二次創作小説(紙ほか)

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 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

AsStory /予告用中編 『二人の精霊王』
日時: 2015/09/20 00:30
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 3qG9h5d1)

初めまして!
書き述べると申します。


 この作品は以前、シリアスのカテゴリーだったのですが、第七話からはこのサイトに投稿されている他の方の作品の内容を混ぜ込ませていただくことになりましたので、このジャンルに引っ越してきました!

カキコ内二次(合作じゃないですよ)……結構珍しい様な気もします。

混ぜ込む作品は——
『Enjoy Club』(作:友桃様)
です!
そして
『ウェルリア王国物語』(作:明鈴様)

ぇ、二つもやって大丈夫なのかって?貴様のプロットどうなってるんだよって???

(黙殺。。。。。。)



1点注意していただきたい事が……。
冒頭でも触れておりますが、もともとシリアス・ダークの作品なので、そのカテゴリー特有の表現があるかも知れません。できるだけグロい表現は使わないつもりであはりますが……。


更新の間隔が2か月空いたりすることがよくありますが、寛大な御心で受け入れてくださいますと大変有り難いです!


【最新話直前の状況】

(現在修正中・・・・・)




【お客様(引っ越し前の方含みます)】
  アメイジング・グレイス様
  アサムス様
  友桃様
  通りすがりの者です。様
  (朱雀*@).゜.様



【目次】

◆◆ 序章 ◆◆

 1話 >>1

 2話 >>2-3

 3話 >>4-5

 4話 >>6-11

◆◆ 第一章 ◆◆

 5話 >>12-13

 6話 >>14-19

 7話 >>21-25

 8(1)話 >>29-31

 8(2)話 >>38 >>41 >>44 >>46 >>48 >>51 >>53 >>58 >>60-61 >>63-64 >>70-75

 9話 >>81-82 >>87-88

 9(2)話 >>90-91

 9(3)話『時空間操作システム』 >>95-96

 9(4)話『副長官、乱心』 >>98-100

 9(5)話『時間ときを越えて』 >>105-107

 9(6)話『地を駆る鳥』 >>110-114

 10(1)話『ひかり、在れ』 >>118-119

 10(2)話『幕開け』 >>129-132

 10(3)話『交錯する時間とき>>142-153

 10(4)話『混迷に魅入られし者たち』 >>160-166

 10(5)話『絶体絶命』 >>172-175

 10(6)話『PMC、対陸軍攻撃陣』 >>180-189

 10(7)話『突入』 >>192-197

 10(8)話『スナイピング』 >>200-204

 10(9)話『ひかり、在れ』 >>209-210 >>213-214 >>227 >>229-230


◆◆ 第二章 ◆◆

 11話『逃走』(更新中) >>232-239


〜〜小説紹介〜〜
『☆星の子☆』((朱雀*@).゜. 様) >>108
『Enjoy Club』(友桃様) >>109


書き始め 2010年冬頃
(もう3年経ってしまったんですねぇ)

〜〜予告用短編〜〜
『月光』 >>126-127

『二人の精霊王』 >>243-245 <<<<<<<<(現在作成中!)

〜〜クリスマス短編〜〜
『クリスマス・プレゼント』 >>217-225

〜〜キャラ絵〜〜
メクチ >>207
水希 >>208
水希(変装後) >>212


登場人物一覧
>>206 (リアルパート)
>>216 (ファンタジーパート)

〜追伸〜
ツイタやってる方。。。R18記事があってもOKって方は、ちょっとフォローしてやってくれませんか?? => @motto_e

あんまり呟かないですけどねぇ〜(ぇ?)

AsStory10(6)話〜PMC、対陸軍攻撃陣〜 ( No.183 )
日時: 2014/01/02 22:01
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)



 暗幕をかぶったまま窓の向こうの白んだ町並みを、押し黙ったまま見つめる。新堂と別れた時から氷の雨が急速に収束してきていた。複雑に入り組んだ形状をした氷の粒は、視認できないほどに小さくなり、目の粗い霧となって地表と雲に挟まれた空間を埋め尽くしていた。白い霧は中年男性狙撃手スナイパーを嘲り笑うかのようにレーザビームの真紅の軌跡を、始点付近から終点まで、凡そ200mに渡りくっきりと中空なかぞらに浮かび上がらせていたのである。

 沈黙のまま再びレーザ・サイトの位置に顔を戻す。
不測の事態はサイトの中の狭小な円の世界でも起きていた。稲森がレーザ・サイト越しに睨みつけている男が、レーザの紅点にも紅い軌跡にも全く気付いていなかった。時刻を間違えたかと思った稲森が、体勢を保持したままワゴンを抱える左手の腕時計に視線を寄越した。時刻に間違いはない。訝しげな表情を顕わにし、慎重に銃身を左右に調整し、レーザを当てる場所を選定する。暗灰色の布が垂れ下がるワゴンから、白い靄が10数秒間揺らめきながら虚空に霧消していく——。直後、再び狙撃手とその上官とを結ぶ約200mの赤い直線が霧に覆われた空間に一瞬現れたかと思うと、紅点が上官の瑠璃色のジャケットの左の袖から首を覆っている襟までを、長い間隔をおいて3度明滅を繰り返し遡っていく。

