそうなのをぐっとこらえた。

よく言う。

微塵もそんなことを思っていないくせに。

ぐっとこぶしを握り締めて、嫌な感情をやり過ごす。


「そう、ありがとう。

 今日、みなにここに集まってもらったのは、

 話さなければならないことがあるから。

 どうか、それを聞いてほしい」


ざわり、と広場の空気が揺れた。

民は、困惑しているようだった。

フレヤは、メノウとの取引の話から始めて

ステファンの裏切り、ヘレナの奪還、

ステファンがダークエルフの眷属であることまで話した。

なるべく私情をはさまず淡々と話したつもりだったが

他の者にはどう聞こえたかはわからない。

国民の戸惑いはさらに色濃くなっているのがわかった。

王女だったフレヤを信じるべきなのか

王殺しのフレヤを信じるべきなのか。


「失礼ながら、フレヤ王女殿下」


今度は右大臣が重々しく口を開いた。

どこか芝居がかかった仕草で、一礼する右大臣を

フレヤは警戒心を高めながら見つめた。


「フレヤ様のご境遇には、涙を禁じえませぬ。

 よくお戻りになられました。

 しかし、ステファン王が、フレヤ様を裏切り

 しかも、ダークエルフであるというのは

 どうも、私めにはどうも信じがたい。

 なにか確固たる証拠でもあればよいのですが……」


やせぎすな顔は不安そうな表情を浮かべているが、

この距離からでも、目の奥の嫌な光は感じられた。

彼らには、フレヤの存在が邪魔だ。

フレヤさえいなければ、この国を牛耳れるのは彼らだからだ。

しかし、ここはひけない。


「証拠は、メノウがあなたたちの前から姿を消したこと。

 革命軍の長たるものが、

 大体的な政策も打ち出さないまま失踪だなんて

 そうそうあることじゃないわ。

 ステファン様は、いらなくなった駒は

 すぐに捨てる方なのよ」


民はうろたえたように顔を見合わせている。

それはそうだろう。

隣国オスロ国の繁栄は、コペンハヴン国でもよく知られている。

そのオスロ国を治める賢王ステファン王を

貶めるようなことを堂々と言うフレヤに

違和感しか覚えないのだろう。

それだけ、ステファンの悪い噂は聞いたことがないのだ。


「なるほど。

 フレヤ様を裏切るような非道な行いを

 ステファン王がされたのはわかりました。

 では、ダークエルフの眷属であるというのは?

