コメディ・ライト小説(新)

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マーメイドウィッチ
日時: 2016/07/30 19:31
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

Re: マーメイドウィッチ ( No.75 )
日時: 2017/07/30 23:33
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

コンコンと控えめに叩かれる扉の音で

フレヤははっと我にかえった。

辺りを見渡すとそこは宿の部屋が

闇に包まれているだけだった。

今のは、幻だったのか。

いや、それにしてはあまりに生々しい。

青年の記憶を追体験しているかのようだった。

あの青年は父の記憶に違いなかった。

異民族の娘はメノウとそっくりの目をしていたし

王妃となった令嬢は

絵姿で見た母とそっくり同じだった。

いや、考えるのは後にしよう。

そう思いながら立ち上がる。

自分から歩いて行って扉を開けると

思った通りチノが立っていた。

廊下のランプの光を背に立っているために

表情がよく見えなかった。

今夜も彼と同室なのだったと思い出し

チノが入れるだけのスペースを明け渡す。

彼は無言で部屋の中に足を踏み入れた。


「メノウのことをどうするか決めた?」


とりあえず何かを話さなくてはならない気がして

フレヤはなんでもないふりを装って聞いた。

窓に向かって歩いていたチノが

くるりと振り返ってこちらを見る。


「……殺さない」


端的な言葉に言葉にならない思いを感じ取り

フレヤは瞳を伏せた。

メノウのことは許せない。

だけど先ほどメノウの母親であろう娘を目にした。

彼女は、メノウの言う通り

父の歌の力に惑わされたのではなく

愛を知らない父に恋をしたのだ。

それを信じられず全て歌の力によるものだと

勝手に決めつけたのは父だ。

ふと我にかえると、

チノが無言でこちらを見ている気配があった。

部屋の中は明かりを灯していないから

暗くて彼の表情が見えない。

ランプに明かりを灯そうと動いたフレヤの腕を

チノが俊敏な動きで掴んだ。

突然触れられたため、反射的に振り払おうとしたが

その手は少しも揺るがなかった。

痛いくらいに握り締められて顔をしかめる。


「ち……」

「おれから勝手に離れた挙句、あの王子の手を取ろうとするとは……

 おれの言ったことを、いともたやすく忘れてくれたようだな」


平坦な声だった。

それに戸惑いを隠せないまま、フレヤは瞬きを繰り返す。

チノから硬く、荒々しい気配を感じる。

しかし、暗くてどのような表情なのかを見ることができない。


「もう忘れているようだが、もう一度言う。

 おまえがおれから離れようとすれば、

 おれは自らの命すら絶ってみせると言った」


ぐっと強く腕を引かれて、チノの体に倒れこんでしまう。

咄嗟に彼の固い胸板を押して離れようとしたが

素早く腰に回った力強い腕がそれを許さない。


「ば、馬鹿なこと言わないで……!!」

「本気だ」


ぐっと顔を近づけられる。

お互いの吐息すら感じるほどの距離に目を見開く。

月光を反射するチノの瞳しか見えない。

その目にはおびえたように目を見開いた自分の姿が反射していた。


「今、おまえの目の前で、心の臓をついてみせようか」

「や、やめて!!」


離れかけたチノの手を素早く掴み、握りしめる。

このままだと、本当に腰にさしてある短刀に手を伸ばす気だ。

指先が氷のように冷え切っていることに

熱いチノの手首に触れて知る。


「やめて、ほしいか……?」


ささやくようにチノが言った。

とろりとした甘さがにじんだ声音だった。


「やめて……お願いだから……」

「……おれの願いを一つ聞いたら、今日は許そう」


願い?

フレヤはただただチノの瞳を見返すしかない。

炎を薄い氷で覆い隠したようなまなざし。

今にも氷の壁を突き破って爆発してしまいそうな危うさすら感じた。

チノの瞳に宿る感情が強すぎて、よくわからない。


「心配するな。

 簡単なことだ。

 ……おまえから、おれに口づけを」


頭が真っ白になった。

次の瞬間に頭に浮かんだのは、チノの許嫁である娘の姿だった。

ルザが悲しむ顔が目に浮かぶ。


「……でき、ないわ」


胸の奥から声を絞り出すようにして言った。

チノの発する空気が重いものに変わった。


「……なぜだ。

 簡単なことだろう」


ぼろぼろと自分の意志とは関係なく涙はこぼれ続けた。

フレヤは強く首を横に振り続けた。

苦しい。

この人は、ルザがいるのに、どうしてこんなことを望むのか。

なにか勘違いをしてしまいそうになる。

胸が軋む。

心が悲鳴を上げる。

ああ、そうか。

チノの瞳が涙にぼやけていくのが見える。

強い感情を宿す瞳。

あの目に宿る強い感情は、憎しみなのか。

そうに違いない。

今まで数えきれないほどチノと彼が大切に思うものを傷つけてしまった。

憎まれて当然なのだ。

だた、想っている人に憎まれるのが

これほどまでに苦痛を伴うとは思っていなかったのだ。

泣き続けるフレヤを見て、チノはひそやかに吐息を漏らした。


「どこまでも思い通りにならない娘だ。

 ……いっそのこと、殺めてしまいたい」


涙をぬぐうように触れてくる唇とは正反対の

荒々しさがにじむ声音が耳に吹き込まれた。


「……そうすれば、これほどまで苦しまずに済むものを」


小さなつぶやきはフレヤの耳には届かなかった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.76 )
日時: 2017/08/01 00:08
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

