二次創作小説(紙ほか)

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

AsStory /予告用中編 『二人の精霊王』
日時: 2015/09/20 00:30
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 3qG9h5d1)

初めまして!
書き述べると申します。


 この作品は以前、シリアスのカテゴリーだったのですが、第七話からはこのサイトに投稿されている他の方の作品の内容を混ぜ込ませていただくことになりましたので、このジャンルに引っ越してきました!

カキコ内二次(合作じゃないですよ)……結構珍しい様な気もします。

混ぜ込む作品は——
『Enjoy Club』(作:友桃様)
です!
そして
『ウェルリア王国物語』(作:明鈴様)

ぇ、二つもやって大丈夫なのかって?貴様のプロットどうなってるんだよって???

(黙殺。。。。。。)



1点注意していただきたい事が……。
冒頭でも触れておりますが、もともとシリアス・ダークの作品なので、そのカテゴリー特有の表現があるかも知れません。できるだけグロい表現は使わないつもりであはりますが……。


更新の間隔が2か月空いたりすることがよくありますが、寛大な御心で受け入れてくださいますと大変有り難いです!


【最新話直前の状況】

(現在修正中・・・・・)




【お客様(引っ越し前の方含みます)】
  アメイジング・グレイス様
  アサムス様
  友桃様
  通りすがりの者です。様
  (朱雀*@).゜.様



【目次】

◆◆ 序章 ◆◆

 1話 >>1

 2話 >>2-3

 3話 >>4-5

 4話 >>6-11

◆◆ 第一章 ◆◆

 5話 >>12-13

 6話 >>14-19

 7話 >>21-25

 8(1)話 >>29-31

 8(2)話 >>38 >>41 >>44 >>46 >>48 >>51 >>53 >>58 >>60-61 >>63-64 >>70-75

 9話 >>81-82 >>87-88

 9(2)話 >>90-91

 9(3)話『時空間操作システム』 >>95-96

 9(4)話『副長官、乱心』 >>98-100

 9(5)話『時間ときを越えて』 >>105-107

 9(6)話『地を駆る鳥』 >>110-114

 10(1)話『ひかり、在れ』 >>118-119

 10(2)話『幕開け』 >>129-132

 10(3)話『交錯する時間とき>>142-153

 10(4)話『混迷に魅入られし者たち』 >>160-166

 10(5)話『絶体絶命』 >>172-175

 10(6)話『PMC、対陸軍攻撃陣』 >>180-189

 10(7)話『突入』 >>192-197

 10(8)話『スナイピング』 >>200-204

 10(9)話『ひかり、在れ』 >>209-210 >>213-214 >>227 >>229-230


◆◆ 第二章 ◆◆

 11話『逃走』(更新中) >>232-239


〜〜小説紹介〜〜
『☆星の子☆』((朱雀*@).゜. 様) >>108
『Enjoy Club』(友桃様) >>109


書き始め 2010年冬頃
(もう3年経ってしまったんですねぇ)

〜〜予告用短編〜〜
『月光』 >>126-127

『二人の精霊王』 >>243-245 <<<<<<<<(現在作成中!)

〜〜クリスマス短編〜〜
『クリスマス・プレゼント』 >>217-225

〜〜キャラ絵〜〜
メクチ >>207
水希 >>208
水希(変装後) >>212


登場人物一覧
>>206 (リアルパート)
>>216 (ファンタジーパート)

〜追伸〜
ツイタやってる方。。。R18記事があってもOKって方は、ちょっとフォローしてやってくれませんか?? => @motto_e

あんまり呟かないですけどねぇ〜(ぇ?)

As Story 9(6)話〜『地を駆る鳥』〜 ( No.110 )
日時: 2013/01/14 21:57
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)



 同日 武蔵丘陵付近施設内休憩室——


 サーバルームのあるフロアの一角に、20名ほどが入れる休憩所が設けられていた。休憩所と廊下は強化ガラス張りのパーティションで仕切られ、他の部屋には見られないような洒落た間接照明が、やわらかな乳白色の光を落としている。壁際には、清涼飲料水や軽食の自動販売機が所狭しと立ち並び、センター内の食堂が閉まった後でも巨大な灰色の箱のなかで職務の遂行を強いられている人々にエネルギーと希望を与えていた。

 休憩室に6脚設けられた4人掛けのテーブルセットのうち片隅のひとつを、警察庁情報局局長、七髪一三が占拠している。テーブルには顔写真付きのA4版の印刷物が数枚、少しずつ横にずらして並べられていた。煌々と照らし出される休憩所とは対照的に、老齢の局長のテーブルだけは暗澹とした空気に呑まれ、その中で彼は時折うめくような声を発し、背中を屈め皺の刻まれた眉間にさらに皺を寄せ、机上の印刷物とにらみ合いをしていた。

 並べられた印刷物は、件の正体不明の42件の反応について、当局で詳細に調査した結果であった。調査結果は1件の反応につき、1枚のレポートにまとめられていたが、42枚中、40枚はびっしりとつめられた項目のすべてが「未登録」の文字で埋められていた。残りの2枚は様式の左上に、男性の胸部より上の写真画像が写され、氏名、住所、学歴、職歴、犯罪歴などについても登録のあるものについては、項目が埋められていた。

 七髪が項目の埋められているもののうちの一方を取り上げ、鼻先がつくほどに近づけ、紙面全体を余すことなく入念に見回した。そして、さじを投げたとばかりに短くうなり、紙を机に放ると、背もたれに体を投げ出した。

「わからん——」

 紙面の男の情報は、ところどころ空白はあるものの、全く情報が取れていない40名に比べれば、随分と情報は取得できていた。抜け落ちている情報は、二十余年に亘る男の学歴と職歴であった。その欄は、件の40名の例のような「未登録」という表示がなく、まっさらな空欄になっていた。

