コメディ・ライト小説(新)

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マーメイドウィッチ
日時: 2016/07/30 19:31
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

Re: マーメイドウィッチ ( No.70 )
日時: 2017/07/21 13:50
名前: いろはうた (ID: sKT84jP.)

城の敷地内から出て、シウたちが待つ森へと戻るまで

本当に何一つ追手の気配はなかった。

無事にシウたちの姿を見つけたときは、

思わずため息が口から洩れてしまったくらいだ。

龍の姿のロンが森の上を低く滑空した際に、チノに抱きかかえられて

ひらりと地上に降り立つ。

チノのもう片方の腕には、いまだに意識の戻らないメノウの姿があった。

こちらに近づいてきたシウの視線が、メノウに一瞬向けられた。


「大事ないか」

「ヘレナを連れて帰ってきたわ。

 みんな無事よ。

 誰もけがをしていない」


チノの腕から離れて地面に降り立つと、

ちょうどほかの鴉天狗の青年たちも

上空から舞い降りてきたところだった。

たくさんの東洋の異形の者たちに囲まれて

ヘレナは純粋に驚いているようだった。

その顔に嫌悪などの色はなく、若干戸惑っているようにも見えた。

地面に降り立つなり、ヘレナはすぐにこちらに駆け寄ってきた。


「この娘だったか、王妃は」

「……シウ皇子殿下でいらっしゃいますか」


ヘレナが確かめるように、ゆっくりと言った。

結婚式の時に参列していたので、一応顔は覚えているのだろう。

人の顔を覚えるのは、王族が得意とすることの一つだ。


「覚えていただけていたようで光栄だ」

「っ、それよりも!!」


ぐるんっとヘレナはシウの方から体の向きを変えた。

キッと睨みつけているのはチノの方だった。

ヘレナは頭から湯気を出しそうなほど怒っていた。


「この、ふしだらな男は何ですかお姉さま!!」

「彼は、チノって言って、私の護衛をしてもらっていた……」

「今すぐこの男から離れてくださいませ、お姉さま!!

 この男、おっ、お姉さまのくっ、くちび……!!」


ヘレナは怒りのあまり言葉もうまくつむげないようだった。

人の感情の機微を悟るのが苦手なフレヤには

ヘレナが何に対して怒っているのかは明確にわからない。

前に、父王の見舞いに来た時に、ヘレナは一度チノに会っているのだが

その時と違って、今の彼は狼の血が滾っている。

別人のように見えても仕方がないだろう。


「とにかく!!

