複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

当たる馬には鹿が足りない【更新停止】
日時: 2019/04/09 23:57
名前: 羅知 (ID: miRX51tZ)

こんにちは、初めまして。羅知と言うものです。
普段はシリアス板に生息していますが、名前を変えてここでは書かせて頂きます。

注意
・過激な描写あり
・定期更新でない
・ちょっと特殊嗜好のキャラがいる(注意とページの一番上に載せます)
・↑以上のことを踏まえた上でどうぞ。

当て馬体質の主人公と、そんな彼の周りの人間達が、主人公の事を語っていく物語。




【報告】
コメディライト板で、『当たる馬には鹿が足りない』のスピンオフ『天から授けられし彩を笑え!!』を掲載しています。
髪の毛と名前が色にまつわる彼らの過去のお話になっております。
こちらと同じく、あちらも不定期更新にはなりますが宜しくお願いします。



一気読み用
>>1-


分割して読む用

>>1-15
>>16-30
>>31-45
>>46-60
>>61-75
>>76-90
>>91-115

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.52 )
日時: 2017/07/16 09:43
名前: 羅知 (ID: Bs0wu99c)



あのまま泣き崩れて動かなくなってしまった馬場君を保健室まで運んだあと、僕はまた教室へと戻った。だけどなにやらさっきまでと様子が違う。教室の中央に人のかたまりが出来ている。教壇に置かれた何かを皆で見ているようだ。背伸びをしてその人混みを覗き込むと、その真ん中には椎名君とヒナ君がいた。

「ほへェー!!こんなことまでするんだねぇ、演劇って!!ボクこんなに動いたら倒れちゃいそうだよ!!」
「……実際すごくきつかったよ。体の節々が痛くて僕しばらく筋肉痛て動くの辛かったんだから」
「へぇ?……あれ、でもこの動画、日向クンとトモちゃん以外誰も写ってなくない?指導してもらってたんだよね?」
「あぁそれは------「ちょっとストップ、ストップ!!!」

どんどん流れるように進む話に理解が出来ず、話を続ける彼らに止めを入れる。突然話を止められた二人はきょとんとした顔でこちらを見た。彼らだけじゃない、その場で彼らの会話を聞いていた生徒達全員が大声を出した僕を不思議そうな目で見つめている。大勢の人の目。こんなに沢山の人に見つめられることなんて久し振りなので、緊張して喉がきゅっと締まり思わず僕……と言いそうになって、自分が彼らの前では″ステラ″だったことを思い出す。

「……ふぅ、二人ともどんどん話が進みすぎよ。一体何があってこんな人混みが出来るわけ?説明して頂戴?」

僕がそう聞くと椎名君があれ言っていなかったっけ?というような表情を作りヒナ君の方を見る。対する彼も僕がいなかったことはすっかり忘れていたようで似たような表情をして首をひねらせた。

「僕がこの前彩ノ宮高校へ行った時の動画を皆に見せていたんです。本当は馬場だけにあげてたんですけど、馬場が皆にも見せてあげろって言うから」
「それで…………この人だかり?」
「はい」

人だかりの理由は分かった。思っていたよりまともな理由で良かったと思う。しかしこの状況じゃキャスト班以外の進行が進まない。どの班も余裕があるわけではないのだ。早急に元の作業に戻らなければ間に合わなくなってしまう。紅先輩はこの状況を止めることをしなかったのだろうか。

「……って、紅先ぱ……紅先生?どうしたんですか?」

見当たらないと思っていたら、先輩は教室のドアをほんの数ミリ開けて教室の外側からこっちをじーっと覗いていた。どうしたことかと思って駆け寄る。

「……ぜーんぜん、僕の力じゃ有り余る高校生のパワーを止めることは出来なかったよ。僕、教師向いてないのかなぁ……」

力ない声でそう言う先輩は、本当に自信を喪失しているようだ。先輩はダメな所はダメだと人にはっきり言えるしっかりした人だ。僕なんかと違って教師に向いてる性格だと思う。だけど先輩は優しいから、学園祭準備に盛り上がって楽しんでいる彼らに水を差すことなんてできなかったのだろう。

