ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

【完結】音符的スタッカート!【しました】
日時: 2012/02/02 19:27
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: bvgtbsWW)
参照: http://sasachiki.blog.fc2.com/

 そして「わたし」と「私」と「僕」は。
 望んだハッピーエンドへと、飛び込む。










 >>188■完結しましたのでお話でも。







 原点回帰っていうより、原点退化っていうか
 というわけで久しいささめです

 ■お客様でせう
 *メモ帳(95)様 *かしお様 *真飛様 *朱音様 *今日様 *ハナビ様 *遮犬様 *蟻様
 *nanashi様 *とろわ様 *匿名の流星様 *ソルト様

 
 ■本編

 ・起・
  >>01>>02>>4>>10>>12>>17 — 小説家(仮)なわたし
  >>21>>31        — 陸上部な私
  >>33>>39>>40>>49      — 小説家な僕

 ・承・
  >>54>>59>>60>>61   — 思想中(微)なわたし
  >>63-64>>66>>68 — 試走中(殆)な私
  >>70>>80>>81  — 死相中(終)な僕

 ・転・
  >>85>>88-90 — KENKA☆なわたし
  >>92-93>>98-100>>102-104— KANKA*な私
  >>105-106>>110-114   — KEIKA★な僕

 ・結・
  >>116-121>>124-126>>129-131— 最後まで夢見がちなわたし 終了
  >>134-136>>139-140>>144-147  — 最後まで手を伸ばす私 終了
  >>151-160>>162>>165-168    — 最後まで大好きな僕 終了


 ・エピローグ・
  >>172-173  — そして、歩き始めた僕 終了
  >>174-176  — きっと、駆け出し始めた私 終了
  >>180-184  — だけど、書き始めたわたし 終了


 ■おまけ?
  登場人物の名前の読み仮名 >>11
  キャラに贈りたい曲
    ☆主人公その一、私へ >>107
    ☆主人公その二、衣食りりるへ >>108
    ☆主人公その三、笹宮因幡へ >>109
 転の前に少しお礼をば。 >>115
 謝礼 >>150

*2010/09/08 21:40に執筆始めました。
 やっぱこのスレタイすっきりして落ち着きます。

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最後まで大好きな僕3 ( No.153 )
日時: 2011/09/13 22:37
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)





 さて、そんな物忘れが激しい僕の心の中で鮮明に色を放つ昔話。
 それは、彼女への愛の告白関連だ。今まで過去十二回、僕は彼女にお付き合いの申請やらプロポーズやらをしているんだけど……それらを全部、僕は今でもはっきりと思い出せる。まずは一度目、彼女が僕の担当になって一週間後。あの時の僕はまだ若かった。

「あの……漆原雅さん」
「何かな笹宮因幡くん」
「好きです」
「ありがとう」

 スルーされた。一度目はスルー、その後すぐに小説の打ち合わせに戻るという何とも素っ気ないもので終わった。
 二度目。僕はめげなかった。あぁそうか僕は彼女に恋愛の相手と識別されていなかったんだと知った次の日。僕は行動に出た。自宅にのこのことやってきたピーチ姫(彼女)をクッパもどん引きのねちっこさで追い詰めることにしたのだ。部屋に置いてあったテーブルを挟んで、僕は真剣な眼差しで叫んだ。小説の打ち合わせの途中、突然テーブルを殴打して。

「漆原さん!」
「どうしたの?」
「好きなんです!」
「どうしたの?」
「だから、好きなんです!」
「どうしたの?」
「えっと……漆原さんのことが、僕は好きなんです!」
「どうしたの?」
「……えっと……えっと……」
「どうしたの?」
「………………すみません、続けて、ください……」

