複雑・ファジー小説

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当たる馬には鹿が足りない【更新停止】
日時: 2019/04/09 23:57
名前: 羅知 (ID: miRX51tZ)

こんにちは、初めまして。羅知と言うものです。
普段はシリアス板に生息していますが、名前を変えてここでは書かせて頂きます。

注意
・過激な描写あり
・定期更新でない
・ちょっと特殊嗜好のキャラがいる(注意とページの一番上に載せます)
・↑以上のことを踏まえた上でどうぞ。

当て馬体質の主人公と、そんな彼の周りの人間達が、主人公の事を語っていく物語。




【報告】
コメディライト板で、『当たる馬には鹿が足りない』のスピンオフ『天から授けられし彩を笑え!!』を掲載しています。
髪の毛と名前が色にまつわる彼らの過去のお話になっております。
こちらと同じく、あちらも不定期更新にはなりますが宜しくお願いします。



一気読み用
>>1-


分割して読む用

>>1-15
>>16-30
>>31-45
>>46-60
>>61-75
>>76-90
>>91-115

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.42 )
日時: 2017/04/15 21:43
名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)

*************************************
まっさらとした白い病棟には、まるで似合わない赤と黄色の影。

「あの子、おかしいね」
「…………茉莉、それには確かに同意するけれど人には言って良いことと悪いことが」
「だってあの子"死のうとしてた"はずなのに、たったの三日間休むのは嫌だなんて、おかしいよ。死んだらそれ以上に休むことに………ううん、もう二度と来れなくなってたのに」

その幼い姿に似合わない大人びた表情の黄道茉莉に、心惹かれながらも紅灯火は彼女の問に静かに答える。普段へらへらとした口元をきゅっと閉めながら。

「あの子は、ヒナ君と一緒なんだよ。………馬場君のあの言動見たでしょ?ヒナ君が嫌なことを"忘れる"
のだとしたら、馬場君は嫌なことを"なかったことにしてる"。記憶はあるけれど、それを自分の記憶と認識していない。ある意味ヒナ君より重症だよ」
「ふーん……」

そういって彼女は何か考え込んだように、腕を組む。そして暫く経つと何か思い付いたようにぽんと手を叩きまたいつものようににっこりと笑って紅を見た。

「じゃあ、あたし達頑張らなきゃだね!!」
「……………」
「先生とヒナ君は、"あの頃のあたし達"を救ってくれた恩人だもん!!同じように悩んでる子がいるのならあたし達も助けてあげなきゃ!!……ともくんもそう思うでしょ?」

紅灯火は、良い人間ではない。
自分でもそう自覚しているし、黄道以外の仲間もきっとそう思っていることだろう。そんなことは分かっている、けれども。

(君が笑って、そう言うから)


「……うん、そうだね」
いつだって彼女はとてつもなく輝いていて、自分はどこまでも汚れていた。酸化した血液の様に黒く、黒く。

それでも。

彼女がそんな自分の中から、光を見出だしてくれるのなら自分は"良い人間"になれる、のかもしれない。

そう感じながら、紅灯火はその掛け声にゆっくりと頷いた。

*************************************
馬場満月が、入院してから二日目。
彼の病室には、昨日紅が言った通り二人の来客がいた。

「…はーい、こんにちは馬場君。アタシは海原蒼(うなばらあお)。紅の……うん、知り合いよ。知り合い」
「……蒼姉(あおねえ)、面倒くさそうにしないで。多分馬場君の方が面倒くさいって思ってる。……この"性格"の時では初めまして、かな。馬場君。僕は金月星(かなつきせい)。ステラ、とか。白星(しらぼし)。ってよく言われる。……"いつもの"感じがいいなら、そうするけど。どう?」

海原蒼は、深い海の底の様に青い髪をした、紅灯火と殆ど変わらない年齢の女性だった。切れ長の目をしたかなりの美人なのだが、無気力そうなその表情が三割減で彼女の魅力を損なっている。
対して金月星は、光を透かしてキラキラと輝く白い髪をした青年だ。黒いマスクをしていて表情がうまく読めないが、こちらに敵意はないように思える。
というか。

