複雑・ファジー小説

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当たる馬には鹿が足りない【更新停止】
日時: 2019/04/09 23:57
名前: 羅知 (ID: miRX51tZ)

こんにちは、初めまして。羅知と言うものです。
普段はシリアス板に生息していますが、名前を変えてここでは書かせて頂きます。

注意
・過激な描写あり
・定期更新でない
・ちょっと特殊嗜好のキャラがいる(注意とページの一番上に載せます)
・↑以上のことを踏まえた上でどうぞ。

当て馬体質の主人公と、そんな彼の周りの人間達が、主人公の事を語っていく物語。




【報告】
コメディライト板で、『当たる馬には鹿が足りない』のスピンオフ『天から授けられし彩を笑え!!』を掲載しています。
髪の毛と名前が色にまつわる彼らの過去のお話になっております。
こちらと同じく、あちらも不定期更新にはなりますが宜しくお願いします。



一気読み用
>>1-


分割して読む用

>>1-15
>>16-30
>>31-45
>>46-60
>>61-75
>>76-90
>>91-115

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.77 )
日時: 2017/12/29 20:22
名前: 羅知 (ID: jd/Z3uOx)


「オレ様の生まれ出でた場所は底辺も底辺だった。苛まれ、疎まれ、時には圧倒的な暴力によって身体中がずたずたになるまで傷つけられたこともあった。……世界を憎んだ。理不尽を恨んだ。オレ様の味方なんて誰もいなかった。その時に思ったぜ、"優しさ"なんてなんの得にもならないって」
「…………」
「オレ様はオレ様の為に努力を重ね、そして"強く"なった。世界にも、理不尽にも負けない程、強く。その為に多くのモノを犠牲にした。いらないものは全部捨てた。他人なんて省みなかった。……"アイツ"に会うまではな」
 
 
 自身の昔話を語る彼は、その時だけは少しだけ、ほんの少しだけ優しげな表情をした。相手のことを本当に想っている顔だった。自分の知っている誰かの顔とよく似ていると思った。
 
 
「"アイツ"は"弱かった"。それでいて"強く"もあった。……自分の為にだけしか動かないオレ様と反対に、アイツは他人の為にしか動かなかった。自分のことなんか省みずに、アイツはいつもボロボロになって人を助けた。偽善だ、そう思ったよ」
「…………」
「…オレ様の言葉を聞いて、アイツは"それでもいいんだ"って笑った。"僕は僕の為に人を助ける。こんなのは善なんかじゃない、ただの僕のエゴなんだ"、ってな。……大馬鹿者だよなァ、そんなことを真面目に言ってのけるアイツも、それに感化されちまったオレ様も」
 
 
 ぎゃははと下品に笑う少年につられて私も笑う。一回死んで、生き返ったみたいなそんな気分だった。私の目の前の問題は何も解決していない、だけども少年の話す言葉を聞いてる内に私の心は随分と楽になっていた。死のうとしていた時より、ずっと。
 
 
「……だから、さ。アンタはアンタ自身のエゴに従え。自分勝手に生きろ。やりたいことを、やると決めて、やる。それが強くなる一番の近道だ」
「…………僕は、強く、なれるかな」
「さァな。……でもオニーサンさっきよりはマシな面になってるぜ?」
「…………そう、かな。そうだといいな。ねぇ、強くなったら本当に僕のこと殺してくれるのかい?」
「あァ、強くなったらな」
「…………そう。良かった」
 
 
 
 自分勝手に生きる、か。他人に左右されずに生きる人生。なんて耳障りのいい言葉なんだろう。それは言葉で言うほど簡単なものじゃないし、きっとすぐに叶うようなものじゃない。まやかしのような言葉。けれどももう一度一歩踏み出す勇気を貰うには十分だった。
 
 軽くなったような身体を起こし、立ち上がる。立った反動でポッケに入れていた電源の入ってない携帯が落ちた。そういえばポッケに入れたまんまになっていたのだっけ。拾おうとしてふと前を見ると、物珍しそうな顔で少年が携帯電話を見つめていた。
 
 
「……どうしたの?」
「……それ、ケイタイデンワって奴?」
「そうだけど……どうかした?」
「…………いや、実物見るの、初めてだったから……」
 
 
 確かに携帯電話なんてもの、荒れ果てているこの辺の地区では使われてないだろう。物珍しいのも分からないではない。だけどさっきまでの姿とのギャップに子供らしいところもあるのか、とくすりと笑えてしまった。
 
