複雑・ファジー小説
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- 当たる馬には鹿が足りない【更新停止】
- 日時: 2019/04/09 23:57
- 名前: 羅知 (ID: miRX51tZ)
こんにちは、初めまして。羅知と言うものです。
普段はシリアス板に生息していますが、名前を変えてここでは書かせて頂きます。
注意
・過激な描写あり
・定期更新でない
・ちょっと特殊嗜好のキャラがいる(注意とページの一番上に載せます)
・↑以上のことを踏まえた上でどうぞ。
当て馬体質の主人公と、そんな彼の周りの人間達が、主人公の事を語っていく物語。
【報告】
コメディライト板で、『当たる馬には鹿が足りない』のスピンオフ『天から授けられし彩を笑え!!』を掲載しています。
髪の毛と名前が色にまつわる彼らの過去のお話になっております。
こちらと同じく、あちらも不定期更新にはなりますが宜しくお願いします。
一気読み用
>>1-
分割して読む用
>>1-15
>>16-30
>>31-45
>>46-60
>>61-75
>>76-90
>>91-115
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.82 )
- 日時: 2018/01/17 19:52
- 名前: 羅知 (ID: mk2uRK9M)
第七話【愛と勇気】
幸せになる為に、"僕"は生まれた。
僕が"僕"である時には、そこまではっきりと自覚していた訳ではなかったけれど、"幸せになりたい"胸の奥で常にそんな風に願っていたことは確かだった。僕はどうしたかったのだろう。何を幸せだと思っていたのだろう。何を持ってして"幸せ"と考えていたのだろうか。その時にはそんなことちっとも考えてちゃいなかった。大して問題視していなかった。今更になって思う。僕はもっと考えるべきだったのだ。自分が"何をしたくて"、"どうななりたい"のかしっかりと自覚するべきだった。気が付いた時には全部手遅れだった。
まるで自分が自分じゃないみたいに地獄の真ん中で僕は笑った。その時にはもう"僕"ではどうしようもなかった。自分の感情が自分では、もう扱えなくて。笑えて。笑えて。
拝啓次の"僕"へ。
どうか君は"自分自身"を見失わないで。
"僕ら"のようになってはいけない。
"僕ら"のことなんか忘れていいから。
嫌って、いいから。
だから、絶対に、幸せに、なって。
∮
朝、だった。
カーテンから差し込む仄かな光が眩しくて、僕、濃尾日向は目を覚ます。まだ覚醒しない頭をフル回転して状況の把握に努める。寝ぼけ眼をごしごしと擦ると、少しだけ眠気が覚めたような感じがした。何だか随分長い間眠っていたように思う。昨日の記憶も曖昧だ。文化祭があって、打ち上げをして-------------そのあと、どうしたのだっけ。そこからが、どうしても、靄にかかったように思い出せない。周りを見渡せば、白いベッドと白い壁。知らないのに、知っている-------既視感のある風景。きっとまだ寝惚けているのだろう。そう思うことにした。思い込むことにした。
ふと鼻につーんとした薬品の匂いがして、此処が病院であるという事実に辿り着く。それならこの部屋が白に包まれていることにも納得がいく。
状況はある程度掴んだ。自分は今病院にいる。きっとここで一晩を過ごしたのだろう。だからといって、そうかそうか此処は病院なのか……!と一息つくことも出来ない。
一体どうして僕はこんな所にいるのだろうか?
頭が大分覚醒したからか、周りの状況が冷静に判断出来て、次々に頭の上に沢山の疑問が浮かんでくる。しかしそのどれもが僕の今現在持っている情報では解決できないものばかりだ。ただでさえろくに昔のことすら覚えていないのに、昨日のことすら思い出せないなんて情けなさすぎる。こうしちゃいられない。そう思った僕はベッドから降りて、誰か昨日のことを知っている人を探すことに決めた。
さっきまで被っていたシーツは何故だか妙に湿っていて、どこかで嗅いだことのある香りがしていたが、その匂いの持ち主を思い出すことは出来なかった。
∮
(……とはいってもだ)
病院内は相当に広く、自分が今何階にいて、何科の辺りにいるかも見当がつかない。窓から見える景色は高く、高層階にいるということだけは予測できるけれど、逆に言えばそれしか分からない。だから僕はまず案内板のようなものを探そうと先を進んだ。
人が多く、なかなか進むのに苦労する。医者に、看護師、患者に、お見舞いにやって来たような人----院内は様々な人でごったがえしていた。ひょっこひょっこと人を避けながら歩いていくき、僕はなんとかナースステーションのような場所まで辿り着くことが出来た。案内板もそこにあった。
ふと、ナースステーションで忙しなく動いている看護師の一人と目が合う。四十代くらいの背の高い女の人で、僕の顔を見て、驚いたような顔をしている。そして数秒も経たない間に彼女はその驚いた顔を破顔させて僕に近寄ってきた。
「んまぁ!!ヒナちゃん大きくなってぇ…………!」
「……は?」
「ヒナちゃんは人気者だったから、おばさんのことなんか覚えてないわよねぇ!…随分見ない間に別嬪さんになってて、おばさん驚いちゃった!!」
突然話し掛けられて驚くのはこっちの方だ。確かに高校に入る前に一度病院にいたことはあるけれど、僕にこんな親しげに話し掛けてくる人はいなかった。ましてや"ヒナちゃん"なんて、そんな。自分の全然知らないことをマシンガンのような勢いで話されて、頭がショートしそうだ。そんな僕の様子に気づいてるのか、いないのか、女の人は続けざまにこう言った。
「四階の突き当たりの部屋にはもう行ったの?…あぁそれにしても見れば見るほど似てるわねぇ、彩斗先生に!」
「…四階?……彩斗、先生?」
「その様子だとまだ行ってないのね。彩斗先生、最近は忙しいみたいだからヒナちゃんの顔も最近見れてないんでしょうねぇ!顔見せてきてあげればいいと思うわ!」
その言葉で僕はようやく思い出す。ここは高校以前を過ごした病院だ。星さんに心配されて、泣かれて、白衣を着た先生に、何も心配いらないと、そう言われて。よく見れば院内の造形はあの時と何も変わっていない。確か名前は彩ノ宮病院。僕の住んでる町の隣町にある一番大きな病院だった。
(それじゃあ、僕は倒れでもしたんだろうか……それならあの場所の近くにあるこの病院に運び込まれるのも理解できる……)
あの時運び込まれたのが今いる階----八階だ。怪我か何かで短期の入院をする人が来る階だった。しかし僕の体に外傷はない。それにその時にこんな人に会った覚えもないけれど……
よく分からないけれど、その四階の突き当たりの部屋に僕の知り合いがいるらしい。そしてその人は僕によく似ているらしかった。何はともあれその人が僕とつながりのある人というのなら、僕がここにいる理由を知っている可能性が高い。とりあえずその"彩斗先生"という人に会ってみよう。僕は目的地を四階の突き当たりの部屋に切り替える。
案内板を確認した。四階は精神科の階だった。
∮
四階は今までの部屋とは少し空気が違うように感じた。なんというか、その言葉には表せないけれど、変な感じがする。
(……いや、変っていうのも違うかな)
表現出来ないけど、なんだかさっきからいたるところに"既視感"を感じるのだ。そりゃあ一度来たことのある場所なので階は違ったとしても既視感があるのは当然だと言われればその通りかもしれない。
だけど違うのだ。
僕の感じているこの既視感はそんなあまっちょろいものじゃない。もっと強烈で、鮮烈で、はっきりとして---------
(…………あ、れ?)
