複雑・ファジー小説
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- 当たる馬には鹿が足りない【更新停止】
- 日時: 2019/04/09 23:57
- 名前: 羅知 (ID: miRX51tZ)
こんにちは、初めまして。羅知と言うものです。
普段はシリアス板に生息していますが、名前を変えてここでは書かせて頂きます。
注意
・過激な描写あり
・定期更新でない
・ちょっと特殊嗜好のキャラがいる(注意とページの一番上に載せます)
・↑以上のことを踏まえた上でどうぞ。
当て馬体質の主人公と、そんな彼の周りの人間達が、主人公の事を語っていく物語。
【報告】
コメディライト板で、『当たる馬には鹿が足りない』のスピンオフ『天から授けられし彩を笑え!!』を掲載しています。
髪の毛と名前が色にまつわる彼らの過去のお話になっております。
こちらと同じく、あちらも不定期更新にはなりますが宜しくお願いします。
一気読み用
>>1-
分割して読む用
>>1-15
>>16-30
>>31-45
>>46-60
>>61-75
>>76-90
>>91-115
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.92 )
- 日時: 2018/02/23 07:06
- 名前: 羅知 (ID: UUyf4PNG)
∮
「〜♪」
今流行りのJポップをふんふんと口ずさみながら雨降る道を小走りで行く。案の定傘は忘れてしまっていたけど、このくらいの雨なら濡れるのも楽しいものだ。春の雨は、ほんの少し温かい。その温もりはまるで人肌みたいで、俺は春そのものに抱かれてるような気持ちになった。
今日も楽しかった。
きっと明日も楽しいだろう。
明日も、明後日も、明々後日も。
ずっと、ずっとずっとずっと。
苦しいことなんて、何もない毎日。ああなんて幸せなんだろう、俺は。ぱちゃん、ぽちょん、ぱちゃん、ぽちょんと水溜まりは音色を奏で、春雨はリズムを刻み、俺は歌う。あは、あははははは。あははははは、ははははほは。あはははははははははははははははははははははははははは。ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
はは。
ああ、もう。
「幸せ、だなぁ…………!」
∮
気が付けばもう家の随分近くまできていた。ここからなら後数分もかからないだろう。俺は歌うのを止め、走る速度を加速させた。
(早く、もっと早く)
学校にある間も楽しいけれど、家にいるのはもっと幸せなんだ。雨の音色よりも、いやどんな音楽も"それ"に勝ることはない。俺が最も胸が高鳴る瞬間、それがあの家のドアを開ける瞬間だ。だって、開ければ"あの人"が待ってるんだ。俺の帰りを待ってくれてるんだ。あぁ、早く早く会いたいなぁ。それでぎゅっと抱き締めてもらうんだ。骨が軋む程抱き締めてもらって、痛いくらいに抱き締めてもらって-------------------あぁ、待ち遠しくてたまらない。
扉の前、どきどきする鼓動を抑えてドアノブに手をかける。掌の内側が汗で湿っていて、開けるのに手間取った。
がちゃん。がちゃがちゃ。
扉を開く。
俺はそこで待っている人の名前を呼んだ。
「ただいま、"兄さん"!」
∮
『あの日、馬場君は半ベソかいて僕の所へやってきた』
『ヒナ君が飛び降り自殺を図ろうとした、あの日』
『ここが流石と言うべきなんだけど、馬場君はヒナ君が飛び降りる瞬間もう既に現場にいたんだ』
『どうやらGPSアプリなんてものを入れていたらしい。……愛の為せる技だよねぇ』
『そして、ヒナ君は運が良かった』
『アパートの六階。あの高さから落ちたけれど、ヒナ君は死ななかった』
『まぁ馬場君がすぐに救急車を呼んだからってのが一番大きかっただろう。……彼の功績だね』
『うん?……あぁそうだよ、ヒナ君は死んでない』
『馬場君もそれは知ってるよ』
『……じゃあどうしてこんなことになってるか、だって?』
『さぁね、どうしてだろう。僕にはさっぱり分からないな』
『…………どこかに、弱った心につけこもうとした悪い大人がいたんじゃないのかな』
『あぁそれにしても、あの時の馬場君はとっても可愛かったなぁ』
