ダーク・ファンタジー小説
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- 君の為に
- 日時: 2021/01/03 09:55
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
『君の為に』
この物語は昭和から平成に変って間もなくの頃、北陸は金沢で大学生が空手の稽古中に誤って親友を死なせてしまい、一九才の少年(堀内健)は苦しみ大学を中退し岩手県にある名勝、浄土ヶ浜近くのお寺へ精神修行する所から始まる。その寺の住職は合気道の達人で大勢の門下生に教えていた。その一人娘(小夜子)女子大学生も幼い頃から合気道を学び有段者であった。堀内健は修行して住職から色んな事を学んだ。精神面も強くなりまた合気道も教わるが、その小夜子の父である両親が何者かに殺された。堀内健にとっても大事な師匠である。小夜子はその犯人を追って、青年となった堀内健の力を借り犯人を追って岩手-東京-シンガポール-岩手へと修行から合わせて八年間にも及ぶ過酷な戦いと共に芽生えた愛と復讐の物語である。
『前回投稿した、宝くじに当たった男に続く長編ものです』
前回同様宜しくお願い致します。
- Re: 君の為に ( No.18 )
- 日時: 2021/02/13 19:40
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 18
第二章 戦いの日々
第三節 東京の空の下で
平成四年六月。東京の空はどんよりと曇って、それじゃなくともスモッグで覆われた空はいっそう梅雨空を装って暗く思えた。そんな曇り空の下にスーツケースを提げた小夜子が上野駅から山手線に乗り換えてJR池袋駅を降りて歩いていた。
駅から十分ほど歩くと急に繁華街とは変わって住宅街が多くなった。
道は穏やかな坂道になって、その先に神社の境内が見える。
そこから数百メートルの所に小奇麗な三階建ての建物があった。
其処が小夜子の生活や活動の拠点となるアパートだった。大学時代の友人が東京に居たので、その彼女にアパートの手配を頼んでおいたのだった。
不動産屋に案内され部屋に入る。二LDKで一人暮らしには不自由のない広さだ。
実家である正堂寺と比べれば十分の一にも満たない広さだが、それは贅沢と云うものだった。
空っぽの部屋を見渡し、新しい生活が始まるのだなと、フ~と溜め息が出た。
予め送ってあった箱を開けると、父母の笑った写真が頑張れと言っているようだった。
ここは池袋の駅から徒歩十五分だが静かな住宅街であった。建物の古さからすると、家賃もかなり高いが、それは駅に近いと言う利点があるからだろうか。
翌日から小夜子は池袋周辺で職探しに専念した。東京には何人かの友人は居るが、東京で働くのを夢見て来た訳でもない。目的はただひとつ、自分の手で犯人を探しことだった。小夜子が予想した通りM市の警察署は、捜査本部と言う看板だけで捜査らしい捜査をしているかどうかは疑わしいものがあった。もうM市は完全に盛田開発に汚染されたようだ。
アパートを探してくれた友人には電話でお礼を述べて、あとで遊びに行くと告げてから単独で行動を始めたのだ。ともあれ働かなくては仕方がない。就職情報誌を何冊も買ってアパートでチェックしてから公衆電話から応募の電話を掛けた。
平成四年まだこの頃は、携帯電話と云うよりも車に取り付けられた自動車電話というものはあったがポケットベルが主流だった。それでも外を歩いていてもポケベルが鳴ると公衆電話から連絡が出来る便利なものだった。やがてポケベルの数字のゴロ合わせで簡単の意思の疎通が出来て巷では若い人の間では流行になっていた。
