コメディ・ライト小説(新)
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- マーメイドウィッチ
- 日時: 2016/07/30 19:31
- 名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
世界が止まった。
手が震える。
数拍のちに気付く。
私は大切な人に裏切られたのだと。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.10 )
- 日時: 2016/09/01 14:05
- 名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
平静を装っているけど
あなたの瞳に囚われてしまうのが怖くて
もう貴方の目をまっすぐに見れないの
そんな私にきっとあなたは気付いていない
夜になると、どうしようもなく寂しくて
貴方が扉の向こうから来てくれるんじゃないかって
眠ってしまう最後の一瞬まで期待しているの
目覚めたら、そこには私一人しかいなくて
私は冷たいシーツを握りしめて
一人で涙を流しているわ
もう一度私に触れてほしい
そんなあさましい願いを口にしそうで
あなたに会うといつも
あなたを冷たくあしらってしまって
後でひどい罪悪感にかられているの
今までのは全部嘘だ
おれが悪かった
おれには君しかいない
どうかもう一度おれの元に戻ってくれないか
そう言ってくれるのを期待し続けている馬鹿な私
あなたは優しいから
こんな意地っ張りな私でも
もう恋人でも何もないのに
こんなにも気にかけてくれる
優しい言葉をかけてくれる
それが泣きたいほどに嬉しくて
胸をかきむしって声をあげて泣くほど苦しい
また元の関係に戻れるんじゃないかって期待してしまう
またあの時みたいに笑って
よりそって
傍にいられるのではないかと
私にはもう、あなたの隣に立つ資格などないと
頭ではいやというほど理解しているのに
心がいうことをきいてくれない
ただあなただけを求めているの
離れてからわかったわ
私がどれほどあなたを愛してしまっていたのか
ねえ助けて
涙が止まらないの
こんな無様な姿見せたくないわ
それでも
それでも
私の涙をぬぐってくれるのはあなたであってほしいと
どうしても願わずにはいられないの
一人になると気がおかしくなってしまいそう
狂ってしまいそうよ
自己嫌悪に陥ってしまって
あなたにふさわしくなれなかった自分を
責めて責めて、狂いそう
こんな私は知らない
こんな苦しい感情があるなんて知らなかった
叶うのならばすべてなかったことにしてほしい
こんな思いをするくらいならば
あなたになんて出会いたくなかった
こんなに心乱されてしまうくらいなら
最初から声なんてかけられたくなかった
わかっているわ
もうすべて遅いって
わかっているの
だって、私は今でも
無意識のうちに、あなたの姿を探してしまっているのだから
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
- Re: マーメイドウィッチ ( No.11 )
- 日時: 2016/09/26 23:33
- 名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
フレヤは、夜会が終わり、
真っ暗な廊下を歩いて、城の客室に戻ろうとしていた。
ステファンの城だが、ステファンの花嫁の姉ということで
部屋をもらえたのだ。
好きなだけ滞在してもらって構わない、などと言われたが、
フレヤにはそんな気はない。
こんなところ、一刻でも早く去ってしまいたい。
出立は明日にしてある。
「……っ!!」
フレヤは、自室の前に立つ人影を認識して、息をのんだ。
ステファンがそこに立っていた。
彼もこちらの気配に気づいて振り返る。
美しい水色の瞳がやわらかく細められる。
足が勝手に止まってしまって、それ以上動けなくなってしまった。
かわりに、ステファンがこちらに向かって歩いてくる。
愛しい。
憎い。
会いたかった。
会いたくなかった。
彼に触れたい。
