ダーク・ファンタジー小説
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- 君の為に
- 日時: 2021/01/03 09:55
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
『君の為に』
この物語は昭和から平成に変って間もなくの頃、北陸は金沢で大学生が空手の稽古中に誤って親友を死なせてしまい、一九才の少年(堀内健)は苦しみ大学を中退し岩手県にある名勝、浄土ヶ浜近くのお寺へ精神修行する所から始まる。その寺の住職は合気道の達人で大勢の門下生に教えていた。その一人娘(小夜子)女子大学生も幼い頃から合気道を学び有段者であった。堀内健は修行して住職から色んな事を学んだ。精神面も強くなりまた合気道も教わるが、その小夜子の父である両親が何者かに殺された。堀内健にとっても大事な師匠である。小夜子はその犯人を追って、青年となった堀内健の力を借り犯人を追って岩手-東京-シンガポール-岩手へと修行から合わせて八年間にも及ぶ過酷な戦いと共に芽生えた愛と復讐の物語である。
『前回投稿した、宝くじに当たった男に続く長編ものです』
前回同様宜しくお願い致します。
- Re: 君の為に ( No.28 )
- 日時: 2021/03/04 19:44
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 27
そして宮崎は遂に白状した。両親を殺害したことを殺人を認めたのだ。
しかしその依頼者は巧妙に仕組まれ、依頼したのは盛田一政ではなかったと言う。
では、いったい誰がなんの目的で殺しを依頼したと言うのだろうか。
それならば誰が父を殺して特をすると云うのか?
要山和尚は絶対に人に殺すほど憎まれるような人間ではない。宮崎達に直接依頼しなくても、ワンクション置いて依頼している筈である。そうなるとやはり宮崎に直接依頼した人間が居る事になるのだが。
「じゃあ、お前と襲った他の二人は何処に居るんだ」
健は更に尋問した。警察の話では犯人は三人組だと聞いている。しかし地元の警察は、それまでだった。その後の捜査も形だけで本腰を入れている風ではなかった。
バックで盛田一政の、圧力と金が動いたのかも知れにない。
「良くは知らないけど、もう日本には居ない筈だ。たぶんシンガポールだろう」
「シンガポール? 嘘を言うな」
「ほっ本当だ。暫く姿を消すと言っていた」
「二人ともか、で名前はなんて言うのだ」
「浜口孝介と沖田勝男だ。年は二人とも三十二才もういいだろう」
他はなんど聞いても同じで、依頼したのは池袋の暴力団の若頭だと言う。
結局、分かったのはそれだけだった。それなら又その若頭を探さなくてはならない。
いや依頼人が変ろうが、池袋のヤクザが東北の田舎とどう繋がっているのだ。しかも縁もない寺の和尚を殺す理由はない筈だ。最終的には盛田一政に繋がる。
盛田一政まで届くには、多くの小細工した糸を解いて手繰り寄せるしかなかった。
直接犯行に及んだ犯人は他に二人、それもシンガポールとは。これからどうして探せばいいのか気が遠くなるような犯人捜しとなった。健と小夜子は茫然とした。
まさか海外に逃げていたとは、それでも追う。絶対に諦めないと健と小夜子は思った。
小夜子は警察に電話していた。間もなくパトカーが、けたたましいサイレンと共に数台の警察車両が取り巻いた。健と小夜子は宮崎とその仲間を引き渡した。
拳銃を所持しているだけでも罪は重い。殺人事件となれば尚更だろう。厳しい取調べが続くだろう。ここは東京だ。盛田一政の権力は通用しない。健と小夜子も警察署で詳しく事情を聞かれ、それも三日も掛かった。それと同時に過剰防衛も問われたが。
相手が拳銃を持っている事と、二人の心情を考えて警察も温情があったのだろう。不問とされた。二人は警察署をあとにし、健と小夜子には積る話も沢山あるだろうか、そのまま東京に戻った二人は、池袋西口の近くで落着いた雰囲気のレストランに入った。
とにかく宮崎とその連れは逮捕された。その連れの二人は余罪がない限り、たいした刑にはならないだろう。
しかし宮崎は他に殺人を犯している。更に取り調べれば沢山の余罪が出てくるだろう。
