複雑・ファジー小説
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- 当たる馬には鹿が足りない【更新停止】
- 日時: 2019/04/09 23:57
- 名前: 羅知 (ID: miRX51tZ)
こんにちは、初めまして。羅知と言うものです。
普段はシリアス板に生息していますが、名前を変えてここでは書かせて頂きます。
注意
・過激な描写あり
・定期更新でない
・ちょっと特殊嗜好のキャラがいる(注意とページの一番上に載せます)
・↑以上のことを踏まえた上でどうぞ。
当て馬体質の主人公と、そんな彼の周りの人間達が、主人公の事を語っていく物語。
【報告】
コメディライト板で、『当たる馬には鹿が足りない』のスピンオフ『天から授けられし彩を笑え!!』を掲載しています。
髪の毛と名前が色にまつわる彼らの過去のお話になっております。
こちらと同じく、あちらも不定期更新にはなりますが宜しくお願いします。
一気読み用
>>1-
分割して読む用
>>1-15
>>16-30
>>31-45
>>46-60
>>61-75
>>76-90
>>91-115
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.32 )
- 日時: 2016/09/26 12:28
- 名前: 羅知 (ID: aA1Ge9gp)
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「…普通に考えて。普通に考えて、男が”赤の女王”をやるのはおかしいよね……え、何?僕がおかしいの?」
「はい。濃尾さんがおかしいです………嘘です、濃尾さんの感覚が正しいです。…また、葵のせいで濃尾さんが女装することになりましたね。代わりに謝ります、すいません」
「いやいや。別に菜種は悪くないから。……悪いのは全部あの、僕にどうしても女装をさせたい、女装男のせいだから」
文化祭の出し物の内容が決まったその日の昼休み、凄く眉間にしわを寄せながら、濃尾さんはそう言った。どうやら、自分が”女王様役”になった原因が葵であると分かったので、追いかけたけど、逃げられたらしい。
しかし諦めて、教室に戻ってきてーーたまたま、そこにいた私に愚痴ったようだ。
私ーー菜種知が属する、一年B組ではほぼ毎日と言っていいほどに”普通”のクラスでは起こり得ない奇想天外なことが起こる。
教室では毎日何かしらの凶器ーー狂気もだけれどーーが飛んでいるし、愛と殺意がいつも満ち満ちていて、昨日まで仲良くしていたのに今日は殺しあっているーーなんてことがざらにある。
普通の教室では、”そんな事”は絶対に起こらない。
そして、そんなクラスの”狂気の核”となっているのがーー濃尾日向と馬場満月ーーこの二人だ。
濃尾日向ーー、”一見”普通に見えるのだけれど、彼こそがこの狂気の固まりをまとめている、と言っても過言ではない。何か見えない網でこのクラスを包んでいるーーそんな感じがする。そしてその網に彼自身が、からまっているようなーーそんな気がするのだ。
そして馬場満月ーー彼の方は、私には分からない。彼はいつも”笑顔”だ。どんな時も。この学校に転入して数か月で、瞬く間に名が知れ渡った。その”影響力”を彼が意識して使ったのか、無意識に行ったのかすら分からない。
いつも”笑顔”の人間はどうも苦手だーー母さんに似てるから。
つい先日の葵と尾田君の”事件”の後、一諸について来ていた岸波小鳥は、ふと何かを絞り出すような声で、私にこう言った。
「ボクさ…今回の”事件”の解決、”あの人”………そう、”満月君”が関係してたような…そんな気がするんだ」
「何故ですか…?」
「…ううん分かんない。思い出すと頭が痛くなるんだ…、こんな事今までなかったのに…なんでだろ…?」
そう言う彼女は、普段とは違う酷く苦し気な顔をしていたーーーー思い出せないことに焦りを感じているような。そんな表情。
普通の状態じゃないのだーーやはりこの状況は。
あの二人が仲良くしだしてから、このクラスは空気を変え、狂気が塊となって動き出した。
あの二人には何かある。それを解明しないとーー今は例え良い方向に動いていたとしてもーー私の、私の大切な”日常”が壊されてしまう。
私は恐ろしいんだーー少しずつ”今”が壊されていくのが。
こんな風に、変えられたくなんかない。
現状維持で、いい。
だからこそ私は動かなきゃいけない。
だから。
「あの……濃尾さん」
「ん?何?」
「私とーーーー”演劇”の練習をしませんか?」
