複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 当たる馬には鹿が足りない【更新停止】
- 日時: 2019/04/09 23:57
- 名前: 羅知 (ID: miRX51tZ)
こんにちは、初めまして。羅知と言うものです。
普段はシリアス板に生息していますが、名前を変えてここでは書かせて頂きます。
注意
・過激な描写あり
・定期更新でない
・ちょっと特殊嗜好のキャラがいる(注意とページの一番上に載せます)
・↑以上のことを踏まえた上でどうぞ。
当て馬体質の主人公と、そんな彼の周りの人間達が、主人公の事を語っていく物語。
【報告】
コメディライト板で、『当たる馬には鹿が足りない』のスピンオフ『天から授けられし彩を笑え!!』を掲載しています。
髪の毛と名前が色にまつわる彼らの過去のお話になっております。
こちらと同じく、あちらも不定期更新にはなりますが宜しくお願いします。
一気読み用
>>1-
分割して読む用
>>1-15
>>16-30
>>31-45
>>46-60
>>61-75
>>76-90
>>91-115
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.47 )
- 日時: 2019/02/16 13:00
- 名前: 羅知 (ID: 7JU8JzHD)
(………あぁ空気がうまい)
なんて刑務所から出てきた囚人のようなことを思いながら、腕をぐいっと伸ばす。空の青、草花の緑、町の彩りは、三日間"白"しか見つめてなかった目には少しちかちかして見えた。
(空は………こんなに"青"かっただろうか…)
天空に広がる紺碧色の空。雲一つなくさんさんと輝く太陽。
"オレ"が見た空は。
(違う。"昔"見た空は、もっと澄んでて、それで、もっとどこか"ぐちゃぐちゃ"で、それで、こんな"近く"になんて--------------------------)
「どうかしたかな?馬場君?」
「星、さん…………」
中性的なアルトボイスが響き渡り、ぼぉっとしていた脳が途端に行動を再開する。相変わらずの透明感のある白髪が太陽を反射し、きらきらと煌めいている。
マスクで隠れて表情ははっきり見えないが、目元だけを不思議そうに動かし彼は言う。
「空なんかじーっと見つめちゃって、どうかしたの?」
「………いや、星さんこそどうしてこんな所にいるんだ」
「僕は君を迎えに来たんだよ。まだ怪我が治りきってない病人一人で帰らせれる訳ないじゃない。嫌だ、っていっても送らせてもらうからね?」
そう言ってこっちに来て?と手招きをする星さん。そこまで言われてしまっては、こちらも断る手段がないので気は引けるが乗せて貰うことにした。別に乗せて貰っても不都合は特にないのだから。連れてこられた先にあった車は真っ白で傷一つなく見たことのない車種だった。それでも、値段が高いということだけは中の細かい縫製、スイッチの沢山付いた運転席から嫌というほど伝わった。
「………随分、高そうな車なんだな」
「そう?僕が買った訳じゃないからよく分かんないんだよね。これ、濃尾先生に誕生日プレゼントで貰ったんだ。僕をイメージして"デザイン"してもらったらしいよ?大袈裟だよねぇ………」
彼はそう言いながらけらけらと可笑しそうに笑っているが、笑いごとではないと思う。普通誕生日プレゼントにこんな物を送るか?ただの元"患者"に?オーダーメイドで?そんなのは普通じゃない。ありえない。
"濃尾先生"----濃尾日向の叔父で、紅達の"恩人"であるらしいが一体どのような男なのだろう?こうしたプレゼントを買ってやるほどの仲なんてまるで普通ではない。ただの"患者"と"先生"の関係では到底ありえない。それに。おかしい所が一つある。
何故それだけ安定した"財産"を持ちながら、彼は濃尾日向を引き取らないのだろう?