 今から10年前、当時の日本政府は国民総背番号制ともいえる、通称番号チップと呼ばれる国民健康保険被保険者番号を記録したナノメートルクラスのチップの国民への体内への注入を始めた。そして専用の読取装置で対象者の体をスキャンし、取得した国民健康保険被保険者番号をもとに何時でも何処でも——世間ではユビキタスと呼ばれている——国民基本情報サーバから必要な情報が取り出せるという仕組みを実現したのである。そうすることで、福祉や医療、経済活動のいっそうの充実を図るという理由であったが、もちろんそれは建前で、実のところは犯罪者やそれらに関わる人々に対し、法律で禁じられている24時間監視が本来の目的だった。

 だが、監視される側も烏合の衆ではない。番号チップから発せられる電磁波を妨害する装置を身につけることで、政府の監視の目から逃れようとした。そしてこれまでの10年間は、番号チップの高性能化を図る警察組織と、番号チップの機能を妨害しようとする非監視対象組織とのいたちごっこの繰り返しだった。

 身元の情報が全く取れなかった40名は、番号チップからの番号の取得を妨害したために、政府が所管する国民の基本情報を管理するサーバで個人を特定できず、すべての項目が未取得になってしまった典型的な例であった。つまり、かの40名は、犯罪者もしくは犯罪組織の一員であることが限りなく高いのである。むしろ問題は、番号チップの信号が妨害されなかったために情報が取れた残りの2名、さらに絞ると、職歴等が空白になっていたあの男であった。

 国民基本情報サーバへ登録していない情報があれば、先例のように「未登録」と表示される。それが空白になっているということは——。
「登録時の入力ミスか、システムの偶発的な不具合か、若しくは」机上に両肘をつくと、おもむろに両手をくみ、うな垂れたこうべを左右にゆする。

「改ざん…いや、そんなことがあるはずが——。国民基本情報サーバに登録した基本情報を変更するには、専用の情報更新画面から入力しなくてはならない。それ以外の方法といえば、全基本情報を格納しているサーバ内のデータベースに侵入し、直接データを更新する…。だが、そんなことをすれば直ちに、改ざん検知プログラムによって警報が発動し、データの復元が実行される。そして、改ざんのログが記録され、侵入者のコンピュータの識別情報、そして侵入者の住所までを特定するはずなのだ。

 本庁で直ちに問い合わせたが、警報が作動した形跡はなかった。データベースへの不正なアクセスを示すログも無かった。だがこの者の来歴には空白文字が入力されている」眼球が飛び出しそうなほどに見開かれたまぶたの後ろを、氷のようにつめたいしずくが、七髪の皮膚をなめるように垂れていく。

「常に最新、最高の、セキュリティで固めていたのだぞ」搾り出すようなうめき声を出す。テーブルに置いた二つのこぶしにあらん限りの力が込められ、小刻みに打ち震えていた。

 伝えるべきなのか、これを。しかし、まだ可能性の話でしかないぞ。ここで一威長官に報告すればいたずらに混乱を広げるだけか?だが、あの時空間犯罪者の中に警察庁の最高のセキュリティを破るハッカーがいるかもしれないのだぞ。

「どうすれば…いいのだ」
 うな垂れた己の顔が、ピアノの黒鍵のごとくきらめくテーブルの天板に映る。3名の警備隊員を無事転送し、安堵の息をついていたときからいくらもたっていないのに、別人のように憔悴しきった自分がこちらを眺めている。何かもの言いたげに口を開こうとしている。だが目の前の男が言おうとしていることはすでにわかっている。そしてそれに返す言葉がないのもわかっていた。

 二人の男がじっと唇を締め、自販機のコンプレッサの動作音が通奏低音を奏でる沈鬱な空間に身をうずめていた。

 ふと、七髪の左手が、禁断症状の現れた麻薬中毒者のよう物狂おしくダークスーツの右胸ポケット、右脇ポケット、スラックスの右ポケットとまさぐる。何度もそれを繰り返し、突如動きを止めた。思わず嘲笑で表情をくずした。

「わたしとしたことが…」

 見計らったように、七髪の右横からたばこの自販機に据え付けられているディスプレイから、ラッキーストライクのCMが流れる。

 ヤニは20年前にすっぱりめたつもりだったんだがな。そろそろターゲットに接触するころだろうか。転送システムの地理空間的転送精度は約1km。走査システムの地理空間精度も同程度。走査システムから読み取った座標がドンピシャで、転送システムの転送もピッタリであれば、今まさに到着予定時刻だ。だが、転送目標地点からのずれが両システム合わせて最大2km。そうなれば、暫くかかるか……。

 ターゲットの居場所は確か——。

 目線をつと上にあげ、自分にしか見えない日本地図を天井に描く。そして、2012年当時の関東地方と呼ばれる地域にズームインする。さらにズームインは続き、南関東、神奈川県…。

「横浜港」

 ゆっくりと、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。空想の日本地図の拡大図の約半分が薄青色で塗りつぶされ、の半分は複雑に入り組んだ埋立地の輪郭をもつベージュ色の領域で覆われていた。

  選ばれた3名の隊員は、情報局の分析結果を元に、2012年1月の南関東、当時の地名では横浜港と呼ばれるポイントに転送されていた。

 長官への報告はしよう。だが、本件の調査は極秘事項として進めてもらうのだ。

 納得したように首肯する。我知らず安堵の息をもらすと、また、左手が持たざるモノを求めてポケットの中で蠢いていた。七髪がふん、と鼻を鳴らすと、幾度となく読み上げてきた件の男の個人情報のハードコピーを右手で持ち上げた。

「困ったものだ」

 少々乱暴に、紙切れをテーブルにほうった。そして、踵を翻すと己を誘う自販機の中に陳列されている「幸運のブルズアイ」へと向かった。

 猛木 雷鳥(たけき らいちょう)、氏名欄にそう刻まれた白地の個人情報のハードコピーが、漆黒の天板の上で剣呑なオーラを放っていた。


As Story 9(6)話〜『地を駆る鳥』〜 ( No.111 )
日時: 2013/01/15 12:36
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: FsSzscyg)