『すぐに壊れてしまいそうなくらい震えてて…………まぁ実際にすぐに壊れてしまったんだけど』
『まぁ何はともあれ馬場君は"馬場満月"になった、正真正銘のね』
『それをする為には過去を否定しなければいけなかった』
『楽しかった思い出、忘れてはいけなかったこと、全部を』
『その結果、彼の世界は随分と小さくなってしまった』
『このまま行けば、きっと彼の世界が"兄さんと自分だけの世界"になる日も近いだろう』
『……なんて、幸せなんだろうね。それは』
『ねぇ、そう思いませんか。先輩』
『…………先輩?先輩、何処にいったんですか』
『僕を、一人に』
∮
兄さんの白いふわふわに頭を抱えて埋める。
「えへへ」
「……どうしたの?満月」
兄さんの白くてふわふわした髪の毛からは何時も甘い匂いがする。まるで綿菓子みたいだ。俺は兄さんのこのふわふわの甘い白い髪が大好きだ。ずっと顔を埋めていたい。だけど綿菓子は口の温度で直ぐに溶けてなくなってしまう。じゃあ兄さんも溶けてなくなってしまうのだろうか。それは嫌だなぁ、と思って兄さんが俺から離れないように身体をぎゅっと抱き締めた。
「もう。……どうしたのさ、満月」
「……兄さんは、溶けない?」
「本当にどうした?……大丈夫、兄さんはずっと満月と一緒にいるから。だから、ね?安心して……」
「うん……」
兄さんは人間だ。だから溶けるはずがない。そんなの分かりきってることのはずなのに、何故だかどうしようもなく不安になった。目を少しでも逸らしたら、その一瞬で大切なものが全部消えてしまうような、そんな感覚が、恐怖が、俺を襲ってくる。
怖くなって、俺は兄さんの身体をより強く抱き締めた。
「…今日の満月は甘えん坊さんだね」
「…………」
「いいよ。ほら、こっちを向いて」
「うん……」
「ぎゅー」
「…………ぎゅー」
「暖かいでしょ?」
「…………うん、暖かい」
そう言って兄さんは正面を向いて俺の身体をぎゅっと抱き締めた。暖かくて、気持ちよくて、心地いい。このまま兄さんの中に溶けて、一つになれたのならどんなにそれは良いことなんだろう。そうなったら、きっとこの名前の付けられない不安もなくなる。なんて幸せなんだろう。それは。そう思ったら、知らず知らずのうちに涙が零れていた。
「…………泣いてるの?」
「……兄さん、俺、分からないんだ」
「……」
「……学校は楽しい。友達はいないけど、幸せだ。みんな凄くいい人ばっかりだ。……なのに」
「……なのに?」
「時々その全部を捨てて、逃げてしまいたくなる」
いつか全部消えてなくなってしまうなら。
いつか壊れると分かっているから。
それならいっそ。
自分の方から。
「…それも良いと思うよ。僕ならずっと満月と一緒にいてあげられるよ。満月に寂しい思いなんか、不安にさせたりなんか絶対しない」
「…………本当?」
「うん、絶対」
その言葉を聞いたら、酷く安心して。疲れが一気に実体化する。眠い。とても眠い。兄さんの腕に抱かれながら俺はゆっくりと目を閉じた。
「…………一人ぼっちは嫌なんだ。凄く、凄く寂しいんだ。悲しいんだ。辛いんだ。ねぇ、一人は嫌だよ。一人にしないで、俺を、一人に……」
最後に見た兄さんの顔は笑っているように見えた。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.93 )
- 日時: 2018/03/27 08:13
- 名前: 羅知 (ID: W0tUp9iA)
∮
放課後の空き教室には薄いカーテンを透過して光が差し込んでいる。中途半端に開けられた窓からは、はらはらと桜の花びらが入ってきていた。今は誰も使っていない空き教室。ほんの少し前まで此処でオレ達は一年B組の生徒として一年を過ごした。個性ある仲間達と、共に学び、共に笑い、共に泣いた。机の位置も椅子の位置も何もかも変わらないはずなのに、人気のないこの場所は、共に過ごしたあの場所とは別の場所のように見える。
そのことをオレは───尾田慶斗は、ほんの少し切なく感じる。
まだ一ヶ月も経たないけれど、アイツらも、あの頃とは変わってしまっているだろうか。もし、そうだったとしても、この場所に来てくれるのなら、きっと心は同じだろう。それにどんな風に変わっていたって、アイツらはアイツらだ。一年を共に過ごしたクラスメイトだ。それは変わらない。
(……それに)
