複雑・ファジー小説
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- 当たる馬には鹿が足りない【更新停止】
- 日時: 2019/04/09 23:57
- 名前: 羅知 (ID: miRX51tZ)
こんにちは、初めまして。羅知と言うものです。
普段はシリアス板に生息していますが、名前を変えてここでは書かせて頂きます。
注意
・過激な描写あり
・定期更新でない
・ちょっと特殊嗜好のキャラがいる(注意とページの一番上に載せます)
・↑以上のことを踏まえた上でどうぞ。
当て馬体質の主人公と、そんな彼の周りの人間達が、主人公の事を語っていく物語。
【報告】
コメディライト板で、『当たる馬には鹿が足りない』のスピンオフ『天から授けられし彩を笑え!!』を掲載しています。
髪の毛と名前が色にまつわる彼らの過去のお話になっております。
こちらと同じく、あちらも不定期更新にはなりますが宜しくお願いします。
一気読み用
>>1-
分割して読む用
>>1-15
>>16-30
>>31-45
>>46-60
>>61-75
>>76-90
>>91-115
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.57 )
- 日時: 2017/08/13 20:43
- 名前: 羅知 (ID: 9KPhlV9z)
∮
「い、意外と派手なんだな……衣装」
「そーう?ボクは普通だと思うけどなッ!!それよりサイズはどう?問題ない?」
「いや、それは別に大丈夫だが…」
休んでいたせいで衣装合わせが終わっていなかった馬場は、まず始めに衣装合わせを衣装班とシーナの手によって、されることになった。シーナはキャスト班だったが裁縫の知識を持っている貴重な男性陣だということで衣装班と兼ねている。劇は午後2時から。それまでに不具合があれば調整をしなくてはいけない。大きなうさ耳に、ハイカラな柄の帽子。そして可愛らしいウサギ尻尾を付けた馬場は、なんだか滑稽だった。微妙な顔をしている馬場を見て、濃尾は指を指して大爆笑している。
「あはははははははっ!!馬場、なんだよ、その格好!?面白、面白すぎでしょ……ふふふ……」
「の、濃尾……、そんなに笑ってやるなって……」
「は?うさ耳も女装もしない帽子屋さんは黙っててよ」
あまりに馬場が可哀想だったので
、少し嗜めたら睨まれてしまった。まぁ確かにオレの格好は比較的無難で、特に突出した所はない。そんなオレから何を言われたって嫌味にしか聞こえないのだろう。甘んじて濃尾の叱責を受けていると、後ろからクスクスという馬場の笑い声が聞こえてきた。
「ふっ……ふふふ……はは…面白いなぁ、相変わらず」
見ると馬場が手で顔を隠すようにしながら、声を抑えて笑っていた。口はこれ以上笑うのを堪えるかのように噛み締められていたが、それでも抑えきれず笑い声が漏れている。
(こんな笑い方する奴だったっけ)
以前の馬場はもっと快活に、笑うことをあえて見せているかのような笑い方をする奴だった。いつも笑顔といえば聞こえはいいけれど、逆に言えば笑顔以外の表情を見せず、感情的とは言いがたかった。
だけど今日の馬場はどうだろう。なんだかいつもより色んな表情を見せてくれている気がする。少し戸惑ったような顔。顔を隠す程に破顔して笑う様子。それは今までの馬場では見れなかったことだ。
よく分からないけれど、この一週間で馬場の中で何かあったのかもしれない。もしかしたら今日限りの文化祭効果かもしれないけど。
でもどちらにしたって馬場もオレ達と同じように今日の文化祭を楽しみにしていたってことなのだろう。オレはそれを嬉しく思う。あっー!!と叫びたくなるような気持ちを言葉に変えてオレは馬場に言う。
「馬場!!今日の劇、頑張ろうな!!」
突然大声を出したオレに、また驚いたような顔をした馬場。そしてまた同じように、いやそれ以上に馬場はオレのその言葉に笑顔でオレの目をまっすぐに見て答えた。
「…………ああ!!!」
濃尾がオレ達のそんな様子を見て、不満そうに頬を膨らませている。仲間外れで寂しいんだろ?とオレが冗談混じりに言うと、別に、といってぷいとそっぽを向いた。
あぁもう素直じゃない奴ばっかりだ。
そっぽ向く濃尾を無理やり輪の中に引っ張りこんで、オレはまた大声で笑った。
∮
「え、え!?また品薄ゥ!?ちょっと待ってよ、今から買ってくるから!!」
「何故女神がこんなに働かなくては、ならぬのだ!!わらわもお菓子食べたいぃ……」
「ボクもう疲れたよ……なんでこんなことしてるんだっけ。忘れちゃった」
キャスト班が大詰めの練習をしている午前中、それ以外のメンバーは教室の方の展示であるカフェの運営に勤しんでいた。キャストが抜けているせいで、ただでさえ忙しいのが余計に忙しくなっている。
この"オレ様"、荒樹土光が出張らないといけないくらいには。
(ったく……紅の野郎、マジで何してやがんだ…。知らねぇ餓鬼共にヘコヘコすんのは疲れんだよ!!あぁクソったれ!!)