"例の関係"を始めて数ヶ月経ったとき、濃尾日向に家のこと、親のことについて聞いたことがある。少し笑いながらアイツは答えた。
「…あー、僕独り暮らしなんだ。マンションの一室で一人暮らし。お金が時々振り込まれてくるから、楽勝に生活出来てるけどたまには顔を見せろって思うね、僕の"親"」
「………お前の今の姿見たら、親御さん泣くだろうな」
「………………………そう、だろうね」
思い返してみれば、あの時の濃尾日向はどこかそわそわしていて落ち着きがなかった。"親"に思うところが色々あったのだろう。今までの話で一度も出ることのなかった"親"の存在。会うことはせず、自分の近しい者を周りに置いて様子を見守る叔父。考えれば分かることだった。濃尾日向の"親"は恐らく--------
「なぁ」
「………なぁに?ヒナ君のお父さんお母さんのこと?"君の想像通り"死んじゃってるよ。それで"君の想像通り"ヒナ君はそのことを知らない。ただ何処か遠い所で仕事してるだけって思ってる」
……ここまで明確に当てられてしまうと少し気味が悪い。貴方はサトリか、なんて思ってしまう。しかし濃尾日向は親がいないことを不思議に思わないのだろうか、いくら仕事とおっても数年に一度も帰ってくることがなかったら流石に疑問に思うはずだ。
「あー、あの子高校以前の記憶がないからね。一年くらいいなくても全然不思議に思わないし、もしかするとそういう倫理観とかも少しズレてるのかも」
「は?」
今この人はさらりと何を言った?そういうことは普通当人のいないところでは言わないものなんじゃないのか?…"濃尾日向"が記憶喪失だということは少なくともうちの学校の生徒では誰も知ってる人間はいないだろう。この俺が認識していないのだから確かなはずだ。それを、何故?何故この"俺"に------------
「君がヒナ君の"親友"だからさ、馬場君」
前にも紅から同じことを言われたことがある。俺が濃尾日向の親友だから、だから俺の世話も焼くのだと。だが、どいつもこいつも頭がおかしい。あんなに濃尾日向のことを調べていたのだったら"知っている"はずだ。俺と濃尾日向の"関係"。俺が濃尾日向にしたこと。あんなものを、あんなおぞましいものを知っていて、なお俺と濃尾日向の関係を"親友"と呼べるその神経が理解できない。
俺が心の中でそう悪態を吐いているのを知ってか知らずか、星さんはまるで本来のおもちゃの遊び方を知らない子供を見るかのようにくすりと笑う。
「"そういう所"だよ。馬場君。君は君が思っている以上に"優しい人間"だ。ちゃんと"自分"を認識しな。鏡は全てを裏返しにするけれど、真実だって確かに写してくれてるんだから」
その言葉を最後に車のスピードはゆるゆると落ちていき、ついにはその動きを止めた。見慣れた景色だ。いつの間にか目的地に着いていたらしい。高層マンション玄関前。
「さぁ着いたよ、馬場君-----「待ってたよ」
聞き覚えのある、女子みたいな高い声。
見慣れたマンションの扉の前には、そこいるはずのない"アイツ"が冗談みたいに、にこにこしながら立っていた。
「おかえり」
そこには、濃尾日向が、いた。
「な、んで………此処を………………?」
------------それは、悪夢のような光景だった。否、夢であってほしいと心の底から強く願った。
*************************************************
冬だというのに、生ぬるい気持ち悪い風が吹く。
「あは?ずーっと、ずーーーーーーーっと待ってたんだよ?お前が帰ってくるのをずーーーーーーーーーーーーっと!!!!……………あーあ、おかしいと思ってたんだぁ……………お前が体調不良なんて絶対に!!!だからさ!!僕、頑張って調べたんだよ!!僕の情報網はネットは専門外なのに、もうすごーーーーーーく!!!頑張ったんだから!!!だから僕知ってるんだから!!………誉めてくれよ!!お前の為に労力を使ったんだからさぁ!!!」
「………………………なぁ」
「ねぇなんで何も僕に言わなかったの?」
「………………………なぁ!」
「僕、電話したのに!!!!!何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も!!!!ずーーーっと!!!ずーーーっと!!!ずーーーーーーーーっと!!!!」
「…………………おい!!」