 
「……良かったら、電源入れてちょっといじっててもいいよ?」
「!……いいのか」
「うん」
 
 
 私がそう言うと、彼は目をぱぁっと輝かせて電源を入れて携帯を弄り始めた。どうせしばらく使っていない携帯だ。特に見られて困るようなものもない。本当に初めて触ったのが嬉しかったのだろう。携帯を弄る彼の姿は年相応に子供らしくて見ていて微笑ましかった。
 
 
 
 
 
 何にも解決していない。何かを変えることなんて出来ていない。そうだというのに何故だか今の私の心は随分と楽なものだった。彼の言葉は私の心を救ってくれた。気休め。それは今の私が一番求めていたことだった。それを与えられてしまった私は。私は。
 
 
 
 
 
 
 また、甘んじてしまった。"現状"に。嫌なことから目を反らして。逃げて。結局私は生まれながらの弟気質なのだ。甘えたがりで誰かにもたれ掛からないと生きていけない。"自分"が持てない、弱い、弱い人間……。それが"僕"だった。今度こそ、今度こそ変わらないといけなかったのに。"僕"は変わらなかった。……変われなかった。
 
 
 
 
 神様は何度もチャンスをくれていた。変わるチャンスを。運命を変えるチャンスを。一度でも、たった一度でも逃げないで、現実に向き合っていれば、こんな後悔をすることになんて、ならなかった。でももう取り戻せない。曲がってしまった道は正しい道に引き返すことなんてできない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 神様は、もう、微笑まない。
 
 
 
 
 
 

 
『不在着信が300件あります。』
 

 
 
 
 
 
 
 
 
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』 
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』
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『不在着信 濃尾春喜』 
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』
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『不在着信 濃尾春喜』 
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』 
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』
『不在着信 濃尾春喜』 

     



 
 
  覆すことの出来ない現実が、もう、すぐそこまで来ていた。
 
 
 
 

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.78 )
日時: 2018/01/01 20:35
名前: 羅知 (ID: jd/Z3uOx)


 ∮
 
 
 
 
『…………もしもし、彩斗だよね。私よ。お姉ちゃん』
 
 
 
 
 
 
 
 
『……うふふ。久し振りだね。最後の最後に弟と喋れるなんて、やっぱり私は幸せ者だなぁ。うん、幸せ。幸せよ。幸せ、だったのに、どうして、こんなことになったのかしらね……』
 

 
 
 
 
 
 
『気が付いたら、私、家を飛び出してたの。日向を連れて。…………その時のことは、もう、あまりよく、覚えてない。ただ、自分が、"自分"じゃなかったことだけは、覚えてる。……正直今も、ギリギリよ。……ギリギリで、彩斗と喋ってる』
 
 
 
 
 
 
 
 
『……最後まで、貴方の"お姉ちゃん"であることは、止めたくなかったのかもね。そんな、意地が、私に、一瞬の正気を、与えてくれたのかもしれない』 
 
 
 
 
 
 
 
 
『…………私、あの子に、日向に、いっぱい酷いこと、してしまった。いつも気が付くと、あの子が、ボロボロに、なってるの。私が、傷付けて、しまった。震えながら、ごめんなさい、ごめんなさい、って、何回も私に、言うの。私、何したの?大事な、あの子に、私は、何を』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 『……たすけて。私はもう駄目だけど。あの子だけは、たすけて。私のせいで、あの子、日向が、死んじゃいそうなの。たすけて、たすけて、たすけて…………!』
 
 
 
 
 
 
 
 
 『……後は、ごめんね。日向と……春喜を、宜しく、ね。貴方は、私の、自慢の弟だもの。安心して任せられるわ』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『じゃあね』
 
 
 
 
 
 ∮
 
 
 
 
 
 ------------かくして、舞台は現代に戻る。
 
 
 
 
「ねぇ、海原さん。貴女、濃尾先生のことどう思います?」
「……どう、って」
 
 
 色々と一段落して現場が落ち着いて、ふとオレ----荒樹土光はまだスラムにいた幼少期を思い出す。そうして気が付けば傍らにいた女----海原蒼にオレはそう話し掛けていた。オレの突然の質問に心底驚いた顔をする海原。質問の意図が読めない、と首を傾げている。どうでもいいから答えろ、と語気を崩してそう言うと、人に聞く態度じゃあないわねと呆れた顔をしながらも海原はオレの質問の答えを考え始めた。
 
 
 
 何故だか分からない。だけども急に思い出してしまった。あんな昔のこと。今更思い出した所でどうにもならないし、何にもならないこと、分かりきっているはずなのに。
 
 
 