まずは、”片方”から”調査”しなければ。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.33 )
- 日時: 2016/10/04 16:59
- 名前: 羅知 (ID: BzoWjzxG)
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(…あれ、なんだこれ…”さむい”…)
最初その言葉、身振りになんというかーー”寒気”を感じた。
”菜種知”が菜種知ではなく、”別のだれか”になり変えられてしまったしまったようなーーそんな感じ。”ソレ”を”僕”はどうしようもなく”気持ち悪く”感じて。
「ね、ねえ…”菜種知”だよね…”本当”だよね…」
気が付いたらーー震えそうになる声で菜種にそう、聞いていた。
自分でも分かりきった質問だったと思う。
なのに、聞かずにはいられなかった。
「え…あ、はい。菜種知です、けど……あの、濃尾さん大丈夫…ですか?物凄く顔色が悪いですし…さっきからずっと上の空で…話もあまり聞けてないですよね…?」
「大丈夫…えっと、”演劇の練習”だよね、菜種はチェシャ猫だっけ…何か指導してくれるアテでもあるの?」
菜種がーー自分を心配している。その姿を見てようやく落ち着くことができたーー今の僕は、”普通”じゃない。おかしい。何を言っているんだ、僕は。
今、目の前にいる人間が”別人”の訳ないじゃないか。
そう、自分に言い聞かせる。
ざわざわと騒ぎ立てる胸の鼓動をぎゅっと抑えて。
まだ相変わらず、顔色の悪い僕に菜種はしばらく心配そうな顔をしていたがーー僕が強がっているのを見て、諦めたようにゆっくりと口を開いた。
「私の、親の”知り合い”なんですけどーーーー」
++++++++++++++++++++++++++++++++++
一方、その頃。
「やっ、ふー…日向クン、撒けたみたいだね…ありがと、ケート。途中運んでくれて…」
「どういたしまして」
「…満月クンも、ありがとねッ。満月クンのサポートがなきゃ、逃げきれなかったよ…」
椎名葵が、そうにこっと馬場満月にも笑いかけたのを見た尾田慶斗は、思わず顔を顰めた。椎名は純粋な心の持ち主だから、”あんな説明”で信じることができたが、自分は到底納得することなどできない。
あの”言葉”が只の冗談だった、なんて信じられるものか。
あんな”目”が、あんな”顔”が、あんな”言葉”がーー冗談で言えるわけがない。きっと、椎名のその言葉ににこりといい笑顔で「役に立てて何よりだっ!!」と言っているその裏でも、この男は何も”感じてない”のだろう。
尾田慶斗は馬場満月の”真意”が知りたい。
この前の”あの事件”は、結果こそうまくいったが、”真意”が掴めなければ次、アレと同じような事が起こる時ーーその時こそ、今度こそ殺されてしまうのかもしれない。俺の大切な椎名が。
馬場満月はナイフと同じだーー普段は役に立つ道具だが、使い方を間違えれば一瞬でそれは凶器と化す。だから俺は知っておかなければならない。
”馬場満月の取扱説明書”を。
「…そう言えば、椎名君は”アリス”、尾田君は”帽子屋”の役だったな?二人とも”演技”に自信はあるか?」
「…馬場こそ。ただでさえ”三月ウサギ”の役があるのに、”脚本”と”監督”まで立候補しちゃってさ…他に立候補者がいなかったからいいものを俺は正気を疑ったよ…よほど”演技”に自信があるんだな?」
そういって、チラリと馬場の方を見ると、先程と変わらない笑顔でだまっていた。ーーなるほど、相当自信があるようだ。
「心配しなくても、やるからには”最高傑作”にしてみせるさ。誰も見たことのない脚本、誰も見たことのない演技ーーああ、胸が高鳴るな!!」
そう言う馬場の顔は珍しく、年相応の無邪気な笑顔を見せていた。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.34 )
- 日時: 2016/10/22 19:23
- 名前: 羅知 (ID: mz5fzJMK)
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「…つまらない」
少女は、自分以外はいない屋上でそう呟いた。
”彼”がいない日常、それは彼女にとって”モノクロの無声映画”のようなものだ。
彼がいなければ、世界に”色”なんて存在しない。
彼がいなければ、世界に”音”なんて存在しない。
今の日常は、本当に、本当にーーつまらない。
そして、とても、とてもさみしかった。
「…一人で演劇は出来ないんだ、早く帰って来てくれよーー×××」