 ねちっこさは彼女の方が上だった。まさか告白の答えがどうしたのだなんて誰が考えていただろうか。
 彼女の冷静な態度に、僕は一時期めためたに叩きのめされた。一か月ぐらいは、業務的な会話しか彼女と出来なかった。向かいに座る彼女と目も合わせられずに、ぶるぶると体を震わせて羞恥と落胆に耐えていた僕である。
 三度目、四度目、五度目。彼女との思い出を宝石よりも大切に扱う僕としては、どの告白も同列だなんて言語道断なのだが——話す手間を省くために、泣く泣く同じ扱いにする。この三回分は、ほとんど似たような内容だった。一か月間おとなしくしていた僕が、そろそろいけるかななんて思い告白し、玉砕し、また一か月間機能停止状態になるの繰り返し。それでも彼女と会い、小説家業に励む僕は褒められても良いと思う。

「でねぇ、この子の個性がちょっと弱いんだよねぇ。平凡な話ってのはアリ。だけど、そこに平凡な登場人物を投下するのは、薄いスープに水を足すようなものだよ。ちょっとタバスコでも効かせてみた方がいいかも。それで、そのタバスコ成分が——」
「——好きです、結婚を前提にお付き合いしてください」
「……前提に、って言葉って何かさぁ……重くない? とか雅は雅は女子高生風味な言葉を返してみたりして?」
「お友達を前提に結婚してください」
「前提っていうか前提ぶっ壊してるような気が!? そっちじゃねえよ!」

 五度目から、僕に対する彼女の態度はだいぶ柔らかくなっていた。一度目は固い表情で僕の告白を断っていたのに、五度目になると笑いを交えて断るようになった。それでも断ることには変わりねぇだろ、という男性諸君の言葉は聞こえない。
 彼女との関係が良好になってきたある日、僕は彼女に六度目の告白をしようと勇んで会社のロビーへと向かった。原稿を手渡すついでに、彼女に愛の告白をするつもりだった。彼女はロビーにあるソファでくつろいでおり、何かカバーをかけた文庫本を読んでいて、かけている眼鏡が禁欲的な雰囲気を漂わせていて最高だった(と、僕の彼女レーダーは記憶している)。
 近づいてくる僕に気づくと、彼女は本を閉じた。何かアニメ調の絵が描かれているような気がしたけど、その時の僕はまぁ良いかと原稿を手渡し、真顔で言った。

「あ、原稿だね。ありがとう、ここまで持って来てくれて。何か申し訳ないなぁ」
「大丈夫です。ちょうど、この辺りの大きな本屋に興味があったんで、ついでです。…………お付き合いしたら申し訳なさも無くなるのに」
「あー、最近出来た本屋でしょ? あそこ、品揃え良いんだよー。…………何で申し訳無さが無くなるの?」
「へぇ、そうなんですか。ゆっくり見てきます。…………キスの一つでお互いを信頼出来るからで————痛っ、ハイヒールのかかと痛っ」
「行ってらっしゃい。楽しんできてねー。…………セクハラなのか、そうなのか。警察か、よし分かった」
「いえいえ、早く僕と付き合いましょうというサイン、いや、アピールですってまじかかと痛ェ!!」

 にこやかに笑う彼女は真っ赤ななハイヒールを履いていて、かかとが丁度僕のスニーカーにめり込んでいた。僕の冗談(本気十二割)をまともに受け止めてくれるぐらいに、僕と彼女の関係は良い具合だった。六度目の告白の後、帰り際に僕が彼女の方を振り返ると、彼女は不安そうな色で瞳を染めていた。なぜだろう、という疑問の答えはは七度目の告白で知ることになる。



最後まで大好きな僕4 ( No.154 )
日時: 2011/09/23 00:13
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)











「ひゅぎぃ」

 阿呆みたいな声を出して起きた、と思ったら目の前は真っ暗だった。
 真っ暗なのは、視界が何かで覆われている——何か本のようなものが顔に広げられているせいっぽい。鼻を掠める、本独特の紙の香りが本だということを示している。つい最近、感じたことのある違和感の正体。指でつまみ、顔から引き離すとようやくいつもの部屋の風景に戻ってきた。ふぅ、と息をつく。