彼に近づかれたくない。
声が聴きたい。
声を聴きたくない。
相反する様々な感情が渦巻いて、言葉が出ない。
「貴女と話がしたい。
こんな時間にぶしつけなのは許してほしい」
律儀なまでにこちらの名前を呼ばない。
彼はそういう人だ。
なかなか、こちらに触れすらしてくれなかった。
それを、ずっと、彼が紳士だからだと思っていた。
でもそれは違った。
彼がいっそ残酷なまでに優しいからだ。
「話、って、こんな時間にするほど大事な話なのかしら」
自分の口から、驚くほど冷たくて、突き放すような響きの言葉が出て
自分でも驚いてしまう。
ステファンは一瞬表情を曇らせたが、すぐに元の真面目な表情に戻った。
それを見て、ごめんなさい、と反射的に謝ってしまいそうになるが、
自分のちっぽけなプライドがそれすら許してくれない。
「ああ。
貴女の国に関する話だ」
泣きたくなる。
彼にとっては、自分はもはや、元恋人でも何でもない。
ただの義理の姉だ。
それを、彼が口を開くたびに感じて、つらくなる。
ステファンの視線がちらりと背後のチノに向けられた。
「安心して。
彼は、信頼できる、私の護衛よ」
「そうか。
なら、いい。
話というのは、貴女の国で少しずつ勢力を増している、『革命軍』のことだ」
「革命軍……?」
聞き覚えのない言葉に、フレヤは眉をひそめた。
そのフレヤの表情を見て、ステファンは言葉をつづけた。
「貴女のお父上による政治が上手くいっていないせいで
自分たちの生活が苦しいのだと思っている国民は少なからずいる。
その者たちの中でも血気盛んな若者たちが集まって集団を作り上げた。
彼らの目的は王のすげ替えだ」
言葉が出なかった。
国民の不満がたまっているのは、肌で感じていた。
しかし、それが王のすげ替えを望むほどのものだとは知らなかったのだ。
「王の娘である君にも、これから先、外出の際には
狙われることが増えるかもしれないから気を付けてほしい。
それを伝えに来た。
……その革命軍には新しい統治者には、別の新しい女王をすげ替えたいようだから」
「女、王……?」
次々と告げられる衝撃的な内容に、耳を疑ってしまう。
フレヤのつぶやきに、ステファンはうなづいてみせた。
「なにやら、自分も王族の血筋をひく正当な王位継承者なのだと
言っている若い娘らしい。
そんな彼女にとって君は邪魔な存在だろう。
どうか、気を付けてくれ」
フレヤは返答をすることができなかった。
ステファンは一礼をすると去っていく。
本当にそれを伝えるためだけに来たのだ。
視線で、食い入るように彼の背中を追う。
きっと、ヘレナのところに戻っていくんだろう。
闇の中に消えていく背に追いすがってしまいたい衝動に駆られる。
彼は優しいから、気を付けるように警告してくれたのだ。
それはわかっている。
わかっているけど、あと少しでいいから、その姿を、その声を
この心に焼き付けてから国に帰りたかった。
ふわりと背中に控えめに触れられて、フレヤはびくりと震えた。
「……怪我はまだ治っていないだろう。
明日、出立するのだから、もう休んだほうがいい」
心に染み入るようないたわりの言葉に、フレヤは声もなく涙を一粒こぼした。
チノはそれを見ないふりして、扉を開けて、フレヤの背をまた押して
部屋の中に入れると、静かに扉をしめた。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.12 )
- 日時: 2016/09/28 12:14
- 名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
ごとごとと馬車が音を立てて揺れる。
フレヤは、流れゆく景色を眺めていた。
はっきりとわかる。
やはり、オスロ国から離れれば離れるほど、
景色から緑が失われていき、荒廃していくのがわかる。
フレヤは表情を変えなかったが、ぐっときつくこぶしを握り締めた。
途端にこぶしが鈍く痛んだ。
あの時、男たちに暴力を振るわれた際に、強く踏みつけられたのだ。
馬車の振動で脇腹もツキツキと痛むが、
フレヤはつとめて表情に出ないようにした。
この光景を、この痛みを、民の上に立つものとして
