ダーク・ファンタジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 君の為に
- 日時: 2021/01/03 09:55
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
『君の為に』
この物語は昭和から平成に変って間もなくの頃、北陸は金沢で大学生が空手の稽古中に誤って親友を死なせてしまい、一九才の少年(堀内健)は苦しみ大学を中退し岩手県にある名勝、浄土ヶ浜近くのお寺へ精神修行する所から始まる。その寺の住職は合気道の達人で大勢の門下生に教えていた。その一人娘(小夜子)女子大学生も幼い頃から合気道を学び有段者であった。堀内健は修行して住職から色んな事を学んだ。精神面も強くなりまた合気道も教わるが、その小夜子の父である両親が何者かに殺された。堀内健にとっても大事な師匠である。小夜子はその犯人を追って、青年となった堀内健の力を借り犯人を追って岩手-東京-シンガポール-岩手へと修行から合わせて八年間にも及ぶ過酷な戦いと共に芽生えた愛と復讐の物語である。
『前回投稿した、宝くじに当たった男に続く長編ものです』
前回同様宜しくお願い致します。
- Re: 君の為に ( No.13 )
- 日時: 2021/02/01 21:42
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 13
健を我が子ように支えてくれた。要山和尚の死は平常心では居られなかった。
二人は在りし日の姿を思い浮かべ、また肩を震わせ泣き崩れる姿は余りにも切なく。
そんな二人の姿を見つけて、要山和尚の門弟達が健と小夜子に駆け寄ってくる。
「小夜子さん! 大丈夫ですか。僕等が、お寺の方から煙が上がってサイレンの音が聞こえて駆けつけたのですが。もう炎は寺全体に廻り、どうにもならない状態でした」
門下生の佐田義則や山本裕一など十数人が集まって、その瓦礫の山を恨めしそうに眺めた。しかし、その近くでは小夜子が今なお、健に支えられて泣きじゃくっている。
寺に世話になっている人や門弟達更に野次馬と、普段は静かな寺も大勢の人が集まって来て、その小夜子の姿を哀れんだ。
普段、合気道で鍛えた精神の強さも、今の小夜子にはなんの効果もなく。
ついには救急車で病院に運ばれることになった。強度のショックによる精神不安定に陥っていた。
翌日には精神状態も、少し落ち着いてなんとか退院出来たが。
その知らせが東京に居る盛田一政の東京事務所に、秘書の佐々木から連絡が入った。
しかし盛田一政の思惑とは少し違っていたようだ。
「なに! 拳銃を使って殺しだと? 不味いな。焼死しても証拠が残るだろうが」
「申し訳ありません。三人とも叩き伏されて仕方なく強盗と見せかける為に少しカモフラージュをしたとか云っていますが」
「まあいい、先方〔新日本同盟〕にも仕事をした三人を隠して置くように云って置け!」
「はい、うち〔盛田開発〕の連中にもアリバイはありますし、捜査の対象にはならないと思いますが」
「当たり前だ! 警察署長にも我が社の信用問題にも関わる事だからと釘を刺して置く。佐々木! 後は頼むぞ。わしは政界の先生方に正月の挨拶廻りで忙しいんだ。後の事は、お前がキチンと処理しろ。いいな!」
健は退院した小夜子を、和尚が愛用していた車に乗せて帰っ来た。
寺の離れには火事から逃れた道場がある。そこには道場の他に八畳と六畳ほどの和室がある。
狭いが今は此処しか寝泊りする場所はなかった。当分の間の仮住まいとなる。
退院した処へ門下生達、十数人が集まって来てくれて、その夕方から全員で焼け残った家具や使える物を道場や和室に運んだ。
生活するに必要な、台所やガス水道そして風呂などは業社に依頼したが、その他に門下生達がそれぞれ使っていない物など掻き集めて、なんとか生活出来る状態になった。
そんな作業が二日ほど続き、なんとか整理が出来たが、その日の夕方から、お通夜が始まり、その翌日は告別式となり親戚の人達の力を借りて気丈にも小夜子は喪主を滞りなく終えた。
丁度、正月とあって寺には住職夫妻だけしか居ないのが災いしたのだが。
それとも計画的に行われた犯行なのかは、警察の取調べで明らかにされる事になった。
二人は、その時点まで警察が早く犯人を逮捕してくれると信じていた。
それから慌ただしく時間だけが流れた。小夜子は、まだ立ち直れないでいる。
両親の死の原因が、警察からまだ詳しく発表されないが。
それにしても捜査の対応が遅く、イライラしながら一週間が過ぎた。その間、小夜子と健は喪に服し動かなかった。
つづく
- Re: 君の為に ( No.14 )
- 日時: 2021/02/02 22:14
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 14
あんなに明るかった小夜子の笑顔は完全に今は消えてしまった。
健は悲しみに暮れる小夜子を、今度は自分が支えてやらねば、そう思っている。
でないと、自分を立ち直らせてくれた要山和尚に申し訳がたたないと心に誓った。
警察署には放火殺人事件として、捜査本部が設けられたが、運悪く正月の最中だったのが捜査を難航させたのか、問い合わせても急に対応が悪くなったのはなぜか?