「あ、起きたー? グッドモーニン、朝じゃにゃいけど」

 僕の部屋の中に、彼女がいた。普段通りの、へにゃりとした笑みを浮かべて。
 賞をとったことで有名になった僕、だけど彼女との約束のことでふにゃふにゃの僕は現在役立たずだ。インタビュー記事や、短編を載せて欲しい、連載をしないかという声かけなどに対応すら出来ない。だけど会社にとって、僕の仕事が増えるのは困るようで有難いことでもある(らしい)。人気の俳優みたいなものだと、編集長は零していた。
 そして、僕が出来なかった仕事の皺寄せがやってくるのは、僕の担当である彼女だ。四方八方から来る仕事をこなさなくてはならない彼女は、僕のせいでこの四週間の間、常に忙しく動き回っている。しかも彼女は僕だけの担当ではない(ここが僕にとってすごく悔しいところだ)ので、僕という作家と共に別の未熟な作家やらベテラン作家を手伝っていかなければならない。
 だから、いくら僕が彼女に会いたくても、約束を果たしたくても。僕はこの四週間、彼女と一度もまともに会えていなかった。電話越しで話し合うしか余裕がなかった。
 彼女がここに今いるということは、仕事の方がひと段落ついたのだろう。そう考えると胸が安堵感でいっぱいになり、頬が緩む。彼女の存在が僕を幸せにしている、と実感し、体中がぽかぽかと温まってくる。久し振りの彼女に挨拶をしようと、僕は体を起こした。

「おはよ——ぷぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」

 前半は、彼女に優しく挨拶をしようと頑張る様子。後半は、指でつまんだままの本的な何かを見て悲鳴をあげる様子。ちなみになぜ悲鳴をあげたかというと、つまんでいたそれが、繊細そうな少年が体格の良い青年と裸になりピンクなムードを漂わせているいつか見た本だったからだ。いつか見た、というのは白場が僕の部屋に遊びに来た時だろう。奴が真っ青な顔でこの本を突きだしてきたのを思い出す。
 同時に、寝ている人の顔にショッキング(読む人によるが)な本を乗せるという行為に既視感を覚える。だが今、この場にいるのは僕と目の前に彼女だけ。いともたやすく行われるえげつないその行為は、紛れもなく僕以外……彼女がやったものだろう。だけど彼女の彼氏として、疑うのはいけないと思い一応聞いてみる。

「あのさ、この本って君がやっ、」
「起きないからさー。笹宮が幸せロマンティック男祭りわしょーいおい良いだろやめろよこんなところでアッー! ……な夢を見るように、と思って頭に本を置いてみたんだけどさ。夢どーだった? やっぱ男同士できゃっきゃうふふな花園? 詳しく教えてよねぇ、羨ましー————って笹宮、何で膝をかかえて体育座りしてんのよう?」

 膝を抱えると、抱き締めた体が微妙に震えていることが分かった。手の甲の鳥肌が、ざらざらとしていて気持ち悪い。どうやら脳みその代わりに体が彼女からの恩恵(別名、拷問)を受けていたようだ。さぶいぼが止まらない。
 彼女はソファーに座っていて、スーツにタイトスカートという仕事中の格好だった。ネクタイをしめずに、第一ボタンを開けている首元からのぞく鎖骨が艶めかしい。僕の片手で収まるかどうか不安な胸元の前に漫画らしきものを寄せて、読書中だった。表紙は隠すことない、ピンク色むんむんのもの。いつものことだ、と諦めて欠伸をした。

「そういう夢は見なかったけど。君との出会いから七度目の告白ぐらいまでを思い出していた」
「ふーん。よく覚えてるねぇ、ちなみに全何章ぐらい?」
「全……うーん、十一章かなぁ。君とのことなら、全部覚えてるから」
「………………え、嘘、全部、なの?」