『……ほんとうの、おれで、みんな、と、すごしたかった、いっしょに、わらいたかった』
『もし、もういちど、あえるなら、おれを……うけいれてくれ、ますか、ともだちに、なって、くれますか?』
その言葉に俺達は確かに頷いた。だけどアイツはそれを見る前に目を閉じてしまった。俺達は伝えなければならない。アイツが泣きながら言った"あの言葉"の返事をアイツに伝え直さなければならない。腫れるくらいに掴まれた、あの腕の痛みを、俺達はきっとそれをするまで、忘れることなんて出来やしないのだ。
今日、この場所でアイツらと集まろうと約束した。
大切なクラスメイト二人を取り戻すための作戦会議のために。
∮
「────つまり、シーナは可愛さと格好よさを兼ね備えた天使であり、人の理に収まる器ではないんだよ。分かるか?いや分かんないだろーな、分かってほしくない。だって分かっちまったらお前はオレの敵ということになっちまう。シーナの為なら鬼でも悪魔でも何者にだってなってやるつもりだけれど、何もオレは敵を増やしたい訳じゃないんだ。むやみやたらに血を流すのはオレの本意じゃない。じゃあ何故オレが、こうもシーナについて語るのかって言えばそれはまあアレだよ、神話は語り継がれなければならない。それを語るに相応しい者は誰か?誰よりもシーナの事を知っているのは?そうオレだ。つまりこれは信仰活動なんだ。この行為によってオレはシーナを崇拝しているんだ。あくまで信仰活動であり布教活動じゃない。オレ以外が信仰するなんて認めない。だってシーナは、オレの可愛くて、格好いい、天使のシーナは」
「────尾田君、これ以上惚気るようなら、この場から即刻立ち去って下さい。これは本当です」
ここで止めないと、あと小一時間は話し続けそうな勢いだったので、最大限の睨みを効かせて止めさせてもらった。結構言葉がキツくなってしまったような気がするけれども、このくらい言わないと彼の葵に対する愛は留まるところを知らないのだ。一年の時からそうだったので、もう慣れっこだけれども彼にはもう少し節度というものを覚えてほしい。私、菜種のそんな言葉を聞いて、彼は驚いて眉を八の字にして弁解しながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。もしかしたら彼は不安だったのかもしれない。クラスは、ばらばらで、通りすがりに会うこともあまりない。だからこそ一年の時のようにわちゃわちゃと意味のないお喋りをしたかったのかもしれない。こういう下らない会話を楽しみたかったのかもしれない。
彼がこうして調子に乗って話している時、よくつっこんでいたのは背の小さくて可愛らしい顔をした"彼"だった。馬鹿じゃないの、そんな風に言いながらも毎回ご丁寧突っ込んでいる姿はクラスの定番だった。
今ではクラスどころか、この学校のどこにもいない、彼。
自ら命を絶とうとして飛び降りた、彼。
私達の、大切な、友達。
「ご、ごめんって。一年B組メンの久し振りの集合だから、ちょっとテンション上がっちゃってさ」
「尾田君は限度という概念をご存知ですか?」
一年の時には、こういうノリになかなかついていけなかったけれど、あの一年で鍛えられたのか、こういうことも言えるようになった。自分で言っていて性格が悪いなと思う。だけども言われた側である尾田君は、あまり悪い風には感じてないらしく、感心したようにこう言った。
「……はぁ、菜種ってば本当学年上がってから"強く"なったよなぁ。自分の意見とかもずばずば言えるようになってさ。同じクラスだった時は本当大人しい奴に見えたんだけど……今のクラスでは、級長やってんだろ?本当凄いぜ」
別に他に立候補者がいなかったので、手を挙げただけだ。まぁ、やってる内に"やりがい"とか、"楽しさ"とか、そういうのを感じないことも、なかったけれど。結果的にそうなっただけで、私が立候補した理由はそんな大層なものじゃない。内申稼ぎとか、このまま決まらないのは良くないから、とかそんな邪な理由だ。それを真顔でそういう風に言わないで欲しい。何だか急に自分が凄いことをやってるような気がして、顔が赤くなってしまう。
そんな反応を見せた私に、尾田君は顔をひきつらせた。なにかしらと思って横を見てみれば、隣に座っていたガノフ君が般若みたいな顔をして尾田君を見ている。
(私が……尾田君に誉められて、赤くなってたから?)