 そのような伝説上の生き物の末裔であると

 人間の敵であると聞かされましても

 我々にはどうもわかりかねます」


フレヤは言葉に詰まった。

証拠はない。

フレヤ自身だって、ヘレナを攫った日に見た

ダークエルフを間近で見なければ信じられなかった。

その様子を見て好機と思ったのか

左大臣も畳みかけた。


「我々には、王位を欲したフレヤ王女殿下が

 いたずらにステファン王のことを悪く吹き込み

 民を強制的に兵として利用し

 豊かな隣国であるオスロ国を

 侵略なさろうとしているようにしか思えませぬ」


怒りで視界が一瞬赤く染まった。

どの口がそれを言うのか。

何度も死にかけてそれでもなんとか帰ってきた者に

言うのが、そのような下らぬ疑いなのか。

しかし、絶対的な権力を持つ大臣たちの言葉に

民は感化され始めたようだ。

徐々に疑いのまなざしと声が大きくなっていく。


「証拠は何も見せられない。

 だから、私のことを、信じてほしい」


フレヤは深く民に向かって頭を下げた。

民にどよめきが起こる。

今まで、民に頭を下げるような王族などいなかったからだ。

王族というのは、民にとっては

姿すらめったに見ることのない人間で

手の届かないような存在なのだ。

今、その貴き存在が、民に向かって深々と頭を下げている。

信じてくれ、と懇願している。


「――――――私は、信じたい」


小さな声が上がった。

フレヤははっとして顔を上げた。

聞き覚えのある声だった。

これは。


「おれも、王女殿下のことを信じたい」


フレヤが訪れてきた貧しい地方の民の声だった。

群衆の中でその姿を見つける。

相変わらず、痛々しいほどに痩せていて

ぼろぼろの服をまとっている。

それでも、彼らは凛としてそこに立っていた。


「王女殿下は、何度も私らの村に来て

 子供らに字を教えてくれた」

「薬も買う余裕がない病気のおふくろに

 花と薬を持ってきてくださった」


目を見開く。

気づいて、くれていたのだ。

実った。

目の端が熱くなる。

かなわぬ思いだと、そう諦めかけていた心に

炎をともすには十分すぎるほどの声だった。

民はざわめいている。

誰を、どの言葉を信じればいいのか

決めあぐねている。


「しかし、ダークエルフというのは

 いささか信じがたい!!」

「なら、私が証人となりましょう」


顔を真っ赤にして叫んだ左大臣が驚愕に目を見開く。

フレヤも、ここで聞くはずのない声に

驚いて振り返った。


「へ、ヘレナ……!?」


ここにいるはずのない妹、ヘレナが背筋をピンと伸ばし

堂々と立っていた。

隣国の王妃となったはずのヘレナの登場に

フレヤだけでなく、民も驚いたようで

どよめきが広がっている。

ヘレナはちらりとこちらを見やると

そのまま何事もなかったかのように前に進み出た。

風になびく金髪に、海のごとき青い瞳。

まぎれもなく彼女がコペンハヴン国の王族に

連なる者なのだと、一目でわかる美しい容姿だ。


「私は、ステファン王に幽閉されておりました」


先ほど、フレヤが語ったことをヘレナはなぞるようにして言った。

まぎれもなく本人の口から出た言葉の重みは

他人から伝えられたのとは違う。


「お姉さまが先ほどおっしゃったことは全て真実です。

 私は、実質人質のような存在でした。