 4度目の明滅で紅点が新堂の左頬の下のあたりに現れた。照準支援用のレーザとはいえ、紅点は少なからず熱を発生しているはずなのに、円形にくり抜かれた世界の中の男は、相変わらず建物の陰から顔だけを乗り出し、呆けたように口が半開きの情況が続いていた。

——どうしたのだ、新堂。
 
 誰に見られている訳でもないが、あくまで平静を保ったまま、これで最後と己が決めたレーザ射出の準備をする。もしこれでも新堂が気づかなければ、居所を晒す覚悟で曳光弾を放つか、致命的な作戦の遅延と引き替えに陰を渡りつつ新堂に接近するか、パートナーと意志疎通ができないままに援護をするのか、運命の「分岐」を迎えることになるだろう。

 深く息を吸い込んだ後、少しずつ息を吐き、半分程度になった時に息を止める。実弾を撃つときも、照準を合わせるだけときも動きは同じだ。それは永きにわたる中年狙撃手のキャリアの中で欠かすことなく繰り返してきた準備行動だった。

 隊長の斜め左後方に位置するマンションの3階の居室奥深くで、濃灰色の幕を被せられた直径十数ミリ程度の細長い銃身が、布ずれの音すら立てずに、ターゲットにに方向角を合わせる。スコープの中心に新堂の斜め後ろ顔が収まると、稲森は顔を動かさずに運命を分かつレーザのリングスイッチに手を近づけいく。その時だった——。

「なんだ?」狙撃手が思わず目をすがめる。

 軽く閉じていた唇の隙間から白い靄がやんわりと広がりながら、男の鼻先を掠めて昇っていく。だが、稲森の居場所よりも明らかに寒いはずの路地で待機している新堂の顔の回りには、呼気の靄が見当たらなかった。

 屈み込んだまま呼吸停止——最悪の光景が脳裏で明滅したが、その可能性は程なく消し去られた。スコープの中の男の右腕が、彼の体を預けている建物の外壁に沿って前後に動いたのが視認できた。直後、新堂の顔の数倍に及ぶ巨大な呼気の靄が男の顔を覆っていった。

 濃霧で視界が最悪なところにさらに呼気の靄でおぼろになった新堂の姿を、稲森がレーザ・サイトのスコープにかじり付くようにして窺う。つい自分の息も荒げてしまい、スコープの中の世界が刹那白く混濁した。稲森が気を取り直し、SIG550を抱えたまま静かに息を止めると、闇に堕ちた居間に静寂しじまがひっそりと天井をすり抜け舞い降りてくる。男を取り囲むコンクリートの壁、木製の調度類、環境騒音に己が身を溶け込ませ、自身の存在を消し去り、敵の気配に極限まで鋭敏になった自身の感覚だけが虚空に浮かんでいる・・・・・・不可視の監視者、完全たる影、世界中のスナイパーが理想とする状態を徐々に作り上げていった。
 
 ——息を潜めて、何をしているのだ、新堂さん。

 レーザ・サイトのリングスイッチに掛けていた左手を戻し、再度狙撃姿勢をとる。

 若き小隊長の居場所はポイントから20m程しか離れてはいないが、呼吸を止めてまで気配を殺すような場所ではない。とは言え、パートナーが何らかの目的でそうしなくてはならない状況に陥っているのであれば・・・・・・。

 稲森はレーザを射出せずに暫し待機を決め込み、新堂が気配を殺して見張っているであろうポイント——閃光手榴弾が炸裂したはずの事故現場、そして時空間走査システムが3件の不審者の反応を示した地点——を見張ることにした。

 右に10cm程度ずつ立ち位置をずらしていき、ステンレスワゴンごとそろそろと銃口を下流の方に流していく。非常に慎重なバレルの動きに対して、36倍に拡大された町並みは隣同士の建物の壁面の色を水彩絵の具のように入り交ぜながら、スコープの円を左から右に颯爽と流れていく。稲森の想定するポイントに近づくほどスコープの風景は靄が濃密になり、スコープが目標とおぼしき二つの人影を捉えたときには、人影は衣服の色柄が辛うじて視認できるかどうかというところまで朧になっていた。稲森はバレルをずらしているわずかの間に呼気を吐き終え、バレルの停止とともに空気をゆっくりと吸い込み、再び少しずつ息を吐いていった。

 不意に一陣の風がスナイパーとポイントを隔てる幅約200mの空間を下流方向に横切ると、雪のごとく穏やかに舞っていた氷の粒と霧が乱れ、渦巻き、ベールに覆われていた駅前付近の光景を顕わにした。
 稲森が再び息を止め、双眸の動きをぴたりと止める。この部屋に張り込んで最初にあそこを一瞥したときとあまり様子は変わっていない。一つの巨大な人影に正対する、子供と思しき小さな人影。確証が得られたのは、巨大な人影の上衣の色柄から、やはり奴は日本国防衛軍陸軍、否、国軍の皮をかぶったテロリストであるということくらいだった。それよりも——。