もしかして、これは巷でいう"ヤキモチ"という奴だろうか。そうだったら……嬉しい。余計顔が赤くなってしまう。
そんな私とガノフ君に、尾田君は呆れたようにはぁと、ためいきを吐く。
「……ああもう、そのくらいで照れないでくれよ。横にいる奴に消されちまう。オレの言えたことじゃないけど、お前ら二人も相当惚気てるって」
「……惚気て何が悪い。紆余曲折あって、ようやく!ようやく、こうして!二人で!」
からかうような尾田君の言葉にかちんときたのか、ガノフ君の言葉に熱が籠る。付き合う前の彼はこんな風に感情を表に出す感じではなかった。あくまで冷めたまま思ったことをそのままいう、そんな人だった。私のせいで、"こんな風"になってくれたのなら、それはなんて嬉しいことなんだろう。
ガノフ君のそんな様子を尾田君は、へらっと笑って受け流している。やはりあんまり堪えてないらしい。
「あーハイハイ、オレが悪ぅございました。まぁラブラブなのは悪いことじゃないと思うぜ。……今の状況は"アイツ"もきっと望んでた」
「…………」
尾田君が、その言葉を口にした瞬間、空気が変わった。騒がしかったそれが、一瞬でしんとしたものに変わる。
あの、"約束"を、私達は忘れることなんて出来ない。
その為に、今日も集まったのだから。
「だけど、オレ達だけが、幸せじゃ、駄目なんだよ。アイツも、アイツらにも、幸せになってもらわないと」
「ただいまー。ちょっと日直で遅れちゃった…………あれ?何か辛気くさい感じだねッ?」
しんとした空気を壊す、がらがらという扉を開ける音を立てて葵がくる。これで今日これるメンバーは全員来た。私と、尾田君と、椎名君と、ガノフ君。
馬場君の、"あの言葉"を聞いた、メンバーは、あと二人いた。
「あの二人は…………来なかった、ですね」
「仕方ねぇよ。アイツらも…………あの言葉を、忘れてる訳じゃない。ただ理由があって……来れてないだけだ」
きっとそうなのだろう。あの二人が夢見るみたいに、ふらふらと歩く彼を見る目は、酷く苦し気だったから。自分の中で何か問題があって、その折り合いがつくのに時間がかかってるんだろう。私達にそれを急かす権利なんてない。
一ヶ月前の終業式のあの日。
私達はあの日を忘れられない。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.94 )
- 日時: 2018/07/01 17:50
- 名前: 羅知 (ID: TxB8jyUl)
∮
愛鹿社は人気者だ。
「愛鹿さん、二年生になられてからよく音楽を聞いてらっしゃいますけど、何を聞いてますの?」
「…………あぁ。これか?」
「えぇ」
「んー……秘密」
誰もが彼女と話す際、頬を染める。彩ノ宮高校が女学校だからというのもあるだろう。学校での彼女は所謂王子様だ。おれ───中嶋観鈴としては彼女のそんな立ち位置を不服に思っているのだが。社は王子様なんて柄じゃない。むしろ童話のお姫様を夢見る、可愛らしい女の子だ。小さいときの彼女はよくふんわりとしたスカートを履いて、ピンク色を好んで着ていた。そしてお姫様の出てくる絵本を読んでは、その童話の中のお姫様を羨ましそうな目で見ていた。将来の夢は可愛いお嫁さんになること。彼女はよくそうオレに話していた。
しかし、いつからだっただろうか。彼女は極端に変わった。長かった髪は肩よりも短く切ってしまい、服の感じもボーイッシュなものを着るようになり、口調も変わった。特に人前では、まるで男のような振る舞いをとるようになった。まさに童話の中の"王子様"のような。
きっかけは今でも分からない。しかし彼女に何かあったことは確かだ。
「私は、お姫様にはなれない。それが分かったから」
理由を聞いてみても、彼女はそう答えるだけだった。意味が分からなかった。おれからしてみれば、彼女は今も昔もずっと可愛い女の子だ。だからこそ周りのキャーキャー叫んでる雌豚共の気持ちがまったく理解できない。社の可愛さも理解できないで、あんな風に頬を染める姿を気持ち悪く感じる。見る目のない下等生物は黙って、地べたに這いつくばって泥水でも啜っておけばいいと思う。
