ダーク・ファンタジー小説

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君の為に
日時: 2021/01/03 09:55
名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)

『君の為に』


この物語は昭和から平成に変って間もなくの頃、北陸は金沢で大学生が空手の稽古中に誤って親友を死なせてしまい、一九才の少年(堀内健)は苦しみ大学を中退し岩手県にある名勝、浄土ヶ浜近くのお寺へ精神修行する所から始まる。その寺の住職は合気道の達人で大勢の門下生に教えていた。その一人娘(小夜子)女子大学生も幼い頃から合気道を学び有段者であった。堀内健は修行して住職から色んな事を学んだ。精神面も強くなりまた合気道も教わるが、その小夜子の父である両親が何者かに殺された。堀内健にとっても大事な師匠である。小夜子はその犯人を追って、青年となった堀内健の力を借り犯人を追って岩手-東京-シンガポール-岩手へと修行から合わせて八年間にも及ぶ過酷な戦いと共に芽生えた愛と復讐の物語である。

『前回投稿した、宝くじに当たった男に続く長編ものです』

前回同様宜しくお願い致します。

Re: 君の為に ( No.8 )
日時: 2021/01/21 23:11
名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)

君の為に 8

 しかしこの易まで達するには誰でも、と云う訳にはいかない。やはり素質と努力だ。
 小夜子は此れまでに熱心に教えてくれた。その訳は果たして何を意味するのか?
 ここは岩手県の三陸海岸、浄土ケ浜である。三陸海岸とは青森県から宮城県にかけて太平洋に面した海岸である。岩手県にある浄土ケ浜は東北でも名所であり、海水浴場や観光地としても有名であり、小さな湾になっていて観光船やボートなども楽しめる。
 その海岸の砂浜を走っている二つの影があった。健と小夜子である。
 足場の悪い砂浜は恰好の運動になる。足腰を鍛えるには、むしろこう云う場所が望ましいのだ。
 合気道は無心になり、その道を極める。海の波に身体を預けて浮く、時には砂浜はバランスと足腰を鍛えられる。自然の応用は合気道に適しているかも知れない。
 修行とは云え、若い二人には疲れなど感じない事だろう。そしてこの修行が、どれほど身を守ってくれる事だろうか。今はそれを知る由もなかった。やがて海岸を走る、若い二人を赤い夕日が染めて行く。
 あれから時々、小夜子が座禅の組む場所に訪れた。勿論、健の座禅を邪魔するような時間には現れない。武道をたしなむ人間は心得ていた。
 その日課が二年もの間、まったく変わることがなく続いて行った。
 西堂寺に来てから健は、公の場には一切出ようとしなかった。極力、華々しい世界には顔を出さないように勤めて来た。それと元々、そんな場所は苦手のようだったが。

 やがて堀内健は二十三才になっていた。小夜子も大学を卒業して務めに出るようになって二十四歳となり。既に健は小夜子も舌を巻く腕前となり、その合気道も小夜子から要山和尚へと師匠が代わっていた。
 健は今日も要山師匠と相対していた。武道は特に礼に始まり礼に終わる。
 そして共に正座して静かに立ち上がる。健は自然体で構え、力を抜き師匠を見え据える。健は師匠の襟を取りにいった。師匠は左手の甲で交わす。その手が蛇のように絡まり関節部分に流れるように動く、次の瞬間、健の身体は一回転していた。
 同時に右腕の関節を決められて動けなくなった。恐るべし、要山和尚。
 その師匠の合気道術(横面打ち四方投げ表技)であった。
 他にも(正面打ち第一教座り技裏)などと合気道の技に、裏と表とがある。
 柔道と違い合気道の技の名前が長いのが特徴である。
 関節技も合気道の特長である。護身術には関節と云う力が余り必要としない技がある。
 女性でも相手の力を利用する技があるから、かなり護身術には有効な手段と言えよう。

 そんな毎日の稽古に健は、最高の喜びを感じていた。
「お父さん、どう? 健くん上達したでしょう」小夜子は父に訊ねた。
「うん、心もだいぶ明るくなったし、すごい上達ぶりだ」
 要山和尚も、その成長振りを認めて微笑んだ。
 健の上達ぶりは他の門弟達も舌を巻く程の腕前になった。
合気道でも大先輩の佐田義則や山本裕一でさえ、もう互角以上に戦えるまでに成長していたのだ。

