ダーク・ファンタジー小説

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君の為に
日時: 2021/01/03 09:55
名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)

『君の為に』


この物語は昭和から平成に変って間もなくの頃、北陸は金沢で大学生が空手の稽古中に誤って親友を死なせてしまい、一九才の少年(堀内健)は苦しみ大学を中退し岩手県にある名勝、浄土ヶ浜近くのお寺へ精神修行する所から始まる。その寺の住職は合気道の達人で大勢の門下生に教えていた。その一人娘(小夜子)女子大学生も幼い頃から合気道を学び有段者であった。堀内健は修行して住職から色んな事を学んだ。精神面も強くなりまた合気道も教わるが、その小夜子の父である両親が何者かに殺された。堀内健にとっても大事な師匠である。小夜子はその犯人を追って、青年となった堀内健の力を借り犯人を追って岩手-東京-シンガポール-岩手へと修行から合わせて八年間にも及ぶ過酷な戦いと共に芽生えた愛と復讐の物語である。

『前回投稿した、宝くじに当たった男に続く長編ものです』

前回同様宜しくお願い致します。

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Re: 君の為に ( No.5 )
日時: 2021/01/13 20:43
名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)

君の為に 5

 季節は夏に変わろうとしていた。山の色も新緑に覆われて景色は新鮮だった。
 やがて五ヶ月が過ぎて寺の生活にも、どうにか慣れてきた。しかし心は沈んだままだ。
 今日もまた裏庭で和尚と門弟達の稽古が始まっていた。無意識に武道家の血が騒ぐ。
 健は不思議な合気道の魅力に、その体が反応して、手や足が自然と動く感じがした。
 この住職の動きは。その動作、間合い、呼吸法、そして全てが擦り足から始まっている。
 その動きを何とか盗み獲ろうと、健は懸命になっている。
 自分の心が自然と合気道の魅力にのめり込んで行く自分がいた。
 それは無意識に本能が導いて行く己に、気づくはずもなく、やはりもって生まれた武道家しての健の姿だったのか?
 合気道を見れば、見るほど子供が玩具を与えられた嬉しさのように体が求める。住職も多分、そんな健の姿に気づいて居たはずなのに。だが声を掛けようとはしなかった。
 和尚は健の心が、まだ病んでいる事を知っていたからだろうか。
 〔健よ。今はただ無心で働き、その病んだ心を治しのだ〕
 和尚はきっとそう云っている。そんな和尚の声が健には届いているのだろうか。

第一章  第二節 閃き! 

 時はあっと言う間に月日が流れ、十月に入っていた。
 今日も健は精神修行の一環として小高い山の上で座禅を組んでいた。
 瞑想の中に心を置く、その静まり返った丘に誰かが来たような気配を感じた。
 優れた武道家と云う者には敏感に反応する。高台の丘に澄み通るような声がする。
 その声の響きに聞き覚えがあった。
 健は一呼吸してから、静かに眼を開けて座禅を解いた。ゆっくりと後ろを振り返ると。
 其処には天使が舞い降りたのだろうか長身の若い女性が微笑んでいた。
 それは坂城(さかしろ)小夜子であった。要山和尚の一人娘である。寺では余り話し機会もなく挨拶程度だった。それにしてもドキリとする美しさがあった。
 「小夜子さんでしたか? 良く此処が分りましたね」
 大学生で二十一歳とか聞いていたが。年齢は健より一才年上だった。
 それにしても落ち着きがある。普通の大学生と云うよりも、ずっと大人に見える。
 清楚な感じで改めて見て、凄い美人なんだなと感じた。小夜子は興味津々の表情で健を見つめた。その瞳は黒く輝き、また湧き水のように澄んでいた。
「もしかしたら、ここかなと思ったの。邪魔をしてごめんなさい。座禅を組んでいたのね」
 にこやかに話かけてくる。小夜子と眼が合って健は、またドキッとした。 
「ねえ堀内さんでしたよね。父から出身が金沢と聞いたけど、どんな所なのかしら? 日本海ですよね。私はまだ北陸には一度も行った事がないのよ」
 何故か東北訛りが全くなかった。後で聞いた話だが小夜子の母、東京生まれの為に、東北に嫁いでも東北訛りに染まる事がなかったそうだ。娘にもそれが受け継がれているようだ。
「そうですね。寒いのでは、ここと余り変りませんが雪が凄く多い所なんです」
 そうは云って見たものの故郷に浮かぶのは、やはり、あの日の出来事が脳裏を離れない。
 まだまだ心は病んでいたのだ。小夜子も健が時折、言葉が詰まるのに何か思い出したくない事があるのだろうかと感じて話題を変えた。その高台の景色を眺めて言った。
「ほら! 見て。もう山の頂きは紅葉でいっぱいよ。綺麗ねえ」