「えー?教えてくれないんですか?」
「あぁ……私のお気に入りの奴だからな。皆には秘密だ」
べたべたと汚ならしい手で社の腕に絡み付く糞女。お前の便所臭い匂いが社に移ったらどうしてくれる。身の程知らずが、弁えもせずに。
(死ねば、いいのに)
あぁ虫酸が走る。
そろそろ、我慢の限界だ。
おれは席から勢いよく立ち上がって、社に群がる糞虫共をかき分けて彼女の所へ走った。
「あーセズリぃ、おトイレ行きたくなっちゃったぁ!一人じゃ寂しくて泣いちゃうからぁ……やしろちゃん、一緒にいこ!」
「あ………あぁ」
腕を無理矢理引っ張ると、抵抗することなく彼女はオレについていった。さっきまで社に話し掛けていた強い香水を付けた女が元々醜い、その顔面を更に歪ませて、おれの方を睨んでいる。あぁお前には、その顔がお似合いだ。おれは心の中でその女の顔に唾を吐いた。誰かが「身の程知らず」「便所女」そう小声で言った。
鏡を見てから言ってくれ、そう心の底から思った。
∮
『私はお姫様には、なれない』
『それはずっと前から分かってたんだ』
『王子様は私に振り向いてくれないし』
『お姫様は、お城の外へ出れないから』
『……王子様とお姫様は一生くっつくことは、ないの』
『だから、さ。思ったの』
『私が、王子様になればいいんだ。って』
『そしたらさ、私は私の愛する人の所へ行けるの』
『大好きな、あの人の所へ』
『……だけどさ。私の愛する人は何処かへ行ってしまったみたい』
『私ね。大好きな人のことは一挙一動まで知らなきゃ気が済まないの』
『だから、今度見つけた時は』
『私のお城に閉じ込めて』
『絶対に逃がしたりしないから』
『ねぇ、ユキヤ』
『私、ユキヤが帰ってくるまで』
『ずっと、ずっと見てるから、ね』
『今度は絶対に見失ったりしないよ』
∮
「なぁ社」
「…………」
「社ってば!」
「…………ああ、何?」
最近の社は変だ。いつもぼんやりしてる。ずっと耳にイヤホンを付けて音楽を聞いて何を言っても上の空だ。辛うじて人前では、ちゃんとしているけれど、おれと二人きりの時や家にいるときは"こう"だ。まともに返事すらしないこともある。
「社……最近変だぜ」
「そう?」
「うん、病院に行ってからだ。病院に行ってから、ずっとそうだ」
「そうかな」
そう言って社は小動物のように可愛らしく小首を傾げる。本人に自覚はなく、心当たりもまったくないらしい。やはりおかしい。病院に行った時から──あの小柄な男に会った時から、ずっとだ。あの男が社にとって、どんな存在なのかは知らないが、彼女に悪影響を与えるなら、おれは容赦しない。死んでもらいたい。
おれのそんな心情も露知らず、社はあぁ!と思いついたように、おれに話しかけてくる。その姿は酷く楽しげだ。
「天使ってさ、本当にいるんだね」
そんな、すっとんきょうな事を彼女は口にした。おれは、ぽかんとしたまま彼女のことを見ていた。そんなおれを気にせず彼女は話し続ける。意味の分からないことを。
「ヒナ、飛び降りたんだって。でも死ななかったんだって。やっぱりヒナは天使だったんだよ。そうに、そうに決まってる。ヒナが私の前に現れる時はね。いつだって私とユキヤを近付けてくれるの。ヒナは、ヒナはキューピッドなんだ。私の、私の天使。やっぱりね。あんな可愛い子が人間な訳なかったんだよ。私、私分かってたんだ。えへへ。もう、もう離さないからね。ユキヤ、私ユキヤが壊れちゃっても、もう、私のことが見えなくなっても、私はずっと、ずっと見てるから。私は、私は私は私は私はわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしは私は私は私はわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしは…………ははっ!!あはははははは!!あははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
「…………やし、ろ」