「……大丈夫ですよ、先輩。先輩は教師に向いてるな、って思います」

ぼそっと彼にだけ聞こえるようにそう告げると、ありがとうといって先輩は優しく微笑んだ。その表情を見て安心した僕は、くるりと方向転換をし------------「えーー!!!!誰このイケメン!!!」



----------作業に戻ることは出来なかった。今度はなんだと言うのだろう。


「だから、さっき言った僕達に指導してくれた彩ノ宮高校演劇部エースの愛鹿社さんだって。イケメンじゃないよ、女の子なんだから」
「いやいや…これは女の子にしとくには勿体無いイケメンだよ……」

 そう言って写真を食い入るように見つめる椎名君。男性には出すことの出来ない儚さ、切なさ、などの女性特有の美しさ、格好よさが、その写真には滲み出ているのだろう。どうやらその写真は愛鹿社が劇か何かで男装した時の写真の様だった。いっそ非現実的な美しさに目を惹かれ、彼は気付かなかった。
 
 彼の持っている写真を取ろうとする、"後ろから近付く長い手"に。
 
 
「……シーナ」
「わわッ、ケート!!どーしたの急に、びっくりするでしょぉー!!!?」
 
 そうしてぷんすかと幼子の様に頬を膨らます椎名君にごめんごめんと笑って謝りながら、しかし手に持っている写真は手放さずに"長い手の持ち主"、尾田慶斗は、それこそ子供を諭す風な語調で話す。
 
「…だけど、シーナ酷くないか?オレがいるのにあまり良くも知らないイケメンに目移りしてさ?オレちょっと悲しくなったぜ?」
「む!!……ん、それは確かにボクも悪かったけどぉ……でも女の子じゃん!!あの子!!だからノーカンッ!!」
「ダーメ、とりあえずこれは没収だからな」
 
 尾田君を恨めしげに見る椎名君。そんな視線を気にすることなく、彼は濃尾君ににこにこしながら話しかける。
 
「濃尾、この写真借りてくぜ」
「?……別にいいけど、何に使うの?」
「あー!!ケートこそ酷いよ!!ボクにはダメって言ったクセに自分が欲しいだけ-------------」
「シーナ」
 
 手足をじたばたさせて暴れ、怒り狂う椎名君。そんな彼にそっと名前を呼び掛け何かを耳打ちする尾田君。
 
「 」
 
 遠すぎて何を言ったのかは分からなかったけれど、その言葉を聞くや否や、さっきまで暴れていた椎名君は次第に平静を取り戻し、尾田君が耳から顔を離した時には、にっこりと笑って彼の目を見つめていった。
 
「えへへへ!!!そういうことなら仕方ないね!!!」
「ありがとな、シーナ」
「いいよォ!!シーナ君にお任せあれ!!!」
 
 どんと胸を叩き、胸を張ってけらけらと笑うと、次の瞬間には彼は次の行動に出ていた。
 
「へ?」
「じゃ、そういうことだから!!!日向クン、動かないでね?」
 
 ヒナ君の腕をがっちりと掴み、離さない椎名君。ヒナ君は状況が掴めずにうろうろとしている。そんなヒナ君を気にすることなく、椎名君はそのままヒナ君を引き摺っていく。確か、あの方向は……更衣室。
 
「被服班!!確か日向クンのは出来てたよね!!ちょっと借りてくよー!」
「え、あ、え、やだ、やだってば!!!ちょっと!!はなせよ!!ちょっと、ちょっと!!?」
 
 その姿を確認すると、尾田君は安心したようにどこかへ向かっていった。あっというまに物事が始まって、終わって何がなんだか分からないけれど、文化祭の準備には無事戻れたようなので、僕と先輩はお互いのぽかんとした顔を見合せ、安心したように息を吐いた。



Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.53 )
日時: 2017/07/17 17:13
名前: 羅知 (ID: LpTTulAV)



誰もいない廊下にコツコツと自分の足音が反響して聞こえる。階段を降りてすぐ左、そこが保健室の場所だったはずだ。なぜだか分からない。だけど馬場はそこにいる、そう確信を持ってオレは保健室へ向かった。ドアをがらがらと開けると案の定そこには、馬場満月がいた。
 