一瞬視界が二重に見えるような錯覚を起こす。あわてて頭を振って体勢を整えると、そんなことはなく景色はただの病院の風景に戻った。目が疲れてるのかもしれない。ここ数日文化祭の準備で忙しかったから。
早く、早く先に進んで、この疑問を解決したら家に帰ろう。そしてゆっくりゆっくり眠ってしまおう。明日からは学校なんだ。体調を崩したら一大事だ。
一歩、また一歩と先へ進む。何だか視界がまだぐらぐら揺れるような気がするけれど。きっと錯覚だ。ちょっと目眩がするだけだ。
『『ヒナ!』』
後ろから、子供のような、無邪気で、高い声で、そんな風に呼ばれる。
聞き覚えのある、声。
「…………だれ?」
ゆっくりと振り返る。
そこには誰の姿もなかった。
∮
(……これじゃあ無駄足じゃないか)
言われた通りに突き当たりの部屋へと向かったが、そこには誰もいなかった。休憩室らしく座り心地の良さそうなソファーベッドと作業するスペースがかろうじてある小さな机。医学の本が多く詰まった本棚があった。そこで過ごしている人の性格や思い出などを想像させるようなものは何一つない。暫く待ってみたけれど、人が来る気配もなかったので諦めて元の部屋に戻ることにした。もし誰かが僕をここに連れてきてくれたのなら、様子見にあの部屋に来てくれる可能性も高いだろうし。
それにしてもここにいるはずだった"彩斗先生"とは一体どんな人物だったのだろう。僕によく似ていると言っていた。それならば僕の血縁者だろうか?名前からして男の人であることは明らかなので、きっと僕と同じような女顔なのだろう。そう考えると会ったこともないその人に同情した。
「おっ……と!」
出入口に向かおうとしたら、本棚に肩がぶつかってしまったらしい。二、三冊本が転がり落ちてしまった。急いで拾い上げると、本のページとページの隙間にハガキ程の大きさの写真がまるでしおりみたいにはさんであった。
「…………」
人様の写真を勝手に見てはいけないという倫理とやっぱり気になるという好奇心がせめぎあって最終的に好奇心の方が勝った。ちょっとだけ、ちょっとだけと誰に言うでもなく心の中で言い訳しながら、そおっとその写真がはさまっているページを開く。
暫く開かれていなかったのだろうか、そのページは埃にまみれていた。写真には幸せそうに笑う男女の結婚式の様子が写されている。ベールで顔が隠れて顔立ちがよく見えないがピースを作ってにっこりと笑っている女性。そんな彼女の肩を抱いて、とろけそうな程に笑っている男性。
愛に溢れた光景。
こんなの一秒でも気持ち悪くて見てられないはずなのに。
何故だか目が逸らせなくて。その幸せそうな光景を、僕は時を忘れて見つめていた。
∮
夢を見ているような心地だった。
なんだか気分がふわふわして、ぼんやりとして、気持ちがよくて……そんな風にしていて、急にはっと本来の目的を思い出す。
(……そうだ、早く戻らなきゃ。どうしてこんな所で立ち止まってるんだ)
やっぱり今日はなんだか調子が変なようだ。くらくらするし、幻覚は見るし、幻聴は聞こえるし、気分もずっとぼんやりしっぱなしだ。早く事情を知ってる人に会って、家に帰って、寝よう。
なんだかこれ以上この場所にいけないような気がした。変に胸騒ぎがするのだ。
ここにいたら、僕は、きっと。
∮
八階まで戻ると、さっきまでいた部屋の前で数人が待ちぼうけしていた。戻ったら人がいるかもしれないという僕の予想は間違っていなかったらしい。
(……あ)
まだ距離が遠いので認識しがたいけれど、数人の中に馬場と愛鹿が混じってるのを確認する。もしかして二人が運んでくれたのだろうか。だとしたら後でお礼を言わなきゃいけない。……今回の文化祭では馬場にも愛鹿にも散々お世話になってしまった。
それにしてもあの二人、いつの間に知り合いになったのだろう?そんな暇はなかったと思うけど、文化祭の隙間にでも会ったのだろうか。細かいことは分からない。だけどただ素直に良かったな、そう思えた。馬場の脚本を誉めちぎっていた愛鹿。そして変に演技に厳しい馬場。演技派な二人のことだ。何だかんだいって気は合うんじゃないだろうか。
ありがとう。そんな気持ちを込めて、まず手始めに彼らの名前を呼ぶ。
「待たせてごめん、"ユキ、シロ"…………」
え。
今、僕は誰の名前を
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.83 )
- 日時: 2018/01/25 23:44
- 名前: 羅知 (ID: W/./TtvA)
明るくて笑顔の素敵な女の子。
気弱だけどとっても優しい男の子。
二人はとっても仲良しで、××だけ元から"おともだち"じゃないから、実は少し寂しかった。
(……なんだっけ)
だけどそう言ったら二人はにっこりと笑って、××の体をぎゅーっと抱き締めてくれた。
(……この、"記憶"は、なんだっけ)
痛いくらいに抱き締められて、だけどそれはとっても心地よくて。まるで、まるで大好きだよって全身全霊で伝えられてるみたいで。
(……忘れちゃ、駄目なはずなのに)
大好きだった。
(……思い出せ、思い出せよ)
(…………またね、っていったんだ)