 本のページに目を落としたままの彼女。だけど、全部という言葉を耳にした途端、欠伸を繰り返す僕を気にするように顔をあげた。全部覚えていることに対して喜んでいるのかと思いきや、表情が違う。目をいっぱいに見開いて、全部という言葉を拒否するように、受け入れたくないような驚きを灯していた。
 普段見ることのない彼女の焦り顔に、僕は気まずさを孕んだ口調で訊いてみる。
 
「いや、そうだけど……え、覚えてちゃ駄目な感じ?」
「そういう訳じゃない、んだけど。え、でも……ねぇ笹宮、一番最後に私とまともに話をしたというか……ここに来たの、いつか覚えてるの」
「え? あぁ、うん。覚えてるけど」
「……話した、内容も?」
「えっと…………うんと…………え、あ、……う、うん」

 とりあえず、覚えている(というか記憶せざるを得ない)のでこくりと首を上下に振った。
 僕の肯定に彼女はさらに身を固くし、目を丸くした。表情が凍り付く、というのは今の彼女の顔のことだろう。真っ青にこそなっていないが、おちゃらけた雰囲気が失せて、気まずさのみがそこに残る。
 彼女が口を閉じ、内容を聞くべきか悩むように唇を噛んでいた。桃色の唇が噛みしめられるのを見るのは、あまり好きじゃない。彼女の柔らかそうな唇に傷がつくのは嫌だなぁ、と思ってしまうからだ。彼女は唇を噛むのを、自分が困っている時の癖だと前に話していた。それなら今のこの状況は、彼女にとって困った状況ということだろうか。胸がちくりと痛む。

「ほら、アレだよね。……僕があの賞をとったら、君と結婚出来るってゆう、約束……的な」

 唇を噛ませまいと、僕は出来るだけ明るい声で内容について述べる。ふわふわとした思いはすっかり消えていて、居心地の悪さが心の割合を占めていた。気まずい、と口に出せたなら楽なんだろうけど、僕には道化のように笑うことしか出来ない。
 困惑した様子で視線をそらす彼女の方を、目を細めて眺めた。あぁ、今日も綺麗だなぁと場違いな感想を持ちつつ。

「で、僕はこの前その賞を見事、受賞、した、んだけど……これってつまり、僕は君と結婚出来るってことだ……よね?」

 彼女は手元に視線を彷徨わせるわけでもなく、場を和ませようとするのでもなく。形の良い唇を一の字に結んでいた。彼女が声を発さないので、僕も話しかけにくくなり、お互いに無言に陥る。何なんだこの雰囲気は。まるで、中学二年生の男子が幼馴染の子(女子)といがみ合いをしている時に自分の好きな子が現れ、「笹宮君って、その子とラブラブだね」と言われた瞬間ぐらいに妙な雰囲気だ。

最後まで大好きな僕5 ( No.155 )
日時: 2011/09/23 00:15
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)



 何とかして彼女の表情を晴れさせようと意気込み、じゃぁ仕事について適当に訊いてみよう、と僕は恐る恐る話を切り出した。

「し、仕事って最近どんな感じだったりす——」
「——あ……あ、あのさぁ、笹宮」

 気まずい沈黙を破ったのは、何とこの場で一番苦しそうな顔をしていた(二人しかいないけど)彼女の方だった。
 照明の光をフローリングの床が反射し、輝いている。白い光を何気なく眺めながら「何?」と微笑と共に聞き返した。先に言われたことにへこんでなんかいないぜ、と誰かにかっこいい顔をしてみる。
 頭を下げているので、彼女の表情は全くわからない。声色から察するに、明るく笑おうとして顔をひきつらせてるんじゃないか、なんて。