 私は、この男のことなど認めな……!?」


ヘレナの言葉が途中で止まった。

それは怒りからではなく驚きからだった。

チノを押しのけて、突然カルトが前に出てきたのだ。

視界いっぱいに、野性味あふれる若い男の顔が映り、

ヘレナはのけぞった。


「な、なに、あなたは」

「ヘレナ。

 その人は、カルト。

 私を何度も助けてくれた人よ」


その言葉を聞いて、ヘレナはさっと姿勢を正した。

姉の恩人と言うことで礼儀を尽くそうと思ったのだろう。


「ヘレナと申します」


いつものようにドレスの裾をつまんで、軽く礼をしようとしたヘレナは

自分のつまんでいるものがネグリジェだと気づいた。

ネグリジェは、肌着のようなものだ。

人に、ましてや殿方に見せるようなものではない。

軽く悲鳴を上げかけたヘレナの肩にふわりと柔らかいものがのった。

カルトのストールだった。

それを見て、フレヤは驚いた。

カルトが優しいのは基本的に同族か一族の恩人だ。

それ以外の者に対しては、なかなか心を開かないし

特別優しくもしない。

初対面であるヘレナに対して、いつものカルトからはおおよそ

予想のつかない行動だった。

その様子に戸惑いを覚えながらも、フレヤは

シウの方に向き直った。


「ロンとチノの増援ありがとう。

 本当に助かったわ」

「何やらあの性根のねじ曲がった人間の王だけでなくが見えただけでなく

 我と似た種類の魔力を感じたのでな」


それは、おそらくダークエルフたちのことだ。

シウたちに何があったのかを話さなければならない。

手短に、ステファンに言われたことを話すと

シウは顔色を変えた。


「……あやつも異形の末裔だと」

「そう、だと思う。

 彼らは、私が小さいころ物語で読んだとおりの

 ダークエルフの特徴を備えていたわ。

 ……空想上の存在だと思っていたけど、まさか本当に存在するなんて」

「やつらダークエルフは、人間などに決して従いはしない。

 あの王の命令に従ったということは、

 本当にダークエルフの子孫なのだろう」


煩わしいことだ、とシウは顔をしかめている。

フレヤは、ステファンがダークエルフの血を引いているということより

戦争のことの方が気がかりだった。

ステファンはやると言ったらやる男だ。

もし戦争を起こされたら、いったい何人の人間が死ぬだろう。

仮に生き残れたとしても、待っているのは奴隷としての生活だ。

はっとする。

ステファンの国、オスロ国は豊かだ。

フレヤの国、コペンハヴン国と違って

奴隷や人身売買が合法とされている。

それが、奴隷という無償の労働力にが

オスロ国の繁栄を支えているのだと気づいたのだ。

ステファンは他のダークエルフと同じように

人間を支配するべき対象としか見ていないようだった。

民がどうなるのか、深く考えずともわかる。


「まさか」


顔を伏せて黙ってしまったフレヤを見て、

何を考えているのか悟ったらしい。

シウが声音を若干硬くした。


「汝、あの王の言葉を真に受けて、

 国に帰って迎え撃つとでも言うのではあるまいな」


フレヤはとっさに返事ができなかった。

何も言葉にできず、ただ黙ってシウの顔を見つめた。

その眉間にぐっとしわが寄る。

何かを言おうとしたようだったが、その唇は閉ざされてしまった。


「あ―――……」


カルトが突如呻いた。

驚いて、そちらを見ると、彼はなぜか天を仰いでいた。


「チョルノ……今まで悪かったな」


そして突然の謝罪。

カルトは呻きながら、髪の毛をぐしゃぐしゃとかきまわしている。


「おまえの気持ちやっとわかったわ」


そして、ちらりとヘレナを一瞥し、また呻く。

その動作の意味がよくわからなくて、フレヤは困惑した。

そもそも、なぜチノに対して謝罪したのかも理解できない。


「番つがいか?」

「……そう、みたいだ」


なぜか胸のあたりを押さえながら、

カルトはヘレナのほうに向きなおった。

しかし明らかに挙動不審である。

いつも飄々としているカルトはかけ離れた姿に

ただ驚きしか感じない。


「あんた、ヘレナだっけ?

 さっきのクソ野郎は、あんたの旦那?」

「ステファン様のことですか……?

 形式上は一応そうなりますね」

「別れて」

「……はい?」

「今すぐ別れて。

 あんな男捨てて。

 離縁して」


突然まくしたてられて、ヘレナは目を白黒させた。

しかし、なぜかカルトは必死だった。


「あんなクソ野郎よりかは、

 おれのほうが何倍もマシだと思うけど、どう?

 おれ、好きな子には優しくするし、全力で尽くしてあげるよ?

 どこにも行かないで、ずっと傍で守ってあげる。

 欲しいものは何でもとってくるし、嫌いな奴は殺してあげる」

「え、いや、あの……」

「その辺にしてやれ、カルト」


困惑の声を上げるヘレナを見かねたのか

背後で見守っていたチノがカルトの肩を掴んだ。

すごい形相でカルトがチノに詰め寄る。


「邪魔すんなよチョルノ」

「邪魔じゃねぇよ。

 おまえの番が戸惑っている。

 いきなり怯えさせたくはないだろうが」


カルトがちらりとヘレナを見やる。

ヘレナは初めて見る粗野な若者に、

戸惑っているように見えた。

その姿を見て、カルトの頭に上っていた血が冷えたようだった。


「……おまえの言うとおりかも」

「わかったならいい」

「おまえ……よくこの衝動我慢できるな」

「半年も経てば少しは慣れてくる。

 特に今夜は満月だ。

 気も荒くなる」

「そういうもんか……」


二人は何やらぼそぼそと話している。

やはりカルトの様子が少しおかしい。

胸に手を当てて頬を少し染める姿は乙女のようだが

やっているのは筋骨隆々の若者だ。

その姿を見て、ヘレナだけでなく、フレヤも一歩後退した。

Re: マーメイドウィッチ ( No.71 )
日時: 2017/07/22 15:56
名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)

