複雑・ファジー小説
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- DARK GAME=邪悪なゲーム=
- 日時: 2012/09/14 21:51
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 3TttADoD)
えーと同じくファジーで能力もの書いてる(打ってる)狒牙です。
今回は結構暗そうなものをしたいなということで・・・
まあ、言ってしまうと時折(多分頻度は少ない)グロイかな?
基本的には普通ですので・・・
アドバイスとか変なところ(誤字脱字)があったら言ってください
よろしくお願いします
下手に内容を説明するとネタバレみたいになるんで
一気に一話目打ちます。
そしてこの作品では文章の形式を変えてみたいと思います。
一話目 招待状
「暗いなぁ・・・」
夜道を、一人の男子高校生が帰っていた。もちろん一人でだ。
等間隔に設置されている街灯の光を頼りにいつも通りまっすぐ家に帰っていた。
高校に行き始めてもう三カ月程度経っている。二回目の定期テストが終わり、その手ごたえを塾に伝えに行った帰りだ。
辺りはもうすっかり暗くなっているが、今日はたまたま曇っているだけでまだ八時にもなっていない。普段ならもう少し明るめだろう。今は月の光すらほとんど届いていないのだから。
家にたどり着く寸前の急な坂道に青年は差し掛かった。ここだけは何年暮らしていても全く慣れることはできない。角度がそれなりに急な上、それがダラダラと百メートルも続いているのだから疲れている時にはお手上げだ。疲れる意外にここを説明することばはパッとは思い付かない。漢字で表すなら『苦』だ。しかし、苦あれば楽ありということわざもある。
息を荒くして切らしながらその坂を登りきった彼は汗で少し濡れた顔を上げた。そこには、いつも通りの自分の家の景色があった。隣にある家も普段と何一つ変わらない。
その家の門の前を通った時にチラッとその中の様子を見た。そこには、住人の一人であるまだ制服を着たままの女子高生がいた。
「あっ、先輩こんばんは」
「おー、楓じゃん。塾?」
それは紛れもなく自分の部活の先輩だった。楓と呼ばれた彼の本名は楓秀也(かえで しゅうや)。二人とも同じ高校の陸上部員だ。
といっても、楓は長距離、先輩の方は短距離だった。この時間がまさに『楽』の時間だ。
楓は先輩のことを尊敬している。なぜなら、目の前にいるこの人間は去年インターハイで優勝したからだ。距離が何であろうと関係なく、速い者にはすぐにあこがれる性格だから家がすぐ近く、というより隣の家にその人が住んでいるのは光栄だった。
ここで一つだけ勘違いしてはいけないのが、別に恋愛対象として見ているのではなく、好きは好きでもスポーツ選手のファンのような感覚だ。思慕の念よりも崇拝と言う方が近い。それほどまでにこの先輩を慕っている。
ついでに言っておくならこの人の名前は竹永叶(たけなが かな)という。
「普通科は大変だね」
重い教科書を何冊も詰め込んだ大きなリュックサックを背負って地獄と読んでもいい坂を登り終えた楓に笑いながらそう言った。
彼らが通っている高校は、体育科と普通科に分かれている。竹永の方は体育科で、楓は普通科だ。しかもこの学校は体育科の連中はスポーツに強く、普通科の連中は勉学ができるというものだ。だから地元でもかなり有名な行きたい高校ナンバー1に選ばれ続けている。
「そうですね、でもテストが一段落したんでしばらくは楽な生活ですね」
そう言うと、今度は先輩があからさまに疲れたような顔つきになった。その理由は簡単だ。夏休みは腐るほど大会がある。一年にしてインハイで優勝したのだから大会に出されまくっているのだ。相当にだるそうな顔をしている。
もうすぐ鬼の合宿と呼ばれるイベントが近づいているからだろうか?
