複雑・ファジー小説

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当たる馬には鹿が足りない【更新停止】
日時: 2019/04/09 23:57
名前: 羅知 (ID: miRX51tZ)

こんにちは、初めまして。羅知と言うものです。
普段はシリアス板に生息していますが、名前を変えてここでは書かせて頂きます。

注意
・過激な描写あり
・定期更新でない
・ちょっと特殊嗜好のキャラがいる(注意とページの一番上に載せます)
・↑以上のことを踏まえた上でどうぞ。

当て馬体質の主人公と、そんな彼の周りの人間達が、主人公の事を語っていく物語。




【報告】
コメディライト板で、『当たる馬には鹿が足りない』のスピンオフ『天から授けられし彩を笑え!!』を掲載しています。
髪の毛と名前が色にまつわる彼らの過去のお話になっております。
こちらと同じく、あちらも不定期更新にはなりますが宜しくお願いします。



一気読み用
>>1-


分割して読む用

>>1-15
>>16-30
>>31-45
>>46-60
>>61-75
>>76-90
>>91-115

グロ注意!!犯罪を仄めかす酷い描写があります ( No.62 )
日時: 2017/09/25 07:12
名前: 羅知 (ID: UIcegVGm)





『人一人壊れるのって、案外簡単なんだよ?』

姉である結希は笑ってそうよく言っていた。
まるでなんでもないことのように。





 まだ弟と自分が高校生だった時のことだ。
 
 その頃の自分はなんだか変な"暇潰し"にはまっていた。夜、人通りのない時間にあえて歩くのだ。ほとんどの場合は何も起こらないのだけれど、ごくたまに馬鹿な人間が変な気を起こして襲いかかってくる。不規則に乱れた呼吸。背中に己のその"ブツ"を当ててくる者もいただろうか。酷く身勝手な愛の言葉を押し付けてくる者もいた。自分の欲求を隠そうともせずに自分に欲情してくる人間を見るのはとても滑稽だった。
 何をされたとしても始めは"ただの大人しい女子高生"を演じるのがコツだ。そうすると相手は付けあがって大胆な行動を取ってくる。こちらが大人しいと思って油断するのだ。その隙を狙って一気に相手を押し倒す。突然のことで相手は何が起こったのか分からずに動けない。当たり前だ。"襲った"はずが自分が"襲われて"いるのだから。きっとそのあとに"何をされる"かも分かっていないのだろう。理解させる必要はない。相手が動かない間にあらかじめスカートの中に仕舞っていた鋏を取り出す。それを見ると、勘の良い人間は"これから自分に起こる惨劇"を察知して泣き喚いたりした。くるくると表情が変わる様子を見ても面白くも何ともないのでさっさと終わらせてしまおう。命乞いしてくる人間、頼んでもないのに懺悔してくる人間、意味もなく罵倒してくる人間。色んな人間がいる。せめてもの慈悲として、その全ての人間にこう言ってあげた。手には鋏を持ったまま。
 
 
 
「なんの意味もないよ、それ。だってこれ"ただの暇潰し"だもの」
 
 
 
 変な感触だ。
 
 
 料理してるのとあまり変わらない。差はそれが包丁なのか、鋏なのか、食材に向けるか、人に向けるかだけだ。たいして変わらないだろう。血が飛んだ。肉が散った。ただそれだけだった。終わる頃には相手は何も話さなくなってしまうので、最後はいつも静かだ。目の前にはぐちゃぐちゃの相手の性別の象徴だった筈の肉塊と、生きてるかも死んでるかも分からない人間の身体だけがある。何度やっても何かを感じることはない。達成感も後悔も何も湧かない。意味のない行為だ。だけど時間を潰すのには最適だった。ただそれだけだった。
 
 
 高校を卒業するまで、夜は専らそんな"暇潰し"をして過ごした。卒業した途端に飽きてやらなくなってしまったけれど。
 
 
 
 ∮
 
「あ、優始?……また"そんなこと"やってるんだね。意味分かんない。そんなのに意味求めてる所とかが特に」
 
 それはいつも通りの"暇潰し"の後のことだった。この暇潰しの後は毎度なんとなく弟に電話している。弟も"日課"の最中だったらしい。電話口から変な音がしている。まぁ別にどうでもいいので無視をした。弟といっても小さな頃に親が離婚したので月一度会ったり、こうして電話したりする、"血が繋がってるだけ"の弟だ。お互いにお互いの行動がそこまで影響することなんてないのだから、気を使う必要はそれほどない。
 