メノウが目覚めたのは、それから少ししてからだった。

昨晩の様に二手に分かれて、宿に泊まり、

フレヤたちのほうにメノウは預けられていた。

おそらく、アルハフ族同士の積もる話もあるだろうとのことで

シウがメノウをこちらに預けてくれたのだ。

チノとカルトの二人が彼女の枕もとに立っているのを

少し後ろから眺めていたら、メノウがわずかに身じろぎをした。

小さくうめきながら、彼女は弱弱しく目を開けた。

アルハフ族の娘だから、体術に秀でているメノウでも

しばらくは目覚めないように、強めの衝撃を後頭部に与えられたらしい。

女相手でも容赦がないところがステファンらしい。

頭が痛むかのように、顔をしかめながらも、彼女は瞬きを繰り返す。

焦点が合ううちに、その表情は驚きに変わっていった。

チノとカルトの顔を交互見つめた後、

その視線はフレヤをとらえた。

みるみるうちに憤怒の色がにじんでいたはずの顔が

ふと表情をなくした。

そして、彼女は視線を天井に戻した。


「……私を、殺すのでしょう?」


乾いた無機質な声だった。

いつもは夢見るような笑みを浮かべていた、美しいかんばせには

つゆほどの感情も載っていない。

その姿に少し戸惑ってしまう。

妹と全く同じ顔をしているメノウは、フレヤとも顔だちが似ている。

なんだか、自分を見つめているような妙な感覚に陥ったのだ。


「……自分の置かれている状況、知ってんの?」

「わかっております。

 私は裏切られたのですから」


カルトの言葉にメノウは淡々と答える。

心をどこかに落としてきたかのような声音。

それは、父王に死の歌を歌い始めたころのフレヤとよく似たものだった。


「私は、アルハフ族を裏切り、あまつさえ己が復讐のために

 一族を利用して人質としてすら扱った」


しかし、その言葉には、幾千幾万の王国の民を巻き込んだことを

微塵も気にかけてないように聞こえた。

腹の底でジリジリとくすぶっていた何かが、

衝動的にフレヤの足を動かした。


「ええ、そうね。

 国家反逆罪に国王殺害計画、死でもっても償いきれないわ」


はっとメノウの目に強い光が宿った。

こちらを射殺しそうなほどの険しいまなざしだった。

鼻にわずかにしわを寄せるその表情は、どこか獣臭くて

ああ、この娘はチノたちの親族なのだと強く思った。


「これはこれは、王女殿下。

 私のことを笑いにいらしたのですか?

 あなたを陥れたはずの人間が、逆に陥れられる姿を見れて

 さぞ愉快でございましょう」

「いいえ、全然。

 ……あなたに与えたい苦しみは、こんなものでは少しも足りない。

 泣き叫んで、もがき苦しんでほしい。

 醜く地を這いずり回って、泥にまみれて、

 あさましく生にしがみついてもらわなければ。

 私が受けた痛みと民が受けた痛みをは、こんなものではないわ」


自分では、淡々と話したつもりだったが、

こらえきれぬ激情が言葉の端々から滲んだ。

怒りのあまりか、視界がわずかにぶれる。

フレヤの言葉にカルトとチノが咎めるようなことはなかった。

むしろ彼らのほうが、メノウに二度も裏切られているのだから

もっと大きな怒りを彼女に対して感じているはずだ。

実際、チノだって、

メノウの館で彼女に会った時、殺そうとしたくらいだ。

あれだけ一族のことを想っているチノにここまでさせるのだ。

メノウはそれだけ許されないことをしたのだ。


「では、どうなさるおつもりで。

 私を八つ裂きにしますか。

 それとも見世物の様に吊し上げますか?