厳密に言えば、紅が来れなくなった理由は知っている。体調を崩したのだ。無理もないだろう、なにせここ数日ずっとあの男は寝ていなかったのだから。そして餓鬼にヘコヘコをするのだって本当はそこまで苦じゃない。全てを欺いて、爪は隠して、過ごす。それがオレの生き方だ。だから今更疲れなんかしない。オレにとってそれは呼吸するのと同義なんだから。
無性に苛々する理由は別にある。
あの男。オレに"ココ"を任せる時、へらへらと笑って……ごめん、と言いやがった!!オレはお前と違う。お前みたいに、不器用にオレは生きていない。お前と違って、オレは、オレはずっと一人で生きてきたんだ。このくらいのことぐらい簡単にやれる。お前はずっと仲間と共にいた。あんなお人好し共だ。お前が頼めばきっと力を貸してくれただろう。
なのに、お前は!!
「……荒樹土、とやら。どうしたんじゃ?」
「……は……あぁすいません!!あまりの忙しさにぼぅとなっていました」
「それならいいが……おぬしは別にうちのクラスの人間じゃないからの。体が優れないのなら裏に回っていてもいいんじゃぞ?」
いつの間にか動きを止めてしまっていたらしい。口調のおかしな金髪の小柄な女子生徒に心配されてしまった。そんな変な奴に心配される筋合いはない。オレは女子生徒に笑顔で答えた。
「ふふ。……大丈夫ですよ。今私が抜けたらこの教室、回っていかないでしょう?それに人の役に立つこと、私好きなんですよ」
オレがそう言うと、女子生徒は無表情でオレの顔をじっと見てぼそりと言い放った。
「薄っぺらな奴じゃの」
「…………はい?」
「まるでこの今焼いてるクレープの生地のように"薄っぺら"じゃ。全てを偽って生きて、何が楽しい?仲間を軟弱と言い捨てることで何が救われる?……もっと素直に生きればよい。さすればおぬしは救われるであろう」
それだけ言うと少女はまた自分の作業に戻ってかしゃかしゃと生地を混ぜ始めた。……不気味な女だ。まるでオレの人生を見てきたかのような物言いだった。気味が悪い、それに尽きている。
「……えーと、何さんでし」
「大和田雪じゃ。女神と呼ぶがよい」
「…………えっと、大和田さん。さっきの言葉、冗談ですよね?」
かしゃかしゃと混ぜる手を止めず、大和田雪は首を横にふった。
「"真実"で、あったであろ?」
「……それに、正直に答えるとでも?」
そう言ったオレを、ちらりと一瞥すると大和田雪はまた作業をしながら首を横へふる。そしてぽつりと誰に言うでもなく呟いた。
「別に、神の下で蠢く有象無象どものことなど気にもしない。わらわはただ"見えたもの"を言葉にしているだけじゃ」
「だから、この教室でどんな"惨劇"が起ころうとも」
「わらわには、関係ない」
それは酷く冷たい声色だった。一瞬の静寂。しかしそれはすぐに崩れる。
がしゃんと金属の割れる音が響く。
どうやら教室の中央で割れたらしい。客と沢山置かれた机の間にバラバラに割れたコップがあった。近くには客として来たのであろう、まだ高校生ぐらいの女子二人組と、店員用のエプロンをした茶髪の髪の女子生徒がコップを挟むようにして立っている。
「あぁ!!大丈夫ですか、御二人とも?すぐに片付けますから--------」
「---------小鳥ちゃん?」
客として来ていた少女の片方の方が、そう尋ねるように言う。何を言っているんだと思い、上を見るとそれはどうやらエプロンを着けた女子生徒の名前らしい。エプロンの女子生徒の方をしっかり見て、続けざまに彼女は言った。
「……小鳥ちゃん、だよな?中等部の時、同じクラスだった」
「…ボクは、小鳥だけど……」
それを聞くや否や彼女は嬉しそうに笑う。
「私だよ!!愛鹿社だ!!ほら、変な双子が四人いただろ?男の双子と女の双子!!その中の一人!!忘れっぽい小鳥ちゃんでも覚えてるはずだろ?なにせ小鳥ちゃんは--------」
「止めて!!!!」
愛鹿社。確か、紅がこの数日調べていた少女の名前だ。ということはこの少女が愛鹿社なのだろう。旧友に会えたことが嬉しいのか随分朗らかに笑っている。しかし対するエプロンの女子生徒は久しぶりの旧友に会えたというのにどこか困惑した表情を浮かべている。その顔のまま、小鳥ちゃんと呼ばれた女子生徒はゆっくりと口を開いた。
「…………君のことなんて、覚えてない」
その言葉はとても悲痛なものだった。