それらを含めて銃刀法違反と過去の犯罪が立証されれば、二度と社会に出て来られないかも知れない。当然の報いだ。人の命を奪うと云う事は、その人物の生涯を奪うと同時に、その肉親や友人などに、どれ程の苦痛を与えるか、過失ならともかく己の利益の為に人の命を絶つと云う、非道で残虐な行為は決して見逃されるものではない。
日本には死刑が法律で認められている一方で、その犯罪者の人権とか裁判で問い糺される。殺された者は人権までが消滅されてしまう。この矛盾はどう説明するのだろうか。
「健……ごめんなさい」
小夜子は迷惑を掛けたことを詫びた。だが、その潤んだ瞳がドキッとする程に美しくかった。健は笑った。小夜子は子供が悪戯をして、父に叱られるような表情をしたからだ。
「小夜ちゃんは、本当に無鉄砲すぎるから」
そう言いながらも健は微笑んだ。その笑顔は多分あの事件以来なのかも知れない。
「ねえ、怒っている?」
「ああ、怒っているね。どうして俺だけを置いて行くのかと思ったよ。それで師匠の一番弟子と云われた佐田さんに聞いたよ。小夜ちゃんは俺に気を使って。多分一人で犯人を捜そうとして居るのではないかと言っていたよ」
「それで私を追っかけて、影から支えてくれていたのね」
「すぐにじゃないけど、池袋周辺だと最初からそう思っていたよ。大学時代の友人が借りているアパートに転がり込んで、それから仕事を探してね」
つづく
- Re: 君の為に ( No.29 )
- 日時: 2021/03/07 19:40
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 28
やはり健は小夜子が東京に出た事に、気づいて後を追ったのだった。そして探偵社に勤める事になった。探偵社のイメージと云えば浮気の調査などが多いが、中には警察官出身の探偵社も多い。健はその警察官出身の経営する探偵社に勤めていた。
健には好都合の職場となった。小夜子を捜すにも楽だった。また探偵事務所の所長は健の武術に惚れこんだのだ。警察あがりだけに荒っぽい仕事も引き受けるそうだ。一般的には地味と言われるが、この事務所ではビビッていては、探偵屋は商売にならないのだ。
二人はテーブルに運ばれて来たワインで再会に乾杯をした。
「そうなの? 健はみんな、お見通しだったのね」
小夜子は子供ぽっく笑う。小夜子は健に迷惑をかけまいと頑張ったが、やはり若い女性としては心細かった。結局は健の力を借りる事になったが、もしも、また同じにように姿を消しても健はきっと探し当てて守ってくれる事だろう。
「小夜ちゃん、もう一人で行動しては駄目だよ」
どっちが年上なのか分からないほど、健の成長した姿がそこにあった。小夜子は思った。健は苦しい自分を捨てて心の強さに幅が出て来た事を。久し振りの再会に二人は嬉しくって、いつまでも会話が尽きなかった。
「ふ~ん……健ちゃんが探偵屋さんなんだ」茶化すように微笑む。
「だってね。一番いい方法だと思って、俺って案外、向いてないかい?」
「あのねぇ。シャーロック・ホームズと違うんだからね」
「そんなの分かっているよ。東京に来て小夜ちゃんを探しには一番いい方法だと思ったんだよ。お蔭で仕事をしながら小夜ちゃんを探しことも出来たしさ」
そんな話をしている処に料理が運ばれて来た。料理と云ってもパスタとデザートとワインだけだったが、同僚と何度か来ていてパスタが美味しいと云う評判の店だったからだ。
そんな時二人で聞き覚えのあるメロディが心地よい音量で流れた。
故郷に居た時、健と小夜子が好きな曲、尾崎豊の〔理由〕が流れていた。歌詞は流れていないが、♪僕は君を守るのに、僕は君の理由を奪う……最後の歌詞がそう唄われていた。
今の健にピッタリの曲かも知れない。宮崎と戦った時の表情とは全く違う二人の微笑ましい姿だった。
二人は暫らくワインを飲みながら、その曲に耳を傾けた。二人で海辺にラジカセを持って行き黙ってその曲を聴いていた事が想いだされる。丁度、健も立ち直りかけて互いに恋を意識し始めた頃だろうか。いま思うと本当に幸せな時だったかも知れない。
「ねぇ健この曲を覚えている?」
「ああ、忘れられない想い出の曲だよね」
しかし現実は、あの時のような穏やかな日が、いつやってくるのか。失われた日々は、父と縁側で話し。母はそれを嬉しそうに聞いていた。あの日は二度と帰る事はない。
ふっと、小夜子は故郷で両親の過ごした日々を思い浮かべていた。
やがて曲が代わって現実の世界に戻された。そうだ。健が探偵の話をしていたんだ。