絶対に忘れてはならないと強く思えた。
斜め向かい側に座るチノも同じく無言だった。
その表情はないだ湖のごとく、静かだった。
「チノ」
呼ぶと、チノの緑の目がこちらを見た。
(もう、大丈夫)
胸はおかしな音を立てない。
あの時のように顔がほてったりすることもない。
きっとあの夜の気の迷いだったのだ。
飲み物に酒精でも入っていたのだろう。
「あなたに聞きたいことがあるの」
「聞きたいこととは?」
静かに問い返されて、フレヤは少しだけ迷ってから、口を開いた。
ずっと聞きたかったことだ。
「なぜ、父上に囚われたの?」
「なぜ」
「あなたほどの腕のものが、
我が王国の騎士団にひけを取るはずがない。
理由があるはずだわ」
チノはゆっくりとまばたきをした。
彼の瞳は本当に美しい。
この国の民の青い目とは違う。
翡翠のような緑。
宝石のように深く美しい鮮やかさ。
その色の中に何かがちらりとよぎった気がした。
「おれはさすらいの一族、アルハフ族の長。
我らが一族のものを連れ森の中を通過してコペンハヴン国に入ろうとしていた時に
イルグ王に見つかった。
おれは、仲間を逃がすために、おとりとなってつかまった」
思えば、チノが自分のことについて話すのはこれが初めてだった。
なんだか新鮮な気分で聞いていたが、
告げられた父王の行動にわずかに眉根を寄せた。
ここで謝罪の言葉を述べても、何も解決はしないだろう。
代わりに別の言葉が口から出た。
「一族の者には、無事であることは?」
「無論伝えてある。
案ずることはない」
「そう」
だが、なにかがひっかかる。
チノは真実をすべては話していない。
直感がそう告げる。
とはいえ、それ以上問いただすこともできず、そこで会話は途切れた。
ゴトン、と音を立てて、馬車が止まった。
チノがスッと表情を硬くする。
フレヤは馬の手綱を握っている御者に向かって叫んだ。
「どうしたの!?」
「い、いえ、馬車が突然、動かなくなって……!!」
御者もオロオロしている。
いやな予感がする。
まさか。
おびえたように馬がいなないた。
フレヤがさっと視線を外に走らせようとしたとき、
チノは素早い動作で、馬車から降り立ったところだった。
彼は、いつの間にやら抜いてた短剣を構えると、何かをはじき返した。
鈍い金属音を立てて、カランと矢が地面に落ちる。
ありえない。
とんできた矢を目でとらえることができるほどの
動体視力があるというのか。
その時、茂みが不自然に揺れて、
山賊のような恰好をした男たちが次々と出てきた。
フレヤは息をのんだ。
「我らがメノウ様のため、散っていただく!!」
「「「おおう!!」」」
野太い怒号が響き渡り、彼らは一斉にこちらに駆け出してきた。
対する、チノも人間とは思えぬ速度で駆け出すと、
俊敏な動きで短剣を振るいだした。
メノウ?
聞いたことのない名前だ。
彼らが、様、と敬称をつけて呼んでいることから、
彼らの上に立つ者の名前なのだろう、と推測できる。
フレヤがぐるぐると考えている間も、
チノは休みなく動き続けている。
しかし、キリがなかった。
チノは相手がプロの殺し屋ではなく、
殺しに関しては素人で、ただの一般人であることを瞬時に見抜いた。
ゆえに、本気で殺しにはかからず、
相手の攻撃を受けながし、気絶させるか、
軽傷を負わせることを優先している。
武術面においては圧倒的にチノが有利であったが、
相手はなぜか数が多かった。
いくらチノでも一人だけでは、多勢に無勢であった。
他の騎士たちでは、相手を殺しかねないので、
なかなか手を出せずにいた。
じわりじわりとチノが押されだす。
相手のやみくもに振り回されるナイフによって、
チノのシャツの袖が切り裂かれたのを見て、
フレヤはいてもたってもいられずに、馬車から出た。
「フレヤ様!!」
いけません!!と止めようとする、騎士を押し返し、
耳をふさぐように言う。
騎士がはっとした表情ですぐにほかの騎士たちや御者にも伝えた。
チノがすぐにこちらに気付き、一瞬目を見開いたが、
すぐに憤怒の表情を浮かべて、こちらにわき目もふらず駆け寄ってきた。
感情をあらわにしたチノはとても珍しいので
少し新鮮な気持ちで彼に声をかける。
「耳を、ふさいで」
「おまえ!!