「たまにさ、裏側の世界があったら言ってみたいと思うよ」
このポツリと特に重要な意味を持たない言葉が発せられたのを聞いたとき、ふとある噂を思い出した。いや、都市伝説というべきかな。内容はこんなものだ。
真夜中は気を付けないといけない。特に招待状を受け取ったなら。
招待状は突然現れる。血のように紅い封筒にどこまでも続く深い闇のように冷たい黒い紙に『You are invited』と白く描かれた紙が入っている。
それが招待状だ。そこでは夜な夜な残酷なゲームが行われているという。
まあ、この話はまだそこまで出回っていないので、元からそういうのに興味の無い先輩が知るはずもないからただの愚痴だと思ってスルーしようとした。でも、自体は思っている以上に深刻だった。
「なんかさっきポストを見たら真っ赤な封筒が入ってたんだ」
これを聞いた瞬間にはまだただの世間話だと思って普通に接していた。
だが、その一秒後にまたしても噂を思い出した楓は硬直した。それでも、先輩はその封筒がどういうものなのか説明しているからこっちの違和感に気付いていないが、楓の胸の中では胸騒ぎがしていた。
先輩は、その中からどす黒いハガキを取りだした。そこには、やはり文字が書いてあった。
『You are invited』
これが視界に入った瞬間、瞳孔は一瞬にして開いた。そこには、幽霊を連想させるように白い字でそう書かれていた。
かく汗の中に冷や汗が混じる。これではまるで噂と同じだ。
「後ろにも変なことが書いてあるのよね」
そう言って今度は紙をひっくり返した。そこには、今受けた衝撃よりもさらに強いショックを与える文が書いてあった。
『おめでとうございます。あなたはご当選いたしました。裏の、闇の世界へのペアチケットです。あなたと、もう一人誰かをお誘いください。何、迷うことはありません。隣家の後輩で結構です。[げえむ]は今晩の八時から、次の日の午後八時まで行われます。それまでにもう一人の方とご一緒しておいてください。』
背筋に悪寒が走った。この内容を見る限りこれの差出人は明らかに先輩を狙っている。隣家の後輩とはまず俺で間違いない。
怪しい雲がさらに月の光を隠すようにもうもうと寄ってくる。ふと時計を見るともうすでに時刻は七時五十九分を示し、秒針はもう・・・
十二の文字にかかろうとする瞬間だった。
秒針が五十九秒から六十に動いて行く。その動きがとてつもなくスローに感じられる。体は、ピクリとも動かなかった。
刹那、手紙から迸った漆黒の闇は叫び声を上げさせる暇なく一瞬で楓と竹永を包み込んだ。グチュグチュと妙な音を立てて闇の繭を作り、ゆっくりと地面に溶けていくように小さく下から萎んでいった。
続きます
第一章 鬼ごっこ編
>>1>>2>>3>>4>>5>>6>>7>>9>>10>>11>>13>>14>>17>>18>>19>>20>>21>>22>>26>>27>>29>>30>>33>>36>>37>>40>>41
>>42>>48>>49>>50>>51>>52>>55>>56>>57 総集編>>60
第二章 日常—————編 募集キャラ>>70
>>61>>64>>65>>66>>67>>68>>69>>72>>73>>76>>79 総集編>>80
第三章 楓秀也編 プロローグ>>81
>>83>>85>>89>>91>>94>>95>>96>>97>>99>>100>>103>>104>>105>>106>>110>>111総集編>>112
第四章 氷室冷河編
>>113>>114>>115>>116>>117>>118>>119>>122>>123>>124
コメントしてくれた人です(一度でもしてくれたら嫌でも載ります。すいません・・・)
ryukaさん「小説カイコ」「菌糸の教室」「壁部屋」の作者さん
千愛さん 総合掲示板の方でお仕事なさってます
赤時計さん「花屑と狂夜月」「他人の不幸は毒の味」の作者さん
ゆヵさん 「SNEAK GAME」「めいろ」の作者さん
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 5/13三章完結 ( No.112 )
- 日時: 2012/05/19 19:58
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: I8/Fw.Cz)
楓:はい、今回の司会は三章の主人公の俺と……(残念な事に……)
氷室:四章主人公の私よ。(まったく、何でこいつと……)
楓:まったく、人の過去を掘り返すような章を書きやがって。
氷室:良かったわね。あなたが最低でない証明が出来たわよ。
楓:そうか、次回の総集編もそう言えるかな?
氷室:五月蠅い。少なくとも今はできるだけ虐……いびっておくわ。
楓:虐めておくって言おうとしたな?
氷室:は? 耳可笑しいんじゃない?
楓:もう嫌。どうせ部活では猫被ってんだろお前。
氷室:えーっと、今一番頭に来ている彼が出てきました。会心する素振りがなかったら一生許さない。
楓:(俺はお前の方がよっぽど嫌いだ)
氷室:いきがってる割には楓に負けました。ま、しょせんその程度ね。
楓:(お前の言えることか?)
氷室:まあ、色々と楓の方が能力的に高いってことね。さすが雑魚キャラ。
楓:(うわっ、腹黒いな今日。誰か機嫌損ねた奴いそうだな。誰だ?)
※おそらく楓の心の声は全て氷室は予測しています。キレているとしたらそこでしょう。
氷室:次回も引き続きげえむのあまり絡まない日常編らしいわよ。
今度は私の過去についてスポットを当てるらしいわ。
楓:(根掘り葉掘り掘り返されちまえ)
氷室:ちょっと……イライラを発散してくるから四章について読み上げといて。
楓:はいはい分かった分かった。
氷室:じゃ、よろしく
楓:……マジでどっか行ったよ。まあ良いや。次の章は……
前に誰かが言った通り、氷室冷河編。中々にヘビーな過去だぞ。
正直俺よりも重たいぞ。
でもって……全体の百分の一ぐらいって無いも等しいな。恋愛ものじみたシーンがあるらしいぞ。
まあ、良い機会だと思うよ。彼氏でも持ったらもう少しあの性格も丸まるだろ。
それ以前に俺に絡まなくなるだろうしな。ようやく学校生活が平和に戻ってくれる、ってもんだ。
えっと、楓の心が今までで最もへし折られるかも。……止めてくれ。
次から次へとクラスの中で襲い来る氷室からの暴言、おい嘘だろ! それにどこまで彼は耐えられるのか、ふざけんなよ。
ていうか、クラスの中で虐めてくんの? 止めろって、赤弥とかが一緒になったら……悪夢だ。
氷室:ただいま。何が悪夢って?