 二〇一二年一月二十日 午前五時半頃 横浜港付近——

 「うう、さぶっ」
 怨嗟の念をたっぷり込めて男がうなり声を発する。声に合わせ、小刻みに白い息が口から鼻から漏れ出した。

 巨漢のオタク、光曳梓を締め上げてからおよそ100km。ひたすらバイクを駆ってきたが、向かい風の余りの寒さのために、道行みちゆきで見つけた24時間営業の衣料品店<Jeans Mate>で、漆黒無地の綿がたっぷりつめられたブルゾンとフリースの手袋を入手し、ライダースーツを脱いだ後の冷気対策を整えてきたつもりだったが、冬もたけなわの冷気が容赦なく衣服のわずかな隙間から忍び込んでくる。

「アビーさん、人遣い荒過ぎだよ。バイクじゃ目立つからって、何もターゲット地点の1kmも手前で降ろすことないじゃん」

 本人がいないのをいいことに、ひとしきり悪態を言い放った。もやしという呼称がぴったりの痩せこけた運び屋・コードは、横浜港付近にあるJRのある駅前に佇んでいた。

 運び屋の二人の仕事は佳境を迎えていた。コードの手のひらより少しい大きい直方体の小包を、依頼主から指定された位置のコインロッカーに入れ、暗証番号をセットする。これで完了である。

 作業自体は極めて単純だが、わざわざ運び屋を介して届けるような品である。必ずブツを奪取や受け渡しを妨害しようとする輩が、受け渡しの現場付近に張り込んでいる可能性が極めて高い。そこに小包を抱えたバイクが接近しようものなら、立ちどころに二人の正体がばれてしまう。そのため、風貌が地味なコードが、ライダージャケットから一般的なブルゾンに着替え、現場から相当離れたところから徒歩でポイントに向かうことにしたのである。

 駅のプラットホームのすぐ下を垂直に交差する形で流れる川に沿って、のべつ幕無しに吹く風が、皮膚が千切れそうな程の苛烈な冷気を伴って青白い若者の頬を撫でる。依頼人が指定したコインロッカーは真正面のタッチ式改札機を通過してすぐ左側の壁沿いにあった。

 さっさとロッカーにモノを突っ込み、この酷寒の現場を離れたい衝動に駆られたが、大きく深呼吸して克己心を鼓舞する。慎重に改札周辺を検分する。既に上下線双方の列車の運行は始まっており、早朝出勤の人々が改札を抜けていくのが見える。周辺の建物の陰、窓の奥を確認したが、不審な人影は見当たらなかった。というよりも、まだ地上に分厚い闇のとばりが覆いかぶさっているこの時間、この手の仕事が初めてのコードに、人影を見分けろというほうが無謀な話であった。

「アビーさんに頼んだほうがよかったかなぁ」溜息をつきながら、ブルゾンの右わきポケットから、メモ用紙を取り出した。小さな紙の半分以上が余白になっており、左上に細かい字が隙間なく詰められ、こう書かれていた。

 
 確認手順
 ×1、ロッカーの場所 (外からみえるはず)
 ×2、周辺のかくにん (かいさつ、歩道、建物の窓、かげ)
 3、駅の周辺、ひとまわり ※不審な人が見当たらなくても必ずやる!!
 4、2をもういっかい
 5、ロッカーにモノをおく (あんしょうばんごう、1290)

 
——駅一周?マジかよ…

 小さく悲鳴をあげると、再びパートナーに悪態をつきながら駅の周囲をまわりに、街灯に導かれつつ暗闇の中へと姿を消していった。

 夜半から遥か南方より急速に北上してきた黒雲が、眠りを知らないメトロポリスの港の空を完全に埋め尽くしている。しかし、東京湾に面する不夜城は、天界の絢爛豪華な照明がなくとも、己らが創り出した仮初の光が昼間のごとく燦々と下界を照らし出していた。かつて人々を震え上がらせた深更の百鬼夜行も、現代のメトロポリスにおいては、読経よりも強力なこれら人為の光によって、跡形もなく失せていた。

 闇の取引が行われようとしているJR線の駅から約1km程はなれた地点で、強烈な街灯やビルの照明に埋もれることなく、コンビニエンスストアが煌々とLED照明を輝かせていた。そして店内の窓に沿ってずらりと並べられた雑誌の棚の前に、現代日本に居場所を失った百鬼夜行の妖怪共が合わさったような、大男がたたずんでいた。男はその威圧的な佇まいに輪をかけるように、真っ先にテロリストを髣髴とさせるような、両目の部分だけが露出した漆黒のバラクラバをかぶっていた。

 覆面の男は男性誌を手にしており、その開かれたページには、水着姿の女性の尻が見開きを隙間なく埋め尽くすほどにでかでかと写されていた。

「小せぇ、ちいせぇ。どの女もモノが小さすぎるぜぇ。こんなんじゃ貧相すぎて雌犬ビッチと呼ぶのも憚られるぜぇ」両目を不満いっぱいにしかめて舌打ちする。グラビア写真の載ったページを殆ど見ずに次々とめくっていく。

「やっぱオンナとコーヒーはアメリカンに限るぜぇ」

 そう言い放つと、まだ買っていない雑誌を乱暴に棚に放り入れた。そしてもう一度、盛大に舌打ちをし、再び男性誌の棚を物色し始めた。物騒な覆面をとってもらおうと、鬼の化身のような大男に忍び寄っていた若い男性のコンビニスタッフが、覆面男の強烈な舌打ちに思わず腰を抜かし、ほうほうの体でレジに逃げ帰った。

 おもむろに大男が首をひねり、背後を一瞥した。店員が足音を殺して自分に近寄っていることも、自分の舌打ちのせいで逃げ出したことにも気づいていたが、それ以上気にかけることもなかった。
 そして、首を戻すときに、レジとは反対側の壁にかけられた、モノトーンの丸時計に目をやった。