「結希の方が頭おかしい、って?意味を求めない方がおかしい、って?……まぁどっちでもいいや。こんな時間に外出歩いてる時点でどっちもどっちだし……」
 
 
 そこまで話した時だった。

 
 向こうから自分の背の半分もないような小さな子供がふらふらと歩いてくるのが見えた。遠くから見えた時点でその少年はすでに"異様"だった。まだ幼かった頃の"かの少年"は、自分と出会った時点で既に"壊れきっていた"。ボロ切れのような服を着ていて、白く痩せ細って骨の浮き出た身体には青や赤の痣が至るところにある彼の姿はきっと通常なら、確認した時点で通報するのが"正しい人間のとる行動"だったのだろう。だけども自分はただいま電話をしていたし、そしてきっと電話をしてなかったとしても通報はしなかっただろう。
 
 あんな"面白そうなもの"、誰が警察に任せるか。
 
 ふらりふらりとおぼつかない足取りで裸足のまま、此方に向かってきた少年は前が見えていなかったのだろう。ぽす、と自分にぶつかってきた。
 
「ごめん、なさい」
 
 そう淡々と己に謝ってくる少年。近くで見ると余計にその異様さは目立つ。まだ年齢は十もいかないだろう、少年の目はその年齢に似合わず憔悴しきっていた。そして何よりも異様だったのはその"匂い"だった。
 
 一ヶ月に一回弟と会うとき、たまに弟はその"匂い"をしていたからよく分かる。生臭い生物が腐ったような匂い。よく見れば少年の身体も、髪も、かぴかぴな"何か"がこびりついており、匂いはそこから発せられているようだった。間違いなく少年が何らかの犯罪に巻き込まれていたことは確実だった。そしてそれが原因で少年の心が"壊れかけている"ことも。
 
 
「別にいいよ。謝らなくても。お姉さんも前見てなかったしねー。…………ところでさ君のお名前は何かな?」
 
 
 
 しばらく何を言ったのか分からないという顔でぼぉっとしていた彼だったが、幾分かしてようやく何を言ったのか飲み込めたらしく、くしゃっと笑って彼は自分に名前を告げた。実に誇らしげに。
 
 
 
 
恋日こいはるヒナ!!ヒナの名前は恋日ヒナだよ!!」
「……へー。そっかぁヒナ君って言うんだ。女の子みたいな可愛い名前だね」
 
 
 
 
 小さな子供でも分かるようにあからさまに誉めたつもりだった。しかしやはり男の子に可愛いはまずかったのだろうか。目の前の少年は明らかに何を言われたか分からない、というような不思議そうな表情をした。
 
 
 
 
 少年に言われたのは予想外の言葉だった。
 
 
 
 
 
 
 「………………ヒナは、"女の子"、だよ?」 
 
 
 
 
 
 
 目の前の"少年"であるはずの子供は確かに自分にそう言ったのだった。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.63 )
日時: 2017/11/28 23:34
名前: 羅知 (ID: yWjGmkI2)


 
「…………ただいま」
「あ……お、おかえり。遅かったな!!一体何処で寄り道してるのかと心配したん--------」
 
 きぃとドアの開く音がしたので、いそいそと早足で玄関の方に向かう。出掛ける前、彼女に少しぶっきらぼうな態度を取ってしまった。今回のことで随分と心配をかけてしまった。だからこそ笑顔で-------自分の出来る、精一杯の顔でおかえり、と言いたかった--------------けれど、それは果たすことが出来なかった。目の前にある光景、それを見た瞬間に目の前が真っ白になった。
 
 
 
 彼女の連れている、"見覚えのありすぎる顔の少年"。"彼"を見た瞬間に。
 
 
 
「?……おねーさん、こんにちは!!」
「……は、え……?どういう、こと……何、何これ……」
 
 
 ついていけない私に対して、少年が返したのは"純粋無垢で花が咲いたような笑顔"だった。
 

 
(分かんない、ってば)
 
 
 
 
 一瞬、遠い昔に会った"友達"とその笑顔が、被る。
 
 
 …………なんだ。なんなんだこれは。何で目の前に彼が、濃尾日向君が、いるの。それで私はそれを見てどうしてこんなこと考えて、どうして、いや違う、そういうことじゃなくって---------おかしい。おかしいんだ。この状況が、全てが。狂ってる。狂ってるんだ。だから私も脳が正常に働いてないんだ。だってそうじゃなきゃ、そうじゃなきゃこんなことあるはずがないんだ。間違ってる、間違ってるんだよ"これ"は。なんでどうしてどうして"あの子"と被ってみえるの、だって"あの子"は"女の子"だった。それに、それにそれにそれに性格が全然違うでしょ、"あの子"は人を疑うことを知らなくて、本当にまるで天使みたいな子で、……あぁそんな"あの子"そっくりな顔して笑わないでよ。違うんだから、絶対に違うんだから。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!!!!!!
 