——早く対処しないと、子供の命が危ない。

 四散していた氷の粒が、早くも統制を取り戻しつつあり、再び視界が白い靄に覆われようとしていた。

——新堂さんは何故、黙って見過ごしているのだ。

 この中年雇われスナイパーは、年の功もありポーカーフェイスを保ち続けることに長けていたが、決して職務にまで冷めた姿勢をとっているわけではない。移民大量受け入れによって凋落甚だしい日本の秩序を、再び取り戻そうと邁進する警察庁長官を腹の底から支えようと、使命に全身全霊を注いでいた。その上、不当な権限及び武装強化をし、警察任務の一部を奪い取ろうしている張本人が、民間人(よりによって子供だ)を相手に暴力を振るっているとなれば、上官の許可が下りれば5.56mm弾であの巨漢の頭蓋を吹き飛ばし、四肢を付け根から切断してやることだ。

AsStory10(6)話〜PMC、対陸軍攻撃陣〜 ( No.184 )
日時: 2014/09/02 17:19
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: Vkpu3Lr3)

 稲森がSIG550を左手と上体で支えつつ、ワゴンの天板に横倒しで積まれた背嚢の外側のポケットに右手をつっこみ、ぶっきらぼうに中をまさぐる。そしてレーザ射出型のスポッティング・スコープを取り出した。ピカニティ・レールがあればレーザ・サイトにもなる優れものだ。2つもスコープを使うのは煩雑で姿勢を崩しかねないが、今はやむを得ない。右手でスコープを持ち、新堂の方を見る。

 視界が秒刻みで悪化する中、路地の壁に張り付いている一回り以上若輩の上官の姿がスコープの円い視界を埋め尽くす。彼は丁度右手の時計に目をやっているところだった。やっと気づいたか。

 稲森が右手のスポッティング・スコープの方向を慎重に調整し、新堂の右腕の腕時計にレーザを小刻みに3度射出した。スコープの中で新堂が腕時計をつかの間見入り、すぐに手信号が返されてきた。手信号と言っても、野戦や船上で交わされるような大仰な身振りのものではない。交信相手が10数倍以上の拡大率のスコープを使っているのは承知済であり、今の情況のように身を潜めているケースもある。そのため胸元で手を少し動かす程度の、実に地味な手信号で指示を出していた。

 スコープ越しに稲森が視認した新堂の指示に、思わず眉根を寄せた。再度命令の再確認の信号をレーザで射出したが、新堂の指示は変わらなかった。すると、稲森は小さく息を吐き、レーザの射出を打ち切った。SIGのスコープにあまり眼を近づけないまま覗き、照準がずれていないことを確認すると、次の指示を待つべく、右手のスポッティングスコープで新堂を注視する。新堂の指示は「待機」であった。何故?今まさに一人の民間人の子供が国軍の皮をかぶったテロリストに襲われているのだぞ。それとも、市民を犠牲にして陸軍に罪を重ねさせるつもりなのか。

——それでは本末転倒だぞ。新堂さん。
 
 右手のスコープの向こうで、再び新堂の息が止まっていた。新堂の右手は待機の手信号を出したまま。——何かがおかしい。

 スコープの中の男は手を引っ込めるのを忘れたまま身じろぎ一つせず、息を潜めているというよりも、まるで何かに見入っている・・・・・・。稲森が息をのんだ。

——見入っている・・・・・・。それなら新堂さんの不可解な行動の辻褄が全てあう。だが何に見入っているというのだ。

 スポッティングスコープを下ろし、SIGのレーザ・サイトに顔を向けているわずかな間に、ある異状に気づき思わず呻き声を上げた。

——いや、有り得ん。そのようなことは異状のうちに入らないのだ。そう胸の内で自分に何度も言い聞かせる。だがそれでは先ほど気づいた異状の説明が付かない。

 眉間のあたりでつむじ風を起こしている混乱を振り払うように、しっかと左右の瞼を閉じ、ゆっくりと開き直す。SIGのサイトが俄に男の顔から発生した蒸気でうっすらと白く曇った。

——最初にポイントを見てから少なくとも2、3分は経っている。現在のポイントの情況はどうだ。何か変わったか?私が単に何かを見落としているのか?もし、そうでなければ、何故——

「何故、陸軍がただの民間人の子供一人に手こずっているのだ」


 稲森の日本人特有の黒く沈んだ瞳がSIGのスコープにたどり着いたとき、将にその瞬間を目の当たりにしていた。そして、稲盛に後方援護を託した小隊長もまた、瞬きを忘れ、呼吸を忘れ、その光景に見入っていた。


同日 8時37分 ポイント駅付近の裏路地——

 20m向こうで一人の人間が片膝を落としただけなのに、アスファルトの地面が震えたような錯覚を覚えた。
 もし、ウォーキングに精を出すマダムが、夫の稼ぎで買ったブランドシューズの靴紐を結ぶためにそうしたのなら、それに気づきさえしないかもしれない。もし、見上げるような上背の、目方が200kgをゆうに超えるような巨躯のレスラーが膝を落として見せたとしても、20mも離れたところで見ていては、そんな衝動はまず起きないだろう。たとえ子供の目の前で肉親が殺される、或いはその逆の光景を目の前で見せられたとしても、感情が肉体を突き動かす衝動を完全に御する自信はあった。この男はそいういう局面にいやと言うほど遭遇してきた。だが日本国籍の民間軍人の中では最強と詠われる男も今、己の20m向こうで繰り広げられている光景を、ただの一度も見たことが無かった。巨漢の陸軍兵が膝を落とした。堅牢なボディアーマーに覆われているはずの肉体から、夥しい血糊を垂れ流しながら。ひとりの少年の振るう一本のナイフに体を抉られて・・・・・・。