 健もそんな景色を眺めて、もう半年以上が過ぎたのだと思った。
 無我夢中で働き考える事としたら、やはり原田だけ。あの日の出来事だけ。時はそんな思いと関係なく流れる。東北の秋は早い遠くの山々が秋色に染まりつつあった。紅葉の季節、木の葉が赤く色づき、その葉が地面を鮮やかに染める。
 その赤く染まった落ち葉が、二人を包むように風がヒューと舞った。
それから数週間、小夜子がまた山へ登って来た。今日も差し入れを持って来てくれた。
「建さん、貴方は何か武術でもやっているのね……もしかして空手ですか、その手を見て思ったの、私も父が合気道を教えている関係で物心ついた頃から合気道始めたのよ」
 堀内さんから健に呼び方が変っていた。遠く山々を眺めながら語り始めた。遠くには太平洋が広がり名勝、浄土ヶ浜が見える。二人の上を空高くトンビが数羽フワリ、フワリと舞っていた。

つづく

Re: 君の為に ( No.6 )
日時: 2021/01/15 17:41
名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)

君の為に 6

 小夜子は女性としては長身で百七十二センチあり、スラリとした美形であった。
 それでも健の横に居ると肩ほどの背丈しかない。
 健も、かなりの長身で百八十五センチと、がっしりとした体格だ。
 その割には顔が面長で一見、おとなしく見えるが胸幅が厚く腕の盛り上りかたも凄く、物静かな顔つきは空手の試合が始まると、その表情が一変する。
 「父はね。私に強くなる事を望んだのじゃなくて、精神の強さを教えてくれたのよ。私の場合小さい時から合気道を、やっていたから自然と取り組めたけど」
 健は遠くを見つめながら小夜子の話にうなずいた。
 健は以前から興味を持ち始めていた合気道に閃きを感じたのだ。
 探していた物に、そう探していた物にそれは精神修行、合気道。精神を鍛える、真剣に合気道を習いたい。そう思った。

 健はその閃きの熱い想いを。小夜子に、いきなりぶつけた。
 「小夜子さんお願いです。教えてくれませんか。僕が探していた物を。貴女が云った言葉、精神の強さを合気道に感じたのです」
 突然に健が心の閃きを合気道に感じて、真剣な顔をして小夜子に訴えた。
「僕に必要な物は、その精神を強く磨く事と覚りました。是非、いや、どうしても必要なんです。自分には今は何も見えないんです。今はそれしか言えませんが教えて下さい」
 健はやっと自分がどうすればいいのか覚った。決して、あの事件を忘れる為じゃなく、強い精神を作る事で過去と向き合い、そして生きて行く為に。
 小夜子は真剣な健の言葉に、驚きと純な心に感じるものがあった。
 健がこの寺で探していた物を見つけたいのなら、その望みを叶えてあげたいと思った小夜子だった。
 西の空から強い光を帯びて夕陽が二人を照らして、その影が長く二人を包むように伸びて夕暮れが迫っていた。そして今日もまた、健は山の頂で座禅を組む。
 森の音が、鳥の声が、川の流れる音が眼を閉じていると、その音が奏でる自然のオーケストラのように健の心を洗い流してくれるようだった。

