二次創作小説(紙ほか)

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

AsStory /予告用中編 『二人の精霊王』
日時: 2015/09/20 00:30
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 3qG9h5d1)

初めまして!
書き述べると申します。


 この作品は以前、シリアスのカテゴリーだったのですが、第七話からはこのサイトに投稿されている他の方の作品の内容を混ぜ込ませていただくことになりましたので、このジャンルに引っ越してきました!

カキコ内二次(合作じゃないですよ)……結構珍しい様な気もします。

混ぜ込む作品は——
『Enjoy Club』(作:友桃様)
です!
そして
『ウェルリア王国物語』(作:明鈴様)

ぇ、二つもやって大丈夫なのかって?貴様のプロットどうなってるんだよって???

(黙殺。。。。。。)



1点注意していただきたい事が……。
冒頭でも触れておりますが、もともとシリアス・ダークの作品なので、そのカテゴリー特有の表現があるかも知れません。できるだけグロい表現は使わないつもりであはりますが……。


更新の間隔が2か月空いたりすることがよくありますが、寛大な御心で受け入れてくださいますと大変有り難いです!


【最新話直前の状況】

(現在修正中・・・・・)




【お客様(引っ越し前の方含みます)】
  アメイジング・グレイス様
  アサムス様
  友桃様
  通りすがりの者です。様
  (朱雀*@).゜.様



【目次】

◆◆ 序章 ◆◆

 1話 >>1

 2話 >>2-3

 3話 >>4-5

 4話 >>6-11

◆◆ 第一章 ◆◆

 5話 >>12-13

 6話 >>14-19

 7話 >>21-25

 8(1)話 >>29-31

 8(2)話 >>38 >>41 >>44 >>46 >>48 >>51 >>53 >>58 >>60-61 >>63-64 >>70-75

 9話 >>81-82 >>87-88

 9(2)話 >>90-91

 9(3)話『時空間操作システム』 >>95-96

 9(4)話『副長官、乱心』 >>98-100

 9(5)話『時間ときを越えて』 >>105-107

 9(6)話『地を駆る鳥』 >>110-114

 10(1)話『ひかり、在れ』 >>118-119

 10(2)話『幕開け』 >>129-132

 10(3)話『交錯する時間とき>>142-153

 10(4)話『混迷に魅入られし者たち』 >>160-166

 10(5)話『絶体絶命』 >>172-175

 10(6)話『PMC、対陸軍攻撃陣』 >>180-189

 10(7)話『突入』 >>192-197

 10(8)話『スナイピング』 >>200-204

 10(9)話『ひかり、在れ』 >>209-210 >>213-214 >>227 >>229-230


◆◆ 第二章 ◆◆

 11話『逃走』(更新中) >>232-239


〜〜小説紹介〜〜
『☆星の子☆』((朱雀*@).゜. 様) >>108
『Enjoy Club』(友桃様) >>109


書き始め 2010年冬頃
(もう3年経ってしまったんですねぇ)

〜〜予告用短編〜〜
『月光』 >>126-127

『二人の精霊王』 >>243-245 <<<<<<<<(現在作成中!)

〜〜クリスマス短編〜〜
『クリスマス・プレゼント』 >>217-225

〜〜キャラ絵〜〜
メクチ >>207
水希 >>208
水希(変装後) >>212


登場人物一覧
>>206 (リアルパート)
>>216 (ファンタジーパート)

〜追伸〜
ツイタやってる方。。。R18記事があってもOKって方は、ちょっとフォローしてやってくれませんか?? => @motto_e

あんまり呟かないですけどねぇ〜(ぇ?)

10(2)話〜交錯する時間(とき)〜 ( No.146 )
日時: 2013/10/08 18:17
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7TaqzNYJ)


二〇六二年三月九日 午後10時30分——

 最後通牒は何の前触れもなく男のもとにやってきた。
 昨日、基地内のトレーニングルームでのトレーニングを終え、地面に埋め込まれた歩道の誘導灯に挟まれながら寮に戻る途中、寮の棟の入り口に男の上官が立っていた。日本国防衛軍陸軍所属二等兵 名仮平 以宇衣(ながひら いうえ)の顔はしわ一つ揺れることはなかった。姿勢をただし、スニーカーの踵をできる限り大きく鳴らし、敬礼をする。身長2メートル50センチを超える魁偉ゆえに、上官を見下すような姿勢になった。上官が天を仰いた。

「ポーカーフェイスだけは一人前になったな。名仮平」
「……」
「名仮平、お前に緊急の任務だ」

 名仮平は思わず右の頬を引きつらせそうになったが、口を真一文字に引き絞り、表情を悟られまいとした。
 その場で任務のブリーフィングが行われるものと思っていたが、名仮平の上官は任務の開始時刻、集合場所、目的等必要な情報の全てが、管内ネットワークにある個人タスク一覧に追加されているので、確認しておくよう彼に告げると、彼の下から去ってしまった。
 寮の自室に戻った名仮平は、軍内ネットワーククライアント端末で自身のタスク一覧を確認した。上官が言っていた任務のブリーフィングを記載した 文書が一番上に登録されていた。それは紙にすればA41枚で済んでしまう程度の簡潔な文書だった。

