ダーク・ファンタジー小説

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リアルゲーム
日時: 2017/06/21 00:50
名前: 電波 (ID: iruYO3tg)

皆さん初めまして、電波と申します!
ここで投稿するのは初めてなので少し緊張しているのですが、よろしくお願いします。
また、文才ないのでうまく書けないかもしれませんがご了承ください!
それとそれと!
この作品には過度な暴力表現とグロテスクな描写が(たまに性的描写も)あります。それがダメな人は回れ右してください!

・注意事項

暴言や荒らしなどの行為はやめてください。


以上です。

・ゲームのルール

1.『全校生徒で殺し合いをする』

2.『期間は7日間。それまでに校内の生存者は2人にしておくこと。また、期間内に規定の人数に到達しなかった場合、全員失格。死刑になる』

3.『ゲーム途中に校外へと出た者は罪(ペナルティ)となり、失格となる』

4.『全校生徒にはそれぞれ戦うための異能(スキル)が配布される』

5.『殺し方や戦い方に縛りはない』

6.『校舎内に『鈴木さん』が徘徊する』

7.『クリア条件は2種類。1つ目は7日間以内に生存者を2人にすること。2つ目は校舎を徘徊する『鈴木さん』を殺すこと。その場合は、生存者の数に関係なくゲームがクリアとなる』


Re: リアルゲーム ( No.130 )
日時: 2016/11/06 21:58
名前: 電波 (ID: JIRis42C)


 堂本は今まで、彼女との思い出になった箇所を巡る。彼自身が今まで彼女と過ごした日々を必死に思い出し、少しでも心当たりがあるのなら探す。この繰り返しで、彼は既に二時間以上捜索を続けていた。一番の可能性としてあった武道館も空しく荒れ果て、探索を続けたが人一人いない始末だった。

「楓……」

 校舎の裏を敵に見つからないように走りながら、彼は彼女のことを思う。当たり前のことが当たり前じゃなくなった不安。そこにいた人がいなくなった恐怖。自分だけが一人になってしまうのではないかという孤立感。全ては、彼女がいてくれたこそ自分があれたという事実に、堂本は歯を食いしばった。

(ああ、結局自分は……弱いままなのだな……)

 ふと、過去の思い出に浸る堂本。


———

 堂本 励は紳士的な性格だった。特に柔道では、相手への敬意を忘れず、全て全力の試合をしてきた。日頃の練習も、相手になってくれた仲間に感謝の言葉を述べるなど、誠心誠意の対応をしていた。周囲からの印象も悪いものでもなく、彼の今までの人生は決して悲観的なものでもない。

 ただ、一つだけ気にしていることがあるとするならば自分の顔である。周りの生徒とはあまりにかけ離れた面相をしていることもあり、幼少時代にからかわれていた経験がある。それからというもの、一回りぐらい年齢の離れた顔を初対面の相手に見せる度、いつも彼は不安でいっぱいになっていたのだ。そして、決定打となったのがある大会でのこと。いつものように全力を持って相手を倒した後、彼は用を足すため便所の扉の前まで来たところで扉の向こうから誰かが会話をしていた。

 特に気にする事無く扉の取っ手に手を掛けようとした時だった。

「あの老け顔マジで高校生なの?」
「ああ、らしいぞ。やべーよな、今時あんな奴がいるの見てビビったわ」
「てかさぁ、さっき投げられた時頭めっっちゃ強く打ったんだよねー。死ねよアイツ」

 声から察して先ほどの堂本の対戦相手だったようだ。彼らの堂本に対する陰口はエスカレートする。

「俺、アイツに体締められた時あったじゃん? マジでアイツの体おっさんくせぇよ? あれだよ、加齢臭加齢臭」
「うわっ、やべーな」
「ちょっとお前、後で匂い嗅いで来いよ!」
「やめろって、汚ねーな!」

 その後も彼に対する嫌味は永遠続き、堂本はこの場にいることが耐えられずに走りだしてしまった。たとえ肉体をどれだけ鍛えようと、どれだけ辛い練習に耐えようと、自分に対する批判は受け入れがたかった。その後の試合は、さっきの一件もあり、全力で挑むことが出来ずそのまま敗退。夢だった全国大会にも出場できずに、重い足取りで学校に帰ってきた。

 時刻は四時。日が沈み始めようとしている時間帯だった。学校に着いて、顧問の教師から色々な問題を指摘されたあと、解散となった。肩を落とす堂本に、仲間はポンッと彼の肩を叩き、励まして帰っていく。だが、彼が気にしていることは負けたことではなく、自分の顔がやはり周りと違うのだと再確認したことである。

 自分は周りと違う。あまりに風貌が中年のそれなため、周囲から浮いてしまってるんじゃないか? そして、それをよく思われていないんじゃないか? もしや、仲間は無理してそんな俺と今まで接してきたのではないのか、と自分の中でマイナスな考えが流れる。

 気が付けば、堂本の足取りは武道館の方へと向かっていた。なぜそこへとたどり着いてしまったのかは不明だが、不思議と導かれているような気がした。武道館では剣道部が稽古で打ち合っている。


 彼は特に何も考えず、武道館へ行くための階段に腰を掛け、虚ろな目で地面を見ていた。背後から竹刀のぶつかる音が聞こえてくる。今まさに打ち合っているらしい。だが、今の彼にとってはそんな音でさえ、全然聞こえてこない。自分の中に完全に入り込み、周りが見えないし聞こえない。

 どれほどの時間が経ったのだろうか、気づけばもう日は暮れかけていて辺りはもう薄暗くなっていた。後ろに響いていたはずの竹刀の音も消えている。どうやら剣道部の生徒達は帰ってしまったようだ。ただ空虚な気持ちが吹き抜けていく。これからどうすれば良いか、途方に暮れる堂本。その時、