昨夜、かわりにチノが要求したのは、フレヤの一日だった。

一日、チノの傍にいて彼のしたいようにさせるという内容だった。

混乱していたフレヤは、小さく頷くしかなかった。

昨夜の出来事を思い起こしながら

朝日の差し込む窓を薄目で見つめ、

フレヤはベッドに横たわっていた。

視線を動かすと、窓から少し離れた壁に背中を預けた状態で

目を閉じているチノの姿が見えた。

陽光にチノの髪の先が透けて白く見える。

フレヤは起き上がって、静かにチノに近づいた。

ふわりとしゃがみこんで、目を閉じる彼の顔をのぞき込む。

規則正しい呼吸音だけが聞こえる穏やかな空間。

昨日の夜が嘘みたいだった。

目が隠れるほど長い前髪。

すっきりとした鼻梁。

長いまつげ。

少し厚みのある唇。

なめらかな顎のライン。

どれも見慣れたもので、どれもが愛しい。

泣きたくなるほどに好きだ。

胸が引き絞られるように苦しくなる。

フレヤはそっと手を伸ばして、チノの頬に触れた。

紅茶色の肌は温かくて、なんだかわけもなく涙が出そうになった。

苦しいことも悲しいことも全部なくなってしまえばいいのに。

この穏やかな時間がずっと続けばいいのに。

ふわりと手を掴まれてはっと目を見開く。

緑の瞳がこちらをまっすぐに見ていた。

彼はふわりと笑った。

ひどく嬉しそうに。

それだけで心拍数が突然上がってしまう。


「おはよう」


つかまれた手がそのままチノの唇押し当てられた。

その柔らかい感触に頬に熱が集まる。


「おっ、おはよう」


急いで手を引き抜いたら

拍子抜けしてしまうほどあっさりと離された。

それを少しだけ寂しく思ってしまうだなんて

自分はどうかしているに違いない。

チノは小さく笑いながら、かわいい、とつぶやいた。

かと思うと、ぽすんとチノの頭が肩にぶつかり

体をこわばらせてしまう。

そのままチノはぐりぐりと頭を肩に押し付けてきた。

その獣っぽい甘えるような仕草に

不覚にもきゅんとしてしまった自分は、重症だ。

やがてチノが顔を上げた。


「今日のおまえは、おれだけのものだから、

 こんなに可愛く見えるのか?」


至近距離で緑の目を細めながら言われ

失神しそうになったのは間違いなくチノのせいだ。













その日は本当に朝から晩まで二人きりで過ごした。

もともと、シウと相談して

今日を休息日として定めていたため、予定に問題はない。

今頃、違う宿でシウたちも羽を伸ばしているはずだ。

本当は、ヘレナに今の状況を詳しく説明する日にしたかったのだが

チノの迫力に負けてしまった。

チノはほとんどフレヤから離れなかった。

部屋を初めて出たのは、食事を宿の下の階に取りに行くときだった。

二人きりで食事をして、おいしい、と静かに微笑みあう。

そのあとは、とくに出かけることもなく

部屋の中で外の景色を眺めながら他愛もない話をした。

幼いころの思い出や家族のことなどだ。

チノは、アルハフ族に伝わるおとぎ話や

伝統的な歌を教えてくれた。

渡り鳥のような生活をするアルハフ族らしく、

チノは遠い異国のことをたくさん知っていた。

チノが語ってくれる、鼻の長い灰色の生き物の話や

水がほとんどない砂漠を移動した話、

氷河を眺めながら焚火をした話などはどれも新鮮で

きいていて飽きなかった。

ゆっくりと日が傾き始めたとき、チノはフレヤを抱えて

宿の屋根に上った。

美しく色を変える空はやがて宵闇色になり、

星が美しく輝くようになった。

小さくくしゃみをすると、気づかずにすまなかったと

チノは彼の上着を肩にかけてくれた。

その温もりは体だけでなく心までもふわりと温かくした。

二人で満天の星空を見上げる。

フレヤは一つ一つの星を指さし、なぞっていった。

天文学で学んだことをぽつぽつとチノに教える。

それぞれの星座にまつわるおとぎ話に

チノは静かに耳を傾けていた。

その間、冷えるといけないからと、

チノは背後からフレヤを抱きしめるようにして話を聞いていた。

背中は心地よい温かさに包まれている。

チノの吐息が耳をくすぐり、フレヤは小さく笑う。

泣きたくなるほどに穏やかな時間だった。

一瞬ではあるもののルザの存在や己の立場など、

全て忘れてしまうほどに、幸せなひと時だった。

こんな日々が続けばどんなにいいだろう。

チノの隣で、穏やかに暮らす。

大きな幸せは望まない。

ただ隣にぬくもりがあり、ともに笑いともに泣く。

喜びも悲しみも分け合って、静かに暮らせたら。

ひそやかに吐息を漏らす。

幸せだ。

己には十分すぎるほどの幸せだ。

だから、忘れない。

フレヤは今日のこの日を瞳を伏せて心に刻み込んだ。

この思い出を胸に、これからは生きていく。

もう振り返らない。

振り返ってはならない。

振り返ることなど許されていない。

ただ、進み続けることしか許されていないのだ。

透明な雫が、柔らかな曲線を描く頬を伝って、

静かに零れ落ちた。

Re: マーメイドウィッチ ( No.77 )
日時: 2017/08/03 22:25
名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)