 そんな時、健の心に語り掛ける者がいた。
(堀内もういい。お前の為に生きろよ)それは原田の声だった。
そんな声が川の、せせらぎの方から聞こえた感じがした。健は静かに眼を開けた。
 山の頂きから夕陽が差し込む、木々の間の毀れ日が健を照らす健の身体を照らす。
 健の閉ざされた心を開けと、ばかりに一点の光が見えた。
 あれから小夜子には時々、合気道の心得や、その技など教わっていた。
 師匠の娘だから合気道はそこそこに出来ると思っていたが、女性とは思ないほど強い。女性としては長身の百七十二センチから繰出す技と、その呼吸と間合いは、もはや完成された合気道であった。確かに達人だ。
 そんな小夜子は健の過去には一切触れなかった。いや彼女の気遣いなのだろうか?
 それとも今は、その時期ではないと感じて居たからだろうか。
 そんな優しさと強さを秘めた小夜子であった。そして月日は走馬灯のごとく過ぎて行った。健も毎日が合気道と寺の手伝いと自らの心と技を磨く。勿論その肉体も更に強靭なものに変わって、精神修行に明け暮れる日々が過ぎ去って行くのだった。

つづく

Re: 君の為に ( No.7 )
日時: 2021/01/18 21:20
名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)

君の為に 7

第一章 第三節 合気道の真髄 

 やがて堀内健は二十一歳になっていた。小夜子は父と縁側で話しをしている。
 健の事は何も聞かずに自分が知っている限りの合気道の事は教えて来たのだが、しかしそれも限界に近づいて来た。それ程迄に健の合気道が上達している。やはり天性なのか。
「お父さん。堀内くんの過去を教えてくれませんか。彼の暗い部分が見えてくるの」
 小夜子は健の、心の奥の影に以前から気になっていた事を父に訊ねた。
「どうしてそんな事を聞く? 知ってどうする」
 父、要山和尚は逆に聞き返した。だが小夜子は男と女の仲を言っているのではない。
 その眼を見れば分る。要山和尚ぐらいの達人ともなれば話さなくても、眼を見れば相手の感情を読み取る事が出来るのである。
「小夜子! ただの同情なら止めなさい」
 いつも温厚な父に何故か一喝された。
 聞いてはいけない事に触れたのかと思った。それ程までに、健の過去は暗いものなのか?

 だが小夜子の真面目な顔を見て、やがて要山和尚は静かに語り始めた。
 寺の庭にある池では小夜子の母、登紀子が鯉に餌を与えている。それは穏やかな朝の光景であった。縁側で父と娘が、その母の後姿を見つめながら話が続いた。健の過去を訊くうちに、小夜子の表情が強張っていく。健が偶発的な事故とはいえ親友を死に追いやった事を、そして大学まで辞めざるを得なかった事を。
 そんな思いで正堂寺を訪ねて来た事を、小夜子は知って愕然とする。
 小夜子はショックだった。その暗い過去を健が背負っていたことを。だから合気道から何かを感じ取って。私に教えてほしいと訴えた謎が、いま解けたような気がした。

 そんな時、母、登紀子が来て小夜子の肩を叩き微笑んで、二人にお茶を入れてくれた。
 堀内健には衝撃的な事件だった。生涯忘れる事が出来ない。親友を失い故郷を失い、いや失ったのではなく、自分がこのまま故郷に居ればまた原田の両親、親戚、友人と会う事になる。自分は堪えても相手には忘れようと思ったものがまた蘇ってくる。
 自分の両親もその度、悩ませる事が辛い。だから故郷を去るしかなかった。
 親友を殺したからこそ自分が幸せになってはいけないと幸福の文字に封印したのだ。
 池の鯉が跳ねてバシャと音をたて小さな波を作った。父、要山和尚の話は、まだ続いている。
「いまの彼に必要なものは精神の修行しかないのだよ。小夜子」
 小夜子は頷いた。健が重い過去を持っていたなんて、その苦しみを救ってあげたいと。
「お父さん……彼がね。私に言ったのよ。合気道の心を知りたいと」
 和尚の表情が少し変った。健の心に何か変化が起きたのかと。和尚はやっと健が断ち切れそうになったのかと感じた。正堂寺に来て二年近くの日を経て、やっと感じたのか?
「そうか分かった。いずれ私が指導しよう。今はまだ、お前が教えてやってくれ」
 要山和尚は思った。若い二人なら心も道も開けようと。しかし健に、あと何を教えたらと小夜子は考えていた。合気道は奥が深い、まだまだ教える事がある筈だと。