「お前はそんぐらいで倒れる人間じゃないでしょ?何"人間"みたいなことしちゃったんだよ?なぁもっと嘲笑えよ、もっと軽蔑した目でこっちを見ろよ、人間みてぇな顔してんじゃねぇよ!!!!!!!!!なぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁ!!!!!!!!!」
「………………………………おい!!!」
「………僕の元から離れる気?いいかげんこんな変態は嫌になった?なぁどうして僕に隠し事するんだよ、どうして僕のことを裏切るんだよ?そんなことしたら絶対に許さないその時は僕はお前を殺してやるお前を殺して僕も死んでやるんだから何?それとも社会的に殺される方がいい?あはそれもいいかもね僕とお前の二人きりで社会的に殺されるのもあぁでもその時はもういっそ死んだ方がマシかあはははははははははその時はお前が僕を殺してくれるんだよなぁ勿論あぁでもお前も死ねよ?人一人殺しといてのうのうと生き続けるとかクズの諸行だからね?ねぇだから死のう?ね?ね?ね?ね?ね?ね?」
話が、通じない。
目がこちらを見ていない。
やっぱりここは"夢"の中だ。
だって、叫んだって、手を伸ばしたって絶対に届かないんだから。
あぁもう。
誰にもこんな顔させたくなんか。
「………………"ヒナ"」
口から知らず知らずの内に音にならない言葉が零れて。
「…もう、絶対に置いてなんか、いきませんから、安心して、下さいよ」
置いてかれるのは"オレ"だって、もうこりごりなんだから。
掠れた声で呟いたその"言葉"は、風に流されて誰にも聞こえることはなかった。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.48 )
- 日時: 2017/06/08 21:18
- 名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)
*************************************
「…おはよ。"シーナ"」
尾田慶斗の一日は、親愛なる"彼"への"朝の挨拶"から始まる。
部屋中に"彼"の顔が見えているので、どんなに寝相が悪かったとしても見逃すことはない。例え前日寝るのが遅かったとしても、"彼"の顔を見ればすぐに目が覚めてしまう。自分にとって何よりも効果的な目覚ましだ。朝の挨拶を交わすと、部屋中の"彼"が自分に笑いかけてくるような気がする。あぁ幸せだ。
ひとしきり幸せを噛み締めると、朝食の準備を始める。ふと、台所の隅にある"彼"の爪や髪やらが目に入り………少し迷ったが止めておいた。彼の体の一部を体に取り入れたところで体調を崩す訳がないが、あまり豪快に使い過ぎるものではない。いくら幼馴染という関係とはいえ、なかなか手に入るものではないのだから。
スクランブルエッグにウインナーにインスタントのコーンスープ。平凡だが、まぁ普通にうまく出来たと思う。彼の朝の様子をこっそり彼の部屋に仕掛けた盗聴機で聞きながら、美味しく頂いた。色んな意味で。
そんなこんなでのんびりしていたら、登校時刻になってしまった。窓の外が随分と騒がしい。徒歩二十分程で着くうえ、今の時間に出ても十分余裕のある時刻だが、彼を余裕を持って教室で迎えるにはこの時間がベストだ。ちなみに家まで彼を迎えに行くことはしない。遅刻寸前で慌ててる彼の声を聞くのはとても興ふn………いや、とても微笑ましい気分になるし、あまり彼の家に近付き過ぎると共鳴効果で自分の持っている盗聴機からノイズが鳴り響くのだ。
いつの間にか教室手前まで歩いていた。時計を覗けばジャスト八時を指し示している。いつもなら、このまま何も気にせず教室に入っていくのだが、今日は少し躊躇ってしまう。三日間空だった下から二番目、右から六番目の下駄箱に今日は靴が入っていたからだ。
この数日間、考えていた。紅先生が言ったこと。馬場満月のこと。濃尾日向のこと。そして、"あったかもしれない誰かの伝えられなかった思い"のこと。それは自分の貧相な頭じゃキャパが全然足りないくらいの重い"問題"で、やっぱりこの数日じゃ結論なんて出せる訳がなかったのだけど、それでも、それでも。
それなりの"覚悟"は作ったつもりだ。
意を決して扉を開く。ゆっくりゆっくり息を吸い込んで、吐き出す。顔ににっこりと笑顔を貼り付けて、いつも通りにがらがらとドアを開ける。
「みんなはよー!!馬場復活したんだってな!!久し振り!!来週末には文化祭だぜ!頑張ろーな!!」
「………………………………」
「………ありゃ?みんな元気ないのかな………?」
………おかしい。確かに早朝の為来てる人数は少ないのは事実だが、いつもだったらまばらに返事が聞こえてくるはずなのだ。こんな、誰も、返事がないのは、おかしい。