「ならぬ」


次の日フレヤは、シウと対峙していた。

シウたちが泊まっている宿屋は、

フレヤたちが使っている宿と遜色ないほど地味で目立たない。

こんな宿に派手な雰囲気のシウがいることが

なんだかちぐはぐに見えてしまう。

しかし、当の本人は、それを吹き飛ばしてしまいそうなほど

冷え冷えとした空気を放っていた。

視線だけで人を凍らせることができそうだ。

しかし、それに臆することなく、

フレヤは静かに彼の視線を受け返した。


「契約を反故にするつもりか」

「約束を破ってしまうことになってしまうのは謝るわ。

 本当にごめんなさい。

 でも、私は、私の国の民を見殺しにすることなどできない」


フレヤは、コペンハヴン国に戻り、

ステファンを迎えうちたいとシウに願い出ているところだった。

しかし、シウの態度は氷河のごとく冷たく変わらなかった。


「止めても無駄よ。

 私は行くわ」

「……民が汝に何をしたのか忘れたのか。」


うなるように低い声でシウが言った。

びりびりと空気が震える。


「あの愚かな人間の民は、汝が地を駆けずり回り

 差し伸べ続けた救いの手をいともたやすく忘れ、

 あまつさえ、牙をむいた」

「ええ、そうね」

「あの性根の腐った王の仕業だとはいえども、

 これで分かっただろう。

 恩をすぐに忘れ、簡単に裏切る。

 ……人という生き物とは、そういうものだ」


押し殺された声に、滲む激情が見え隠れする。

シウも人に裏切られたのかもしれない。

ふとそう思った。

昔のシウ自身を、フレヤに重ねて見ているのかもしれない。


「民に私を裏切らせるようなことをさせたのは、

 私にも責任があるわ。

 数年前の災害のせいで、民への被害は甚大だった。

 でも、私たち王族はろくな政策も打ち立てず、

 税金を巻き上げるばかりだった。

 今度こそ、私は民を救ってみせる。

 何度手をはねのけられても差し伸べてみせる」

「汝、今度こそ、死ぬぞ」


端的に言われた言葉は、ずっしりとした重圧に見ていた。

しかし、ここで折れるわけにはいかない。


「そう簡単には死んであげない。

 私には死ねない理由がある」

「ほう?」


シウは表情を変えずに片眉だけあげてみせた。

圧倒的な迫力に負けないように足を踏ん張る。


「守りたい人たちがいるから」


ぎゅっとこぶしを握り締めた。

死ぬのが怖くないと言えばうそになる。

何度も殺されそうになった。

死ななかったのは、運がよかったとしか言いようがない。

今度こそ、殺されてしまうかもしれない。

それでも立ち向かうのは、守りたい人がいるからだ。

今まで訪れてきた貧しい村の村人たち。

幼い女の子や、まだうまく歩けないほど小さな男の子。

薬の差し入れに涙を流して喜んでくれたおばあさん。

村の訪問に最初に連れ出してくれた執事。

最後まで尽くしてくれたメイド達。

やっとのことでステファンの手から奪い返した妹。

アルハフ族の人たち。

チノ。


「私は、絶対に引けない。

 これ以上、何も失わない。

 失いたくないの」


強く強く紅い瞳を見つめ返した。

異形の者しかかたくなに信じない吸血鬼の王。

幻惑の力を持つ紅い瞳を見つめ返されることに慣れていないのか

先に目をそらしたのはシウの方だった。

はらりと白磁の肌に黒髪が一筋落ちる。

その姿でさえ芸術的なまでに美しかった。


「我は、認めぬ」


あわく生まれた期待はシウの言葉によって

すぐに失望へと変わった。

最初から、すぐにシウが頷くとは思っていない。

ならば根気よく言葉を重ね続けるだけだ。

氷河だって、春が来れば緩やかに氷の山を動かすのだから。















部屋を出ると、話が終わるのを待っていた

シウのお付きの者たちが我先に部屋の中へと駆けていく。