 濃尾日向が愛鹿社の協力によって病院に運び込まれてから数時間が経過した。今も、あの白いベッドの上では、未発達な身体の弱い弱い少年がすやすやと気持ち良さそうな寝息を立てている。傍らにはかつての"友人"が見守っている。二人の方はかなりさっきまで起きていたようだが、文化祭の疲れもあったのだろう。ベッドにもたれ掛かって寝ているのを先程確認した。ベッドで寝る少年は幸せそうで、傍らで寝る二人は苦しそうだった。彼らの目元は赤く腫れていた。それは酷く奇妙な光景だった。"あの頃"の彼らと比べると、歪に歪んで、狂ってしまった彼らの関係。
 
 
 
 "あの頃"の三人を知っている身としては、見ていて気持ちのよいものでは、到底なかった。
 
 
 
 質問をしてからほぼ一分。海原は口を開いた。何度も頭の中でその言葉を反芻していたのだろう。すらすらとまるで流れるように、それでいて重たい言葉。
 
 
「……恩人。そう言うしかないわね。誰かにとっては別だったとしても、あの人に救うつもりなんて、さらさらなかったとしても……例えただの罪滅ぼしだったとしても、利用されたにすぎなかったとしても、アタシは確かに救われたから」
「………"愛"、って奴ですか」
「まさか。こんなのは"愛"じゃないわ。くだらない"妄信"よ。アタシはただの狂信者。……でもアンタにとってのあの人は別でしょう。今更迷ったからってアタシに聞くのは間違ってるわよ」
 
 
 
 あの一分で質問の意図を読まれてしまっていたらしい。そこまで言って海原はオレを嘲るように笑った。アンタらしくもない、そう言ってもう一度笑った。己の過去の事を海原達に話したことは一度もない。しかしこの調子だと大方知られてしまっているのだろう。知った上で察せられていたことに顔から火が出るような思いになった。
 
 
「…………知ってたのかよ。オレ様とアイツのこと」
「別に。先生のことを調べてたらついでにアンタらしき奴のことについても分かったから、なんとなーく察してやっただけよ」
「…………」
 
 
 自分の顔が熱くなっていくのを感じる。多分赤くなってる。見てて分かるくらい赤くなってる。見られてる。滅茶苦茶ニヤニヤされながら見られてる。頭はまともに思考してくれなくて、いつもみたいに繕えなくて、誤魔化す為の言葉は出なくて。
 
 
 
 
 相手に全てが露呈してしまう。
 
 
 
 
「あはははは!恥ずかしがってんの?……アンタそういう所は可愛いわよねぇ。"真実ホント"を見つけられると、すぐに素が出ちゃうところ!」
「うッ……うっさい!黙ってろよ!」
 
 
 ガキみたいな反撃しか出来ないオレを大笑いしながら、頬をつついてくる海原。くそう、どうしてコイツの前だといつもうまく出来ないんだろう。他の奴の前だったらもっと余裕ぶっていられるのに。こんな風に言われたってもっと簡単に返せるのに。
 あぁもう、なんでコイツの前だとこんなにも心乱されてしまうんだろう。
 
 
 
「…オレ様はこんなにも最強なのに、テメェのせいでこんなんなっちまったじゃねぇか!ばーか!」
 
 
 
 何故かその言葉で海原は笑うのを止め、不機嫌そうにこう呟いた。
 
 
 
 
「…………アタシ、やっぱりアンタのそういうとこ嫌い」
 
 
 
 なんて理不尽なことを言ってのけた海原の頬は赤く染まってるように見えた。まぁ多分気のせいだろうけど。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.79 )
日時: 2018/01/04 16:18
名前: 羅知 (ID: jd/Z3uOx)

(はぁ……酷い目にあったぜ)
 
 
 そう心の中で悪態をつきながらオレは、まだヒリヒリと痛む頬をさすった。あの糞女。人の弱味を笑うとか人格が破綻してるとしか思えない。いやこのオレに弱い所なんてないから、弱味じゃないけれど。まぁそんなのは言葉の綾だ。大して気にすることじゃない。それより、それよりも大笑いしたかと思ったらアイツ急に不機嫌になりやがって。そのくせ、ただでさえ情緒不安定な奴ばっかりで大変なのにお前もかよ。生理か?とオレなりに親切心から労りの言葉をかけてやったっていうのに、アイツ、グーパンで殴りやがった。
 
 
(デリカシーがないとかKYとか、うっせぇよ!せっかくこっちが気を効かしてやったのに、グーパンしてくるメスゴリラの気持ちなんか分かんねーよ、ばーか!)
 