 
「社!!!」
「………………え?」
「……落ち着いてくれよ。おれだって、まともで、いられてるわけじゃ、ないんだから」
 
 
 そう言う彼女の顔は蒼白で、冷や汗を浮かべてはいたけれど、私よりは随分と落ち着いてるように見えた。……そりゃあそうだ。彼女は"あの子"のことを知らない。彼女から見たら、彼が様子がおかしくなってる程度の認識なんだろう。
 
 
「……なぁ、社。どういうことなんだよ。コイツどうしちまったんだよ」
 
 
 ……でも、私は違う。私は"あの子"を知っている。だからその仕草が、笑顔が、全部"あの子"に見えてしまって。違う。違うのに。
 
 
「……その反応、社はなにか知ってるんだろ。……なぁ今の"コイツ"は"誰"なんだよ。教えてくれよ!!」
 
 
 
 そう怒鳴る彼女の問いには答えず、私は静かに極めて落ち着いた声色で、最早"彼"ではない"彼女"に話しかけた。懐かしさはなかった。懐かしさよりも、何よりも、どうしてこんな風になってしまったんだろうという後悔ばかりが頭を埋めて。心臓が煩いくらいにバクバクといってるのをどうにか抑えようとするので必死だった。
 
 
 "彼"に、問う。
 
 
 
 
 
 
「……恋日こいはる、ヒナ、ちゃんだよね」
 
 
 
 
 
 喉がつまってうまく声が出ない。そんな中でようやく出た、その小さな問いに"彼"は----------いや、"彼女"は不思議そうにこう答えた。私と違って迷いなんて一切もない清々しい声だった。
 
 
「そうだよ!!……でも、どうしておねーさんはヒナの名前を知ってるの?」
 
 
 
 次に会った時は、嬉し涙が出るんだろうな、なんて考えていた。幼心に"彼女"のことを憧れていた自分がいた。また会えたら、きっと私は彼女に言うんだ。私は、貴女みたいになりたくて、頑張ってきたんだ。貴女の言うとおりだったよ。って。今の私は素敵でしょ。って。たくさんたくさん言いたいことがあった。
 
 
 
 
 
 だけど今の私から出るのは、ただの冷たくて哀しい涙と嗚咽だけで。
 
 
 
 
 
 
「……社、シロだよ。ヒナ……貴女の"友達"の、シロ、だよ…………」
 
 
 
 かろうじて、それだけが、言葉になった。


 ∮
 
「……うん、大体分かった。ありがと"愛鹿社"ちゃん。びっくりしただろうにここまで"あの子"を連れてきてくれて」
「…………」
「…本当は。本当はね、アタシだってもう手遅れだって知ってたの。だけどあの子にせめてアタシ達は"普通の高校生活"ってモノを送らせてあげたかった……その結果が"これ"よ。笑っちゃうわよね。何度失敗してもアタシ達は学ぶことをしない。また見逃した……あの子からの助けのサインを……」
 
 "彼女"と初めて会った場所は彩ノ宮病院の精神科病棟だった。そのことを思い出した私は、すぐさま病院へ電話をした。事情を説明すると病院側はすぐに迎えの車を手配してくれた。そこに乗ってきてくれたのが、今目の前で話している女性、海原蒼うなばらあおさんだ。憂いを帯びた瞳が神秘的で、まるで深い海の底のような色の髪が腰までうねっている。車に腰掛けると、まだ頭の整理のつかない私に海原さんは優しく声を掛けた。
 
「初めまして……じゃないわね。愛鹿社ちゃん。でもまぁ覚えていないだろうから自己紹介するわ。アタシは海原蒼。彩斗先生の助手……みたいなものよ。彩斗先生は覚えているでしょ?」
 