そう涙ながらに、言葉を吐いて。
彼女は掛かってきた電話に出た。
「ーーはい、愛鹿社(めじかやしろ)ですが…」
++++++++++++++++++++++++++++++++
「皆、待たせたな……台本ができたぞ、ぜひ今日から練習を始めてくれ!」
「待たせた…って、まだアレから二日しか経ってないじゃん。そんなに急がなくてもよかったのに」
「明日は休みになってしまうだろう?その前に完成させておきたかったんだ」
金曜日のHRで、馬場は僕達に紙とホチキスで丁寧に作られた台本を配った。
そういう馬場の顔には、きっと遠くから見ても分かるほどに大きな隈ができていた。これだけの量だ。寝る間も惜しんで作り上げたに違いない。いつも通りの”完璧な笑顔”も、この状況を考えると少し不気味に見えた。
それはクラスの皆も同じように感じたようで、不安そうな顔で皆彼を見た。岸波が眉を寄せ声をかける。
「…えっと…”満月”、くん?だっけ…?こう言うとなんだけど、ボクらはそんなに急いでないから、そんな体調を崩してまで焦らなくていいんだよ?…って、何してんの?」
岸波が喋っている最中に、唐突に動き出した馬場はどうやら自分の机に何か取りにいったようだった。その足取りもどこかふらふらとしている。
「…だ、大丈夫だ…ちょっと待ってくれ」
そう言い、しゃがみ込み自分の机をのぞき込む動作をとる馬場。
真後ろの僕の席から見ると、その顔は余計青白く見えた。
ふと、目が合う。
何気なく、本当にたまたま目が合った分なのだ。
けれども馬場の顔は。
「ひ」
”その瞬間確かに恐怖に染まった”
スローモーションのように真横に倒れる馬場。
駆け寄る皆。
だけど僕は立ち尽くすことしかできなかった、それどころじゃなかった。
まさに倒れるその瞬間、馬場は僕の目を見て。
『にい、さん』
確かにそう言ったのだ。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.35 )
- 日時: 2016/11/06 20:50
- 名前: 羅知 (ID: aTTiVxvD)
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馬場は、倒れた後すぐに先生とクラスの皆の手により保健室に運ばれた。別に僕は体調が悪いわけではなかったのだが、菜種の提言により僕も保健室へ行くことになった。馬場が倒れた後、立ち尽くしていた僕を心配した菜種の配慮だろう。
「濃尾さんも、無理はなさらずに」
「……うん」
無理はしていない。
ただどうしようもなく戸惑っているだけだ。あんなことを言われて。
(あの時の馬場は、いつもの馬場でも、”ミズキ”でもなかった----そう、しいていうなら)
僕の首を包帯で絞めていた、何者でもない、彼。
だったように思える。
思い出す、べきなんだろうか。
僕が忘れていることを。
「……先生、僕も少し気分が悪いので寝てもいいですか」
”あの場所”に行くべきなんだろうか。
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そこはほんとうにしろくてしろくてなにもないへやでした
せんせいやせんせいのおともだちがときおりのぞきにきてくれたけどとてもつまらないへやでした
でも××はそんなことはいいません
××はいいこだから
いいこはそんなこといわないのです
いいこでいればいつかだれか、××のことをむかえにきてくれるのです
ぜったいに
あるひのことです
このしろいへやにおともだちがふたりまよいこんできました
ふたりがきてくれたおかげでこのおへやはとてもにぎやかになりました
ふたりは××にとってはじめてのおともだちです
××はふたりのこととてもとてもとてもあいしています
とてもたいせつなひとにつたえることばをあいしてるというのだとせんせいはおしえてくれました
だから××はふたりのことをあいしています
きょうはおわかれのひ
ふたりはもうここにこなくなるそうです
でもふたりはいいました
またね、と
だから××はまたこのふたりとあえます
だからさびしくなんかありません
さびしく、なんか、ないのです
ふたりがこのへやからでてくときとびらのむこうにふたりとおなじくらいとしのこがこちらをみていました
こちらをにらんでいました
そのこのかおは
そのこの かおは
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「”馬場と同じ顔”、だった……」
僕には中学生時代の記憶が”存在”しないーー否、それどころか”高校以前に学校に通っていた記憶”が”存在”しない。