楓:えっと、いやいやいや! 何でも無い! えっとこれだ、これ。楓の父親登場、の部分が悪夢なんだ。
氷室:父さんがキャラとして出てくるだけいいじゃない。
楓:お前が言うと洒落にならんから止めろ。
氷室:それ以上は次の話の一部に踏み込むから止めなさい。
楓:了解。ていうか過去で最も短い総集編だが、ここで終わろうかな、と思う。
氷室:残るは四章、五章、六章ね。きっと六章は過去最大の長さになるでしょうけど。
楓:六章は頑張ったらさらに四つぐらいに分けられるらしいからな。
氷室:では、次回は氷室冷河編です。
楓:はーい、では(この悪魔のごとき冷酷な氷室の、悪魔のような性格を植え付けた過去が主に描かれる)四章が次から始まります。
氷室:それでは今回はこの辺りでさようなら、の前に楓、()内聞こえてるから。
楓:ごめんなさい。
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= ( No.113 )
- 日時: 2012/05/20 11:20
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: /fPmgxgE)
四章一話 もう少しで楓の父親登場
話がある、そう言われた楓は咄嗟に身構えた。
マイル、4×400リレーの直後、白石琥珀はまだ整っていない息で楓の元に現れ、話があると告げた。
こんなタイミングで接触してくるとは思っていなかったので、楓はその言葉を聞かなかった振りをするのは不可能だった。
何事かと思って目を見開いてしまったため、もう後には退けなくなった。
「ここじゃちょっとあれだから、向こうに行こうぜ」
掌を空に向けて、ゆっくりと手招きする。
その姿には、昔のような険悪さは無く、友好的に招き入れようとしているように映った。
とりあえず自分を呼びだすための演技かと思ったが、そうとも断言できなかった。
そういう訳でついていこうとすると、先輩方に楓は止められた。
「おい楓、どこに行くんだ?」
「えっと、昔のクラスメイトに会ったんで話してきます」
「あ、そう。なら良いや。ダウンしとけよ」
「了解です」
事実しか言っていないしこれで良いだろうと思いながら、同じように疲れ果てている先輩を後にしてその場を去った。
とりあえず、彼らが懸念しているのはちゃんと身体を休めるためにダウンだけはしっかりとしておけということらしい。
見た目丁寧に、内心適当にそれを処理した楓は急いでついていった。
今さら、何の話があるのかと思って考えても、謝罪するのか罵倒するのかまだ分からなかった。
競技場から少し離れた、人がさっきよりも少々少なめの場所。
あまり危なくない場所、なおかつ他人に箸を聞かれる心配が少ない場所を琥珀はチョイスした。
危なくない、というよりも少なからず人がいる場所を選んだ理由は、おそらく楓に軽快させないためだろう。
誠実さを表わすためにここに連れてきたと考えると、そうそう悪い方に転がりそうにはない。
「……何の用?」
「…………いや、ちょっとな。その、言っておかないといけないだろうと、思うことがあってだな……」
そこまで彼が言うと、楓は気付いた。
話し続けようとしている白石琥珀の背後から、一人の女子が近づいて来ていることに。
どこかで見たことあるような顔に、一瞬記憶をたどらせると、彼女が誰なのかはすぐに分かった。
昨日の朝、琥珀と口喧嘩をしていた日向高校の女子だ。
そう言えばあの時、琥珀は明らかな悪役に回っていた。
改心したと言えるのならば、なぜ昨日のようなことがあるのかを考えてみた。
まだ、それほど心根が変わっていない、もしくは相手の方が……。
そこまで考えてからようやく楓は気付いた。
自分の身体の後ろに、彼女が右腕を隠しているのを。
確実に、何かを手に忍ばせていると判断し、その動きを逐一観察してみる。
幸い、琥珀は何を言うのか迷っているようで、ずっと口を閉じているので、彼女の観察に全ての集中力を持っていけた。
日向は、男女共に不良系の連中が揃う高校、それは間違いないと断言できた。
とすると、一見真面目そうな彼女も良い人とは遠くかけ離れた存在ではないのだろうか。
前科があるとして、それが琥珀を怒らせて、それをまだ琥珀が引きずっていたのだとしたら。
もしくは、彼女以外の日向の生徒が琥珀の知り合いに手を出していたとしたら。
彼女が背後に隠しているものの、大体の予想は出来た。
大雑把に片付けるならば武器だ。
金属バットだか、警棒だか何かは分からないが鈍器の類だろう。
自分を公衆の面前で辱めた琥珀に仕返してやろうとしているに違いないと即断した。
現に、気付かれないように後ろに回り込んでいるではないか。
そう判断するや否や、その後どうするかを考えるよりも先に、身体が飛び出していた。
丁度彼の背後にたった女子が隠していた鈍器を取り出した瞬間、楓は琥珀を押しのけていた。
頭に走る鈍痛が、急速に楓の意識を奪っていった。
それ以降のことはよく分からず、しばらく意識は真っ暗な中に沈んで行った。
________
目を覚ました場所は、競技場内の簡易的な看護室だった。
隣の部屋で係員の、各校の先生方がガヤガヤと、観戦しながら仕事をしている声が聞こえてきた。