 
 殴られた所とは別に心なしか胸の辺りがずきずきと痛んでいるような気もしたが、気のせいだろうと思い無視をした。よく分からない面倒くさそうなことは考えないのが一番だ。今までの経験から学んだ。それで今までどうにかなってるし、間違ってるとは思わない。オレ様が間違う訳がないのだ。最強で、最高の、このオレ様が。
 
 
(……そう、オレ様は"強い"。だから迷うはずがねェ。なのに、なのに……)
 
 
 海原に言ったあの質問。あれは気が付いたら口から出ていた言葉で意図なんてモノはなかった。なにも考えずに口にした。……だけど海原に"迷ってる"と言われて、その言葉がすとんと胸に落ちた自分がいて。あぁそうか。自分は迷っていたのか、と頷きたくなるくらいに納得してしまって。だからこそ、恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかった。自分でも気が付いていない"本心"を見透かされたことが。
 
 
 
 オレは、迷っていた。生まれて初めての"迷い"に、オレはどうしようもなく戸惑っていた。
 
 
 
 ∮
 
 
 
(あの男は……濃尾彩斗は、オレ様との"約束"を覚えているのか?"強くなったら、殺す"と言った、あの言葉を)
 
 否、それはもう絶対にありえないことだ。考えなくても分かることだった。
 
 
 あの日、携帯を見てすぐに血相変えて走り出していったあの男は、次にあの男の患者として出会ったとき、オレの顔を見て「初めまして」と言った。そしてオレはそれに対して「初めまして」と返した。嘘を吐いてる感じではなかったはずだ。……それ自体は別段おかしなことだと思わない。初めて会った時のオレは包帯だらけで顔が見えない状態だった。数年経って素顔で再会したオレは身長も伸びていたし、声変わりもしていたのだから分からなくて当然だ。分かった方がおかしいだろう。それにそっちの方が都合が良い。覚えられていたら面倒だった。
 
 
 (……そう。問題はあの男が"オレ"を分からなかったことじゃない。問題は"オレ"があの男を分からなかったことだ)
 
 
 目の前で不気味なくらいに、にこにこしているあの男を見て、オレはソイツが"誰"なのか、一瞬分からなくなった。
 初めて出会ったあの日の濃尾彩斗は、見るからに"弱々しかった"。突つけば折れてしまいそうな程に全てに疲れきっていて、まるで死にかけの虫のようでさえあった。
 だがそれがどうだ。再会したこの男は妙にへらへらとした軽薄そうな男へと変貌を遂げていたのだ。とても数年前に自殺を考えていた男と同一人物だとは思えなかった。見た目は何一つ変わらないのに、中身だけ"入れ替わって"しまったようだった。何が、どんなことがあれば、一人の人間をあそこまで"変えて"しまうのか。オレは自分の目を疑った。
 
 
 
 すぐにオレは、あの男の素性を調べた。そしてこの数年で何があの男に起きていたのかを知った。
 
(……姉が"自殺"、ねェ)
 
 オレと出会ってすぐのことだった。どうやら何ヵ月か前から、この姉は息子を連れて失踪していて、行方が分からなくなっていたらしい。死ぬ直前、電波が発信された公衆電話の位置から、その近くのボロアパートで潜伏していたことが判明。しかし発見した時には時既に遅し。首を吊って姉は死んでいた。傍らにはそれを無垢な瞳で見つめるまだ幼い息子が一人。とても綺麗な死に様とは言えない惨たらしい光景。発見のきっかけとなった公衆電話にかけられた相手は弟であるこの男だった。姉の最後の声を聞いて、そして何も出来ないままに、姉の死を知ったこの男は何を思ったのか。それは想像図りかねることだ。
 ただ事実として、このことをきっかけにこの男は変わった。一介の精神科医だったこの男はそこから劇的に有名になっていった。それこそ普通では考えられないようなスピードで。有名精神科医となったこの男。一体どんな手を使ってそこまでのしあがってきたのか。少なくともまともなルートでその地位につけたとは思えない。違法ギリギリのこともしてきたに違いない。
 紅や黄道、海原、そして金月を助けたのもその一環だろう。オレの言えたことではないが、アイツらの"特性"はあまりにも異常で、とても表社会で生きられるようなものではなかった。それを裏社会から引っ張り出して、こうして表社会に貢献させている手腕、ただ者ではない。そもそもオレやアイツらは幼い頃に誘拐されている為、戸籍なんて本来存在しないのだ。今ある戸籍は全部あの男が作ったものだ。こんなことしでかすくらいの地位になるには、それ相応の対価--------危険が伴う。
 あそこまで"弱かった"男が、姉の死を知って、どうしてこんなわざわざ自分の命を縮めるような真似をするのか。
 
 
(……自暴自棄?)
 