対照的にチノ、カルト、カインの3人はフレヤが出てくるのを

辛抱強く待っていた。


「どうでしたか……?」


カインからおそるおそる投げかけられた問いに

首を横に振ってこたえる。

そうですかと小さく呟くと、カインはため息を吐いた。

しかし、フレヤはそう悲観していない。

まだチャンスはあるし、時間もある。

シウを説き伏せるのは容易ではないが、

不可能ではないはずだ。


「どうするつもり?」



部屋から離れるようにして歩き出すと、

カルトがひょうひょうとした態度で聞いてくる。

髪の毛をひるがえらせながら、フレヤは廊下を進んだ。


「無論、あきらめたりなんかしないわ。

 私にも譲れないものくらいある」

「宿に戻るのか?」

「ええ。

 今日の所はひとまず引き下がるけど明日も行くつもりよ」

「いいねぇ。

 そういう負けん気の強いところがそそるよ。

 ヘレナには及ばないけどな」


カルトの軽口に眉を顰めるが、フレヤは何も言わなかった。

カルトに殺気を飛ばしながら腰の剣に手をかける男二人を

なんとかなだめつつ、フレヤたち一行は

自分たちが泊っている宿への道を進む。

あまり同じ宿に長居はしないほうがいい。

怪しまれやすくなるからだ。

たとえ幻惑の力で宿の主や宿の他の客人を惑わしていても

この国全ての人間の目をごまかすことはできない。

余計な混乱は避けたいため、やはり宿を別のものに移すべきか。


「あ、それと、今までのことは簡単にヘレナに話しておいたから」


カルトの声によって現実に引き戻された。

そういえば、彼は、ヘレナの護衛役として

四六時中彼女の傍にいるのだった。

しかし、これはフレヤが頼んだことではない。

なぜか、カルトが自らすすんで申し出たことだった。

やたらと慣れ慣れしくヘレナのことを話すのも気にかかる。


「ありがとう。

 私からもヘレナに話しておきたいから、

 宿に帰り次第、すぐに会いに行くわ」


するとあからさまにカルトが顔をしかめた。

ものすごく嫌そうな顔だった。

何故だ。

なぜ自分の妹に会いに行きたいと言っただけで

そんな顔をされなければならないのだ。

喧噪をかき分けながらも、もやもやとした気持ちを消しきれない。

そうこうしているうちに、宿についてしまった。

ヘレナの部屋の前まで行くと、彼女の部屋の前で番をしていた

龍族の長、ロンが静かにこちらを見た。


「戻ったのか」

「ええ」


それ以上ロンは特に追及してこない。

おそらく聞かずとも話し合いの結果を想像できたのだろう。

すっと流れるような動作でロンはその場を明け渡した。


「入るのだろう」

「ええ、ありがとう。

 少し妹と話をしておきたくて」


そう言った途端、背に突き刺さる気配。

見なくてもカルトのものだと分かる。

一体、どうしたというのか。

フレヤは半眼になって、後ろを振り返った。


「カルト。

 わかっていると思うけど、

 私たち姉妹のみで話をしたいの。

 外で待っていてくれるかしら」


カルトは不服そうに喉の奥でうなりながら

フレヤを睨みつけている。

まるで、言うことをきかない狼のようだった。

やはりカルトの様子がおかしい。

どうしたものか、と途方に暮れていると

がちゃりとドアが勝手に開いた。

中からぴょこりとヘレナが顔を出す。

姉の姿を見てぱっと顔を輝かせたヘレナだったが、

カルトの姿を見るや否や、顔色を変えた。


「なんでまだあなたがここにいるの、ちゃらんぽん男!!」

「……」


めったに見ることのない妹のすごい剣幕に

フレヤは無言になってしまう。

対するカルトはへにゃりと相好を崩した。

あたりに、はちみつと砂糖を混ぜて蒸発させたような

胸やけのするような甘さが充満しだした。

意味が分からない。

本当に状況をうまく理解できない。


「やっぱり可愛いな」

「うるさい!!