「でもそれ以上は言わないで」
そう言ってエプロンを脱ぎ捨てると彼女は教室から出ていった。その目には涙が浮かんでいた。
あんなに楽しそうに笑っていた愛鹿社は、何が起こったのか分からないようで呆然とした様子でその場に立ち尽くしていた。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.58 )
- 日時: 2019/02/28 07:29
- 名前: 羅知 (ID: MTNmKKr2)
∮
これはいつかの教室の風景。花香る14歳の春。
「…社ちゃん、楽しそうだね」
「そ、そう見える?じゃあ私、楽しいのかもしれない」
「……ふふ、なにそれ。社ちゃんが楽しそうで、ボクも嬉しいよ。で、××君と何喋ってたの?」
ボクがそう言うと社ちゃんは顔を真っ赤にした。バレバレだ。社ちゃんが楽しそうな時は大体"彼"が絡んでるんだから。
「……××がね、前髪切ったの気付いてくれて……可愛いね、って」
「………そんなこと?」
「そ、そんなことって!!私にとっては凄く嬉しいことなんだよ!!小鳥ちゃんだって、満月さんにそう言って貰えたら嬉しいでしょ?」
満月さんに?そんなことあるはずがない。だってあの人がボクのことを気付いてくれてるはずがない。あの人は人気者だ。ボクみたいな多数大勢の一人に目を配ってる暇なんてない。でももしそんなことがあったなら。
「……うーん、やっぱりボクには分かんないや」
「…………えー??分からない?」
「うん。ボクのキュンキュンするツボってちょっと人とは変わってるのかもね」
そうやって顔を見合わせて笑う。そんな毎日をボク達は送っていた。楽しかった。凄く楽しかった。忘れっぽいボクでも、あの日々は絶対に忘れることができない。
"あんなこと"が、なければ。
「…………やっぱりフラれちゃうんですね、ボクは」
「」
「別に良いですよ、満月さんと雪那さん。美男美女のカップルで二人お似合いでしたから」
「」
「…………どういうことです?」
「」
「ッ!!……信じないッ!!信じませんよボクは!!だって"そんなの"は"間違ってる"!!"お二人"だから!!"お二人"だからボクは許せたのにッ!!そんなんじゃ!!」
そう言ってボクは走った。何処までも何処までも走った。目の前にある現実から逃げるように、その事実を否定するかのように。走った。がむしゃらに走っていった。
何処へ向かおうとしていたのだろう。そして、きっと何処に行くことも出来なかったのだろう。
何処にも行くことの出来なかった、ボクの心は。記憶は。
耐えきれず、その"事実"を忘れることを選んだのだ。
∮
「どうして…………?」
「…………」
「喋り方が、変わったから?髪が前より短くなったから?何年か経って私のことなんか嫌いになったから?」
「…………」
「だから……だから、あんな風に言ったの?」
結局、近くに立っていた眼鏡を掛けた大人が差し出してくれた紅茶を一杯だけ飲んで、おれ達はあの場を後にした。人前では随分気を張っていたようだけど、社は泣く寸前だったのだろう。今横で歩きながら涙をぼろぼろ流す彼女を見てそう思う。
社は誰よりも格好いいけど、とても女の子だ。だからこそおれが、アイドルとして周りに媚を売ってでも、社を傷付ける者から守る壁を作り、社を守っていけたらいいと思う。
「……嬢ちゃん、気にすることないぜ」
「…………」
「忘れっぽい子なんだろ?またうっかり忘れてるだけかもしれねぇじゃねぇか」
「…………」
そう慰めるけれど、彼女の悲しそうにな顔は晴れない。鼻をすすり、俯いたままでいる彼女を見てるとこっちまで辛くなってくる。
「………なぁ、笑っててくれよ。嬢ちゃんが泣いてるとこっちまで悲しくなっちまうぜ」
おれがそう言っている間にも社の目からは涙が零れ続けていたけれど、それをぐいっと拭って社はおれの方を見た。
「……ごめん。顔洗ってくる」
それだけ言って、社はすっくと立った。
「……先に行ってて、いい。間に合うように、行くから」
そう言って社は何処かに走り抜けていった。
∮
「もう、本番かぁ……緊張するねッ!!」
「……でも、良い緊張感だ」
本番まで十五分前。体育館の舞台裏ではぴりぴりとした緊張感がオレ達の周りを包む。だけど不思議と笑顔が浮かんでくる。大丈夫、何故だか根拠のない自信がオレ達にはあった。