 
 当時そこまでのことを調べたオレはそうとしか考えられなかった。しかし事実は異なっていた。まったくの別人のようになってしまったと思われていた濃尾彩斗。だけど、根底は、この男の根底は、何一つ変わってなんかいなかった。
 
 これもまた、"逃げ"だったのだ。
 
 今なら分かる。姉が死に、残された彼女の夫と息子の姿を見ることに、この男は耐えられなかったのだ。自身の不甲斐なさに苦しみ、罪悪感が徐々に身体を支配していく。きっと本人としては贖罪のつもりだったのだろう。だけど結果としてそれはただの"逃げ"だった。壮絶な日常の中で心を磨り減らして、苦しんで、苦しんで、苦しむことによって、この男は自身の"罪"から逃げていたのだ。
 "弟"としてではなく"医者"としての心で周りと接し続けることで、この男は死にたいくらいの罪悪感から逃げようとした。
 それでも辛かっただろう。麻痺した心でも罪悪感はきっと感じていたのだろう。これは暫く一緒に過ごしていたからこそ分かったことだが、時折濃尾彩斗は不気味な笑顔を歪ませて、姉の息子を----濃尾日向を見つめていた。

 凄惨な日常でも完全に心がなくなることはなかった。別人のようになってしまったとしても、濃尾彩斗が、濃尾彩斗でなくなることはなかった。
 
 
 
 
 
 濃尾彩斗が完全に"壊れた"のは、オレ達と出会ったあとだった。
 
 
 
 
 ∮
 
 
 
 
 それは、とてもえげつない光景だった。
 
 
 
 
 部屋中を包む生臭い匂い。
 仄かに混ざる血の匂い。
 小蝿がぶんぶんと腐肉にたかっている。
 部屋の真ん中には死体不在の首吊り縄がぶら下がってて。
 真下にある、その腐った肉は、よく見れば若い男の人のような顔をしていて------------
 
 
 
 
 自分達をここまで連れてきた目の死んだ少年は、半笑いで呟いた。
 
 




 
「あい、ってなんなの」
 
「あんなのが、あんなのが、あいなら」
 
「……いらない、いらないよ。あんなのはいらない」
 
「………………みんな、いらない」
 
「"ヒナ"も、いらない」
 



 
 
 細くて白い首に、くっきりと残った、赤黒い手の跡を少し撫でて。
 
 



 
 電源の切れた玩具のように、少年は目を閉じて倒れた。
 
 
 
 



 まるで目の前の光景から目をそらすように。
 
 



 
 
 少年とよく似ている男は、少年とは反対に真っ直ぐに目の前の光景を見つめていた。
 
 
 
 


 
 
 逃げてばかりだった、男はもう逃げない。
 
 
 



 
 
 
 暗闇の中、もう逃げられない。
 
 
 
 



 
 
 
 
 もう、何も怖くないし、感じない。
 
 
 
 
 




 
 
 
 
 もう何も見えないから。
 もう何も聞こえないから。
 もう何も喋らないから。
 もう何も感じないから。
 もう誰もいないから。
 もう、もう、もう、もう。
 
 
 
 
 




 
 
 
 
 もう、大丈夫。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 大事だったものが全部なくなって、ようやく、男は"強く"なれた。
 
 

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.80 )
日時: 2018/01/05 21:50
名前: 羅知 (ID: jd/Z3uOx)


 『何かを得るためには何かを失わなければいけない』とはよく言ったもので、しかしそれは失ったものの方が多かった場合、一体どう折り合いつけて生きろと言うのだろう。得たものはもう返すことなんて出来やしないし、失ったものはもう戻ることはない。今更後悔したってどうにもならないものはならない。
 "強さ"を得ることで"弱さ"を失った。言葉で言うのは簡単だけれども、こう実際に目の当たりにしてみるとこれは結構クルものがある。オレにとって"弱さ"とは取るに足らないものだった。だから"強さ"を手に入れようと思った。だけどあの男にとっては違ったのだ。あの男の"弱さ"は、あの男をあの男たらしめるもので。なくてはならない大切なもので。
 
 
 
 あそこまでボロボロになってまで、手に入れる価値のあるものなんて、あるのだろうか。
 
 
 
 人の振りみて我が振り直せ。他人の人生は自分の人生よりもよく見えて。正しく認識できてしまって。そんなことを今更になって、考えて、怖くなる。ずっとずっと自分の"強さ"の為だけに生きてきた。その為ならどんな犠牲もよしとしてきた。それが正しいと思ってきた。それが最善策だと信じてきた。だけど、もし、それが、全部、全部、間違っていたとしたなら。
 
 
(オレ、様は)
 
 
 選ばなかった方のいたのかもしれない"弱いオレ"をちらりと考えて、すぐに頭から掻き消した。既にありもしないとうに消えたもののことなんて考えたって何の意味もない。
 
 
 ∮
 
 
(……このまま、あの男をほっといて、いいんだろうか)
 