 午前6時10分。

 ——んにゃろう、コードのやつ、遅ぇな。

 心の中のぼやきが消えるか消えないかのうちに、店の入り口の自動ドアが開く音がした。黒いジャケットを羽織った、細身の若者が両腕で体をさすりながら店内に入ってきた。ブルゾンの両肩が粉砂糖をまぶしたように、白色のグラデーションがかかっている。

「遅かったじゃねぇか」
「ちょっと待って!アビーさんさぁ、死ぬほど寒かったのに、おまけに雨にまで打たれながらやってきたのに。ねぎらいの言葉一つ無しかよぉ…おおさぶぃ。あと、その覆面取りなよ。警察に通報されちまうよ」

 しきりに体をさすり、あたりを見回した。左を向いた瞬間、レジに店員が、こちらから目線を逸らしたのが目に入った。

——なんだよ、店員いるじゃん。あんまり静かだから、どっかでサボってんのかと思ってた。やべぇ。

 痩せこけた青年の顔面から、さらに血の気が引く。

「るせぇよ、コード。ちゃんと向こうが受け取ったのを確認したら、言葉でも熱湯でもぶっかけてやっから、ぶつくさ言うんじゃねぇ。いま情報収集で忙しいんでな」

 コードが唖然とし、アビーの手元に目線を落とす。目線を外したまま事の成り行きを立ち聞きしていたコンビニのスタッフも、覆面の大男の最後の言葉が気になり、大男の手元を見ようとしたが、手前に立ちはだかる陳列棚に隠れてしまっていた。

——情報収集って、エロ本漁りかよ。しかも、海外の…。

 人並みのデリカシーを持ち合わせる青年は、脳裏をよぎった言葉を口にするのがはばかられ、顔の右半分を引きつらせるにとどめた。

「そんなことよりも、ブツの受け取り現場、見物しに行くぜぇ」
「え、さっきから受け取りの確認だとか見物とか、それってまずいんじゃない?」ふと、左の方を一瞥すると、すぐさまアビーに近寄り耳打ちした。

「僕たちの身元バレたら、契約違反だよ」

アビーが真っ黄色の歯を覗かせてニヤける。「岩倉のブタ野郎からさっき連絡が入ったんだ」

コードが、中空に岩倉マネージャーの顔を思い浮かべ、豚と似てないと思いつつ目線を返す。

「あっちも受け取りは本人が来ない。代理をかませるらしい」

コードの顔が疑問符で埋め尽くされる。コンビニの店員が陳列棚をはさんで向こう側で、商品整理を始めた。

「受け取りが代理って、運びうちらを介するときは、よくありそうじゃん。そういうもの運んでんだし」

コードがさらに声を殺す。アビーはお構いなしにがたい相応のハリのある声で言い返した。

「もちろんばれないように、遠巻きにだ。その代理にすげえのが来やがるらしい」「スゲェの……って?」

 続きを言おうとした瞬間、とっさにアビーが口をつぐむ。爬虫類のごとく左右、前後、上下と眼球を動かし、周囲に注意を払う。瞬く間に大男の全身に緊張が走ったのが、痩せの相棒にも痛いほど伝わってきた。大男が可能な限り小さく身をかがめ、相棒に右手で小さく宙をかく仕草をしてみせる。コードの耳が十分に近づくと、口がでるようにバラクラバをまくり上げる。コードが緊張のあまり、両目を皿のようにみひらいた。

 大男がもったいぶるように口を動かす——。


「EC、だ」

As Story 9(6)話〜『地を駆る鳥』〜 ( No.112 )
日時: 2013/01/14 22:06
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)


 コードが、耳にした一文字目を口にしたところで、全身を硬直させた。いつも野卑な笑いを浮かべている大男の相棒が、珍しく遠足の前の子供のように楽しげな表情をしているのが目に映ったが、それも束の間。すぐに視界全体を完璧な黒をした闇に覆いつくされた。

——イー、シー?

 その単語を聞いたとたん、彼の思考がぴたりと止まった。現実を漂い続ける力を失った意識が、光なき深淵へとのみ込まれていった。

 延々と続くと思われた意識の墜落が止まった。だが淵の底についたところで、暗黒の広がる方向が縦から横に変わっただけで、なにひとつ状況は変わらなかった。

 完全な静寂に身を置くと、人間の脳は耳鳴りという形で無理やり音を造り出すというのをどこかできいたことがある。視覚も同じようなことがあるのか?

 光の届かないはずの深淵の底で、スポットライトがあてられたように、地面の一角が覚束なげに白く浮かび上がる。一人の人影がその白い円の中に佇んでいた。輪郭の内側が微塵の陰影もなく漆黒に塗りつぶされたその人影は、背丈がコードの胸にも届かない子供のものらしかっ。だが、前を向いているのか、背中を向けているのかさえ分からない。

 もう一つ、暗闇に、同じく漆黒の人影が浮かび上がる。コードのように細身だが、彼よりも頭一つ分以上背が高い。首のわきで長い髪が滑らかになびいている。寛衣の裾のようなものが人影のひざ下のあたりでゆったりと揺れている。長身の人影も彼の方を向いているのか、それとも背中を向けているのか、男か女かすら区別がつかなかった。

——あれは、僕?

 コードが子供の人影を慎重に観察する。どんなに目を凝らしても、人影の輪郭の内側は、そこだけ光が抜け落ちたように黒一色だった。そして自分自身をも説得できる理由も見つからなかったが、ただなんとなく、その人影がそうだと感じた。

——もう一つの、あいつは…。

 改めて自分に問うまでもなかった。すでにその人物の名前は、己が意識に克明に顕れていた。だが、本能がその人間の名を音として現実界にあらわすのを頑なに拒んでいた。

 不意に、長身の男の人影が向きを変えた。しなやかに寛衣をなびかせて、子供の方に向かってくる。足音はしない。子供の人影が、そっちの方を向いたまま、金縛りにかかったように動かない。向きの判別がつかないはずなのに、コードにはそのようにしか見えなかった。

——早く、消えろ。消えろよ。なんで、また現れたんだよ。消えろ、消えろ!早くっ!