「馬場、やっぱりそこにいたんだな」
「…………」
「やっぱお前最近調子悪すぎじゃねぇの?相談乗るぜ、クラスメイトなんだから」
「…………」
「…ま、確かに。オレの言えた台詞じゃあ、なかったな」
 
 ただひたすらに仰向けに保健室の白いベッドに寝転がり天井を見つめる馬場。オレが話している最中も、こちらの方を見ることすらしやしない。完全に無視されている。でもこれでもまだいいのかもしれない。教室での"馬場満月"みたいに繕られたら、それこそどうしようもなかっただろう。
 
 ただ話しかける。返事がなくとも、ただ。ただ。
 
「…分かってるよ。だから今日は"お土産"を持ってきたんだ、だからちょっとだけでいい。オレに話をさせてくれ」
 
 そう言って、さっきシーナから貰った写真を取り出す。そんなオレを見て馬場は顔だけをゆっくりとこっちに向けて、黙って手を伸ばした。よこせ、ということだろう。オレは写真を馬場に渡した。
 
「……凄い美少女だよな、その子。お前最初来た頃は、そんな子見つける度に告白して……玉砕して。アプローチしてるお前、そんなお前を思い出して欲しくて、持ってきた」 
「…………」
「……お前さ、最近変だよ。いや、最初から変だったけどさ。当て馬だ、なんだって言ってた頃は、もっと……目が輝いてた」
「…………」
「今のお前が本当の"お前"なら、それでもいいんだ。…でも、それならオレ達に相談してくれよ!!もっと!!お前、最近ずっと無理してるだろ!?」
「…………」
「……紅先生に言われて、オレ思ったんだ。オレ達は、お前のこと、全然分かってなかったんじゃないかって。"当て馬"であるお前にずっと甘えてたんじゃないかって」
「…………ぁ」
「………………馬場?」
 
 様子が変だ。写真が歪む程、握り締めて、目の瞳孔は開き、呼吸は荒く、息がまともに吸えていない。発汗の量も異常だ。
 
「ぁ、ああ、……あ、あ、あ、あ、なんで、どうしてどうして……ぁあ……」
「……お、おい!?馬場どうしたんだよ!!何があったんだよ!?返事しろよ!??」
 
 オレが馬場の肩を掴み、肩を揺らすとようやくこっちにまで意識が回ってきたようで、途切れ途切れの言葉ながらも馬場は、オレに話し始めた。全身をがたがたと震わせながら。
 
「…なあぁ………、この写真、ど、こで……?……おぃ……?」
「……は!?いや、オレも詳しくは知らねぇけど、確か濃尾が、持ってたはず…………」
「…………そ、か…………そうか、……ァイツが……いつも、アイツが"壊して"くる、よなぁ……」
 
 何かに納得したように、がたがたと震えながらも、首を前に頷く。まるで壊れた人形のようにがくがく、がくがくと。
 
「……"オレ"は……慶斗君が、……羨ましい」
 
 ぼろぼろと涙を流し、息をゆっくりと吐きながら、極めて静かに馬場はオレにそう言った。
 
「……伝えれば、良かったのかなぁ……"オレ"も……いや、"オレ"が言った所で、どうにもならなかったんだ、……オレは"主人公"じゃ、ないんだから」
「…………は?"主人公"?……いや、そんなん関係なく伝えればいいじゃねぇか!!オレは伝わった、お前も-------」
「もう"手遅れ"なんだよ!!!!!」
 
 
 哀しみに哀しみを重ね塗りしたような悲痛な叫び。手遅れ。手遅れってなんだ。そんなものなんか。
 
「そんなの!!!!」
「……あるんだよ。オレはもう、とっくの昔に"手遅れ"なん、です……どうしようもなく……」

口調が少しずつ、崩れていく。"馬場満月"が、崩れていく。

「…………」
「……ねぇ、どうすればよかったんですか?…"あの時"どうすれば、皆は助かったんですか?…誰も傷付けたくなかったはずなのに、結局全員を傷付けてしまった……こんな"オレ"に幸せになる資格なんてない……絶対に」
 