 そもそも合気道とは合気武道から合気道になった。
 合気道の創始者は現在の和歌山県田辺市が発祥地とされている。
 それは明治四十一年頃、植芝盛平氏と記されている。
 植芝盛平氏は、その頃、村の青年達に武術と柔道を教えていた。
 それと同時に後藤派柳生流柔術の道場に通っていた。柳生とは柳生心眼流の剣豪で名高い。小説、映画などに登場してくる柳生十兵衛である。
 そして、もう一人歴史を飾る剣豪、荒木又右衛門まで歴史を飾る顔ぶれが揃っていた。
 柳生心眼流の流れを汲む六代目、後藤柳生斎氏がのちに、合気道へ多大な影響を与えたと記されている。今や合気道は世界に数十ケ国の支部があり、特に女性には護身術として海外の大学でも取り入れている。

 小夜子は改めて、合気道とは何かを健に教えた。大学が休みの度に帰って来て教えた。
「合気道はね。心、技、体、気の総一なのよ。心眼で捉えるのよ」
つまり攻撃の為にあるのではなく護身術からの攻撃、女性には特に薦めたい武術である。
「そう、空手と違うのは力まない事なの。もっと楽にして」
 門下生が帰った後に時々教わっている健も、その合気道の奥深さに魅入っていた。
流石に高校、大学と名の知れた空手家の健は呑み込み方が早かった。
 それから更に半年の月日が流れ、心の部分が大きく変った。次に取り組んだのが〔気〕である。相手の気を見抜き、空気の流れ、肌に感じる温度、例えばドアの裏に潜んで居ても気で五感に感じ捕ることが出来る。
 相手の身体の動き、相手が爪先に重心が掛かった時、次の行動を読み取る事が出来る眼の動き、手足の些細な動きも同じ事だ。常に相手の動きを先に読み取る。目を閉じていても相手の呼吸、空気の流れ僅かな音でも読み相手の動き力を利用して技を決める。これが合気道の心眼だ。
 相手が踏み込んで自分に触れる寸前に、その動きを逆に利用して流れるように相手を瞬時にねじ伏せる。これが合気道の極意である。

つづく

Re: 君の為に ( No.8 )
日時: 2021/01/21 23:11
名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)

君の為に 8

 しかしこの易まで達するには誰でも、と云う訳にはいかない。やはり素質と努力だ。
 小夜子は此れまでに熱心に教えてくれた。その訳は果たして何を意味するのか?
 ここは岩手県の三陸海岸、浄土ケ浜である。三陸海岸とは青森県から宮城県にかけて太平洋に面した海岸である。岩手県にある浄土ケ浜は東北でも名所であり、海水浴場や観光地としても有名であり、小さな湾になっていて観光船やボートなども楽しめる。
 その海岸の砂浜を走っている二つの影があった。健と小夜子である。
 足場の悪い砂浜は恰好の運動になる。足腰を鍛えるには、むしろこう云う場所が望ましいのだ。
 合気道は無心になり、その道を極める。海の波に身体を預けて浮く、時には砂浜はバランスと足腰を鍛えられる。自然の応用は合気道に適しているかも知れない。
 修行とは云え、若い二人には疲れなど感じない事だろう。そしてこの修行が、どれほど身を守ってくれる事だろうか。今はそれを知る由もなかった。やがて海岸を走る、若い二人を赤い夕日が染めて行く。
 あれから時々、小夜子が座禅の組む場所に訪れた。勿論、健の座禅を邪魔するような時間には現れない。武道をたしなむ人間は心得ていた。
 その日課が二年もの間、まったく変わることがなく続いて行った。
 西堂寺に来てから健は、公の場には一切出ようとしなかった。極力、華々しい世界には顔を出さないように勤めて来た。それと元々、そんな場所は苦手のようだったが。

 やがて堀内健は二十三才になっていた。小夜子も大学を卒業して務めに出るようになって二十四歳となり。既に健は小夜子も舌を巻く腕前となり、その合気道も小夜子から要山和尚へと師匠が代わっていた。
 健は今日も要山師匠と相対していた。武道は特に礼に始まり礼に終わる。
 そして共に正座して静かに立ち上がる。健は自然体で構え、力を抜き師匠を見え据える。健は師匠の襟を取りにいった。師匠は左手の甲で交わす。その手が蛇のように絡まり関節部分に流れるように動く、次の瞬間、健の身体は一回転していた。
 同時に右腕の関節を決められて動けなくなった。恐るべし、要山和尚。
 その師匠の合気道術(横面打ち四方投げ表技)であった。
 他にも(正面打ち第一教座り技裏)などと合気道の技に、裏と表とがある。
 柔道と違い合気道の技の名前が長いのが特徴である。
 関節技も合気道の特長である。護身術には関節と云う力が余り必要としない技がある。
 女性でも相手の力を利用する技があるから、かなり護身術には有効な手段と言えよう。