 遠くで小夜子の母・登美子の声がする。誰か来客らしい。
また例の「盛田開発」の連中だろうか? ゴルフ場建設の為に立ち退きを迫られている。父も母も本当に困っているようだが、小夜子には何も話してはくれない。
だが、その招かれざる客とは違うようだ。

「健くんにお客様ですよ。大学時代の御友人だそうです」
応接室のドアを開けた健は、そこにいる二人の姿に言葉を失った。
空手部の主将と原田の彼女だった早紀だ。勿論現在は大学を卒業して社会人となっている。
「あっ吉沢主将! 久しぶりです。どうして……ここが分かったのですか?」
「捜したのよ。堀内くんのこと。心配したわ」 早紀が言った。

「ご無沙汰しています。主将、いや吉沢先輩、早紀ちゃん」
 「堀内! 水臭いじゃないか、お前が大学を辞めると言って以来、なんの音沙汰もないから空手部の連中や早紀も心配していだんだぞ。まあ、もっとも俺たちも卒業して、今は社会人だけど、いまさら空手部の主将として説教するつもりはないが、お前の事は常に心配していたんだ。それは分かるな」
 もう、あれから四年近くも経っていると云うのに自分のことを案じてくれる。先輩と早紀がいた。自分が故郷を去った事は、自分が過去を捨てる為じゃなく、原田の両親や早紀が、また嫌な思いを、させるのじゃないかと勝手に解釈していた事だった。
「先輩、早紀ちゃん。わざわざ遠い所を尋ね戴き、ありがとう御座います」

つづく

Re: 君の為に ( No.9 )
日時: 2021/01/22 18:23
名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)

君の為に 9

 そこに小夜子が三人に、お茶を持って応接室に入って来た。
 その小夜子に、吉沢と早紀が軽く会釈をする。
 早紀は女の直感と言うか、健との仲は恋人同士だろうかな。と思ったようだ。
 小夜子が気を使って、お茶を置いて部屋を出ようとした処で吉沢に呼び止められた。
「あの……もし良かったら俺たちの話を聞いて戴きたいのですが」
「はぁ私で宜しいのでしょうか?」
 健と小夜子は顔を見合わせた。俺たちの話をと? 一体なにを話すと云うのか。
「堀内、何もお前をわざわざ励ます為にだけで来た訳じゃないんだ。俺と早紀とは来年結婚する事になったんだ。それを報告しに来たんだよ」
「え!? ほっ本当ですか先輩! 早紀ちゃん」
「ああ、本当だ。勿論、原田の両親に早紀と二人で挨拶も済ませた。喜んでくれたよ」
 早紀も照れくさそうに、健と小夜子の顔を見比べながら話し始めた。
「堀内くんは真面目過ぎるから、私の事も心配してくれたでしょう。私が落込んでいる時に吉沢先輩が、色々と気に賭けてくれて。原田くんの両親や周りの人にも、自分の幸せを見つけなさいと言われてね。だから堀内くんも過去に拘らず自分の人生を見つけて欲しいと思って、二人で励ましと報告に来たのよ」

 健は心の底から、急に霧が晴れて行くような気分だった。
 恋人を失ってどん底に居た早紀も幸せになれるのだと。あの時は早紀の将来まで台無しにした気分でいたのだ。
「先輩、早紀ちゃん。おめでとう御座います。本当に良かった」
 小夜子も安堵したように吉沢と早紀に向かって、お祝いの言葉を述べた。
「まあ、おめでとう御座います。お幸せに」
 ただ二人の婚約報告に小夜子が必要だったのか分らない。
 でも吉沢と早紀は直感で二人は愛し合っていると感じたのだろう。
 事故とはいえ健は死ぬほど心を痛めた事をしっている。
 だから健と小夜子さんも同じように幸せになって欲しいという願いだろう。
 吉沢と早紀を寺の門まで見送った。その二人は仲良く手を繋いで帰って行った。