「"あれ"って、演技だったのか!?…っていうかアンタも紅灯火の仲間……………!?」
「あはは"演技"っていうか、性格の一部………せっかく生まれてきたのに一つの人間の人生しか生きれないなんて損だと思うんだ。まぁ"ステラ"の性格は自分でもかなり無理があると思ってたけど…でも馬場君が分からない程度には馴染んでたみたいで、嬉しいね」

そうして彼は目だけで笑ったが、馬場満月は動揺を隠すことが出来なかった。

****************************************************

「えー…、馬場クン休みなの!?やっぱ無理してたんだ……」
「うん。そういうことだから馬場君は今日は風邪でお休み。幸い台本はもう完成してるからね。馬場君の為にも僕達皆で文化祭を成功させよう!!」

紅灯火が、クラスの皆々にそう伝えると椎名葵を始めとする様々な生徒がざわつきはじめた。いくら金曜日に倒れたとはいえ、明るくいつも元気で健康的なイメージの強い馬場が土日を挟んで休むのは意外だったのだろう。誰も彼もが彼を心配する発言をし、不安げな表情をしていた。

"彼ら二人以外"は。

(尾田くんとヒナ君…………)

何かを考え込むように俯き、唇をぎゅっと結んでただただ黙りこんでいる尾田慶斗。その姿は、紅灯火の言葉を聞いた後と被る。彼はきっとまだ考えている。これから自分はどう動くべきなのか。何をするのが正しいことなのか。
彼がそう考えるように誘導はしたけれど、最終的な判断を下すのは彼自身だ。決めるのは彼だ、例え彼が今までと同じように馬場満月を邪険にしたとしてもそれはそれで良いと紅灯火は思う。

あの言葉を聞いて、少なくとも彼の心の中には確かに変化があった。その事実だけで十分だ。邪険にしたとしても、それはきっと今までとは違う。その態度にきっと"馬場満月"は何かを感じるはずだ。

"壊れてしまった心"にでも、何か感じるものがあるはずだ。

問題は"彼"の方だ、と紅は考える。

(ヒナ君…………………)

目は見開き、顔面は蒼白で、口を半開きにして、こちらをまっすぐと見つめてくる彼は他の生徒達とは明らかにショックの度合いが違った。魂が抜けた脱け殻のようだった。そりゃあそうだろう。"馬場満月の異常性"を、"強さ"を、誰よりも盲信していたのが彼だったのだから。馬場満月が倒れた瞬間もそうだった。彼は誰よりも馬場満月が倒れたことに衝撃を受けていた。だからこそ紅は彼が保健室に向かった後すぐフォローに向かったのだから。本来紅は彼との関わりを極限まで控えている。抑えようとしても、確実に彼のことを贔屓してしまうからだ。教師として最低限のルールは守らなければいけなかった。

でも、あの時はそんな悠長なことは言っていられなかった。

彼のあの表情は、あの反応は"彼が記憶を失う前の症状"に酷似していた。自分の目の前で"また"あんな悲劇を起こさせてはならない。ただそれだけを思って紅は彼に助言した。あんな言葉はただの気休めだ。彼が完璧に"壊れてしまう"のを、ただ延長させたに過ぎない。けれども。

そう言ってあげるしかなかった。

また、あんな風になってしまったら。今度こそ、今度こそ彼の心はバラバラになって、もう二度と戻らなくなる。それだけは防がないといけなかった。
"治す"余地がなくなってしまったら、次に壊れるのは今度は僕達の方なのだろう。

(取り合えず……隙を見て、フォローしにいこう。誤魔化しでも何でもいいから、今の彼の心境から脱しないと……)