「笹宮、男と結婚した方がさぁ、よくない?」
「…………。…………………………………………何、何っで、え?」

 じん、と喉が熱を帯びた。彼女の冗談じみた言葉が鼓膜に反響して、両耳がずきずきと鈍く痛む。
 ——男と結婚? 外国でもないのに、何言ってるんだ? てか、何で今そんなこと言ってるの? え、ここってギャグシーン? ギャグパート?
 脳は彼女から与えられた言葉を咀嚼し終えたというのに、問いを受けた僕は一瞬言葉を失った。血液が、真っ白になった僕の脳みそから正常な反応というものを押し出す。そのおかげで、掠れた声で「なっ、なななななんで?」と疑問を返すことができたのだが。

「だ、だってさぁ……」

 ぎちぎちと噛みあわない歯を無理に噛み締め、彼女の言葉を待つ。彼女はさも当然という口ぶりで話し出した。自身の口元がひきつっていることを、彼女は知らないだろう。いつもなら外すことない視線を外してまで、曖昧に喋ろうとする自分の姿さえも。

「だってさぁ、私、男の子同士のアレやそれの方が、興味ある……し。だ、だから……笹宮はさ。私みたいなのじゃなくて————素敵な男の人見つけて、ランデヴーして、結婚しちゃえば良いんじゃないかなぁ!」
「っえ、ええええ、え」

 今まで送ってきた彼女への藍を、ぶち壊された気がした。
 がらがら、どっしゃーん。文章にしてみれば簡単過ぎて、二行にもならない言葉が。僕の脳みそを揺らす。
 ——え、何で? 何で何で何で何で何で何で何で、何でですかっていうか何でですかっていうか、ですか?
 ぐるぐるとまわる視界を落ち着かせようと、眼球を握るために指を伸ばす。指の先が触れたのは、生温い何かだった。ぬるりとした何かは、どうやら眼球が生み出したもののようだ。頬が濡れて、生産が止まらない。

「う、うあぁ」

 声にならないものを吐き出すと、体が楽になった気がした。さぁ、もう一度。誰かが僕を誘う。

「あ、ぇあああ、う」

 彼女にくだらない冗談を言われた瞬間。
 僕は、獏然とした違和感を感じた。
 それは赤ずきんちゃんで狼の腹の中からどろどろに溶けたおばあちゃんが出てきてホラーな終わり方になってしまった時の残念さであり。それは一寸法師で一寸法師という物語が始まる前に主人公が小さすぎて生まれたことすら気付かれずにそのまま話が終わってしまう無念さであり。シンデレラでガラスの靴のサイズがたまたま意地悪な姉の一人にぴったりだった時の虚しさであり。浦島太郎でカメをいじめるような子供たちがカメでなく浦島太郎本人をぼこぼこにして金を奪った時のやるせなさであり。
 まともだったはずのストーリーが、ぐにゃりと歪んだ時の、違和感。
 ——おいおい、僕のストーリーってこんな展開迎えるのかよ?
 嘲るように自分を笑うと、泣きそうになった。

「うぅ……う、うわぁああああぁぁぁあああぁぁぁ!!」
「え、ちょっ——さ、笹宮っ!? 何で、突然走り出して————」

 彼女の続きの言葉を聞こうとする前に。
 気付けば僕は、夕日に染まる道を全力疾走していた。
 馬鹿みたいに重い、段ボールの箱を抱えて。
 



最後まで大好きな僕6 ( No.156 )
日時: 2011/10/11 23:27
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: X9vp/.hV)
参照: 久々っすね


 










 走る、走る、走る。いや——走れ! 唇を噛みしめ、僕は人気の少ない通学路を駆け抜けた。この道は小中学生が通学路として使っている。その中で、平日のこの時間帯では僕ぐらいしか外を出歩いていないというのは珍しい。とにかく人間がいなくて良かった。今の僕を目にしたら、先生を呼ばれそうなのでほっと安堵。犬のお巡りさん(ヒトのお巡りさんでも可)に見つからないのにも、安堵。
 固いアスファルトに足裏を押し付けるように、飛ぶように走る。刺すような冷気を取り込むと、胃が収縮した気がした。住宅の間に素っ気無く立っている木々は褐色をしていて、今にも枯れそうだ。春はいつになったら来るんだろう、そう考えて僕は気がついた。落ち着いて冬を見つめる余裕など、今の僕には無いということに。