「ねぇ、何をしてるの?」
「………?」

 ぼんやりとした表情で、彼が振り向いた先には、部活終わりらしき一人の女子生徒が立っていた。何の混ざり気もない純粋な黒い長髪を一つに纏め、容姿も凛とした顔立ちだ。身長は平均の女子生徒と同じぐらいで、すらっとした体つきである。

「聞こえてる? もしもしぃ?」
「あっ、すまない! ぼーっとしていた!」

 両手を腰に当て、問い詰めるように顔を近づける女子生徒。それに比例して彼も急いで立ち上がり、体を仰け反らせた。思わず頬が熱くなる堂本。今まで女子に顔を近づけられた経験がないためか、つい焦った口調で言ってしまった。

「あれ、あなた柔道部の……」

 思い出すように女子生徒は言った。

「ああ、柔道部の堂本 励だ」

 相手はあー、と確信を持ったように声を出した。

「どうしてこんなところにいるの?」
「そ、それは……」

 苦い表情で堂本は視線を逸らす。陰口を叩かれて凹んでいたとはこの顔つきで言えないと、なぜか心に思った彼は重要な部分をぼかしながら理由を述べた。

「友人が、陰口を叩かれていたのを聞いてしまったのだ……」
「嘘つかないの」
「えっ!?」

 意外なことにあっさり嘘を見抜かれ、驚きを露わにしてしまう。戸惑いを隠せない彼に彼女はほらっ、と見つめる。

「な、なぜそんなことが分かるのだ?」
「そりゃそんな不自然な話し方されたら誰だって気づくわよ」

 うっ……と自分の大根役者ぶりに情けなさを感じつつ、再び彼女へ視線を合わせる。今度は真剣な表情で女子生徒に頼む。

「頼むが、あまり詮索しないでくれないか? これは個人の問題であって見ず知らずの女子生徒に相談するわけには——」

 唖然とした表情でそれをみていた女子生徒だが、少しの間の後口を開いた。

「いーや」
「なっ!?」
「だって、一人ぼっちで抱え込むのは楽な道であって全然楽じゃないもん。だから、二人で考えた方が割と早く問題解決できるし、楽じゃん」

 それと、と付け足して女子生徒は言った。

「私は三蕪木 楓。ちゃんと人のことは名前で呼ぶんだぞ、後輩」

 これが、堂本 励と三蕪木 楓の出会いの話である。ここから二人、様々な思い出、記憶が刻まれていくことになるのだった。
 

Re: リアルゲーム ( No.131 )
日時: 2016/11/22 16:21
名前: 電波 (ID: JIRis42C)


 彼女、三蕪木 楓はしっかりとした生徒だった。何事にも目標を掲げ、不足の事態には自分から率先して行動を起こすなどの積極性。その上明るく、誰にでも気を利かせて世話を焼いたりと姉御気質な所もあるとなれば周囲からの信頼も厚いのは確実だ。そんな彼女であれば、堂本が悩んでいるなら例外なく一緒に考える。そして、こう発言するのだ。

「あなたのその顔は確かに周りとは違うけど、それはある意味あなたらしさを出してる。周りの子はきっとあなたが良い人だって気づいてるよ。少なくとも、私はそう思った一人だけどね」

 まだ他にも色々と会話をしたのだが、彼の中で、この言葉は一番印象に残っていた。彼女のその一言で、堂本 励という存在がまた見直されたのだ。泥のように澱んでいた心が、スーと浄化されていくような感覚だった。

 これで完全に立ち直ったわけではないが、幾分かの元気を取り戻した彼は普段と変わらずの生活を送ることが出来た。そして、あの日からというもの、彼は、気づけば三蕪木の方へと視線を向けていた。柔道部の横で剣道部が、自分の技を互いにぶつけ合っている。そこに三蕪木が舞うように剣を振っていようならば、ただただ見惚れるのみだった。頬はうっすらと高揚し、動悸も少しばかり高鳴る。柔道一筋で女性に関心を向けたことがなかった彼にとって、初めての経験だった。だが、この時点では彼女に気があると感じてはいなかった。精々、恩人が一生懸命やっている剣道に少しだけ興味が湧いた程度と解釈していた。


 それが明確になったのはその年の冬。いつものように部活を終え、武道館の施錠を任されていた堂本はアナログチックな南京錠を扉の取っ手に引っかけていた。扉は四カ所あり、表に二カ所、裏に二カ所というような感じだ。堂本がやっているのは裏の四カ所目でこの施錠が終わったら帰路につこうとしていた。その時、ふと何気なく後ろへと視線を向けた。武道館の裏の先はブルーシートで被されたフェンス。なぜブルーシートを被せているのかというと、不審者対策ということで被されているが詳しいことは堂本も聞いていない。

 そんなフェンスをチラッと視線を向ける堂本。シートの僅かな隙間の向こうで複数の人影が歩いていくのを見かけた。特になんてことのない数人の男子生徒と女子生徒一人がそのまま街の方へと向かっていくのを見た。

「あれは……」


 普段の堂本だったら気に留めることもない何気ない光景だったが、その集団にいる人物に目が留まった。三蕪木だ。まぁ、女子生徒が複数の男子生徒と一緒に帰るのは別に変でもないだろうと一瞬考えた彼だったが、ここを通った時の彼女の表情がどこか引っ掛かってて気になった。

 どこか強張った表情をして、眼は少し据わっている気がした。妙な胸騒ぎを覚えた堂本は急いで鍵を施錠し、校門を出た。


 ———

 三蕪木が歩いて行った方向へと向かうと、そこは人気のない林の中だった。ここは彼らが通う学校から二キロほどある林で、普段からそこまで人が来る事は無い。空を埋め尽くすように生えた枝は光の大半を奪い、やたら薄暗い。彼は立ち止まり、きょろきょろと周りを見渡すが、視界に彼女たちの姿はなかった。
 
「見失ったか……」

 次第に不安が彼を襲った。理由なんて今の彼には分からなかったが、この林の中の暗さや静けさのせいもあるからだろう。彼の額からツーと汗が流れる。

 その時、

 バチィン!