「そうねぇ、でも探偵の仕事って、危険な事はないの?」
探偵業はTVドラマ見たいにカッコいい仕事ではなく地味な素行調査の連続で、苦労の割には報われない職業だろうか。その探偵業が多いのは世の中には秘密が多く互いに疑うようになり、その結果として探偵に調べてもらう。なんと切ない世の中なのだろう。
「小夜ちゃん、これからどうするの」
「これからって? いいわ。それまでショッピングに付き合って。いいかしら」
「うん、分かった。それで何を買うの」
「特に決めてはいないわよ。見てから決めるの。いいでしょう」
二人はサンシャインシティーに向かった。そこは沢山のテナント店で形成されたショッピング街だ。小夜子は健と並んで歩き、どちらからともなく手を繋いで歩いていた。
小夜子が突然、足を止めた。なにか気に入ったのが見つかったらしい。
「ねえケンこれ良くない。ホラね」
小夜子がウィンドウを指差した物はペアのネックレスだった。小夜子は目を輝かせて見ている。やっぱり小夜子も年頃の女性だ。少なくとも今はデートしている普通の女性だ。
小夜子は、ひと時の幸せを健と二人で分け合いたかったのだろう。
「ええ~~俺がネックレスをするの」
「そうよ、嫌なの? ねえ嫌なの」
小夜子は、茶目っ気たっぷりに健を睨みつけた。健は照れ屋だ。恥ずかしいのが半分と小夜子と同じ物を身に付けて置きたいのとが半分だった。結局は小夜子に押し切られて買うことに決めた。シル バーのネックレスは小夜子、ゴールドは健がする事になった。
それから数日後。二人の休みが合ったその日に決めた。その日の十時頃二人は車の中にいた。海を見たいと云った小夜子の希望を受け入れて二人は神奈川の湘南海岸に向かった。二人は池袋から首都高速に乗って、第三京浜経由で湘南に行くコースを選んだ。
健は探偵社の車が与えられていた。通勤や仕事に使っているが、ガソリンさえ入れれば自由に使っていい事になっていた。商業車だからと云って会社の名前が入ってはいない。
探偵屋は社名を入れたくても、入れられない事情があるわけだ。
神奈川県 湘南海岸は言わずと知れた人気のある海岸だ。関東でもっとも若者などに有名な海岸。そして海水浴場である。かつての人気俳優も、ここに良く足を運んでいた。
今はではサーフィンを楽しむ、若い人が多く真冬でもサーファーの姿が数多く見られる。
梅雨の合間の澄み切った青空は、真夏を思わせる陽気だった。海岸には沢山のサーファーが思い思いのウエットースーツに身を包み、海岸一体に若者達の楽しむ姿があった。
海はあまり綺麗とは言えないが、それなりの波が、あれば充分に楽しめるだろう。
つづく
- Re: 君の為に ( No.30 )
- 日時: 2021/03/09 21:19
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 29
二人は車中でいろんな話をしながら湘南海岸を目指していた。東京で初めて二人でのドライブなのに、本当は楽しい話だけをして居たかったが。どうしても話し合って置かなければならない事がある。小夜子の両親を殺した犯人がシンガポールに居るという。何がなんでも罪の償いをさせないと。健と小夜子には幸せが訪れないと決め込んでいた。
出来れば互いに、今すぐにでもシンガポールに行きたい気持ちでいっぱいだったが、ただ東京に来て日が浅い、それなりに準備が必要だった。実行犯の二人、そしていずれ追い詰めて行かなくてはならない。盛田一政に法の裁きを受けさせてやるまでは、そう二人で話し合った。今はその時期が来る迄このまま仕事を続けるしかなかった。いわば充電期間というべきか、二人はいっときの幸せを確認して置きたかった。
やがて塩の香りが車内にも入って来た。左手には海岸の青い海と白い波が見え来た。
「小夜ちゃん、まもなくだよ」
「わぁ~海よ! ケン久しぶりだわ」
二人は海岸添えにある駐車場に車を停めて海岸に降りて行った。健と小夜子は、そんな海岸の砂浜で腕を組んで歩いた。あの浄土ヶ浜とは、また一味違った関東の海だが、やはり海はいい。人の心を癒してくれる。昔からよく言われるが、夏の海で生まれる恋も多いと云う、海を眺めているとロマンチックな気分にさせるからだろうか。
そしてもうひとつ云われる事がある。夏に生まれた恋は、秋の枯葉と共に散って行くと云う節もある。人々は季節と情景に心が動かされるのか?