「僕の女装がこの学校中の人に見られるとか……正直言って死にたいけど、まぁ頑張るよ」
女装を嫌がってたりなんだかんだあったって、最終的に濃尾の演技が一番様になっていた。練習を乞いにいっていただけある。
「って…………あれ?」
そう言って鞄をガサガサと何かを探す濃尾。きょろきょろと慌ただしく動き回っている。
「?……どうした、濃尾?」
「…………赤の女王の、王冠が、ない。……ごめん、教室に忘れた、かも」
そう言う濃尾の目はうるうるとしている。女王の王冠は赤の女王を象徴するアイテムだ。それがないとどうしても、赤の女王というには足りないといった風になってしまう。明らかに濃尾は焦っていた。当たり前だ。自分のせいで劇が駄目になってしまうと思ったら、誰だって焦るだろう。濃尾は誰よりも真面目に練習をしていた。直前にこんなミスがあったら、気に病んで台詞に影響が出るかもしれない。
場が騒然とした、その時。
「大丈夫だ。濃尾君。俺が取りに行ってくる」
騒然としていた場は静まりかえり、凛とした声が響く。
「俺と濃尾君の出番は後だ。それまでに戻ってくる、安心してくれ」
そうやって濃尾の顔を見て、優しくにっこりと笑った馬場は、そっと濃尾の頭に手を乗せると、素早い所作で教室へと走り抜けていった。
∮
「……なんですか、ガノフ君。本番前ですよ」
「…あぁ、忙しい時にすまなかったな。でもどうしても今言いたかったんだ」
体育館から少し離れた手洗い場で菜種知とガノフは、集まっていた。本番前だから時間がない、そう言ったのだけれど、すぐに済ませる。彼がそう言ったので菜種知はその誘いに了承した。
「"言いたいこと"?なんですか……それ?」
「ああ」
彼は、彼女の目をしっかりと見て至極真面目にこう言った。
「文化祭が終わったら、伝えたいことがある」
その瞬間まるで時が止まったような感じがした。しかし、目が合ったのは数秒だけで、すぐさま彼は顔を赤くして目を逸らしてしまった。
「……そ、それだけだ。劇、頑張ってくれ。客席で応援している」
そのまま逃げるように客席の方へ走り抜けてしまった彼に、菜種は彼よりももっと赤い顔でぼそりと呟いた。
「…………それだけ、って。本当に"それだけ"ですか。ばぁか。ヘタレですね。これは本当ですよ。ばぁか、ばぁか!!」
赤い顔を誤魔化すように、頬をぱんぱんと叩いて彼女は体育館に戻った。
「……本番中に、赤くなっちゃったら、どうしてくれるんです」
赤く、熱くなった頬はまだ冷めそうにない。
∮
何故だか分からないけれど、泣かせちゃいけないと思った。どこか兄と似ているあの子に、あんな顔をさせるのは間違っていると思った。そう思った瞬間、行動していた。喋っていた。無意識に走っていた。
(全部、あの男のせいだ)
"俺"は"馬場満月"でいなくちゃいけないのに。"オレ"はいてはいけないのに。ずっとそれだけの為に生きていかないといけないのに。
『…テメェが、"何者"になりたかろうがオレ様はどうでもいいけどなぁ。テメェが今回の為に書いた脚本はどうした?書いたら、それで他人にポイなのか?ちげぇだろ。なら今回だけは、文化祭の時だけは、テメェは"テメェ"でいろ。そのあとはどうしたって構わねぇ』
『……どっかで聞いた話だがな、演劇は楽しむもんなんだってよ。演じてる側が楽しまなきゃ、観てる側は楽しくなんねぇんだと。聞けばお前、脚本を通常じゃあり得ねぇ速度で書ききったって言うじゃねぇか。やる気満々だなぁ、オイ。……それなのに"無理矢理演じた性格"で楽しめるのか?お前みたいな真面目人間が。出来る訳ねぇよなぁ?』
『……せいぜい楽しんでこいよ。"神並クン"。この病院に籠って、テメェの帰りを待ってる連中を泣かせるよりかはよっぽど有意義なことだと思うぜ?……まだ"演劇を楽しむ心"は忘れてねぇんだろ』
あの胡散臭い男は急にそうやって口調を変えたかと思うと、そう言って"オレ"を勢いよくぶん殴った。とんだ詐欺師だと思う。こんな知り合いを持っている紅のことが余計に嫌いになった。そして、そんな"提案"に乗ってしまった自分が余計に嫌いになった。だから何度も何度も自分を傷付けた。そんなオレを見てあの男は言った。
