ダーク・ファンタジー小説
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- 君の為に
- 日時: 2021/01/03 09:55
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
『君の為に』
この物語は昭和から平成に変って間もなくの頃、北陸は金沢で大学生が空手の稽古中に誤って親友を死なせてしまい、一九才の少年(堀内健)は苦しみ大学を中退し岩手県にある名勝、浄土ヶ浜近くのお寺へ精神修行する所から始まる。その寺の住職は合気道の達人で大勢の門下生に教えていた。その一人娘(小夜子)女子大学生も幼い頃から合気道を学び有段者であった。堀内健は修行して住職から色んな事を学んだ。精神面も強くなりまた合気道も教わるが、その小夜子の父である両親が何者かに殺された。堀内健にとっても大事な師匠である。小夜子はその犯人を追って、青年となった堀内健の力を借り犯人を追って岩手-東京-シンガポール-岩手へと修行から合わせて八年間にも及ぶ過酷な戦いと共に芽生えた愛と復讐の物語である。
『前回投稿した、宝くじに当たった男に続く長編ものです』
前回同様宜しくお願い致します。
- Re: 君の為に ( No.78 )
- 日時: 2021/09/30 08:52
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 77
その名刺には〔警部 マイケル・ワン〕と印刷されてあった。
「実は……重要なお話なのですが。聞いて戴けませんか」
「ええ、なんなりと。どうぞ」
健は話を始めた。最初に切り出したのは松本達の罪を不問にして欲しいと切り出した。
それから健は順を追ってマイケルに説明していった。
マイケルは話を聞いている内に、刑事の鋭い眼光に変わっていった。
それだけ健の話し内容は、興味深いものがあったのだ。
健は賭けた。シンガポール警察には(おいしい情報)と犯人を引き渡し条件に、松本達の罪を問わないと云う言わば取引だった。果たしてマイケルの反応は。
マイケルは厳しい表情から興奮した表情に変わり、フ~と溜め息を漏らした。
「堀内さん驚きました。これが本当なら近年にない最高の捕り物になりますよ。堀内さんの友人なら大丈夫です。その人達の罪なんて此れだけの組織を潰せるのなら逆に表彰したい位ですよ。それで、その証拠書類を見せて戴けますか」
マイケルは微笑みながらそう言った。外国では犯人との司法取引も良くある事らしい。
「えっ本当ですか、本当に信じて良いですね」
健は想像以上の成果に、マイケルの言葉に感謝した。これで松本達の喜ぶ顔が見られる。
ましてや矢崎組の天敵である新日本同盟を、シンガボール警察の手で潰せるなんて、それも矢崎組の手を汚す事もなく、本来はヤクザと犬猿の仲だ。その警察の手を借りて果たせるのだから松本と橋本は笑いが止まらない事だろう。
日本に帰れば、幹部に昇進されるかも知れない。彼らにはそれが最高の勲章だ。
「勿論です。我々こそハイジャックの件と言い、堀内さんに感謝の言葉でいっぱいです」
健は決定的な切り札ともなる、松本が新日本同盟の事務所から探し出した麻薬密輸取引に関する書類をマイケルに提供した。その分厚い袋を手渡した。
「その人達が命がけで持って来た証拠書類です。取引相手や日時が記されて居ます」
マイケルは、その書類を暫く見ていたが表情が一段と興奮状態になった。
「堀内さん。ありがとうございます。ハイジャック事件から今回の事件まで貴方には感謝します。きっと警視も喜ばれるでしょう。早速行動しましょう。この証拠書類があれば取引現場を抑えなくても直ぐにでも逮捕状が取れます。船舶だって封鎖しますから」
「そうですか。私と坂城小夜子さんに取っても大事な事なのですが。この新日本同盟の組織の中に坂城小夜子さんの両親を殺害した犯人が居るのです」
「なんだって。まさか堀内さんと坂城さんは、その犯人を追ってシンガポールに来たのですか。なる程……そう云う訳で公にしたくなかったのですね」
「ええ、本当の事を言うと、それが本来の目的です。申し訳ありません」
「いやいや。でも、どうして警察に相談しなかったのですか」
「勿論、事件が起きた時には警察を信じて居ました。しかし何処の国にも金と権力で押さえ込む人間が居る者です。警察さえも。私たちはその壁に実行犯と殺しを依頼した人物に阻まれてしまいました。それで仕方なく」