 "馬場満月"ではない"誰か"が目の前で喋っている。悲しい、苦しい、と叫んでいる、名前も知らない、"誰か"。
 
 思わず、聞いてしまう。
 
 
「……なぁ、お前は"誰"なんだ?」
「………………"オレ"?」
 
 
 何かを思いだそうとするように、頭を抱え込み、そして数秒経って"彼"は口をおもむろに開く。
 
「……"オレ"の、名前は」
「…………」
「……"オレ"の名前は、神並かんなみ------------」
 
 そこまで言って、彼は突然話すことを止めた。そしてまた頭を抱え込み、唸る。今度は、これ以上思い出さないように。溢れ出す何かを抑えるように。
 
 だけど半開きになった口からは狂ったように言葉が漏れて。
 
 
「にい、さん。にいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんいかないでおれをおいていかないでごめんなさいごめんなさいごめんなさいわかったからわかったからゆるしてゆるしてもうにいさんのいうことをうたがったりなんかしないからずっとにいさんのそばにいるからだからだからだからだからだからだからおいてかないでおいてかないでおいてかないでやめてやめてやめてやめてやめてやめてねぇおれたちはふたりでひとつだったはずでしょうひとりになったらどうすればいいのいきができないよじょうずにいきができないんだよ、ねぇ」
 
 
 
「"みずき"、にいさん」
 
 
 
 見えない"誰か"にそう言い続ける"彼"を見て。
 
 
 
 オレは、ただそこに立ち続けることしか出来なかった。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.54 )
日時: 2017/07/19 22:38
名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)



「……また、負けちゃいました」
 
 うるうるとした涙目で、悔しそうに下唇を噛み、まだ幼い少年はしゃくりあげながら呟いた。そんな少年を見て、慌てたように少年に駆け寄る少女。そんな二人をにこにこした顔で見守る、少年と少女の兄姉達。四人は同じ年に生まれたけれど、見守っている二人は後の二人より落ち着いた雰囲気を醸し出している。
 
「……ば、ババ抜きなんて運なんだから!!……泣かないでよ、××」
「……でも」
「…あら、そう?ワタシは、そうは思わないけど。××の動きには無駄が多かった、それは事実でしょう?」
「お姉ちゃんは黙ってて!!」
 
 妹にそう言われては仕方ないと、お姉ちゃんと呼ばれた少女は口を閉ざした。勿論その顔には、にやにやとした微笑みを消さないままで。そんな姉をきっ、と睨んで、妹はそこで泣いている少年の兄に助けを求めた。この兄は弟に対してすこぶる優しい。弟が泣いていれば、この兄は少年にとびきり優しい言葉を投げ掛けてくれる、少女はそれを知っていた。
 
 「みずきくんは、どう思う?」
 
 案の定、兄は暖かい微笑みを浮かべて少年に優しく言葉を掛けた。だけどその後に彼が言った言葉は、普段の彼とは少し違っていた。
 
「…××、ババ抜きのルールは知ってるか?」
「?……知って、ますけど?」
 
 弟がそう言うのを見て、兄はにっこりと笑って彼の頭を撫でた。
 
「同じ数字のカードを揃えて、捨てる。ババが余った人が負け--------至極簡単で、単純なゲームだ。誰もが知っている当たり前のルール、そうだよな?」
「…………」
「だけど、俺はそんなの間違ってると思う」
 
 口元は何時ものように笑っていた。しかしその目は真剣そのものだった。そんな可笑しな顔のまま、彼は話し続ける。実に可笑しな話を。
 
「どうして人と違うだけで、可能性を諦めなきゃいけないんだ?それを"負け"だなんて誰が決めた?そんなの俺が変えてやる…………人生は、そんな単純じゃないはずだろう?」
「「…………??」」
 
 願うように放たれたその言葉は、少女と弟には伝わらなかったようで、目にハテナマークが浮かんでいた。ただ一人、少女の姉だけは何かを感じ取っていたようで複雑そうな顔をして、少年の兄を見つめている。
 
 分かっていない二人を見て、残念なような安心したようなそんな感傷を隠すように彼は先程よりも大きな声で笑う。
 
「……なんてな!!訳の分からないことを言ったな。………でも、もう涙は収まったじゃないか。××、今度は俺の動きをよく見てやればいい。お前は物真似が得意だろう?」
「……"兄さんの"、だけですけどね」
 