 でも、そうしないでしょう。

 あなたはおきれいな王女様。

 穢れなど一切知らない尊いお方。

 己の手を汚さずに、他の者に汚い仕事を押し付ける。

 今までもこれからも、あなたはそう。

 ずっと綺麗なまま」

「ええ、私はそんなことをしないわ」


嘲りすら含んだメノウの言葉に、怒りを煽られるところが

かえって冷静になってしまった。

メノウは手負いの獣のようだった。

その目はただフレヤへの憎しみのためだけに輝いていた。

少しでも、フレヤの心を傷つけようと、

言葉を選んでいるのがわかったのだ。


「だから、あなたに生きてもらうわ」


メノウの目が見開いた。

カルトとチノは何も言わない。

黙って様子を見ているようだった。




「ばかな、ことを」

「あなたのことを、死んで償ってもらう、なんて、

 そんな生ぬるい方法では、到底許せそうにない。

 醜く、あさましく生にしがみついて、生きていけばいいわ」

「また、お得意の綺麗ごとですか」

「綺麗ごと?

 馬鹿言わないで。

 死と言う一瞬の痛みなどでは到底償いきれぬ罪を

 あなたが犯したのよ」


感情のままに冷ややかに言うと、メノウは顔をゆがめた。

ひどく人間らしいその表情が、無機質な人形めいた

彼女の雰囲気を薄らがせる。


「……私は、生きている限り、またあなたを殺しにかかる。

 どんな手を使ってでも殺します。

 最もあなたが、苦しむ方法で」

「好きにすればいい。

 貴女にはそんな力残っていないでしょう」


話はすんだとばかりに、フレヤはメノウに背を向けて

部屋の扉に向かって歩き出した。

あとは、アルハフ族たちだけで話をしたほうがいいと思ったのだ。

先ほどのフレヤの言葉に反論しないところを見ると、

どうやら二人ともメノウを殺すつもりはないらしい。


「どこまでも……馬鹿にして……!!」

「チノ、私は部屋に先に戻っているわ」


メノウの怨嗟の響きを帯びた声にを背に、後ろ手で扉を閉める。

指は震えていた。

それが、憎しみのためか、恐怖のためか、悲しみのためか

フレヤにはわからなかった。

そのどれも違う気がするし、どれも当てはまる気がする。

自分の中で渦巻いていたどす黒い感情に支配されそうになるのを

ギリギリのところでこらえていたのだ。

そう思うと、全身を重い倦怠感が包み込んだ。

しかし、部屋の前で立ち聞きする趣味はない。

重たい脚を引きずるようにして、フレヤは部屋へと向かった。















部屋で、ベッドに腰かけぼんやりと月を眺める。

わずかにかけた満月が雲隙間から顔を出そうとしているところだった。

窓を開け放ったので、涼しい夜風がふわりと前髪を撫でてくれる。

今頃チノたちはどんな話をしているのだろうと少し気になったが、

部外者の自分が入っていい話ではないのは分かっている。

静かに息をつくと、首元でチャリっと金属のこすれる音が聞こえた。

視線を胸のあたりに落とすと、金色の巻貝を模したペンダントが

月光を反射して輝いていた。

これは、母ヘレナの思い出の品であり、父、イルグ王の形見だ。

手に取って眺めてみると、

それは今までの激動の日々の中で細かな傷こそついていたが

いまだ輝きを失わず美しいままだった。

巻貝の部分を指で弄んでいると、指先が小さな突起に触れた。

見れば、その突起を押すと、巻貝が開く仕組みになっているようだった。

開けてもいいのか少し迷ったが、意を決してそっと押してみる。

思ったよりもあっさり開いて少し驚いたが、

巻貝の中身は空洞になっていた。

いや、その中には何か小さな文字が彫られている。

見えないくらいに小さな文字。

目を凝らしてそれを読んでみる。


『Lad ham(許してほしい)

 Jeg elsker dig(あなたを愛している)』


それは懺悔に似た愛の言葉だった。

他にも言葉が刻まれていないのか、調べてみたが

その文字以外は何も見当たらなかった。


「Lad ham(許してほしい)