小夜子はどんな仕事でも良い訳ではなく、M市で勤めていた旅行関係の仕事を探していたので、その旅行関係の仕事を探した。その間M市の仮アパートから送った荷物が届き、その整理や、周りの環境や駅周辺の地理を覚えて数日後、何度か探した会社から採用の通知が届いていた。
仕事もなんとか決まって希望通り以前と同様の旅行会社の職にありつけた。
その会社は大手の旅行会社(さくら旅行社、池袋支店)そこが小夜子の職場となった。
観光会社に勤めていたことがあり、意外とすんなり採用が決まった。初出勤は小夜子が東京に来てから七日目だった。その間に健のことが何度も頭に浮かび黙って飛び出しことに申し訳ないと思っていたが、それも小夜子なりの愛情の現われだった。
しかしそれが正しい選択だったのだろうか? 勤め始めてから数週間が過ぎて職場にも同僚にも、なんとか解けこむ事が出来た。旅行会社だけあって観光地は勿論だが、あらゆる地図が揃っていた。その地図の中に気になる名前を見つけた。〔平和同盟組合〕と云う、いかにも政治団体風の名前が載っていた。右翼系らしい政治団体の組合と云うことか。
つづく
- Re: 君の為に ( No.19 )
- 日時: 2021/02/14 21:09
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 19
こう云う旅行会社は勿論、観光地図が中心だが、そう云う点では凄く便利だった。勤務中にそんな事が出来る訳じゃないが休憩時間を利用して小夜子は少しずつ情報を集めていった。しかし地図には、それ以外の詳しい情報はなく他にもそれらしい別な名前で掲載してないか探して見た。取り敢えず平和同盟組合を探ってみようかと考えて仕事が終わってから小夜子は、その気になる場所を地図で確認し探しに出かけた。駅から十分程離れた所に、それらしい事務所を発見した。雑居ビルの三階に小さな看板があった。
その看板は薄汚れた文字で〔新日本同盟〕と書かれてある。
地図に書かれてある名前と違っていたが、場所は一致するし多分名前を変えたのであろう。
それは事務所と云うには程遠い雀荘みたい所だった。やはり小夜子の感は当たったようだ。人相の悪そうな異体の知れない男たちが時々、出入りして居るようだ。政治団体は表向き、実態はヤクザの隠れ蓑かもしれない。今時そうでないと家業が成り立たないだろうか。無意味かも知れないが一応ハッキリする迄は監視を続けるつもりでいた。
夜はその事務所の周辺のスナックに出かけた。スナックなら彼等は飲みに来る事もあるだろうと。
小夜子は百七十二センチの長身に美貌の持ち主とくれば余りにも目立ち過ぎた。小夜子は危険を承知で、そのスナックに通い始めた。それから四日目にしてスナックで異変が起きた。一人のヤクザ風の男が入って来た。周りをジロリと一瞥した。奥のカウンターには二人の男が座っていた。小夜子は入り口に近いカウンターに腰を掛けている。
そのヤクザ風の男が誰か探しているのだろうか、目が殺気だって見えた。
そう云う時の小夜子は、すぐその男の〔気〕が普通じゃないことに気付いた。
やはり合気道の極意のひとつだろうか、相手の小さな動きや鋭い気が小夜子の神経に敏感に反応するのだ。
そのヤクザ風の男が、いきなりギラリと光る物を、懐から出した奥の男達に目が向いてドスを引き抜いたのだった。ヤクザ風の男は二人を目がけて突進した。
そのドスが鋭く光る。それに気が付いたボーイが大きな声で叫ぶ。
「あっ危ない!」
カウンターに居た二人の男が異変に気付いた。二人のうち手前に居た男の脇腹に、そのドスが突き刺さった思われたが、寸前に男の手刀が、そのヤクザ風の男のドスを叩き落していた。間髪をいれずに左のフックがヤクザ風の男に炸裂していた。ウッと呻き声を上げる。小夜子は只者じゃないと思った。男は余裕の表情でヤクザ風の男に言った。
「チンピラが! 野良犬みたいに吠えるんじゃないぜ!」と一括した。
つづく
- Re: 君の為に ( No.20 )