別れた恋人同士は、その枯れた落ち葉を見て涙を流すのだと云う。恋愛にも四季があるとしたら健と小夜子は今、冬の季節に入ったのだろうか。それも、いつ春がやってくるか分からない。
それでも愛する心の中だけは、暖めておきたいと思っていた。
この幸せな、ひと時を噛み締めるように、ゆっくりと歩いていた。
出来るものなら、いつまでもこの時間が続いて欲しいと願う二人だった。
「嬉しい。健と一緒に居られるなんていつまでも、こうして居たいわ」
小夜子にとって、いや二人にとってデートらしいデートは、あの金沢の小雪舞う寒い日だった。健の故郷に里帰りした時、そして原田の墓参りへ、二人で尋ねた厳しい寒さの冬以来の事だった。だがその後に悲劇がやって来た。それが小夜子の心は大きく残っている。幸せの後にまた不幸がやってくるのではないかと言う不安が付きまとう。
「小夜ちゃんと一緒に居られるなんて最高だなぁ」
健は一人事のように言った。本当に嬉しそうな健の笑顔であった。
「ウフッ本当? 素直に喜んでいいのかな」小夜子は微笑んだ。
健は小夜子の肩に手を廻して引き寄せて抱き締めた。二人の瞳が見つめ合う。
急に小夜子が黙り込んだので、健は心配して声を掛けた。
あれ? 小夜ちゃんどうしたの。難しい顔をして」
あっごめん。健と金沢に行った帰りの事を思い出したの。あの時は寒かったけど、こんなに幸せで良いのかなと思っていたら。あの痛ましい事件が起きたでしょう。だから今、健と二人で幸せな時間が逆に怖くなったの」
「気持ちは分るけど幸福の後に不幸がやってくるとは限らないよ。俺は小夜ちゃんを守るから命を掛けても」
「もう、そんな慰め方って変よ。どうして健が命を掛けるなんて言うの。健にはもう危険な目に合って欲しくないの」
小夜子は目に涙を溜めて訴えた。
「ごめん、ごめん。言い方が悪かった。それだけ小夜ちゃんを愛していると言うことだよ」
「愛している? 初めて健から聞いちゃった。アイシテイル」
言った健は思わずテレた。女性には疎い健が愛していると言って顔を真っ赤にした。
小夜子は笑ったが心の中は熱くなり嬉しかった。これが恋であり愛でもある。
心の中を曝け出すようで、日本人には照れくさくて余り言えない言葉だが、外国人は簡単にアイ・ラヴ・ユーと挨拶変りに言うが日本人の(愛している)は重みのある愛情表現であり美しい言葉なの だろう。
熱い視線が言葉を奪った。お互いに握る手の力がギュッと強くなって小夜子は健の方に首を傾げるようにして健の横顔を見る。気丈にも一人で立ち向かった小夜子の姿とは、うって変わって、恋する乙女の顔に変わっていた。
海岸は若者達サーファーが、そんな二人の光景と関係なく相変わらず夢中で戯れていた。それは、のどかな夕暮れ時だった。
つづく
- Re: 君の為に ( No.31 )
- 日時: 2021/03/12 20:10
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 30
第三章 犯人の行方
第一節 行方不明者
東京の夏はアスファルトに強く照り付ける日差しが続いて、道行く人は汗だくになっている。平成四年八月に入って堀内健は探偵事務所で事務を取っていた。
そんな時一本の電話が入った。事務所には他に事務員の女の子が一人居るだけだ。
「ハイ、KG探偵事務所ですが」
「もしもし私、前田と申しますが。人を探しているのです。相談を、お願いできますか」
「ハイ、詳しい事はこちらに、お出で下されば相談出来ますが、あの場所は分りますか? 私は担当の堀内と申します。ええハイ。お待ちしております」
明日、その前田と名乗る女性が、午後一時に尋ねてくる事になった。それほど大きな探偵事務所ではないが、どちらかと云うと他所で解決出来ない事も請け負っている探偵事務所で個々の事情を抱えた客が、相談にやってくるので業界には知れ渡っていた。
健は小夜子と休みを利用して食事やショッピングと仕事の合間を、縫って楽しく過ごして居たが。あの犯人の二人の行方は未だに進展していなかった。
前田と云う女性が約束の時間に尋ねて来た。水商売風の女だった。自分が非番の時は電話番をして依頼を受けると、電話を受けた本人が担当するのが、ここでは基本だった。
「どうぞ、お掛けください」
健は応接室に、その前田と云う水商売風の女を、通して話しを聞く事にした。
「実はちょっと頼みにくい事なのですが、あの~矢崎組って知っていますか」