一人、そう考えた紅灯火だったがその必要はなかった。
何故なら。


「先生…………ちょっと良いですか?」


授業が終了しHRも終わると、濃尾日向はそう言って紅に話し掛けてきた。予期していなかった出来事に少々慌てながらも、対応する。

「…え、あ、うん!!何かな?授業で分からないところでもあった?全然時間あるから大丈夫!!どんどん質問して!!」
「?……忙しいんでしたら、別にいいんですけど…」
「いやいやいや!!!本当に大丈夫だから!!!なに!?」

少々どころじゃなかったらしい。怪しまれてしまった。落ち着いて、落ち着いて、なに?と彼にもう一度問いかけると、彼はゆっくりと一枚の封筒を差し出した。

「これ、馬場に渡して欲しいんです」

封筒には、小さなディスクと手紙が入っている。

「い、いいけど……、これ、どうしたの?」
「菜種と僕で土曜日、彩ノ宮高校へ演劇を学びに行ったんです。…馬場、案外文化祭楽しみにしてるみたいじゃないですか。これは休んでる場合じゃないぞ、っていう宣戦布告です」

そう言って、彼は小さく笑った。その目は"空っぽ"等ではなかった--------反対に、満たされているようにも思えた。満たされているとしたら、それは----

「先生、言ってくれたじゃないですか。"気にするな"って。だから僕もう決めたんです。"馬場が別人であろうが、知り合いであろうが、他の誰が否定しようが、馬場は馬場なんだって"。それ以外はどうでもいいんだって」

そうじゃない。自分が言いたかったことはそれではないのだと。そう言おうとするのに声が出ない。

「ありがとうございます、先生。…最初から考えることなんてなかったんですね。アイツが何者かなんてどうでもいい。……アイツが"僕の所有物(ばば)"であれば」

そうして立ち去る彼に、紅灯火は何も言うことが出来なかった。


もう、"どうすることも出来なかった"。


(僕は、取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないだろうか)


そんな言葉が頭の中をぐるぐると回った。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.43 )
日時: 2017/04/15 23:39
名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)

*************************************
「……うわ、黄道ちゃん」
「やだなぁ蒼ちゃん、何年一緒にいると思ってんの。あたしのことは茉莉って呼んで!!」

金月星と馬場満月が話し合っている隙に、海原蒼はそっと病室を抜けていた。元々人と話すことがあまり得意ではない海原にとって、あんな風な場にいることはただの苦痛でしかない。コミュニケーションは金月に任せて自分はとっとと帰ってしまいたかった。

だが、抜けた先で"コレ"だ。

「…まったく、全然慣れないねぇ蒼ちゃんたら!!12の頃からの仲じゃん!!そろそろ慣れたっていいんじゃない?」
「…………アタシはこういう性格なの。黄道ちゃんもそれは分かってるでしょ」

そうだね!!と彼女はそう言ってあっけらかんと笑った。自分とは本当に正反対の子だと会うたびに感じる。12の頃からの仲だ。彼女の生まれた環境が決して明るいモノではなかったことを海原は知っている。自分の過去も相当酷かったけれど彼女はそれ以上だ。

けれども、彼女は無邪気に笑う。
そんな過去を吹き飛ばすように、清々しく。

どうしてそうしていられるのか、と昔彼女に聞いたことがある。

「…どうして、って?勿論ともくんがいるからだよ。あたしなんかよりもともくんはもっとつらい、って感じてるはずだから。まずあたしが笑ってなきゃ、ともくんはきっと心の底から笑えることなんてないでしょ?」

その時ばかりは彼女は少し困ったような表情をしていた。明るい彼女にそんな顔をさせてしまったことを心苦しく感じて、そこで話は止めにした。

ああそういえば。

「…そういえば、紅見かけないけど今何処にいるの?もう帰ってきていていい時間よね?」
「あ、それは…」

そう言って言葉を詰まらせた彼女の様子に否応なしに察せられる。

「アイツ…………"また"なの?久しぶりね」
「…うん。だからごめんね、あんまりあたし此処にいられないんだぁ…ともくん"部屋に鎖で縛り付けたまま"だから、さ」

紅灯火。初対面の時から気に入らなかったけれど、会ってから十三年経った今、余計癪に触る存在になったように思う。へらへらとした態度、人間性の欠片もない人格、それらはまだ許せる。気に食わないけど。だけど。