 少年がそう言うと、兄はまた嬉しそうに大声で笑った。二回戦だ、今度は勝つぞなんて馬鹿みたいに騒いで。こんな日常が終わることなんて想像もせずに。
 
 トランプの空箱に一枚残った、使われなかったジョーカーがニヤリとそんな彼らの未来を暗示するかのように涙を流して、笑っていた。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.55 )
日時: 2017/08/30 18:14
名前: 羅知 (ID: djMAtmQc)

 結局その日、そんな風になってしまった馬場を止めることなんて出来ず、衝撃の光景に半ば腰が抜けそうになりながらオレは先生を呼びにいった。あまりにも帰ってこないオレを心配してか、紅先生は保健室のすぐ近くにいた。オレが行くなら此処だということがなんとなく分かったらしい。紅先生が目の前にいても、馬場はぶつぶつと何かを呟くのを止めなかった。もうなにもかも目に入ってないようだった。
 そんな馬場を見て、先生はすーっと息を飲むとずかずかと馬場の方へ近づいた。先生がどんな顔をしているのかは分からなかったけれど、おそらくどうしようもない顔をしているのだろう、そんな語調で先生は馬場に言った。
 
「そんな風に……そんな風になる前に相談してくれって言ったじゃないか!!」
「…………」
「文化祭を成功させたいのは、"君"の本心だったはずだろ……?だから、僕は無理を言って君の退院を早めてもらった…本当は入院してなきゃいけないくらいに、"君"は壊れてしまっていたのに……」
「…………」
「違う……僕の、せいだ。僕が、気付いて、あげられなかったから……先生、なのに。君がそんな簡単に弱音を吐ける子じゃない、って知ってたのに……」
 
 微かに涙を堪えるような声が聞こえてくる。先生は泣いていた。拳を血が出てしまうのではないかという程、強く握りしめて先生は泣いていた。真っ赤になった目を隠すこともせず、無理矢理作ったような優しい笑顔で先生は振り向き、優しくオレに言う。
 
「あとのことは、僕に任せて」
「……先生」
「君は何にもしなくていい。"此処"では何もなかったんだ。ただの"悪夢"だ。そう思えばいい。……今日此処で起こったことは、忘れて欲しい」
「でも、先生……!!」
「絶対にだ。…………僕も最善を尽くすけど、もし、馬場君が文化祭までに帰ってこれなかったら…………その時は、ごめんね」
 
 悲しく目を伏せ、先生はオレを追い出すように保健室から退出させた。オレはしばらくそこから動くことが出来なかった。すぐに白衣を来た人達がそこにやってきた。全てがオレを蚊帳の外にして行われていた。オレは何もすることが出来なかった。ただ見ていることしか出来なかった。
 
 
 
 次の日、馬場は学校を休んだ。その次の日も、そのまた次の日も。濃尾は明らかにずっと不機嫌で、先生は放課後いつもそんな濃尾をどこかへ呼んでいた。先生は変わらなかった。ただ、その目の下にどす黒い隈が出来ていたし、目の縁は赤くなっていた。
 
 
 馬場が休んでから一週間が経過した。馬場はやっぱり学校へ来なかった。皆が心配して馬場の所へお見舞いに行こうという話が出た。その話を聞いた先生は皆に馬場はインフルエンザで休んでいるのだと嘯いた。皆に心配をさせたくないから今まで黙っていたのだと。先生は変わらなかった。目の下には隈、縁は赤く染まったままだった。濃尾はもっと不機嫌になった。情緒が不安定なようで、簡単に怒ったり、泣いたりしていた。そんな濃尾を先生はやっぱり放課後どこかへ呼んでいた。
 
 
 この一週間、オレは先生の言った通りにあの日あった出来事を忘れたかのように生活していた。勿論あのことを忘れることなんて出来ない。でもあの日の出来事を他の誰かに言うことなんて出来るはずがない。誰かと喋っていると、あの日の出来事を口に出してしまいそうで、オレは口数が少なくなっていた。
 