 Jeg elsker dig(あなたを愛している)」


小さくそれを口にする。

すると、ぼうっと闇の中でペンダントが淡く輝いた。

見間違いかと思って何度もまばたきを繰り返したが

たしかに、ペンダントが発光している。

ぎゅっと巻貝の部分を握り締める。

まるで、声に反応したみたいだ。

もしかして、と思い、声に力を宿して歌うように言葉を紡ぐ。


「Lad ham(許してほしい)

 Jeg elsker dig(あなたを愛している)」


一瞬の静寂。

次の瞬間、部屋いっぱいに鮮烈な輝きが満ちた。

Re: マーメイドウィッチ ( No.72 )
日時: 2017/07/23 12:01
名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)

青年は若くして王となった。その特殊な歌声の力と

類まれなる美しい容姿を使ってありとあらゆる美しい令嬢たちを

虜にしてきた。青年は退屈していた。誰もかれもが彼の思い通りとなった。世界は彼のものだった。手に入らないものなど何もなかった。ある日のことだった。彼は森の中で狩りをしている時に、

美しい鹿を見つけた。その光り輝く美しさは、

珍しく青年を乗り気にさせた。その鹿を追いかけているうちに、

森の奥へと迷い込み、馬もろとも崖の下へと落ちてしまった。気づけば、真っ暗な中、

横たわっている自分がいた。はっとして横を見ると、

美しい顔立ちをした異民族の娘が傍にいることに気付いた。娘は、青年の傷だらけの体を

無言で手当てしているようだった。青年は言った。手当など無用だと。娘は、何も言わず

薬草をすりつぶす手を止めなかった。次の日も次の日も、娘はやってきて、傷の手当をし、

食べ物を手ずから食べさせてくれた。娘の紅茶色の肌はなめらかで、

伏せられた緑の瞳は神秘的な輝きを静かに宿していた。不思議な文様の入った民族衣装は、娘に良く似合っていた。二人はあまり話さなかった。しかし、穏やかな空気が

二人の間に流れるようになっていた。一か月ほどたったある日、青年は聞いた。何が目的だ。何が欲しい。金か、宝石か。娘は初めて答えた。なんて寂しい人。愛を知らぬ、悲しい人。青年は嗤った。愛などくだらぬ。この世で最も不必要な感情だ。娘は悲し気に微笑んだ。哀れな人だと。青年はその言葉に憤った。なんて無礼な娘だ。どうせこの娘も、

歌って己の虜にしてしまえば二度と生意気なことは言わないだろう。青年は歌った。甘くとろける虜の歌。この歌を聴けば、

どんな人間も青年のいいなりだ。歌い終わった青年は問うた。おれを愛しているかと。娘は悲し気に微笑んだ。ええ、寂しいあなたに恋をしているわ。青年は嗤った。偽りの感情による言葉であるのは