こういう純粋な女の子を困らせるな。

そう、思う。

「…そりゃあアタシだって、アイツが良い奴だなんて思ってないわよ。だけど…さ、アイツがアタシ達の中で誰よりもあの子の為に働いてることも、一番大変な仕事をしてることも…………それに責任を強く感じてることも、気付かない訳がないじゃない。責めれる訳、ないじゃない。…………どうしてそんな簡単なことに気付かないのかしら」
「……ともくんは、昔からそうだから」
「…………黄道ちゃん、今回も行く気なの? 」
「うん。ともくんを一人になんて出来ないから。一人で傷つく姿なんて見たくないから。だから…………悪いけど、救急箱の準備、よろしくね?」

何度この顔を見たことだろう。

昔と比べて大分頻度は少なくなった。

だけど、彼女のこの顔を見る度に思うのだ。



アタシ達はまだ"幸せ"になんて、なれてないことを。



人は簡単に"幸せ"になることはできない。でもだからこそ。



(彼らには"普通"を手にして欲しい。時々つらくて泣きたくなることもあるけど、なんだかんだ楽しくて、ふと笑顔が零れちゃうようなそんな"日常"を)


そう、心の底から強く願うのだ。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.44 )
日時: 2017/05/03 21:22
名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)

**********************************
「…………どーぞ」
「なんだコレは……」

日が落ち始めた頃、紅灯火はまた病室に訪れた。手には茶色の封筒を抱えている。

「"濃尾君"が、"君"に、って」

茶色の封筒を乱暴にベッドの上に放ると、紅は病室の中をぐるりと見渡し、温度のない瞳でぼそりと呟く。

「…………蒼ちゃんと、星君は?」
「…二人とも飲み物を買いに、自販機へ丁度向かったところだ。タイミングが悪かったな」
「……いや。丁度良かったよ。二人にこんな顔見せたら、絶対に心配されるし」

何があったのかは知らないが、明らかに紅は"落ち込んでいた"。そんな顔をどうやら付き合いが長いらしい二人が見たら、心配することは間違いなかった。

「…僕にはもったいないくらいイイ人達だよね。僕みたいなのに付き合わなければ、もっと楽に生きれるのに、さ」
「………………」
「正直なんで彼らがまだ僕に、ついてきてくれるのか不思議でたまらないんだ。僕は彼らを"比喩じゃなく"傷付けた。それがこんな簡単に許されるわけないのに」

冷たい声質に、少しばかりの哀しさが混じった言葉。己を嘲るように嗤って紅は俺に言う。

「…本当は僕だってね。君のこと言えないんだよ。死にたくて死にたくてたまらない。……でもさ、彼らがいるから、皆がいるから、まだ"生きていよう"って、そう思っていられる。君にも、そんな子が"いた"はずでしょ?」

紅のそんな言葉に心が揺さぶられる。その姿が、鏡の中の誰かと被る。



「独りぼっちは、寂しいんだよ。馬場君」




そこまで言って、彼はそこから立ち去った。




『独りぼっちは、さみしい』それは誰に向けられた言葉だったのだろう。


***********************************************************

憂鬱な月曜日が終わり、愛鹿社は一人誰もいない屋上で過ごしながら、土曜日の演劇指導会について思い出していた。愛鹿社は結局二人のうちの一人----濃尾日向に、帰り際自分の"本性"をバラした。てっきり気付いてるものだと思っていたけれど、彼の反応は意外なものでただただ戸惑うような顔を見せた。

「そう………なんだ、全然分からなかった」
「………あぁなんだ、これじゃあ私のバラし損じゃないですか。私の勘もあまり当てにならないですね。貴方はてっきり気付いてるものかと」