15歳の冬、僕は恐ろしく白い部屋で目が覚ました。周りには、星さんや、白衣をきた端麗な顔立ちをした男の人、看護師さんが立っていて。
その時の僕は、星さんのことも誰一人の事すら何一つ覚えていなくて。
ただただその状況を理解できず、”気持ち悪く”感じていたのを覚えている。
目を覚ました僕を見て、星さんは涙を流しながら叫んでいた。
「先生!!ヒナ君が…!!」と。すぐにその白衣の人は、僕を検査して、そして「何も心配しなくていいんだよ」と僕を励ました。その優しさ、その優しさすら”気持ち悪いもの”にしか感じられなかった。
そんな自分が、一番気持ち悪く感じた。
その数日後の事だった。僕が”とある夢”を見たのは。
その夢の中では、”中学生時代の僕を名乗る人物”と”いつもの自分とはまったく違うもう一人のボク”がいた。彼らは色んなことを教えてくれた。自身が感じているこの気持ち悪さの正体。僕自身が持つ性癖。
その夢の最後で、”中学時代の僕”はこんな事を言った。
「…あのね、昔の事は”君が思い出したくなった時に”思い出せば、いいと思う。けっして”いい記憶”ではないから。そんなもの、君も思い出したくないでしょ?」
「……うん」
「あとさ。君には、僕は幸せになってもらいたんだ…僕の選ばなかった道を、選んでほしい、だから」
「どうか僕のことは嫌っていて頂戴?」
「うん」
そう頷いた僕を見た彼の、嬉しそうな、悲しそうな、なんともいえない表情は今でも忘れられない。
冬休み、精一杯勉強して、僕は無事○×市立貴氏高校に合格した。
点数とか色々大丈夫なのだろうか、と心配したけれど案外中学時代の僕は成績優秀だったらしい。割とすんなり合格出来た。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.36 )
- 日時: 2016/12/26 21:54
- 名前: 羅知 (ID: cFBA8MLZ)
「ねえ、僕」
いざ明日から高校生だ、というその日の夜。僕はまた夢を見た。
中学時代の僕はいない。そこには、僕と正反対の”ボク”が真顔でこちらをみて立っていた。…いや、少しだけ。ほんの少しだけ。
その顔には”翳り”が見えた。
「なあに、”ボク”」
僕がそう声をかけると、真顔を崩しニヤニヤと笑う彼。やっぱりその顔はどこかぎこちない。
…泣いている、みたいだった。
「ねえ、本当にだいじょうーー「あのさあ!!」
急に大声を出されたので、足が竦む。
その剣幕に声が、出ない。
「君は全然変わってなんかない!!変われ、ってあれだけ言ったのに!!何も気付かないの!?…なあ!?嫌えよ!?こんな気味が悪い奴!!テメエは本当に気持ち悪い人間なんだよ!!?中学校生活がなんで強制的に終わったのか思い出せねえのかよ!!?…なら、ボクが教えてやるよ!!?」
「”ボク”のせいなんだよ!!?」
「高校生活で同じ失敗をする気か!!??また、”人を愛する”気か!!?あんな”おぞましい”モノを!!?馬鹿かよ!!?…世界を嫌え!!人を嫌え!!自分を嫌え!!”ボク”を嫌え!!」
支離滅裂に叫ぶそんな彼の言葉は、僕にとって意味不明で。
ただただ感覚的に”裏切られた”という意識だけが自分の中に残った。
その感覚は僕にとって”気持ち悪い”モノで。
だから、僕は彼の言葉通りに嫌ったんだ。”彼(ぼくじしん)”を。人を。世界を。
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結局。
あの時の”彼”が、叫んでいた言葉を理解することは今でも出来ない。あの時から、僕と”彼らたち”の間には”埋められない確執”のようなモノが出来てしまった。今更聞いたところで、”彼”はまた、あの気持ち悪い笑みを浮かべるのだろう。
自分自身のことが、一番よく分からない。
今更聞く勇気なんて、ない。
「馬場も、そうなのかな……」
あの”白い部屋”の扉から、小さな馬場がこちらを睨んでいる記憶。…あれ、待てよ。少なくともアレは僕の昔の記憶であるはずで。愛とか愛してるとか気味の悪いこと言っててもそれでも僕の記憶であるはずで。
ならば。
僕と馬場は”小さい頃”に会っていた?
いや、そんなはずはない。だってだって馬場はヒナタを見たとき確かに動揺していたのだから。僕とミズキはあの時確かに初めて”会った”のだ。
ちょっと待て。
小さな馬場のあの表情。どこかで見たことがある。そうだあの時。馬場が僕の首を初めて包帯で絞めたときと、さっき倒れたあの顔。あのどこか諦めたような表情は。
(じゃあ、アレが馬場の”根底”にはあるってことなのか?)
