ダーク・ファンタジー小説
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- 君の為に
- 日時: 2021/01/03 09:55
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
『君の為に』
この物語は昭和から平成に変って間もなくの頃、北陸は金沢で大学生が空手の稽古中に誤って親友を死なせてしまい、一九才の少年(堀内健)は苦しみ大学を中退し岩手県にある名勝、浄土ヶ浜近くのお寺へ精神修行する所から始まる。その寺の住職は合気道の達人で大勢の門下生に教えていた。その一人娘(小夜子)女子大学生も幼い頃から合気道を学び有段者であった。堀内健は修行して住職から色んな事を学んだ。精神面も強くなりまた合気道も教わるが、その小夜子の父である両親が何者かに殺された。堀内健にとっても大事な師匠である。小夜子はその犯人を追って、青年となった堀内健の力を借り犯人を追って岩手-東京-シンガポール-岩手へと修行から合わせて八年間にも及ぶ過酷な戦いと共に芽生えた愛と復讐の物語である。
『前回投稿した、宝くじに当たった男に続く長編ものです』
前回同様宜しくお願い致します。
- Re: 君の為に ( No.1 )
- 日時: 2021/01/07 19:43
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 1
プロローグ
田園が延々と続くのどかな風景の中をローカル列車が走って行く。列車が次の停車駅手前でスピードを緩めて、やがて停まった。
ここは何処なのだろう? 今なぜ、此処に居るのだろうか。
列車が停まる音で目が覚めた。まだ意識が眠気で朦朧としている。
なにげなく車窓から見える外の景色を見た。窓の外には土手があり川が流れている。
白いユニフォームを着た学生らしき者達が土手をジョギングしている。
どうやら野球部のようだ。その後から自転車に乗り追いかけている女子生徒。きっとマネージャーなのだろうか。自分にもそんな時代が、あった記憶がある。いま思うと一番楽しかった頃かな。
当時の北陸を走る列車の大部分は電車ではなくディーゼルエンジンを使う。別名ディーゼルカーと呼ばれていた。
列車はまた静かに動き始めた。やがて列車は彼らに追いついて、追い越して、そして彼らは、どんどん小さくなり見えなくなってしまった。まるで自分の過去が消え去るように。
「高校時代か……」と呟く。通り過ぎた過去を置き去りにしたままの心。……
時は昭和から平成に変って間もない頃だった。大学をスポーツ特別推薦適用で無事に入学を果たせた。順風満帆で未来は明るかった。それは高校時代に空手のインターハイで優勝が評価されたからだ。その原田も同じだ。高校時代からのライバルで大の親友だった。最高の青春と充実した日々、何も恐れる物はなかった筈なのに。しかし人生は常に良い日ばかりとは限らないようだ。
そしてあの日、忽然と、その事故が訪れようとは夢にも思わなかった。
脳裏に浮かぶのは、あの惨劇が起きた体育館だ。はっきりと思い出せる。
「よう堀内、調子はどうだ。いよいよ全国大会だな。もうこの日をどれだけ待っていたか。勝ち抜いてやるぞ! 負けないからな張り切っていこうぜ。もうすぐだ」
そうだ。あいつは、あの日そんな風に堀内に声を掛けて来た。
あいつは大学二年生ながら、堀内と一緒に出場メンバーに入っていた。
暑い日も寒い日も一緒に練習をして、頭から水道の水を被ったこともあった。
そんな彼等の様子を、いつも楽しそうに見ている早紀が呆れた顔して笑っていた。
あいつには早紀という名の彼女がいたんだ。よほど原田のことが好きらしい。
堀内は羨ましくもあり、だが今は彼女より空手が強くなりたい方が、勝っていたのかも知れない。人には良く言われた。お前は奥手じゃないかと。
あの日が頭の中に鮮明に映し出される。ビデオテープが再生されるように何度も。
あれは生まれ育った金沢の大学で空手部がよく使う体育館だった。
堀内は今朝から、なんとなく嫌な空気が感じられていた。それが予兆だったとは……。
いつも通り体育館で空手の稽古をした。
相手の原田徹は今日に限って何故か気合が入り過ぎるような感じがした。
「リャアー」原田の鋭い正拳突きだ。確か上達している。
全国大学空手道選手権も近いことから、お互いに気合が入っていた。
今度は原田の上段突きが鋭く唸る。シュッーと空気の裂けるような音がする。
堀内はステップバックして交わしながら右回し蹴りを放った。原田の脇腹を狙ったのだが。
その時だ! 原田は床に落ちた汗で滑ってしまった。体制が崩れて運が悪く俺の放った回し蹴りが原田の顔面の少し横を直撃してしまった。
ミシッ! いやな音が微かに感じられた。(アッ)と堀内は叫んだが遅かった。
原田がもんどり打って倒れた。みるみる顔が青ざめて目が虚ろになって行く。
「オイ! 原田? 大丈夫かぁしっかりしろ」
堀内はすぐ彼を支えたが、だが原田は弱々しく力が抜けて行き意識を失った。
「だっ誰か! 救急車を呼んでくれ!」
他の部員たちも見ていた。誰かが電話してくれたらしい。サイレンの音が聞こえてくる。
やがて原田は救急車で運ばれた。どうしてこんな事に……俺は自問自答した。
堀内も救急車に乗って原田と病院に入った。すぐに緊急治療室に運ばれ手術が行われた。
それから原田の両親や学校関係者の人達が、病院の待合室に集まって来た。