私がそういうと、彼は私に不思議な質問をした。

「いや……全然。最初はそう感じた時もあったけどね。……なんか違うなって思ったんだ。まぁその予感は外れた訳だけど。……あぁじゃあ質問してもいいかな?どうして君は"そんな風にして"いるの?秦野先生に聞いたんだけど……君って、"王子様"役ばかりしてるらしいじゃん。でも君の"素"は見ての通り"ソレ"だ。まったく王子様って柄じゃない。それなのに"王子様"役を演じ続ける訳は何?」
「………………それを何故答えて欲しいんですか?」
「只の興味からだよ。別に答えたくないなら答えなくてもいいよ」

そうやって彼はにっこりと可愛らしい笑顔を作ったけれど、どうにも嘘くさかった。というか多分彼のそれこそ"演技"なのだと思う。この場所に足を踏み入れた時、彼はどこか不機嫌そうな顔をしていた。後から分かったが、彼はどうやら自分が"女王役"をすることを随分と嫌がっていたらしい。演劇の世界に足を踏み入れた人間ならまだしも、彼はその方面では素人だ。私情が入って嫌がるのも無理はない。……しかしそんな態度も、時間が進むにつれ見せなくなった。元々そうやって笑顔を繕える"タイプ"の人間なのだろう。演劇向きて好ましい。だけれども、初めに"あの嫌そうな顔"を見せてしまった辺り詰めが甘いなぁと思う--------話を戻そう。確か質問の話だったはずだ。私が演技している訳。それは。

「……………色々と理由がありますけど、一番の理由はそれが"役に一番ハマれる"からです」
「役に"ハマる"?元の性格に近い方がハマれるんじゃないの?」
「そういう人もいます。だけど私の場合………これは本当に特殊なんですけど、私のあの性格、モデルになった人物がいるんです」
「……へー………」
「その人は私と違ってとても明るい人でした。………人間って、誰しも自分の嫌な所っていうのがあると思うんです。だから"変わりたい"と願う。私はその人のように、その人のようになりたいと思ったんです」
「どうして?」

その当時は気付かなかったけれど、つまりは"こういうこと"だったのだと思う。我ながらなんとも情けない話だとは思うけど。

「---------私の好きな人が、その人のことを好きだったからです」


「好きな人の好きな人になれれば、好きになって貰えるなんて信じてる訳ありませんよ。だけど、私にはもうそれしかなかった。そうするしかなかったんです。ただその思いで、ひたすらに自分の中に"役"をなじませた。思い入れの強さは元の性格を凌駕する。つまりはそういうことです。そして」


「私には最初そうしている自覚がなかった。ハマってしまえば、もう戻れないんです。役って。私にはもうどっちの私が"私"なのか、もうよく分かっていません。だって"アレ"だって私の中にあったものを捻りだしただけなんですから。あれも私なんです。きっと」



私がそう吐露すると、彼は静かにありがとうと呟いた。
初めの嘘臭い笑顔じゃなくて、ただただ静かに微笑んだ。

「結構、プライベートな話ありがとう。そこまで話してくれたなら、僕の方も話さなきゃならないね。本当の理由って奴を。……………"親友"がね、"君"みたいな奴なんだ」
「……………?」
「君みたいに"演技"をしてる、そういう奴なんだ。ふと疑問に思ったんだよ、アイツはどうしてあんな演技をしてるんだろうってね。だけど余計に分からなくなった。アイツは君とは全然違うからさ。思い入れとかそんなので動く"タイプ"でもないし」
「………素敵な"親友"さんを持っているんですね」
「……………はは」

そこまで言って彼はくるりと方向転換し、私にゆっくりと手をふった。私も手をふろうとして、ふと忘れていた"ある質問"を思い出して彼を呼び止めた。

「最後に一つ、いいですか?」
「……………何?」
「あの台本とても素敵でした。ぜひ今日のことを皆さんにも伝えて、劇成功させてください。必ず見に行きますから。あの脚本を担当した人の名前を……………教えてくれませんか?私はその人に敬意を送りたい」