- 日時: 2021/02/18 20:07
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 20
どっちがヤクザだか分からない程の貫禄を見せた。
ヤクザ風の男は椅子をなぎ倒して崩れ落ち、それでもヨロヨロと立ち上がり近くのテーブルに手を掛けて起き上がろうとした時に、その顔面にパンチを浴びせた。
勝ち誇ったように男が怒鳴った。
「矢崎組には、こんなチンピラしか居ないのか! オラッ持って帰れ」
と言うか言わぬ間に、そのヤクザ風の男の、手の甲にドスが深々と突き刺さった。
ギャアー! 悲鳴を上げてヤクザ風の男はドスが突き刺さったままドアの外へ駆け出して逃げ行った。
だが突き刺した男の方は追う気配は見せなかった。よほど修羅場を潜り抜けて来た人間なのだろうか。薄ら笑いを浮かべて連れの男と何事もなかったように、また飲み始めた。
小夜子は、さり気なく勘定を済ませてスナックを出た。
二人の男は、そんな小夜子を見て怖くなって出て行ったと思ったらしい。
しかし小夜子はヤクザ風の男を追いかけていた。
暫らく走って追いかけたら男が公園の隅でうずくまっている。小夜子は、その男に近づいて行った。
男はギョッとなって小夜子を見るが、しかし女だと解かると、やや警戒心を解いた。
普通の若い女ら、そんな人相の悪そうな男が居る所などに近寄って行く訳はないが。
小夜子はためらう事なく男に近づいていった。安心していた男も一瞬、身がまいたが。
「大丈夫よ。心配しないで。治療しなくては出血が酷くなるわよ。いま薬局に行って来るから静かに待っていてね。警察には知らせないわ。だから心配しないでいいわよ」
ドキリとする言葉を男に残して小夜子は公園を後に薬局に向かった。
男は唖然として聞いていたがドスも抜けずに、ただ呻くだけだった。
小夜子は十分ほどして戻って来た。包帯とガーゼ、消毒液などを買って来た。
男は小夜子を警戒しながら見ていたが、助けようとしいる事は間違いなかった。
しかし普通なら救急車を呼ぶのが当たり前だけど、目の前に居る女は、血がダラダラと流れているのに、なんのためらいもなく男の治療に取り掛かった。
救急車を呼べない理由も心得ている小夜子だった。
つづく
- Re: 君の為に ( No.21 )
- 日時: 2021/02/20 20:05
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 21
手際良く右手の手首をきつく縛り、次に突き刺さったナイフを抜く準備に入った。
そして男を見た。その目はナイフを抜くから我慢して、と言っているようだ。
「眼を閉じて! 歯を食い縛って、い~い! ナイフを抜くから」
小夜子はナイフをいっきに引き抜いた。手首を固定してあるから、それほどの出血はしなかったが、素早く消毒液をかけて次に血止めだろうか白い粉を振りかけた。
予め用意したガーゼに薬を塗りこんだ物を傷口にあてがって包帯でグルグルと巻いていった。男は物凄い形相で痛みに耐えていた。女の前で呻き声を上げたら恥だと思ったのだろうか、それともヤクザのプライドだと思ったかは定かではないが顔からは脂汗が流れていた。
「はい、それからこれを飲んで。市販の痛み止めだけど何処まで聞くか効くか分らないけど我慢して」
応急処置は終わって、男が少し落ち着いて来たので小夜子は聞いた。
「どうして……あんな事をしたの」
男は小夜子がヤクザだと分かったはずなのに全く臆する事なく応急処置をやってのけた。
男はただ、それを驚いた顔で見るだけだった。
平気でナイフを抜いて手当するなんて、なんとて度胸のある女だと思ったのだろう。
女はみんな、か弱いものと思っていたが考え方を変えざるを得ない出来事だった。
しかし、どうしてそんな事をしたのか、と聞いてきた。まさか女刑事?