 スポットライトの光が次第に弱くなっていく。それにつれて、二つの人影の輪郭も徐々にばやけていく。

「きえろ!きえろ!」

 両手で己のこうべを抱え、めちゃくちゃにゆすっていた。めちゃくちゃに叫んでいた。

 何かが己の両肩を絶大な力で抑え込んだ。両方の鼓膜でしばらくの間、己の叫び声がこだまし続けていた。

「おい、どうした!コード!しっかりしろ!」

 熊よりも大きな掌に抑え込まれたまま、コードの頸がひきつったように一瞬天を仰ぐと、前をむいて止まった。狂気がほとばしるまなこが正面の覆面を捉える。何かを言おうとして口を開けたが、声を詰まらせると、すぐに口を閉じてしまった。双眸を固く閉ざすと、やがて絶え間なく涙が零れた。全身の震えが止まらなかった。

 百戦錬磨の魁偉は、言葉を失い、震え続ける相棒の体をひたすら抑えつづけるしかなかった。

 静まり返ったコンビニのそばを、無灯火の原付が、けたたましくエンジンをふかして走り去った。

 漆黒の闇夜に重たく垂れこめた雨雲が、複雑な曲線に富んだ濃い灰色の模様をつくりだしている。

 コンビニの駐車場に止められたホンダの大型バイクCB1300の座席に、横を向いてアビーが座っていた。一段高くなった後部のシートには、正気を取り戻したコードが身をかがめ、彼もアビーと同じく横を向いて座っている。アビーはまばらに通る車を無為に見送っていた。コードは両ひざに肘を突き、相棒のおごりで買ってもらった缶コーヒーで、プルタブを閉めたまま両手を温めていた。

 霧のような雨が、弱まることも強まることもなく、津々と二人の肩に頭に舞い降りてくる。霧雨に乱反射したコンビニの照明と街燈の灯りが、白む気配を見せない暗闇の中で、二人をやわらかく浮かび上がらせていた。

「ECに、そんなにビビってんのか?」

 相棒に気を遣いすぎたのか、言葉が軽薄になりすぎてしまった。己の両手の中で起きた、目を疑うような光景がアビーの瞼の裏に投射される。ただ一言単語を聞いただけで、ごく普通そうに見えた青年があのような異状をきたしたのだ。その原因が、闇組織への単純なおそれではないと確信していた。だが、生まれてこのかた心が挫けたことのないアビーが、何をどう訊いていいのかわからなかった。
 大男の頭の右上で、くすっと笑い声がする。「ああ」

 アビーが次の言葉が見つからず、なおざりに笑って返す。もともと共通の話題のない二人の間に、再び永いしじまが訪れた。

 二人が次の言葉が聞いたのは、コードが缶コーヒーの蓋をようやく開けた時だった。

「すっかり冷めちまった。不味いな」
「へっ、おごってもらっておいて、文句たれるんじゃねえよ」

 コードがおもむろに光の粉の舞い落ちてくる天を仰いだ。まるで、無の世界から何の前触れもなく光が生まれてくるような錯覚を覚えた。光が我が身に舞い落ちるたびに、心が澄んでいくような気がした。胸中に浮かび上がる言葉が、音に姿を変えて顕れた。

「行こう——」

 上空で白色の明滅を繰り返す、ランドマークタワーの航空障害灯をぼんやりと眺めていたアビーが、思いも及ばぬ相棒の突然の物言いに思わず上体を右に向けそうになった。寸でのところでそれを堪え、青二才の相棒に動揺を悟られぬよう、視線のみを声のした方におくった。
「いいのか——」あくまで冷静沈着を装い、静かに言葉を掛ける。
「いいさ。会ってみたいんだろ。アビーさんは」

 アビーが地面に痰を吐き捨てる。

「言葉に気をつけな。会うんじゃねぇ、遠目にちょっと窺うだけだ。あいつらに気付かれたら——」
「命は無い。間違いなく」

 強く言い切るように、言葉に割り込んできたコードの方を見た。今度は一瞬ではなく、細面がさらに憔悴した若者の顔を、しかと睨んでいた。

「お前、やっぱりEC(やつら)のこと——」コードが声の主に頸を向ける。腰かけている場所のせいで、ひ弱な青年が魁偉のベテランを見下ろす形になった。

「そんなまさか、知らないよ。ネットの噂さ。あそこの住民たち、やばい噂とか好きだろ。そういうの僕も嫌いじゃないし。よくみてたんだ」

 薄明かりのもと、おぼろげにうつる若者の瞳は、果たして真実を語っているのだろうか。なにも、つかめない。

「アビーさんこそ」コードが視線をはずした。「本当は、僕に駅のロッカーにおいてこさせた品が何なのか知ってるんだろ?」

アビーが怪訝そうな目を向ける。

「あン?知らねえよ。あのウマヅラの岩倉の野郎が頑として俺らに教えようとしねぇ。俺もウィルスとか怪しい電磁波を発生させるものは触りたくねぇからな、携行型スキャニング装置を持っているが、全然中身が見えねぇンだよ」

苛立たしげに、鼻息を吐く。真っ白な気流が覚束なげな雨粒を吹き散らした。隣の相棒は、中空に岩倉の顔と馬の顔を思い浮かべながら、首を傾げた。

「世界一ヤベぇ秘密結社が絡んでくるようなモノって、何なんだよ。コン畜生!」アビーが芝居じみた罵声を暗闇に放つ。

「それに」コードが言葉を継ぐ。

「世界一ヤバい秘密結社に頼みごとをできる依頼主の正体と——」

「なんつっても、その世界一ヤベエっていう、奴らの正体、誰も見たことがねえって言うじゃねえか!冥土の土産に拝んでおきてえもんだぜぇ」

二人の目の前が、笑い声で湧きあがった真っ白な靄で覆い尽くされた。

 だめだ。何言ってるんだ、僕は…。アビーがあんまり楽しそうにしてるもんだから、ついつい調子合わせちゃったよ。本当にあいつらと、会うのか?——。

「よし、そうなりゃ実行だぜぇ!」

 コードの心の声と交錯して、いつものように威勢のいい、拳骨のようなアビーの蛮声が界隈に轟いた。そして、声の聞こえなくなった空間を埋めるように、雨粒が建物や駐車中の車の屋根を叩く音が響き渡る。