「ッ!?」

 何かが叩きつけられたかのような、高い音が空に響き渡った。しかも一度だけではない。何度も何度も、その叩きつける音は彼の耳にまで届いてくる。何かが起きたのか、と彼はすぐさま音のした方へと走りだす。向こうに行く間も、あの音はまだ聞こえてくる。

 ただごとではないと感じた堂本は、脚にさらに力を込め、スピードを上げる。立ちはだかる枝や草を払い、ついに音の発生源へと到着した。それと同時に絶句した。

 そこには、竹刀を両手で握りしめた彼女が倒れた男めがけて、竹刀を振り下ろしているのだ。しかもそれは一度だけではない。何回も何回も恨みを怒りをぶつけるかの如く、容赦なく相手を打ちのめしていた。彼女の眼は既に正気と呼べるものではなく、今目の前にいる相手にしか集中していない様子だった。男の方は意識もなく、ぐったりとしている。他の男たちも同様に体中に青痣を作って地に伏していた。

 一瞬思考が停止した彼だったが、すぐに我に返り彼女へと迫った。三蕪木の降ろそうとした竹刀は、割って入った彼に阻まれる。だが、竹刀のその勢いが衰えることなく、進む。堂本も何をするでもなくその攻撃をその身で受けた。バチィン! と、より一層高い音が放たれた。

「……ッ!!」


 堂本の右肩に衝撃が走った。女子とはいえ、剣道部である彼女の一撃は鍛錬に鍛錬を重ねた彼でも堪えた。数秒後には皮膚が熱を持ち、内部にはじわじわと痛みが上ってくる。それを感じながら、彼はそっと彼女の竹刀を捕まえる。

「え、なんで……」

 その時、正気に戻ったのか彼女は言葉を発した。唖然としていたが、自分の今している行いを目にすると眼が強張った。そして、間もなく彼女の瞳から涙が零れ落ちた。

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめん……なさい!」

 彼女は両手を顔で覆い、その場にへたり込んだ。すすり泣いている彼女の姿を見て、なぜこのような経緯に至ったかを納得する。一言で言うなら性的な意味で襲われていた。彼女の制服があまりに不自然に破かれており、男たちの格好も一部裸であることから自然にそう考えた。

 堂本は竹刀をその場に置き、上着を黙って脱いだ。そして何も言わず、彼女の両肩に優しく掛ける。

「その格好だと……寒いだろう? それに見た目もあまり良くないのでな……その、嫌なら言っても良いぞ」

 彼は苦笑いを浮かべながら、なるべく彼女の方を見ないように頬を掻いた。すると彼女は、ゆっくりと彼の上着をぎゅっと掴んで俯く。

「いやぁ、それにしても三蕪木の剣捌きは見事なものだなぁ! 体の芯にまで来たぞ!」

 豪快に笑って見せ、この場の空気を和ませてやろうとする堂本。なぜこのようなことを話しているのか彼にも分からなかった。ただ、今の状況ではこうでもしないことには、彼女を元気づけられないと思ったのだ。

「なんで……そんなに優しいの?」

 涙声で彼女はそう問いを投げかけた。

「元気を貰ったからな」
「そんなの、当たり前のことだよ……目の前の人を助けてあげるのが普通なんだし」

 まぁ、そうだな、と呟くように答える。

「でも、あの時は本当に救われたのだ。自分の顔や声、全てが嫌になったが、三蕪木がそれを好きだと言ってくれた。ただそれだけで俺は、自分にかかった重りが外れた気がしたのだ」
「………」

 彼女への感謝を語りつつ、同時にある感情が彼の中から湧いてきた。と言うよりは、今まであった感情がより一層強くなったという感じだ。

「お前は凄い。色々な人の為に頑張れるのは自分でもなかなかできない。優しいお前だからこそできるんだ」
「優しくないよ。今私がやってたの見たでしょ? 私、こうやって追い詰められると自分でも何しでかすか分からないの」

 さらに彼女は続ける。

「頭が真っ白になって、周りのことなんか分かんなくて夢中で暴れる。まるでも猛獣よ」
「………」

 彼女は自分を猛獣だと罵った。恐らく、その点から見たら、彼女の言葉は正しいだろう。見境なく辺り周りを攻撃するのは、その一言に充分に当てはまる。なら、と彼はある提案をする。

「も、もしもだが自分がずっとお前の傍にいよう! もし今みたいに暴れたら、自分が止める! お前に近づいてくる変な奴らからも守ろう! だから、泣かなくて良いぞ」

 彼の最後の一言は切なく、儚かった。これこそが堂本 励が三蕪木 楓に対する恩返し、そして、告白だった。言い終わってから、急にこっ恥ずかしさを感じた堂本は茹で上がったタコのように赤面し、内心悶えた。

「ふっ……」

 この時、ようやく俯きながらではあるが彼女は笑ってくれた。釣られて堂本も笑みを返す。

「バカみたいね……」

 笑みを浮かべながら、彼女は目を浮かべて堂本を見る。

「やってみなさいよ、堂本」


 堂本と三蕪木はこうして結ばれた。やや歪でありながらも、二人の繋がりは固いものになった。たとえどんなことが起ころうとも。そう、『死が二人を別つまで』。 

Re: リアルゲーム ( No.132 )
日時: 2016/11/28 12:49
名前: 電波 (ID: 0/Gr9X75)