今、頭上にあると思われる応援席からは割れるような歓声が室内とはいえ、真下に居る楓にはよく聞こえた。
うっすらと目を開けてみると、隣に座っていたのは二人の人間だった。
片方は竹永、もう片方は白石琥珀だった。
「まったく、何やってんだよ。人助けは良いけど自分が気絶するって」
「すいません、俺のせいっす」
「気にしなくて良いよ。あんたも被害者なんでしょう」
度が過ぎたお人好しでけがを負ったのが、先輩である竹永はお気に召さなかったようで、顔を強張らせていた。
楓の短絡的な行動に心底苛立っているようだ。
他人様をこんなに心配させやがって、といった思いが時折垣間見える安堵の表情に表れている。
対して隣の琥珀は、申し訳なさそう竹永に頭を下げている。
「えっと、何が起こったのでしょうか……」
「日向の女子に殴られて気絶してたんだよ。ついでに殴った奴は思いっきり叱られて日向は部活停止。ま、正直陸上部は大して強くないからな、あそこ。元々総体の予選を勝ち上がるような奴はいなかったし、良いんじゃない?」
どうやら怒りの矛先は加害者である向こう側にすり替わったらしく、説明の続きを琥珀に促した。
「えっとなあ、自分がどうなっても俺に一矢報いようとしたらしいが、お前が代わりにやられてだな……。不味いと思ったのか逃げ出すのも忘れたらしい」
「で、他にも目撃者がいるから観念するほかなかったってわけ」
なるほど、色々あったようだなとは楓にも分かったのだが、一つ気がかりなことがあった。
今、何時なのかということだ。もしかしたら800メートルに出られるかしれない、と思ったのだが。
だが、こんな怪我を負わされたのだからじっとしていろと竹永にくぎを刺される。
どうやら、後三十分としたら始まるらしい。
それじゃあ、と言い残して琥珀は出て行った。
きっと、彼は800に出るのだろうとすぐに予測できた。
自分一人だけこの空間かよ、と思ったのだが予想外に竹永は残るようだ。
「……先輩、試合は?」
「ついさっき終わったわよ。リレーは代わってもらった。正直私がいなくても予選は何とかなるから」
さすがの貫禄だなぁと、溜め息を吐いた。
どうやら自分が心配されることがあっても、自分が誰かの心配をする必要はないとようやく理解した。
だが、試合に出れないというのはちょっとした屈辱なので、もう少し寝ていようかと思ったのだが、それは遮られた。
「いくつか、訊きたいことがあるんだけど?」
「何をですか?」
「あいつの事よ」
あいつ、と斬り出されて最初に思い浮かんだのは、琥珀のことだった。
昔のクラスメイトですよ、と答えようとしたのだが(正直そう答えても何の間違いもないのだが)琥珀でないと判明した。
「氷室について、あんた結構知ってるんじゃないの?」
「……そっちですか。ええ、知ってますよ。住所とかメールアドレスとか、そういう個人情報以外は」
「あいつ、差出人不明のままメール送ったのかよ……」
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない続けてくれ」
何でもないと言われても、中々にひっかかる内容だった。
差出人、と言われても楓は氷室から罵詈雑言以外のものを貰った覚えは無かった。
だが、有無を言わさずに竹永は続きを促した。
「……何から、話しましょうか」
楓は、昔住んでいた家の周りの光景を思い出しながら、回想を始めた。
隣の家が孤児院だったのだが、右か左かどちらかは覚えていなかった。
今は右か左かなど、話に何の関わりも無いので楓はそこを気にせずにした。
「とりあえず、前置きとしては俺とあいつは小学校の同級生です。次に、関係があるのはさっきの白石こは……」
「虐めのことは聞いた。次から地毛で学校来い」
「え……? あ、はい」
一番他人に話したくない部分は琥珀が割愛してくれたらしいので、楓は淡々と、偶然として知ることになった、本人と関係者以外は楓しか知らない、氷室についてを語りだした。
次回に続く。
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 第四章開始 ( No.114 )
- 日時: 2012/05/24 20:00
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: vOB0vHGS)
四章二話
「いやいや、ちょっと待って下さいよ。次から地毛で来いって何ですか?」
「そのまんまだ。黒染めなんてしてんじゃねえ」
「……先生とかクラスメイトに何か言われそうなんですけど」
「言わせとけ。そんな奴らの声に、耳を傾けなくて良い」
「それが……」
それができたら、どれだけ苦労せずに済むか、苦労せずに済んだのか、出かかった言葉を楓は呑みこんだ。
確かに、ありのままの自分を嘲笑するような輩に対してはだんまりを決め込んでやったら良い話だ。
そんな簡単なことは、暴力と恐怖の前では簡単に不可能な状態に陥らせられると、楓は体験していた。
どれだけ強固な覚悟を決めてやろうとも、数という無言のプレッシャーは強く心を踏みにじるのだと、体験した楓には分かる。
たとえそれが、自分の弱さのせいだとしても、反抗できなかった自分にも比があると分かっていても、より強い力には抗えないと楓は知っている。