危険なことがわかって……!!」
「いいから、ふさぎなさい」
チノはみた。
己の主の瞳が鮮烈な紅に輝いているのを。
そして、彼女がいつもと変わらず無表情なのに
どこかひどく悲しそうなのを。
「チノ」
歩み寄るフレヤに、男たちが雄たけびをあげて駆け寄ってくる。
フレヤはちらりとチノを振り返った。
「どうか、私の歌を聴かないで」
無表情なくせに、今にも泣きそうな顔だった。
思わず手を彼女のほうに伸ばそうとしたが、遅かった。
彼女が歌いだした。
歌詞はない。
ただ、旋律が彼女の口から紡ぎだされる。
精神がかきみだされるようなメロディー。
感情が千々にちぎれてしまいそうな、そんな気持ちにさせられる。
やめてくれと叫びたいのに、もっと聴いていたくなる。
何故かはわからないが、己のすべてを投げ打って、
彼女の足元に伏して、もっと歌ってくれと、請いたくなる。
ああいっそ、そうしてしまおうかと思った時、
彼女の悲痛な表情が目に入ってきて、ぼやけた視界と意識が
一瞬で鮮明になるのがわかった。
男たちは、先ほどまでのチノと同じように、
一様に苦悶の表情を浮かべながらも、
どこか恍惚とした表情で手に持っていた武器を取り落とした。
その目は全てフレヤに向けられている。
そして、その視線を受けて、ひどく悲しそうにしながらも
フレヤは歌い続けた。
チノは歩き出す。
彼女に向かって、一歩一歩踏みしめて近づく。
ふっとフレヤが歌うのをやめた。
あたりに静寂が、落ちる。
男たちが、ひどく飢えたような表情でフレヤだけを見つめる。
もっと歌ってくれ、と誰かが叫んだ。
フレヤが静かに口を開いた。
男たちが歓喜の表情でそれを見つめる。
「あなたたちの、主を答えなさい」
それは命令だった。
男たちは失望した。
彼女は歌ってくれない。
しかし、なぜだかわからないが、
この娘のすべてに従ってしまいたい。
「メノウ様です」
気付けば、全員が同じ答えを返していた。
ああ、大事な情報を漏らしてしまった。
いや、そんなことよりも、はやく歌を。
歌が聴きたい。
「メノウとは何者ですか?」
「我らが革命軍の長である、尊い姫君です」
フレヤはしばしの間、言葉を発しなかった。
その様子を不安げに男たちが見つめる。
歌ってくれないのだろうか。
中には、歌を渇望するあまり、目の焦点が合わなくなっている者や
恋するように熱くフレヤを見つめている者もいる。
フレヤは、しばらくして、また歌いだした。
今度は調子がゆったりとした、穏やかな子守歌だった。
聴いていると、心がとろかされて、
それはもう天国にいるような、とんでもなくいい気分にされる歌だった。
つぎつぎと男たちがその場に倒れる。
やがて、全ての男がその場に倒れ伏し、静寂がその場を満たした。
ゆっくりとフレヤは振り返り、その視線がチノの姿をとらえた。
その顔からわずかにあった悲しみもすべて一切がそぎ落とされた。
震える声が落される。
「聴いて、いたのね」
- Re: マーメイドウィッチ ( No.13 )
- 日時: 2016/11/12 23:49
- 名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
フレヤは、城に帰るまでの間、一言も口をきかなかった。
聴かれた。
歌を聴かれてしまった。
そのことが頭の中をぐるぐる回る。
フレヤが人に対して歌ったのは、これが初めてではない。
だから、自分の歌がどのような影響を人に及ぼすのか、
よくわかっている。
フレヤの歌は、聴いた人間すべての精神に強い影響を与える。
とくに、最初に歌った、支配の歌、は、
フレヤの歌の中でも、特に精神に強い影響を与え、
精神をゆがめてしまうこともある。
フレヤの命令のみに従い、フレヤのためだけに生き、
フレヤのためだけに死ぬ傀儡のような存在へとなり果てるのだ。
だからこそ、聴かれてはならなかった。
チノには特に。
(これでは、彼を縛ることになってしまう)
彼は、半年もしたら、ここを離れる身だ。
彼がどの程度歌を聴いたかはわからない。
けれど、フレヤが振り返った時には、
彼は自分の耳を手で覆っていなかった。
こんなはずじゃない。