つづく
- Re: 君の為に ( No.79 )
- 日時: 2021/10/07 21:25
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 78
「なる程ね。それでは警察にも不信感を持つのは当然かも知れないね。いや我々も含めて上の圧力に捜査を中断した苦い経験もあります。悔しいけど下っ端の私達では、どうにも出来ない事も現実なのです」
マイケル・ワンも正義感に燃えて突然捜査を打ち切られた嫌な思いをしたらしい。
健の云うことは警察を批判しているようだか、マイケルも分る気がした。それで密輸取引の責任者で小夜子の両親殺しの、実行犯の一人して浜口孝介を捕まえて居るとマイケルに言った。
残念ながら浜口の殺しの件ではシンガポール警察に捜査権はないが、日本の警察への協力は出来る。しかも麻薬密売の罪は重い。その国に拠っては死刑もあり得るのだ。
健はマイケルとの極秘情報交換に成功した喜びを。今か今かと待っている松本達のホテルへ一報を入れた。松本達は予想以上の成果に、大喜びの声が受話器から聞こえてくる。
出来れば、その喜ぶ様子を健は見たかった。
健からの証拠書類を手に入れたマイケル警部の行動は素早かった。
健と一緒に覆面パトカーに乗った。それとは別に埠頭にある新日本同盟の事務所にも、なんと百名からなる武装警官がパトカーと装甲車に乗り込んで、夕暮れ時の街の中から埠頭へ向かって行った。勿論、出航した船舶も同じだ。海上封鎖も行う。
一方マイケルと健は覆面パトカーで松本達の安ホテルへサイレン無しで向かった。
もちろん浜口と、もう一人を逮捕する為である。
松本、橋本、安田は協力者である事は、健とマイケル警部の約束事である。
しかし松本達ヤクザは、やはり警察と聞けば気持ちの良いものじゃないだろうが。
やがてパトカーがホテルの裏口へと到着した。橋本がホテルの裏口で待っていた。
「堀内君大丈夫だろうな」
橋本の第一声だった。橋本は心配顔で健の顔を覗き込む。
「橋本さん大丈夫ですよ。もし手錠でも出したら僕が警官を叩きのめして橋本さん達を逃がしますよ。でも安心して下さい。マイカル警部は信用出来ますから」
健は日本語で言った。隣に居るマイケルと三名の部下は何を言っているか分らない。
なにか説明していると思ったのだろう。健は橋本にウインクして笑った。
橋本はその言葉で硬い表情が崩れた。そして健が警察に働き掛けてくれた事に橋本は嬉しかった。警官相手でも健は松本達の為に戦う強い意志を示したくれた。
任侠に生きる者は、こういう事には弱い。義理と人情に生きる本物の渡世人が今は少なくなったが。
橋本は警官達を旅館の番頭のようにニコニコ顔でマイカル警部を案内していた。
安ホテルの中で松本と安田が待っていた。警官たちに浜口と、もう一人を引渡しさえに、警官が松本達にお礼を述べた。お礼を言ってくれるのは良いが、浜口ともう一人は顔が腫れあがり腕などにも傷痕が見られた。あきらかに暴行を加えた痕だ。それでも礼を言われた。戸惑う松本達をよそにマイケルは健にも笑顔で囁きかけた。
「どうですか堀内さん、彼等に特別報奨金でも出しましょうか」
健は松本に、その話を日本語で伝えた。すると松本は手を横に振って。
「とんでもない。礼を言われただけでいい。警察署に行くだけでゾッとするよ」
健には松本の冗談とは受け取れない言葉に、思わず声をだして笑った。
それは本当に久しぶりに見る本物の笑顔だった。心の底から笑みがこぼれた。
あとはシンガポール警察の仕事、松本等も組の仕事を見事に成し得た訳だ。
大威張りで帰国出来るだろう。そして四人はその夜、盛大に飲み歩いた。
松本は健の為に浜口から拷問を重ねた末に、沖田の居場所を吐かせていたのだった。
要山和尚夫妻、つまり小夜子の両親殺害犯の、宮崎と浜口は片付いた。
残りは最後の実効犯沖田勝男と黒幕の盛田一政だけだ。そして沖田の所在が明かされようとしていた。
松本の話では沖田が日本に帰って居て、盛田のボディーガードに廻されたらしいとか。
卑劣なことを重ねている為に、最近も盛田は恨みを持つ者に襲われたらしい。
それで再び沖田がボディーガードを引き受けることになったようだ。
もっとも沖田は表には顔は出さず、影のようにガードに張り付いているらしいが。