 
 紅も、黄道も、海原も、金月も、きっともう気が付いている。あの男が壊れていることに。オレ達は、目の前で目撃したのだから、あの男が、完全に壊れた瞬間を。
 
 
 それでも奴らは"救われた"。その恩があるから、あの男がどんな風になったって、どんなに変わってしまったって、あの男の為なら、あの男の持っていた"最後の希望"の為ならどんなことだってしてみせる。あの男のことを芯から信じきっている。
 ……だけど、オレは違う。オレはアイツらと出会う以前に、あの男に会っている。あの男が、人を救えるような器じゃない、弱い、弱い人間だったことを知っている。オレは、あの男に救われていない。オレを、本当の意味で、救ってくれたのは、あの男なんかじゃなく-------------
 
 
 
 
 
 
 
「…………ぶつぶつ、ぶつぶつ五月蝿いなぁ」
「くれな、い」
 
 
 
 
 
 
 
 背後から温度の感じさせない冷たい声が聞こえた。紅だった。……いや、違う。コイツは紅じゃない。この冷たい声は。コイツは。コイツは。
 
 
 
 まだ、"強かった頃の"。
 
 
 
 
 
 
 
「……違う。僕は黒曜こくようだ。まだ、先生に"救われなかった"方の、"僕"だ」
「…………」 
「久し振りだね、"光君"」
 
 
 
 
 
 
 オレが振り向けば、そう言ってにっこりと紅は-------黒曜は、笑う。
 
 
 紅く煌めいていた髪と目が、窓から差し込む星々に照らされて、ゆるりゆるりと闇夜の黒に染まっていく。懐かしい"黒"だった。
 
 
 
 
(--------------------ははッ)
 
 
 
 
 
 久し振りにみる"コイツ"の"強さ"に、オレは興奮を隠しきれず、返事もせずに、コイツの喉元に手を掛けた--------------------。

 
 
 
 
 
 ∮
 
 
 
 
 
 
「---------つまらない、よ」
 
 
 
 
 
 
 ぐさり。と何処から出てきたかも分からないナイフが肩を抉った。こちらが攻撃する暇も与えずに、まるで息をするかのような鮮やかな動きに、心が高鳴るのを感じる。やっぱり本気を出したこの男は強い。鈍く痛む傷もそのままに次の一手を出そうとしたが、それすらも見破られてオレは地面に叩き付けられた。
 
 くるくるっと素早い動きでナイフはオレの急所へと--------首元へと当てられ、とどめをさすかのように、そっと低い声で耳打ちをされる。
 
 
「"弱く"なったね、光君」
「…………バァカ、お前が"強すぎ"んだよ」
 
 
 オレに反抗の意志がなくなったのを確認して、首元からナイフが離される。どうせここから反撃しても無駄だろう。ゆっくりと起き上がり黒曜の様子を伺うと、息切れすら見せずに平然とした様子でコイツは立っていて、ああ本当にまったくいけすかない野郎だと思った。
 
 
「そんなんじゃいつまで経ったって"僕"を殺せないよ」
「…………」
「お前を殺して、自分も死ぬ、だっけ?あの言葉は冗談だったのかな?」

 
 ……あぁそうだった。"コイツ"はこういう風に人を煽るような言い方が得意な嫌な奴だった。コイツと会話しているだけで無性にイライラしてくる。数年前まではそれで毎日喧嘩して、こういう風に殺し合いするのが日常茶飯事だったっけ 。懐かしくもない思い出がふと頭を過った。
 
(……まぁ、それも"コイツ"が大人になって---------"紅灯火"になってからは、随分と少なくなっちまったんだけどな)
 
 大人になって、オレもコイツも猫を被っている時間が長くなり、昔みたいに命の削り合いをするような喧嘩をすることは自然となくなっていった。確かコイツが"紅灯火"という名前を使い始めたのが丁度濃尾彩斗が壊れた時からだ。何か思う所があったのか、なんなのか、いつからか棘もないような穏便で愚かな当たり障りない人間に成り下がったコイツ。
 オレは"紅灯火"が嫌いだった。"黒曜"とは正反対の弱い弱い"この男"が嫌いだった。
 
 だから、コイツがこんな風に前みたいになってくれたことにそう悪い気はしない。だけどこれまでの間、"紅灯火"でいたはずのこの男がどうして急にこんな風になったのか。それだけが疑問だった。
 
 
 
「……お前、今更趣旨変えかよ。格好悪リィぞ」
「教師生活は楽しかったし、紅灯火をやってる間は、それなりに自分が良いやつなんじゃないかって錯覚できたりしたから、楽しかったんだけどね。……でも、そうもいかなくなったんだ。優しいだけじゃ、大切な人達を守れないから」
 