(………………あの時、僕は、一体どんな気持ちで、彼らと)
頭の中の小さな"ヒナ《ぼく》"は、にこにこと笑う。
『しあわせ!』
そう言おうとして、潰されていったあの子は一体どんな気持ちだったのか。
確かに"僕"であるはずの"ボク"はどうしてああまでして"ヒナ"を否定するのか。
僕に一体何があって、どうしてこうなってしまったのか。
何度も、思い出せるチャンスはあったのに、それを何度も逃してしまったような、そんな気がする。
(……思いだそう)
きっとこれが"サイゴ"のチャンスで、今度こそ僕は"僕"を思い出す。
そんな、確信があった。
∮
「……ん」
「あ!け、けけけケート起きた!?け、ケートぉ……良かったぁ……起きた……」
目を開けると、天使みたいなシーナの泣きそうな顔が目の前にあった。あとなんかめっちゃ腹が痛かった。シーナが可愛いからオレの腹のことなんかどうでもいいか、と思ったけど、シーナが悲しそうな顔をしてるのは一大事なので、とりあえずこの腹の痛みの原因を考えてみよう。多分この痛みが原因だ。ちょっと頭が混乱してて昨夜何があったか思い出せないけど。
「……オレ、生理でも急にきたの?」
「ばか。そんなワケないじゃん!」
だよなぁ。本当の女の子よりも可愛いシーナにくることはあったとしても、オレに生理がくる可能性は万に一つとしても有り得ないはずだ。というか天使に性別はないはずなので、シーナに生理がくる可能性もないな。うん。……あー、だけどシーナの赤ちゃん見たいなぁ。絶対可愛いよなぁ。……うーん……あ、でも最近は性別のある天使とかもいるよな。じゃあいいのか。あー、シーナ可愛い。見てると腹の痛みとかなかったことに思える。いやいやいやシーナ可愛さを前にして痛みなんてある訳ないだろうオレ馬鹿だなぁうんうんあーそれにしてもシーナ可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いあーシーナシーナシーナシーナシーナシーナシーナシーナシーナシーナシーナシーナシーナシーナシーナシーナシーナ
と、オレが妄想に更けこんでいると泣きそうだった顔はいつの間にか真っ赤に茹でられたタコみたいな怒り顔に変わっていて、オレはやっぱりシーナはどんな顔してても可愛いなと心の中で呟いた。
いつも通りなのだけれど、オレのそんな態度にぷんすかと怒りながらシーナはもう!とますます不機嫌になっていく。どうやらシーナのそんな怒りはオレに対する心配からきてるようだ。
「もう!もっと真面目になってよッ!ケートお腹刺されて死んじゃうところだったんだよッ!ばかばか!」
「……腹を、刺された?」
「そうだよ!昨日の夜病院から連絡がきて、ケートが、大変なことになってる、って聞いて、ボク、ボク…………心配したんだからッ!」
そこまで言われてようやく思い出す。オレは昨日打ち上げの帰り道で腹を刺されたのだ。死にそうなくらい腹が痛くて、熱くて、意識も遠のきそうになりながらオレは何とか現状で出来ることをしようと思って、まず手元にあった自分のケータイを手に取り、走ってその場から立ち去ろうとする犯人の写真を撮った。自分を刺した犯人の正体を撮ろうとした訳ではない。こちらに意識を引き付けようと思ったのだ。
犯人の向かった方向はシーナの家のある方向だった。このまま奴が先へ進めばシーナも襲われる可能性が大いにある。そんなことになったらオレは此処で死んだとしても死にきれない。そうなるくらいなら、オレがここで相手を引き留めておき、シーナが家に戻るまでの時間稼ぎになれればいいと思った。シーナの為ならオレの内蔵の一つや二つ、いや三つも四つも-----いくらでも安いものだ。
さぁ犯人オレに気付け。オレに写真を撮られたことに気付け。オレの身体ならいくらでもぐちゃぐちゃにしていいから。
そう願いを込めて動かなくなろうとする身体でどうにかこうにか声をあげ、相手を引き付けようと思ったのだけれど、懇願空しく犯人は気付かず先に向かってしまった。
こうなるとオレに為す術はなく、無様にオレは冷たい道路に転がった。もう意識もほとんどなく、周りの気温も相まって身体が少しずつ冷たくなっていくのを感じる。あぁ、死ぬのか。と漠然と理解している自分がいた。
オレは生きることを放棄した。とにかくシーナだけは助かりますように……そう願って、目を閉じた。
(はずだったんだけどな……)
「本当に、もう……その"女の子"がいなかったら死んじゃうとこだったんだよ!?」
「本当、命の恩人だよ……感謝してもしきれない」
結果的にオレは死ななかった。とある"偶然そこを歩いていた女の子"のおかげで。
意識も生きる意志も手放そうとしたその時、すっとんきょうな悲鳴が聞こえた。何事だろうと目をうっすらと開けると、知らない女の子がオレの脈を確認して、すぐさま慌てた様子でどこかに電話を掛けている。あぁ死に際だっていうのに騒がしくしないでくれよ、そう思って今一度目を閉じようとすると、オレのそんな様子を見た彼女は叫ぶ。可愛らしい見た目に似合わない獣みたいに吠える。
「大切な、奴…大好きな奴のこと…ソイツのこと考えてみろ!」
随分変なことを言うと思った。だけどオレはなんとなくその声に従っていた。シーナのことを考えた。