浜口の話しに戻るが松本は、どんな手を使って浜口を吐かせたのかと、健が聞いたら注射器を買って来て、怪しげな白い液体を浜口に注射したらしい。驚いた浜口は当然自分が麻薬を扱っているから、てっきり麻薬を打たれたと思い込み、このまま注射を続けられたら廃人にされると思ったようだ。拷問はこれに限ると思っているのか松本。麻薬は誰もが恐怖のようだ。麻薬の恐ろしさを知っている奴には効果適面だったようだった。
今宵は松本達や健にとって、最高の宴になった事は云うまでもない。
つづく
- Re: 君の為に ( No.80 )
- 日時: 2021/10/16 09:26
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 79
健、小夜子、松本、橋本それに健の同僚のジミーサットンと、五人でリゾート地に来ていた。沈み行く夕日を見ながら、小夜子の快気を祝って宴が進んでいた。
「みなさん本当にありがとう。今夜は最高に嬉しいわ。でも健もみなさんも危険な事はしないでね」
中でも橋本はホットしていた、命の恩人が元気になって。松本が笑いながら云った。
「小夜子さんもね。橋本や俺達を助けてくれるは有難いが、何かあったら堀内くんに俺たちは殺されかねないからさ。暴れちゃあ駄目だよ」
みんなはドッと笑った。健も心から喜んだ。シンガポールに来て最高に嬉しかった。
本当に最高の宴だった。そして祝福してくれた彼らは再会を楽しみに帰って行った。
シンガポールを離れる前に、二人の想い出を作りたかった。リゾートホテルの一室で、健と小夜子は暗くなった浜辺を、ホテルの窓から眺め小夜子の肩を、そっと引き寄せる健。
「小夜ちゃん……」
「なぁにケン……」
暮れ行くシンガポールの夜景を見ていた二人が、ほんの少し言葉を互いに交わした。
健は優しく小夜子の頬を包むように両手で触れた。
その小夜子の瞳が、キラリと光って雫が頬を滑り落ちて行く。
健は、その濡れた瞼にそっと唇をあてた。
小夜子は、健の大きな背中に両手を回した手が震えていた。
やがて健の唇は、小夜子の引き締まった薄い唇に触れた。
健は窓辺のカーテン閉め、小夜子を抱きしめたまま静かに体を引き寄せた。
とても長い時間に感じた。健と小夜子の永く熱いキスが終わり唇から離れた。
それでも二人の眼は互いを潤んだ瞳で、見つめ合って離さない。
恥らうように小夜子は、ブラウスのボタンを外して行く。
それは眩しい程の、均整のとれた白く美しい裸身の姿だった。
「ケン……私の我が侭を聞いてくれる? 私が健に必要な女なら、この身をこの心を全て貴方に奉げるわ。そしてケン愛しているわ」
小夜子の潤んだ瞳が健を捉えて、真剣な愛の告白であった。
「ありがとう、僕はいやオレは小夜ちゃん。君の為に生涯を掛けて君を守り、君を愛で包んで生きて行く、そして幸せを約束するよ」
健は小夜子を強く抱きしめ、小夜子も、それに従って健に包まれて行く。
健と小夜子の記念すべき、愛のメロディは心地よく流れていった。
シンガポールの夜は、今日も暑く、そして熱く二人を包み込んでいった。
つづく
- Re: 君の為に ( No.81 )
- 日時: 2021/10/28 09:11
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 80
それから間もなく健は、T.T探偵事務所を退職した。小夜子もまた旅行会社を退職した。世話になった人たちとも別れの挨拶を済ませて二人はシンガポールを離れる日がやって来た。ラザリナにも悲しい別れを伝えた。その神秘の眼が潤んだ事が切なかった。
「やはり貴方は遠い国の人、いずれお別れする時が来ると覚悟していたわ。本当はとても悲しい。でも貴方と遊んだ思い出を大事に生きて行くわ」
丁度イライラして居て自棄になっていた。その点ではラザリナに救われた。
流石にラザニアと事は小夜子に話せる訳がない。シンガポール夜景とラザニアの想い出は心に閉まって置こう。
二人はチャンギ空港に来ていた。でも犯人の一人に制裁を加えられた。
そして仲間というか友人も出来た。大きな成果と言えよう。
なんと、チャンギ空港に見送りに来たのはジミーサットンの他に、あのマイケル、ワン警部まで来ていたのだった。健と小夜子の職場の人達も大勢来てくれていた。