「くそっ、天気予報の野郎、本当に雨が強くなってきやがったぜ」

 アビーが腕時計を確認する。6時24分。ラジオで確認した天気予報では、6時35分が日の出時刻ということであったが、港周辺の空は分厚い雲に覆われ、未だに深更と変わらぬ闇をひきずっている。そしてもうひとつ予報で確認できたことは、この雨はこれから本降りになるということだった。


As Story 9(6)話〜『地を駆る鳥』〜 ( No.113 )
日時: 2013/01/14 22:39
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)

「なあ、アビーさん!」

 雨音がしばらく続く。もう少し待ったが、前から返事がこない。聞こえるのは、真っ黒な雨合羽のフードを打ちすえる大粒の雨の音ばかりだった。霧雨からいっぱしの雨粒に変化した雨は、見る見るうちに強さを増し、1月には珍しい豪雨となっていた。日の出の時刻は過ぎていたが、街は大して明るさを増していなかった。増えたものと言えば、雨傘をさすスーツ姿のビジネスマンの面々、まだ通りの少ない車道をかっとばしていく通勤の途のコンパクトカーばかり。

 昨今のコンパクト化至上主義とも言えるご時世に、時代錯誤とも言えるビジネスマンの大きすぎる雨傘は、二人のみちゆきに立ちはだかる深刻な障害となった。

 狭い歩道をすれ違うたびに、傘にたまった水をかぶったり、そうでなくとも歩道を譲ったり、肩をぶつけたり。とにかく難儀した。ヒグマのような体躯の相棒も大して状況は変わらなかった。

 一見、瞬間湯沸かし器なみに気性の変化が激しそうにみえるこの大男は、一般人相手に凄むことはあっても、暴力沙汰は起こさないくらいの分別は持ち合わせていた。漆黒のレインコートにバラクラバで顔面を覆った黒ずくめの容貌に、怖気つかずにわが道をゆく人々には大人しく道を譲った。路面にたまった水たまりを自動車が高速で駆け抜け、盛大にハネをかぶせられても不平一つ洩らさず、粛々と歩みを進めていった。

 だが、前のめりになって、深い水たまりだろうと、泥がつもった路肩だろうとお構いなしに突き進むその姿からは、かっぱにへばりついた雨や泥が蒸発しそうなほどに、フラストレーションの熱気がほとばしっていた。

 コードが声を張り上げても、返事が返ってこないのは、貧弱な青年の声が雨音に打ち消されたからではないのは、彼も良く分かっていた。だから、自分でも何を聞こうとしていたのか忘れそうになるくらいに時間をおいてから、改めて声をかけようとしていた。

 コードの思惑に反して、アビーから話を切り出してきたのは、ちょうど品の受け渡しが行われる、駅から50メートルほど離れた地点に来た時だった。二人の左脇の柵をはさんで向こう側に、東西方向にのびる川が見えた。右側には細切れになった土地が密集する、商店街が軒を連ねていた。

「おい、裏道に入るぜ.」まだシャッターの下ろされているドラッグストアと大衆居酒屋の入っている雑居ビルに挟まれたこみちに差し掛かると、アビーが背後の相棒の返事と距離を確認せずに、歩みの速度を保ったままその小道に体を突っ込ませた。慌てて後続の相棒が小走りになりドラッグストアの陰に消える。

 日の出前に大粒の雨が降り注ぐビルの谷間は、暗闇に覆われ見通しが極めて悪かったが、人が一人腕を横に張り出しながら通れる程度の幅のある通路だというのが辛うじて視認できた。

 コードが通りに入るなり、昨晩に撒き散らされたと見える吐瀉物の掃除をしていた『黒衣のスイーパ』の異名をとるハシブトカラスたちが、突然の通行者に驚き、けたたましく喚き散らしながらビルの屋上へと飛び去っていった。一瞬、黒光りする無数の羽で埋め尽くされたコードの視界の数メートル奥に、アビーが佇んでいた。腕組みをし、両眼を閉じたまま、血糊のような茶色いしみとグロテスクな落書きが描かれたどぶネズミ色の壁に体をあずけていた。

「今何分だ」

 アビーが眼を閉じたまま、息を切らせる相棒に休む間与えずに訊く。コードがブルゾンの内ポケットから携帯を取り出し、時間を確認しようとすると、アビーが相方の携帯の背面ディスプレイから時刻を読みとっていた。

「6時51分、残り9分か。おい、さっき俺を呼んでいたな。4分間だけ聞いてやる。4分たったらさっきの川沿いの道に戻るぜぃ」

 さっさと喋ろと言わんばかりに、コードに向かって顎をしゃくる。いつものように乱暴な口調なのとは裏腹に、声色は明るく、言葉尻では真っ黄色の前歯と犬歯を見せてにやけていた。不意を突かれてしまったことと、あまりの不気味さに、コードが何を話そうとしていたのかど忘れをしてしまい、天を仰いだ。早く餌場に戻りたがっているハシブトカラスの隊列の、ビルの屋上から地上を見下ろす様子が、あたかも自分たちの様子を覗うやじうまのようで、少し癪に障った。少し周りを見回すと、くるりと体を回し、腕組みをする相棒のすぐ左で壁に体を委ねた。