 部隊内で出回っている噂の通りだった。明確な軍規違反があるわけではないが、兵士としての職務遂行が著しく損なわれている兵士に対しては、残留を判断するための任務を与えるという。そしてそのブリーフィングは極めて簡素であるか、短い文書一枚で済んでしまうとのことだった。

 名仮平は故意ではないが、紛争若しくは災害現場での任務において、上官の指示とは異なる行動をし、他の兵士や組織へ損害を与える過失を幾度となく繰り返していた。同期の兵士や10歳以上年下の兵卒にさえ馬鹿にされ、上官からは見放され、もはや組織の中に彼の居場所は無くなっていた。
 組織からは救済措置のための任務や機会を何度か与えられてきたが、ことごとく完遂できずにいた。

 名仮平が端末の画面を食い入るように見つめる。大男の三白眼が何度も画面の同じ領域を行きつ戻りつする。任務の内容と完遂条件を何度。最後の任務はこれまで名誉挽回に与えられてきたものとは性質の異なる、任務完遂の可能性が極めて低いものであった。


 ——目的——
  日本国防衛軍のさらなる拡大を阻害する、悪しき技術の発展に寄与する取引の妨害と秘密結社「EnjoyClub」の構成員の“生きた状態”での拘束。

 ——日時——
 2062年3月10日8時00分 転送開始
 2012年1月20日6時50分 転送完了

 ——完遂条件——
 以下の2つの条件を共に満たすこと。
 1.取引対象の物品の奪取。但し、当該物品の破壊は許されない。対象物は精密部品であるため、取り扱いには細心の注意を払うこと。
 2.取引現場にいると思われるEnjoyClubの構成員の捕縛。但し、肉体的な損壊が無いこと。

 ——備考——
 なお、本任務を完遂できなかった場合は、日本国防衛軍陸軍を不名誉除隊とする。


 真っ先に備考に目がいった。一字一句予想通りの文言だった。だが日時の意味が理解できず、目的と完遂条件内にある不吉な横文字に、刹那思考能力を失いかけた。
 
——畜生。それでも、やらねばならんのだ。

 端末をつかんでいた右手に思わず力が入り、耐衝撃性を備える端末の背面の外殻が音を立てて凹んだ。

「EnjoyClub——」青白い光が漏れるゆがんだ月を仰ぎながら、ぼそりと呟いた。




二〇一二年一月二十日 午前8時00分 駅前——


 ついにこの時が来たのだ。雨足の勢いきわむる8時00分、この時代に転送してすぐにコインロッカーの付近に仕掛けておいた無線監視カメラに、メモを手にした男がコインロッカーに接近してくるのが見えた。
 駅付近の物陰で息を潜めていた名仮平が転送装置のスイッチを力の限り押さえ込む。地響きのような雄叫びと共に2.5メートルの巨体が周囲の景色の溶け込むように半透明になっていき、やがてその場から消失してしまった。

 次の瞬間、コインロッカーのある、改札の右側ではなく左側の壁のそばに巨体が現れた。天空より射出されるおびただしい数の氷の急降下爆撃が濃灰色のうかいしょくの制服に直撃する。突如行く手を阻まれた道行き半ばの人々は、怪訝そうに大男をにらんだが、凍てつく嵐のために傘で己の視界を遮っていた彼らに、それ以上不審がられることは無かった。
 監視カメラで見た、メモを手にした男の後ろ姿が目と鼻の先にある。カメラでは気付かなかったが、男はバックパックを背負っていた。
 昂進する戦意をむき出しにして、巨体が前方へ動き出した。全身を打ちすえる氷の粒を全く意に介さず、進路上の歩行者がいないかのように一気に直進すると、コインロッカーの扉を開け、件の品を左手にした男の背後に仁王立ちになった。
 不意にコインロッカーが不自然な影に覆われたのに気付いたバックパックの男が素早く振り向いた。名仮平が無言のまま男の頸を左手で鷲掴みにし、肩腕だけで難なく持ち上げた。バックパックの男の叫び声が途絶え、見る見るうちに男の顔がゆでダコのように真赤に染まる。右の方でガラスを引っ掻いたような悲鳴が波紋のように広がっていった。

「もらってくぜ」

 独り言のようにつぶやくと、バックパックの男から品をとり上げた。子供が使い古したおもちゃを投げ捨てるように、バックパックの男を左側に放り投げると、鈍い音を立ててコンクリートの床面に男が叩きつけられる。
「とりあえずひとつめの任務は一丁上がりか」
 名仮平が小さくつぶやき、踵を返すと、その視界に丸太のように図太い足が視界に割り込んできた。

「こぉんにゃろぉう!」

 怒号が巨漢の耳を弄した。名仮平が目を見張り顔をあげたが時すでに遅し。怒号と共に巨大な何かの猛然たる突進を真正面から喰らい、アルミ製のロッカーに人型のくぼみをつくってめり込んだ。
 コインロッカーに設置されていた防犯ベルがけたたましく鳴り響き、しゃにむに駆け出した人々が放りだした傘が千々に乱れる。駅前の道路を走っていた自動車の急ブレーキ音が割って入った。ますます悲鳴が激しさを増した。天空が取り乱した人間共に無数の氷の弾丸を叩き込んだ。混乱を煽るかのように、弩級の稲妻が立て続けに3回、駅付近のビルの避雷針を直撃した。