健は苦笑しながらも其れ程までに、自分を必要としてくれるのが嬉しかった。
「健! あのマイケルと言う人は、どんな人なの」
健は小夜子の体調や精神的に負担を掛けたくない為に、浜口の拉致の事やシンガポール警察から合気道の指導の話はして居ない。浜口が逮捕された事だけは知らせてあった。
「話そうと思って居たのだが、小夜ちゃんの体調が回復してからと思い、小夜ちゃんが入院している間に何度も頼もまれてね、警察で合気道を教えてくれと頼まれていたんだ。最終的には小夜ちゃんと一緒に決めようと思っていたのだよ」
「えっ、どうしてそんな事になった訳」
「ホラ、あのハイジャック事件の時に、警察の偉い誰かが見て居たんじゃないのかな。それより師匠の技を広く伝えたいんだ。それが弟子の務めじゃないと思って」
「そう、もしかして将来。ケンがシンガポールの警官になったりして」
「うん。それも悪くないね。でも」
「健が気にしているのは分るわ。でも日本じゃないから大丈夫よ」
健は高校時代から警官に憧れていた。それもあの事故で全てが夢となっていたのだ。
あれから八年。遠い記憶が蘇る。原田の分まで強く生きなくてはと、健は飛行機の窓を見ると、もう日本の上空を飛んでいた。
つづく
- Re: 君の為に ( No.82 )
- 日時: 2021/10/31 16:01
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 81
最終章 君の為に
第二節 日本帰国
やがて翼の下に富士山が見えてきた。久し振りの祖国、日本の景色、日本の象徴とも云うべき富士山は、やはり心温まる。その富士山は雄大な姿を見せて出迎えてくれた。
飛行機はいよいよ着陸態勢に入り、成田空港の滑走路に轟音を響かせて逆噴射を開始した。急激にスピードが落ちて滑走路を走ってゆく。久振りの日本だ。気持ちが落ち着く。
まだ日本は朝の七時だった。成田空港から電車で東京駅に出て、健と小夜子は東京駅で一端、降りて軽食を注文した。久しぶりに飲む日本の珈琲は本当に旨かった。
小夜子もだいぶ回復してきたが、いま暫く休養が必要だった。
東北新幹線に乗り換えて、やまびこ号は滑るように盛岡駅ホームに到着した。
故郷の景色は、しっかり晩秋を迎えていた。四季のある日本はやはりいい。
正堂寺の面影を残した門が見えて来た。今は主を失った別棟の小夜子の生家に一年振りの部屋に明かりが灯る。二人は部屋中の窓を開けて森の空気を部屋に入れた。
そして小夜子が両親の仏壇を開けて、位牌を前にしてロウソクを灯すと。
線香から煙が部屋に広がった。仏壇にゆっくりと手を合わす小夜子。
「お父さん、お母さん長い間留守にして御免なさい。健と私はシンガポールに行って来ました。そして健の、お陰で二人を警察に引渡す事が出来ました。もう少しです。どうか其の間、私立ちを見守っていて下さいね」
小夜子は在りし日の両親の笑みが想い浮かべていた。続いて健が仏壇に向かって手を合わせた。線香の煙が部屋中に漂う中、正同寺に来た日を想い浮かべていた。
「師匠、奥様ご無沙汰しております。小夜ちゃんと力を合わせて、これからも生きて行きます。間もなく良い報告が出来ると思います。ご安心ください」
二人は簡単な、報告を終えて縁側に座った。その庭で稽古した日が蘇る。
健が初めて訪れた時の正堂寺は、師弟達で活気が溢れていた。だが今は誰も居ない。
今は池も寂しく、周りの樹木も晩秋の寒さに、落ち葉も池に散って在りし日の光景が、二人の脳裏に浮かんだのだった。今も稽古の掛け声が聞こえくるようだ。
しばし沈黙のあと、健がポチリと小夜子に言った。
「小夜ちゃん俺、盛田開発の周辺を探って見ようと思うのだが」
「じゃ、私も行くわ」
小夜子の眼は早くも、退院当時の弱々しい表情は消えて、あの機敏で合気道の有段者の顔に変っていた。もう少しだと云う気負いもあっのだろうか。
「小夜ちゃん。まだ体調が戻ってないし、第一危険だから無理だよ」
「私は大丈夫よ。健の気持ちは嬉しいけど、私だって健に任せてジッとして心配ばかりして居るのが耐えられないわ!」
「しかし……」
健も返答に困った。小夜子の気持ちは充分、分るだけに心苦しかった。
暫し沈黙が続くと、二羽のキジが池の後ろの、森からバタバタと飛び立っていった。
つづく
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