彼は答える。


「馬場満月っていう奴。………癪だけど、アイツにもそう伝えとくよ」


そうしてまた歩き始める彼の後ろ姿を見つめながら、私は最後に彼の言った名前を何度も何度も反芻していた。馬場満月。馬場満月。馬場満月………。


私の目標にしている"あの人"の名前とよく似ているな、と何故だか見たことのないその"馬場満月"という人に親近感が湧いていた。

***********************************************

(とても疲れた………)

一人部屋のドアを開けシャワーも浴びずに、ベッドの上へ寝転ぶ。演劇部の本気の指導は普段はインドア派である僕には少々キツイものだった。とにかく体の節々が痛い………。明日はきっと筋肉痛だろう。もうこのまま眠ってしまいたい………。
寝る前にふと、今日の出来事を回想する。

(愛鹿社………彼女もまた、"演技する"人間だった………)

もっとも馬場満月とは違い、彼女の演技はまっとう(人が好きとかそういうのは理解出来ないけれど、普通に考えてそうだろう)な理由からであったし、またその正体もただの普通の女の子だった。

"ミズキ"のことを少しは理解できるような気がしたけれど、駄目だ。彼女と"ミズキ"はあまりにも根本的に違いすぎた。紅先生はああいったけれど情報屋たる僕にとって
"ミズキ"の過去、"ミズキ"の中心にくるものということを知ることは非常に興味が湧くことだ。この数日間、"過去"のことを思い出しそうになって怖がってばかりいる---------そんな"自分"に、そろそろ嫌気がさしていた。僕は学園の皆の秘密を握る影の支配者なんだから。そんな僕かこんな過去くらいで揺るがされるなんて……………馬鹿馬鹿しいにも程がある。

嫌な所があるから、変わりたいと願う、彼女もそう言っていた。

過去を少しずつ思い出す度に弱くなってしまう自分から脱したい。元々の自分はこんな弱い人間ではなかったじゃないか。

少しずつでいい。思いだそう。



僕が記憶をなくしてから、一年間ほど経ったその日僕は改めてそう思った。何故急にそんなことを考えるようになったのだろう。…………………あぁ彼女だ。彼女の演技を見た時涙が出そうになった。まるで"それをずっと待ち焦がれていたかのように"。彼女の演技には"強さ"を感じた。今の"弱い"自分が恥ずかしくなった。そしてその感覚を僕は。


前にも味わったことがある。


自分のぐちゃぐちゃとした何かが溶かされてく感覚。



(シャワーだけ、浴びてこよ……………)





この後起こることを、僕は一ミリも想定してなんていなかった。



*************************************************

(はぁ……………さっばりした……………)

湯にはすくまず手早くシャワーだけ浴びてしまうと、先程までは何も届いていなかったFAXに数枚の紙か届いていた。こんな夜分遅くに来るのは珍しい。FAXには度々星さんから料理の話や他愛ない話が書かれた手書きの手紙が届く。そんな何度も送らなくても大丈夫だし、通話でいいと僕はいいと言ったのだけれど、星さんが残せるものがいいからといって聞かなかった。


しかし、いくらなんでも送ってくる頻度が早すぎる。前回送られたのはまだ昨日のことだ。何か言い忘れていたことでもあったのだろうか?


送り主を確認すると、そこには思ってもみなかった人物の名前が書いてあった。


「秦野優希……………あぁそういえば今日の要点を送ってくれるって言ったっけ」


こと細やかに書かれた説明に感動しながら、その紙が何枚も重なってることに気付く。そんなに書くことがあったか?