『そんなに自分を傷付けるのが楽しいのかよ、紅みたいな奴だなぁ、気味が悪い。……そんなに"自分"が、嫌ならこう考えろ。テメェは"神並の振りをした"馬場満月"だ。それならテメェは"テメェ"じゃねぇ。"馬場満月"だ。そうだろ?』
馬鹿みたいな作戦だと罵ってやりたかったが、悔しいかなオレはそうすることで確かに心が楽になった。何より演じることがも大好きだった"オレの心"が、沸き立っているのを感じた。
だから。今回限りは俺は"オレ"なのだ。濃尾日向の悲しい顔を見たくないのも、演劇を成功させたい気持ちも、どうしようもなく演じてることを楽しんでる気持ちも全部全部全部。
……演技だ。演技なんだ。そうじゃなきゃやってられない。自分でもおかしなことを言っているのは分かっている。だけど。だけど。だけど。
"オレ"は。
「……白夜?」
聞き慣れた、声。ずっとずっと、待ち望んでいた声。
愛しい人が、"オレ"を呼ぶ声。
「ね、ねぇ!!白夜だよね!!私だよ!!社!!か、髪短くなったんだね……満月さんにそっくりで、私間違えそうになっちゃった……でもすぐ分かったよ!!だって私ずっと白夜の近くにいたんだから!!」
振り返っちゃいけない。
「えっ、と…………その格好何?こ、コスプレなの?でも、白夜は満月さんと一緒に別の私立に行った……って聞いたんだけど?…この学校の、生徒なの?もしかして」
振り返ったら、戻れなくなる。
「……お嬢さん、どうしたんだ?誰かと間違えてるんじゃないか。俺の名前は"馬場満月"。一年B組の馬場満月だ」
「な、何言ってるの!?白夜!!分かんない、私分かんないよ!!"馬場満月"って何?それにその格好、アリスの三月兎の服でしょ?じゃあ、なに?白夜があの脚本を書いたの?……ねぇ答えてよ!!」
振り返らず、そのまま言う。
「…………じゃあ、劇があるから俺はもう行くな」
「待って!!待ってよ、白夜!!やっと会えたのに!!ずっと待ってたのに!!……約束は?私と一緒に演劇してくれるっていう約束はどうなったの?どうしてこんな所にいるの?ねぇ待って、待って、待って、待ってよぉ…………!!」
オレは彼女から逃げた。
"あの時"と同じように、"演劇"を理由にして逃げていった。
悲しいくらいにあの時と同じで、今はただ演劇に入り込んでこの胸のざわめきをふさいでしまいたかった。
第五話【yourname】→【whitenight】
- 神並兄弟お誕生日おめでとう ( No.59 )
- 日時: 2017/08/15 12:05
- 名前: 羅知 (ID: 9KPhlV9z)
●第一馬を終えて&読者の皆様へ
当たる馬には鹿が足りない、をここまで読んでくれた皆さん本当にありがとうございます。作者の羅知です。諸事情により、更新を停止させて貰ったり、なかなか更新出来ないことも多くありましたが、それでもこの作品を見捨てることなく見続けてくれた読者の皆さんには感謝してもしきれません。
四章構成でお送りするこの作品は、第一馬を終えたことにより、この作品の起承転結の"起"が終わりました。一段落はつきましたが、この話はやっと始まったばかりなのです。馬場も、濃尾も、そして愛鹿の物語も、やっと第一歩を踏み出しました。彼らの行く道は茨だらけで、決して幸せなものではありません。しかし私は苦しみの先にこそ、光が希望があると思うのです。絶望があるからこそ、希望がよりいっそう輝くのだと思います。
これから、読者の皆様が見ていて痛々しいと思うような描写が多くあります。それだけは予め予告します。
それでも良いといってくれる読者の皆様がいる限り、私は頑張りたいと思います。なにより、この作品を完成させることは私の悲願です。
長くなりましたが、当たる馬には鹿が足りないをこれからも応援宜しくお願いします。
補足。タイトルにもありますが、八月十五日は作中に出てきた神並兄弟の誕生日だったりします。彼らのことを心の中だけでもお祝いしてくれたら嬉しいです。次回第二馬は、幕間の話を書いた後に始まります。お楽しみに。
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.60 )
- 日時: 2017/08/29 06:15
- 名前: 羅知 (ID: /BuoBgkT)
幕間【文化祭後日譚】
過ぎ去ったことはもう戻らない。
それを僕達はとうに知っているはずなのに、どうして何度も同じ過ちを繰り返してしまうのだろう。どうしてまた、馬鹿みたいに涙が止まらなくなるんだろう。