 囚われの身となっていたところを

 お姉さまに救っていただきました

 ステファン様は、冷酷で狡猾な人柄です。

 ありとあらゆる手段を使って、この国に進軍してくるでしょう。

 そして彼は、ダークエルフの末裔です。

 人間など、家畜程度の存在としか

 認識していません」


あたりが水を打ったように静まり返った。

ヘレナの言葉が確実に民に浸透していくのがわかる。

恐ろしいほどの沈黙の中、フレヤはただただ驚いていた。

妹は、ヘレナは、こんな娘だっただろうか。

こんなにも、堂々とした王者としての風格と

圧倒的な迫力を兼ね備えた娘だっただろうか。

妹は守るべき存在だと心のどこかで考えていた自分を恥じる。

彼女はこんなにも強いというのに

馬鹿なことを考えていたものだ。


「私も、祖国を守りたい。

 どうか、力を貸してください」


ヘレナも深々と頭を下げた。

元王女が二人そろって頭を下げるという

天地がひっくり返っても見られないような光景を

目の当たりにした民はただ驚いていた。

やがて、彼らは、困ったような、だけど

どこか強い意志を秘めた瞳で二人の少女を見上げた。


「フレヤ女王陛下、万歳!!」

「万歳!!」

「新たな女王に海の神のご加護があらんことを!!」

「女王陛下に幸あれ!!」


小さな声は徐々に大きな声となり、

割れんばかりの歓声となった。

しかし、フレヤは顔をこわばらせた。

こちらの言葉を信じてくれたようなのは嬉しいが

女王になるつもりなどさらさらない。

しかし、縋るような民のまなざしを目の当たりにしてしまった。

自分と言う存在が、苦しい生活と

隣国の脅威にさらされる彼らの最後の希望なのだと思い知る。

女王になるつもりはないと言わなければいけないのに

言葉が出てこない。

呆然としているフレヤの手を優しくとった人がいた。


「いつまでも、お支え致します」


敬虔な態度で膝を折って頭を垂れているのはカインだ。

グレーの目を柔らかく細めてほほ笑む彼は

まぶしそうにこちらを見つめている。

違う。

こんなはずではない。

こんな立場が欲しかったのではない。

ただ、この国と民を守りたかっただけで。


「不安でいらっしゃいますか。

 また王族という見えぬ鎖に縛られるのを

 厭っていらっしゃるように見受けられる。

 また頂点にがんじがらめに縛りあげられた挙句

 突然突き落とされるのではないかと怯えていらっしゃるのか」


フレヤにしか聞こえないように低く小さい声でつぶやく

カインの言葉に心の奥底を暴かれてびくりと震えた。

とっさに手を振り払おうとしたら、

やんわりと力を込められて指先が大きな手に包みなおされる。

剣だこでごつごつした手だ。

ずっとこの国を、フレヤを守ってきた手だ。


「恐れることなど何もないのです。

 あなたを苛む闇は私がすべて斬り払ってみせましょう。

 もう、何物にも貴女様を傷つけさせない。

 ……奪わせない」


指先に落とされた唇は柔らかかった。

慣れない他人の体温に違和感を覚えて

フレヤは顔をゆがめる。

こんなはずではなかったのに。

どこで間違えてしまったのだろう。

Re: マーメイドウィッチ ( No.84 )
日時: 2017/09/28 23:14
名前: いろはうた (ID: osGavr9A)