不思議に思いながら紙を取る。



「え」




それは文字なんかじゃなかった。



それは。無数の写真。




それは。




「×××××?」





それは。





「 」



-------------それは、見るからに可哀想な、少年の記録。

Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.45 )
日時: 2017/05/04 11:17
名前: 羅知 (ID: fPljnYyI)

*************************************

「そもそも"悪"っていうのは何だろうね?だって先生は真実を教えてあげただけじゃん。それの何が悪いっていうのさ?」
「……望んでいない"真実"は、やっぱり"悪"なんじゃないのかな。優希」
「えーでもあの程度で"壊れる"とか壊れる方にも責任があると思わない?というかむしろ教えてあげた先生に対して失礼だと思わない?優始」

混雑して賑わうファミレスの喫煙席で、アイスコーヒーを口にしながら彼らはそんな"他愛ない"話を続ける。

それが、誰かにとっては"他愛ない"で済まなかったとしてもそんなものは彼ら姉弟には関係ないのだから。

「……………そうかもね」
「あー!!適当に流そうとしてるでしょー優始。んでついでにその今くわえてる煙草今どこにやろうとしたー?先生にはお見通しだぞー?」
「…優希には関係ない。普段は気付いても見逃す癖に何言ってるの」

そう言いながら優始は、まだ火の灯っている煙草をじゅっと"自らの手の甲で"消した。微かに肉が焦げる匂いと、彼が声を少しあげたがこの喧騒の中で気付くものは誰もいなかった。

「ねー優始。来年は優始も、もう教育実習生だねー。どこに行くかもう決まってるよねー?どこ行くのー?」
「………知ってて聞いてるよね。例の"あの子"のいる学校。………何まさか優希もその学校に行くことになったとか言わないよね?」
「そのまさかなんだよねー。おそらくその学校だと思うー」
「……………………そういうのって普通はまだ分かんないよね。どうやって知ったの……………いや、聞く必要はないか、どうせ」
「先生を、誰だと思ってるのさー?そんくらい普通に耳に入ってくるよー」

そうやって普通にけらけらと笑う姉を見ていると、飲んでいたアイスコーヒーを口から垂れ流しそうになる。この姉はいつだってそうだ。どんな時だってどんなことをした時だって、けらけらと笑う。きっと目の前で、自分が急に血を吐いて倒れたとしても顔では心配そうな面持ちをしながらいつもと変わらない平常心で明日の晩飯のことを考えるのだろう。なにせ親が離婚して離ればなれになる時だって涙の一つも流さなかった冷血漢サイコパスなんだから。まぁそれは自分も同じだったけれど。

本当に姉弟で良かった。

もしも、"コレ"が他人として存在していたら。


(--------殺していたかもしれない。いや殺されていただろう)


そんなことをやはり"他愛なく"考えながら、彼らまたアイスコーヒーを一口啜って「美味しい」と
呟く。


Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.46 )
日時: 2019/02/16 12:57
名前: 羅知 (ID: 7JU8JzHD)

************************************
入院して三日が経った。ついに今日の夕方には退院が出来るのだ。病院内なのでおおっぴらに叫ぶことは出来ないが、今すぐ窓を開けて大声を出したいくらいに気分は爽快だ。退院の準備をしながらも、つい浮き足立ってしまう。

そんな自分の前に、その男がやって来たのは、昼頃のことだった。

「おはようございます。馬場満月君。遅ばせながらお見舞いに、参りました。後加減はよろしいでしょうか?」

突然現れた男----銀縁の眼鏡を掛けたいかにも秀才そうな男だ---は、一言そう言うとにっこりと爽やかな笑顔を張りつけ笑った。

胡散臭い。それがその男に対して思った第一印象だった。

何故だろう…。爽やかそうな雰囲気なのにそう感じてしまうのは。もしセールスマンなんかをやってたらきっとどの世代からも好かれているだろう。そのくらい人の良さそうな。

そんな風体をしているのに。

「あはは。そんな身構えなくても大丈夫ですよ、馬場君。…おそらく貴方の予感は当たっていますから。紹介が遅れました。私は荒樹土光あらきどひかる。紅達の"友人"にあたります」
「………………はぁ」
「ちなみに仲間内では"詐欺師"と呼ばれていますね。ですが信用して下さって結構ですよ」