「俺は、一体・・・、何を見て・・・これは現実なのか?」

  今の地点を確保するまでは陸軍兵を発見し情況の経緯から時機を見て対象者を拘束する予定だった。いざポイントの情況を確認すると、それはの予想以上に切迫した事案だと悟った。民間人の子供が鬼のような巨体の兵士に襲われていたのだ。だから後方支援の稲森から準備完了の合図を受けたら即刻急襲というセオリーで行くはずだった。だがそれもまた変更になってしまった。

 現在の懸案事項は2点。対象者を生きたまま拘束できるかという点、そしてあの少年は身柄拘束対象者なのか、つまり時空間走査システムが検知した42名(本ポイント付近では2名)の人間の一人なのか、更に突き詰めればあの子は未来の人間なのか、未来の犯罪者なのかという点だった。

 陸軍をはじめ、世界中の政府の情報機関や非政府組織が現地、つまり日本で工作員を養成したり、彼らを一般社会に送り込んでいるという情報は、内閣府情報管理室(2013年時点では警察庁公安部)から毎日のように受信していたが、少年と同じ世代で彼ほどの卓抜した格闘センスのある工作員、そして少年の持つ強力な武装は見たことがなかった。そして少年について更に気になるのは、百戦錬磨の新堂でさえ、しばしば件の少年の動きを見失いかける事があることだった。明らかに立ち位置が非連続的に移動する瞬間があるのだ。正面から突進したかと思うといつの間にか陸軍兵の背後に回り、一撃を与えている。大男が一撃を浴びせようと拳を振るう度に、なぜか致命的な切れ込みが大男の体に追加されている有様だった。現実離れした光景を目の当たりにして驚愕した国内最強の民家兵士は、息をするのを忘れたまま、少年の動きを見極めようと引き続き息をするのを思い出す余裕も無く、金縛りあったかのように立ち尽くしていたのである。

 新堂の頭蓋骨の内側は、蛇口が壊れた水道管のように際限なく噴き出す疑問や懸念で埋め尽くされていた。少年が我々と同じ時代から来たのだと仮定すると——陸軍兵を圧倒する闘いぶりからして、未来の人間である可能性は限りなく高いのだが——、どうやって時空館を移動してきたのか?時空間を移動する技術はどこで手に入れたのか?あの少年の背後で反政府組織或いは地下組織が糸を引いているのか?もしそうならば、警察の最高機密事項が外部に、よりによって一番情報を知られてはいけない奴らの手に渡ってしまったという事なのか?!何時から?内通者は何処に?


AsStory10(6)話〜PMC、対陸軍攻撃陣〜 ( No.185 )
日時: 2014/01/04 09:06
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)

 我知らず呼吸が速くなっており、路地の一角で靄が白く浮かび上がっては風に流されてを繰り返していた。新堂が路地の末端からはみ出していた顔と左肩を急いで引っ込める。

 ならばあの陸軍兵よりもこの少年の方を拘束しなくてはならないのではないか?万が一陸軍の奴らを逃したとしても、我らの時代に戻って対象者を尋問して情報の漏洩ルートを突き止めるなり、時間と手間はかかるができないこともない。だが、あの地下組織の一味と思しき少年を逃してしまうと、その方面での漏洩の手がかりを完全に失いかねない。それに、時空間移動以外においてもあまりに不審、不明な点が多い。あの少年は何者・・・。我々が未だに情報を押さえていない新手の組織という可能性も否定できない。