∮
「みんなお疲れ様!!劇も教室もオレ達が一番大盛況だったと思うぜ!!」
文化祭が終わったその日の夜の打ち上げで、焼き肉の匂いが立ち込める店の個室の中、開口一番に尾田は笑顔でそう言った。あほ丸出しな気の抜けた笑顔だった。だけど見ていて不思議と苛々しなかった。むしろどこか心が安らいでいくような---------そんな笑顔だった。
結論から言うと文化祭は大成功だった。僕達の劇に見ていた観客は拍手喝采を起こし、何人か泣いている人もいたかもしれない。それを見て、こんなものが見れるなら女装も少しいいかもしれないな、なんて僕が冗談混じりに言うと椎名が食いぎみに同意してきたので、やっぱり女装はもうしない。
まぁ、でも、やっぱり。
凄く、楽しかった。そう思ったことは紛れもない事実として僕の心に刻み付けられたのだった。
(…………)
ただ一つ心残りがあるとすれば、愛鹿社と会うことが出来なかったことだ。劇が終わると見知らぬ僕達と同年代の少女が愛鹿からだと手紙を渡しにきた。可愛いのにやけに眼光の鋭い子だったと思う。不機嫌そうに僕に手紙を渡すとそそくさと彼女はその場を後にした。後から聞いたことなのだけれど、彼女は当日飛び入りで参戦した超人気アイドルの『新嶋セズリ』だったらしい。椎名辺りから大変羨ましがられた。アイドルというには笑顔の欠片もなかったような気がするけど、きっとアイドルにも色々あるのだろう。そこら辺スルーしてあげよう。
それにしてもアイドルの友達がいるなんて、愛鹿は何者なのだろう。もしかして家族が芸能関係だったりするのだろうか。何にしてもアイドルをそんな小間使いにするような愛鹿は相当の大物だろう。
『良い劇だった。 愛鹿』
手紙には簡潔にそう書かれており、裏には彼女の携帯の連絡先が書かれていた。彼女ならここをこうしろとか、あそこは良かっただとかを色々言いそうな気がしていたので少し拍子抜けだったけれど、きっと疲れていたのだろう。彼女は演劇の練習で忙しいのだ。
「何難しい顔してんだよ!!濃尾!!」
「……あ、ごめん」
「馬場も濃尾も打ち上げだっつーのに暗い顔してんなよ!!特に馬場!!ほら笑顔笑顔!!」
そうだった。今は打ち上げの最中だった。なんだかぼーっとしている僕達に、そう言って尾田はいーっと口を引っ張って僕に無理やり笑顔を作らせた。横を見れば僕と同じように浮かない顔をした馬場がいた。伏せ目がちに下を向き、口元はかろうじて笑ってはいるがどこか不自然だ。
そんな僕達を見て尾田は、はー!!っとため息を吐くと仕方がないなぁ、と言ってぱんぱん!と手を叩いた。
「「え」」
尾田のその拍手を合図に、いつの間に準備していたのだろう。わらわらと花束を持って現れたのは一年B組のメンバー達。バラ、アイリス、デイジー、パンジー、チューリップ、青いボンネット、スミレ、オランダカイウユリ、等々色とりどりの花がその腕に抱えられている。
「馬場。今回の一年B組の出し物が大成功したのはお前のおかげだよ。馬場が体力を削ってでも書き上げたあの台本がなかったらここまでのものはできなかった」
「---------本当に、ありがとう!!」
(……恥ずかしい奴ら)
そんな赤面間違いなしの台詞を台本を読むわけでもないのに素面で言えてしまうなんて。コイツらはなんて馬鹿なんだろう。ねぇ、可笑しいよね馬場。何言ってるんだって嗤ってやろう---------。
ほろり。
ほろり?
(---------------あ、れ?)
馬場は、泣いていた。
自分でも泣くなんて思ってなかったようで、落ちた涙を口をぽかんと開けたまま、驚いたような顔で見つめている。そんなちんけな台詞で泣くような奴じゃないだろ?何、何でそんな顔してるんだよ馬場。嗤おうよ?なぁ?
「…………あれ、なんで…」
(……おかしいよ)
馬場。どうしてそんな顔するんだよ。止めてくれよ。お前はこんなときでも"馬鹿みたいな笑顔"でこたえて、そんな、そんな"本気"みたいな涙を見せる奴じゃ-----------------
(違う、違うんだよ。これじゃあ)
"僕の馬場満月"はこんなんじゃない。目の前にいる"馬場満月"は"僕の"じゃない、ちがう、ちがうちがうちがうやめてやめてやめて。僕の"理想"を壊さないで。
(いつからだった?)