そこに直接的に立ったことのない者が、どれだけ美しく着飾られた言葉で立てなおそうとしても、気休めにもならない。
おそらく竹永は、周囲の目など気にせずに自分を貫けと暗に指し示しているのだろう。
しかし、今の楓はそんなことを言われても、反抗的な感情しか浮かんでこなかった。
しかし、尊敬する先輩相手に真っ向からやり合う勇気も、そのためのエネルギーもない今の楓には、黙するしかなかった。
かといって、延々と黙り続ける訳にもいかず、何か違う話題を探そうとすると、すぐに思い出した。
今は、氷室の説明をしていた途中ではなかったのか、と。
「えっと、じゃあ……氷室の過去の、続きです」
重たい空気をかきわけるようにその言葉が沈黙を斬り裂いた。
ふと思い出したかのようにそちらの話の方に関心を戻した竹永は、その先の話に耳を傾けた。
————————
「……それって、本当なの?」
「はい、そうです。当時のあいつに確認とってますし」
氷室の過去、それを知っている楓はとあることを理解していた。
氷室の歩んできた人生は、楓のそれよりも遥かに過酷で、棘だらけで、身を引き裂くようなものだという事を。
彼女の今まで歩んできた道のりの中だと、楓だったらいつ自ら命を断とうと考えただろうかと思う。
楓には、曲がりなりにも————がいるから。
たとえ一方が、どうしようもない奴だとしても。
ふと、外の方から割れるような歓声が聞こえてきた。
急な声の爆発に、目を丸くさせて外を見てみるも、誰も走ってはいない。
どうやら、応援の類ではないらしいが、それ以外に考えられる理由は無い。
だが、それにしても本当に凄い喜ぶような声だった。
テレビに出るような有名人、それもトップアイドルや世界を敵にするアスリートが現れたような。
どうやら隣の教職員がひしめく作業室でもちょっとしたざわめきが伝わっているようで、皆が皆、ガラス越しに芝生の真ん中に立つ人を凝視していた。
誰が来ているのだろうかと思った二人は、彼らと同じ方向を向いてみた。
そして、それが誰なのか判断しようと、ゆっくりと目を凝らした。
そう、その瞬間の話だ。
楓の心臓が、大きく波打ち、その大きな心拍音が楓自身の耳にまで聞こえるほどに響いた。
脳裏は怒りで沸々と滾っているのに、背筋には冷たすぎる一筋の悪寒がスッと走りぬけた。
「あの人……確か、十年ぐらい前に活躍したマラソン選手じゃないの? 確か名字、楓と一緒だったよね?」
竹永も、他の人達と同様にかなり盛り上がっているようだが、今の楓にはそんな声は届いていなかった。
何で、ここにいるんだと、冷え切った言葉が楓の視界にちらつきそうになるほどに、何度も何度も頭の中で反芻していた。
ただ、一つ分かったことがあった、あれほど疲れ切っていた身体に、怒りのためか全身にエネルギーが回ってきた。
そして、何を考えるまでも無く、反射的に病室を飛び出していた。
掛け布団代わりに上にのせられていた毛布を荒っぽくどけて、急いで立ち上がる。
竹永は何をするつもりか分からない楓を止めようとしたが、例の有名人に気を取られていたために反応が遅れた。
「ちょっと楓! どこに行くつもり?」
自分に問いかけられていることもお構いなし、一直線に、ただ、本能のままに完成を浴びる男に向かって走っていた。
職員のひしめく空間を、いたいたしい視線を浴びながら通り過ぎ、外へと出る。
かの高名なマラソンランナー以外には、誰の姿も見えないグラウンドに足を踏み出した。
竹永だけでなく、他の人が抑制しようとする声もあったと思われるが、理性の吹き飛んだ彼には聞こえていない。
割れるような歓声の中にどよめきが走った。
それはもちろん、下の方から誰とも知れない少年が自我を含む大衆の憧憬を浴びる選手に突っ込んでいるためである。
その少年に気付いた男性は、親しみ深そうな笑みを浮かべた。
まるで、ごく近い身内に見せるようなその笑顔は、少年の神経を逆なでした。
「おっ、秀也じゃねえか、こんな所で何して……」
「ふざっけんなこのクソ野郎! こんな所で何してる? こっちのセリフだオッサン!」
これには、楓の知り合いもそうでない者も一様に驚いていた。
彼を知らない者は、単純に、いきなり出てきた少年がなぜかそこにいる他人に罵詈雑言を浴びせたから。
そして、楓の知り合いは、それに加えて楓がそのような汚い言葉を使って本気で怒るところを見たことがないからだ。
「そうカッカするな。ところで巫女には会ったか?」
「ハア? あんた、何意味の分かんねえ事言ってんだよ……!」
「まあ良い。俺の旧友には会っただろ?」
「オイこら、お前は俺に対して何か言う事が、他に無いのか?」
これまでの楓の人生の中で、これ以上に怒り狂ったことはなかった。
いくら白石琥珀に虐められても、虚しさだけで怒りは湧かなかったし、氷室になじられても罪悪感しかなかった。
だが、この男を前にして、急に彼の中にある憤怒というものが爆発した。
「俺や母さんに何か言うことがあっても良いんじゃないのか?」
「まあまあ落ちつけ。ヴァルハラの使者に会ったか訊いてるんだ、二回目のは」
「……何だと?」
今までに何度も、このアダムの使者とのげえむの中で重要な立ち位置として出てきた奴の名前が突如として現れる。
怒りで揺れていた楓は、動揺を隠せなかった。