 そんな毎日の稽古に健は、最高の喜びを感じていた。
「お父さん、どう? 健くん上達したでしょう」小夜子は父に訊ねた。
「うん、心もだいぶ明るくなったし、すごい上達ぶりだ」
 要山和尚も、その成長振りを認めて微笑んだ。
 健の上達ぶりは他の門弟達も舌を巻く程の腕前になった。
合気道でも大先輩の佐田義則や山本裕一でさえ、もう互角以上に戦えるまでに成長していたのだ。

 遠くで小夜子の母・登美子の声がする。誰か来客らしい。
また例の「盛田開発」の連中だろうか? ゴルフ場建設の為に立ち退きを迫られている。父も母も本当に困っているようだが、小夜子には何も話してはくれない。
だが、その招かれざる客とは違うようだ。

「健くんにお客様ですよ。大学時代の御友人だそうです」
応接室のドアを開けた健は、そこにいる二人の姿に言葉を失った。
空手部の主将と原田の彼女だった早紀だ。勿論現在は大学を卒業して社会人となっている。
「あっ吉沢主将! 久しぶりです。どうして……ここが分かったのですか?」
「捜したのよ。堀内くんのこと。心配したわ」 早紀が言った。

「ご無沙汰しています。主将、いや吉沢先輩、早紀ちゃん」
 「堀内! 水臭いじゃないか、お前が大学を辞めると言って以来、なんの音沙汰もないから空手部の連中や早紀も心配していだんだぞ。まあ、もっとも俺たちも卒業して、今は社会人だけど、いまさら空手部の主将として説教するつもりはないが、お前の事は常に心配していたんだ。それは分かるな」
 もう、あれから四年近くも経っていると云うのに自分のことを案じてくれる。先輩と早紀がいた。自分が故郷を去った事は、自分が過去を捨てる為じゃなく、原田の両親や早紀が、また嫌な思いを、させるのじゃないかと勝手に解釈していた事だった。
「先輩、早紀ちゃん。わざわざ遠い所を尋ね戴き、ありがとう御座います」

つづく

Re: 君の為に ( No.9 )
日時: 2021/01/22 18:23
名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)

君の為に 9

 そこに小夜子が三人に、お茶を持って応接室に入って来た。
 その小夜子に、吉沢と早紀が軽く会釈をする。
 早紀は女の直感と言うか、健との仲は恋人同士だろうかな。と思ったようだ。
 小夜子が気を使って、お茶を置いて部屋を出ようとした処で吉沢に呼び止められた。
「あの……もし良かったら俺たちの話を聞いて戴きたいのですが」
「はぁ私で宜しいのでしょうか?」
 健と小夜子は顔を見合わせた。俺たちの話をと? 一体なにを話すと云うのか。
「堀内、何もお前をわざわざ励ます為にだけで来た訳じゃないんだ。俺と早紀とは来年結婚する事になったんだ。それを報告しに来たんだよ」
「え!? ほっ本当ですか先輩! 早紀ちゃん」
「ああ、本当だ。勿論、原田の両親に早紀と二人で挨拶も済ませた。喜んでくれたよ」
 早紀も照れくさそうに、健と小夜子の顔を見比べながら話し始めた。
「堀内くんは真面目過ぎるから、私の事も心配してくれたでしょう。私が落込んでいる時に吉沢先輩が、色々と気に賭けてくれて。原田くんの両親や周りの人にも、自分の幸せを見つけなさいと言われてね。だから堀内くんも過去に拘らず自分の人生を見つけて欲しいと思って、二人で励ましと報告に来たのよ」