民への話がすみ、隣国との戦が始まる前に非難を提示した後、

フレヤはバルコニーを去った。

久しぶりの自室の前まで来ると、メイド達が

わっと押し寄せてきて、部屋に押し込まれてしまった。

ここを去った時から何も変わらない部屋。

まるで時が止まっているかのようだった。

しかし、それはメイド達がきちんと掃除をし

部屋の手入れをしていてくれたからだ。

いつフレヤが戻ってきてもいいようにと。

かわき、しぼんでしまった心が少しだけ

温かいものに満たされほぐれる。

ぼろぼろになってしまった乗馬服をはぎとられ、

温かい湯船に突き落とされるようにして沈められた。

メイド四人がかりでごしごしと全身くまなく洗われ

動物にでもなったような気分だ。

風呂から出てきたら、

今度は櫛と髪油をもったメイドが待ち構えていた。

ふわふわと四方八方に奔放に散る青い髪の対処は

彼女たちが誰よりも心得ている。

手にも香油を塗ろうと、メイドの一人に手を取られた。

フレヤの手は、長旅の間に黒ずみ、ひび割れ、

ガサガサになっていた。

とても元王女の手とは思えない。

メイドは痛ましいものでも見るかのように眉根を寄せた。

しかし、彼女は何も言わず

丁寧に香油を塗り続けた。

薔薇の香りが鼻孔をくすぐる。

薔薇の香りを嗅いだのだなんていつぶりだろう。

優雅な香りは、失われた日々を思い出させる。


「ありがとう」


身支度を整えてもらい、数か月ぶりにさっぱりとした心地になる。

ぼさぼさに乱れていた青い髪をリボンで結ってもらった所で

こんこんと控えめなノックの音が聞こえた。


「カインにございます」


カインの控えめな低い声が扉越しに聞こえた。

メイドが視線で、いかがなさいますか、とたずねる。

夜分遅くに女性の、しかも主の部屋を訪れるのは

失礼に値する。

それを騎士であるカインは重々承知のはずだ。

それでも訪ねてきたということは、

何かあるのかもしれない。


「通してちょうだい」

「かしこまりました」


メイドによって扉を開けてもらったカインは

変装のための村人の格好ではなく、

いつもの騎士服に戻っていた。

夜着に上着を羽織った状態のフレヤをちらりと見た後

カインは礼儀正しく目をそらして膝をついた。


「夜分遅くに申し訳ありません」

「かまわないわ。

 話があるのでしょう?」

「おそれながら、さようでございます」

フレヤは目くばせをして、メイド達を下がらせた。

静かに頭を下げると、彼女たちは揃って部屋を出ていく。

カインは昔からフレヤ付きの騎士だったから信頼も厚い。

だから、フレヤと二人きりにしても問題ないと判断したのだろう。

ぱたん、と木製の扉がかすかな音を立ててしまった。


「単刀直入にお聞き申し上げます。

 姫は、いえ、陛下は、アルハフ族の者たちを

 わが軍に引き入れようとお考えでいらっしゃいますか」


また呼び方が変わった。

フレヤは顔をしかめた。

しかし、今はそれどころではない。


「ええ、そのとおりよ」

「おやめくださいませ」


切り捨てるように言われて、かすかに目を見開く。

カインは顔を伏せたままなので、

どんな表情で言ったのかはわからない。

この数週間、カインはアルハフ族の者たちと

行動を共にしてきた。

彼らが、ただの野蛮な異民族などではないということを

十分肌で感じられたはずだ。


「なぜ、そんなことを言うの。

 わが軍と共に働く勇姿を見れば、

 民だってきっと意識を変えてくれるはず」

「いいえ。

 陛下の道の妨げにしかなりません」


まるで未来でも見通しているかのように

ゆるぎない口調でカインはそう言い切った。


「陛下がお考えになっていらっしゃるよりも、

 民の中での異民族への差別意識は強いのです。

 それをすべて抹消するのは簡単なことではありません。

 陛下の寵愛が民ではなく、アルハフ族により注がれていると

 民が感じでもすれば、

 次なる革命や戦争が起こる可能性があるのです」


重い言葉だった。

その可能性を考えなかったわけではない。


「それでも、私はアルハフ族を使うわ」


静寂を打つようにしてフレヤは呟いた。

かすかにカインの肩が震えた。


「私は、陛下のためを思い、

 無礼を承知で申し上げております」

「カイン。

 私は女王になどなる気はないし、

 なれるような存在ではないの」

「貴女様よりも王にふさわしい方は他におりません」


だめだ。

話が平行線に進んでいて、交わる気がしない。

カインはかたくなだ。

だが、それはこちらも同じことだ。


「……あの男のせいですか」

「え……?」


低く押し殺された声に違和感を覚える。

カインはもっと歯切れのよい話し方をする人だったのではないか。

こんな、感情を押し殺したような

話し方をするような人だっただろうか。


「……あの男が現れてから、貴女様は私を遠ざけ

 私の言葉には耳を貸さなくなったしまわれ

 ……変わってしまわれた」


耳鳴りがする。

動機がいやに大きくなる。

焦りが胸を突いた。

なにか大事なものが指をすり抜けてしまっている。

そんな感覚だ。

何か言おうと唇を開く。

その途端、コンコン、とくぐもったノックの音が響いた。


「お姉さま、ヘレナです」


はっとした。

そうだ。

危険な目に遭わせぬようにと置いてきたはずのヘレナが

何故かここにまでついてきたのだった。

大方、ヘレナにメロメロのカルトあたりが

連れてきてあげたのだろう。


「……失礼いたします」


扉を開けようと立ち上がったら、

カインは口早に呟くとヘレナと入れ替わるようにして

部屋を出て行ってしまった。

若干荒っぽく歩き去るカインを見て、

ヘレナは目を丸くしている。


「カインとお話をされていたのですか?」

「ええ。

 ……私は話をするのが下手だから、

 少し怒らせてしまったみたい」

「カインが怒ったのですか?