 それと入れ替わるように、また招かざる客がやって来ていた。
「和尚さま。今日も来ていますが」若い坊さんが困った顔をして言った。
 住職は苦い顔して、その客の応対に出た。この辺も最近開発が進みM市内の開発会社が、この一帯にゴルフ場とリゾート地の開発を候補に挙げていた。
 そして今日も、また土地の買収に来たのであった。これで七回目の訪問だ。
「もう何度も申し上げているように、ここは沢山の仏様が眠っている。それにのう皆さんの先祖に対して申し開きが出来なくなる。それは出来ない相談じゃ。分からんお人だね」
 その開発会社の社員はしつこく迫る。その手の人間は買収交渉では引き下がらない。
「それは住職。重々、分っていますがね。ちゃんと代替地を用意致しますので、いい加減に良い返事を貰いたいのですがねえ。住職さんよ!」
 毎回の押し問答に、言葉の語気が強くなった。だんだんと口調が苛立って来た。
 その様子を小夜子が心配そうな顔で見つめていた。
 健は合気道の稽古も佳境に入って来た。あれから数ヶ月、健はやはり空手の有段者だ。上達が早い。師匠の要山和尚は自分の極めた技を伝授しようと健に、その技を託したのだった。我が子ながら小夜子は女性である。やはりこの技には無理があった。
 並みの男でも無理な程の、精神力と体力がいる。要山の恐ろしい技を伝授しようとしている。健の場合、長身で一八五センチに体重八五キロで空手三段だ。
 そして精神力も並の者ではない。まさに健でなければ出来ない技だろう。
 要山師匠も自分が元気なうちに、長年の間、掛けて独自に編み出した合気道の極意、〔気のパワー〕で数メートル離れた相手を吹き飛ばしと云う。とてつもない技を健に伝授しようと数ヶ月前から教えていた。

 師匠の教えも佳境に入って来た。そして今日、いよいよ師匠の伝授が完成する時が来た。
「いいか! もっと精神を集中させろ! そうだ腰をもう少し落として」
 健は全神経を集中させた。そして一点を見つめ脳から腕へ腕から手の平に、電流が流れるが如く集中させて。前方十メートル先にビール瓶を立ててあった。
「神経を集中させて(気)を送れ! そうだ。その手を押し出しように放射しろ!」
 健は両手を合わせ、祈るように両親指を合わせ絡めて、まっすぐ腕を伸ばした。かなりなエネルギーが消耗する。健の顔が高潮して来た。一気に(気)の放射をした。
 そしてピキ~~ン物が割れる音がした。なんと! ビール瓶が粉々に吹き飛んだではないか?
 拳銃で撃ったかのように。しかし、そんな物は何処にも無い、なんと言う事だ!
「し、師匠!!」 思わず健が叫んだ。

 師匠は大きく満面の笑みを浮かべて頷く。近くで小夜子が叫んだ。
「す、凄いわ! おめでとう。良かった本当に」
 人間の能力の中にある〔気〕それを増幅させたパワーが空気を圧縮してエネルギーに変える恐ろしい技であった。これまでの苦労が報われた思いだろう。
 ついに完成した。要山和尚の極意、波動術の完成であった。
 要山和尚が編み出した技ではあるが、かなりの体力が必要とする為にもはや誰かに伝授するしかなかった。勿論一人娘の小夜子を第一考えたが女性では無理があり、更に弟子達でも健ほど恵まれた体格の者は居なかった。だから健を選んだ? 
 それだけではないようだ。健を支えるのが小夜子なら、小夜子を幸せにしてくれるのが健と認めていたからこそ、健に伝授したのだろう。
 堀内健は波動術の完成も完璧に近く、要山和尚も安堵の笑顔が浮かんでいた。

つづく

Re: 君の為に ( No.10 )
日時: 2021/01/24 18:10
名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)

君の為に 10

 しかし、もう一方の問題も、かなり加熱してきたのだった。
 要山和尚を悩ませている例の土地の買収問題である。毎回執拗に迫ってくる。
 M市の盛田開発商会は、他にも東北一帯のリゾート地に手を広げていた。
 社長は地元の県会議員、盛田一政である。県から政界の中央に出ようかと云う勢いであった。その地位を利用して次々と事業を広げていたが、裏では結構あくどい事もやっている噂がある。その事に要山和尚は頭を悩めていた。
 また合気道については、小夜子と健が引き継いでくれればと最近は日頃、考えていた要山和尚であった。今では健を我が子のように可愛がっていたのである。
 もし出来るものなら小夜子と一緒に、なって欲しいと思うようになっていた。