 その問いにゆっくり頷くと、海原さんはにっこりと笑った。どこか寂しげな笑い方だった。
 
「濃尾先生はアタシにとっても恩人なの。だからこうして時々"仕事"をボランティアでやってるのだけど……本来アタシはこういうことを任されないのよ……だけど、もう、アタシ以外誰も"動けない"の。皆パニックになっちゃって……情けないわね。貴女みたいな若い子でも、まだ、落ち着いてるのに」
「いえ…………落ち着いてなんか、いません。もう何がなんだか分からなくて……逆に」
 
 淡々と彼女との義務的な会話が続き、そして静かになった。濃尾君は--------"彼女"は助手席ですやすやと眠っている。小さな子供のように可愛らしい寝息をたてて。その姿を見ていると、ほんの少しだけ安心した。窓の外は真っ暗で窓に酷く不安げな顔がして、なんだかおかしい。夜空には三日月が怪しげに光っている。人は誰もいない。当たり前だ、もう深夜だ。だけどちっとも眠たくない。おかしかった。けれどもちっとも笑えなかった。
 
「……あの」
 
 数分の静寂の後。最初に口を開いたのは私の方からだった。色々ありすぎて忘れていたけれど、どうしても聞きたいことがあったことを思い出したのだ。
 
「……海原さんは、白夜ゆきやのこと……その、"知ってた"んですか。"あんな風"になってる、って」
「えぇ、知ってたわ」
 
 即答だった。そして軽く笑って、どこか遠いところを見ながら、彼女は話す。その目には一体今何が写っているのだろう。そんなことが気になった。
 
「…あの子も難儀な子よね。元から不器用な子だとは思ってたけど、まさかあんな風になっちゃうなんて。…どこから間違ってたのかしら。小さい頃に見たときは、まさか、貴方達がこんなことになるなんて思いもしなかった。こんな"再会"の仕方なんて、運命の神様は残酷みたいね……」
 
 それには私も同意だった。神様なんて信じていないけれど、もしも運命の神様というものがいるのだとしたら、その人は本当に性格が悪い。根性がひねくれてるんじゃないかと思う。私がそう言うと海原さんは可笑しそうに笑った。ちょっと大袈裟なんじゃないかというくらい笑った。そしてひとしきり笑うと、目に涙を貯めたまま独り言のように呟いた。
 
 
 
 
「……はぁ」
 
 
 
「ヒナ君にも、白夜君にも、紅にも、黄道ちゃんにも、星にも、光にも、ただ"普通の生活"を送って貰いたかっただけなのにね」
 
 
 
 
「……どうして、こんなことになるのかしら」
 
 
 
 
 誰に宛てたものでもないその呟きは、誰に返すこともされず、そのまま夜の闇の中に吸い込まれていった。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.64 )
日時: 2017/10/08 17:22
名前: 羅知 (ID: caCkurzS)


 
「…………駄目だ。連絡つかねぇ」

 冷たい風の吹く打ち上げの店の丁度裏側に位置する所で、俺と尾田慶斗は立っている。何度目かのコールの後、また静かに尾田慶斗は俺にそう言った。濃尾日向がこの場を離れてから、もう一時間以上になる。初めはトイレかどこかに買い物にでも行ったのかと思っていたが、それにしては時間がかかりすぎだ。連絡がこんな長い時間取れないのもおかしい。思い返してみれば、おもむろに店を出ていったアイツの顔はどこか変だった気がする。考えれば、考える程に悪い方向に思考が向かっていく。こんな時こそ冷静にならなければいけないのに、冷や汗が止まらない。
 そんな俺を見て、何を思ったのか尾田君はこう言った。
 
「…お前も心配だよな。オレも心配だ。でも落ち着け。落ち着かなきゃどうにもならねぇ」
「……あぁ」
「………やっぱりオレには信じられねぇな。そんなにアイツのことをに熱心になってるお前が、アイツに"あんなこと"するなんて」
「……!!」
 
 尾田慶斗が、俺と濃尾日向の"関係"のことを知っている。その事実に戦慄し、思わず身体が震える。まさか、誰かに知られてるなんて思わなかった。どこで知ったんだ、あんなこと。もし、バラされたら、俺は、濃尾日向は。
 俺のそんな心配を余所に、少し呆れたように尾田慶斗は言った。
 