「ここで死ねば、お前はソイツに大好きって言えなくなる!愛してるって言えなくなる!抱き締められない!二度と顔を見られない!」
「お前が死ねば、ソイツは絶対悲しむ!わんわん泣く!お前の後を追って死んじまうかもしれない!お前それでいいのかよ!?」
「嫌なら生きろ!!絶対に、だ!…………お前は、好きだって言えるんだから……これから何回だって、言えるんだから……生きろよ!!」
どこかの当て馬とよく似たことを言うなぁ、と思った。お前は好きだって言えるんだから。なんて。お前も、言えばいいのに。はは。は。そう笑いたかったけど、頭に血が回らなくて表情すら動かせなかった。
こうしてギリギリでオレは生きる意志を取り戻した。そうこうしてる内に救急車がきて、オレはとにかく絶対に生きてやると、そう思いながら意識を手放した。シーナの顔が二度と見れなくなるなんて、絶対に嫌だったから。次に起きたらいっぱい"好き"を伝えよう。そう思って。
「結局、誰だったんだろうね。その女の子。……救急車には乗らなくて、その場で分かれちゃったんでしょ?」
「知らない子だったからなぁ、年はオレ達と同じくらいに見えたけど……あ、でも顔は凄い可愛かったよ」
「…………ボクとどっちが?」
「シーナに決まってるだろ?ばーか」
「えへへ」
「はは」
そうしてシーナは少し照れながら、にっこりと笑う。可愛い。馬鹿みたいに可愛い。好きだ。大好きだ。心の中の溢れるくらいの愛をそのまま彼に伝えると、彼もまた同じようにオレに愛を返す。
「大好き。心の底から愛してるよ、シーナ」
「ボクもケートのことが、だーいすき!」
「いっぱい?」
「いっぱい!」
そうやって一緒に笑いあった。
∮
「ところで、シーナ?なんか大きめなカバン持ってるみたいだけど何入ってるんだ?」
「あ、これ?」
ひとしきり笑ったあと、ふとシーナが持ってきていたカバンに何かがきらりと光っているのに気付く。オレのその問いかけにシーナはそういえばという様子で中のモノを自慢げに見せてくれた。
「包丁」
「…………」
「ケートが寝てる間にホームセンターで買ってきたんだ。へへ、これでいつでも犯人をぐちゃぐちゃに出来るよッ!」
「……シーナ、駄目だよ」
にこにこと笑いながら包丁を構えているシーナを諌める。どんなにシーナが可愛くたって、駄目なものは駄目だと教えてあげなきゃな。
「それじゃあ、犯人を"ぐちゃぐちゃ"にできない」
「それに、"ぐちゃぐちゃ"なんかじゃ足りないだろ?」
「ぐちゃぐちゃの、めちゃめちゃの、ぬったぬったの、めっちゃくちゃの、べちゃべちゃにしてやらなきゃ」
「……だから、さ。オレが退院したら、一緒に行こう」
二人の敵は、二人で一緒に殺ろう。
オレの"駄目"という言葉に少ししょぼんとしたシーナだったけれど、その後の言葉を聞くとすぐに笑顔が戻って「そうだね!」と嬉しそうに頷いた。良かった。シーナには、やっぱり笑顔がよく似合う。
シーナの笑顔を見て、オレも嬉しくなり、また笑った。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.84 )
- 日時: 2018/01/29 07:16
- 名前: 羅知 (ID: 7JU8JzHD)
お昼を過ぎてあまり味のない病院食を口にした後、口直しにと言ってシーナが林檎を買ってきてくれた。オレが、うさぎにしてほしいな、と自分でもちょっと気持ち悪かったかなと思いながらもおねだりすると、しょうがないなぁ、と言ってシーナはオレの目の前で林檎を剥き始めた。優しい優しいシーナ。天使というよりも女神という表現の方が正しいんじゃないかなんて思い始める。
しゃりしゃりと小気味良く林檎を剥いていくシーナを見つめていると、ふと思い出したように物憂げにシーナが目を伏せる。どうしたのか、と聞くとその鬱とした表情のままシーナはその理由を話し始めた。
「トモちゃんは…………大丈夫、なのかなって」
「トモって、菜種のことか?……菜種がどうかしたのか?」
オレのその言葉を聞いて、そういえばケートは知らなかったねと言って苦笑いするシーナ。笑ってはいるが、その笑顔は無理矢理で苦しそうなのが丸分かりだった。菜種……シーナと仲の良い友達の一人だったはずだけれど、彼女がどうかしたのだろうか。
「トモちゃん……歩道橋から突き落とされたんだって。それで、今でも意識が戻らないんだって……」
「!?……シーナは、お見舞いにいかなくていいのか」
「………………ダメだよ」
断固たる口調だった。そんなこと出来るはずがない、そうとも言いたげなそんな言い方だった。
「……あんな、動揺して、震えてて、泣いてる人の近くに、"大切な人が少なくとも目覚めてるボク"が行けるわけないから」
「…………」
「彼のあんな顔初めて見たよ。いつも仏頂面なのに……あんなに慌てて、泣いてて……凄く、凄く大切に想ってるんだなって嫌なほど伝わった」
シーナの言っている"彼"とは誰のことを言っているんだろう。口調からしてシーナの知り合いなのは確実だ。それなら学校の人間だろうか。確か菜種には恋人はいなかったはずだけれど。全くどういうことなのか理解できていないオレをお構い無しにシーナはまるで一人言みたいに続けてこう呟いた。