 ——リーダー、バックパックの方が何者かの襲撃を受けました。品は襲撃者に奪取された模様です。指示を。

 左右から突進してくる人々を華麗にかわしながらヒアを飛ばす。あまりにも騒音が耳触りなので、両手で耳を塞いでいた。一時は酷く狼狽していた水希だったが、すぐに平静を取り戻し、彼女の声はいつもの任務のごとく落ち着き払っていた。
 すぐに返ってきた少年のヒアの声も、この状況には不謹慎なほどに穏やかに水希の脳裏に響き渡った。

——了解。こっちからも騒動の様子は音で把握してる。僕が地上に移動するよ。人ごみの中だと能力が使いづらいから、襲撃者が現場から離れたところでモノを奪還します。

——了解です。

10(2)話〜交錯する時間(とき)〜 ( No.147 )
日時: 2013/10/08 18:18
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7TaqzNYJ)


 最後に指揮官の少年から、楽しげなヒアが飛んできた。

——テレポートって、日中は物陰から物陰って回りくどいけど、今日は一気に現場の付近に移動できそうだよ。

 刹那、黒装束の少女は何のことかと返事に詰まったが、鈍い轟音が会話に割り込んできたとき、指揮官の意を察した。

——ふふ、そうですね。

 徐行で自分の方に突っ込んできた軽自動車を軽快にかわしながら、折に閉じ込められた獅子のように唸り声をあげる雷雲を一瞥した。己の胎内で2度3度とぼやけた光が雲間から漏れている。
 水希が2体の怪物の動きに注意を戻すや否や、一条の稲妻が勢いを衰えさせることなく、駅の避雷針に墜ちた。

 駆け回っていた人々が、一斉に耳を塞ぎしゃがみこんだ。
 苛烈を極めていたはずの凍てつく垂直落下の轟音がかき消された。
 僅かの間に2度、空間が真っ白に明滅した——。

 駅の構内は、大半の人びとがかがみこみ、人々のざわめきが数秒の間消えうせていた。警備員が駆けつける見込みのないコインロッカーから発せられる警報ベルの音が空しく響いていた。

 この駅は、コインロッカーコーナーのそばに、ちょっとした見所があった。床上から天井まで縦に貫くように壁にはめ込まれた色鮮やかなステンドグラスである。
 稲妻の堕ちた直後、ステンドグラスは、周りとは様相を異にしていた。
ステンドグラスの足元に、人影がひとつ、雷鳴と稲妻に取り乱すことなく、静かに佇んでいる。人影はステンドグラスの色鮮やかさに負けず劣らず鮮烈なシルバーヘアを優雅になびかせ、目深にかぶったブラウンのキャスケットで面貌を覆い、静かに体躯をステンドグラスにもたれかけさせていた。

 稲妻の引き起こした混乱に乗じて1階の現場付近に瞬間移動してきたウィル=ロイファーが体をあずけている壁沿いの奥で、バックパックの男が一時的な酸欠で気を失い倒れ込んでいる。ウィルの注意は、視界の左隅で哀れな姿をさらしているバックパッカーの前を横切り、さらに奥でコインロッカーにめり込んでいる大男の右手に向けられていた。

 あれが僕たちに託された品……。

 麗牙光陰を前代未聞の長期ミッションに引っ立てたブツは、コインロッカーの奥で猛獣よりもけものじみたうなり声を上げる大男の右手の中に収まっていた。か細い銀髪の少年の手首と同じくらいの太さがありそうな指の隙間から、見るからに堅牢そうなマット調のガンメタリックのケースが垣間見える。麗牙の指揮官が表情こそ出さなかったものの、心の中で眉間に深々としわを刻んでいた。仕事柄あの手の抗弾素材製のケースは瞼を閉じても表面の粒状感が思い浮かべられるほど目にしてきた。そのケースの分厚さを差し引くと、問題の品物は——。

——拳銃並みの大きさしかないことになる。いったいあの中に何が?

 今回の任務のブリーフィングでは、荷物の中身については一言も触れられることが無いばかりか、品物について詮索することも禁じられていた。内心までは縛られることは無いだろうと、麗牙の指揮官は心の内で品物の正体について想像を膨らませていた。
 ECの頂点に君臨し、裏の世界の畏怖をほしいままにしてきた暗黒の科学者、大崎影晴はつま先から髪の毛の先まで、どこをとっても科学者らしい純粋な興味が隙間なく詰まっていた。それゆえに、ECにくる依頼の選り好みも激しかった。自分の好奇心を少しでも満たしてくれるものであれば喜んで依頼を引き受けるが、そうでなければどんなに金や利権を積み上げても首を縦に振るような人間ではない。そんな彼が長年傾倒している研究テーマは、生命、殊に「人の命」に関するものであった。

 麗牙光陰を前代未聞の長期ミッションに駆り出してまで引き受けたこの案件もやはり、そのテーマに関するものなのだろうか。ならば、あの無骨なケースに入っている小さい(と思われる)モノの正体は武器や金銭では無いことになる。記憶媒体の類だろうか。