 
 ふっ、と目を伏せて黒曜はそう語った。寂しさを感じさせるような、その瞳はどんな姿になっても変わらない。
 
 
 
 
「だから、暫く"紅灯火"は死んだことにでもするよ。生徒の皆は寂しい、って言ってくれるかもしれないけど、ひいてはこれも皆を守る為だ」
「…………紅灯火は死んだ。じゃあ、もし、お前の今の姿をお前の生徒が見たら何て答えるつもりなんだよ?」
 
 
 
 オレの冗談めかした問いに、これまた冗談めかして黒曜は答える。
 
 
 
 
 
 
「通りすがりの救世主、かなぁ?」
 
 
 
 
 
 
 
 笑えもしないくだらない冗談だった。だけど、そう悪くもない、そう思ってる自分がいたのも、それもまた事実だった。
 
 
 

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.81 )
日時: 2018/01/14 19:07
名前: 羅知 (ID: 1HkQUPe4)

 
 
 
 
 ∮
 
 
 
 
 急患として運び込まれた見覚えのある二人の学生の姿を見たとき、息が止まるかと思った。
 

 
「……トモ、やめてくれよ……こんなのは、こんなのは……俺は、嫌だ、嫌だ!!」
「離せ!!離せよッ!!!!……ケートをこんな風にした奴を殺すんだから、絶対殺すんだから!!!邪魔するな!!離せ!離せったらッ!!!!クソぉ……!!」
 
 
 
 忙しない様子で手術室に運び込まれる彼ら。そんな彼らを半狂乱になって叫びながら追い掛けようとする彼らの大切な大切な友人。どちらも可愛い僕の教え子だ。
 
 
 
(……誰だ)
(……僕の、大切な人達の日常を、壊したのは、誰だ)
(殺す)
 
 
 
 殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。絶対に殺してやる。ぐちゃぐちゃにして、後悔してもしきれないような苦しみをお前に与えてやる。
 
 
 心の奥底に遠い昔に封じ込めた冷たい感情がふつふつと沸き上がってくるのを感じる。気が付けば僕は"僕"になっていた。暫く暖かく感じていた心が痛いくらいに冷めている。
 
 
 まだまだ日常を楽しんでいたかった。だけど誰かが僕の大切な人の日常を壊すなら、僕はいつだって自分の"日常"を手放そう。
 
 
 
 
 
 
 待っていろ、日常泥棒。
 これ以上はもう、奪わせない。
 
 
 
 
 ∮
 
 
 
 緑髪の彼はやたらと"強さ"というモノに拘ってるみたいだけど、僕にとってそれはあまり意味のないモノをだった。強くたって、弱くたって、大切なモノを失うこともあるし、守ることだってあるってことを僕は知ってる。結局は自分次第なのだ。それなら僕は強い人間にも、弱い人間にもなりたくなんてない。僕は大事な人を守れるようなそんな人になりたい。
 全てを失って崩れ落ちたあの人を目の前で見てからずっと、そんなことを考えていた。
 
(……先生にとって、一番大事だったものは"日常"だったんじゃないのだろうか)
 
 ありふれていて、それでいてあっけなくなくなってしまうささやかな光。それを守る為に僕は"黒曜"を捨てた。鮮やかな世界にそれはあまりにも汚れすぎていたから。
 だけど誰かが僕らの日常を犯そうって言うのなら、汚れ仕事は"僕"の役目だ。元々穢れた身の上だ、いくらだって汚れてみせる。
 
 
 
 手放した日常が惜しくないと言えば嘘になるけれど、ここでなにもしなかったら絶対僕は後悔する。これは僕の人生だ。苦しみも悲しみも全部背負って、僕はこの道をあえて選ぼう。
 
 
 
 大切な皆の幸せの為に。
 
 
 
 
 ∮
 
 
 そうと決めたら心残りは全部消化した方がいいと思った。これから自分がどうなるのか分からないのだから。
 
 
 そう思って、あの男の元へ向かった。
 
 
(結局何迷ってるのか、聞けずじまいか……)
 