 私はお姉さまとお話しするから、あなたは出て行って!!」


強くまくしたてると、ヘレナは強い力でフレヤの腕を引き

部屋に引き入れると、荒っぽく扉を閉めた。

けたたましい音と共に扉が閉まり、

外からの音が聞こえなくなる。

はぁっとヘレナがため息をついた。


「申し訳ありませんお姉さま。

 あの男に朝から晩まで傍にいられて、

 少々、苛々してしまいまして」

「そ、そう」


こんなに機嫌の悪そうなヘレナを見るのは初めてだった。

そもそも、フレヤの記憶の中のヘレナは

いつも穏やかにほほ笑んでいることが多い。

フレヤとはまた違った方向で

己の感情を表にあまり出さない娘なのだ。

だから、感情をあらわにしたヘレナを見ることは

新鮮で、どう対応したらいいのかわからない。

カルトはそんなヘレナの怒りを歯牙にもかけずに

かまい倒しているようだから余計に驚きを感じてしまう。


「カルトは、悪い人ではないのよ?

 軽い人に見えるけど、家族思いのいい人よ。

 私の命の恩人でもあるわ」

「存じております。

 だからこそ礼儀をわきまえた対応をしようと

 努力はしているのですが、それをあの……あの男が……」


最後のほうは怒りか何かの強い感情のせいで

かすれて聞こえなかった。

ヘレナの感情をここまでひきずりだすだなんて、

カルトも大したものだと、他人事のように思った。

Re: マーメイドウィッチ ( No.78 )
日時: 2017/08/14 20:43
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

ヘレナに促されて部屋の椅子に座り、あらためて彼女と向き直る。

大きな青い瞳のすぐ下にはうっすらと隈ができていた。

突然の環境の変化と急な事態によく眠れていないのかもしれない。


「もう、カルトから聞いているとは思うのだけど、

 改めて何があったのか私から話すわ」

「はい。

 他の誰でもなく、お姉さまの口からすべてを聞きたいです」


決意に満ちた瞳でヘレナがうなずく。

フレヤは、ヘレナが嫁いで行ってしまった後の話を

ぽつぽつと語りだした。

なるべく私情を挟まぬよう、客観的に話すように努めた。

メノウの脅迫、父に死の歌を歌ったこと、

ステファンの裏切りの話をすると、

さすがのヘレナも顔色を変えた。

しかし、ヘレナは口をはさむことなく、

黙って話を聞いていた。

そして、ステファンの城に潜入し、

ヘレナを攫うところまで話すと、フレヤは口を閉じた。


「話してくださって、ありがとうございました」

「長くなってしまったわ。

 ごめんなさいね」

「いえ……」


それっきりヘレナは口をつぐんでしまった。

考え込んでいるようだった。

今まで聞いた話を自分の中で整理しているに違いない。


「もしかしたら、宿を変えるかもしれないから

 それだけは知っておいて」

「はい……」


力なくヘレナが頷いた。

余計なことを話して混乱させてしまったかもしれないが

ヘレナも知る権利がある。

そう思って話したのだが逆効果になってしまっただろうか。

少し気がかりに思いながらもフレヤは椅子から立ち上がった。

すこし沈んだ表情のヘレナもそれに気づいて立ち上がる。

それを手で制する。


「考えたいこともあるだろうから、見送りはいいわ。

 ゆっくり休みなさい」

「……はい、お姉さま」


部屋を出ようと扉を開くと、

なぜか当然のごとくカルトがそこに立っていた。

遅れて彼がヘレナの護衛役を買って出ていたことを思い出す。


「話、長すぎない?

 ヘレナ、疲れただろ」

「そ、そうね。

 長くなってしまったわ。

 あのこにも考える時間が必要だと思うの」


遠回しにヘレナから少し離れてやれと言ったつもりだったのだが

当然のごとく部屋に足を踏み入れようとする

カルトの腕を慌てて掴む。


「なに?

 まだなんかあるの?」


不機嫌そうに目を細めてこちらを見るカルトに

またも違和感を抱く。

やはりおかしい。

いつものカルトではないみたいだ。


「カルト、あなたどうしたの?」

「なにが?」


なにがおかしいといわれて言葉に詰まる。

いつものカルトではないみたいだと言えば

鼻で笑われるだけだと分かっているから口ごもってしまう。


「なに?