健と小夜子は警察に、不信感を抱くようになって更に十日が過ぎていった。
この時点迄で分かったことは、要山和尚と登紀子は何者かによって射殺された跡に放火された事だった。それも複数の人間に因るもので、恨みによる犯行か? それとも、ただの強盗か警察は現在捜査中だと言う。小夜子への報告はそれだけに留まった。
第二章 戦いの日々
第二節 小夜子ひとり
放火とは分っていたが、まさか射殺されるとは信じ難い事であった。
だが健と小夜子には、おおよその見当がついていた。決して要山和尚夫妻は人に恨まれるような人間ではない。では得をする人間は誰か? 多分あの盛田開発の土地買収問題と関係あるのかも知れない。その証拠を裏付けるように、警察の捜査が怠慢になって来たように思える。盛田開発社長、盛田一政はこの辺の街で凄い権力を持っていた。
M市の市長や教育委員会や警察署などには多大な寄付をして、その見返りとして法に触れることがあっても、多少の事は見て見ぬ振りをすると言う噂が流れていた。
健と小夜子は寺の整理も一段落して、ほっとするも束の間、その翌日から小夜子が忽然と消えた。 今は健が一番頼りになる筈なのに、誰にも言わずに小夜子は健の前から姿を消してしまったのだ。健は心当たりを探したが依然として行方は分からなかった。
まさか小夜子まで誘拐されたなどは考えにくい。健は和尚の門弟達に聞いてみたが一向に分からず、仕方なく小夜子から連絡あるまで寺で待機することにした。
だがもう失踪してから一週間近くも過ぎた。
M市の夕刻、盛田開発商会の事務所の近くに一人の長身の女性が現れた。
健の前から姿を消した小夜子だった。もうこうして一週間になる。
単独で盛田開発に疑惑を持って監視を始めたのだ。その日の夕刻、大した手掛かりもないまま小夜子は、仮住いのアパートに引き上げようとした時。今日は諦めて帰ろうとした矢先のことだ。小夜子は夜道を歩いていると薄暗い公園に差し掛かった時だ。小夜子は気づいていた。
三人いや四人が後ろから尾行している。誰が何の為に尾行されなければ、ならないのか。それ事体が不自然ではないか、と小夜子は思った。
突然、男達が走り出て前後に小夜子を取り囲んだ。小夜子は薄暗く誰も居ない公園の中に逃げるように入った。処が彼等も公園に入ってきて小夜子を取り囲んだ。
「姉ちゃん。遊んであげようか」
男たちはニヤニヤしている。とても遊ぶなんて雰囲気じゃなさそうだ。
「あの~私になんの用でしょうか?」
「惚けるなよ。てめえが内の事務所を何度も見張るとは、どう云う了見だ」
小夜子はそれには応えず黙って相手の様子を臆することなく伺う。しかも大の男、四人に囲まれてだ。やはり森田開発には知られたくない事情が、これで明らかになった。
「てめえ、女だってとぼけたら容赦しないぞ!」
「私が何をとぼけたと云うの? あなた達こそ、何か隠しているんじゃないの」
「なっ何もねぇよ! 事務所の前をウロウロされちゃ迷惑なんだよ」
そう云いながら小夜子の肩を掴もうとした。だが男は触ることも出来ずに腕を捻られ体落としのような技で路面に転がっていた。他の三人の男は何が起きたのか、その状況を把握出来ずにいる。三人は一斉に小夜子に飛び掛るが、しかし空気を掴むように小夜子に触れる事も出来ず路上に叩き伏されていた。
つづく
- Re: 君の為に ( No.15 )
- 日時: 2021/02/07 21:13
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 15
合気道(八双飛送返し)だ。恐るべき要山流合気道! その技の真髄である。
小夜子は呼吸の乱れさえ感じない。小夜子は倒れて呻いている男に詰め寄り、左の肘から肩に小夜子の手がスーっと流れるように見えた。ギャアー大の男が悲鳴をあげた。
そう、小夜子は関節を外したのである。すでに他の三人は足に激痛が走り動けないでいた。男達は何が起きたか分らぬ間に倒されたのである。大の男四人は苦痛に顔が歪む。
「私は許せない! 例え警察が動けなくても分って居るのよ。私には」
暗くて分らないが、小夜子は女とは思えない冷たい言葉を浴びせた。小夜子は強張った表情で、別な男の関節を容赦なく外した。ギャー獣のような声を放った。
さすがの男達も震いあがった。こんなに美しい女性が信じられんと男達は思った。
「わっ分かったから、もう止めてくれ」
恥も外聞もなくなって、ついに白状した。事件に関与した男達は三人と分った。そう小夜子の父母を殺した三人である。その三人が東京は池袋の話しをしていたと云う。その中に(宮崎)と呼ばれていた人物の名が挙がった。しかしM市にはもう居ないらしい。盛田開発の社長が指示したかは知らないと答えた。取り敢えず、新たの情報を掴む事が出来た。