味方か敵かもはっきりしないヴァルハラの使者が、目の前の男の知り合いだとはすぐには信じられなかった。
「まさか、げえむについて知ってんのかよ?」
「ああ、そうさ。誰が裏世界の都市伝説を流したと思ってる?」
そこが、タイムリミットだった。
不意飛び出してきた警備員に引きはがされて、楓は男から遠ざけられて行った。
「俊介選手に近寄らないでください。他に真似する人が出ます」
「皆と俺じゃ立ち場が違うんだ! もう少し話させろって! おい、そっちはそっちで俺の話を聞いてんのかよ!」
怒りを誰にぶつけるのかも忘れるほどに激昂した楓は、周囲の人間全てに当たり散らす勢いだった。
そんな猛り狂った楓が、最後に男に向かって放った言葉には、純粋な怒りの中に淋しさが湛えられていた。
「家族放り出していきなり消えやがって……。このクソ親父!」
その声も、観客席から飛び交う罵声交じりの騒音にことごとくかき消されてしまった。
_________________________________________________
次回に続く。
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 第四章開始 ( No.115 )
- 日時: 2012/06/05 21:00
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: quLGBrBH)
四章三話
「一体お前は……何をやっているんだぁっ!」
警備員に引きはがされた楓に待っていたのは、顧問からの厳しい制裁だった。
正直こうなるのは、父から話されていく途中、やけに冴えてきた頭で予測できていた。
そういう訳で特に怖がったりもしていないのだが、なにぶん相手は五月蠅さとしつこさで有名な教師、思わず顔をしかめてしまっている。
その様子に反省の色がないと判断したのか、ますます顔を紅潮させて教員は喚き散らした。
「お前の軽率な行動で闇戯高校の評判が下がったらどうする! あいつらああいうのばっかりとか思ったらどうするつもりだ!?」
「すいません……。どうせならそう育てた親に文句言って欲しいですけど」
「お前自分の状況分かってんのか! オイ!」
もうこうなると開き直ってみようと思うと、どこまでも開き直れるもので、涼しい顔で飄々としていられる。
その無気力で人を小馬鹿にしているような態度に、さらに癇癪玉を爆発させたようだが、今は目の前の顧問の説教など楓の知るところではなかった。
ずっと追い求めてきた、憎き仇に遭遇したような心持だと、彼は感じていた。
その言い方はあながち間違った表現でも無く、ここ数年ずっと楓は父親のことを恨んでいた、と言っても過言ではない。
六年前の、楓の十歳の誕生日での話だ。
その日はすぐに帰ると言っていたはずの父親、楓俊介はいつも通りに家を出て行った。
だが、しかしだ、彼はそれっきり帰ってこず、忽然と消息を絶ってしまった。
母親は聞かされているのかいないのか、三日ほど途方にくれた後にまた日常を再開した。
俊介の失踪はそれなりに彼女にショックを与えたようだが、表面上ではそれを、表に出すようなことは無かった。
その日から楓は母子家庭で育つこととなり、父がいないということも、後の虐めに拍車をかける原因の一つになったのだ。
楓が何よりも父親を憎み、嫌悪する理由は虐めは関係無い。
むしろ、母親に迷惑をかけてまでその消息を絶ち、今日と言う日まで『家族の前に姿を現さなかった』からだ。
その失踪以来、アスリートとしてテレビに顔を出すこともなくなり、本当に行方不明となってしまったのだ。
しかし今、その強い負の感情よりもそこが抜けてしまうような驚愕が楓の脳内を支配していた。
いきなりこのタイミングで俊介が現れたことよりも、彼が発した言葉が何よりも気になったのだ。
その真理に少しでも繋がるためには誰かと相談する必要がある。
とりあえずは竹永、そして翌日には氷室と語らう必要性があり、それだけでは足りないような気もする。
「そろそろ理解したか。事の重大さが」
「最初から理解してますよ」
「じゃあなんであんな事を……」
まだグチグチと引きずろうとしている粘着質な教師を冷たい瞳で睨みつける。
その黒い瞳の中に映し出された教員を初めとし、その場にいる陸上部員が身の毛もよだつような戦慄を覚えた。
彼からは、手の負えないほどの殺気を感じ取れたからだ。
喉の奥に冷たい液状の金属を流し込まれたように、何か言葉にしようとしてもできない教師を冷たく一瞥し、踵を返した。
最初、周囲の者たちは自分が何をすべきかさっぱり分かっていなかった。
いつも、温厚とまではいかなくても思いやりや優しさというものを人一倍持っていた楓が、射抜くような殺気を放っている。
説教をくれてやるはずの教師すらもその気迫に閉口している。
そんな非現実的な光景の中で、行動を起こせるような人物は、竹永において他にいなかった。
「楓。お前、本当に、理解、してるか?」
ゆっくりと竹永が楓の方に歩み寄り、目線を落としながらその前に立ち塞がった。
それに少し反応を示した楓は口を開こうとしたが、それよりも先に竹永が手を出した。
楓の胸倉を掴んで、壁に押し付けた。
「お前が穢したのはお前だけじゃないんだぞ。私はともかく、ここにいる全員にもレッテル貼ってるんだぞ」