 平成五年 正月。ここは東北有数の名所、浄土ヶ浜。寒い夕暮れ時、健と小夜子は寒稽古を終えようとしていた。小夜子は大学を卒業してからM市の観光会社に勤めていた。
 健は寺の手伝いや道場の手伝いなど、今や逞しく成長していた。
 そして今では道場で若い門下生にも、健は指導出来る程までなっていた。
 浄土ヶ浜を走る二人、息が凍るほどの寒さであるが十キロもランニングしてきた二人には、この寒さも心地いいぐらいだ。
 冷たい風が頬にあたり、冬の三陸海岸の厳しさが伝わってくる。
「師匠や小夜ちゃんのお陰だよ。それに早紀ちゃんが幸せを掴めそうだし」
 健は白い歯で微笑んだ。あの四年前が嘘のように心の霧が取れていた。
 今では寺に合気道を習いに来る門下生や小夜子の両親も二人の仲を認めている。
 堀内さんから健くん、そして健となり、健もまた小夜子を小夜子さんから小夜ちゃんと呼び名が変っていた。

「ねえ健、これからどうするの?」
 小夜子は寂しそうな眼で健の顔を覗く。健は心の修行はほぼ終っていた。
 もしかして健が何処かに行くんじゃないかと云う一抹の不安が小夜子にはあった。
 その問いに、少し考え込んでから健は言った。確かに病んだ心は消えつつあるが。
「そうだね……原田の墓参りをしてから決めるよ」
 遠い眼で、あの悲劇が脳裏を掠めた。そして一生の償いと心に決めていたのだ。
 原田なら分かってくれる。一緒に小夜子を連れて墓参りする事を。
 小夜子は、そんな健の病んだ心を少しでも優しく包んで上げようと誓った。

 二人は黙ったままだ。浜辺のさざ波だけが聞こえてくる。
 今その思いが込み上げた。健は小夜子の瞳を見つめる。あれから四年の時が過ぎた。
 やっと今なら言える。薄暗くなった海岸を二人は眺めていた。
 肩を引き寄せて小夜子を見つめた……小夜子は何も言わない。
 黙って健を見つめる。いつまでも、この瞬間が永遠に続いて欲しいと二人は願った。
 人を愛する事、そして愛される事の幸せは、何ごとにも代えがたい。
 さざ波の音がザア~と何故か大きな音となって二人を包み沈黙がつづく。小夜子の瞳が潤む、頬に 涙がこぼれ瞳を閉じた。健は肩に力を込めて小夜子を優しく引き寄せる。

 小夜子は静かに眼を閉じた。健はそっと小夜子の唇にキスをする。
 二人の唇は小刻みに震えていた。長い時間二人は肩を寄せ合い寒さも感じない恋人同士であった。 今やっと二人の思いが繋がったのだ。今まで一言も互いに、その恋の想いを話した事はなかった。今は言ってはいけない、言うべき時期じゃないと思っていたから。
 それがやっと言えると。そして原田に報告しようと決めた。
 この恋は長い間の葛藤から、やっと抜け出して生まれた。もう健に迷いはなかった。
 二人のこの恋は本物だろう。三年半もの間、暖めて来た恋だから強い愛が生まれるだろう。やがて夕闇のカーテンが二人を包んでいった。
            
第一章 終
次回は第二章  戦いの日々  

Re: 君の為に ( No.11 )
日時: 2021/01/28 18:28
名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)

君の為に 11

第二章  戦いの日々

 その頃、K市の盛田開発商会の一室では社長であり県会議員の盛田一政と秘書の佐々木友則と密談をしていた。
 「佐々木! あの寺の土地買収はどうなっているんだ。もうすでにリゾート開発がスタートしているんだ。春までに何とかしない莫大な損害が及ぶんだ。話は進んでいるのか?」
 「先生、それが幾度も交渉に及んでいるのですが、一部に反対もあり……」
 「馬鹿者!! 貴様は何年秘書をやっているんだ。このリゾート開発は東北でも有数の一大イベントだ。すでに数十億の投資をしているんだ。あそこの寺の土地は、その中心地に当たるんだ。絶対に外す訳にはいかんのだ。分かっているのか佐々木!」

 「ハイ、少し手荒い方法で脅しを賭けようとしたのですが。あそこには合気道の道場もあり、門弟どもに睨まれて尻込みする始末で」
 「それじゃあ、よその人間に頼め。内の人間が脅したとあっては選挙にも響く。だがワシの名前は使うな、良いな!」
 「じゃあ先生、いつものように東京の新日本同盟に頼んでも宜しいですか? 早速に手配しますが。丁度正月ですし、寺には人も少ないでしょうから」
 「まあいいだろう。だがドジは踏むな、寺の住職が居なくなれば土地を手放ししか、なくなるだろうからな、もう時間がないんだ。早急に手配しろ」