"馬場満月"は変わっていた。気が付いてた。本当は気が付いてたんだ。だけど僕は"コイツ"を手放したくなくて。"コイツ"がいなくなったら僕は。
(……"コイツ"って誰だ?)
僕は、誰のことを言っている?笑顔馬鹿野郎のコイツ、首を絞めていたコイツ、文化祭の時の妙に優しかったコイツ、……今目の前で涙を流しているコイツ。
そして。
『……また、あいましょうね。"やくそく"、ですからね?』
(違う、これは"コイツ"じゃない)
『…もう、絶対に置いてなんか、いきませんから、安心して、下さいよ』
(……違う、僕は"そんな言葉"聞いていない)
僕は、濃尾日向は、そんなこと"覚えちゃ"、いない。あんな優しい声なんて知らないし、あの温もりだって感じたことなんてないし、あの"記憶"だってきっと"他の誰かの記憶"なんだし、だから、違う。違うったら違う。違う違う違う違う違う。僕は僕は。
(…………"ヒナ"、は)
"ヒナ"はずっときらわれていきてきた、だからあんな"いとしさ"がだれかからむけられるわけないんだもん。ヒナはわるいこだからみんなすきになってくれるはずがないんだから。だからあいなんていらない。なくなってしまうあいなんていらない。ヒナがわるいこだからヒナがわるいこだからみんなどこかにいっちゃうんだから。それならヒナは、ほしがらない。ほしがるわるいこにはならない。なのに。
(…………ここ、は)
あったかい。
こんなの、ヒナは
しらない。
ここはヒナのいていいばしょじゃない
もどらなきゃ
もどらなきゃ
「…濃尾?そんなにふらふらしてどこに行くんだよ?便所か?」
ヒナの"いばしょ"はここじゃない
いかなきゃ
あのばしょに、いかなきゃ
∮
- Re: 当たる馬には鹿が足りない≪更新再開≫ ( No.61 )
- 日時: 2017/11/28 23:23
- 名前: 羅知 (ID: yWjGmkI2)
劇が終了し、ようやく合流出来た社は別れた直後よりも泣いていた。ぐしゃぐしゃの顔でおれの胸に飛び込んだ社の肩はぶるぶると小さく震えていて、何があったか分からないけれど社をこんな風にした人間をぶん殴ることを心に決めた。
「…………演劇……すごく、よかった……ひっく……あんな演技……私には見せて、くれなかった、のに……」
泣きわめく社はぶつぶつとこんなことを呟いていた。つまり社にこんな顔をさせた奴はさっきまであそこで演劇していた連中の誰か、という訳だ。許さない。社にこんな顔をさせた奴はただではすまさない。本当は顔を見るの嫌だったが、社の願いは叶えてやりたい。ただその一心でおれは社を泣かせたかもしれない連中の所へ行ったのだ。
出迎えたのは、女みたいな顔をしたなよなよした男だった。おれより背も凄く小さい。弱々しい虫けらみたいでおれは拍子抜けした。……だけど、何と言うか、"変"な奴だと思った。言葉でそれを言い表すことは出来ない。強いて言うなら-------------"気持ち悪い"。
なんだか色んなものが"ぐちゃぐちゃ"してる感じがして、ソイツは気持ち悪かった。
向こうにもおれのそんな内心が伝わったらしく、変な顔をしていた。アイドルのくせに作り笑顔も出来ない奴だとでも思われただろうか。まぁ別にいい。おれが本当に笑顔を見せたい相手は社だけだ。こんなことを言ったらアイドルとして意識が低い、と社にまた怒られてしまうかもしれないが、事実だから仕方ない。元はと言えばアイドルを始めたのだって、こうして今の今まで続けられているのだって、全部全部、社のおかげなのだ。だから、誰よりも一番社が笑ってくれてないとおれがアイドルをやってる意味なんて無いに等しい。
人はこういった感情を"恋"とか"愛"とか陳腐な名前で呼ぶのだろうが、おれにとっての"これ"はそれらをとうに越えている。名前なんかで表すことが出来ない、複雑で訳の分からないものがおれの持っている"それ"だ。
(……なんて。こんな"気持ち"、社に言える訳ないけどな)
彼女は優しいから、きっと気持ち悪いなんて言わないだろう。困ったように笑って、それで相手を傷付けないように捻り出した断りの言葉を、静かにおれに告げるのだ。そのあとはきっといつも通りに彼女はおれに話し掛ける。おれの告白なんてなかったかのようにきっと、ずっと、振る舞い続ける。上手くやるだろう。彼女はとても優秀な"女優"なのだから。