 氷のきらめきが点々と見え始めた地面に視線を落とし双眸をしかと閉じる。摂氏0度近い極冷の空気で皮膚が裂けそうになるほど強ばっているのも忘れ、沈潜した。

——不幸中の幸いか、現場の目まぐるしい情況の変化で一番パニックを起こしそうな奴は待機させている。通信手段は二つの手しかないが・・・・・・。

 丁度60秒が経過したとき、おもむろに左手を胸元で開き、掌を200m向こうで後方援護を任せている狙撃手の方へ向けた。

 数秒と経たぬ内に、左手の中心で紅点が短く3回点滅したのを新堂が確認した。

——稲森さん、想定したくはないが俺の初動でターゲットの身柄拘束に失敗したら、間違いなくあなたの後方支援が命運を分ける。

 全体がが微細な氷の粒の装飾で彩られた左手を黙したまま暫し見つめ、小さく首肯した。

——最優先ターゲット変更。目標は銀髪でゲルマン系の少年。通信手段が皆無に等しいが的確な援護、無理を通して宜しく頼む。

 心の中でひとしきり叫ぶと、左の掌を閉じ、目標への狙撃体勢をとれを意味する、人差し指でトリガーをひく手振りをした。

——稲森さんは今、陸軍兵を狙っているが、自分が動き出す時分になったら、目標があの少年だとわかるように、振る舞いつつ二人の人間と対峙しなくてはならない。

 新堂が己の胸に言い聞かせている間にも、間をおかずしてレーザ光の応答が返される。新堂も即座に国内筆頭警備隊員がバックパックから取り出し、携えていたアサルトカービンの動作モードを1点射撃、3点射撃、1点射撃とよどみない動作で動かして確認する。乾いたクリック音が建物の壁に到達する間に無数の氷にぶつかり、亡き者となった。聞かれたくない様々な物音を沈めるにはなかなか好ましい環境である。もう少し視界が開けてくれれば、急襲には最高の環境なのだが・・・・・・。ふと口角に力が入り、かすかに可笑しそうに笑いを浮かべた。

——違う、急襲ではない。これは俺がいつも請けている市街地オペレーションではないぞ。れっきとした警察任務だ。なにはやってやがる。

 新堂がおもむろに首の付け根、左右の鎖骨に挟まれたあたりに右手を当てた。そして、軽く双眸を閉じるとゆっくりと腹式呼吸をしながら、上体の中心まで右手を撫で下ろしていく。同じ動作をもう2回ほどすると、細波立っていた男の精神に、わずかの波紋も立たない平静が訪れた。酸鼻を極む殺戮の現場の目撃者となり、時には荷担者となってきた男がいつの間にか身につけていた、一時的に精神の安寧を取り戻す方法であった。

——まずは最優先目標にした少年と陸軍兵士の対決の行方を慎重に観察する。

 新堂が銀髪の少年の背中を刹那見やると、少年の肩越しに肩より上の正面が見える陸軍兵に目線を移す。

——あの二人は直に決着が着くだろう。だが時空間走査システムがこの付近で検知したのは3名。件のシステムがこの時代に来ている人間を正確に捉えているのだとすれば、あのポイント周辺にあと一人いるはずなのだ。そしてその一人も恐らく陸軍兵士或は監視役の士官なのだろう。どこかで監視しているのか。

 今の居場所を確保するときに周囲の状況は検分したのだが、改めて、限ら得た視界の中で不審な人影、装置がないか検分する。己の付近にいる狼狽する歩行者や路上駐車のウィンドウの奥を睨み付けた。次にもっと遠方——対岸のビルとビルの間の路地、ビルの窓の奥、ビルの屋上、最後に己の頭上——天空の飛行物体——を見る。

 もし新堂の視界の中にあの陸軍兵士のバディが居たとしたら、この若き民間警備隊員は脱帽と言うしかないほど、それらしき人或いは装置の影はかけらも見当たらなかった。もう一人の対象者が別の場所に展開しているならばそのほうが都合がよい。駅前がキリング・ゾーン(待ち伏せ場所)になっているとも知らず、ノコノコと姿を顕すことになる。新堂が両目を閉じ、警察手帳の提示、身柄拘束の宣言、少年を含む3名の対象者の抵抗、身柄拘束までのイメージを細に微にいたるまで、初動であっさり拘束する場合と、混戦になるケースをそれぞれ素早く思い巡らせる。

——行動開始から完了までのセオリーはとりあえず完了だ。

 注意しなくてはならないのは、ポイントが建物や高速道路、鉄道の高架等で後方援護の死角が多いことだ。稲盛との交信で、彼は新堂から見て左後方200mの建物にいることがわかっていたが、そうなると駅敷地内に入ってしまうとピロティ構造の駅舎の巨大な柱が狙撃手の障害物になってしまう。彼らの抵抗を受けた場合、何としても駅敷地外——つまりは駅前の道路——に奴らを引きずり出して法執行任務をしなくてはならない。

 最後にもう一つ、不安な要素があるとすれば……。かなり堪えてたようだから、まさかとは思うが——。

 ふと眼の上をよぎった思いにわずかに首を左にひねり、さらに左右の瞳を左に寄せて、新堂がたどってきた川沿いの道の上流方向を見やる。その眼は1,000メートル向こうでおとなしく待機しているはずの部下を睨み付けていた。





同日 午前8時45分 川沿いの道路ーー
 

 全行程の半分、ポイントまで残り500メートルというところまで来た。陸上トラックでいえば1と1/4周しか走っていないのに、激しい焦燥心と数年にわたるトレーニングのブランクから、女性警備隊員(本来は事務員)の肉体は敢え無く音をあげていた。ミドルの茶色がかった髪が俯いている顔の前に垂れ下がり、水滴の滴る艶めかしいベールとなって、他者に崩れた表情を見られまいとしている。そして上体を折り曲げ、両手を膝につけ、声を出すのもままらないほど激しく小刻みに肩で息をしていた。

高い防水性能を有する制服のおかげで、全身に温度零度の氷が纏わりついても、体温が奪われることはなかったが、体の内部は全ての内蔵がガクガクと震えているような寒気に襲われていた。心臓が寒気のせいで脈打つように疼く。息切れが弱まる気配がしない。涙が止まる気もしなかった。