「あはははははっ!!楽しくないっ!!全っ然!!楽しくない!!心が空っぽでそこから色んなモノが零れ落ちてくみたいな感じ!!…………ふふふっ、どうしてそんな顔してるの観鈴?いつも私が幸せだと嬉しいって言ってくれるだろ?私は笑顔が一番だって!!ほら私笑ってるよ!!すごく、すごくすごくすごく!!観鈴も笑おうよ!!あはははははははははははははっ!!!」
壊れたように笑いながら、社は言う。
彼女の耳からイヤホンがぽとりと落ちる。そこからは音楽なんか流れてこず、ただただ人の生活音のようなものが垂れ流されていた。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.95 )
- 日時: 2018/07/01 18:38
- 名前: 羅知 (ID: TxB8jyUl)
∮
オレ──尾田慶斗が無事腹の怪我も完治し教室に戻ってきたとき、朝のクラス内には異様な雰囲気が流れていた。聞こえてくる会話、笑い声、その全てが空々しい。何もかもがわざとらしく、上擦って聞こえる。まるでクラス全員が下手な演技をしているようだった。それを見たオレは背筋がぞわりとした。見知ったクラスメイトが喋ったことのない他人よりも遠く感じた。何だこの気持ち悪い光景は。オレは、すぐにシーナの席に走った。気持ち悪い空間の中で、唯一シーナだけが綺麗に見えた。オレが走ってくるのをシーナは分かっていたらしく、オレの目を見てバツの悪そうな顔をした。何を言えばいいのか、何から言えばいいのか分からない。そう言いたげな様子だった。
「……シーナ」
名前を呼ぶと、シーナの体がぴくりと動いた。彼の視線が曖昧にさ迷う。オレは、どうしても何が起こっているのかを知りたくて、彼の瞳をじっと見つめた。
三十秒程、彼の目を見ていただろうか。根負けしたようにようやく彼はオレの目を見た。そしてゆっくりと口を開く。それは、いつも明るいシーナには似合わない重苦しい口調だった。
「…………うん、分かってたよ。ケートがここに来ちゃえば、すぐに分かることだって、さ。だけど……言ったら、"全部認めちゃうことになっちゃう"気がして」
「………?」
「…大丈夫、説明するよ。でも今は時間がないから……昼休みまで待ってて」
シーナが、その言葉を言い終えたのと同時にチャイムの鐘が鳴り響いた。慌ただしく席につく面々は、この時間が終わったことにどこか安心しているようだった。オレも、もやもやした気持ちを抱えながら席につく。オレがいない間に一体この教室に何があったというのだろう。シーナすらオレに教えてくれなかった。そんなにも言いにくいことなのだろうか、それは。
オレは昼休みが待ち遠しかった。このままじゃ授業なんて、まともに受けられそうにない。
そして、そんなオレの疑問に答えるかのように授業の最中、このクラスの"異変"はオレの目の前で起こって、オレに全てを伝えたのだった。
∮
初めは何か虫でも鳴いているのかと思った。
(……いや、これは)
かたかた、かたかた。よく聞けば、それは人の出している物音だった。いくらなんでも虫はこんな鳴き方はしない。これは机の揺れる音だ。かたかた、かたかた。気にしなければ大した音ではないが一度気にしてしまうと、不快に感じる程度には煩いと思ってしまう。一体誰がこんな音を出しているのだろう。オレは若干イラつきながら、周りを見渡し、その音の犯人の姿を見て息を飲んだ。
(……馬場、満月)
馬場満月の身体が、小刻みに震えて、机をかたかたと揺らしている。唇を噛み締めて、震えを抑えるように自身の身体を抱きしめているが、ちっとも収まっている様子はない。目からは涙がつたっている。彼の涙が、彼の教科書をしとしとと濡らしていく。その姿はまるで何かに怯えている獣のようだった。
誰もが馬場満月の、そんな姿が見えているはずなのに、皆示し合わせたように、それから目を反らしている。普通に進んでいく授業の中で、彼だけが置いていかれていく。彼だけが浮いていく。
(なんだよ、これ)
彼の存在は、このクラスに"なかったこと"にされていた。こんなにも震えている彼を、泣いている彼を、見て見ぬふりをしている先生やクラスメイト達。そんな彼らの態度に、驚きが、だんだんと怒りへと変化していく。
オレは半分ヤケクソになって、教科書を読んでる声も無視して、先生へ言った。