その姿を見て、おれは耐えきれるのだろうか-------------いや、耐えきれない。耐えきれるはずがない。一緒にいる限り、ずっと彼女に"本心"を言ってもらえずに、"演技"をし続けられる---------きっと"生き地獄"だ。死んだ方がマシみたいな毎日だ。そうしてそれは日々じわじわと毒が染み込むようにおれの心を蝕んで、最期にはぐちゃぐちゃに壊して、おれを殺す。
だから、おれは絶対に彼女に気持ちは伝えない。彼女に嘘を吐いてでも、おれは彼女の横で、彼女を守り続ける。
∮
「……本当に大丈夫か?観鈴」
「心配すんなよ、こう見えてもアンタに言われて武道は一通りこなしてっから、変な奴が現れたら倒しちまいますよ」
「………………でも」
「アンタこそ、そんな顔じゃ外出れねーだろ。腫れを抑えるもの買ってくっから大人しく待っててくれよ」
帰って暫く経ったが、泣きすぎて赤く腫れた痕はひくことがなかった。あれだけ泣いたのだから当然だ。しかしこれだと明日万が一、外で彩ノ宮高校の生徒に会ったとき、学園の王子様が目を赤く腫らしていたなんて知られてしまったら大問題だ。熱心なファンが卒倒してしまう。腫れを引かせる為にはコットン等で目を押さえて氷水で冷やすと良いらしい。社の今住んでる家にはコットンが見当たらなかった。だからおれが買いに行くといったらこのザマだ。
「……ったく心配しすぎだっつの。不審者なんてそんなわんさか出てこねーよ」
空は紺色に染まり、星が煌めいている。時計を見てみると午後8時を指していた。まぁ確かにおれみたいな年頃の女が一人で歩くのにふさわしい時間ではなかっただろう。だけど社の心配はあんまりだと思う、薬局までたかだか5分程度だ。それにこの道は人通りもそれなりにある。こんな環境下で不審者が出るとしたらソイツは相当な猛者だ。……まぁ、社に心配されて悪い気はしないけれど。
「……なんてな」
ただの意気地無しの独り言だ。こうアレコレ思ってたって本人に直接言うことなんか出来やしない。きっと一生彼女の前ではへらへらと笑って取り繕って生きていくんだろう。とんだお笑い草だ。
「…………」
はぁ、と吐いた息が白く染まり、凍えるような寒さが後から襲ってくる。もう冬だった。身体の冷たさより、心の冷たさの方が身に染みて苦しい。今年の冬もそんな季節だった。こんな年もあと数日で終わる。そしてまた次の年がやってくる。来年もきっとこんな感じだ。変わらない。……変われない。
現実はどこまでも無情ないきものだった。
∮
「……これでいいか」
コットンに、美容液、あと氷に、少しつまめるお菓子。夜分の糖質は太る原因だとか、また社に怒られてしまいそうだが別に今日くらいいいだろう。ストレス解消にはやっぱり甘いものを食べた方がいい。買うものは買えた。早く帰ろう。行った道をてくてくと戻る。もう大分人の通りも少なくなっていた。少し買うのに時間をかけすぎた。歩く足も自然と早足になる。だから気付かなかったのだろう。
目の前から走ってくる"誰か"に。
「わぁ!!」
そんな声と共に身体に小さな衝撃を感じる。舌ったらずで高めの可愛らしい声だ。ぶつかってきた衝撃からして子供が走ってきたのだろうと思った。明らかにおれより小さな子供だ。こんな時間にいるのは危ない。親はどうしているのだろう。そう思った。だけども、いざその姿を確認すると目の前にいたのは意外な人物だった。
「……お……まえ、は……!!」
そこにいたのは、昼間社からの手紙を受け取った女々しい男だった。でも明らかに様子がおかしい。昼間会った時、確かに正直気持ち悪いと思った。何か得体のしれないものが、その可愛らしい顔の内側にぐちゃぐちゃに混ざっているのを感じたからだ。だけど今のコイツは。"ぐちゃぐちゃ"どこなんかじゃなく。もう、明らかに。
"壊れて"いる。一目見てそう思った。おれが"気持ち悪い"と感じた"ソレ"が、もう何も隔てることなく露呈されていて。"まとも"はどこかに消えてしまっている。
驚きでぽかんと口を開けたままでいるおれに、ソイツはまるで小さな子供のように無邪気に笑った。
「……おねぇちゃん、どこかいたいの?」
「ヒナがいたいいたいのとんでけしてあげる!!」
「いたいのいたいのとんでけー!!」
「……もういたくないよね?」
そう言って背伸びをして、手を伸ばし、おれの頭を優しげに撫でてくる純粋な手を払いのけることも出来ずに、おれはただ黙って今から何をすればいいのか考えていた。身体中から出てくる冷や汗もそのままに。脳内で鳴り響く警鐘音を聞きながら。
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