 今年に入り、まだ身に染みる寒さが残っている時期。堂本は彼女に一大プレゼントをしようと思っていた。と言っても、そんなに高い物でもない。小粒の赤い宝石が中央にはめ込まれたシンプルな作りのネックレス。高校生の経済状況でもなんとか買える代物なのだから、彼にとってはありがたいものだ。赤を主とした鮮やかな小さな箱の中に入れて、彼は内心ドキドキしながら彼女と帰宅をする。

 なんてことのないいつもの大通りを歩きながら、彼は手提げカバンをずっと気にしていた。

(渡すタイミングこそ一番重要だ。ここで変にプレゼントをしようものなら三蕪木の自分に対する印象は最悪であるな……)
「なんでそんなに険しい顔してるの?」

 三蕪木が不思議そうに顔を覗かせた。

「そ、そそんなことないぞ! 自分はいつも通りの自分であるぞ!」

 そう言って、彼は自分の剛腕を見せつけるかのように両腕を上げる。筋肉フェチにはたまらないぐらいのムチムチの筋肉を見せつけ、ぎこちない笑顔をする堂本。彼女は、釈然としないような面持ちで、ふーん、と返した。

「と、ところで今年で三年になるが、三蕪木は進路決まっているのか?」
「それを聞かないでよ……」

 そう言って、暗い表情を浮かべる三蕪木。肩を落とし、この世の終わりだと言わんばかりの雰囲気だ。進路、というワードは彼女にとってNGだったらしく、慌てて彼は謝罪の言葉を述べる。

「すまない! そんなに気にしているとは思わなくてだな!」
「ぷっ」
「ん?」

 あはは、と彼女は笑い始める。まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのように、彼は呆然と彼女を見ていた。しかし、それは最初だけで、すぐに自分は騙されたと気づくと、彼の顔が赤くなる。

「もう、可愛い奴だなぁお前は!」

 彼女は彼の反応を見て面白がったのか、体を小突くように彼に当てた。そういう弄りがしばらく続き、彼はされるがままになる。そんな状態が一分くらい続いたあと、彼女が話題を振る。

「あなたも進路とかどうなの? 時期的にはまだ早いかもだけど」
「確かに、今年で二年の自分にはまだ早い話かもしれんが……卒業したなら大学に行くと思うぞ」

 実感の湧かないまま答える。彼女はちょっと考える素振りを見せると、ある堂本に提案を持ちかけた。

「じゃあ……同じ大学行かない?」
「ん、同じ大学か……自分は一向に構わんが……」

 彼は歯切れの悪い答えを残した。彼女は成績も良いし、運動神経も抜群。きっと名の知れた大学に入るに違いない。だが、堂本自身成績は悪い方ではないが自分から決して良いとも言える成績でもなかった。運動こそはできるが、ただそれだけで入れるかどうかと言われると首を捻るのが今の現状だ。何を言いたいのか察した彼女は、あっさりとこう述べた。

「大丈夫だよ、私、堂本が行きたい大学に入るから」
「なっ!?」

 さすがの堂本も驚きを隠せなかったらしく、腹の底から出た声は周りの歩行者も一斉に振り向くレベルだった。彼は立ち止まり、前にいる彼女に反対の意見を口に出す。

「それは良くないぞ三蕪木! 一緒に行こうというのは嬉しいが、わざわざ自分の為にお前の進路を潰すのはダメだ!」

 彼女は立ち止まり、彼へと向き直った。その彼女の表情はいつになく真剣そのもので、いつも彼女の傍にいる堂本も気持ち的に少し押された。

「私の進路はあなたと一緒が良い。成績とか、周りがどう言おうとも、これだけは譲らない」
「しかし——」

 ここで彼は彼女に何か言おうとしたが、彼女の表情の変化に次に出す言葉が出なくなってしまった。三蕪木の目には微かに涙が溜まっていて、口元はぎゅっと噤(つぐ)んでいた。そんな彼女を見てしまったら、どの男性も頷くだろう。堂本もそのうちの一人だった。

「し、仕方ない……少々大学を選ぶのに時間がかかるが、一緒に行こう」

 渋々出した彼のその言葉に彼女はパァと表情を百八十度回転させた。笑みを広げ、喜ぶ彼女。しかし、その真意は一緒に大学に行ける事ではなかった。

「やったー! いやぁ、女の涙ってこういう時に使えるもんだよね!」
「………」

 言葉が出なかった。いつも通りの事とはいえ、少しだけ彼の中でムッと来るものがあった。あんなのを見ては、誰が相手でも彼と同じような答えを出すに違いない。普段は良いように弄ばれている彼だが、たまには彼女に細やかな反撃をしてみるのも良いだろう。再び彼女と歩き出す堂本。まずどういう風に反撃をしてやろうか、と色々考える。しかし、どうやって反撃するのだろうか。今までやられっぱなしの思考として、いざやろうとすると案外思いつかないものである。

(不意を突いて精一杯大きな声でも上げるべきか……それとも思いっきり体を掴んだりとか……)

 しかし、そう考えてみるものの彼にそれを行える勇気はない。前者は周りの目も気になるし、後者に限っては彼女自身の身を案じてしまう始末である。結果の所、彼に反撃の手段は残されていない。

(まったくもって情けない……)