 
「……そんなに驚くことかよ。たまたま知っただけだ。心配すんな、誰にも言わねぇ。ただちょっとは"そんなこと"になる前に相談して欲しかったとは思うけどな」
「…………」
「……今の反応を見て正直安心したよ。お前はやっぱり"馬場"だ。正真正銘"濃尾日向の親友"だ。まぁそんなことになる経緯は理解出来ねぇけど」
 
 それだけ言ってしまうと尾田慶斗は、また何事もなかったかのように電話を掛け始める。
 ……不思議な感覚だった。もっと、もっと軽蔑されると思っていた。あり得ないものを見るような目で見られるのかと思っていた。俺のやったことは到底許されることじゃない。許されるつもりもない。その行為をコイツは"ただそれだけ"で済ませたのだ。拍子抜けだった。それと同時に思った。コイツなら、コイツらなら-----------どうしようもない"神並白夜"でさえ受け入れてくれるんじゃないか-----------なんて希望的観測を-------------願ってしまった。
 
(……そんな訳ない)
 
 でも一瞬だった。そんな希望は"俺自身"の意志が否定した。例え周りに許されたとしても、そんな生ぬるい結末は"俺"が許せなかった。周りが"オレ"を受け入れてくれたとしても、"オレ"がコイツを受け入れれないのだ。周りが優しければ、優しくするほど"オレ"は悲しくなるだろう。"オレ"のそんな"弱さ"にこのお人好し共を付き合わせる訳にはいかなかった。
 
「……まだ出ねぇ」
 
 苦虫を踏み潰したような顔で何回目かのその台詞を尾田慶斗が口にする。その言葉を聞くたびに胸がざわざわしていてもたってもいられなくなる。そのムシャクシャに耐えきれず、俺は尾田慶斗に頼んだ。
 
「今度は、俺の携帯から、掛けさせてくれないか」
「…………あぁ、いいぜ。立ってるだけじゃ待ちぼうけだものな」
 
 
 そう言って尾田慶斗は持っていた携帯を自分のポケットにしまう。俺は自分の携帯を取り出し濃尾君の電話番号に掛け始めた。一度目の呼び出し音。二度目、三度目…………もうダメかと携帯を切ろうとした時------音が止まった。
 
 
 
 一気に血液が沸騰したかのような衝撃が全身に広がる。安堵やら喜びやら嬉しさで声は裏返り、まるで捲し立てるように次々と言葉が出てきた。
 
 
 
「もしもし!!濃尾君か!?なぁ今何処にいるんだ?皆心配してるんだ、電話くらい出てくれないと困る----------」
『-------------------白夜?』
 
 
 
 
 その声は濃尾君の声ではない。しかし聞き覚えのある声だった。
 
 
 
「…………や、し……ろ。……なんで」
『…………』
 
 
 
 相手の息を飲む声が聞こえる。俺は反射的に電話を切ろうとした。しかしそれをする前に向こうから制止の一声が入った。
 
 
 
 
『待って。切らないで』
「…………」
『……よく考えてよ?どうして私が濃尾君の携帯に出たと思ってるの?その理由を聞いてからでも切るのは遅くないんじゃない?』
 
 
 
 少し焦ってはいるが、以前会った時と見違えて彼女の声は随分冷静で毅然としていた。そして思い出す----------------彼女がそういう話し方をするときは決まって"緊急事態"のときだったことを。
 
 
 
『……懸命な判断に感謝するね』
「…………」
『落ち着いて聞いてよ。……私は今、濃尾君と一緒に彩ノ宮病院にいるの。私の友達が、"まるで別人みたいた状態の濃尾君"を見つけたみたいで……』
「…………!!」
『……ねぇ覚えてる?私達が小さな頃、怪我で二人ともここに入院したときのこと』
「…………」
『……"ヒナ"を、覚えてる?』
 
 
 何故ここでその名前が出てくるんだろう。"ヒナ"と"濃尾日向"はなんの関係もないはずだ。そして少し言い淀んだ後、彼女は驚くべきことを口にした。
 
 
 
『……濃尾日向と、ヒナが、同一人物だって言ったら?』
「!!…………っな訳ない!!だってヒナは……!!」
『そう。女の子。…………だから私も信じられなかった。だけど今の濃尾君は発言、行動、その全てが----------』
 
 
 
『----------ヒナ、なの』
 
 
 
 
 
 そんなはずがない。冗談は止めてくれ。そう言いたかった。だけども彼女の声は真剣そのもので。一笑することもできなくて。
 
 
 
「……それ、で?」
『ねぇ白夜。私思ったんだけど…………白夜は濃尾君と何ヵ月かは一緒にいたんだよね?気付いたんじゃないの?何か』
「そんなのッ…………!!」
 
 
 
 
 気付く訳、と続けようとした。だけど言えなかった。その代わりにここ数ヶ月の思い出がじわじわと頭を蝕んでいった。
 
 
 
 
 
 
 『…もう、絶対に置いてなんか、いきませんから、安心して、下さいよ』
 
 
 
 
 
 『"ヒナ"』
 
 
 
 
 
 
 俺は------------俺は、気が付いていた?
 