 さっさと言いなよ」

「ヘレナに対してだけは、カルトらしくないというか……」


てっきり怪訝な顔をされるのかと身構えていたが

以外にもカルトはしばらく黙っていた。

フレヤもハラハラしながらカルトの返答を待つ。


「……つがい、なんだよね」

「は?」


重々しく告げられた言葉に、フレヤはぽかんと口を開けた。

しかし、カルトはいたってまじめな顔をしている。


「個人差はあるみたいだけど、おれは一目見た瞬間

 雷が落ちたみたいに、このこがおれの運命の人なんだって」


カルトはどちらかと言うと合理的で現実的な思考の持ち主だ。

そのメルヘンな内容に、フレヤの口は開きっぱなしだ。

しかし、本人はいたって真剣な顔なので

嘘でしょう、などと冗談でも口にできない雰囲気だ。


「なに、それ……」

「アルハフ族は獣の一族だから、こういうことは

 本能的にわかるってわけ。

 チョルノのやつから聞いてないの?」


カルトが不思議そうに首をかしげる。

その拍子にカルトの長い前髪がさらりと緑の目を隠した。

チノからはそんなことは一言も聞いていない。

首を横に振ると、カルトは心底どうでもよさそうに横を向いた。


「ま、どうだっていいけど。

 じゃ、あんたはさっさと自分の部屋に帰りなよ」


その目は既にヘレナの部屋の入り口に向けられる。

フレヤは大人しく彼に背を向けた。

もうこれ以上しつこく食い下がっても

カルトは不機嫌になる一方だ。

しかし、今聞いたことが頭の中から離れない。

悶々と考えながら足を進めていると

いつのまにか自室の近くまで来てしまっていた。

はっとした。

部屋の前に誰か立っている。

気配に聡い彼はすぐにこちらの存在に気付いた。


「お帰りになられましたか」


カインだった。

騎士らしく背筋を伸ばしている姿はまぶしく映った。

今あ平民の服を着ているが、その立ち振る舞いだけで

彼の育ちの良さがすぐにわかる。


「話し合いはいかがでしたか」


カインの問いに対して、フレヤは無言で首を横に振った。

カインは沈鬱そうに眉根を寄せた後、

意を決したように口を開いた。


「姫様、申し上げたいことがあります」

「だから、私はもう、姫じゃ……」

「いえ、貴女様は、コペンハヴン国第一王位継承者。

 姫様ではなく、もうすぐ陛下とお呼びすることになるでしょう」


カインは昔から頭の固いところがある。

フレヤは諦めて息を吐き出した。


「もう、いいわ。

 話なら、私の部屋の中でしましょう?」


はい、と従順にうなずいたカインは

さっとフレヤをエスコートして部屋まで連れて行ってくれる。

どこまでも騎士らしい男だ。

フレヤは部屋の椅子に座り、カインにも座るように促したが

主の前でそのような真似は、と慇懃に断られてしまった。

もはや半分分かりかけていたことなので、

フレヤはそのままカインを立たせておくことにした。


「それで?

 言いたいことって何かしら?」

「あのシウ第一皇子とは、ここで別れましょう」


フレヤは、目を丸くした。

まさか、そういわれるとは思わなかったのだ。


「どうしてそう思うのかしら?」

「国がフレヤ様を追い詰めたのにもかかわらず、

 心優しいあなた様は国を見捨てなさらない。

 ならば、一刻も早くコペンハヴン国に戻るべきです。

 ステファン王は猶予をやる、などと言ったようですが

 馬鹿正直に待つとは限りません。

 今すぐに攻め込まれてもおかしくないのです。

 奇襲は、戦略の常套手段ですから」


武人らしい意見だった。

そして、どれも的を射た意見ばかりで、フレヤは一瞬黙った。


「……もう少しだけ、時間を頂戴」

「フレヤ様」


カインがわずかに焦れたような声で名前を呼ぶ。

カインがフレヤの名を呼ぶのは、

たしなめるときやいさめる時だけだ。


「……あの人には、恩がある。

 私だけでなくアルハフ族の人たちの命も助けてくれた。

 恩を返さないまま勝手に離れるのは気が引けるの」

「しかし、ことは一刻を争います。

 気が引けるのでありましたら、

 一時的に彼らから離れるだけでも良いのではないでしょうか」


カインは食い下がった。

フレヤは目を細めて考え込んだ。


「……あと、もう一回だけ聞きに行く。

 だめなら、コペンハヴン国に行くわ」

「……かしこまりました」


本当であれば、今すぐにでもコペンハヴンに戻りたいであろう

カインは、フレヤの意思を汲んでくれたようだった。

低く頭を垂れるカインのつむじを見て、

何か焦りのようなものが胸を突いた。

カインは何か違う言葉を求めている気がする。

しかし、人の感情の機微に疎いフレヤは

どうしたらいいのかわからなかった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.79 )
日時: 2017/08/22 23:26
名前: いろはうた (ID: a2nKI3wk)