 自虐をして、彼女の傍で歩きつける堂本。だが、それこそが堂本なのだ。自分はなるべく受け手で相手の攻めを耐えていく、柔道でも人生でもそういうような生き方をしていた。打たれ強くなってはいるものの、いざ攻めに入るとなると攻めの武器のレパートリーが少ない、そういうような人生を。

(ま、良いか……)

 彼女の笑顔を見てどうでも良くなったのか、先ほどの企てをなかったことにする。気が付くと、道は二つの分岐に入っていた。どちらの道も平凡な住宅街が続いている。三蕪木は左に家があり、堂本は右である。

「じゃ、私こっちだから」

 ふと彼が分かった、と言いそうになった時だった。不意にカバンの中にあるプレゼントを思い出した。

「ちょっと待ってくれ、三蕪木」
「………?」

 彼女は歩き出そうとしていた体を彼に向けた。

「………」
「………」

 彼は再び内心焦っていた。勢い余って呼び止めてしまったが、なんて言ってプレゼントしたら良いのかなんて決めていない。今更別の話題を振るにも怪しいものがある。仕方ない、と腹を割って堂本は彼女に渡すことを決意した。無論、今日でしか渡せないものだ。後日に渡すという手段は思い浮かばない。

「誕生日、おめでとう」

 堂本はカバンの中から小さな箱を取り出して、彼女に差し出した。決して高価な物ではないことが分かる見た目だが、そんなこと関係ない。そこに想いがあれば良いのだから。

「あまり高い物ではないが、受け取って欲しい。いや、別にいらないのであれば受け取らなくても良いのだぞ」
「ちょ、あ、あれ……?」

 何を言おうとしているのか訳が分からないが、彼女はそれを受け取った。その表情はなんと言ったら良いのか分からない、といった感じだった。勿論、良い意味でだ。

「開けて、みても良い?」
「勿論だ」

 彼女はゆっくりと箱の蓋を開けて、中身を取り出した。赤い宝石のネックレスが太陽の光で赤く輝く。それはどの高価な宝石にも負けず劣らずの輝きだった。

「きれい……」

 溜息を漏らすように出す。その言葉にようやく堂本に笑みが広がった。

「気に入ってくれて良かった」

 三蕪木は荷物を一旦降ろして、ネックレスを首に付け、どう?と笑顔で堂本に意見を求める。

「とても似合っている」

 心の底から出た本当の言葉に、彼女は頬を赤らめながら笑顔を堂本に向けた。それは、今までの宝石よりも価値が高く、眩いばかりの笑顔だった。

「励、ありがとう」

 彼女の名前呼びに少々驚きながらも、堂本は答える。

「自分も礼を言う。ありがとう、楓」


———



——懐かしく淡い記憶が蘇る。

 堂本は最後の手段として、校舎内を駆け回っていた。彼女との思い出の場所は全て探索済みで、探す場所としたら校舎内をひたすら回っていくしかない。当然、鈴木さんと遭遇する恐れもあったが、そうも言っていられなくなった。彼は階段を駆け上がり、三階に到着する。

「はぁ……はぁ……」

 息が切れる。頭がボーとする。喉が渇いた。色々な肉体への負担がかかる中、彼はひたすらその階の教室を見て回った。主に三階は三年の教室。僅かな可能性ではあるが、三蕪木がいる可能性もあるだろう。ただ、彼が見て回っていく教室の中はもぬけの殻。教室は荒らされ、血が天井や床面などに多方向に飛び散っている惨状だ。

 不安など感じる暇もなく、堂本は次へ次へと回っていく。しかし、どの教室も他と変わらず、虚しくも悲しい風景が目の前にあるだけ。

(頼む、見つかってくれ……楓ッ!!)

 そして、最後。彼が最後の教室に訪れた時、そこには一人の人影があった。一人は黒髪で幼い顔立ちだった。身長は平均的で、病的なまでに痩せている訳でもない体つき。一般的に見たら、可愛らしい男だが彼の口周りにあるものが全て、その人物を異常だと思わせる。

 それは、『血』だった。一見すると、吐血したようにも見えなくもないが、そんな考えは相手の様子を見ればすぐに違うと分かった。彼は涼しい顔で佇み、堂本が入ってくるなり薄ら笑いまで浮かべた。これが吐血するような人間のすることじゃない。

 堂本の視線はすぐ隣に仰向けに倒れている人へと移った。そして、目の前の事態に彼の僅かばかりの冷静さを失わせた。長髪の黒髪にすらっとした体、そして傍らには転がった竹刀。腹部には直接視認できるくらいに露出した血まみれの骨。瞬間、それが誰かと言うのが分かった。分かってしまった。

(やめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!)

 認めたくはなかった。だが、声を上げずにはいられない。彼は、震えた声で彼女の名前を呼ぶ。

「楓……」

Re: リアルゲーム ( No.133 )
日時: 2016/12/04 03:58
名前: 電波 (ID: JIRis42C)


 堂本の思考がごちゃごちゃと混ざる。一点だけを見つめている瞳が痙攣を起こすかのように定まらない。全身の血の気が引いていく気がする。彼が今まで感じたことのない感覚が、波のように押し寄せてきた。一瞬で全てを飲み込む濁流が、彼の心を文字通り沈ませた。

「……殺したのか?」

 堂本は無意識のうちに相手に問う。幼い顔立ちに反し、片腕もなく、口元に血をべっとりと付けたその男子生徒に。しかし、相手の方はあっけらかんとして、首を傾げる。

「そこの女を殺したのは、お前かと聞いている!!」

 相手の体に響くような声が堂本から上がった。納得したように、ああ……と自分の足元に転がっている彼女を一旦見た後、こう答える。

「うん、そうだよ!」

 無邪気な笑顔で相手はそう答えた。瞬間、彼の中のリミッターが外れた。とてつもない程に、目まぐるしい程に、堂本は吠え、男子生徒、桐ケ谷 神居へと走りだしていた。拳はとっくに最大限にまで力を蓄えており、いつでも相手の体を捻り潰せる状態にまで持っていく。神居との間合いが手が届く所まで近づくと、彼はその拳を彼に向けて放つ。