「うあぁあわわあああああああああああ!!」

 両手に抱えた段ボールが重くて泣きそうになる。中身が中身だからだろうけど、それでもこのずっしりとした重さを憎まずにはいられない。腕の引き攣りと、びくびくと痙攣している胃が、現在の僕の苦しみを表している。何でこんなもの持ってきてしまったんだろう。鼻水をすすると、視界がにじんだ。彼女の趣味の塊であるこの箱を持ってくることに、意味はない。ただ僕の疲労が通常の五倍にも十倍にも増されるだけだ。
 さっさと目的地に着いてしまおうと、近道である路地裏に飛び込む。少しぬかるんだ足元は、昨日雨が降ったことを僕に悟らせた。
 ————ジュリリッ。
 とか何とか考えをめぐらせていたら、視線が一気に低くなった、と思ったら僕の太ももの裏の筋がつった。びきびき。これは体の中を痛みが駆け巡っていく音。悲鳴をあげそうになる。が、叫ぼうとした喉を押しつぶすかのように、前に倒れた僕の鳩尾に、段ボールがクリティカルヒットした。

「ッづッ!?」

 盛大に舌を噛んだところで、こけた、と気付く。腹に段ボールを抱えたまま前のめりになって倒れたので、傍からみれば、まるで僕が段ボールを愛でている(しかも愛しげに抱きしめている)ように見えるだろう。人がいない路地裏でこけたのが唯一の救い。
 まだじんじんと鈍痛が灯っている太ももを躊躇なく叩き、立たせた。震える膝に力をこめ、両手で段ボールの端を持ち、僕はまた走り出す——そうとした。その拍子に、スライム状のぬかるみに足をとられた訳だが。

「いでぇ! 泣く、もしくは吐く!」

 膝をつくと、わき腹がのた打ち回りたい程の痛みに襲われた。もしかすると、自分が吐きそうになっているのは血なのでは、と疑ってしまうそうな激痛。それでも走ろうとするのはマゾなんだろうか。マゾじゃねぇ、マゾじゃねぇぞ! 「うがぁああああ」と怪獣のように、火の代わりに唸り声を吐きだした。ただし彼女がSならば僕は喜んでMにもマゾにでもなろう、とちょっぴり考えを改め直しす。

「ッ、かっ、彼女パワーぁぁぁぁぁっ、アアアアアッ」

 ——世界の皆さん、もうテメェらの事情なんて知ったこっちゃないのでとにかく僕に元気をください。
 世界中を敵に回す不条理なギブアンドテイク(むしろテイクしかしてねぇ)を心中で叫び、バイブモード中な膝を動かし、歩を進めた。膝がすりむけたので、ちりちりとした摩擦熱が僕の膝小僧を覆っている。
 さっきのような失態を繰り返さないために、まず僕が行ったことは一つ。安全という文字を体言化したような足元を確保することだ。手汗でべたつく箱を抱き直し、人気の無い路地裏から飛び出す。たまたま飛び出したところは住宅地のど真ん中に値するところだった。しかも、先ほどの通学路を使い登校そして下校している子どもたちの家が立ち並んでいる辺りだった。
 これはこの世の理というものだけど、子どもには必ず親というものがいる。「俺の親はサタンだ。この俺の右腕にはその呪いが」とぼやく中学二年生も、「この世界は腐っているわ。大人は汚くて、卑怯よ」と断言する義務教育八年目の子たちも——いや待て、これ両方とも中二じゃね?——全員等しく、男と女で構成された両親がいるのだ。その理屈は勿論のこと、この住宅街に住む子供たちに適応される。
 まぁ、つまり、なんだ。