——水希、これからは逐一僕が指示を出すよ。

 指揮官の少年は、駅前を走る道路の路肩からこちらを見て頷く灼髪灼眼の部下の姿を可能な限り見ないように留意しながらヒアを飛ばす。

 ウィルがステンドグラスの下から横目でコインロッカー付近に注意を向けた。バックパックの男からモノを奪った大男は間違いなく麗牙の敵だが、その大男に体当たりを食らわせた覆面の大男の素性がわからず、しばらく静観を決め込むことにした。
 己が身に受けた衝撃で片膝をつき肩で息をしていた覆面がゆっくりと立ち上がろうとすると、コインロッカーの大男も後れをとるまいと雄叫びと唾を盛んに飛ばして体を起こす。荒ぶる氷の嵐と目と鼻の先に墜ちた稲妻でこの上ない恐怖を味わされた乗降客達が、コインロッカーコーナーに現れたさらなる脅威の出現に一斉に後ずさりした。

——リーダー!

 動き出した二人の大男にウィルの神経が先鋭化するさなか、突如水希のヒアが脳裏で鳴り響く。ウィルが水希の方に目線を向けようとすると、一陣の風が右から左へと少年の鼻先を横切った。ブラウンのキャスケットが吹き飛び、シルバーヘアが顔を覆った。

「なに?!」

——リーダー、男の人が!

 少年がステンドグラスから離れ、体を風の抜けていった方にひねる。痩身の男がコインロッカーの大男の右手のある方に体当たりで突っ込みむと、衝撃で大男の右手から濃灰色のケースが弾き飛ばされ、大男がコインロッカーに激突すると、大男の前方の虚空に弧を描いて飛んでいくさまがスローモーションのようにウィルの蒼き瞳に映っていた。ケースが虚空を舞っている間に瞬間移動を使えば、目撃者を最小限に抑えつつ急場を脱し、一つ目の任務を完了できたはずにもかかわらず、このときは百戦錬磨の暗殺者の少年が金縛りにあったように身動きが取れなかった。
 指揮官の部下の紅の少女も全く同じ状況に陥っていた。二人ともターゲットの入ったカバンには目もくれず、カバンを大男の手から引っぺがした痩身の男を穴があくほどに睨みつけていた。

——あの男、まさか。

——リーダー……。

 二人のヒアを遮るかのように、遠巻きから大男たちの様子をうかがっていた野次馬の中から、驚愕する男の低い声が響いた。次の瞬間、コインロッカーコーナーからドラム缶がひしゃげるような音が轟き、駅構内を囲う壁や天井で無茶苦茶に反響した。
 任務遂行の邪魔をされた大男が、人外の腕力でコインロッカーを台座からひき剥がし、気が狂ったように怒声をあげて100kgを超える緑色の直方体を覆面の大男めがけて大上段から振り下ろしたのだ。

10(2)話〜交錯する時間(とき)〜 ( No.148 )
日時: 2013/10/08 18:19
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7TaqzNYJ)


「アビィ!」

 あの化物に奪われた品を取り返すことまではできなかったが、岩よりも強固な男の拳から品を引き剥がせたのは、我ながら大金星と、満足と安堵の息をついた矢先だった。化け物が咆哮で駅舎のコンクリートの壁や天井を震わせながら振り下ろした巨大な金属の箱が魁偉の相棒の脳天に迫ると、相棒は熊よりも図太い両腕を天につきたてた。だが、怪力のアビーでさえその圧力に屈し、片膝を落とし、両手と首より上がロッカーの中にめり込んでいった。

 鉄板の裂け目がアビーの皮膚に食い込み、箱の中から幾筋ものねっとりとした赤い筋が垂れてくる。ロッカーに埋もれた人影が大きく呻いたきり、微動だにしない。けたたましく鳴動していた警報装置は体躯を跡形も無く粉砕され、沈黙を余儀なくされた。周囲の群衆はようやく雷鳴と稲妻のショックから立ち直ったというのに、ひとつめの言葉を吐く前に絶句していた。氷の粒がアスファルトと自動車の外殻を打ち据えるボトボト、バラバラという音が響き続けた。

 相棒の名前を絶叫する若い男の声が刹那、周囲に響いたが、すぐにバックグラウンド・ノイズに掻き消された。コインロッカーに駆け寄ろうと体を起こしかけたコードが、志半ばに再び地面にくず折れた。
 怒りの覚めやらぬ名仮平が、右手からモノを弾き飛ばした張本人に射抜くような目線で睥睨すると、斜め左に飛ばされたものをとろうと、人が突き刺さったコインロッカーを前に突き飛ばそうとした。

「?」

 鉄の箱が動かない。名仮平が再度100kg超の箱を前に突き飛ばそうと試みるが、やはり動かない。上下左右に振り回そうとしたが、びくともしない。そのまま手を離してさっさとモノを取りに行けば、男に課せられた一つ目の任務は完遂できるのであるが、腕力には絶対の自信をもつ男の意地が彼の手をロッカーから放させようとしなかった。