小夜子は、うごめいている男達を後に闇の中へと消えて行った。小夜子! 非情なり。
坂城小夜子は堀内健を巻き込みたくなかった。彼は苦しい思いをした。ただ幸せになって欲しかった。健はやっと罪の償いと云う闇から這い出そうとしているのに。
その為に健は正堂寺に来たのだから。ただ幸せになって欲しくて。
私に同情する事はない。私が側に居れば健は、私の為に戦うだろう。
危険な目に合わせる訳には断じて出来ない。それは誰よりも健を愛するが故に。
お寺の財産の一部を処分して、小夜子は以前から密かに準備していたアパートを借りて健には(貴方の幸せを祈ります)と書き残して姿を消したのである。
健なら強く生きて行けるだろう。そんな思いを込めて消えていった。
小夜子流の優しさである。これから続くであろう戦いの日々が、小夜子は思い浮かべた。
これから何をするべきか、そして女一人で何が出来るのかと。
まず三人の行方を捜す事から始めなければ、しかし何処に居るのか見当もつかなかった。
それでも探さねば、誰にも迷惑は掛けられない。優しい父母のへの恩返しの為にも。
あの警察だって盛田一政の圧力に屈したのか? いずれ盛田一政は政界に出て国会議員になるであろう。それだけの地盤を築いて来たのだから。
彼にはこの街では、もう誰も逆らえない。それなら父から授かった合気道の力を借りて一人で戦い、両親の無念を晴らすのだと小夜子は覚悟を決めている。
もうあの幸福だった日々は戻って来ない。優しかった両親も居ない。
自分は命を捨てても惜しくはないと、胸に刻む小夜子であった。
小夜子は父の門下生の一人、山本祐一を尋ねた。彼等、門下生は要山師匠に合気道だけじゃなく色々と相談に乗って貰っていた。合気道を通して心の強さ教わり師匠として慕われていた。
ひょっとしたら火事の時、誰かが見ているかも知れないと思った。
その一人の高弟だった彼は、M市内で酒店の長男だと聞いた事があった。
今夜はゆっくり休んで明日にでも尋ねるつもりでいた。そう簡単に事は始まらない。
疲れた身体を風呂に入って、ふっと浮かんだのは、やはり健の存在であった。
「御免ね。ケン。貴方には幸福になって欲しい。それだけ、ただそれだけ」
今頃どうしているのだろうか。気になってはいたが、その一方で健なら強く生きて行くことが出来ると信じていた。しかし健を失いたくない気持ちと、危険な目に合わせたくない気持ちが交差する。そんな小夜子の女心を愛しさが揺さぶるのであった。
翌日、小夜子は要山師匠の高弟である山本裕一を訊ねた。
「こんにちは、あの~~こちらに祐一さんは、いらっしゃるでしょうか?」
「あっお嬢さん。どうして居たのですか。心配していたんですよ」
心配そうに小夜子を見つめる。家を飛び出した事を弟子達にも誰にも知らせていなかった。
「すみません私は大丈夫ですよ。お久しぶりです。それより時間を少し取れますか」
勿論、山本は仕事を休んで、近くの喫茶店に小夜子を案内して入った。
落ち着いた雰囲気の店で静かなメロディが流れていた。その曲は(雨に唄えば)古い曲だが小夜子の好きな曲だった。
一九五二年のハリウッド映画の主演で(雨に唄えば)
その映画は今でもミュージュカルとして蘇り、そのメロディは雨が降っても人の心を和ませるメロディだった。
学生時代なら友達と映画の話や、音楽の話題に咲かせたものだったが。
まさか両親の犯人探しで、こんな曲を聴くとは、思わなかった小夜子だった。
つづく
- Re: 君の為に ( No.16 )
- 日時: 2021/02/09 19:29
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 16
二人は店の角の席に座り、小夜子はこれまでの経緯を話した。
山本の話では師匠殺しの犯人を捕まえる為なら、他の門下生達はどんな事でも協力すると云ってくれるとの事だった。要山和尚の人柄が門下生の心にも心頭していたのだ。
山本が直接見た訳じゃないが、その犯人と思われる三人は、土地の人間じゃなさそうで、市内のスナックで三人が飲んで居たらしい。その時もやはり東京池袋の話が出たとか。
新たな手掛かりを聞く事が出来た。小夜子は山本祐一に、お礼を言って別れた。
これで、その三人は池袋周辺に居ることが確実となった。
やっと犯人の行方が見えて来た。だが全て盛田一政の意のままに動かされている。
警察も、この街では役に立たない。リゾート地として欲しかった土地は、どんな非合法的な方法でも権力と金と相手をねじ伏せて、のし上がって来た人間なのだ。
今や、この街の二割以上が盛田開発グループの仕事に就いていると言われる。
それに間接的に関る人間も沢山いる。街として盛田開発はなくてはならない企業であり、だから街も潤っている。多少のイザコザは目を瞑るしかなかったのだろうか?