「……こ、こんにちは……?」
「………………!?」

 路地裏から泥だらけで飛び出して来た僕の前には。
 どこかの家のおばさんが、ぽかんと口を開け、表情を凍りつかせていた。
 ……濃い目のお化粧にお財布という出で立ちなので、きっとこれから夕飯の買い物にでも行くのだろう。詳しい時間帯は知らないが、主婦にとってこの時間帯は買い物に丁度良いんだろう。だから今、道路のど真ん中でゴマ粒のような目をこんなに大きく見開いているんだろう。けして突如現れた不審者(僕)に対して驚きを隠せないとかそういう警察がエキサイティングするような意味合いはないはずだ。決してないはずだ。

「ははっ。今日は、良い天気ですね。雲なんて一つもない、澄み切った青空ですね」

 とりあえず、やましいことは僕には一つもないので、爽やかな笑顔で対応してみた。いや、雲ちょっとあるだろうだとか、そろそろ夕方なのに青空ってお前、とかいう突っ込みは横に置いておく。それよりも、世間に出ることの少ない小説家野郎が作りだした偽物笑いに、この婦人は騙されてくれただろうか。無言の時間が辛い。うなじを撫でる風が鳥肌を誘発し、まだまだ冬なんだと実感させた。

最後まで大好きな僕7 ( No.157 )
日時: 2011/10/12 21:34
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: X9vp/.hV)
参照: 久々っすね



「………………き、」
「き?」

 ——君の名前は何ですか。今日の料理はマミーのチェリーパイさ。今日は良い天気かよお前わかってねーな。……候補はこれぐらいか?
 き、というたった一文字が彼女の口から発された。僕はくたくたの体を休ませることに専念し、逆に脳みそをフル稼働させて、彼女が言おうとしたことを模索する。僕の小説家歴史から導き出されたのは、この三つの文章だった。二番目の凡庸性どこ行った。帰って来い。
 目の前のおばさんは、自身の脂ぎった体を大きく仰け反らせた。ゴマ粒だと思っていた瞳は、ビー玉サイズまで拡大され、驚愕を表す。
 一連の行動を静観していた僕に向かってではない、まるで世界中の人々に伝えようとするかのように。おばさんのフルボイスが、住宅街中に響き渡った。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああ! 痴漢よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「誰がテメェなんか触るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 冷汗を背中に感じた瞬間、僕はまた疾走を始めた。背後から「間違ったわ、不審者だったわ……」というおばさんもといババァの呟きが聞こえたが、もう遅い。ババァに痴漢という不名誉を与えられてしまった僕は、段ボールの箱の重量をまた感じることとなった。
 ——畜生! 彼女になら喜んで痴漢でもセクハラでもやるのにィッ!
 目まぐるしく変わっていく景色の中で、普段なら考えることもないことを考える。思考回路が焼き切れそうなほど精神を消耗してしまった。絶対、さっきのおばさんのせいだ、と激しく苛立つ。苛立つと共に、犬のお巡りさんが背後からやってきていないか振り返る。「お家はどこですか?」と訊かれた時に、「少なくとも牢屋で無いです」と土下座する覚悟は出来ていた。

「うがあぁああああぁ痴漢とかてめぇえええええぇざけんなぁぁぁああああ」

 足首を捻ったけど、心の痛みの方が遥かに上位だったので下位はスルーした。野良犬が月に向かって吠えるように、雄叫びをあげるように。周囲の民家や人なんて気にせずに、僕は全身から声を絞り出した。段ボールを抱えた泥だらけの男が、今にも泣きそうな表情で走っている。他人から見れば、無様以外の何物でもない。目的地までこの調子で行けるんだろうか——その疑問が脳裏をよぎった時、新たな疑問が芽を出した。
 ——僕は、一体どこに向かってるんだろう。
 その辺にあるスーパーまでの距離だとか、場所とかじゃなくて。未来に存在する僕の場所は、どこにあって、僕はどうやって向かってるのか……という意味で、だ。
 やがて、声を出すことも億劫になってきた。昔ながらの駄菓子屋として皆に愛されているとある店の角を曲がり、僕は考える。