「徹夜明けの頭にいい目覚ましだったぜぇ。でくの坊」

 コインロッカーの中から威勢のいい啖呵がくぐもって響いてくる。コインロッカーをかぶった人影が己を遥かに上回る怪力の圧力に抗い、ゆっくりと立ち上がった。そして勢いそのままに、覆いかぶさる超重量級のコインロッカーを取り払おうとしたが、そうは問屋がおろさない。コインロッカーの外と中で大男が二人、金属の箱を上に下にと熾烈を極める力比べが始まった。

「アビィ?」

「ぼさっと突っ立ってねえでさっさとブツとって逃げやがれ、もやし!」

 首から上がコインロッカーという不気味さが巨漢の凄味を助長させていた。地べたにへたり込んでいたコードが両手をついて立ち上がり、斜め右前方に転がっている金属製のケースめがけて駆け出した。コードの足音からかなり遅れてコインロッカーの圧力が一時いっとき弱まる感触が、アビーの両腕に伝わってきた。全く力が抜けてないところからして、コインロッカーを手放したのではなく、持ち替えただけか。

 それでも図らずも名仮平を陽動したアビーが、暗闇の中でニヤけついた。あとは野郎が適当に姿をくらませれば任務はやり直せる。だが——。

「俺様にこんな無様な体たらくをさせたことは許せね——」

「アビー」

 アビーが陸軍兵士との一騎打ちに持ち込もうとコインロッカーを支える両腕に全身全霊を注ぎこもうとすると、コードの声がした。やけに近い。

「き、きさま。逃げたんじゃねぇのか」

「どこに行けばいいんだよ」

 漆黒のバラクラバが、噴き出した冷や汗でびっしょりになった。名仮平への闘争心に加え、コードのうすのろさ加減が、アビーの肉体機関の馬力をさらに高める。コインロッカーを上へと押し上げる力が見るからに上からの圧力を凌駕し、アビーの口元あたりまでが露わになってきた。

 突然ロッカーの外側から野次馬たちの悲鳴が聞こえてきた。間髪いれず、相棒の腑抜けた叫び声も。野次馬どもの叫び声の中に単語のようなものも聞こえたが、耳がコインロッカーの側面に遮られて内容の判別がつかない。氷の嵐の轟音に混じって、小さな金属製の缶のようなものが構内の床に落ちる音がした。

「アビィ!手榴弾だよぉ!」

 アビーが音のした方に眼球を回した。脳裏にさきの金属音が幾重にも反響していた。
 手榴弾だと?違う。あれは地面に落ちたときそんな音はしねぇ。だいいいちこんなところで放ればやつ自身も逝っちまうぜぇ。
 吹き出した疑問がアビーの脳裏をふとよぎった。音の正体に気づくまでにほとんど時間を要さなかったが、アビーにとって果てしなく長い一瞬だった。耳には、幾重に鳴り響く野次馬の悲鳴がスロー再生のように薄気味悪く流れていた。

「コードぉ!目を塞げ!その場に伏せろ!」

 大衆の悲鳴を制した相棒の怒号が耳に届くなり、コードが足を止めて振り向くと、相棒のバラクラバが見えるほどに持ち上がっていたロッカーが、再び図太い首の根っこまで下がっていた。既に、コードには地に伏せることはおろか、瞬きをする時間さえ残されていなかった。

 一瞬にしてコードの視界が白一色に埋め尽くされると、鼓膜を突き破らんばかりの轟音が数回、立て続けに無防備の男の耳を襲った。


 気付くのが明らかに遅れた。痩身の男が手榴弾と呼んだものの正体は、フラッシュ・バン、つまり閃光音響手榴弾だったのだ。瞬間移動をしようと意識を集中させようとした矢先、黒い缶は己に課せられた使命を遂行したのだ。
 ウィルのまぶたの裏に、フラッシュ・バンが炸裂する瞬間が克明に映し出される。コインロッカーの中で喚く大男の声、呆然と立ち尽くす痩身の男、直後に少年の視界が真っ白に反転、したかと思った。だが今、少年は服の擦れる音一つしない、完全な静寂、そしてどんなに手を目に近づけても物陰ひとつ見えない完璧な闇の中に陥っていた。

——まさか、フラッシュ・バンで視覚と聴覚がこわれ……、そんな。

 完全な闇と聴覚の喪失は、少年から平衡感覚を奪い去り、無重力空間でぐるぐると上下左右に回されているような、名状しがたい気持ち悪さが鳩尾みぞおちあたりで渦巻いている。手のひらが体に触れているはずなのに、その感覚さえない。最早自分がどのような姿勢で、どのような格好で、地面に立っているのか、あるいは何かの拍子でどこかに落下しているのかもわからなくなっていた。

 もう二度と世界が見えないの?聞こえないの?せめて、なにかに触れている感覚だけでも——。それさえも叶わないの?それじゃまるで、死んだも同……。

 おもわず少年が心の内奥で口をつぐんだ。右手の五本の指先で恐る恐る己の右の頬を撫でているであろう所作をする。もし、彼に感覚があったなら、指先が小刻みに震えているのが青白い頬を伝わって、否応なしに彼の精神を揺さぶるのが、左右の目じりから冷たい雫が2条の筋を描いて頬を流れ落ちる感触が、克明に感じられたはずだった。