こんなことになるはずじゃなかったのに。
自室で、一人自己嫌悪にさいなまれていると、
コンコンと控えめなノックの音がした。
「入って、いいわ」
声をしぼりだすと、ドアを開けて入ってきたのは、チノだった。
フレヤは、言葉なく彼を見つめた。
夕日に照らされたチノの髪の毛は、オレンジ色に輝いていた。
一瞬それに目を奪われたが、すぐに視線をそらす。
今は、チノの姿をまっすぐに見ることができない。
そのあからさまな態度にいくらチノでもすぐに気づくだろうが、
それに構っている余裕もなかった。
「何か?」
そう言ってしまった後に、それが失態だと気付く。
チノは護衛として、四六時中傍にいる。
今更、何の用だと聞くのはおかしすぎる。
チノがどんな表情をしているのか気になったが、
とてもじゃないが見る気分ではない。
なんとか表情は崩さずに済んだが、自分の態度は
あまりにも普段と違っていた。
「すまない」
ぽつりとこぼされたつぶやきに、フレヤは目を見張った。
何故、彼が謝るのか。
謝らなければならないのはこちらの方だというのに。
「おれの力不足で、おまえの力を借りなければならなかったこと、
深く悔いている」
沈鬱な表情を浮かべて、チノは目を伏せた。
フレヤは少しの間、言葉を返せなった。
そうか。
彼は、フレヤが自分の歌の力を忌み嫌っているのを
どことなく知っていた。
だから、歌わせてしまったことに対して、謝っている。
そして、自分の力不足を心から悔いている。
そんなことはない。
チノは守ってくれた。
たった一人で、誰も殺さぬように守ってくれていた。
それよりも情けないのは、歌わなければ無力な自分だ、と
そんな言葉が零れ落ちそうになってすんでのところで止める。
それよりも、伝えなければならないことがある。
「チノ」
チノがこちらを見る気配がした。
唇が震える。
なんて情けない!!
どうしても、事実を告げられない。
あなたは、あの歌を聴いてしまった瞬間から
永遠に私の傀儡になってしまったのだと、
そんな残酷なこと、告げられない。
「ごめんなさい」
声が震えないようにするので精一杯で、
それ以上の言葉を紡げなかった。
もう、こちらを見ないでほしかった。
心が真っ黒に塗りつぶされるような感覚。
感情がごちゃ混ぜになって、自分でもわからなくなる。
自分は何をしたいのだろうか。
自分の心すらわからなくなる。
コンコン
どこか焦ったようなノックが部屋に響き渡り、チノの視線がそれた。
それに驚くほど安心した。
「入りなさい」
毅然として見えるようにノックの音に返事をする。
少し乱暴にドアが開かれ、女中頭が入ってくる。
「姫様!!」
「どうしたの、そんなに焦って」
彼女の表情は切羽詰まっていた。
その表情から、なにか良くないことが起こったのだと悟る。
「何があったの?」
「心してお聞きくださいませ。
国王陛下が――――――」
「父上……?」
フレヤは意外な内容に眉をひそめた。
女中頭の慌てぶりが尋常でないことが、心に引っかかる。
「お倒れになり、意識を失っておいででございます」
せわしなく告げられた言葉に、言葉が出なかった。
父は高熱を出しているらしい。
身体が丈夫な父にしては本当に珍しいことで、
城中で大騒ぎになっていた。
隣国にいるヘレナからの見舞いの花を見つめる。
病気だろう、ということで、
フレヤは父の病室に入ることを今のところ許されていない。
これのせいでチノの件はうやむやになってしまった。
いつか真実を伝えねばならないことはわかっているのに
今は、言う勇気がどうしても出なかった。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.14 )
- 日時: 2016/11/20 23:33
- 名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
朝日がまぶしくて、フレヤは静かに目を開けた。
のそりとベッドから起き上がると、いつも起きる時間より
ずいぶんと遅い時間帯だということが分かった。
ちらりと部屋の隅を見やると、チノがいつものように
そこに立っていた。