 
 
 気が付いた上で、あんなことを----------あんなおぞましいことを?
 
 
 
 
 
 
 (……やっぱり、こんな、自分を、許せるはずがない)
 
 
 
 
 
 
 
 「…………今から、そっちに向かう」
 
 
 
 俺は押し潰れそうなその一言をなんとか口にした。とめどない後悔に苛まれながら。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.65 )
日時: 2017/10/09 12:22
名前: 羅知 (ID: UTKb4FuQ)


 
「なんだ?……馬場の奴、急に"病院行く"とか言って……頼むからお前も連絡取れないとかはよしてくれよ?」
 
 何はともあれ濃尾がどこにいるかは分かった。馬場が"俺が一人で行く"と言っているので、そちらは任せていいだろう。そういえば店内の方をほったらかしにしてしまっていたが、大丈夫だろうか。そう思って店内にいるシーナの方へ連絡を取ると、人数が大分減ってしまったが、まだ数人は残っているらしい。向こう側も心配して随分と気を揉んでいたらしく、無事だと伝えるとほっとした声が聞こえてきた。
 
『……じゃあそろそろ帰るー?もう時間も遅いしー』
「そうだな。オレは会計しないといけないからシーナ先帰っててもらってていーぞ?あの人数分じゃ時間もかかるし」
『あー……ケート幹事だもんねぇ。じゃあ、お言葉に甘えさせてそうさせて貰うッ!!ケート、今度は二人で美味しいもの食べようねッ!!』
「あぁ」
 
 シーナの明るい声に心癒されながら、オレは電話を切った。この時間だ。不審者が出て、シーナに襲いかかるかもしれない。一応シーナに防犯の為の道具は持ってもらっているが、念のためだ。オレは盗聴機の電源をオンにした。これでいつなんどきシーナに危機が迫っても対応できる。安心だ。
 
 色んな意味でほっと胸を撫で下ろし、オレは店を戻った。
 
 ∮
 
「お会計××××円になります」
「…………はーい」
 
 …………一人ぼっちで虚しく会計するのは結構寂しいものがあったので、今度からは誰かに付き添ってもらおう。オレはちゃりんちゃりんという小銭の音を聞きながらそう心に決めた。今さっきまで人が沢山いて騒がしかったせいか、寂しさをどっと感じる。ちょっと涙が出ちゃいそうだ。
 
 店を出てドアを開けると、冷たい風がびゅおーと吹いて痛いくらいだった。さっきまではここまで寒くは感じなかったのに、一人になると寒さが余計に身に染みる。人通りの少ない街頭も少ないそんな道に入ってくるとその言い様のない"寂しさ"はもっと増してきたような気がした。そして頭の中で何故だかこんな言葉が浮かんだ。
 
(……人は一人では生きられない)
 
 こんな少しの時間でも人は孤独を苦しく感じる。一生なんて耐えれる訳がない。強い人間も、弱い人間も、誰しもがお互いに影響されて、もたれ掛かって生きている。それは"弱い"なんてことではなく、きっと当たり前のことなんだ。
 
 だから"アイツら"も。
 
 もっとオレ達に頼ってくれればいい。一人で抱え込まなくたっていいんだ。甘えたって、何したって、オレ達はそれを弱いだなんて言わないんだから。お前達が甘えてくれないと、オレ達も甘えることが出来ないじゃないか。いつかそう言ってやれればいいと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 だから"気が付かなかった"。"危機"はもう"間近に迫っていること"を。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 どすり。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あ、
れ、
 
 
 
 
  い し



 
 
 
 
 
 
 せ

な か

 
 
 
  い た い
 
 







 
 しぃ な
 
 
 
 
 
 ∮
 
 
「……あれ?ま、"間違えちゃった"のかな……あの、"ハーフの男の子"じゃない……」
 
 
 