10(2)話〜交錯する時間(とき)〜 ( No.149 )
日時: 2013/10/08 18:20
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7TaqzNYJ)


 麗牙の指揮官が、決して自身に聞こえることの無い嗚咽を漏らそうとしたとき、その時は訪れた。

 頭の奥に痛みを感じるほどに強烈な光が少年の蒼き瞳に突き刺さった。聞きなれた騒音が——無数の氷の粒がアスファルトとコンクリートの地面をたたきつける音が、錯乱した人々の喚声が——少年の外耳道になだれ込んできた。

 彼の虹彩が能力を取り戻し、徐々に光が弱まっていくと、駅の床であろうタイル地の地面と、自身の膝が視界に映し出された。弾けたように顔を上げると、激烈な閃光と爆音で、一時的に光と音の闇に堕とされた人々ののた打ち回る光景が目下に広がる。
 ようやく自分が三途の川を渡っていないこと、駅の床で膝を落とし、へたり込んでいる現状をのみこめた時、もうひとつの聞きなれた音が、少年の耳ではなく、脳裏に直接伝わってきた。

——間、一髪…でした…ね。…リーダー。

 水希だ。棚妙水希が闇の能力で指揮官をフラッシュ・バンの襲撃から護ったのだ。ウィルがヒアの主に感謝の所作をしようと川沿いに目を向けると、自身の能力でフラッシュ・バンの難を逃れ、直立している件の黒衣に鮮烈な紅毛のベリー・ショートの佇まいが視界に飛び込んできて思わず体を強張らせた。

 白い靄で覆われた水希の顔が苦しさで歪み、体が前のめりになっていた。

——水希、無理はしないで。一度に二人に能力を使ってはダメだ。

 俯いた紅髪の少女が力なく顔を上げ、悲愁に満ちた瞳で指揮官の瞳を見つめる。

——心配なんだ。その能力を使うことで水希になにかわるいことが起きる気がして…。

 続くヒアを受けると、水希が押し黙ったまま、赤き視線を下に落とした。無数の氷が地面を穿つ鈍い音に水希の意気が埋もれようとしていた。

——でも。

 轟音の隙間をぬって、短いヒアが少女に伝わる。

——ありがとう。さっきは本当に助かったよ、みぃちゃん。

——…はい、リーダー。

 指揮官の目には、少女の表情とヒアに光を取り戻したように見えた。

——この任務で、水希にこれ以上能力を使わせてはいけない。…絶対。

 ウィルが口を真一文字に引き締め、コインロッカーを見やる。そこでは、コインロッカーを手放した大男が体を屈め、丸太のような右腕で、モノを掴んだまま地面に倒れ悶絶する痩身の男を掴みあげようとしていた。


 コインロッカーが頭に被さっていたのが思いがけず幸いとなった。耳の奥でギリギリと刺すような痛みが走り、耳鳴りのせいで身の回りの音が全く聞こえないが、ゾンビのように腕を前に突き出しながら彷徨う羽目にはならない。こんな痛みよりも1000倍吐き気のする苦痛を数え切れないほど経験してきた。だが、案の定うすのろな相棒のうめき声が足元から聞こえてくる。

 そしてオレさまの推測が確かなら——。

 アビーがコインロッカーをかぶったまま腰を落とすと、両腕をめいいっぱいに広げ、超重量級の鉄の塊を力の限り水平に振り回した。
 程なくコインロッカーが何か重たいものに衝突する音と共に、どすの効いた男の叫び声が構内に響き渡った。そしてコインロッカーが何かに強固に固定されたように、びくともしなくなった。何もかもアビーの予想通りだった。

「んにゃろう!さっさとイケェ!」

「民間人の分際で、その口二度と聞けぬようにしてくれる!」

 アビーを背後から押し倒そうとする圧倒的な力が、コインロッカー越しに伝わってくる。アビーが左足を前に突き出し、澄んでのところで転倒を免れた。

「てんめぇのことじゃねぇよぉ、化物め!コードぉ、這ってでもいいからさっさと逃げやがれ!」

 強烈な閃光の後遺症で白一色の世界に立たされたコードが、上着の裾を何かが掠める感触といつもの相棒の罵倒で跳ね上がると、金曜深夜に出没する酩酊の小父さまよろしく左右に大きくブレる千鳥足で前進し始めた。ちょうどコインロッカーコーナーとは改札口を反対側——フラッシュ・バンで平衡感覚と視界を失ったやじうまたちが地面に転がっている区画——へ向かっていた。

 それを目の端で認めた名仮平が、左の体側で受け止めていたコインロッカーにかかる圧力に抗うのをやめ、突然アビーを中心に反時計回りに走り出した。フラッシュ・バンの爆音の影響で、鼓膜の奥で脈打つような激痛に苛まれ、相手の動きに対する注意が散漫になっていたアビーが、コインロッカーを被ったまま大きくバランスを崩した。
 名仮平が半円の弧を描き切るころには、バラクラバの魁偉の抵抗からまんまと離脱し、雄叫びを上げてモノを持ち去った男との距離を詰めていった。