「トモちゃんも喋り方には癖があるけど、まっすぐな子だからね。好きになる気持ちも凄く分かる。彼もきっとトモちゃんのそういうとこを好きになったんだろうな……」
「…………?」
「うん、凄くお似合いッ!!……なのに、なのに、どうして」
「どうしてこうなっちゃったんだろ…………」
∮
これは私の記憶。
『ねぇおかあさん、私のことすき?』
ええとっても。母はいつもの調子で笑いながら答えた。周りの人に嘘をつく時と何も変わらない態度で。
『……そっか』
母の言葉が重みを持つことは、きっと一生ないのだろう。
幼くしてそのことを悟った私は、もう二度とその質問を母にすることはなくなった。だって、やったって何の意味もないんだから。意味のないことに、する価値なんてあるはずがない。
『嘘です。本当は---------』
『これは本当です』
いつしか癖になっていた言葉達。母の影響だ。気が付けば私は言葉の"嘘と本当"に敏感な人間になっていた。他人の言葉にも、自分の言葉にも。
本当だって信じたいのに、実は嘘なんじゃないかって思ってしまう。自分の言葉にすら確信が持てない。嘘と本当を見分けるのはとても難しい。
文化祭の帰り道。
ふと私に掛けられる声がして振り向くと、ガノフ君が私に向かって手を振っていた。そのままこちらに向かってくるガノフ君。その表情は笑顔だ。
(彼の伝えてくるものは、いつだってまっすぐで"ホンモノ"だ)
その笑顔を見ていると、こちらまで頬が緩んでしまう。一歩、また一歩と階段をかけ上がってくる彼を見ながら心が浮き出し立つのを感じた。
だけど私は。
『トモ!オレはお前のことが------』
彼の"その言葉"を最後まで聞くことが出来なかった。
後ろから強い力で押されて、身体が傾く。ぐらりとバランスを崩して柵に乗り出した身体は重力に従って下に落ちていった。
彼の言葉の代わりに聞いたのは、犯人のこんな台詞。
『ねえ。君のお母さんは今度こそ心配してくれるかな?』
ずっと、心に抱えていたモノを、見透かされたような、そんな気がした。
(……全然、諦めきれてなんか、なかったんだな。私は)
やっぱり私は嘘つきだ。
落ちていく中で、犯人の口元がにやりと笑っていたのが見えた。
∮
目覚めると、周りは真っ暗でしんと静まりかえっていた。さっきまで落ちていく自分の夢を見ていたので自分に何があったかははっきりと覚えている。文化祭の帰り道、私は突き落とされたのだ。歩道橋の上から。
幸い命は助かったようだけど…。
("幸い"かぁ……幸いなのかな、これ)
周りを見回しても見えるのは暗闇ばかりで、自分の手元すら確認することが出来ない。また体勢を整えようと身体を動かすと全身に痛みが走った。不安定な状況にいると、どうも薄暗い想像ばかりしてしまう。まぁ私のいるところはまっ暗闇だけど。……面白くもない冗談だ。
「まったく何やってんだろう、私……」
「何やってるんだと思う?」
「!…………その声、紅先生ですか」
「うん。起きたんだね、良かった」
てっきり私一人だと思っていたので、結構大きな声で喋ってしまって少し気恥ずかしい。まぁこの暗闇じゃ、顔が赤くなってもまったく分からないけれど。
「…先生、酷いですよ。いるならいるって言って下さい」
「ごめんね。声を掛けるタイミングを失っちゃったんだ」
「もう。許しません。……嘘です。別に許しますよ、これくらい」
「ありがとう」
先生の声が若干やわんだような、そんな気がした。それにしてもこんな泥棒みたいな入り方しなくてもいいのに。こうして声を掛けられるまで気付けないくらい気配がないとかまるで忍者だ。
「怪我は大丈夫?」
心配そうな口振りでそう聞かれて、私は返答に戸惑った。大丈夫、といえば嘘になる。だけど思っていたよりも軽症だなとも感じていた。少し逡巡した結果、思ったことをそのまま伝えることに決めた。
「大丈夫……といえば、嘘になります。だけど思っていたよりも軽症だったなとも感じています。犯人の落とし方が良かったんですかね」
私の冗談の混じった言葉に先生は少し疑念を抱いたらしい。私をユーモアの欠片もないつまらない女とでも思っていたのだろうか。そうだというなら心外だ。私だって冗談を言うときくらいある。……今回の場合、半分くらいは本音だったのだけど。
まあ、疑問を抱かれていようが、何を思われていようが、私には関係のないことだ。そう考えて私は私の話したいことをそのまま話させてもらうことにした。
「……先生。実は今回の事件のことで私、別に犯人のこと恨んでなんかないんです」
「どうして?」
心底驚いたような、そんな口調だった。
「……分かんないです。でも不思議と怒りとかそういうのは湧いてきません。突き落とされたっていうのに、何でなんでしょうかね」
「…僕には分からないよ。君の気持ちが」
「……はい。多分、分からないと思います」
きっと先生には分からないだろう。私の本当の本当の気持ちなんて。うわべだけでは理解できたとしても、本当の本当に分かるなんてこと。それは嘘と本当を見分けるのと同じくらい難しい。
先生、それに"貴女"には人の気持ちは理解できないでしょう?