「そっ、それは言えないが、あんたには助けてもらったけどさ」
男は恐縮しながら目の前の女を観察した。良く見ると驚くほどの美人だ。
刑事ではなさそうだと思ったのか、男は少し安心した様子をみせた。
「ありがとうよ。俺は矢崎組の松本って言うもんだ助かったよ。あんた名前は? 礼を」
小夜子は、その問いには答えずに僅かに微笑んでみせた。
「別にいいのよ。私が勝手にした事だし礼なんて望んでいないわ。今度もし会う時があったら、その時にね。それと早く知り合いの医者でも居るなら行った方がいいわよ」
そう云って小夜子は静かに立ち上がり公園を離れて街の中に消えて行った。
それから数週間、あれ以来これと云った手掛かりが掴めぬまま時が流れ、真夏の太陽が都会のアスファルトを照りつける。その熱を冷せる物はビルや店の中だが逆にエアコンの外機から出る熱風が余計に暑くさせる。比較的夏は涼しい東北で育った人間には都会の暑さは堪えた。
ふっとそんな時、いかに気丈な小夜子と云えども若き女性である。故郷でどうして居るのかと健の事が頭をよぎる。
「ケン……逢いたい」
仕事が終り都会の夜空を仰ぐ、故郷の夜空と比べるすべのない星もスモッグに遮られ薄っすらと見える程度の夜空。そこはただ孤独の世界が漂うばかりだった。
そして今日は仕事が終り同僚の女同士で、食事に出かける事になっていた。
小夜子も、すっかり仕事にも慣れて友達も出来た。小夜子だって親を殺した相手を探しと云っても毎日、思いつめていては体が参ってしまう。あせらずに探しことにした。
つづく
- Re: 君の為に ( No.22 )
- 日時: 2021/02/21 18:06
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 22
池袋の東口、サンシャイン入り口の手前に映画館が並ぶ通りを少し入った所に洒落たレストランがあり其処に入った。そして小夜子と連れの二人の女性は食事と会話で盛り上がっていた。
小夜子も食事を友達と楽しんでいる。その連れの一人、笹本啓子が化粧室に行くと言って席を立った。その先のテーブルには三人グループの男達が食事をしていた。
一人の男が急に立ち上り通路に出ようとした処に、ちょうど運悪く小夜子の連れの女性笹本啓子と接触した。弾みでテーブルに乗っていたワイングラスが倒れてワインが零れ落ちた。零れたワインを見て、その男はいきなり大きな声で怒鳴った。
「オイッ! 何処に目を付けてやがる! バカヤローが」
いきなり人相が悪そうな男に罵声をあびせられた。笹本啓子はうろたえる。
見るからにヤクザだと思われる風体だった。笹本啓子は咄嗟に謝ったのだが。
「ご、ごめんなさい」
と、言うのがやっとで、顔面が蒼白になっている。だが男は許さなかった。
「おい! スーツが汚れたじゃねぇか。どうしてくれるんだ。あぁー」
レスランの客たちも怯えた表情で見ていた。小夜子ともう一人の友達が、その異変に気づいた。迷わず小夜子だけが彼女の側へ駆けつけた。
「どうしたの? 啓子さん」
と、二人の間に小夜子は割って入った。男は小夜子を睨みながら更に捲くし立てる。
「どうもこうねえぜぇ、見てみろよ! オイ」
また一段と大きな声を張り上げて意気込んで見せた。ヤクザ特有の威嚇的な態度だ。
しかし、小夜子は臆する事もなく男に向かって言った。
「あなたねぇ! 何もそんなに怒鳴らなくてもいいでしょう。一度言えば分かるでしょ」
「なっ? 何だと。このアマ~~」
その男は怒りに任せて大声を上げたが、その連れの男が小夜子見て何か感じた。
「あっ……ちょっと待て! 橋本」
そのヤクザ風の男が、その橋本に代わって小夜子の前に立ってジロジロと見ると。
「やっぱりあんたか? 相変わらず度胸が据わっているね。ハッハハハ」
小夜子は「えっ」と一呼吸置いて、その男の顔を改めて見た。見覚えがある顔だ。
小夜子が数週間前に刃物で刺され手当てした男の顔だった。
そう云えば彼は、矢崎組の者だと言った記憶がある。
「あ~~? あの時の人ね。偶然だわねぇ」
スナックで襲ったがドスを逆に刺された矢崎組の松本だった。
暗がりで小夜子の顔はハッキリ見えなかったが、長身で綺麗な女性だとは認識していた。それにこの度胸だ。普通は怖くて側に寄ってはこないが、二人の間に割って入るなんて、男だって怖くて出来ないことだ。
「あの時はどうも。いやぁ面目ない。橋本! 例の彼女だよ」
そんな二人を小夜子の同僚や客たちが唖然として見つめていた。
それからの松本はヤクザとは思えないほどの対応だった。
松本は組の二人の仲間に、その時のことを説明した。
すると、その松本の連れの男二人は急に笑顔になり、低姿勢で言った。
「いやぁ、お嬢さん。松本が世話になったそうで話は何回も聞かされていますよ」
つづく
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