「ならぬ、と言ったのを忘れたのか」


シウの態度は次の日になってもかたくなだった。

フレヤは唇をかみしめて、

どういえば理解してくれるのかと考え込む。


「何を言おうと無駄だ。

 ならぬものはならぬ」


シウの目はいつもよりも冷ややかで戸惑ってしまう。

いつもにもまして、イライラしているような

そんな印象を受けた。

その言葉の通り、何を言おうとも

フレヤがコペンハヴン国に戻るのを認める気はないようだった。

しかし、今までのシウは、条件をつけながらも

フレヤの願いをかなえてくれている。

冷たく見えるが、懐が深く、情も深い人なのだ。

そのシウがここまでかたくなにフレヤの意見を

かたくなに突っぱねるのはどこか不自然にすら思えた。

何か理由があるに違いないが、この調子では

おそらく説得は厳しいだろう。


「そう……」

「長居は無用。

 明日にはここを発つ。

 他の者にも伝えておけ」


さすがに一か所に長居しすぎだとシウも思ったようだった。

それに関しては同意見だが、その行先はシウの国だ。

まだ、そこに行くわけにはいかない。


「そう……」


だから、食い下がるのではなく、

あえて大人しくシウの意思に従うようなそぶりを見せる。

シウは、チノほど人の心の機微には聡くない。

まさかフレヤが既にコペンハヴンに向けての旅の準備を

終えているだなんて気づきもしないはずだ。

フレヤはしおらしく見えるように目を伏せたまま

シウの部屋から退出した。

しかし、宿の出入り口で意外な人物に出会ってしまう。


「よう、おひいさん」


龍族の長、ロンだった。

人ごみの中でもよく目立つ長躯にフレヤは目を細めた。


「おはよう。

 私に何か用かしら?」

「あんたの時間が少しほしい」

「……かまわないわ」


ロンがこうして話しかけてくれるのは珍しい。

というか、初めてのことだ。

少し戸惑いながらも頷くと、ロンも軽く頷いて見せた。


「ここじゃまずいから、移動しようか」


濃い翡翠色の髪をなびかせて、ロンが先導する。

フレヤはその広い背中を小走りで追いかけた。

連れてこられたのは、見晴らしのいい港だった。

サファイアを溶かしたような美しい青い海が広がっている。


「……私に話があるのね?」

「ああ、シウのことだ」


言葉の端に少しだけ重みを感じて

これは大事な話なのだと背筋を正す。

ロンだけはシウに対して砕けた口調で話しているし、

シウ、と呼び捨てにしているのもロンだけだ。

よほど近しい仲なのだろう。


「なにかしら」

「おひいさんがあれだけ言ってもシウのやつが

 コペンハヴンに戻らないのは、おひいさんのことを

 昔の自分に重ねているからだと思う」


意外な言葉にフレヤは少し目を見開いた。

昔のシウ……?