「ケート、一緒に帰ろ?」
 
 いつも通り帰ろうとすると、シーナがオレをそう誘った。あの日の出来事はシーナにも言っていない。少し後ろめたい気持ちを抱えながらも、オレはその誘いに乗った。
 
 まだ時間は早いのに空は燃えてるみたいなオレンジ色に染まっていた。所々日が落ちて紫色も混じっている。そういえばこの一週間、椎名と一緒に帰っていなかった。あの日までは毎日のように一緒に帰っていたのに。
 
「ねぇ、ケート」
「……何?」
「ボクに何か隠してること、あるでしょ」
「…………別に、ないよ」
 
 オレがそう答えると、嘘が下手だねと言って楽しそうにシーナは笑った。
 
「別に何があったかなんて、聞きたかった訳じゃないからそんな身構えなくてもいーよ。それにね」
「…………?」
「ボクも、隠し事してたから」
 
 そう呟いたシーナの方を見ると、シーナはやっぱりにこにこ笑いながらオレの顔を見ていた。
 
「…本当はもっと前に気付いてたのかもしれない。でも、ありえない、そう思って、なかったことにしてたんだぁ」
「…何のことだよ?シーナ」
「日向クンのね」
 
 
 
 それは、衝撃的な告白だった。
 
 
 
「日向クンの首、誰かに絞められた跡があったの」



 
 
「あのね!!ちょっと前に日向クンを女装させた時があったんだ。絶対似合うと思って!!」
 
 ものすごく良い笑顔でシーナはそう言った。いっそわざとらしいくらいに大袈裟に笑って。なんとか笑おうとして、大きな声で彼はそう言った。
 
「それで?」
「…………それで、その時に首に跡があるのを見つけた」 
 
 少しだけ、表情を歪ませるシーナはそう小さな声で呟く。友人のそんな秘密を知ったシーナは、その時どう思ったのだろう。きっと"どうしようもなく"思ったに違いない。馬場のあんな姿を見てしまった、あの時のオレのように。
 
「見間違いだ、そう思ったよ。日向クンに限ってそんなことあるはずない、あんな跡、あんな痛そうな跡付けられて、彼が黙ってるはずがない、あんな"普通"にしてるはずがない」
「…………」
「でも、違った」
「…………」
「ケート、この前言ったよね。"濃尾を足止めして"って。何の意図があってか分かんなかったけど、ボク足止めしたんだ。衣装合わせ、って言って。……その時やっぱり彼の首には跡があった。前よりも赤くて、黒い、濃い跡が」
 
 涙は流さない。シーナは女の子の格好をしているけれど、昔から根本的な所で誰よりも男前だった。人前でめったに泣かない子供だった。下唇をぎゅっと噛んで、下を向くこともせずに、涙を堪える--------時は経ったけど、変わらない。
 
「……言って、欲しかったよ。だって友達じゃん!!クラスメイトじゃん!!ボク達がそう思ってただけなの!?ボク達はそんなに頼りない!?"苦しんでた"なら----」
「----待って!!シーナ!!」
 
 シーナのその"苦しんでいた"という一言に違和感を覚える。……本当に濃尾日向は----"苦しんでいた"のだろうか?確かに時々情緒不安定な時もあった。だけどもそういう風になった時期から"表情が豊かになった"のも事実で……。もしかして、オレ達は最初の前提から、とんでもない"勘違い"をしてるんじゃ---------
 
「…濃尾が自分からそれを望んだんだとしたら……」
「……どういう、コト?」 
「……濃尾が"わざと誰かに首を絞めさせていた"としたら?……濃尾はそこまで人と個人的にに誰かと深いつながりをつくる奴じゃなかった。誰かとつるむようになったのは…………馬場が転入していくらか経ってからだ……」
「…み、満月クンがやったっていうの?ありえないよ!!……それに!!例えそうだったとして、日向クンはどうしてそんなことを!!」
「……分からない!!!」
 
 急激に仲良くなった馬場と濃尾。その直後に発見された跡。倒れた馬場。情緒不安定な濃尾。様子のおかしい濃尾。様子のおかしい馬場。そして----"アイツがいつも壊していく"と言った馬場のあの言葉。分からない。どうしてそうなったかなんて分かるはずがない。だけど、アイツらを"繋げている理由"、それが、その"跡"だとしたら。
 