「アビーさん、あんたは怖くないのかよ」

「あ?今更何言ってやがる。怖いも何も、顔も形もわからねえんじゃ、怖がりようがねえじゃねえか」アビーが最後に豪快に鼻で笑ってみせた。

「違う。奴らのことじゃない!」両目を血走らせ、右上を睨みつける。

「じゃ、なにがだ!」

 コードが刹那、言葉を詰まらせた。雨と汚物で醜く染まった地面を見つめ、ぽつりと呟いた。

「死ぬのがだよ」

「やつらに見つかるわけねぇ。それどころかなぁ、奴らの姿を拝めるかもどうかもわかんねぇぜ」

「え、どうしてさ?」

「良く考えてみろ、ボケ。あいつらの姿を見たっていやつはいないそうじゃねえか。つまりだ、奴らは透明人間でもない限り、現場にノコノコ姿を現すような真似はしねえ連中だってこった。あのロッカーには、だれか適当にひっ捕まえた身代わりをよこすはずだぜぇ」アビーが巨体から自信をほとばしらせながら、両腰に手をあてて胸を張った。

 それって、あんまりえらそうにできることじゃないじゃん。

 口に出そうものなら、目の前の汚物のこずむ水溜りに投げ飛ばされることが火を見るよりも明らかだったので、心の中で押しとどめた。

「でもさ、アビーさん。なんで受取人が誰かってわかったのさ。実際に依頼物を運ぶアルバイトさんには、受取人と送り主、そしてその代理を勤める方々の個人情報について、一切教えることはありません、って言ってたような気がするんだけど」

 コードの背後から聞こえてくる表通りの足音が、数分のうちに明らかに増えてきたのがわかった。それを気にしてか、アビーがもともと大きい声をやや張り上げた。べつに、そのままでも聞こえるのに。

「それだ、それなんだよ。あのブルドッグ野郎、包みの中身教えねぇ癖に。受取人の代理人の情報流すってのは、どういうつもりなんだろうな。まあ、ないよりはあるほうがすっとましだからな。もし漏洩がばれたって、こっちに責任はこねぇしな」

 いちいち岩倉の顔と動物を比べるのに辟易としていたが、どうしても意に反して顔の比較をしてしまっていた。そして、必ず頸を横にひねっていた。

「だいいち岩倉さんがやってるマネージャーっていうのは、そういう個人情報を知っているものなの?なんかアルバイトのスケジュール管理だけやっているべきな気がするんだけど」

 アビーが露骨に顔を顰めた。コードの生存本能がそろそろ無駄話を切り上げたほうがいいと、脳に伝達する。

「んなの知るかよ!俺は岩倉じゃねぇんだよ。おい、そろそろ行くぜ」

 コードを取り残したまま、吐瀉物にたかるカラスを蹴散らし、川沿いのとおりに向かっていった。運命の時刻まで残り6分——。

 川沿いの通りに面した、改札口から向かって右側の10メートル地点。道路は片道一車線で、左右の端から端まで5メートル程度。そして二人が、改札のあるほうとは逆の端にいるという状況から、かなり改札の正面近くまで接近していた。当初はもっと離れたところから見物する予定だったが、あるものが——2062年では殆ど見かけなくなった2つの事象が——、彼らの予定を狂わせていた。

「おい、野郎、なんでどいつもこいつも、あんなに馬鹿でかい傘差してやがるんだ。これじゃ改札どころか女のケツも見えねえじゃねえか。だいたいなんだこの人ごみはよぉ!俺らになんか恨みであるってのかよ!」アビーが憂さ晴らしに、左にいた相棒の胸に、裏拳をかました。コードが危うく道路のフェンスを越えて、川に落ちそうになった。

「あ、危ないじゃん。こんなんじゃあいつらに会わなくても、溺れ死んじゃうじゃないか。気をつけろよ!それに傘がなくたって女性の尻なんか見えないし!」思わずコードが声を荒げる。

 漆黒のレインコートを羽織ったで不審極まりないこぼこコンビが、通勤ラッシュの改札を前にして、命がけで漫才を展開していた。


 時刻はすでに定刻の7時をまわり、10分が経とうとしていた。改札の奥の左側の壁に、傘と人ごみの隙間から辛うじて見えるコインロッカーは、今のところ何者かが利用した様子はなかった。怒鳴り声を上げたそばから寒さに身を震わせるコードを横目に、アビーはひっきりなしに改札周辺に目を光らせていた。

 すでにECの代理人、あるいはECそのものがロッカーのそばまで来ているはずだった。

 警戒しているのだ、やつらは。万が一にも自分たちの顔が割れないように、腐るほど慎重になっているのは間違いない。

As Story 9(6)話〜『地を駆る鳥』〜 ( No.114 )
日時: 2013/01/14 22:15
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)


 定刻7時から50分が経とうとしていた。

 運び屋は依頼されたものを、依頼された場所に届けさえすればいい。そこから後は一切関知しない。もし届け先がコインロッカーならば、そこにモノを入れ、鍵をかけた瞬間、彼らの仕事は完了する。受取人が来たかどうかなど確認する必要はない。

 アビーの心に、そんな言葉が数十回以上、ゴリラ並みに巨大な頭蓋骨の内側で反響していた。それでもなんとかここまで持ちこたえてきた。だが、義務でないことに対して、彼の忍耐は限界に達していた。左隣と若者が、鼻水をたらしながら、しきりにこっちに目線をやり、アビーの一言を待っているのもとっくの昔に気づいていた。

「おい、コード」

 弾けるように相棒が体を右に向け、よみがえったように威勢のいい返事をした。

「ずらかる——。ん…おい、コード、なんだ?あれ」

 コードが全身を硬直させた。アビーによる、奴らは姿を見せないという推測を聞いてからは、ECには会わないものと信じ込んでいた。

「アビィ…」悲鳴のような、かすれる音が雨の音をわずかに凌駕した。

「違ぇよ。EC(やつら)じゃねぇ。代理さんが来たぜぇ!……お、おい、コード…」

「なんだよ。コードコードって」

「あいつ、まさか…」アビーの目線が何かに釘付けになっていた。コード顔をしかめ、その先を追う。そして、目の当たりにした光景に声を失った。

 傘の海から頭を突き出した鯨のように、突出して背の高い、二人と同じようにレインコートを羽織った人影が、改札を出てすぐ右側のあたりから、大またで改札に向かっていた。

——何あれ…。本当にあれは人なのかよ?…いくらなんでも、でか過ぎる。

 コインロッカーでは、指定された番号の扉を、重厚そうな真っ青のスタジアムジャンパーを羽織った、学生と思しき男が暗証番号を打ち込んでいるところだった。

「野郎…間違いねぇ、陸軍だ。陸軍の輩が張り込んでやがったのか。畜生!ロッカーの近くばかり気を取られてたぜ!いつの間に現れたんだ」
 左のこぶしを固め、川沿いの柵を殴りつける。すさまじい振動と共に、柵の横の棒がやや歪んだ。