「……今日は、下町へ下りるわ」
スッと目をそらしながらつぶやく。
まだ直視はできなかった。
だが、雰囲気でチノが何かを言いたげにしているのを悟る。
「父上が臥せっているのに、
下町に行くような、愚かな娘だと思っているの?」
「違う」
すぐにそう言い返されて、少し驚く。
チノが歩いてくる気配がして、体がこわばった。
だが、彼は、少し近くに来ただけで、
すぐに歩みを止めた。
「おまえの傷はまだ癒えていない。
馬に乗るには、早すぎる」
「そんなことないわ。
……人魚の治癒力があるもの」
人間離れした速度で、傷は癒えており、
現在はうっすらと跡が残る程度となっている。
だから馬に乗ることも、もう問題はなかった。
「私は、今日は、村の訪問のために下町に下りない。
……メノウ、という人物に関しての情報を得るために行くの」
メノウ。
フレヤたちの馬車に襲いかかった男たちが口にしていた人物の名前。
おそそらく、彼らにフレヤたちの馬車を
襲撃することを命じた者の名前だろう。
「ステファン様がおっしゃっていた話と、条件が合う所がある。
私の存在が邪魔だから、襲撃者を送った。
でもその襲撃者がプロの暗殺者ではないことから、
王族のような身分の高い者が
私を殺すように命じたわけではないことがわかる。
それに彼らの言語には私たちの国のなまりがあった。
これらのことから、メノウという者はステファン様がおっしゃっていた
革命軍、の上層部である人物である可能性が高いわ」
ふっとフレヤは瞳をかげらせた。
幼い頃より、何度もこの歌の力を持つ姫君として狙われてきた。
でも、それは別の国の王族が
秘密裏にフレヤを手に入れようとしたりするだけで、
民に狙われるのは初めてのことだった。
それが、心苦しい。
だけど、確かめないわけにはいかなかった。
「下町に下りて、メノウという人物について探るわ」
フレヤはいつもは行かない賑やかな王都の中心部に向かって馬を走らせた。
あたりまえのようにその後ろをチノが馬を駆ってついてくる。
あと、半年。
あと半年したら、チノから手を放す。
彼を一族のところに返す。
だが、果たして彼は帰るだろうか。
歌の影響で、帰らないような事態にならないだろうか。
インクのように心に垂らされた不安はどれだけ考えないようにしても
心にこびりついて取れなかった。
もの思いにふけりながら馬を走らせると、
やがて長い城の道が終わり、
賑やかな喧騒が近づいてくる。
フレヤは馬をおりた。
そして、王都を守る警備の兵に馬を預ける。
「恐れながら王女殿下。
本日は、遠出をなさらないので……?」
「ええ。
たまには、王都の様子も見ようかと」
そう言うとフレヤは歩き出した。
フレヤの氷のごとき無表情さに衛兵は委縮したようで何も言わない。
同じく馬を預けたチノがその後ろを影のように付き従う。
遠くにたくさん見える人影。
たしか、王城の門から少し離れたところには
この国で最も大きな市場が開かれている。
だから、この国で最も人が集まるところでもある。
フレヤは、ぎゅっと頭を覆う頭巾をかぶりなおした。
今回ばかりは、何が何でも王女だとばれるわけにはいかない。
足早に賑やかな市場のほうに向かう。
本当に滅多にこういう人が多くて活気に満ち溢れている所に
来ないので、どうしても気おくれする。
揚げ物の匂いと汗のにおいと香辛料の匂いとが混じり合って
なんともいえない香りとなって鼻をつく。
すれ違いざまに男に強くぶつかられた。
思わずよろけると、後ろから静かにチノが支えてくれた。
「けがはないか」
淡々とした声に、舞い上がっていた心がふわりと戻る。
チノの手はすぐに離れた。
思わず足が止まる。
振り返れば、チノは静かな表情でそこに立っている。
「ありがとう。
大丈夫」
また前を見て歩き出すと、チノもまた後をついてきてくれる。
危ないからおれが前を行く、などと言わない。
いつも、フレヤの意志を尊重して、決してその妨げはしない。
チノのそういうところが好ましいと思う。
しかし、また支えてもらうわけにもいかないので、
先ほどよりも周囲に注意して進むようにする。
すると驚くほど、この市場には様々な人種がいることが分かった。