 
 (……あぁ)
 
 
 "アイツら"は本当に救いようがないほど、お互いに縛られていて。
 
 
 
 
 
 その縄が今、がんじがらめになって、もうアイツら自身でさえ抜け出すことができなくなってしまったんだろう。
 
 
(本当に、お前らは)
 
 
 
 
「……"仲良し"だなぁ」
 
 
 
 繋ぎ方を間違えたのなら、またほどいて正しく繋ぎ直せばいいだろ?ほどくのだって、手伝ってやる。皆で手伝えばきっとほどけるさ。
 
 
 
 
 なのに、どうして。どうしてお前らは!!!!
 
 
 
「頼って、くれよ……!!オレ達はただのモブキャラじゃねぇんだぞ!!!馬場、濃尾…………」
 
 
 叫んだ声も、押し殺した泣き声も全てがあの夕焼けのオレンジに溶けていく。寒空の下、冷えきった掌をぎゅっと握り締め、お互いの体温を確かめるように繋いだ。
 
 叫んで、叫んで、喉が冷えきって、どうしようもなく痛い。それでもオレ達は涙を止めることなんて出来ずに、泣き叫んだ。
 
 
 
 文化祭まで、あと三日の夕方のことだった。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.56 )
日時: 2017/08/03 19:29
名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)



 あれよあれよと三日過ぎ、ついに来るべき当日。結局今日まで馬場が学校へ来ることはなかった。あの日の翌日泣き腫らしたオレとシーナの顔を見て、クラスメイトは勿論のこと、紅先生はオレ達のことをとても心配した。特に紅先生はかなり取り乱していて、オレ達の話を聞くと、迷惑をかけたねといってとても落ち込んでしまった。前から思っていたけれど、あの人は責任感が無駄にありすぎだと思う。そんな顔しないで下さいよ、と二人で先生の頬をぎゅーっと引っ張るといひゃいいひゃいと言いながら、先生は少しすっきりしたように笑った。
 
 そういえば今日は濃尾の機嫌が良い。ここ最近はかなりイライラしているように見えたのにどうしてだろう。不思議に思って、今日は随分ご機嫌なんだな?と聞くと、濃尾はやっぱり機嫌良さげに愛想よく答えた。
 
「今日、愛鹿が見に来るんだ」
「愛鹿、って……この前の写真の」
「そう。だから女装は嫌だけど頑張ろう、って。あんだけ熱心に教えてくれたのに半端な演技したら格好悪いからね」
 
 愛鹿社。それがこの前の写真の女の子の名前だった。調べてみると結構大きな会社の社長の娘で、小さな頃から名のある劇団に所属しており、賞もいくつか貰っているらしい。思えば、彼女の写真を見せた瞬間から馬場の様子はおかしくなった。一体彼女と馬場はどんな関係なのだろう。それに馬場が"本名"と言っていた"カンナミ"という名前……あぁ、色んな事がありすぎて、頭が痛くなりそうだ。今日は楽しい文化祭、問題は山積みだけど今日明日はそれを後回しにして楽しんだっていいだろう。
 
「よっしゃぁぁああッ!!!お前ら今日は楽し--------」
 
 
 オレがそう言おうとした瞬間、教室の扉ががらがらと開き、オレより一際大きな声が教室中に響き渡った。
 
 
「みんな待たせたな!!!!」
 
 
 一週間ぶりの懐かしい声。そこには馬場満月がにっこりとわらって、休んでいたなんて到底思えないような変わらない姿で立っていた。
 
 ∮
 
「本当にそうですよ、馬場くん。これに懲りて体調には気を付けるように」
「あぁそうだな!!以後気を付ける!」
 
 そしてそんな彼の隣には、爽やかな雰囲気の眼鏡を掛けた若い見知らぬ男性が一人。馬場とその人は、親しげに話している。一体誰なんだ、その人は。そんなこちらの視線に気付いたのな、男性はにこやかに笑って挨拶する。
 