健はいきなりヤクザの組の名前を出されて、えっと思ったが小夜子から、その組に面白い男がいると聞いた事がある。多分、その矢崎組のことだろう。
「ええ知っていますが、その組の人を探しているのですか」
「そうです。其処の組員で森元彦って言う人が行方不明になって、ずっと探していますが、どうしても分らなくて、お願いにあがった訳です」
ヤクザ社会は情報網に関しては、警察に匹敵するくらいの情報を持っているが。
それでも見つからないか、あるいは秘密にしなければならない事情があるからだろうか。
健は尋ねた。ヤクザが行方不明と云うことは、ある意味で死を意味する。
それなら組に相談した方が早い訳だが、やはり云えない事情を抱えて来たのだろうか。
「それで顔写真とか年齢や特長が、あれば探し安いのですがね」
「ええ、今日は写真を持って来なかったのですが」
前田と名乗る女性と、その森と云う男と、どういう関係なのだろう。姓も違うし夫婦ではなそうだが、俗に云うヤクザの女と云う処かも知れない。彼女は普通ヤクザが行方不明になっても探偵なんかに依頼しないが。余程の事だろう。写真と特長など資料を貰って捜査する事にした。前田と云う依頼主の女性は、連絡先に名詞を置いて帰って行った。
夜になって健は、小夜子と連絡を取って待ち合わせる事にした。
つづく
- Re: 君の為に ( No.32 )
- 日時: 2021/03/15 18:01
- 名前: ドリーム (ID: JbG8aaI6)
君の為に 31
池袋の東口、ロゼーヌと書かれた喫茶店に入った。健も小夜子も喫茶店が好きだった。それも少し大きめで、ゆったり出来る場所を好んだ。
こぢんまりとしているが、なかなか洒落た店だ。昔で云う純喫茶的な雰囲気の店だ。
「小夜ちゃんさぁ、矢崎組に知り合いが居ると言っていたよね」
「ええ確かにヤクザだけど。とっても良い人達なのよ。私にヤクザの友達が居るなんて変でしょうけど、経緯は前にも話したわね。それがどうかしたの」
小夜子は怪訝そうな顔をした。
「それがね。今日その矢崎組の森元彦って人を探してくれって女性の依頼主が相談に来たんだ。矢崎組って聞いた時に、小夜ちゃんから聞いた事を思い出してね」
「ふ~ん。変わった依頼ね。松本って人に聞いてあげる。友人と言ったら変だけど。ひょっとしたら何か分かるかも知れないしね」
小夜子は照れながら言った。ヤクザと自分を結び付けるのが照れくさかったようだ。
「でも小夜ちゃん。変な友達が出来たものだね」
と健は苦笑する。健と小夜子は眼を合わせて笑った。
「本当にね。東京に来てヤクザと。知り合いになるとは思わなかったもの。私ヤクザってみんな怖くて、悪い人ばかりと思っていたの。でもあの人達。見た目は怖いけど話しいると飽きないし、楽しい人達ばかりなのよ」
健はそんな経緯を聞いていたが、余りにも可笑しい組合せだと思っていた。健から頼まれて翌日、小夜子は矢崎組の松本と橋本に会っていた。相変わらず冗談が上手い。
橋本はレストランで初めて会って、小夜子の同僚に文句を付けた男だった。再び松本達と再開してカラオケに行って以来の知り合いだった。今では〔お友達〕的、存在だ。
「小夜子さんの頼みなら、どんな事でも言って下さい」
あれ以来、小夜子と同僚の笹本啓子達と二度ほどカラオケに行っている、
勿論、彼等は心得ていた。決して小夜子達の職場に行かないし電話も直接しなかった。
松本と橋本は、小夜子の強さと明るさ美貌に惚れ込んでいた。また小夜子と友達になれた事を誇りにさえ思っているようだ。不思議と会話には飽きさせない話術をもっている。これが女性を引き寄せる力? とんでもない奴らだが何故か、爽やかな関係が続いていた。
その話を聞いて先に口を開いたのが橋本だった。
「そう言えば森の奴、最近見た事なかったが。行方不明とは知らなかったなぁ」
「ようがす! 俺達、組の人間でもあるし必ず探して見せますよ。なぁ橋本」
松本は胸を張って小夜子に応えて。橋本に同調させたのを見て、小夜子は苦笑いをした。
「ありがとう。私みたいな小娘の願いを聞いてくれて。うれしいわ」
「何を言ってるんですか、小夜子さん。そんな顔して、すげぇ怖いだから」
「あら松本さん、それって合気道の事を言っているの? あれは武道よ。父が合気道の師範をやっていたから、私も子供の頃から習っただけですよ」
つづく
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