教室にいる数人と目が合うと、すぐに目を逸らされ--------いや、逸らされたのではない、"とある人物"を目で指し示されたのだ。
みんなの視線の先。そこには。
「馬場………………?」
馬場満月が、机につっぷしていた。
死人の様に動かない馬場。彼がこんな姿を学校で見せることはなかった。驚きやら何やらでクラスにいる全員が言葉を失い、奇妙な空気が流れている。
「………………ん…」
再び訪れた静寂から数秒経って、気だるげに顔をあげた馬場満月。そうしてあげられた顔は真っ白で、血の気がなく、焦点の合わない視線がこちらに向けられる。
「………………だ、れ………」
ようやく目線が合ったが、その目は明らかに眠そうで、いつものような覇気はなく、どこか虚ろで、誰が誰だか------いや、今"自分がどこにいる"かも認識出来てないように思えた。
まるで"人が変わった"ような馬場満月。休んでいた側が久し振りに学校へ来て、以前とクラスの雰囲気が変わったように感じるのはよくある話だが、その"反対"というのは、あまりにも珍しい。
「おい、馬場--------「馬場!!!」
オレが馬場に声をかけようとすると、一際大きな少し高めな声が教室中に響く。その声に反応して、びくりと大きく肩を震わす馬場満月。先程とは違う確かに意思を持った目でこちらを一瞬見やると、唇をぎゅっと噛み締めてその声の"持ち主"------------濃尾日向の方へ向かっていった。
「馬場!!僕が話しかけてんのに、無視するなんて酷いんじゃないの?」
「…はは!!悪い!!少し呆けていた!!濃尾君おはよう!!」
いつも通りの"彼らの会話"。それを見て、クラスのみんなは安心したように息を吐いて、教室内にざわざわとした喧騒が戻っていく。あぁあれは夢だったのだ。たまたま少し調子が悪かっただけだったのだろう。そんな理由をそれぞれの心の中で折り合いつけて。元の"日常"へ戻っていく。
"オレ"だけを取り残したままで。
("馬場満月"は、あんな"笑い方"をしない)
(あんな、困ったような、そんな"笑い方"はしてなかった)
(それに----------)
先程の、こちらを見つめた"目"を思い出す。
(----------あの"目"は、確かに、"助け"を求めていたんだ)
彼らの中で、"何か"が反転した。
この数日間で彼らに何が起こったのかなんて、分からない。だけど、だけど、だけど。
「………………オレは"諦めねぇ"からな」
喧騒の中、ぼそりと呟いたその言葉は、すぐにかき消される。別にそれでいいのだ。自分で"聞こえて"いれば。
様々な思惑が飛び交う中。
狂っていても。壊れていても。
薄情な現実は、全員に平等に向かってくる。
--------------"運命の文化祭"まで、あと十日間。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.49 )
- 日時: 2017/06/17 17:36
- 名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)
第5話『yourname』
「………お兄さん、大丈夫ですか?」
それが僕、金月星と当時小学生だった"彼"との出会いだった。いや、"出会い"というのは大袈裟な表現なのだろう。きっと彼は当時のことなど何も覚えていないのだから。彼からしてみれば、『公園でたまたま具合を悪そうにしていたお兄さんを少し気遣っただけ』きっとそれだけだ。
だけど、僕にとっては違った。
たった数分の会話。それに僕は確かに"救われた"んだ。
「……別に、大丈夫、だけど?」
長い前髪。肩まで伸びた艶のある黒髪。一見女の子に見えた。だけどひょろひょろしてるけれど少し筋肉の付いた体、そして声変わりし初めの出しにくそうな低い声。無意識的に顔を上げると、そんな全体的に陰鬱とした雰囲気のランドセルをしょった男の子が目の前にいた。大丈夫。そう答えた僕に少し安心した顔をした彼。変な子だな、そんな風に思いながら数秒彼の顔を見つめると、こちらの意図が伝わったのだろうか、彼は顔を真っ赤にして慌ててまるで弁明するかのように話し始めた。
「あ!!あの、オレ、この近所に住んでるんです!!えっと…それで、ここをたまたま通ったら、あの、お兄さんが、なんだか………辛そうに、見えたので…あの………………すいません。突然失礼でしたよね…」