本当の犯人は盛田開発の社長、盛田一政だと思うのだが。
解って居ても県会議員の肩書きを持っている人間だ。確たる証拠無しでは逆に告訴されかねない。まずは、その辺から探るしかないと判断した。それに実行犯は三人そこから始めるしかないと小夜子は夜空を見上げた。〔小夜子がんばれ〕そう言っているようだ。
「お父さん、お母さん」と星を眺めながら小夜子は呟いた。父と母のあの優しい笑顔が、脳裏に浮かんでくるのだった。
翌日、正堂寺の父母の墓前に小夜子の姿があった。
「お父さん、お母さん。私は犯人を探しに東京に行きます。きっと無念を晴らして報告します。必ず、そして私を見守ってください」
墓前には、誰か花を添えてあった。それは誰か分かっていた。
「ケン、御免なさい。貴方を巻き込みたくないの」
その花に健の姿を思い浮かべ、寂しさを断ち切るように小夜子は静かに腰を上げた。
小夜子は悲しみを堪えて眠る父母の墓前を後にした。住み慣れた故郷を離れ、これから始まるであろう苦難の旅が。それでも行くしかないのだと小夜子は決意した。
あれから二週間が過ぎた。流石に健は心配になって来た。
だがこれと言った情報もなく犯罪に巻き込まれたら、小さな街だからすぐ分る。
健も毎日遊んでいる訳にも行かず、道場仲間から紹介されアルバイト生活を送っていた。
三日後、健は山本祐一宅を訪ねたが最初戸惑った表情を浮かべがねすぐ取り直し笑顔で出迎えてくれた。
「よう堀内くん、どうだい小夜子さん少しは立ち直ったかい」
これでは小夜子の消息を知らないと言って居るも同じだ。
「お久し振りです。実はその小夜子さんの事で来たのですが」
「小夜子さんどうかしたのかい?」
{実は寺から姿を消してしまったんですよ}
「なんと! 落ち込んでいたからなぁ。気分転換に大学時代の友人の所へでも行ったんじゃないか」
「いや、それなら僕に黙って行くのも解せないのですが」
知らないというなら、これ以上聞いても無駄と分り、お礼を言って別れた。
もう限界だ。本格的に探さなければ、健はそう思った。
山本は健が帰った後、心の中で謝っていた。
小夜子に健を心配させたくないから内緒にして欲しいと頼まれていたのだった。
つづく
- Re: 君の為に ( No.17 )
- 日時: 2021/02/10 19:57
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 17
翌日は久し振りの快晴だった。それとは裏腹に小夜子の心は複雑だった。
しかし気持ちの整理がついて何故か漲る勇気が沸いて来た。
M市の駅のホーム、大学時代通ったこのホームも、今はただの想い出。
同じホームでも、こんなにも違う雰囲気は何故?
そんな思いを断ち切るように列車が入って来た。
列車は小夜子を乗せて静かに動き出した。住み慣れた街が遠ざかる。
高校時代、大学時代いつも使う列車だった。ディーゼルエンジンの音が高くなり列車がスピードを上げる。見慣れた景色の街が、川が、山が少しずつ後へ後へと消えてゆく。
学生時代なら、また夕方には同じ景色が観られたものを、今度この景色を観られる時は、どんな気持で眺められるのだろうか。それは一人で? それとも健と二人で……。
「ごめんね。ケン私の、わがままを許して」
小夜子はM市から犯人を捜して東京へ。辛い過酷の旅立ちだった。
つづく
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20