「どうして・・・・・・どうして?」

 ようやく静がむせびながら言葉を漏らす。自分を叱咤する言葉と500メートル先にいる2名の隊員の名前がぶつ切りになって静の前に放り出され、一瞬にして消えていった。眼と鼻の先で繰り広げられる、世の無常をほのめかすような光景を呆然と眺めている内に、目眩までしてきた。本人も気づかぬ内に全身が左に傾いで、危うく倒れそうになったところを、左足をついて持ち堪えた。


AsStory10(6)話〜PMC、対陸軍攻撃陣〜 ( No.186 )
日時: 2014/01/02 22:21
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)


 分厚いコートを羽織った通勤途中の人々が数メートル先からちらちらと静の様子を窺っていたが、近づいて声をかけようとする者はいなかった。それどころか、静がふらついて不穏な動きを見せる度に周囲の人々は静から距離をとっていた。年齢的にはキャンパスライフを謳歌している女子大生と変わらないのに、容貌も悪くはなかったが、物騒にでこぼこしながら膨れ上がった瑠璃色の制服が、周囲の人々に威圧感を与えていた。

「寒い・・・・・・さ、さむい」

 顔が真っ赤に紅潮し、ブランコから見た時みたいに世界がぐらぐら揺れている。その時初めて肉体の疲労感、寒気が単なる体力不足や外気の冷気のせいではないことを悟った。突然の出動命令以降、両親に連絡する時間すら与えられず(もちろん任務の内容はしゃべるつもりは無かったが)、体を鍛えていた頃でさえ担いだことの無かった10kgの荷物を担いで雨混じりのみぞれが降りしきる中走っていた。ずぶぬれのジャケットを乾かすこともなく暖房の利いた喫茶店で一息し、再び気温零度近い外界へ飛び出していった。これで体調を崩さない方がおかしい。もう寒さの感覚も薄れてきた。左右の瞼がだんだん重たくなっていく。深く息が吸い込めない。

「だれ、か——救急し・・・・・・」

 ぎりぎりで保っていた体勢が大きく右に傾ぎ始める。よろよろと右に3歩、足をもつれさせながら道路右端の塀に肩をぶつけた。もう左右の瞳は糸のように薄く開かれた瞼の奥で光を失っていた。さきの衝突の反動で一端体が直立したが、前に一歩左足を踏みしめた瞬間膝が崩れ、既に前につきだしていた右足も凍りかけた地面で派手に滑らせ、再び道路の右側の塀に右側頭部を強打した。今度は反動も無く、塀に右頬と右肩をこすりつけながら地面に崩折れていった。

「いったーい」

 痛む部位を押さえる気力もなく、頭をぶつけた右側の塀を夢か現かの心地の中で見上げた。そして言葉を失った。閉じかけていた双眸が再び皿のように見開かれ、オットセイのように這い蹲ったまま顔だけを持ち上げて固まっていた。時計を見ればたった10数秒の出来事であったことがわかるはずだったが、彼女にとって永い永い瞬間だった。己の瞳が捉えている光景をもう一度確かめるように、瞼を強くしばたたかせて、右側の塀があったと思われる場所を睨みつけた。

「塀が、ない?!」

 彼女の右側に塀っがあるにはあるのだが、それは彼女の2メートルちょっと後方で90度折れ曲がり、狭い路地の右端に変わっていた。今、静の眼前には、幅4メートル足らずの路地が、川沿いの道路の裏路地まで一直線に延び、住宅街の風景が縦長の長方形に切り取られて聳えていた。

 もう一度目を瞬かせると、体の下敷きになっている右腕を引っ張り出し、無造作に路地に向かって突き出した。20cmも前に出さないうちに右手の前衛3本が何かにぶつかってぐにゃりと折れ曲がった。思わず声を上げそうになり、首を振って己の前後を睨め回す。

 既に周りの人々は前後ともにたぶん30メートル以上は離れている。遥か昔に射撃場に通っていた頃の感覚を引きずり出し、そう判断した。誰もが静に、冬の高架下で段ボールにくるまって凍えているホームレスを見るのと同じ視線をなげている。

 静が猛烈に逡巡した。こうしている間にも新堂や稲森に正体不明の魔の手が近づいているかも知れないのだ。早く、先を急がないと!
 だが、彼女の意志とは裏腹に右腕は不可視の何かにゆっくりと伸びていき、指先でそろそろとそれを撫でていた。

——やっぱり、壁がある。

 よく見れば、霧のような氷の粒が「壁」にまばらにひっついている。
 下流から吹き上げてきた一陣の突き刺すような寒風が、静のびしょぬれの髪をゆるりと揺らす。左頬に貼り付いた髪を伝って、幾粒かの滴が蒼白の頬を伝い、顎まで下ると未練たらしくゆっくりと垂れていった。それが滴の垂れる間隔が徐々に広がっていき、静の小さな顎から落ちそうで落ちない7滴目がやっとのことでに落ちたとき、我知らず静がボソリとつぶやいていた。