「不審者ではありませんから、ご安心を。私は紅の旧友、荒樹土光という者です。今日は文化祭という事でこちらに来たのですが……まだ早かったようで誰もおらず、迷っていた所を馬場くんが助けてくれたのです。そういえば、紅は?」
「……あ、まだ来てません。何か用事があるって」
「そうですか。まったく、あの男は楽しい楽しい文化祭の日に何をやっているんですかね」
 
 不快そうに眉を寄せて荒樹土さんはそう言った。人の良さそうな顔だと思ったけれど、その時の彼の目はとてもギラギラとしていて何だか別人みたいだった。もしかしたら紅先生とは仲が悪いのかもしれない。
 
(いや、でもそうだったらわざわざ文化祭になんて来ないよな……?一体どういう関係なんだろ)
 
 それに。
 
(馬場も"変わらない"。不自然なくらいに、そのまんまだ)
 
 まるであんな"出来事"がなかったみたいに、馬場満月はいつも通りだ。にこにこと笑っていて、むしろ休む前よりどこか楽しそうである。そんなに楽しそうな姿を見てしまったら、色々気になることはあるけれど全部なかったことにしてもいい気がしてきた。あの笑顔に水をさす必要なんてない、そう思った。
 
 何はともあれ馬場は今日という日を楽しむため、成功させるためにこの日だけはなんとか出てきたのだろう。その想いをどうこういうことなんて、オレには 出来るはずがなかった。
 
 人の波を掻き分け、馬場の肩を力強く叩く。
 
「今日は、めいっぱい楽しもうぜ!!」
 
 オレがそう、にかっと笑ってみせると馬場は一瞬だけ驚き、きょとんとした顔をしたが、すぐにオレと同じように笑った。なんとなく、いつもより優しい笑顔だったような気がする。
 
「……あぁ、勿論だ!!」
 
 
 今日は楽しい文化祭。楽しんだもん、笑ったもん勝ちなんだから。
 
 ∮
 
 専用タクシーに乗るまだ年若い背の高い少女と低い少女、二人が話している。最初に口を開いたのは背の低い少女の方だった。
 
「嬢ちゃん、相変わらずイケメンだねぇ?こんな日くらいはハメ外したっておれは良いと思うぜぇ?」
 
 鈴のなるような可愛らしい声に似合わない粗雑な口調。ぱっちりとした水晶のような目は煽るように、もう片方の少女の方を見ており、くるりんと巻かれた、ふわふわとした茶色の髪は、黒色の猫の耳が付いたパーカーから零れ出ている。
 
 そんな男勝りな彼女を嗜めるように、これまた別の意味で女の子らしくない格好をした少女は言う。
 
観鈴かりんがハメを外しすぎなんだよ…。仮にもアイドルなんだ。どこでファンが見てるか分からないんだから、しっかりしてくれよ…」
「へーへー。分かってますよー、っと。…でもまぁ、やしろ嬢ちゃん、口調くらい"本来の喋り"に戻せばいいだろ?ストイックすぎやしやしないかい?」
 
 今日の社の格好は、オフホワイトの長袖シャツに紺色のタイ、そして黒色のスキニーパンツという、パッと見では女性にはとても見えない格好だ。観鈴がそう言うと、社は観鈴の目を見ずにうつむきながら答えた。
 
「これは……私の"けじめ"だよ。この服も、口調も、全部……己を戒める為にある。二度と思い上がらないように」
「…………チッ」
「それに、私なんかが可愛い格好しても全然可愛くないだろう?…誰にも需要なんてないし、誰にもそんな私…好きになってもらえない」
「…………」
「だから、いいんだ!!私はこのままで」
 
 そんな彼女の言葉を聞いて心底不快そうに、舌打ちをする。……何を言っているんだ。そんないじらしいことを言って。アンタのことを見ている男共なんていくらでもいる。おれがそういう人間を何人蹴散らしたと思ってるんだ?自分の価値を理解しろ!!アンタは、アンタは!!!
 
「………………十分、可愛いだろうがよ」
「?……何か言った?」
「別に!!何でもねぇよ!!!ほら!!目的地だ、降りるぞ!!」
 

 
 目的地は貴氏高校。
 


「は!!生のアイドルなんて見たこともねぇシロート共に目に物見せてやんよ!!」
 
 

運命の出会いは、すぐそこにある。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。