 地面に無数に巻き散らかされた氷の粒をミシミシと踏み砕く音が、激しい耳鳴りの隙間から聞こえた様な気がしたのも束の間、その足音は駅のコンクリート製の床をわずかに軋ませながら、見る間にコードとの差を詰めていった。名仮平の標的が野次馬の集団にたどり着くのとほぼ同時に、名仮平が前に突き出した方のつま先がターゲットののかかとにかかっていた。
 
 左足のスニーカーの踵が何かに引っ掛かる感触を受けるなり、コードが方向転換し、野次馬の人だかりの間を掻き分け、闇雲に走った。その度に野次馬たちは、サメに遭遇した真鰯の魚群あるいは人間界の空を覆い尽くす椋鳥の群れのごとく滑らかな曲線を描きながら、追いかけっこをする二人の男達を巧みに避けている。
 ちょこまかと針路を変えるコードを、追いかける名仮平も逐一向きを変えて追いかけていたために、コードの体躯に大男の手が届く数センチを詰められずにすんでいた。だが、業を煮やした巨漢がコードの動きを見越して、野次馬を薙ぎ倒し、蹴散らし、投げ飛ばして先回りを試みはじめると、途端に大男の手のひらがコードの肩や背中に触れるようになった。
 コードが辛うじて大男の魔手を逃れている間、彼の空いている左の掌でしきりに左の大腿を叩き、走れ、走れと叫んでいる。はたの目には、あたかも騎手が馬に鞭を入れているように見えた。
 コードの左右の大腿筋が、矢庭に熱を帯び始める。ややもせず、ふたつの脹脛ふくらはぎにもその熱が伝播した。「きた」コードが小さく呟くと、閉じた唇の端をかすかに持ち上げる。直後に前に突き出した右足が、地面を叩いた瞬間、耳を弄するような衝撃音を発する。だが、同時にその足が瞬間的に痙攣し、コードの体が大きく前につんのめった。コードの真正面で、中学生風の少女が後ずさりながら呆然と口を上げて、彼を見つめているのが見えた。少女の瞳が己が身が捕まえられたかのように痛切な煌きを残し、コードの視界を下から上へと流れてゆき、やがて見えなくなる。

 そのまま行けば氷の粒で覆い尽くされた地べたに倒れこむはずだったのが、突如彼の動きがぴたりと止まった。そして右の手首に軟骨と骨がつぶれそうなほどの激痛がはしると、コードの体が大きな力に引き戻され、つま先が地面を離れた。大男に右手をつかまれた哀れな獲物が身もだえする間もなく、丸太のような左の二の腕で頸を締め上げられ、もう一方の手でコードの左胸にサバイバルナイフの切っ先をぴたりと当てた。大男が体をひねり、コインロッカーを地面に叩きつけている覆面の大男のほうを向いた。


Re: 10(2)話〜交錯する時間(とき)〜 ( No.150 )
日時: 2013/10/08 18:21
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7TaqzNYJ)


「うあぁ!」

 コードが首を締め上げられながらも雄たけびをもらすと、渾身の力で全身をひねり、大きく右腕を振りまわした。
 己の頸の下の辺りから、黒いケースが前方に飛んでいくのを目の当りにした名仮平が、息をするのも忘れ、しばし黒いケースの飛翔するさまを呆然と眺めていた。

 名仮平に薙ぎ倒されずにすんだ野次馬の視線を一身に受けた黒いケースは、ゆっくりと回転しながら緩やかな放物線を描き、人々の頭上を飛翔してゆく。数秒間の滑空のなか光沢のない黒いケースの上面では、天空より垂直降下する無数の氷の欠片が絶えず衝突とバウンドを繰り返し、濃密な白いけむが湧きたつ。

 黒いケースが滑空するコースの延長線上から、新たな足音が——氷の欠片を踏み砕き、地表上数十センチの中空に巻き上げる音を盛大に撒き散らしながら——ケースに向かって急速に近づいてくる。覆面の大男が上体を力強くひねり、両腕を振り上げ、大股で駆け出した。5歩目でブツを格納している黒いケースと接触した。

「コードぉ!」

 アビーが野次馬の向こうに聳える大男のほうに向けて絶叫する。アビーの喚声の音圧に押しやられるかのように、アビーと名仮平を結ぶ直線上の人々が脇に退いた。だが、アビーは男に向かって駆け出すようなまねはしなかった。そんな真似をすれば、相棒の辿る運命は火を見るよりも明らかだ。

「アビィ!それ持って逃げて!」

「もやしの分際で、オレに指図すんじゃねぇ!」

「この期に及んで何言ってるんだ!あんたプロの運び——」

 人質の頸を締め上げている左腕の力が抜けているのに気づき、名仮平が先ほどよりも左腕に力を込める。頚動脈と形状脈を流れていた大量の血液が顔面でうっ血し、見る見るうちに皮膚の裏が真っ赤に染まっていく。

「相棒が苦しんでるぜ。覆面」

 2メートル50センチの巨漢が、遠巻きに覆面の大男を見下ろす。今度はしゃべっている間も左腕は岩のごとき堅牢さを保っている。左胸にわずかに食い込んでいるサバイバルナイフも一分の隙も無い緊張感を維持している。

 一か八かでこの貧弱な男を人質にとってみたが、さきのやり取りからすると、存外にもこいつは覆面野郎にとっては簡単に切り捨てることの出来ない存在らしい。
 名仮平がおもてにはださずにほくそ笑むと、覆面男がとるであろう行動を待った。