「これ、どこかで、見たことあるような」

 沈潜のために視線を落としたとき、疑問の答えが目に飛び込んできた。

 静が間食に食べているカロリーメイト紛いの食品を倍くらいに大きくしたような、金属光沢を放つ物体が、静の前に延びる路地の入り口の両脇に置かれていたのである。
 クロック周波数10Hz程度で駆動していた静の脳に俄然ブースとがかかる。

「見たことある。これ、見たことあるわ!えっと・・・・・・なんだっけ」

 突如独り言をぶつぶつ言い、己の頭をがんがん叩き始めた静を見て、人々が一度奇異の目を向けてはどんどん離れていく。残ったのは静に同類の香りを感じたキワモノばかりだ。そんなことを尻目に、静は自身の世界に潜行していく。こうなると高熱だろうと、極度の肉体疲労だろうと、そんなことは問題ではなくなっていた。意気が昂進してきてますます顔が紅潮する。

「あ、防御スクリーンよ!確か潜伏場所とか負傷者の救護につかう道具。会社の倉庫に大量につんであるやつだわ。でも、どうして?これってこの時代の装置じゃ——」

 静の全身が金縛りにあったかのように硬直する。

——この時代のじゃない。未来の、装置。もしかして、この中に・・・・・・。

 静の中で後ずさりしようとする力と、この場にとどまろうとする力がせめぎ合う。

——違う!違うわ。きっと何かの理由で、新堂さん達がここにいるんだ。

 そういっている内に、己の予想が違うことに気付いてしまった。静達一行は、時空館移動方に則り、転送先の時代の技術水準に明らかにそぐわない機器は持ち込んでいないのだ。それは携行品のダブルチェックで確認済みだ。じゃあ、やはりこの中には——。

——でも、もし奴らがいたとしても、私ひとりで何ができるっていうの?とにかく、新堂さんに追いつかなくちゃ!そうよ早く行かなくちゃ!

 静が大股で一歩踏み出す。踏み出したはいいが次の一歩が追従しない。

 何してるの!行くのよ!

 頭の中の怒鳴り声と並行して、深刻な妄想癖のある女性警備隊員の脳内では防御スクリーンの中の様子が着々と描かれていく。今は中にいる身柄拘束対象者の鉛筆素描が終わって、服飾品の模様の書き込みに入ったところか。まだ背景の書き込みと全体の色塗りがある。ーーまだまだやるべき事は多いわ。

「何言ってるの?!あたし」

 我が道を猪突猛進する自分に怒鳴りつける自分の声に驚愕し、その場から飛び退き「本物」の塀に背中をぴたりとつけて左右を窺う。別に何か確認するものがあるわけではないのに、なぜかそんな風に動いてしまった。静は自分がどうしたいのか訳が分からなくなってきた。
 肩を落とし、俯いて沈んだ茶色の髪の奥に表情を隠すと、コンクリート製の塀の細かい凹凸を背中に感じながらその場にうずくまる。膝を抱えて顔を瑠璃色のジャンパーに顔を埋める。

——あのスクリーン、確かマジックミラーと同じ仕組みだから私から中は見えないけど、外からはこっちが見える。ってことは……。


AsStory10(6)話〜PMC、対陸軍攻撃陣〜 ( No.187 )
日時: 2014/01/02 22:32
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)


 はっとして顔を少し上げると、暗闇から涙で一杯の双眸をのぞかせた。目の前には道路と川を隔てる、背の低い薄汚れた堤防が見えるだけだった。

「違う違うっ!そんなこと考えてる暇あったら……」

 言葉を断ち切り、帝栄のジャンパーと己の足に囲まれた闇の中に意識をおとしこんだ。

一度大きくため息をつく。続けて頭を左右に振る。目の上を蠢動しているモヤモヤが吹っ切れず、もう一度、今度はだみ声も混ぜて、盛大に溜息、というよりは半分雄たけびのような息をついた。

「あぁー!もういい!もういいわ!」

ミドルの髪に張り付いた雫を弾き飛ばしながら顔を振り上げると、地べたにしりもちをついたまま右に頸をねじって彼方あなたを見遣る。居残っている歩行者との距離は、さっきと変わらず30メートルプラスアルファくらいかな。たぶん。

——こうなったら、やろう。やってしまおう。スクリーンの中にどんな人がいるのかわからないけど、わざわざこんな町中にスクリーンを張るってことは、余程緊急なはずよ。たぶん、たぶんまともな状態じゃないのよ。もしかして、新堂さんと稲盛さんたちにこてんぱんにされて、尻尾を巻いてここにいるのかもしれない。いいえ、きっとそうよ!だからわたしはそんなやつらを、この警察手帳と帝栄のエンブレムを見せて拘束する。もともと私の任務はそうだったんだから、何も間違ったことはしてないわ!