そう言って肩まで伸びた黒い髪をぎゅっと握りしめてしゅんとする彼。その姿はまるで餌を貰い損ねた犬のようでなんだか可哀想で、少し---------可愛らしかった。
それを見て少しだけ気分の良くなった僕は彼に言った。
「ごめんね、さっき嘘ついた」
「………へ?」
「本当は………本当は、少しだけ嫌なことがあったんだ。それで………ちょっと辛かった」
「………………」
「でも、君に話し掛けられて少し気分が良くなったよ。………………君さえ良ければなんだけど、僕とお話してくれないかな?ちょっとだけでいいから、さ」
僕のその問いに彼は静かにこくりと首を前に動かした。それを確認して、ゆっくりと話し始める。
「僕にはね、君と同じぐらいの年頃の………"家族"みたいな人がいるんだ。血はつながってない。だけど僕のことを本当に慕っていてくれた」
「………………」
「…なのに、僕は、その子が本当に辛い目に合っている時に、助けてあげることが出来なかった。苦しい、って声を聞いてあげることが出来なかった。その"報い"なのかな………次会った時、その子は"変わって"しまっていた。"家族"、じゃなくなってた。僕の知ってる"その子"はもう、"死んじゃった"んだ」
「………………よく、分からないです」
僕がそこまで話したところで、彼はそう言って首をひねった。当たり前だ。僕は何を言ってるんだろう。初対面の人間に。ましてや小学生に。こんなの訳が分からないに決まってる---------
「……よくは、分からないんですけど、だけど、"それ"--------死んじゃった、ってのは違うんじゃないでしょうか」
「………どういうこと?」
彼のおどおどとした言動は、いつの間にか決して曲がることのない語気の強い口調に変わっていた。ずっと伏せ目がちだった目がきらきらとまるで星空の様に煌めく。
「"生きてる限り人間はどんな風にだってなれるのさ!!"------オレの兄の言葉です。その通りなんじゃないか、ってオレ思うんです。………お兄さんの"家族"の方は少なくとも死んではないんですよね。その子はお兄さんのことを確かに"慕って"くれてたんですよね。………その子の中にはまだきっとそんな"思い"が残ってるはずです。だから………お兄さんの大切な"その子"は死んでなんかいないんです。見えなくなってるだけなんです。"変わる"ってことは………"死んじゃうこと"じゃないんです。"生まれ変わる"ってことなんです。いつか、もっと素敵になって"帰って"くると思います。お兄さんの"家族"」
なんてオレが言える筋合いなんてないんですけどね----そう言いながら苦笑して恥ずかしそうに彼ははにかんだ。
「…それに"変わる"ことってあんまり悪いことじゃないと思うんです」
少し表情は翳らせて彼は言う。
「…オレは"出来損ない"なんです。オレ以外はみんな"優秀"で、彼らみたいになれたらな、っていつも思うんです。………こんなんじゃ"彼女"に笑われちゃいますね」
「"彼女"?」
「………昔"約束"をした"友達"です。オレ達は"太陽"だから。だから次会う時には"太陽"みたいになって帰ってくるからって。このままじゃオレ名前負けですから………」
そう言って不器用そうに僕の方を見て彼は笑うと、小さな声で僕に"その名"を告げた。彼によく似合う永久に地を照らす暖かい仄かな光の名だった。
「いい名前だね。君によく似合ってる」
「そう………ですかね。そうだといいんですけど」
お互いに顔を見合わせて笑い合って、僕達はいつかまた会えるといいねなんてそんな曖昧な再会の約束をして別れた。
(………だけど、こんな"再会"なんて望んじゃいないぞ、神様)
"彼"に何があったのかなんて知らない。変わりたい、そんな風に話していた彼は確かに彼の言っていたようにあの頃の彼は正反対に"変わって"いた。
でも、"こんなの"は君の言っていたものとは違うはずだ。
馬場満月。濃尾日向。
救ってくれた"彼"と救えなかった"彼"。そんな彼らのいる教室に本日貴氏祭八日前、僕は出向くことになる。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.50 )
- 日時: 2017/11/05 12:36
- 名前: 羅知 (ID: m.v883sb)
「久し振りですね。紅先輩。いやー…先輩が働いてる学校に来ることになるなんて昔は思いもしなかったですね…」
「僕もまさか白星君呼ぶことになるなんて思わなかったよ…椎名君が君に助っ人頼んでただなんて全然知らなかった…教室内、相当"酷いこと"になってるけど本当にいいの?」