——僕たちの立ち位置がわかったよ。水希。

——そうですね、リーダー。

 小学生のような風貌の2名の暗殺者が、手短に音無き会話を済ませる。
 コインロッカーで事件が発生した瞬間から、誰が麗牙の味方かあるいは敵か、そして無関係の人間なのかが判断しかねていた。それがわからない限り彼らの能力は全体の1パーセントの力さえも出すことが出来ない。
 だが、さきの3人の短いやり取りで男達の関係がはっきりした。
 若者を人質にとっている大男は件のケースを強奪しようとしている。
 人質の若者と覆面の男は運び屋で仲間同士。つまりあのケースを目標地点ポイントに届けてきた張本人だ。
麗牙は己らの身元が割れないように配慮しながら、彼らを全力で護らなくてはならない。

——僕が閃光手榴弾で人質の男性を解放するから、水希は掩護の合図があるまで待機してて、絶対だよ。

——…了解です、リーダー。

 そう言い、ウィル=ロイファーが名仮平を一瞥し素早く視線をアビーに向けると皿のように目を見開いたまま釘付けになり、身じろぎ一つ取れなくなってしまった。
 水希がウィルの異変に気付き、目線をアビーのほうに向けると、底には目を疑うような光景が映し出されていた。
 覆面の大男が、人質を抱えている大男に向けて、拳銃の銃口を向けていたのだ。


「貴様……どういうつもりだ。こいつが見えないのか?」名仮平が動揺を押し殺して言葉を搾り出すが、声がうわずり、体がこわばっているのがコードの頸と耳を伝ってはっきりと感じ取れた。

——それで、いいんだ。オッサン。

 不意にコードが全身の力を抜いた。頸を絞められているというのに、息苦しさが消えたような気がした。

「ああ、しっかり見えてるぜぇ。オレの足を引っ張ることしかしねぇ、役立たずの腰巾野郎の姿がな!」

 言い放つなり、アビーが拳銃の引き金を引く。50口径の 「ハンドキャノン」S&W M500 が人の頭よりも大きなマズルフラッシュを放ち、12.7ミリメートル径の.500 S&Wマグナム弾をシャバに叩き出す。日本の警察の制式拳銃の6倍強の重量、銃口通過時の運動エネルギーは10倍以上と、文字通り桁違いの威力を誇る弾丸が、発火炎を巻き込み、1条の紅き閃光となって日本国防衛軍陸軍兵士に向かって牙をむいた。
 コードのこめかみのすぐ右側から尋常ではない炸裂音と衝撃波が拳銃の経験が皆無の青年を襲う。鈍器でたたき付けられるような衝撃を頭に受けたコードが、色即是空を気取った己が振る舞いから目を醒まし、情けない悲鳴をあげる。
 雷鳴のような発射音のこだまが徐々に消えていく。
 耳を覆い、床にしゃがみこんでいた人々が顔を上げ、銃弾の向けられたほうを見ると、そこには目を疑うような口径が広がっていた。

 名仮平は立っていた。

 激痛で身をかがめてはいたが、左腕に抱えた人質を離すことなく、肉に飢えた熊のような唸り声をあげながら立ち続けていた。

「腐っても陸軍かよ。人間は糞以下でも、装着している装備は一流だな」

 アビーがM500の衝撃を受けても微動だにせぬ右腕を誇らしげに持ち上げたまま、覆面から露になっている双眸をにやけつかせながら言い放つ。
 M500の銃撃を受けても、名仮平が抗弾ジャケットの裏に装備している制式の分厚い抗弾パネルが、50マグナムの衝撃を見事に受け止めていたのである。そして、抗弾パネルの頑強さに勝るとも劣らない名仮平の鉄壁の巨躯が、抗弾パネルの受けた衝撃に耐えていた。それでもハンドキャノンから受けた衝撃は凄まじく、サバイバルナイフを右手から落としてしまった。

「貴様ぁ、ナイフなぞ無くともこいつの首の骨を折るくらい、朝飯ま——」

 名仮平が痛みを堪えながら少しずつ上体を起こしていくと、言葉を言い終えないうちに、再び特大のマグナム弾が人質のこめかみを掠めるように、立て続けに2発、ほぼ1発目と同じ位置に命中した。陸軍制式の抗弾パネルはそれでも装着者の体躯を護りきったが、バランスを完全に失った200kg超の巨体は、両腕を前方に投げ出し、上体を仰向けにのけぞらせながら、後ろに倒れこんでいく。その動きに合わせて、名仮平から距離を置いていた野次馬が、悲鳴をあげながら更に後ずさった。放り出されたコードが、すかさず相棒のもとへ疾走する。
 

 軍所属の巨躯の介入者が倒れている。運び屋の仲間と思しき人質が解放された。今なら防眩ゴーグルを使用されることは万に一つも無い。ウィル=ロイファーが周囲の人間の目につかないように、パンツの後ろポケットから黒い缶を取りだす。私服でも携行できるように改良した結果、軍用のフラッシュ・バンに比べ、8割の威力を確保しながら、手榴弾のサイズを7割削減したものである。


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