彼はそう言って誇らしげに眼鏡のフレームをかちゃりと動かした。

「………………………………………………はぁ」

今の発言により信用は底まで落ちた。仲間内から言われるなんて相当に人として落ちていると思う。しかも何故誇らしげに言うのだろう。人として最底辺の名前で呼ばれていることに気付いていないのだろうか。というか仲間内って。"友達"だとか言っているが、それは一方的にそう思ってるだけなんじゃないんだろうか。

そんな自分の思考に気付いてるのか、ないのか、先程と変わらない笑顔を浮かべながら話し続ける荒樹土。

「…随分と楽しそうですねぇ。普通は学校にまた行かなければならないとなると憂鬱な気持ちになりそうですが。察するに、"何もしていないのが、落ち着かない"んじゃないんですか?」
「………………そうだが。悪いか?」
「いえ。むしろ大変素晴らしいことだと思っておりますよ。"私のように"優秀な人間が、働かないなんて、無価値な無能ゴミグズがそこら辺で呼吸してるのと同じくらい無利益なことですから」

要は貴方は優秀だ、と誉めてくれてるんだろうが、その後の台詞のせいで荒樹土光という人間の異常性か浮き彫りになった。異常性というか普通にクズだろう。その発言は。

「………その言い方。アンタもブラックな仕事をしているのか」
「ふふ。企業秘密です」
「………………………」
「ああ!!そんな顔しないで下さいよ。楽しくなってきちゃうじゃないですか」

やっぱりこの男は、おかしい。流石紅の友人、精神が狂っているようだ。じゃなきゃそんな発言してにこにこ笑えるわけかない。

なんてそんな風にこのままはぐらかすのかと思ったが、存外彼はまともに答えた。

それが"真実"なのかどうかは、分からないけれど。

「…んー。そうですねぇ。そもそも私達には"定職"というものがありませんから。どの仕事に就いているかと言われても、しっかり答えれるものがないのですよ。勿論どの仕事も全力でこなしていますが」
「………」
「………まぁ、そもそも"仕事に就けるような身分"ではないんですけどねぇ。こうして仕事出来てるのも全ては濃尾先生のおかげ!!ありがたやありがたや」
「………………………どういうことだ?」

俺がそう問うと、荒樹土は全身を嘗め尽くすような気持ち悪い目でこちらをみやるとにやーっと、ぞわりと寒気がするような表情を浮かべて嗤った。

笑った。のではなく確かに"嗤った"。


「……あは。なーんて。ただの詐欺師の戯言ですよ。気にしないで下さい」


(なるほど。確かにこの男は"詐欺師"だ)

その血の気が引いてしまうような不気味な表情を見ながら、先程の男の流し名を反芻する。詐欺師。詐欺師はただの嘘つきではない。"どれが嘘なのか分からない嘘をつく"それが詐欺師だ。相手がとにかく嘘をついているということが分かっても、どれが嘘なのか分からなければ全て無駄だ。この男はそれを分かった上で言葉を発している。

それならば、この男と話を続けるのはきっと無謀なことなのだろう。どれだけ話していたってきっとそれは夢物語の延長線上の何かにしかならない。


「………さて。私はそろそろ帰るとしましょうか、馬場君も帰って欲しがってるようですし」

俺がそう思った辺りで、丁度そう言って扉に手をかけ出ていこうとした荒樹土はふと何かを思い出したように帰り際くるりと振り返った。


「金月星には気をつけて下さい。あの子は私達の中で誰よりも過激なんです」


「あの子の黒いマスクは、あの子の中にいる"どす黒い悪魔"を抑える為にあるんです。……あの子のマスクの下を見たことがありますか?見たことがないんだったら、決して見ない方がよろしいかと」


「紅達によろしくお伝え下さい。"化物が人間の振りをして何が楽しいんだ"って。それでは」


そうして、突如現れた胡散臭い詐欺師は来たときのように、胡散臭い台詞と共に忙しなく帰っていった。


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