 健は心の底から、急に霧が晴れて行くような気分だった。
 恋人を失ってどん底に居た早紀も幸せになれるのだと。あの時は早紀の将来まで台無しにした気分でいたのだ。
「先輩、早紀ちゃん。おめでとう御座います。本当に良かった」
 小夜子も安堵したように吉沢と早紀に向かって、お祝いの言葉を述べた。
「まあ、おめでとう御座います。お幸せに」
 ただ二人の婚約報告に小夜子が必要だったのか分らない。
 でも吉沢と早紀は直感で二人は愛し合っていると感じたのだろう。
 事故とはいえ健は死ぬほど心を痛めた事をしっている。
 だから健と小夜子さんも同じように幸せになって欲しいという願いだろう。
 吉沢と早紀を寺の門まで見送った。その二人は仲良く手を繋いで帰って行った。

 それと入れ替わるように、また招かざる客がやって来ていた。
「和尚さま。今日も来ていますが」若い坊さんが困った顔をして言った。
 住職は苦い顔して、その客の応対に出た。この辺も最近開発が進みM市内の開発会社が、この一帯にゴルフ場とリゾート地の開発を候補に挙げていた。
 そして今日も、また土地の買収に来たのであった。これで七回目の訪問だ。
「もう何度も申し上げているように、ここは沢山の仏様が眠っている。それにのう皆さんの先祖に対して申し開きが出来なくなる。それは出来ない相談じゃ。分からんお人だね」
 その開発会社の社員はしつこく迫る。その手の人間は買収交渉では引き下がらない。
「それは住職。重々、分っていますがね。ちゃんと代替地を用意致しますので、いい加減に良い返事を貰いたいのですがねえ。住職さんよ!」
 毎回の押し問答に、言葉の語気が強くなった。だんだんと口調が苛立って来た。
 その様子を小夜子が心配そうな顔で見つめていた。
 健は合気道の稽古も佳境に入って来た。あれから数ヶ月、健はやはり空手の有段者だ。上達が早い。師匠の要山和尚は自分の極めた技を伝授しようと健に、その技を託したのだった。我が子ながら小夜子は女性である。やはりこの技には無理があった。
 並みの男でも無理な程の、精神力と体力がいる。要山の恐ろしい技を伝授しようとしている。健の場合、長身で一八五センチに体重八五キロで空手三段だ。
 そして精神力も並の者ではない。まさに健でなければ出来ない技だろう。
 要山師匠も自分が元気なうちに、長年の間、掛けて独自に編み出した合気道の極意、〔気のパワー〕で数メートル離れた相手を吹き飛ばしと云う。とてつもない技を健に伝授しようと数ヶ月前から教えていた。

 師匠の教えも佳境に入って来た。そして今日、いよいよ師匠の伝授が完成する時が来た。
「いいか! もっと精神を集中させろ! そうだ腰をもう少し落として」
 健は全神経を集中させた。そして一点を見つめ脳から腕へ腕から手の平に、電流が流れるが如く集中させて。前方十メートル先にビール瓶を立ててあった。
「神経を集中させて(気)を送れ! そうだ。その手を押し出しように放射しろ!」
 健は両手を合わせ、祈るように両親指を合わせ絡めて、まっすぐ腕を伸ばした。かなりなエネルギーが消耗する。健の顔が高潮して来た。一気に(気)の放射をした。
 そしてピキ~~ン物が割れる音がした。なんと! ビール瓶が粉々に吹き飛んだではないか?
 拳銃で撃ったかのように。しかし、そんな物は何処にも無い、なんと言う事だ!
「し、師匠!!」 思わず健が叫んだ。

 師匠は大きく満面の笑みを浮かべて頷く。近くで小夜子が叫んだ。
「す、凄いわ! おめでとう。良かった本当に」
 人間の能力の中にある〔気〕それを増幅させたパワーが空気を圧縮してエネルギーに変える恐ろしい技であった。これまでの苦労が報われた思いだろう。
 ついに完成した。要山和尚の極意、波動術の完成であった。
 要山和尚が編み出した技ではあるが、かなりの体力が必要とする為にもはや誰かに伝授するしかなかった。勿論一人娘の小夜子を第一考えたが女性では無理があり、更に弟子達でも健ほど恵まれた体格の者は居なかった。だから健を選んだ? 
 それだけではないようだ。健を支えるのが小夜子なら、小夜子を幸せにしてくれるのが健と認めていたからこそ、健に伝授したのだろう。
 堀内健は波動術の完成も完璧に近く、要山和尚も安堵の笑顔が浮かんでいた。

つづく


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