「…………どこに、向かってるのかなぁ、ッ、ほんとーに……」

 笹宮因幡という小説家がいるのは、あのマンションの一室だ。逆に言えば、小説家として生きていられるのはあの領域しか無いってことになる。一歩外に出ると、僕は小説家ということを理解してもらえない。ぱっと見、ただのフリーターか自宅警備員ぐらいにしか見えない。
 かと言って、世間に一目で分かってもらえるような仕事をするのも考えられないし、マンション以外に帰る場所もない。あの部屋でしか、僕は僕としての人生を歩めないのだ。

(あぁ、そうだ……帰る場所が、僕にはない)

 帰る場所第二候補として、真っ先に思い浮かぶのは自分の両親が住む実家。でもまぁ、良い年した大人がへらへらと困ったように家の中に入っていくのは、ご近所様への印象が悪い。金が無くなった次男坊が、親に愛情(と書いてマネーと読む)を求めに帰ってきたとしか考えられない。僕は長男だし、兄弟は妹しかいないけど、やっぱり実家に腰を落ち着けるのは気が引ける。
 ——てか、妹とかめちゃくちゃ嫌がりそうなんですけど……。
 恐るべき、思春期。あのアルファベットの最初の文字を三つ横に並んでもまだ足りない、そんな表現が当てはまる胸の持ち主である妹のことを思い出す。僕が大学二年生だった頃に、一度だけ着替え中の妹と遭遇してしまったことがある。あの時に食らったボディーブローは、世界という言葉を感じさせるものだった。
 ……と、妹について考えていると、塀に勢い良く衝突してしまい、手の甲と塀が熱いキッチュを交わしてしまった。ざりりと荒い表面が柔らかい肌を抉り、甲に赤い筋と激痛を幾重も残していく。

「痛ェ! でもやっぱ走れ、走れ僕ッ!」

 薄汚いマンションの一室——僕だけの小さな世界。
 あまりにもスケールの小さい世界から、僕は初めて飛び出した。段ボールをお供に、それも自分の足で。
 生まれたてのバンビより、息絶え絶えな蚊という例えの方が似合う今の僕。日頃ろくに運動もせずに、キーボードを叩くことしか出来ない、無能な僕。ほら見ろ、妄想野郎が現実を突きつけられたらこんな風になるんだぞ、妹よ。どこかで卒業を祝っているであろう妹に語りかけた。

「飛び出したお前の兄貴はッ、こんなに弱いんだぜいもォォォォォとォッ!」

 小さな世界の外側には、もっとすごくてでかい世界が、待ち受けていた。
 ——じゃあ、今まで囲戸の中で喉を震わせて鳴いていた蛙には、このだだっ広い海に居場所はあるんだろうか?
 あるんだろうか、と自分にきいた際に、段ボールの中身ががたりと音を起てて揺れた。どうやら乱暴に扱い過ぎたらしく、上の方が少し開いている。その音で僕も詩的な自分に気づいた。あるんだよ——そう、大好きな誰かさんに肯定して欲しい自分が存在していたことにも、無理やり気付かされる。

(荷物を捨てるだの、役目を捨てるだの……ほんッと甘ったれてるなぁ、僕)

 無駄にかっこ良さ気がなことを吐いていた自分が、ただただムカつく。そういう主人公っぽい、キマる言葉を世界に零すのは、僕の役割じゃない。ていうか、そんなこと出来るわけがないのだ。こんな弱虫が立つポジションは、主人公なんていう言葉は不釣り合いだ。
 出来る訳がない、と苦笑いを浮かべる僕を叱りつけるように、冷たい北風が僕の肌をちくちくと刺した。

(…………大好きな彼女の言葉から逃げた、僕なんかに)







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