 フードを被った気弱そうな男--------------椋木優始くらぎゆうしは、先程自分が"刺した"少年の顔を見ておどおど、っとそう言った。まるで"教室で座る席を間違えた程度"の反応だった。
 
 
「……こっちに向かったと思ったんだけどな」
 
 
 
 刺したナイフを勢いよく、その血の気もなくなった冷たい身体から抜いてしまうと、どくどく溢れる真っ赤な"それ"には目もくれず、男はどこかへ歩いていった。
 
 
 
 
 
 
 "自分が刺した少年"が、"ぎりぎり残った意識"で"何をした"のかも、何も気が付かなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ただただ男は二つのことだけを考える。
 
 
 
 
 
 
 
 (------------あぁ、"あの子"を殺さなきゃ。二度と"あんなこと"言わないように)
 
 
 
 
 
 そして。
 
 
 
 
 
 
 
 (---------どうして結希は"女の子"の方を突き落としたんだろう。それに僕の話をやけに乗り気で聞いていたし…………変な結希。いつもだけどさ)
 
 
 
 
 
 
 ∮
 
 
 
「〜〜〜♪」
 
 
 
 "仮にも見知った少女を歩道橋から突き落とした"というのに彼女--------秦野結希はたのゆうきは、やけにご機嫌だった。退屈だった毎日に刺激が出来たことに、彼女は心底昂っていた。
 
 
 
 
(だって目当ての子をそのまま殺すより、"その子の好きな子"をどうにかした方がよっぽど楽しいじゃん。……気になってたんだよねぇ、"どう考えても両思いの二人の内一人をもう一人の目の前で殺したらどうなるか"。……長年の謎がようやく解明されてスッキリしたよ。……あんな風になるんだねぇ、"人"って。やっぱり面白いなぁ……はは)
 
 
 
 
 
(……まさかお相手が"菜種先生の娘さん"だなんて思わなかったけどね。どうせなら見とけば良かったかなぁ……"落ちる瞬間の表情"。あんまりよく見えなかったんだよなぁ)
 
 
 
 
 
(……ま。どうせ、あの程度じゃうっかり"死なない"こともありそうだし。いくら変装してるとはいえ顔見られなくて良かったとしよーかな。……生き残ったらあの子どう思うんだろうなぁ。「やった!!生きてた万歳!!」?「あのまま死んでしまえれば良かったのに…………嘘です。本当は凄く嬉しいです」とか?はは!!どっちも一緒だねぇ)
 
 
 
 
 
 
(……まぁきっと"これ"なんだろうなぁ。"あの子"なら)
 
 
 
 
 
 












 
 
 (「"お母さんは今度こそ心から私を心配してくれるんじゃないか"」)

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.66 )
日時: 2017/10/24 21:02
名前: 羅知 (ID: m.v883sb)



事態は9時間前に遡る。
 
 貴氏祭が始まって何時間か過ぎ、一番盛り上がっている時間。彩ノ宮高校演劇部顧問である秦野結希は、"ちょっとした暇潰し"で一年B組のやる劇を観に来ていた。自分が"記憶の爆弾とも言うべき黒歴史トラウマ"を爆発させた少年がどうなっているのか少し気になったのだ。壊れていればその程度だと思ったし、壊れていなければまだまだ壊しがいがあるだろう----そう、考えて来た。別に少年に恨みや憎しみがある訳ではない。彼女の行動原理は"面白そうだから"----ただそれだけである。彼女にとって"少年"は比喩ではなく玩具だった。まぁ最も彼女が"人を人だと思ったこと"なんて一度もなかったけれど。
 
 
 そんな彼女だけれど、目の前にある光景には、これはまた酷い有り様だなぁ-------そう思った。
 
 
 文化祭の喧騒から、かなり離れた使われていない倉庫----そこに彼女はいた。まだ劇までは三時間程あった。これなら余裕を持って観に行くことができるだろう。……劇を観る前に"とある用事"を済ませる為、彼女は此処に来た。中は埃臭く、昔使われていたのだろう体育用の道具などはぐちゃぐちゃで整理などされていない。倉庫の真ん中にある小さな窓からほんの少し光が差し込んではいるが、薄暗く視界良好とはいえない照明環境だ。
 