いざ学校へ辿り着くと先んじて連絡していた、依頼されていた1のB組担任であり僕の尊敬すべき先輩である紅先輩--------もとい紅灯火先生が玄関で出迎えてくれていた。困ったような顔を浮かべてそう言う彼にどういうことですか?と問うと、困ったような顔をもっと困らせて苦笑しながら一言だけ言った。
「………見れば分かるよ」
「だから、どういうことなんですってば---------」
僕が彼にそう聞いたか否か、急にざわざわとした喧騒が廊下に響き渡り僕の声は彼に聞こえなくなってしまった。
喧騒の内容を聞いてみると、おおむねこんなことを言っていたように思う。
「料理班!!レシピは作れたの?」
「料理班こちらただいま作成中!!現在目標の十レシピ中三しか出来てません!!」
「服飾班!!キャスト班!!進行どうですか?」
「「双方時間が圧倒的に足りない!!!特に服飾!!手が空いてる人がいたら救援頼みます!!」」
「リーダー!!馬場がさっきから目座っててめっちゃ怖いよぉ…!演劇ガチ勢なんだけど!!超スパルタなんだけど!!キャラ違うよぉ…!!」
「……無駄口叩いてる暇があるなら、台詞の一つでも覚えてくれないか?」
「はいぃぃい!!!了解しましたぁ!!そんな目で睨まないでぇ…」
扉を開ける前からそんな声が聞こえてくるので、僕は思わず溜め息を吐いた。
「………"酷い"ですね、これは」
「ある意味文化祭の正しい形なんだろうから、教師としては皆が満喫してるようで嬉しい限りなんだけど。………君に"これ"を任せると思うと少し心苦しいや」
なんだかとても申し訳なさそうな顔をする彼。…そういえば昔から人に何かを少し頼むことでも物凄く罪悪感を感じる人だった。何でも一人で背負い込んでしまうので彼のそんな"癖"を止めるのに僕等は必死だった。
この教室の中にいるだろう"彼"も、きっと根本ではそんな性格に違いない。
じゃなきゃ"僕達"の中で、どこまでも"ことなかれ主義者"の彼を怒らせれる訳がないのだ。所謂"同族嫌悪"。つまりはそういうことなのだろう。
不安そうな彼にふっと笑って僕は言った。
「僕を誰だと思ってるんですか、先輩」
僕は。
「---------喫茶店ステラのマスター、金月星ですよ」
僕のそんな台詞を聞いて、彼はそうだったねと言って安心したように笑った
*
「----そんな訳で、今日は現役の喫茶店店主の人に来てもらってるよ。皆聞きたいことがあるなら、彼に迷惑をかけない程度に質問してね」
そんな彼の言葉を聞いてるのかいないのか、むわっと大勢で一気に集まってくる生徒達。その生徒の波に飲まれて少し転びかける女子生徒が一人…大丈夫だろうか、と思ってしばらくそちらの方を見つめていたが、どうやら近くに立っていた男子生徒が助けてくれたらしい。女子生徒は無事だった。
(…っていうか、あの子は…)
よく見ると女子生徒の方は、先日店に来ていた菜種知だ。男子生徒の方は…面識はないが、眼鏡を掛けた生真面目そうな留学生だった。目と髪の色素が薄い金髪で生粋の日本人ではない、ということだけがかろうじて分かる。菜種知はその男子生徒の方を見て、忙しなくぺこりと頭を下げるとどこかへ行ってしまった。逃げ行く彼女の耳はほんの少し赤く染まっていて、それを見送る彼の頬も赤い。あぁこれはそういうことなのだろう。と恋愛方面には疎い僕にでも痛い程伝わった。
そして、それは当然人混みの後ろでぽつんと立ち止まってこちらを見つめている゛彼゛にも伝わっていることだろう。
(さて、どう動くのかな。驚異の当て馬さん?)
そんな僕の意志が伝わったのか、僕の目をきっ、と睨んで彼は教室の外へ向かってしまった。なんだか以前より彼に嫌われてる気がする。僕はどんな形でさえ君と仲良くなりたいと思っているのに。
これからのことを考えると、子供達の手前顔に出すことは出来ないけれど溜め息を吐きたいような気分だった。
*
「馬場くーん」
「……」
「馬場満月くーん?」
「………」
「神n----「止めてくれ!!」
教室から出ていってしまった馬場君を追いかける為に、ちょっと荷物を取りに行ってくるねと言って外に出ると、すぐそこに馬場君はいた。僕が追いかけてることにだって気付いてるだろうにどんどん先へ行ってしまう彼。しかし僕が”その名前”を口にしようとすると彼の態度は一変した。
「やっとこっち向いてくれたね」
「……その名前は、もう捨てたんだ。もう俺には構わないでくれ」
「素敵な名前なのに」
「……………」
彼は、まただんまりを決め込んでしまった。だけどその表情はどこか複雑そうな面持ちで、ちょっと背中を押したら崩れてしまいそうだ。