 
 先生と彼に何か因縁があることなんていくら鈍感な僕でも流石に察しがついていた。彼が"僕"を見掛けると殺しにかかってくることはいつものことだけれど、今日の彼は明らかにいつもより動きが鈍かった。話し掛けた時も何かを考え込んで、上の空だったようだし、何かに気を取られていたのは明らかだ。そして何に気を取られているのかなんて彼の様子を見ればすぐに分かった。顔で笑いながらも、彼は何者に対してもどこかで一線を引いている。自分のスペースに他人を踏み込ませることはないが、他人のスペースに踏み込むこともない。そんな少なくとも人の心配なんてするタイプじゃない彼の先生を見る瞳は憂いを帯びていた。あぁ彼もあんな目で人を見ることがあるのだと、その時は随分驚いたものだ。
 仮にも長い間過ごしてきた仲だ。迷っていることがあるなら、何か力になってあげたいと思った。だけどもそうも出来ないのが僕達の関係だった。そんな簡単に相談乗って上げたり、乗ってもらったり、普通の友達みたいな関係だったら、僕達は今頃大親友だ。少なくともこんな面倒くさい関係にはなっていないだろう。
 
 
(……大丈夫?、とかそういう風に言えたらいいんだろうけど……僕達は"そんなの"じゃないし……)
 
 
 昔から喧嘩ばかりしてきた。くだらないことでお互いにキレて、どちらかが倒れるまで殺し合う。気も合わないし、馬も合わない、考え方も趣味も生きざまも何もかも分かり合えるものなんてなかったけど、それでもいざっていう時には僕と背中合わせで闘ってくれて、今日の今日まで共に過ごしてきた心強い仲間。
 
 
 
 ……なんて面と向かっては言えないけど。 
 
 
 
「やっぱり僕は強くなんてないよ。光君……」
 
 
 
 彼が"強い"と言ってくれた"僕"は、十年来の友達にたった一言の言葉すらかけてあげられない情けない奴だ。友達の悩みすら解消できない僕なんかが救世主を名乗るなんて甚だ烏滸がましいけれど、もう口に出してしまったことだから、今からでもそれに見合う自分にちょっとでも近付ければなんて気弱な勇気でそう思った。
 残された時間は短いかもしれないけれど。
 
 
 
 ∮
 
 
 
 菜種知と尾田慶斗の容態は命に別状はないということを聞いて、僕はほっと息を吐いた。まだ意識は戻ってないので完全に安心は出来ないけれど、それでもほっとした。
 
 
「……君達の日常は僕が取り返してみせるから」
 
 
 まだ寝ている彼らにそっと声を掛ける。勿論返事はなかったけれどそれでもそうせずにはいられなかった。
 日常泥棒の正体はまだ掴めていないけれど、"尾田慶斗がぎりぎりの意識でとった犯人の写真と犯人の衣服の繊維"がこちらにはある。菜種知の意識が戻ったら、犯人の肖像も次第に掴めてくるだろう。それに僕には天才的な才能を持った優秀な仲間が四人もいるのだ。彼らに迷惑は描けたくないので、決着は一人で行くつもりだけれど、詳細を省いて聞いてみれば何かヒントが手にはいるかもしれない。
 
 
 
(…尾田くん、菜種さんだけじゃない。馬場くんやヒナくんが安心して日常を過ごせるように)
 
 
 
 
 絶対に僕は。
 
 
 
 
 
 
「……ともくん、顔が怖いよ」
「…………茉莉」

 
 
 
 
 後ろから声がして振り向くと、そこには不安げに笑う茉莉の姿があった。きっと彼女のことだから、僕のすることなんてお見通しなんだろう。彼女の声は微かに震えていた。
 
 
 
「分かってるよ。……分かってる。ともくんは優しいから、残酷なくらいに優しいから、自分のやりたいことの為なら、自分さえ省みないんだもんね。ずっと一緒だったから、そんなことは分かってた。……分かってた、けどさ」 
「…………止めても無駄だよ、茉莉」
「分かってるよ!…………そんなこと、分かってる。こうなったともくんは、あたしにも、止められない。知ってるもん」
「………………」
「……ともくんが傷付くくらいなら、あたしがズタボロになった方がいい、っていつも思うの。だけど、そうすると、ともくんの心がズタボロになるんだもんね、あたし以上に……。ねぇだから一つだけ、聞いて?あたしのお願い」
 
 
 
 
 ぼろぼろと涙を溢しながら彼女は言う。
 
 
 
 
 
「…………絶対に、死なないで。ともくんが死んだら、あたし、"あたし"じゃなくなっちゃうから」
「ッ…………!!」
 
 
 
 
 
 
 ……そんな泣きながら言われたら、簡単に死ねないじゃないか。
 


 顔をぐしゃぐしゃにして泣く彼女を抱き締めると、彼女の鼓動と僕の鼓動がとくとくと鳴っているのを感じた。




**************************************
【良心】→【両親】


その光景を見て。
両親をなくした少年は泣きました。
良心をなくしたかつての少年は笑いました。
だけど二人の心の中はおんなじでした。
信じていたものを失って、空っぽのがらんどうになったのでした。


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