 望ましくないときに静の頭脳がフル回転し、己がこれからしようとしている暴挙に対し、無理に無理を重ねた正当な根拠をひねり出した。

 静が口を真一文字に閉め、飛び上がりざまに立ち上がると、道路を下流方向に大股で歩いていく。突然の静の行動に意表を衝かれた見物人たちが一言声を上げて後ずさった。静が適当に離れたところで、前進を止めると、濃い藍色に湿ったアスファルトに目線を落とす。

——立ち入り制限、しないと。

 方針を決めたはいいが、自分でも何をやっているか、そしてこれから何が起きようとしているか皆目見当もつかず、肉体が勝手に動いているような奇妙な感覚に陥っていた。

「すみません。ここで見物されている皆さん。今から当社、帝栄警備の実地訓練を実施しますので、1時間ほどあちらの路地と、その入り口付近を立ち入り禁止にいたします。ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」

——言ってしまった……。

 あまり突拍子の無いことを言ってしまったことと、それを全く滞りなく言い切った自分に心底驚き、困惑していた。自分は本番に強いタイプなのだろうか、新たなどうでもいいことが脳裏をぎる。

 気になる歩行者の反応といえば、静の落ち着き払った対応と、突然の行動に対する驚きが相まって、今までのこの女性警備隊員の奇行をすっかり忘れて、大人しく従っていた。

——立ち入り制限、どうしよう……。そういえば、ザイルが。

 早速行き詰りそうになった静の目論見が、悪運に恵まれ即座に窮状を打開してしまった。瑠璃色のジャケットを適当に物色していると、右側の内ポケットに、ザイル(登山用の細くて丈夫なロープ)を入れていたことを思い出していた。新堂がザイルは様々な局面で重宝するといって、背嚢ではなく直接携行するよう指示されたものの一つだった。改めて新堂の偉大さを思い知らされ、心の中で立て膝をつき、両手を組んで、後光を放つ新堂に感謝の祈りをしていると、早速区域の両端にザイルを張る準備にとりかかった。新品のザイルはきれいに束ねられており、ポケットに入るサイズでありながら20メートルの長さがあった。ザイルを解きながら、立ち入り禁止にした後の手順に考えを巡らせる。

 次の作業は、あのスクリーンの解除。路地の入り口の両端にある、大きなカロリーメイトのような形をした装置は、もしスクリーンが解除できなった場合のために、装置の破壊方法が一般に公開されている。通常、この装置は土の下に埋めたり、上にカモフラージュを施すことなどして見られないようにしておくものなので、破壊方法が公開されていても支障は無いのだ。もし装置を発見されて、折角の高性能な防御スクリーンが解除されてしまったなら、それは装置に擬装を施しておかないほうが悪い。そして、中にいる人間達はそういう、間の抜けた人たちなのだ。静がスクリーン内部の人々に対する勝手な妄想を自身の脳内で展開し、何とかして気持ちを落ち着けようとしていた。

——でも。

「どういう人なの、時空間犯罪者って」

静が解け切ったザイルを右手から垂らしながら、顔を路地に向けた。



<防御スクリーン内側>

 左頬を極冷の水溜りに漬けたまま、凍死死体になるところだった。だらりと伸ばされた右手の指先が短く痙攣する。更に2度指先が震えると、分厚いグローブを装着した右手がアスファルトを押さえつけながら胴体に引き寄せらていく。

 右手が地面に指先を立て、右腕が胴体の重量を支える体勢に入ると、大柄な体躯が立ち上がるまでに時間を要さなかった。

 豪奢な陸軍少尉の徽章をガチャリと鳴らしながら、太い頸を鈍い音を立てて鳴らし、けだるそうに言葉を吐いた。

「畜生、この糞餓鬼め。一体何をしやがった。おぉ、頭が痛えぜ」

 ECの末端の工作員、棚妙水希を生け捕りにしようとした陸軍少尉は、強化された彼女の能力によって全感覚神経を無効化され、三途の川対岸を間近に目の当りにしていたが、能力者の失神によって、そこに足を踏み入れることを免れていた。

 路地の住宅街側の、つまり静のいる方とは反対側の防御スクリーンに背を向けるようにして立ち上がった陸軍少尉が、憤懣が眼、口、鼻、あらゆる体の孔から漏れ出さんばかりの面相で足元に横たわる灼髪のベリーショートの少女を見下ろす。口に入った砂が歯にあたり、少尉は表情を一層表情を剣呑にし、声と共に痰を脇に吐き捨てた。

「散々手間取らせやがって。何をやったんだかよくわからんが、名仮平の野郎、こんな餓鬼どもが相手では、やはり不名誉除隊は免れんか」

 別に出来損ないの兵卒の肩を持つつもりは無いが、己の部隊の隊員が「不名誉」と冠される処分がされることに苛立ちを募らせていた。もちろん除隊される隊員の上官として——たとえ直接の上官でなくとも——評価が下がり、しいては己の出世に少なからず支障をきたすからだ。

 専守防衛を標榜し「自衛隊」と名乗っていた頃よりも、遥かに強大な組織となった日本国防衛軍は、尉官(准尉、少尉、中尉、大尉のこと)が蛆虫みたいにそこら中にいる。そして名仮平のような下士官はさしずめ、夢の島のゴミみたいなものだ。そして蛆虫が天敵に食われること無く、なにかの毒に犯されること無く蝿の成虫になるには、熾烈を極める蛆虫同士の生存競争を生き残らなければならない。取るに足らない蝿になることでさえだ。その過程では小さなミス一つ露呈するのでさえ致命的な足かせとなるのに、部下が不名誉除隊とは……。


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