 石川県は金沢市。ザッパァーンと冬の荒波が岸壁に押し寄せる。
 日本海の特有の荒波だ。天気の良い日には能登半島が見える。
 しかし今日は風が強く海も荒ていた。極限の寒さに晒されていた。
 身も凍るような風が吹く。日本海が見渡せる見事な景場、春から夏にかけて美しい花々が咲き乱れるだろう。しかし今は観光客さえも寄り着かない真冬の日本海だった。
 その日本海に向かって立つ原田家の墓。其処には二人の男女が花を飾っていた。
 そして長い合掌が続く、その姿は健と小夜子であった。

「原田、帰ってきたよ。俺の恋人だ。見てくれよ。何か言ってくれ勝手な奴だと思うだろうが、喜んでくれるか? 原田……」
 健は心で叫んだ。隣の小夜子も一度も会った事がない健の親友に、ただ祈るだけだった。
 健は小夜子を連れて来たのも小夜子の希望であり 原田に二人の生き様を、見届けて欲しかった為だ。
「さようならハラダ。お前と過ごした、楽しい日々は永遠に忘れないからな」
 あれから四年の歳月が流れたが、原田の両親と会うのは、それ以来のことだ。
 ただ健は両親を通じて毎年、命日は花を添えて貰っていた。
 それと年に数回、原田の両親にはお詫びと、楽しかった原田との思い出を付け加えていた。まずは原田の墓参りを終えて、原田家に向った。その時は、小夜子は同行せず健の実家で休ませてある。
「大変長い間、失礼致しております」
 健は原田の両親に膝を着いて深々と頭を下げた。
「あれから四年か……健くんもお寺で精神修行しているそうだな」
「はい、そこが寺ですから、其処の住職は全てを承知で受け入れてくれました。位牌はないが毎日拝んむように言われました」
「君も辛い思いをしたな。私は事故と割り切れたが家内は分っていても受け入れられず君に辛く当ってすまなかったな」

「とんでも御座いません。気が済むなら殴るなり蹴るなりされても耐えるつもりでいました」
 隣に居た原田の母が口を開いた。
「ごめんなさいね。貴方を恨んではいけないと思いながら……でも今は貴方の心が嬉しいのよ。息子を親友と思ってくれて死ぬ程に苦しんだとか、そんな噂が聞こえて来ました。もう四年貴方も息子から開放されて自分の道を歩んでください。そして息子の分まで幸せになる事が、きっと息子もそれを望んでいると思うの」 
 健は心温まる言葉を頂き、少しだけが胸の傷が和らいだ気がした。

 原田家を後に実家に寄ると、両親と小夜子は和気藹々でしっかり小夜子は気に入れられたようだ
 苦しみのどん底にあった健を救ってくたれのは小夜子の愛があったからだと両親は小夜子に感謝していた。
 やっとひとつの区切りが付き、再びに原田の墓に訪れた。
日本海の風はヒューヒューと鳴って 二人の頬を突き刺す。でも心は冷えていなかった
「原田、また来るぞ。その時はきっと隣の小夜子と……そう誓った。隣の小夜子が怪訝な顔していた。何を祈ったのかと。やがて健と小夜子は厳冬の金沢を後にした。

つづく

Re: 君の為に ( No.12 )
日時: 2021/01/29 19:42
名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)

君の為に 12

 その頃、岩手県の正堂寺では要山和尚は正月の行事も済み、妻の登紀子と二人でくつろいでいた。  二人の若い坊さんも里帰りで帰っていて、この広い寺には二人だけになった。
 のどかな正月だ。日も落ちて妻の登紀子は食事の準備をしていた。
 が!? 突然部屋が真っ暗になった。
「ハテ、停電かな?」
 和尚は、ロウソクを探し始める。登紀子も急に暗くなって戸惑っている。
「あなた! 停電なの? 正月から嫌だわ。ロウソクは何処かしら」
「おい登紀子、暗いからあまり動かなくでないぞ。わしがロウソクを探してくるからな」
 その時、要山和尚は、ただならぬ気配を感じた。その気配が目の前に迫って来た。
 いきなり暗がりから襲われた。ディヤー何者かが和尚に突然襲い掛かって来た。
 そしてもう一人が後ろから、羽交い絞めにしようとしたが、何故かあっという間に二人は投げ飛ばされていた。だが賊はもう一人居た。今度はナイフで横から突いて来た。
 しかしこれも見事に交わされ、左腕を捻じ曲げられナイフを落とした。