 気が付けば、ガシャンッ、と窓に大きな穴を空けていた。攻撃は神居に当たった様子はなく、彼の腕からポタポタと赤い液体が滴り落ちる。神居は半身で彼の攻撃を避けたという様子で立っており、窓に突っ込んだ堂本を不敵な笑みで見つめている。その笑顔は、堂本の怒りに燃料を投入させた。窓をぶち破った腕を引き抜き、彼は再び神居を襲った。

 距離は目と鼻の先。ドン! と堂本が拳を振り下ろした。しかし、その攻撃の直前、神居は一歩後ろへと後退し、攻撃を回避した。そして、今まで彼がいた所に堂本の拳が通過する。やはりそこでも神居は涼しい表情をして、彼を見下すかのように薄ら笑いを浮かべている。表情を変えずに、ずっと。それが堪らなく気に入らない彼は次へ、次へと攻撃を繰り返す。パンチ、蹴り、タックル、絞め技、等々彼が知っている技をとことん神居に掛けようとした。だが、それは無駄に終わった。

 すべての攻撃は、紙一重で回避され、まったくって言って良いほどに届かないのだ。しかも、すぐそこにいるというのにも関わらず。出せる技を出し尽くした彼はハァ……ハァ……と息を荒らげる。椅子と机は至る所になぎ倒され、天井につりさげられた蛍光灯は割れ、ゆらゆらと揺れる。

 体力を消耗する堂本に対して、神居は息が切れている様子はなかった。それもそのはずだ。堂本は大ぶりな攻撃を幾つも連続で使っていた。いくらアスリートな彼でも体力はその分消費されるし、息もきれる。ましてや、今まで三蕪木を探すのに何十分と走りっぱなしとあれば、そうなるのも仕方がない。それに対して、今までひたすら最小限の動きで彼の攻撃を躱していた神居の呼吸は、穏やかだった。体力の消耗も最小限に抑えられているため、その表情に焦りは窺えない。

「………」
「………」

 お互いの視線がぶつかる。にらみ合いが続く中、散々暴れたおかげだろうか、堂本の思考は少しだが冷静さを取り戻した。

(やたら素手で攻撃してもいかん……周りの物を駆使しなくては)

 相手へ視線を向けつつ、彼は自分の足元に転がる椅子へと意識を移した。この椅子を投げ、相手の気を逸らし、油断をしたところを攻撃するという手段でいくらしい。何でも良いからあの男に一発でも致命的な一撃を食らわせたい、その思いが堂本の心の中を満たす。そんな彼の心中を見透かしているのか、神居は初めて自分から口を開いた。

「なんで当たらないか不思議に思ってる?」
「………」

 神居の問いに、彼は何も答えない。そんな彼を見ても神居は言葉を続ける。

「確かに不思議だよね。僕もつい最近までこんなに反射神経は良くなかったんだよ。どちらかというと殴って殴られてが多かった」

 白々しく、彼は語る。

「でもさ、君が来る前にいたその女の子のお陰でこうして避けられるようになった。その子には感謝しないとね」

 ピクッ、と彼の中で再び煮えたぎる物が湧く。

「何をした、彼女に何をしたのだ!?」

 言葉に釣られた彼を見て、より一層笑みが広がる。だが、神居は簡単には教えなかった。もう少し焦らして、相手の反応を見たいというそういう欲求に駆られたからである。

「僕のスキルは『略奪者(グラトニー)』って言うんだ。相手のスキルを奪うスキルでね。やり方が色々めんどくさいけど、面白いスキルだよ」

 『やり方』、そのワードが堂本の中で引っ掛かった。相手のスキルが発動するのに、必要な条件、やり方などの類が存在する。ただそれだけなら不思議ではない。だが、そのやり方がどういうものなのかが非常に気になった。なぜ堂本自身も、そんなことを気にするのか分からなかった。そんなこと知ったってどうだって良いはずなのにだ。そんな時、ここで少しだけ冷静さを取り戻していたのが仇となった。

(待て、なぜ三蕪木の腹は抉られている……それに、奴の口元は……)

 そして、堂本は理解をする。彼が必要としていた条件が、やり方が。堂本はそんなことを考え付く自分に嫌悪感を抱きながら、震えた声で言い始める。

「まさか、お前……」

 今、堂本が言わんとしていることが分かった神居は、明るい声色でこう返した。

「食べた」

 瞬間、急激な吐き気に襲われた堂本。あまりにもおぞましいことに、つい警戒を解いてしまいそうになった。だが、所詮はある感情に比べたらそんなものは屁でもなかった。

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 怒号と共にそこに落ちている椅子を拾い上げ、そのまま神居に投擲する。しかも一個ではない。辺りにはいくつもの椅子や机が落ちている。それを片手で一個ずつ持ち上げ、連続で投げる。相手は余裕の表情で、それを意図もたやすく避けていく。投擲によって飛んできた椅子や机たちが神居に当たることなく壁に直撃し、粉砕される。しかし、それは堂本の計算通り。神居が最後の椅子を避け終わった直後に堂本は透かさず、彼との間合いを詰めることに成功した。

「………!」

 ここでようやく神居の表情から笑みが消えた。彼は手を手刀のようにし、堂本の接近を逆手に取り、懐に入り込む。そして、手刀のような形をした手をそのまま堂本に向けて穿つ。