堀内も気が動転していて警察関係、原田の両親、学校関係の人達に何度も事情を説明したが勿論、体育館に居た同僚達もその状況は目撃していて成り行きを説明していた。
長い手術の結果、脳挫傷と診断された。つまり蹴りが原田の脳を傷付けた。
脳挫傷は意識不明の状態が続き、運が良ければ正常に戻る場合もあるが。
だが大概はそう簡単に回復しないし、長期のリハビリである程度回復するが以前と同じような生活出来る保証はない。そして最悪の場合は意識のないまま亡くなる。
勿論運が良い方に掛け祈るばかりだ。ただただ原田の回復を祈るしかなかった。
しかし原田は無情にも意識不明の状態が続く。
それから三日目奇跡的に原田は目が覚めた。だが然として危険な状態が続いていた。
俺は毎日、原田のベッドの側で回復を願っていたのだが。
その三日間はほとんど眠っていなかった。いや眠れる訳がない。
「原田、ごめんな」
病室のベッドで、傍に居る俺に原田が俺に気がつくと、ゆっくり語りかけた。
「ほっ堀内か、し心配するなよ。俺がバランスを崩したから悪いんだ」
原田は弱々しげに語った。そんな事ないと俺は顔を横に振ってみせたた。
「す、すまん許してくれ原田。足が止められなかったばっかりに、あの蹴りが……」
そう言って原田の手を何度も握り返したが、だが依然として原田は予断の許さない状態が続いた。翌日に無情にも原田は再び意識が薄れて行った。
それから願いも空しく、もう二度と原田は目が覚める事はなかった。
つづく
- Re: 君の為に ( No.2 )
- 日時: 2021/01/09 10:38
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 2
一週間後、昏睡状態のまま意識を取り戻し事もなく、原田は眠るように天国に旅たった。その衝撃は余りにも大きかった。親友を死なせた。人を殺してしまったのだ。それも大の親友を詫びても詫びても許されない事だ。原田の両親に俺は何度も何度も詫びた。声を出して泣いて詫びた。
警察が調べた結果では、大勢の目撃者の証言と現場検証の結果。偶然の事故として処理されたが、原田の両親の気持ちを考えると偶然で済まされる事じゃないのだ。
人を殺して無罪で良いのか? どう償うのだ。侘びて済むわけはない。
堀内は苦しんだ。原田の父親は「事故だったんだ。仕方がない」そう言ったきりだった。
母親には会いたくないと言われた。息子の親友が過って死なせても許される筈がないのだ。そして原田の恋人早紀は俺に「どうして?」と言って絶句してしまった。
私の彼を返してとは言わなかったが、理由がどうあろうと原田を殺してしまった。まだ大学二年生。十九才の重圧は想像以上のものだった。心は闇夜の世界に変わった。どうやって親友に償えば良いのだ。葬儀に参列した人達の囁く声が微かに聞こえてくる。
「事故なんだって」
「練習中に誤って、頭を蹴られたらしいわ」
「その相手って あの子なの?」
その一言一言が心にグサリと突き刺さる。体をナイフで刻まれる思いがする。顔はゲッソリと頬がこけて、若い青年とも思えない姿だった。
普段はガッシリとした体格のわりには顔が面長で口数が少なく、控えめな態度が気に入られたのか、女性達には時々声をかけられた。初心だった堀内はそれには照れて、つい空手に入れ込む青年だったのだが。四十九日が過ぎて早紀に再び謝ったが笑顔は返してくれなかった。仕方のない事だ。
その景色は回想シーンの録画々像のように、原田のありし日の姿が浮かぶ。もう習慣になったように、あの時のシーンが寝ても覚めても繰り返し頭に浮かぶ。
これ程まで繰り返されるならビデオテープも擦り切れる筈だが、脳に刻まれた記憶は切れる事はなかった。
車窓から見える景色は流れる小川に太陽の光が反射しキラキラと輝く。
また弁当を一口、口に入れて外を見る。そしてまた当時の事が浮かんで来る。
あの事故から二ヶ月半が過ぎた頃。ひぐらし蝉がカナカナと墓地の木々から聞こえてくる。俺は原田の墓に線香を供えていた。その時だった。原田の両親とバッタリ会った。
「堀内くん。今日も来ていたのかい」
堀内は黙って深く頭を下げた。それしかなかった。以前は原田の家には何度も遊びに行っている。いつも暖かく迎えてくれた両親だったが、今は原田の両親に笑顔はなくなり当然あれ以来、笑顔が消えた。逞しい体が廃人のよう変わっていた自分がいる。
「堀内くん。もういいよ。息子も分かっているさ、君の気持ちはもう充分だ。私達も分かっている。君も強く生きてくれ息子の分までな」
堀内健は無言で大きな体を折り曲げて挨拶をしたが、滴る落ちる涙が止まらなかった。
それからも彼の墓参りが続いた。見かねた大学の吉田教授が俺の家を訪ねて来た。吉田教授は空手部の顧問でもあり、原田と共に二人の理解者でもあった。その教授が進めてくれたのは、東北のある寺へ行って見てはどうかと言う事だった。
それから半年が過ぎて二月もまもなく終わる頃、堀内はやっと決心した。原田の両親に東北の寺に行く事を説明し了解を得て、そして今この列車の中に居る。輝く未来が一瞬の出来事で一人は夢が適わぬ世界へ、もう一人の青年は大学も中退して輝かしい夢と希望を捨てて人生の修行の旅に出る事になった。
それはまだ若き十九歳。平成元年、春から真冬まで北陸での出来事だった。
つづく
次回 第一章 第一節 精神修行
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