「…君言ってたじゃないか。この名前は゛友達゛と同じ太陽の名前なんだ、って。その名前にはふさわしい自分になるんだって!!あの言葉は嘘だったの?」
「………あれは、゛俺゛じゃない」
「君だよ。僕を救ってくれた優しい君の言葉だ」
「……………俺は、優しくなんて、ない!!!!」
そう言ってずかずかと彼は僕の方へと近付くと、胸元の服をがっと掴むんで僕を引き上げると、反対の手で拳を振り上げた。しかしいつまで経ってもその拳が降り下ろされる気配はない。胸元を掴むその手はがくがくと震えていた。振り上げる拳も。荒い息をはーはーと吐きながら僕の目すらまともに見れずに彼は絞り出すように言葉を溢す。
「…優しかったら、俺は、彼に、あんなことをしていない」
「…………」
「近付いたら、いけない、彼を見たとき、それには気が付いていたはずなんだ。なのに、俺は、彼に…………近付いた」
「…………」
「アイツは、情報屋だから、今黙らせとかないと、とかそういうのは全部後付けの理由なんだ……本当は分かってる。彼の目は、゛兄さん゛にそっくりで、俺は、オレは、無性に懐かしくなってしまって、衝動的に、あ、ああ、オレは、俺は゛兄さん゛にやってた、みたいに。彼の首を、あの細い首をぎゅっと、絞めて」
ぽろぽろと、涙と言葉を溢しながら、堰が切れたように話し続ける彼の手にはもう力は入っておらず、何もかも、目の前にいる僕の姿すら見えていないようだった。そろそろ人が通る時間だろう。そっと彼の手を引っ張って空き教室に引っ張ると、力のはいっていない体は、簡単に教室に引き入れることが出来た。
「……どうぞ。続けて?」
「…二人とも可笑しいんだ。どうして笑うんだよ、どうして首を絞められてるっていうのにあんな顔するんだよ。どうして、どうして、オレなんかに首を絞められて、俺は、オレは、必要ないのに、なんで、あんな」
「オレがいないと、死ぬみたいな顔、するんだ?」
そこまで言うと彼は声にもならないような泣き声をあげて、ぐちゃぐちゃになった顔を隠すように、床に突っ伏した。ただただ唸るような声をあげている彼を見ながら少し切なくなる。
こんな風に本音を吐き出した所で、きっと次会う時彼は何もかも覚えていない。なんにもなかった。なんにもなかったような顔で、また普通にあの店を来るのだろう。僕は覚えているのに、彼らは何にも覚えていない。それが僕は悲しい。どうしようもなく辛い。
゛あえて壊れる程傷を抉ってみたけれど゛、なんにもならないみたいだ。
(゛忘れられない為には゛どうすればいいのだろう)
もう二人の息の根を止めるしか、彼らの中に残れる方法はないんじゃないのだろうか。なんて。
とうに壊れた精神で、考えていた。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.51 )
- 日時: 2017/06/29 16:21
- 名前: 羅知 (ID: 7pjyJRwL)
*
(逃げてしまった……変な風に思われてないかな)
久し振りに走ったせいで、息が上がってしまった。顔が熱い。頭がショートしてしまいそうだ。脳内を急速に冷却するために知らず知らずのうちに頭の中で理性的なことを考える。
私、菜種知を助けてくれた彼--------ウラジミール・ストロガノフ君は、ロシアからの留学生だ。三年前くらいから彼の両親の働いている会社の日本の支店に彼の両親が呼ばれた働くことになってその影響で彼も日本に来たらしい。彼自身、前々から日本に興味があったらしくロシアにいた頃から日本語はお手のものだったそうだ。
世界人口で一割程しかいないと言われている純粋な金髪、色素の薄い瞳、端正な顔立ちをした彼は始めこそ、それはもう女の子が集まっていた。
とうとう告白する子まで現れた時。彼は女の子の顔をその端正な顔でじっと見つめていった。
「お前は俺のどこを好きになったんだ?」
「…………え?」
「お前は俺のどこが好きか、と聞いている。質問に答えろ。…俺はお前と話を交わしたことなど一度もない。話したこともない相手をどうして好きになるんだ?答えてくれ」
「……え、…………えっと」
「告白したのに答えられないのか?訳が分からないな」
彼がそこまで言うと、告白した女の子は、ぽろぽろと涙を流してそのまま隅で隠れていた友達の方へ逃げていってしまった。逃げてきた女の子をぎゅっと抱き締めるとその友達達は、彼の顔を親の仇でも見るかのような目で睨んですごすごと帰っていった。