 そして、その丁度光の差し込んでいる位置に"彼女の用事を済ませなければいけない相手"はいた。
 
「気分はどう--------」
 
 そう声を掛けたけれど返事はない。まぁそうだろうなということは最初から分かっている。目の前の人間モノは、どう見たってまともに話せる状況じゃなかった。上半身のみ布を纏っており、下半身はあられもなく通常なら隠すべきものが見えている。ほぼ見えている血の気のない細身の身体には青痣や擦り傷、そしてずっと消えることはないのだろう----根性焼きが背中にくっきりとあった。それ"を初めて見た時、あぁまたか----そう思った。だから今回のことも同じようにそう思った。
 
 
「---------優始」
 
  長く伸びた爪をがりがりと血が出るほどに噛み、もう片方の腕はただでさえ傷だらけの肌をかきむしっている。目は血走って、身体は時折壊れたように痙攣していた。よく聞けば、籠ったようなバイブ音が聞こえる。何かに繋がってるようには見えないので、遠隔操作するタイプなのだろう。
 喘ぐような声と共に聞こえるのは誰かを恨むような呪詛だった。
 
 
「っあ……してやる。う……やる。僕の……っていを……すやつ……は……してやる」
「……あのさー、聞いてよ!!先生も驚いたんだよー??突然電話から"真面目そうな学生"さんから"……ご家族の方ですか?"なーんて言われちゃってさぁ?とうとう身内から犯罪者出しちゃったかぁ、と思って焦っちゃったぁ!!」
 
 
 仮にも"血のつながった弟"のそんな姿に対して、彼女はけらけらと笑ってそう言った。
 
 ∮

「ふーん、つまり優始は邪魔されちゃったんだ。さっき電話してきた"真面目そうな学生"さんに。いいんじゃない?通報されなかっただけ」
「よくない。…全然"良くない"んだよ結希。だってあの子は"僕"を……"僕"を否定した」
 
 しばらくして落ち着くと心底気味の悪い弟はそう答えた。その言葉はきっと"常人"には理解出来ないだろう。けれども彼女には何を言っているか分かった。仮にも彼女は彼の姉であるし、それに彼女自身が疑いようのない"異常者"だ。
 
 
 
 
「……最底辺どんぞこから引き上げてくれちゃ困るんだよ。最低ここが僕の居場所だっていうのに」
 
 
 
 
 
 
 彼にとって"救い"は"巣食い"であって"救い"ではない。誰かの差しのべてくれた手でさえも彼は敵とみなして食らいつく。彼女は知っている。こんな性格だから小さな時から社会のカースト最底辺にいた弟だけれど、弟はその状況に不満など一度も呟いたことなどないのだ。むしろ僥倖、その場所に好んでしがみついている。あえて下へ下へと堕ちていく弟。救いの手は何度も伸ばされた。それを手折ったのは他ならぬ弟自身だ。自身を最低から引き上げようとする者を何よりも許さない、それが弟という化物といった方が適切かもしれない人間だった。正直血が繋がっていなかったら一番近付きたくないタイプだ。多分他人として生まれていたなら殺していただろう。彼女でさえも理解出来ない弟。ある点に関しては彼女よりも過激な弟。
 
 
 
 
 けれど忘れてはいけない。彼女はそんな彼の"姉"だということを。
 
 
 
 
 
 
「えー、じゃあ"殺しちゃう"?」
 
 
 
 
 
 
 弟が弟なら、姉も姉。もはや血も涙もない、化物と言いたいくらいだけれど、正真正銘、彼と彼女には同じ遺伝子から生まれた血が通っているし、目の涙腺から分泌される体液だなんて、出すだけならいくらでも出すことが出来る。
 
 
 

 

 サイコパス診断、というものがある。
 その中の一つを紹介しよう。付き合う男、付き合う男に酷い目に合わされてきた女がいた。そんな彼女だけれどようやく運に恵まれ優しく真面目な人間に出会うことが出来た。そうして彼女は彼からプロポーズを受けた。普通の女性なら喜び、飛び上がるような場面。しかし彼女はそれを受け入れず、彼をその場で刺し殺してしまった。何故か?答えは簡単『自分が自分じゃなくなるような気がしたから』だ。普通の人間なら理解できない思考回路。しかし異常者サイコパスはそれをやってのけてしまう。彼らは『自分らしさ』というものに異常に拘る。それを崩す人間を彼らは絶対に許さない。そして彼らはその類い稀なる異常こせいを周りにも適用してしまう。
 
 そうして、あっという間に普通だった日常を"異常"に彩っていくのだ。


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