「グッ……!!」

 ジュウ! と煙を立てて、手は堂本の分厚い胸板を貫く。尋常ではない血液が神居の腕を伝って流れる。神居の制服も、彼の血によって真っ赤に染まる。堂本の背中からは、自分の手が飛び出しているのが分かった。

——ああ、つまらない。

 神居はこの状況を見て落胆した。彼にとって殺しとは、過程を楽しむものであって、結果には興味がない。じわじわと相手をいたぶるのが目的だった彼には、この現状は嬉しいはずもなかった。神居は彼から腕を引き抜こうとする。興が削がれた彼にとってはこの場所はもう用済み、いつまでも同じ場所にいる意味はない。そう理論付けていると、ドン! と神居の中に鈍い衝撃が走った。

「ッ!?」

 視線を堂本に向ける神居。そこには両手を合致させ、神居の背中に一撃を食らわせた堂本の姿があった。彼の意識も未だ健在で、胸を貫かれているというのに、口を開き始めた。

「ようやく、一撃を……与えてやったぞ……」

 そして、さらにもう一発と神居の腕を捕まえ、反対の手で鋭い一撃をその顔面に打ち込む。防御しようにも片腕は捕まえられ、もう片方は存在しない。逃げようがなく、神居はそのまま宙を舞って、教室の出入り口をぶち破っていく。廊下に飛ばされた彼は、寝転がった状態で天を仰ぐ。まだ戦えるのか、と相手に対して関心を抱くと共に、まだ遊べるという知らせに、彼の口元からは笑みが広がった。今までの物とは違う、薄気味の悪いものだったが。
 

Re: リアルゲーム ( No.134 )
日時: 2016/12/11 03:28
名前: 電波 (ID: JIRis42C)


 教室のドアを下敷きにし、廊下で倒れる神居はニコニコしていた。まだ死んでない、堂本の様子を見て、安堵のためか、笑顔がこぼれる。この楽しい楽しい過程を簡単には終わらせたくない。互いの駆け引きをもっと味わいたい。純粋な戦闘意欲を掻き立てられながら神居は首をゆっくりと起こす。瞬間、首筋の内部から彼に警告するかのように鈍痛が響いてきた。それと同時に殴られた頬も腫れあがっていて、口の中の歯も何本か折れている。

(痛っ……)

 それでも、彼は戦闘を興じようと準備を急ぐ。より純粋な殺し合いをするために。一方の堂本はすぐさま傷の回復を行っていた。『肉体改造(ライフ・ゲイン)』、それは彼自身の怪我を治癒させる能力。たとえ腕を切られようとも生えてくるし、風穴を開けられても数秒足らずで回復する。使い勝手さで言えば、これほど頼りになるものはないだろう。

「くっ……」

 痛みを堪えながら、胸に空いた傷が徐々に癒えていくのが分かる。一通り怪我の治癒が完了すると、堂本は思わず膝に手を着いていた。自分があのような怪我を負って生きていることと、再生までするという状況を確認し、吐き気を催す。額からはバケツいっぱいの水を頭にかけられたみたいに濡れている。

(自分の体はここまでしても生きていられるのか……これでは……化け物ではないか……)

 彼はすぐにその考えを肯定する。それでも良い。化け物でも、自分という人格が失われていなければ、堂本はそれで良いと考えた。額の汗を腕で拭い、背を伸ばす。

(それよりも、問題はあの男。一見して、ひょうひょうそうななりをしているが、腕力は相当なものだ)

 その上、彼には複数のスキルを所持している。何人殺してきたかは彼にとっては知りたくもなかったが、その中に三蕪木も含まれていると思うと腸が煮えくり返るような気分だった。

(どの道、あの男を放置しておくわけにはいかない。殺すかどうかは後回しだ。とりあえず、あの者を捕獲せんことには……)

 そう考えながら神居の方へと視線を投げた時だった。

「………!?」

 そこに彼はいなかった。さっきまで仰向けに倒れていたその姿は、壊れた扉を残して跡形もなく消えていた。どういうことだ、と周りを見渡す堂本。しかし、どこにも彼の姿はない。至って荒れた教室の風景が広がっているだけだった。逃げたか? とそんな疑問を感じた時だ。

「ここ」

 パンパン、と肩を叩き堂本が慌てて振り向く。瞬間、

 バキッ!

 振り向きざまに堂本の左頬に、強烈な衝撃が痛みと共に訪れた。そして、そのまま床へと、巨体は叩きつけられる。

「がはッ……!!」

 椅子やら机を巻き込みながら、彼は一回バウンドした後、盛大にその場で吐血する。どういうことだ、と頭の中で今の状況が彼の頭の中を混乱できたす。さっきまでそこにいたはずの彼がなぜ、背後にいるのか。

「次いくよ」
「!?」

 推測する暇もなく、気づけば神居は堂本の真上の所まで飛んでいた。その手に包丁が一本だけ握られ、刃の切っ先は堂本の方へと下りていく。咄嗟の判断で彼は、その場を転がるように避けた。その直後、タッチの差で包丁は彼の頭の地点に突き刺さる。ゾッと背筋に冷たいものを感じた。

 堂本は急いで立ち上がり、かがんだ状態の彼目掛けて拳を放つ。直前で神居は前転で回避する。躱されたすぐ、堂本は体勢を立て直してすぐに神居の追撃を開始した。まだ動き出そうにない神居へ、そこらに転がっている椅子を片手で掴み、投げる。しかし、その椅子は神居に当たる事は無く、そのまますり抜けた。

「ぬっ」

 堂本は苦悶の一言を漏らした。

(まったく……奇妙な……)