「……先生!馬場が体調悪いみたいなんで、保健室連れてきます」
「……え」
教室が一瞬ざわめく。生徒も先生もオレのその行動が信じられないというような目付きで見てくる。驚くことに、一番その目でオレを見てきたのは馬場満月だった。震えはそのままに、涙もふかないままで、オレをぽかんとして見ている。
「じゃあ、行きますから」
「あ、ちょ」
オレは先生の返事も聞かずに、教室の外に出た。
∮
「あの、さ……尾田、君……」
暫くオレにされるがままに引っ張られていた馬場だったが、保健室までの道のりを半分ほど過ぎたとき急に立ち止まって、彼は震える声でオレに言った。
オレはさっきのことで大分キレていたので、少しつっけんどんに答えた。これでもただでさえ泣いている馬場を怖がらせてはいけないと感情を抑えたつもりだったけれど、大分滲み出ていたようで、馬場はびくん!と身体を大きく震わせた。
「……なんだよ」
「……えっと、な、なんか、誤解してる、みたい……だから、説明する、けど、俺は苛められてる、……訳じゃ、ないぞ?」
「…………」
あの光景を見た上でその言葉を信じられる訳がなかった。馬場が泣いてる。震えている。それを皆無視している。あんなの完全に苛めだ。どんな理由があったとしても苛めは許されない。良い奴らだと信じていただけに、オレはアイツらに失望していた。よりによってコイツを、文化祭であんなに頑張ってたコイツを、いつだって生きることを頑張ってたコイツを苛めるなんて。
オレが信じてないのが伝わったのだろう、馬場は相変わらず声は震えていたが、先ほどよりも強い口調で、オレにはっきりと言った。
「信じて……もらえない、かもしれない、けど、"あれ"は、俺が、頼んで、みんなに、やって、もらってるんだ」
「…………」
「"あの時"のことを思い出すと……どうしても、こうなっちゃって……こんなの"馬場満月"じゃ、ないだろ?こんな、"オレ"、誰にも見られたくない……だから、だから"いないこと"にしてほしい、って頼んだんだ、皆に……俺が」
「……"あの時"?」
"あの時"、とは一体いつのことなのだろう。オレが入院していた期間で何かがあったのか?そんなニュアンスを込めてオレが"あの時?"と口にした途端、馬場は堰を切れたようにもっと泣き出した。彼の目からは滝のように涙がぶわっと溢れている。彼自身そんな風になっていることに驚いているようで、落ちていく涙を袖で拭いながら、困ったように笑った。
「……あ、あれ?おかしい、な……ごめん、ごめん尾田君……驚かせた。そうだよ、な。尾田君は"知らない"よな、入院、してたんだから……」
「む、無理して笑うなよ!別に説明したくないなら、説明なんて、しなくていいから……!」
本音を言えば、今すぐに"あの時"のことを知りたい自分は確かにいた。だけど馬場をこれ以上泣かせてまで、苦しませてまで、聞きたいとは思わない。オレは馬場の顔を自分の肩にぎゅっと押し当てた。彼の身体は力がまったく入っておらず、簡単に傾いた。耳元のすぐ近くで、彼の鼻をすする音と、泣き声が聞こえてくる。
「ほら……泣けよ。今ならオレも、誰も見てないから」
「…………は、はは。尾田君はかっこいい、なぁ…………でも、大丈夫だ」
抵抗することなくオレの肩に頭を預けた馬場だったが、数秒も経たない内にすぐに顔を上げた。既に彼は泣いていなかった。いや、勿論赤く目は腫れて、拭いきれていない涙はまだ痛ましく顔に残っていたけれど、それでも彼はいつもみたいに笑おうとしていた。上手く笑えなくて、大分歪んではいたけれど、自分を奮い立たせるかのように、口角を上げて、目尻を下げて、笑っている風にした。
「……馬場」
「大丈夫、大丈夫だから。……そんな不安そうな顔をしないでくれ」
そう言うと馬場は三回大きく深呼吸をした。すーはー、すーはー、すーはー。そしてそれが終わると、彼は落ち着いた声で、オレに"異変"の正体を端的に説明した。
「……濃尾日向が飛び降りた。俺と電話しながら。俺の目の前で」
「…………!」
「アイツのあの声が今でも忘れられない。落ちていくアイツの身体が今でも脳にこびりついてる」