「登紀子! 出てくるな、危ない!」
 そう和尚は叫んだ。だが意味が分からず、妻の登紀子が心配で駆け寄った。
「おい! 仕方がない。やれ!」
 そんな声が響いた。丁度その時に登紀子が、ロウソクに火を付けて和尚の方に歩いていた。そのまさかの賊が居るとは知らずに。
 不運にも、ロウソクの炎が格好の目印となり、和尚と登紀子が暗闇から浮かび上がった。
 その時だった。バシッーバシッーと閃光が走った。いわゆる銃声を消す消音銃を使ったと見られる。サイレンサーと呼ばれる物であり、多少威力は落ちるがプロが極秘に暗殺する為には適した道具だ。

 合気道の達人と云えども、暗闇からの拳銃の弾は防ぎようがなかった。
 それは一瞬の出来事だった。和尚と登紀子は身体に熱いものを感じた。
 考える暇もなかった。二人は次第に意識が薄れて行く。
 いったい何が起きたと言うのだろう? 登紀子は何も知らぬ間に永遠の闇に包まれた。
 「おい! やったのか? 証拠が残ったらまずいじゃないのか?」
 「仕方が無いだろう。ドスを使っても勝てなかったんだから、火事になったら証拠が消せるかも知れんだろう。適当に部屋を荒らして金でもあったら貰って、ずらかれば強盗だと思うだろう」
 民家から二百メーター程離れた寺から、やがて正堂寺から煙と共に炎が、あっという間に燃え上がった。暫くすると寺の杉の木に燃え移り、そして山が京都の大文字焼きの、ように赤々と燃え上がった。暗闇の山は皮肉にも街からは美しく輝いて、お祭りのように見えた。ほどなく、けたたましいサイレンの音が山に響き渡った。
 近所の住民や門弟達が駆けつけたが、もはや、どうすることも出来なかった。
 健と小夜子は、そんな出来事をまだ知らずに。二人は列車の中で合気道の事や二人の学生時代の話を楽しげに話していた。誰から見ても仲むつまじい恋人同士のカップルに見えた。
 将来の夢や、これからの二人について話が尽きる事がなかった。
 M市の駅に着いた。そこからタクシーに乗り継ぎ二人は正堂寺に向かった。
 小夜子は父母に、お土産を渡した時の父母の笑顔を思い浮かべて心がはずんでいた。
 そんな時だった。タクシーの運転手が言った。

「お客さん……なんか向こうの方が、やけに明るいですね」
 健と小夜子はタクシーの後部座席から、身を乗り出しように覗いた。
 やがて正堂寺が近づいてくると同時に何か、きな臭い匂いがして来た。
 そこに、あるはずの寺が瓦礫と化していた。消防署員や警察官の姿が目に写る。
 二人は異変を感じた。タクシーが停車し慌てて料金を払い二人は煙が立ち込める寺の前に走った。
 健と小夜子は近くの警察官に聞いた。放火の疑いがあると警察官に事情を知らされ二人は呆然と立ち尽くした。だが、それだけではなかった。

 間もなく二人の焼死体が発見された。無残にも判別出来ない程の遺体と変わっていた。
 小夜子は気が狂ったよう嗚咽を漏らす。いったい何が起こったのだ。健も余りにも突然の出来事に涙が止まらなかった。それでも泣き崩れる小夜子を支えて抱きしめていた。
 「ねえ健……どうしてこんな事に? 私の両親が何をしたと言うの、どうしてこんな目に合わなくてはいけないの? 健……教えて」
 小夜子のその問いに、健は返す言葉さえ見つからなかった。
 健とて同じだ。どうしてまた、こんな悲劇が襲うのだ。
 俺は疫病神なのか? やっと幸せの光が見えて来たというのに。
 気丈で、いつもは落ち着いた清楚な小夜子も最愛の両親が突然と亡くなり、その理性も何も失って、ただただ健の胸に縋って泣き崩れるだけだった。

つづく


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