ならば、ならば。
”ミズキ”は?
僕の事を心の底から嫌悪して、思いっきりの殺意で僕の首を絞めた”ミズキ”は馬場ではない偽物だっていうのか?そんなはずはない、そんなはずは。
だってそれじゃあ。
僕は また 裏切られた ?
「……あっ」
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、喉になにかがつっかえてしまったかのように息が出来なくなった。苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい馬場に首を絞められていたときにはこんなに苦しかったことなんてなかったのに。
その、あまりの苦しさに僕の意識が飛んでしまいそうになったその時。
「…大丈夫かい?ヒナ君」
「……先生。どうして」
保健室のカーテンが少し慌てたように開き、そこから一人の男性----紅灯火先生が現れた。
紅先生は、僕達のクラス1年B組の担任だ。担当教科は国語の現代文。普段はへらへらとしていてヘタレ気味なのだけど、授業では物凄い熱血指導。そんなギャップが女子には受けるのか、人気者の紅先生。だから僕は担任であっても、紅先生とは話したことがほとんどない。
そんな人気者が、何故僕に構うのか。
監督も、脚本家もダウンしている今。頼りになるのは先生しかいないというのに。
「クラスの事を心配しているの?…大丈夫、椎名君辺りがうまくやってくれているよ。あの子は案外しっかりしているからね。今頃各自で進めてくれているよ。…それより君は大丈夫?よく寝ていたようだから、少し目を離していたら急に息苦しそうな声が聞こえてきてびっくりしたよ。怖い夢でも見たのかな?」
「………先生は僕を何歳だと思ってるんですか。子供じゃないんですからもう怖い夢なんか見ませんよ」
少し冗談ぽく、そう言う先生に僕はそう言った。嘘だけど。
「そうかな。…僕は今でも見るよ、怖い夢。恐ろしい、って思う気持ちに年齢とかどれだけ経ったかなんて関係ないんじゃないかな。少なくとも僕はそう思う。……さて、ヒナ君が怖い夢を見たかどうかは別にして、今後の為に先生から一つ”怖い夢を見たときの対処法”をご教授してあげよう」
「…………………」
「”気にしないこと”、だ」
「どんなことが、過去にあったって。どんなものを見たって。自分の信じていたことが裏切られたって。君が変わる必要なんてないだろう?無視すればいい。君がどうするか決めるのは君自身。他人の発言に君が振り回されなくたっていいんだ。君は君の信じるものを信じてごらん」
「…………………」
「…以上!先生からのありがたぁーいご教授でした!!……どう?参考になったかな?」
「…………はい、とても」
「そう、それなら良かった。君は真面目過ぎて、僕少し心配だったんだよね。……まぁそれは馬場君にも言えることだけど。…いつか、あの子の”笑顔”以外の顔を見たいものだねぇ」
先生はそう言うと調子が良くなるまで安静にしてるんだよ、と言って保健室から去っていでた。どうやら急いでいるようで、出て行く時に先生のふわふわとした朱っぽい髪が小刻みに揺れていた。
気にしない、か。
確かにそれが一番なのかもしれない。僕は馬場の”ミズキ”だけを信じていたい。それ以外の何かなんて信じたくなんかない。
僕は”僕”だ。
そう、言葉にすることによって何故だか息がしやすくなったように思えた。
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紅灯火は、少しずつ黒くなっていく自分の髪色を押さえながら表面だけで笑った。濃尾日向のような時期が自分にもあったな、と。あの頃は自分の”異常”が恐ろしくて恐ろしくて仕方がなかった。でも今は違う。
僕は”異常”だ。
そう、受け入れている。きっとあの頃共に過ごした仲間たちも同じ風に考えていることだろう。
「…白星君に伝えなきゃなぁ、ヒナ君の現状」
過保護な白星君のことだ。きっと僕の事をどうしようもなく詰るのだろう、あの普段は隠されている薄い唇から。相手の気に病む程の暴言を。
そして次の日には。
またあの美しい顔で、僕に向かって微笑むんだろう。
僕に向かって言ったことなんて、気にもせずに。
あぁなんて気持ち悪い。なんて可笑しい。
「僕達を”こんな風”にしちゃって。責任取って下さいよ、”先生”?」
そう、心の底から、表面だけで呟いた。
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