「……もしかして、君は犯人の正体を分かってるのかな」
「そんな訳ありません。もし分かっていたら、よほどの頓珍漢じゃない限り人に伝えますよ」
嘘だった。自分も随分嘘が癖になってしまったな、と気が重くなる。
「…………」
「…先生。私、親が教師で、帰ってくると、いつも一人で、凄く寂しかったんです。……だけど近所のお姉さんがよく遊びにきてくれたから、その時だけは寂しくなくなった」
「…………」
「それが、嘘だったとしても、演技だったとしても、何もこもっていなかったとしても、その時の私を先生は全力で騙してくれた。……私はその恩に報いたいんです」
「…………」
「おかしいですよね。やっぱり、私」
先生は大きく溜息を吐いた。私は、先生のそんな大きな溜息を初めて聞いた。遊んでくれた時には、貴女はいつも笑っていたから。
「……おかしいよ。すごく」
長い長い溜息のあと、先生はそう言った。その通りだ、と思った。
「……そろそろおいとまするよ。遅くにごめんね」
「……分かりました。あ、最後に一つ」
「何?」
「"お母さんは、私を心配してくれましたか?"」
先生は数秒間黙って、そして口を開く。
「"とても心配してたよ"」
先生は、演技は凄く上手だけど、嘘は下手ですね。そう思ったけれど、役者にこの言葉は無粋だろう。喉まで出かかって、飲み込んだ。
「他の人も凄く心配してたよ。だから早く元気な顔を皆に見せなよ」
今はその"本当"だけで、充分だった。高望みはよくない。
「じゃあね」
入り口はドアしかないはずなのに、閉まる音はいつまで経っても聞こえてこなかった。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.85 )
- 日時: 2018/02/10 05:41
- 名前: 羅知 (ID: VN3OhGLy)
今度こそ一人になって、部屋の中に静寂だけが広がる。もう一度寝ようにも目が冴えてしまって寝れないので、何か適当なことについてでも考えよう。そうすることにした。
クラスの皆は私が歩道橋から転落したことにびっくりするだろうか。それとも多少驚いてもそのあとまた同じような"いつもの生活"を続けるのだろうか。前者であってほしいけれど、きっと後者の方が多いんだろう。そう考えている自分がいた。結局そんなものなのだろう。近くの人一人が大怪我をした、そうなったところで"日常"は続いていく。"続かれていく"という表現の方が正しいだろう。何事もない日々を送りたい人々の思いによって、事件はなかったことにされるのだ。自分の身に起きなければ、どんな凶悪な事件だって所詮は他人事だ。他人の問題になんて足を突っ込みたくないだろう。そしてその考えを冷たい考えだなんて言えるわけがない。誰だって、そうなのだから。
(そう……なんだよね)
かつて、"濃尾日向と馬場満月"に"日常"を壊される、そう考えていた時があった。
かつてという程、前のことでもない気がするけれど、今では私の中にそんな考えは一切なくなっていた。むしろどうしてそんな自分本意なことを考えていたのだろうかと以前の自分に疑念の念を覚えるくらいだ。日常を壊されるというならよっぽどか"あの人"の方が危険因子だったというのに、それは見逃した自分。許した自分。
それなら私が守りたかった"日常"とは一体なんだったのだろう。
私も私の周りの人もそれなりに幸せな生活が続いていくこと……?ああなんてエゴイステイックな願いなんだろう。明確に言葉に表して殊更にそう感じた。
それでも私たちはそう願わずにはいられない。変わらぬものなど何もないのに。いつだってそれを失う恐怖と戦いながら。
(あの二人は一体どんな"日常"を望んでいるんだろうな……)
文化祭の時、随分と楽しそうだった彼ら。そういえばそんな二人の姿を見て、私の彼らに対する疑念は消えていったのだっけ。良い意味であの時クラスは一つにまとまった。全部全部あの二人のおかげだ。疑っていた自分をバカらしく感じた。
だから。もし彼らに送っていたい"日常"があるとするのなら。
どうかそれが叶いますように。そう心の中で静かに願った。
∮
気が付けば僕は見知らぬ町にいた。意識ははっきりしているけれど、これは夢だとすぐに分かった。現実とは明確に違う点。現実ならば確実にあり得ない違和感。
視界が明らかに低すぎるのだ。
いくら僕の背が低いといっても、これではあまりに低すぎる。地面から視点まで僅か一メートルもない。見るもの全てが大きく写って、まるで幼児になったような錯覚を覚えた。
……"まるで幼児に"?
「!?」
手を見ると、そこには紅葉みたいなもちもちした自分の手があり、足は何だか踏む面積が小さく身体が安定しない。心なしか頭も重く感じる。それはまさしく"幼児"の身体だった。何ということだろう。僕は夢の中でとうとう幼児になってしまったらしい。低い視界からきょろきょろと辺りを見渡すが見えるものには限りがあって、此処が一体どこなのか、住所を表すようなものは一切見えない。
……夢の中で迷子なんて笑えない。ここは僕の頭の中なのだ。だから迷うはずがないのに。迷う必要なんてないはずなのに。身体の幼児化に頭まで引き摺られてしまっているのか、だんだんと不安になってきて、にわかに泣きたくなってきてしまった。
(……ああ、もう、どうしろっていうんだよ!)