「えっ、陸軍?なんで防衛軍がこんなところにいる…」

——やば、また余計なこと訊いちゃったよ。

 コードが反射的に相方から一歩、身を引いた。だが、予想とは裏腹に、アビーの罵倒する声は返ってこなかった。

「糞野郎め、狙ってやがる。あのブツを狙ってやがるんだ!しかし、相変わらずあいつら筋肉馬鹿だぜ。レインコートで欺瞞したつもりだろうが、ブーツに陸軍の徽章つけてやがる!へっ。
 だが、何が入ってやがるんだ、あの包みの中はよぉ!おい、コードぉ!」

「へっ?」

 アビーが目の玉をひん剥いて威勢よく啖呵を切った。

「俺は守るぜぇ、あの小さな包みをよぉ!ECに軍が動き出すなんざ、よっぽど凄ぇ代物にちげぇねぇ!運び屋の意地と命に懸けて絶対守ってやるぜぇ!」アビーが再び真っ黄色の犬歯をむき出しにして不適な笑みを浮かべた。同時に、右の親指を胸の前に突き立てた。

「おい、コード!」

「はぁ」

「はぁ、じゃねぇょ。ひとつ最後に教えろ」アビーがにやけたまま、やけに明るい声で訊いてきた。

 コードがほうけたようにに、さっき返事をした口を開け目を見開いたまま、顔面を硬直させていた。

「貴様の名前、なんつうんだ?」

言葉尻を待たずに、コードが両目がさらに大きく開く。蒼白な顔で斜め上の目を見据える。

「なんでそんなこと訊くんだよ!」

 レインコートのフードの内側で、コードのこめかみから冷や汗がひと筋ふた筋と垂れていく。思わず声が裏返りそうになった。

「実名訊くの、職務規定違反だろ?!仕事中はコールサインでやれって、岩倉さん言ってたじゃないか!だいたい、もう帰ったっていいんだろ?帰ろう、なぁ、アビー!」

 コードの中で朧げであった不安が一気に輪郭を顕にしてきた。それを振り払わんと、両手で大男の手首をつかみ、力の限り引っ張った。何度も、何度も引っ張った。だが、その甲斐も虚しく、男の魁偉は山の如くびくともしなかった。

「お前は帰っていいぜ。陸軍相手に貴様は役にたたねぇからな。それよりさっさとお前の名前教えろや」

 アビーの顔から不気味なまでに笑顔が絶えない。コードのただならぬ叫び声に、通りすがりの人々が、不審そうに顔を向けていた。くだんの巨人が二人に気づき、漆黒のフードの奥から一瞥を寄越す。だがその足取りは向きを変えず、黒光りする軍靴で硬い音を立てながら、着々とターゲットに近づいていった。それでもなお、軍人の振る舞いなどお構いなしに、ひ弱そうな青年がさらに声を張り上げる。彼の目には傘の行列も改札も、そのそばに佇む不審者の姿も見えていなかった。

「言ったらどうなるんだよ!あんたはどうするんだよ!あの馬鹿でかい奴とやりあうっていうのかよ!いくらアンタでも、絶対…絶対に、かなうわけないじゃん!」

覆面から露出した、仁王のような眼球から笑顔が消えうせた。見る見るうちに三白眼を埋め尽くすように真っ赤な血管が浮かび上がってくる。取り囲まれた漆黒の瞳が怒りに打ち震えていた。

「るせぇ!もういいぜ!最後の仕事で組んだやつの名前くらい、訊いておこうと思った俺が馬鹿だったぜ!じゃあな!もやし!」

 アビーが、コードの左肩をどつく。枯葉の如く、ひょろ長い青年の体がふわりと地面すれすれを滑空すると、水しぶきのあがる地面に背中から突っ込んだ。大粒の雨が若者の全身を否応なしに打ち据える。

——僕なんかじゃ、役に立たない。あんな大男。どうやったって勝てないじゃないか。

 倒れこんだまま、青年の心を映しだしたように濃灰色に染まる曇天を仰いだまま、立ち上がることができなかった。死を目の当たりにして、無限に湧き上がる恐怖が、仲間を止められなかった己の無力さが全身をがんじがらめにしていた。左右の手のひらの指先をびくつかせるのが精一杯だった。

 雨の雫に混じって、青年の頬を熱い雫が流れ落ちる——。間近ではねる水しぶきの音が、己の嗚咽を打ち消すほどに青年の耳の中で激しく響き渡る。かすかに大男の駆ける振動が伝わってくる。ひとつその振動を感じるたびに己を責める気持ちが膨張していった。だが、むざむざ命を落としにいく暴挙に走る気迫が持てなかった。このまま、アスファルトの隙間に、にごった雨水と共に染み込んでいってしまいたかった。

——か、げ、は、る。

 胸のうちに、一人の男の名が浮かび上がる。ネットの闇組織の記事で、よく見かけた名前だった。だが、か弱い青年が見かけたのは名前だけではなかった。

——影晴!

 地面に放り出していたコードの右手が、ゆっくりと動き出した。その手は感触を確かめるように右の太ももにあてられていた。

「くそオヤジィ!僕の名は、猛木たけき雷鳥らいちょうだ!よく覚えてろよ!絶対忘れんなよ!」

 ずぶぬれになった顔を、体躯を、勢いよく起こし、俊敏な動作で相棒の行った方に身を翻す。そして間髪いれず、己が身の丈より高いはねをあげ、濃紺の地を駆った——。


定刻7時から丁度、一時間が経っていた。




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