 お姉さまに?」


信じられないという風に首を振るヘレナに

何も言えなくなる。

カインはもともと穏やかな人柄だ。

あんな風に強い感情の片鱗を見せるのは

本当に珍しいことだ。

いや、それも表面的なことなのかもしれない。

主たるフレヤの前だから、穏やかにふるまうように

しているだけで、本当のカインは違うのかもしれない。

今思えば、長い付き合いになるというのに

カインのことはあまり深くは知らないことに気付く。

それだけ、人とのかかわりに興味がないといえばそうなるが

なぜだか少し寂しくなってしまう。


「また、話をしておくわ。

 そこの椅子にでもかけてちょうだい」


ヘレナは怪訝そうな顔をしながらも、

フレヤの言葉に従って椅子に座った。

それを確認してから、フレヤも椅子に座る。

ヘレナから華やかな花の香りが漂ってくる。

同じく湯あみを終えてから来たのだろう。

しっとりとした金髪が緩やかに肩にかかっている。

ネグリジェもフリルなどがついた愛らしいもので

ああ、やはり妹は可愛らしいとかすかに目を細めた。


「カルトに手伝ってもらったのでしょう?」

「置いていくだなんてひどいにもほどがありますわお姉さま!!」


たしなめるつもりで、低く問いただしたのだが、

逆に噛みつかれるように言い返され、フレヤは目を丸くした。

ぶわっと毛が逆立ったような気さえする。


「ヘレナ」

「私、ようやくお姉さまに心を開いていただけたのかと

 すごく嬉しかったのです!!

 それが置き去りにされたとわかった時、

 私がどのような気持ちだったとお思いですか!!」

「そ、それは申し訳なかったと思って……」

「いいえ!!

 お姉さまは何一つお分かりになっていらっしゃいません!!」


きっぱりと言い切られてしまい、フレヤは口をつぐんだ。

何を言っても言い負かされるような気しかしない。

ただ怒っていても妹は可愛いのだなぁという

間抜けな感想しか出てこなかった。

カルトがヘレナにぞっこんなのもわかる気がする。

今まで妹に感じていたコンプレックスのようなわだかまりが

溶けてなくなっているのを感じる。

それはひどく喜ばしいことのように思えた。


「では聞くわ。

 あなたに何ができるの」


淡々とした口調を心がける。

怒るでも悲しむでもなく、ただ問うだけだ。

人魚としての力を受け継いだわけでも

第一子としての重圧も何も知らずに育ったヘレナだ。


「お姉さまを、一人にはしません」


青い目にまっすぐ見つめられた。

海の底をのぞき込んでいるような心地になる。


「私は、幼いころから国を変え支えようと

 一人で駆け続けるお姉さまをずっと見てきました。

 私も、お供したかったのですけど、

 お姉さまはなんというか、孤高の存在で

 幼い私には近寄りがたさを感じさせました。

 でも、今ならわかります。

 お姉さまは、ずっとお一人だった。

 お一人で走り続けていました。

 苦しい時も悲しい時も、お一人で耐えていらっしゃった。

 今度は私もおそばにおります。

 たとえ、手を振り払われようとも

 私はまた、その手を取りに行きます」

「危険な道よ。

 死んでしまうかもしれない」

「全て覚悟の上です」


目の端にこみあげた熱いものを

こぼさないようにするので精いっぱいだった。

苦しかった。

悲しかった。

つらかった。

切なかった。

だけど、それを分け合える人は誰一人いないのだと思ってきた。

心の奥底にしまい込んだ。

だけど、その感情を殺しきることもできなかった。

心の奥底でケダモノの様に暴れまわる感情が、

ヘレナの言葉で大人しくなったのを感じる。

ぽたっ、と握りしめた手の甲に熱い雫が落ちた。

あっと思った時には、パタパタ、と次々に雫が落ちていく。


「今まで守ってくださって、ありがとうございます。

 お姉さま」


それはこちらのセリフだ。

ステファンの本性を誰よりも早く見抜き、

姉から守ろうと自らステファンに進んで近づいた。

姉の婚約者を横から奪い取った第二王女だと陰口をたたかれながら

なれない隣国での暮らしを強いられた。

守られていたのはこちらのほうだ。

そう言いたいのに言葉が出ない。

代わりに唇から洩れたのは嗚咽だ。


「ゆっくりでいいのです。

 すべて話してほしいとは望みません。

 欠片でいいから、お姉さまの心を預けてほしいのです」


ふわりと花の香りに抱きしめられる。

妹に触れたのはいつぶりだろう。

花の妖精のような子だと思った。

可憐で、清らかで、守らねばならない存在だと

そうずっと思い込んでいた。

ヘレナは、妹は、もうずっと昔から姉を守り続けてくれていたのだ。

ろうそくの明かりが穏やかに部屋を照らす中、

姉妹はしばらくの間だまって寄り添い続けていた。


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