とにかく進んでみよう、そう思って覚束ない足で一歩、また一歩とよちよちと進んでいこうとしたその時。
『『そっちじゃないよ』』
『『こっちこっち』』
『『ほら、おいで?』』
『『日向』』
後ろの方から声が聞こえた。何故だかその声はどこか懐かしいような気がした。誰の声だか分からない。だけど、だけどこの声を聞いていると。
(すごく……気持ちが落ち着く気がする……)
くるりと方向転換をして、声のする方へ声のする方へ進んでいく。よちよちと、よちよちと。一歩、一歩を踏みしめて、よろめきながらも前に進む。
まるで幼子が、親に呼ばれてついていくみたいに。
∮
慌ただしかった休日が終わり、複雑な気分で学校へ向かうと随分と空席が多く感じた。尾田慶斗、菜種知が事件のようなものに巻き込まれたことは椎名から聞いていた。濃尾日向のことで気を取られていた間にそんなことになっていたなんて全くもって知らなかったので昨日の夜、そのことを聞いた時は随分と驚いたものだ。尾田慶斗はもう目を覚ましたらしく、椎名の様子は思っていたよりも落ち着いていた。菜種知も意識こそ昨夜時点ではまだ戻ってはいなかったが、命に別状はないらしい。ただ、心配なので今日まではケートの側にいるらしい。同じくお見舞いと言う理由でガノフも休むのだという。こちらは尾田慶斗ではなく、菜種知の方の為らしいが。
(……それはそれで大変なことだか、今は俺はそれどころじゃないんだ)
……社に再会したこと。濃尾日向が"ヒナ"であったこと。クラスメイトが大変な目に合ってるというのに、こういう風な言い方は冷たいかもしれないが、俺にとっての現最重要事項はこの二つだった。俺はこれからも"馬場満月"でいたいのに、いなければいけないのに、この事が俺の心を大きくかきみだす。"馬場満月"を見失い、"神並白夜"を意識すること。それは本来気が狂いそうなくらいの苦痛だ。大嫌いな"自分"の事を考えてるだけで吐き気がする。そうだというのに未だに俺は"神並白夜"という過去に囚われきっているのだ。いっそ濃尾日向のように全てを忘れていられたらどんなに楽なのだろうか。全てが壊れきってしまっていたらどんなに楽なのだろうか。叶わないことを願ったって仕方のないことだった。
俺は"こういう人間"で、だからこそずっと出来損ないにしかなれない。本当に俺が"俺"になる為には、それこそそのままの意味で"生まれ変わる"しかないのだろう。
つまりは"死ぬ"ということだ。
(……"アイツ"と会っていなかったら、今頃俺はどうなっていたのだろう)
アイツと、濃尾日向と深く関わる前のほんの少しの間だけ、俺は確かに"馬場満月"だった。役にのめり込み、熱に浮かされて、"自分"は遠い何処かに行ってしまっているようなそんな感覚だったような気がする。あの時の俺は、"俺"で、"神並白夜"なんか何処にもいなくて、まさに理想の自分だったのだ。
けれども俺は濃尾日向と出会ってしまった。
アイツと出会った瞬間に俺にかかっていた魔法のようなものはじわじわと溶け始めて、まだ"劇"は途中だというのに俺はまるで台詞が飛んでしまった役者のように舞台のど真ん中で立ち竦んで動けなくなってしまった。上演中に役を放棄するなんて役者失格だ。まだ幕は下りていないのに。一人芝居は俺が動かなきゃ、進んでなんかくれないのに。
今の俺は一体何なのだろうか。馬場満月になれず、神並白夜にももう戻ることなんて出来ない、役者名簿の何処にも乗らない名無しの俺は、一体誰なのだろうか。……分かってる。その問いに答えてくれる人はいない。"これ"は俺のエゴで始まって、エゴで終わる誰も見ない、誰もいない一人芝居なんだから。
誰かと演じていた頃の、あの仄かな暖かさを今更恋しがったって、どうにもならない。
∮
何事もないまま昼休みになった。今日は濃尾日向も、紅灯火も学校に来ていなかったから、一日ずっと平和だ。今の俺はアイツらの顔をまともに見れる自信なんてない。来なくて、幸いだった。
……だけど、まぁ当事者とその関係者なんだから、今日は学校に来てなくて当然だろう。昨日の今日でいつも通りみたいな態度して学校にいたら、それこそおかしすぎる。
(…………)
ふと、社のことが頭を過った。仮にも幼馴染二人がこんな風になって、彼女は今どんな気持ちで過ごしているのだろう。気が気でなく、落ち着かない時間を過ごしているのではないか、なんて。
(…………)
だけどそれは一瞬のことで、俺はすぐにふと浮かんだそんな疑問を頭から消し飛ばした。自ら社のことを考えてどうする。彼女のことを考えていたら、必然的に、俺は"オレ"を意識しなきゃいけなくなってしまうじゃないか。俺はまだ馬場満月であることを諦めたくはない。
「浮かない顔だね」
そんな風にして、ぼうっと鬱な時間を過ごしていると、ふと声を掛けてくる間の抜けたような声があった。誰だろうか、と顔を見上げるとそこにはどこか真面目な表情をしている岸波小鳥の姿があった。
「……なんだ、岸波君か」
「なんだとは酷いなぁ、ボクはボクさ。え、と……満月、クン」
「君は相変わらず忘れっぽいんだな。まだ俺の名前を覚えてないのか?」
久し振りにこんな風に軽口をクラスメイトに叩いたようなそんな気がする。文化祭の時は忙しくて誰かと和気藹々と喋る暇なんてほとんどなかった。
そんな俺の軽口をばつの悪そうに受け止めて、岸波は何か言い淀むかのように口を歪めたあと、意を決したのかすうっと息を吸って------------その言葉を口にした。
「……あの、さ」
「君……って、本当に…………満月、クン?」
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.86 )
- 日時: 2018/02/14 06:04
- 名前: 羅知 (ID: P/K6MsfL)
その絞り出すような声に動揺を隠しきれず俺はごくりと唾を飲み込んだ。表情にまでは出なかったはずだ、多分。
「……どうして、そんなこと、言うんだ?」
……何を怖がっているんだ、俺は。俺は、馬場満月だろう。胸を張って彼女にそう教えてあげればいい。忘れっぽい彼女のことだ。また、忘れてるんだろう、俺の名前を。いつものことだ。ああまったくクラスメイトの名前くらい早く覚えればいいのに。なぁ、そうだろう。……いつものこと、いつものことじゃないか。何もおかしくなんてない。慌てる必要なんてない。それなのに。それなのに。それなのに。
どうして、こんなに、声が震える?