「………………。すいません」
「何があってあんなことしたのか言ってみろ。理由次第じゃただじゃおかねえぞ」
さっきとは打って変わって意気消沈した瞳の楓を、淡々と彼女は責め立てる。
これはけじめ、誰かがつけないといけないと分かっている、だからこそ代表して彼女が立った、それだけの話だ。
「…………言ったら、信じてくれますか?」
「私が楓を信用しなかったこと、あったか?」
「言ったら先輩はより一層俺を軽蔑します。それでも、聞く覚悟できてますか」
いつしか、楓の声は弱々しくなり、遂には嗚咽混じりの震えた声になってしまった。
その楓を見つめながら竹永は、軽蔑も、嘲笑も、何も浮かべずに頷いて見せた。
楓の両の目から、涙がこぼれてフローリングの空間に滴った。
「じゃあ、大前提としてこれを納得してくれないといけません。まずあなた方は信じてくれますか? 俺は、過去の英雄、楓 俊介の息子である、楓 秀也です」
楓にとっては予想通りの沈黙がその場に流れた。
にわかには信じられない、予想外の真実を目の前にした大勢の陸上部員は一斉に物音一つ立てるのを拒んだ。
衝撃の事実にガヤガヤと騒ぎ立てるでもなく、続きをうながすでもなく、キャパシティが足りなかったようでただ呆然としていた。
「で、それがどうかしたか?」
「俺の父さんは、六年前に家を出ました。何も言わずに、何も残さずに、予兆もみせずに、不意に、唐突に、裏切るように。それ以来俺の前には二度と姿を表わしませんでした————今日までは。雨が降ろうと雷が鳴ろうと、雪が降ろうとこの辺りで大きな事件が起きようと、あの人は姿を見せなかった。正月も、お盆も、俺の誕生日も自分の誕生日にも母さんの誕生日にも。俺はこう考えるしかなかったんですよ、捨てられたって。ファザコン? 多分俺はそうですよ。今だってそうです。昔っからあの人は俺の憧れでしたからね。その気持ちが強いからこそ、恨みつらみも相当に大きいんです。一発洗いざらい溜めこんだ鬱憤を爆発させないと……」
壊れてしまいそうだったんです。
涙に崩されたような声で、何度もつまりながら彼はそう口にして、その後はもう、口を開かなかった。
___________________________________________________
続きます。
やっと折り返し地点に入ろうとしているところです(遅いな。いや、早いか?)
とりあえずはもうすぐ学校に戻ると思います。
すると、スポットを浴びるべきあやつが……。
と言う訳で次回に続きます。
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 第四章開始 ( No.116 )
- 日時: 2012/06/15 21:08
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hVBIzJAn)
四章四話
「えっと……あなたは誰ですか?」
月曜日、また学校が始まる一週間のスタートである日の一限目、都市伝説大好きな先生がそう質問した。
うだるような夏の暑さが教室中を埋め尽くし、まだ朝なのに暑すぎて仕方が無い。
そんな時に、不意に奇妙な光景が飛び出して来たかのようだ。
まあ、そうだろう、いつも通りに授業をしようと思ってやってきたら転校生でもないのに見たことない奴がいたら驚くであろう。
いや、実質的には指で示された少年は、転校生でもないし、ずっと前からこの学校にいる。
ただ、今までとはどことなく雰囲気が違っているからそう思われるだけなのであって、赤の他人ではない。
だが、あまりにも唐突で、大きすぎる変化に先生は戸惑っているのだろう。
それは何もその教師に限った訳でなく、実を言うとクラスメイトほぼ全員が仰天しているようだった。
例外を挙げるとしたら、前日全ての事情を聞かされた陸上部、の一員である乙海凛、そしてなぜか澄ましたままの氷室冷河。
「誰って先生、俺ですよ。楓です」
「いやいや、嘘だろ。えっ、かえで、ってえっ?」
目を丸くしながら大の大人が呆然としている様子に、クラスの生徒は笑わなかった。
それよりむしろ、その人の露骨な驚きに便乗して、隠していた驚愕を少しずつ露わにし始めた。
こそこそと後ろで話すようにしている奴もいれば、何も考えずに「マジかよ」と言っている者もいる。
やっぱりこうなるんじゃないか、心の中で彼は悪態を吐いた。
昨日、家に帰った楓は竹永の命令通りに髪の色を元に戻さないとと思い、母親に相談してみた。
正直、今黒く染めている分の髪の毛は一旦黒いままで、次に生えてくるけを地毛としてそのまま伸ばすまで待とうかと考えていた。
だが、母親に茶髪に戻すと打ち明けると、簡単に同意し、急に明るく持ち直して口笛を吹きながら去って行ったかと思うと、手に何かを以て戻ってきたのだ。
何を持ってきたのかと思えば、シャンプーのボトルのようだった。
実質、それはシャンプーだったのだが。
「いや、最近のやつって凄いのね」
とか言ってたのまでは楓は覚えている。
その後は、ほとんど母が暴走じみた行動に走りだし、必死に抵抗しようとしたことしか覚えていない。
半ば連行するようにして風呂場に楓を連れて行った母は、まず、身ぐるみを剥いだ。