 そのようなことを考えていると、立ち上がりだした相手は、こちらに走りだしてくる。堂本もそれに対応するように、相手の方へと体を向き直し走りだす。互いがぶつかり、まず最初に攻撃を仕掛けたのは神居だった。神居は堂本と距離を詰めると、片手を下から上へと振り上げる。刹那、堂本は足を止め、若干仰け反るような体勢を取った。突き抜けるような鋭い一撃は、堂本に当たる事は無くそのまま上へと上がっていく。

 空撃ちをさせた後、堂本はその姿勢のまま彼の腕を片手で掴み、吊り上げられた状態になる。そして、彼はあの時と同じように逆の手を拳に作り変え、神居に一撃を与えようとする。しかし、相手も先ほどのことはさすがに学んでいた。神居は膝を曲げ、懸垂(けんすい)の要領で体を持ち上げた。そして、脚を堂本の顔面に持ってくると。

 ドン!!

 彼は両足渾身の一撃を食らった。一歩引いただけだが、不意に彼の手が離れる。その場から下りた神居は息をする間もなく突きの構えで、堂本の胸。今度は心臓が位置する方へと放つ。

「ぬん!」

 しかし、堂本も相手の攻撃を見切っていたようで、神居が伸びてくる手を透かさず払った。堂本はそのままの勢いで相手との距離を開ける。ある程度距離を取った所で、堂本は呼吸を荒らげた。集中力も切れ、呼吸すらままならず、酸素が脳にいかない。視界が若干ぼやけているような気がしたが、堂本は気力でなんとかしようとする。対して、神居の方は一向に疲労は見られない。むしろ、薄ら笑いを浮かべている程に余裕すら感じられる。

(マズい……このままでは……)
 
 ふと視線が三蕪木の方へと向いた。穏やかに、眠ったような表情を浮かべる彼女。まるで惨たらしく殺されたと思わせない表情だ。堂本はそんな彼女を見て祈る。

(楓、頼む……どうか自分に生きる力を……)

 堂本は一瞬だけ切ない顔を浮かべた。愛した者を守れなかった不甲斐なさ、今こうして自分の命の危機が迫ってるという絶望。挫けそうだがひたすら服部との約束を思い出している。自分はここで終わるわけにはいかない。仲間のため、彼女のため、堂本は生きなくてはならない。それが、彼らとの約束なのだ。生きて帰る、そう言ったのだから。

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

 咆哮を上げ、神居に突っ込む。無理矢理自分のリミッターを外し、疲労を一時的に飛ばす。筋力もいつも以上に高め、猛る。獣のように荒々しく、周りを巻き込む災害のように。神居は片手にナイフを持って、彼の胸に向けて投擲した。一直線に進んだナイフはうまく彼の胸に命中したが、それで止まることはなかった。堂本は拳を横に薙(な)ぐ。

 バキン!!

 まるで重機関車のような勢い、もしくは戦車のような一撃は彼の無事な方の腕を、歪な形へと変えた。防御の構えで出したはずの腕は、本来とは百八十度逆の方にぶら下がり、一瞬にして使い物へと変わった。さらにその衝撃は留まることを知らず、その勢いで彼の体を吹っ飛ばし、教室の壁へと叩きつけた。

「げほっ……」

 神居は凭れるように座り込む。口からは大量の血反吐を吐き出した。誰が見ても致命傷だ。助からないのは目に見える。神居は今までにないような苦痛な表情を浮かべて地面を見下ろすだけで、声を出せない。出せて、風が抜けていくようなヒューヒューという呼吸音が聞こえてくるだけ。

「はぁ……はぁ……」

 我に返った堂本は息を切らして、膝を床に着ける。全身に鉛を押し付けられたかのような重さが彼を襲った。思考は既にショート寸前で何も考えられない。オフになっていた痛覚も、押し寄せる波のように痛みが走る。堂本はたまらず、胸に刺さったナイフを引き抜き、そこらに捨てた。

「なんとか……なんとか勝ったぞ……みんな……」

 彼はこれほどに生を実感した事は無かった。いつ死ぬか分からない恐怖に耐え、それに打ち勝った時の嬉しさはこういうことなのだろうなと理解する堂本。気づけば彼は涙を流していた。歓喜と悲観、その両方が重なって彼自身何に対して泣いているのか分からない。だがこの時は何でも良いから泣いていたかった。情けないとは感じつつも、彼は精一杯泣く。

「ああああああああああ!!」

 声が空しく響く。
 その時、

「ごふっ」

 堂本の口から何かが溢れだす。彼は嗚咽し、口の中に広がる嫌な味で悪寒が走った。思わず床に吐き出したそれを見て、堂本の予感は的中する。そこに広がるのは真っ赤な血だまり。我が目を疑ったが、現実は非常を突きつける。その血だまりは、彼が吐血しただけでできる量とはあまりに思えない量。

「バカな……」

 ふと胸を触れてみる。すると、べっとりと堂本の掌は真っ赤に染まった。治っていない。スキルが発動するはずの『肉体改造(ライフ・ゲイン)』が働いていない。ゾッ、と体中に寒気が走る。

「なぜ……これは……」
「不思議でしょ?」

 その時、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。堂本は恐る恐るその方向へと視線を向けた。そこには、こちらに微笑みかける神居が立っていた。腕は相変わらず歪に曲がってはいたが。

 堂本は混乱した。なぜあれほどの怪我をしておきながら、へらへらとあの男は立てるのかと。それに、自分自身の怪我が治らない理由も分からない。幾つものの疑問が浮かぶ中、神居は答えを言った。

「君のスキルを奪った」

 


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