「…………」
「……俺がすぐに救急車を呼んだからなのか、運が良かったのか。濃尾君は、助かったよ。安心した。凄く、安心した……だけど」
唇をぎゅっと噛み締める馬場。彼の顔が苦渋を飲みこむみたいに歪む。
「紅先生が、しんじゃった」
彼の止まっていた涙が、また溢れ始める。ぽろぽろ、ぽろぽろと顔中をつたっていく。拭っても、拭っても、その涙がなくなることはない。消そうとしても、忘れようとも、その事実は消えることなく彼の頭に残って、彼を苦しめているのだろう。
「……俺、濃尾日向が、助かった……って聞いて、凄い、安心して…………だけど、ヒナは死にたかったのに、オレ本当に邪魔しちゃって良かったのかなって……なって。ヒナに、言われたんだ、何で邪魔したのって。凄く、今までにないくらいに怒鳴られて、泣かれて、出てって……って言われて」
「…………そしたら、星さんに、会って。紅先生が……しんじゃったって聞いて。すてら、さん……泣いてたんだ。それで……オレに言うんだよ。どうして……どうして命を粗末にするの、って。捨てるくらい、なら…………生きたかった人に渡してって、紅先生に渡してって…………それ聞いて、オレ分からなくなっちゃったよ……オレどうすれば良かったの……ヒナを……見殺しにしろって……?そんなのは無理だよ…………でも、すてらさんの言うことも……分かるんだよ。オレも……ヒナも、自分が嫌いで……命をないがしろにして…………辛くても、死にたくても、一生懸命に生きてた、生きようとしてた……あの人はしんじゃって……」
「…………今さら気がついたんだ。オレたちの捨てようとしていた……命は……誰かの生きようとしていた命なんだ、って……」
「…………………でも、オレ、ヒナには死んでほしくないよ……生きててほしかったんだよ………………でも、どうして……?オレは、こんなにも死にたいのに……ヒナは、あんなにも死にたかったのに…………どうして生きようとしてた人が……死ななくちゃならないんだよ……殺してくれよ……死んじゃいけないなら…………誰か、殺してくれよ…………あの人が死んだのに……オレが生きてるのが……不思議で……苦しいよ……誰かの"生きたい"を背負って……生きてくのは、辛いんだよ…………」
悲しい。苦しい。辛い。消えてしまいたい。
オレには馬場の言ってることが分からなかった。先生が死んでしまったとか、馬場と濃尾の狂おしいほどの死にたい気持ちとか、それらを理解するにはオレの脳内容量が足りなすぎた。ただ、馬場自身も分からなくなりかけてるんじゃないかとらそんな風に思った。彼の言ってることは支離滅裂だ。だけど、そのぐちゃぐちゃの状態こそが今の馬場の心なんじゃないだろうか。死にたいとか、生きなきゃいけない、とか。そういったものに埋もれて、彼はもう何が何だか分からなくなってきてるのだろう。オレに、そのバラバラになってしまった心を拾うことは出来るだろうか。例え、拾えたとして、元の形と同じように戻すことなんて出来るのだろうか。不器用なオレに、そんなこと出来るのだろうか。壊れたものを、傷ひとつなく元の形になんて。そんな奇跡みたいなこと。
出来るはずが。
「…………」
ただただ泣き続ける彼に、オレは何も言ってあげることが出来なかった。どうしようもならない気がしてしまった。あんなにも馬場を救おうと思っていたのに、オレには出来ないかもしれないなんて、弱気な心が、オレに馬場に何も言えなくさせていた。仕方なく、そのあとの道は、黙ってオレは彼を保健室へ連れていった。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.96 )
- 日時: 2018/05/04 12:42
- 名前: オルドゥーヴル ◆ZEuvaRRAGA (ID: eGpZq2Kf)
どうも、いつもこの作品を読んでます。オルドゥーヴルといいます。
2年生になった馬場くん達ですが、まだ隠された何かがあるようで楽しみにしてます。
それでは、また次を楽しみにしてます
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