母だから許される行為だが、一応楓は思春期の男子高校生だ、必死に抗ったが……敗北。
その後も暴れる楓を、幼い子に対するそれと同じようにして抑えつけた彼の母は、その特殊なシャンプーを使って洗髪するとあら不思議、瞬く間に地毛の色を取り戻した、ということだった。
正確にはそのシャンプーが髪の毛を染めたのではなく、染めていた黒い染料を洗い流したのだ。
何にせよ、楓が黒髪から茶髪に変わったことだけ押さえておけばいい。
「えっと、高校デビューにしては遅くないかい?」
「いえ、小学校からずっとやってたのを戻しただけですよ」
「ん? それってどういうことだい?」
「地毛がこっちなんすよ。ずっと黒くしてただけで」
何をためらうこともなく、楓がそう言ってみせると、教室中がどよめくようにしてより一層うるさくなった。
もはや先生も授業どころではないとでも言いたげに、楓の方にのめり込んでいた。
正直、家庭科の授業など週に一回にしてもほぼ無意味だと思っていた楓にとって少々ありがたいのだが。
「まさか、楓が生まれ切っての不良だったとは……」
「赤弥、殴られたいのか?」
「め、めめ、めっそうもありません」
楓は極力普通に話しかけようと笑って見せたのだが、苛立ちが隠しきれずに垣間見えていたらしい。
怯えた表情で隣の席の赤弥が顔を引きつらせているのがすぐに分かった。
ただ、この中でも一際冷めたような目つきをしているのは、もちろん氷室だった。
「なんかただの目立ちたがりみたい」
ぼそっと呟くようにしたその言葉を、楓は聴き逃さなかった。
ムッとした彼は突っかかるようにして反論した。
「違ぇよ、先輩命令だ」
「へぇ、そう。じゃあ最初に黒くしてたのは誰命令なのかしら?」
「……大体分かってんだろ。お前が分からねえはずねえだろうが」
「二人とも何の話してんの?」
険悪な雰囲気で口喧嘩するのを最初に仲介しようと出てきたのは乙海だった。
おそらく、転校してきたばかりの氷室と、楓の二人がどうして二人で舌戦を繰り広げているのか分からないのだろう。
正直、男子からの目線が怖いなと楓は感じた。
何でお前が氷室さんと仲良くしているんだという無言の怒りが押し寄せてくるのがすぐに分かった。
「昔話よ。私達小学校が同じだったから」
「バッ……今そんなの言ったら」
ほら、目線が指すように鋭くなるじゃないかと、叫びたくなるのを楓はグッとこらえた。
男子の嫉妬と驚きの混じったその目線が本当に怖すぎる。
ただ、彼にとってはそれよりも遥かに恐ろしく感じることが他にあった。
やはり、圧迫感は未だに克服できている気がしなかった。
茶色いその髪を指差されて嘲笑されている気がしてならなくて、常に周囲に気を張ってしまいそうになる。
白石琥珀も言っていたじゃないか、別に自分が、楓が悪いことじゃなかったって。
そういうのに付け込む奴の方がよっぽど汚いって、言っていたじゃないかとなだめすかすようにして胸中で反復する。
「まあ、にしても今まで髪の毛染めてたのに理由ってあるのか?」
「……皆と違うっていうのは不便っていうか……不憫っつーか……」
「この意気地なしは為すがままに虐められてたのよ」
決まり悪そうに答えようとした楓なのだが、何とか直接的な言い回しを避けようとしている間に氷室が遮った。
自分の事なのだから慎重に言葉を選ぼうとしていた楓なのだが、氷室にそんなのは関係が無い。
楓の気持ちよりも、手っ取り早さと伝わりやすさを考慮し、ただ淡々と事実をそのまま言葉に転換した。
気の抜けるような、間抜けた楓の声が教室内に飛んでももう遅い。
最初に楓が登校してきた時に、今日これ以上の驚きがあるだろうかと思っていた彼らも、さらに驚いた。
ただ人が良いだけの同級生が、ただ頭髪の色が違うというそれだけの理由で、不当な扱いを受けていたのが信じられなかったようだ。
ただ、楓としては驚かれてしまっても仕方が無い。
なぜなら、虐めはもうすでに起こってしまったことであり、今となっては過去にあった本当の出来事なのだから。
もうすでに授業なんてすっかり忘れ去られているんだなあと、冷静な楓が口を挟もうとしているが、話しだす隙もなかった。
「じゃあさあ……一つ訊きたいことがあるんだけど」
「どうしたの、赤弥」
急に神妙な面持ちになった赤弥が氷室の前に立ちはだかった。
なぜか彼女は、とても不満げで、苛立つような目をしていた。
「氷室ちゃん、知ってて何もしなかったり……した?」
「何に対して?」
「だから、楓の虐めについて」
「……。首謀者が中々に狡猾でね、そもそも知らなかった」
そっか、仕方ないねと残して、赤弥は黙り込んだ。
それをスイッチとしたかのように、皆は、というか先生は大切なことをふと思い出したようだ。
今は授業をしないといけないのだと。
ただ、今の心境としては、先生としてもあまり授業に対しては乗り気ではなかった。
なぜか? 当然だ、空気が重苦しすぎる。
ふと、ちょっとでもそれを和らげるために丁度いいものを教師は思い出した。
「今日の都市伝説コーナー……」
また始まったよ。
目論見通り、きっちりとその場の雰囲気は少しだけなごんだ。
でも、まだ知らない。
終末の採択試練まで、後三日だけ。
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