次の日になれば、彼の回りに女の子達が集まることはなくなった。それを見ていた人達、逃げた女の子、その子の友達、彼らがきっと事実を誇張して広めていったのだろう。彼の周りの人々は一人、また一人と消えていって------最後には誰もいなくなった。
だけど彼は変わらなかった。゛自分゛を曲げようとはしなかった。その姿は、嘘だ本当だと言って発言を誤魔化す私とはかけ離れてまっすぐで--------憧れだった。
そう。あくまでも゛憧れ゛だったはずなのだ。
゛あの時゛までは。
その日私は、日直の仕事で居残って先生に頼まれた荷物を教室に取りにいかなければならなかった。教室につけば大量の冊子物。とても一回では運びきれなさそうだ。生憎葵は、その日家の用事で先に帰ってしまって教室には誰もいない。ほとほと困り果てて仕方がなく二回に分けて運ぼうと荷物を手に持った時、がらがらと誰かが教室のドアを開けた。
「……誰だ?」
「あ、菜種です」
彼だった。どうやら忘れ物をしていたらしい。机 の横にかけてあった袋をとると、また彼は早々にドアの方へ戻っていた------かのように思われた。
「?……帰らないんですか?」
「……お前こそどうして帰らない」
「私は日直なんです。先生に荷物を職員室まで運ぶように頼まれてしまって。これは本当です……けど、どうしました?」
「…………」
私がそう答えると、彼は何を思ったのか私の運ぶ冊子物の半分以上を持って私にこう言った。
「その量なら俺とお前で持っていった方が効率がいい。半分渡せ」
「……え?」
「なんだ?運ぶのはこれじゃないのか」
「…いえ、それで合っています。だけど……それだとガノフさんが帰る時間が遅くなってしまいます」
その言葉を聞いて途端に大きく溜息を吐く彼。何か怒らせてしまったのだろうか、とびくびくしていると彼は呆れたように私に言った。
「…お前はレディで、俺は仮にも男だ。レディを一人で遅くに帰らせる男はいない。すぐに終わらせて帰るぞ」
そう言って急かすように彼は荷物を持って、教室の外へ出ていった。置いてかれてしまうと思い、私も急いでそれについていく。
「「…………」」
終始無言である。
何か話そうと思っても言葉が出てこない。気まずい。私がそう思っていることに感づいたのか自ら話を切り出す彼。
「…菜種、だったか」
「はい」
「………お前は俺をあまり怖がらないんだな」
「どうして怖がる必要があるんですか」
「……周りは俺を怖がっているだろう。知らないとは言わせないぞ」
「そうかもしれません、けど……」
私にとって彼は最初から憧れの対象で、恐怖の対象ではなかった。彼に私が彼を怖くないと思ってるのを伝えるにはこれを言うしかない。…けれども貴方にずっと憧れていました、なんて言える訳がない。そんなの恥ずかしすぎて死んでしまう。
ふと、横の彼を見ると彼の表情は暗いものに変わっていた。
(……あぁ、そっか)
いつまでも黙っている私を見て、彼は私の胸に秘める解答を悪いものだと思ったらしい。少しずつ、少しずつ彼の瞳には哀しみが色濃くなっていった。見せていないだけで、彼はずっと。
こんな゛哀しみ゛を。
「……貴方は、私の憧れなんです」
「……は?」
「…言いたいこともはっきり言えない私にとって、なんでも誤魔化さず真っ直ぐに物事を伝えることが出来る貴方が羨ましかった。貴方は私にとって恐怖じゃなくて----ずっと憧れだった」
恥ずかしくて彼の顔を見れない。でもこんな恥ずかしさ、彼にあの顔をさせるよりはマシなはずだ。ちらっと彼の方を見上げると、彼は笑うのを堪えるように口を噛み締めていて、私の顔を見ると堪えきれず吹き出した。
「わ、笑わないでください」
「あ、ははは……日本のヤマトナデシコは面白いことを言うな?」
「……何が面白いんですか。私は恥ずかしいです」
まだ飽きずに笑っている彼に私が不満げにそう言うと、彼は笑いながら私へこう言った。
「伝えれてるじゃないか、お前の思いをちゃんと。……貴方に憧れています、なんてなかなかどうして言えるものじゃないぞ?誇りに持て」
そうして笑う彼の顔は、普段教室で見せる顔とは随分違うものだった。彼の周りに人がいた頃も、いなくなった今も彼がそのように笑うことはなかった。誰もかれもが彼と本音で話すことをしなかったからだ。踏み込めば彼はこうしてまっすぐに向かい合ってくれたはずなのに。
(だけど…………)
私以外が、彼のこんな顔を見ることなんてなければいいのに、なんて思ってしまう私は性格が悪いのかもしれない。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22