「…………ごめん。変なこと言った」
「え?」
「よく分かんない……だけど、なんか最近ボクおかしいんだ……」
俺のそんな様子を見て取ったのか、岸波は心底苦しげにそう言った。今にも泣き出してしまいそうな、そんな表情だった。もう何がなんだかよく分からない。俺は呆気にとられた。岸波の呼吸は荒い。まるで酸欠の魚みたいにぜえぜえ、ぜえぜえと息をしている。どこかの誰かと似ているような気がした。鏡を見ているような気分になった。
「…だ、大丈夫なのか」
「……すー……はー……ん、大丈夫。大分落ち着いた、気がする」
「…………」
「…………ごめん、ね。本当に」
息が落ち着くと岸波はそう言ってまた俺に謝ってきた。何について謝っているのか俺には分からなかった。だけど少なくとも変なことを言ったから、そんな理由じゃないように思えた。それだけにしてはその言葉はあまりにも苦しげで、重すぎていた。
泣いてるみたいに、彼女は言う。
苦しみながらも、話をする。
「……何かを、忘れてる気がするんだ」
「…………」
「大事なことだったはず、なのに。どうして、どうして思い出せないんだろう…………」
「……思い出さなくていいんじゃないか。そんな記憶」
その時どれだけ大事だったとしても忘れたくなるようなものなんて、きっとロクなものじゃない。忘れたことをわざわざ思い出す必要なんてないのだ。忘れたということは、きっともう、それは必要のないものなんだから。
俺の言葉に岸波は一瞬驚いたように目を見開いて、俺の方を向いた。しかしまたすぐに俯いてしまった。心なしかその瞳はさっきよりも穏やかだった。幾ばくかの静寂。落ち着いた一定のリズムの呼吸音の後に、岸波は顔を上げる。岸波は微笑んでいた。ほんの少し苦しそうではあったけれど、それでもその表情に先程のような切迫したものは感じない。
「…………いや、やっぱり思い出すべきだ」
「…………?」
「分かんない。全然分かんないけど…………そう思ったんだ。君の顔見てたら」
そんな顔して、そう言う君を見てたら、そう思えたんだ。
ありがとう、最後にそう言って彼女は足早にその場を立ち去った。彼女は一体何を理解したのか。一体俺はどんな顔をしてたのか。何もかもが分からなかった。訳が分からず、どうにもできないまま、俺はその場で立ち尽くした。頬から意味の分からない暖かいものが伝っていった。分からない。分からない。分からない分からない分からない。
「なにも、わから、ないよ………!」
俺は一体なんなのだろう。
もうボロボロで、不安定な足場は今にも崩れそうだった。落ちてしまいそうになりながら、俺は目の前の同じくボロボロの縄にすがりつく。今の俺にとってこれは命綱のようなものだった。俺が"俺"でいられる最後の砦だった。何も分からないなら、せめてアイツの望む"俺"でいよう。何者にもなれないのならせめて"ミズキ"であろう。アイツがすがってくれるから、俺はまだ"俺"でいられる。誰かの望む"誰か"でいられるなら、俺はまだ生きていられる。生きてても、いいんだって思える。苦しくても、辛くても、悲しくても。
アイツのためなら、俺は。
「……もしもし、濃尾君」
アイツが望んでくれるなら。
「……おい。どうしたんだよ」
俺は。
「…………なあ、なんで、泣いてるんだよ……?」
助けたかった。
「…………いつもみたいに、してくれよぉ……!」
助けてほしかった。
「………………頼むから」
きっともう、どちらも叶わない。
∮
ボロアパートの古階段をこつこつと上っていく。かけっぱなしの電話からはさっきから喉が壊れんばかりの叫び声が聞こえていた。本当は切ってしまおうかと思ったのだけど、出来なかった。最後の一秒までその愛しい声を聞いていたかった。
「…………ねぇ、馬場」
懐かしい彼の、偽りの名前を呼ぶ。相変わらず涙は止まらない。全てを理解して、目を覚ましてから、ずっとだ。あぁ、最後の日くらい学校に行っとけばよかったな。ほんの少しだけ後悔したけれど仕方ない。こんな顔、皆に見せられる訳がなかったんだから。
あぁだけどやっぱり寂しいな、お別れって奴は。
「……泣かないでよ」
ねぇ凄く楽しかったよ。短い時間だったけれど、僕にとっては夢のような時間だった。君のおかげだよ。皆のおかげだよ。だからそんな悲しそうにしないでよ。悲しくなっちゃうだろ。君がそんな風になる必要なんてないんだから。
ねぇ、凄く今幸せなんだ。だから、さ。
今、終わらせたいんだ。
「君を解放してあげる」
こんな僕といたら、君までおかしくなってしまう。
優しい君に、あんなこと出来るはずがなかったんだから。
僕のせいで、ああなってしまったんだよね。
ごめんね。
ごめんね。
「……ごめんね、ユキ。シロ」
ママが死んだ。
僕は襲われた。
ママと同じように。
痛い。
痛い。
なんで、笑ってるの。
これが、愛なの。
苦しいよ。
苦しいよ。
助けて、助けて。
真っ赤にそまった。
僕とつながったまま。
その人達は動かなくなった。
血みどろの両腕。
抱き締められる。
絞められる。
ぐちゃぐちゃ。
誰。
誰。
誰。
ごめんねって。
僕のせいだって。
赤色は言った。
赤色は泣いた。
パパが死んだ。
愛は消えた。
愛はなかったことにされた。
ヒナは消えた。
ヒナはなかったことにされた。
皆泣いた。
皆壊れた。
やり直してまた繰り返して。
何回やっても同じ。
食い潰された人生。
食い潰してきた人生。
みんな、みんな、僕のおはなし。
きっと、こんな僕は死んだ方がいい。
誰かの人生を食い潰して生きるのは、もう散々だ。
大好きを失って生きるのは嫌だから。
大好きなまま、僕は終わりたい。
この愛を抱き締めて、僕は眠りたい。
「ごめんね」
「みんなのことが だったよ」
「じゃあね」
さよなら、みんな。
さよなら、愛しい人々。
さよなら、さよなら、お元気で。
ひゅるりと肌寒い屋上の柵の外側へ。
重心を傾ければ。
身体は下へ落ちていく。
ママ。パパ。
いつまで経っても迎えに来てくれないから、僕の方から行かせてもらうね。
同じ方法じゃなくて、ごめん。
苦しいのは嫌だったんだ。
みんな、みんな、ごめんなさい。
生まれてきて、ごめんなさい。
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