ほぼ間違いはなかった。数日後、娘が来る前に、

青年はその場を去った。緩やかに川の流れの様に、

時は流れていった。青年は久しぶりに遠い親戚である令嬢を王宮での舞踏会で目にすることとなった。彼女は婚約者をパートナーとして参加し、

花が咲くように笑っていた。昔から、何故か彼女には嫌われていた。青年の身から滲み出る退廃的な空気を

感じ取っていたのかもしれない。青年は笑みを浮かべた。そうだ。彼女に虜の歌を歌ったらどうなるのだろう。青年は微笑みながら彼女に近づいた。

歌の力を持たぬくせに

誰よりも人魚に近い容姿を持つ娘。

波打つ美しい青い髪は海を彷彿とさせ

輝く瞳はルビーをおもわせる。

忌々しい。

今すぐに、服従させてしまおう。

口ずさむのは甘くとろける虜の歌。

彼女がこちらを見た。

歌に気づいたのだ。

間違いなく聴こえている。

彼女は顔をしかめた。

おかしい。

歌は聴こえていたはずだ。

だというのに、彼女は青年への嫌悪感を

隠そうともしない。

青年は、彼女の側まで来ると問うた。

おれを愛しているか、と。

令嬢は答えた。

アンタなんか大嫌いよ。

雷に撃たれたような衝撃が

体全部にいきわたる。

それは、青年が生まれて初めて

恋に落ちた瞬間だった。

彼女に歌の力は少しも効かなかった。

青年の美しい容姿も、富も名声も地位も

彼女の前では何1つ価値がなかった。

彼女の紅玉の瞳が追うのは

婚約者の若者だった。

焼け付くような怒りと焦燥が胸をつく。

そこからの青年の行動は、はやかった。

まず、ありもしない罪をでっち上げ

婚約者の若者の家を潰した。

そして、若者は王命として

遠い北に新しい領地を与えて追いやった。

当然のごとく2人は

婚約を解消することになる。

すかさず、令嬢と半ば強制的に

婚約を結び、一月後には挙式をした。

彼女は泣いていた。

青年に笑顔を見せることなどなかった。

青年は自分がおかしくなっていることに

気づいていた。

だが止められなかった。

彼女が愛する全ての要素を排除し

徹底的に潰して回った。

だけど、恐ろしくて、彼女に

愛を問うことはどうしてもできなかった。

あれだけ簡単に言えた、

おれを愛しているか、という言葉は

答えが怖くて聞くことができなかった。

月日が流れた。

青年と令嬢の間に、娘が生まれた。

2人目の娘を生むと同時に

彼女は天国へと召されてしまった。

青年は荒れた。

唯一の人を失った痛みを忘れようと

政治を放り出し、娯楽にふけった。

しかし、新しい女にだけは

手を出せなかった。

青年は令嬢を忘れられなかったのだ。

永遠に失ってしまった愛しい人を

思い出すことすら、青年には

気が狂いそうなほどの痛みを伴った。

娘は育っていく。

下の娘は自分によく似た容姿だが、

上の娘は亡き妻にそっくりの

人魚そのものの容姿を持っていた。

それは、青年に、愛と痛みと悲しみ、

全てを思い起こさせた。

愛を知らぬ悲しい青年は、

それでも後悔していなかった。

どれだけ恨まれようとも

どれだけ憎まれようとも

彼女だけは、この手に収めなければ

それこそ気が狂っていたに違いない。

彼女が2人目の娘を生む直前に

青年は自分の精一杯の気持ちを込めて

巻貝を模した金のペンダントを贈った。

狂気じみているだろう。

だけど、あなたはおれの唯一。

手を離すくらいなら死んだほうがましだ。

だから、どうか、許して欲しい。

あなたを愛している。

Re: マーメイドウィッチ ( No.73 )
日時: 2017/07/23 12:39
名前: りあむ ◆raPHJxVphk (ID: .pUthb6u)


いろはうたさん! お久しぶりです、旧miru
、現りあむです(お久しぶりすぎて忘れられていたとしても致し方なく……(´;ω;`)) 家出神さんとうんたらみたいなの書いてた(る)者ですm(*_ _)m

すごく面白くて一気読みしてしまいました!!
物語も佳境で、もっとはやく、リアルタイムで更新を見ていられたらよかったです泣
相も変わらずとても魅力的な男性陣で……! 特にチノ様にはものすごくときめかされております:(´◦ω◦`): 心が若返るようであります
舐められたry

いろはうたさんの描く愛のテーマ性がいつもツボです。今回も途中グッときて泣かされました。

そして、ペンダントによる魔法なのでしょうか、とても気になっております。

大事な場面に水を差すようなコメントをしていいものかと逡巡しましたがいてもたってもいられず、失礼しました汗
更新応援しております!

Re: マーメイドウィッチ ( No.74 )
日時: 2017/07/30 23:32
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)

りあむさん!!


きゃああああああっ
おおおっおっお久しぶりです!!
知っていますか!
実はですねこちらの小説の一コメなのですりあむさんが!!
本当にありがとうございます!!


チノをただの顔がいい人にしたくなくて
あの手この手で添加物を加えております←


そう、ですねぇ
このまめっちは、今まで書いてきた小説とは
違う角度からのらぶな物語になっていると
自分でも少し思います。
チノお色気シーンを描くときはハゲました。
ハゲそうになったのではなく、ハゲました。←


今後も、おま、おま嘘やろ!?
みたいな展開が続いていきますので乞うご期待!

コメントありがとうございます!!


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