目が茶色の者。
髪が白髪の老人。
褐色の肌を持つお花売りの少女。
それぞれの者たちが懸命に今日という日を生きていた。
精一杯声を張り上げて客を呼び込む青年もいた。
隅の方でうずくまって、道行く人に空き箱を差し出し、
金を恵んでもらうのを静かに待っている乞食もいた。
フレヤは一瞬迷った。
乞食のところに行って金を恵んでやるべきだろうか。
そうすれば、乞食は一時的に空腹からは逃れられるが、
その味をしめてしまって、また乞食になる悪循環が起こるかもしれない。
フレヤは結局、そっとその乞食から視線をそらした。
今日は貧しきものに恵みを与えに来たのではない。
情報を探りに来たのだ。
しかし、情報を集める、などという間諜のような真似は
生まれてこの方したことがないので、フレヤは困ってしまう。
なにをどうすればいいのか見当もつかない。
とにかくここは人が多すぎるから、もう少し人ごみの
少ない所に行った方がいいのかもしれない。
そう思い細い路地の法に入っていこうとしたら、襟元の後ろの方を
ガッとつかまれて動きを阻まれた。
思わず振り返ると、チノが首根っこをつかむようにして
フレヤを細い路地の方から引き離した。
「おまえは、馬鹿なのか」
いつもは無表情なチノのなのに、
眉間にくっきりとしわが刻まれていた。
びっくりするほど怒りをあらわにしていて、
何をするのだ、という言葉は消えてしまった。
「このあいだ、このような細路地で、
人さらいに襲われたばかりだろうが。
つい最近の出来事だというのに、もう忘れたのか」
「忘れたわけじゃ……」
ただ無意識での行動だっただけで。
チノがため息をついた。
その行動に少し傷つく。
失望されたみたいで。
「おまえは、こんなにも大人びているのに
変なところで子供みたいになるな」
続けてかさねられた言葉は、失望よりも
もっと温かな響きがこもっていて、少しほっとする。
ちらりと上を見上げると、正面から視線が合って、
少し動揺する。
久しぶりにこの緑の目を見た。
相変わらず静かで、でも、今までにない温かさが
その目に宿っていた。
「手を、握っていてもいいか?」
からかう響きのない穏やかな声。
チノの顔はもう怒っていない。
日光に照らされて、チノの濃い茶色の髪が、透けて金髪に見える。
「おまえが、おれの手を引いて歩けばいい。
そうすれば、はぐれないし、お前のいきたいところに行ける」
手を引かれるのではなく、手を引く。
今までやったことのないことだ。
姫君たるもの、殿方から声をかけられるまで、
自分から動いてはいけない。
そんな常識を覆されるようなその言葉に驚きながらも、
フレヤは自らチノの手に触れた。
自分のよりもずっと大きくて、少し乾燥していて、
温かい指に自分の指を絡める。
きゅっと、控えめな力で優しく握り返されて驚く。
チノは握っただけで、そこから足を進めない。
どこにもいかないで、フレヤが歩き出すのをじっと待っている。
足を一歩踏み出すと、遅れてチノもついてくる。
フレヤの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いてくれる。
「チノは、お父さん、みたいね」
「……おとう、さん」
チノが衝撃を受けたように後ろでその言葉を繰り返す。
その言い方がおかしくて、少しだけ笑みがこぼれる。
握る手は優しい。
フレヤが痛みを感じないように
注意を払って握っているのがわかる。
足の長いチノからしたら、フレヤの歩みはひどく遅いのだろうが
チノは文句も何も言わず半歩遅れてついてくる。
もう一度チノの顔を振り返ってみると、
その顔には、わずかだが微笑が浮かんでいた。
困ったような、うれしいような色んな感情が混じった笑み。
チノは、ここの市場にいる普通の人と変わらなくて
変装のために身に着けている平民服もよく似合っている。
そのことに気付いたとき、なぜか泣きたくなって、
苦しくなった。
この優しい人を、歌の力で縛ってしまったのだと、
一層激しい後悔が胸を焼いた。
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