過去に何かあったのだろうか。


「おれらの祖国、ミン国は、吸血鬼の一族が皇帝だ。

 国民はほとんど人間で、吸血鬼以外の異形のやつらは

 ずっと昔から差別され、虐げられてきた。

 それは、吸血鬼とみたいな異形のやつらに

 支配される恐怖と屈辱を他の異形のやつらに

 ぶつけてきたからだと思う。

 吸血鬼のやつらはその状況を何とかしようとしてきたが

 結局何も変えられなかった。

 皇帝として吸血鬼が君臨している限りは

 人間たちはおれたち異形のやつらを受け入れない。

 だから、あいつは、おれたちのために

 第一皇子の身分を捨てて、新しい国を作ろうとしている。

 異形のやつらしかいない国」


ロンは淡々と語っている。

ロンの口から話されているということは、

すべて事実なのだろう。

遠い東の国の異形の者たちの苦しみを思い、

フレヤは少しだけ顔をゆがめた。


「あいつは、陰謀、裏切り、嫉妬でどろろどろしている

 王宮で生まれ育った。

 だから、誰よりも人間に憎まれ、裏切られ、

 命を狙われたやつだ。

 人間をそれでも信じようとしたあいつは

 さらに裏切られ陰謀に巻き込まれ続けた。

 おひいさんには自分と同じような目に

 遭ってほしくないんだろうな」


フレヤは何も言えなかった。















宿に帰ってからのフレヤの行動は、速いとは言えなかった。

ロンに言われたことが頭の中で反芻している。

しかし、その逡巡は、メノウの部屋から戻ってきた

チノの顔を見た途端霧散してしまった。

アルハフ族は、まだコペンハヴン国にいる。

それは、兵たちに無理やり王宮に連れ去られる際に

彼らが抵抗し、戦闘となり、負傷者が何人も出たからだ。

傷のせいで動けず、コペンハヴン国から出られない。

民だけではない。

命の恩人であるアルハフ族に報いたい。

唇をかんだ。

まだ民のためだけに、動けるほど心の傷はいえていない。

メノウに操られていたのだとはいえ、

民に矢を向けられた記憶は一生消えないだろう。

理不尽だと思った。

あれだけ民のために尽くしたのに

こんな仕打ちを受けるのかと恨みすらした。

だけど、民のために駆けずり回ったのは

ただの自己満足でしかなかったのだと、

心のどこかでは気づいていた。

自分の努力が、何も変えられなかったのだと

認めたくなかっただけなのだ。

今度こそ、間違いは犯したくない。


「チノ」


フレヤの部屋に入ってきたチノは、

返事をせずに、静かにフレヤを見つめている。

何か重要なことを話されるのだと、

本能的に肌で感じ取ったようだった。


「私は、今夜、コペンハヴンに戻るわ」

「許可が下りたのか」

「いいえ。

 私の独断よ」


それを聞いて、チノはすっと瞳をすがめた。

彼がどう思っているのかは、

その乏しい表情のせいで読み取れない。


「止めても無駄よ」

「別に止めはしない」


その言葉を聞いて、ほっと息をついた。

チノだけは何故か説得しきれる自信がなかったのだ。


「ただ、おれもついていく。

 それだけだ」


反射的に制止の言葉が喉元まで出かかったが、

すんでのところでそれを飲み込んだ。

チノは優しいから、危険な場所に自ら飛び込もうとする

フレヤを止めたいだろう。

それを押さえてフレヤの意思を尊重してくれているのだから

チノを止める権利をフレヤは持っていない。


「……わかったわ。

 私のほかに、カインとメノウを連れていきたいの」


ぐっとチノの眉間にしわが寄った。

わずかにたじろいでしまったが、

それを表に出さないようにつとめる。


「……理由は?」

「カインはコペンハヴンの民よ。

 あそこには彼の家族も友人も残されている。

 ……メノウを連れていくのは、

 別に復讐とかが理由じゃないわ。

 もう一度、アルハフ族の人たちと

 彼女は会って話をする必要がある」

「それならば、カルトは連れて行かなくていいのか」

「カルトにはヘレナを守っていてもらいたい。

 ステファン様が、ヘレナをまた人質として

 利用する可能性がなくもないから。

 ヘレナは連れて行かないし、カルトは残す」


半分自分に言い聞かせるようにしてフレヤはそういった。

ヘレナを危険なところに連れて行きたくないというのが本音だ。

しかし、それを言うつもりはなかった。


「シウが追ってこないか?」

「追いつかれる前に、コペンハヴン国に入国するわ。

 そうすれば、あの人も諦めるでしょう。

 リスクを冒してまで、私を欲しいとは思わないはず」


自分で言いながら少しだけ寂しくなる。

これだけ、フレヤを欲しいと言ってくれた人は

他にはいなかった。

この人魚の歌の力だけでなく、

フレヤ個人の能力を認め欲してくれた人はいなかったのだ。

それに揺れなかったと言えば嘘になる。

だけど、守りたいものができてしまったのだ。


「……シウに、私は昔の彼とは違うことを見せてあげましょう」


フレヤは、そうつぶやくと

珍しく不敵な笑みを浮かべた。

日はまだ高い。

シウたちに夜に宿を訪れられ、

中ががもぬけの殻だった場合、怪しまれてしまう。

行動を起こすには、今が絶好の機会だ。
















「あの人魚の女……妹は残し、メノウと護衛の者数名を連れて

 姿をくらましているようです。

 おそらく、コペンハヴン国に向かったものかと」


苦々しげな顔で、鴉天狗一族のヤワラは

己の主であるシウに報告した。

しかし、シウは特に表情を変えなかった。


「そうか」

「追わねぇのか?」


ロンが腕を組んだ状態で、ちらりとシウの顔を見やる。

それに畳みかけるように、リンがグッと身を乗り出した。


「そうです!!

 シウ様のご好意を蹴ったあげく、

 あまつさえ約束を反故にするとか万死に値します!!」


語気荒く化け猫の娘、リンが言い募ったが、

シウは特に反応を示さなかった。

まるで最初からフレヤが逃亡することを

知っていたかのような反応だった。


「約束どうこうはともかく、

 今コペンハヴン国に行っても、

 あの人間どもが、おひいさんの言うことをきいて

 仲良く団結するとは思えねぇ。

 仮に団結できたとしても、敵は人間じゃねぇ。

 あのダークエルフどもだ。

 ……おひいさん、今度こそ、死ぬぞ」


ロンが金色の目を細めて言ったが、

それでもシウは大した反応を見せなかった。

頬杖をついたままつまらなそうに虚空を見つめている。

どこか不自然なほどシウは落ち着いていた。


「我は追う気はない。

 あれだけ行くなと言ったのに、行ったのだ。

 死ぬ覚悟くらいはできているのであろうよ」

「あんな女野垂れ死んでしまえばいいんですよ!!」


ふんっ、とそっぽを向くリンとは対照的に、

ヤワラはまだ苦々しげな顔を崩さない。


「良いのですかシウ様。

 あれだけお望みになった娘だというのに追わぬというのは」

「くどいぞ。

 我は追わぬと言っている。

 今日にでもここを発ち、国に戻るぞ」

「……かしこまりました」


ヤワラは、頷いてみせたものの、

怪訝そうな顔を崩さない。

面倒ごとは好まないシウが、わざわざ西の果ての国にまで来て

一月以上もかけ求めた娘をあっさりと諦めたのが

不思議でならないのだ。

ロンは黙って、表情を動かさないシウの横顔を

じっと眺めていた。


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