複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- DARK GAME=邪悪なゲーム=
- 日時: 2012/09/14 21:51
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 3TttADoD)
えーと同じくファジーで能力もの書いてる(打ってる)狒牙です。
今回は結構暗そうなものをしたいなということで・・・
まあ、言ってしまうと時折(多分頻度は少ない)グロイかな?
基本的には普通ですので・・・
アドバイスとか変なところ(誤字脱字)があったら言ってください
よろしくお願いします
下手に内容を説明するとネタバレみたいになるんで
一気に一話目打ちます。
そしてこの作品では文章の形式を変えてみたいと思います。
一話目 招待状
「暗いなぁ・・・」
夜道を、一人の男子高校生が帰っていた。もちろん一人でだ。
等間隔に設置されている街灯の光を頼りにいつも通りまっすぐ家に帰っていた。
高校に行き始めてもう三カ月程度経っている。二回目の定期テストが終わり、その手ごたえを塾に伝えに行った帰りだ。
辺りはもうすっかり暗くなっているが、今日はたまたま曇っているだけでまだ八時にもなっていない。普段ならもう少し明るめだろう。今は月の光すらほとんど届いていないのだから。
家にたどり着く寸前の急な坂道に青年は差し掛かった。ここだけは何年暮らしていても全く慣れることはできない。角度がそれなりに急な上、それがダラダラと百メートルも続いているのだから疲れている時にはお手上げだ。疲れる意外にここを説明することばはパッとは思い付かない。漢字で表すなら『苦』だ。しかし、苦あれば楽ありということわざもある。
息を荒くして切らしながらその坂を登りきった彼は汗で少し濡れた顔を上げた。そこには、いつも通りの自分の家の景色があった。隣にある家も普段と何一つ変わらない。
その家の門の前を通った時にチラッとその中の様子を見た。そこには、住人の一人であるまだ制服を着たままの女子高生がいた。
「あっ、先輩こんばんは」
「おー、楓じゃん。塾?」
それは紛れもなく自分の部活の先輩だった。楓と呼ばれた彼の本名は楓秀也(かえで しゅうや)。二人とも同じ高校の陸上部員だ。
といっても、楓は長距離、先輩の方は短距離だった。この時間がまさに『楽』の時間だ。
楓は先輩のことを尊敬している。なぜなら、目の前にいるこの人間は去年インターハイで優勝したからだ。距離が何であろうと関係なく、速い者にはすぐにあこがれる性格だから家がすぐ近く、というより隣の家にその人が住んでいるのは光栄だった。
ここで一つだけ勘違いしてはいけないのが、別に恋愛対象として見ているのではなく、好きは好きでもスポーツ選手のファンのような感覚だ。思慕の念よりも崇拝と言う方が近い。それほどまでにこの先輩を慕っている。
ついでに言っておくならこの人の名前は竹永叶(たけなが かな)という。
「普通科は大変だね」
重い教科書を何冊も詰め込んだ大きなリュックサックを背負って地獄と読んでもいい坂を登り終えた楓に笑いながらそう言った。
彼らが通っている高校は、体育科と普通科に分かれている。竹永の方は体育科で、楓は普通科だ。しかもこの学校は体育科の連中はスポーツに強く、普通科の連中は勉学ができるというものだ。だから地元でもかなり有名な行きたい高校ナンバー1に選ばれ続けている。
「そうですね、でもテストが一段落したんでしばらくは楽な生活ですね」
そう言うと、今度は先輩があからさまに疲れたような顔つきになった。その理由は簡単だ。夏休みは腐るほど大会がある。一年にしてインハイで優勝したのだから大会に出されまくっているのだ。相当にだるそうな顔をしている。
もうすぐ鬼の合宿と呼ばれるイベントが近づいているからだろうか?
「たまにさ、裏側の世界があったら言ってみたいと思うよ」
このポツリと特に重要な意味を持たない言葉が発せられたのを聞いたとき、ふとある噂を思い出した。いや、都市伝説というべきかな。内容はこんなものだ。
真夜中は気を付けないといけない。特に招待状を受け取ったなら。
招待状は突然現れる。血のように紅い封筒にどこまでも続く深い闇のように冷たい黒い紙に『You are invited』と白く描かれた紙が入っている。
それが招待状だ。そこでは夜な夜な残酷なゲームが行われているという。
まあ、この話はまだそこまで出回っていないので、元からそういうのに興味の無い先輩が知るはずもないからただの愚痴だと思ってスルーしようとした。でも、自体は思っている以上に深刻だった。
「なんかさっきポストを見たら真っ赤な封筒が入ってたんだ」
これを聞いた瞬間にはまだただの世間話だと思って普通に接していた。
だが、その一秒後にまたしても噂を思い出した楓は硬直した。それでも、先輩はその封筒がどういうものなのか説明しているからこっちの違和感に気付いていないが、楓の胸の中では胸騒ぎがしていた。
先輩は、その中からどす黒いハガキを取りだした。そこには、やはり文字が書いてあった。
『You are invited』
これが視界に入った瞬間、瞳孔は一瞬にして開いた。そこには、幽霊を連想させるように白い字でそう書かれていた。
かく汗の中に冷や汗が混じる。これではまるで噂と同じだ。
「後ろにも変なことが書いてあるのよね」
そう言って今度は紙をひっくり返した。そこには、今受けた衝撃よりもさらに強いショックを与える文が書いてあった。
『おめでとうございます。あなたはご当選いたしました。裏の、闇の世界へのペアチケットです。あなたと、もう一人誰かをお誘いください。何、迷うことはありません。隣家の後輩で結構です。[げえむ]は今晩の八時から、次の日の午後八時まで行われます。それまでにもう一人の方とご一緒しておいてください。』
背筋に悪寒が走った。この内容を見る限りこれの差出人は明らかに先輩を狙っている。隣家の後輩とはまず俺で間違いない。
怪しい雲がさらに月の光を隠すようにもうもうと寄ってくる。ふと時計を見るともうすでに時刻は七時五十九分を示し、秒針はもう・・・
十二の文字にかかろうとする瞬間だった。
秒針が五十九秒から六十に動いて行く。その動きがとてつもなくスローに感じられる。体は、ピクリとも動かなかった。
刹那、手紙から迸った漆黒の闇は叫び声を上げさせる暇なく一瞬で楓と竹永を包み込んだ。グチュグチュと妙な音を立てて闇の繭を作り、ゆっくりと地面に溶けていくように小さく下から萎んでいった。
続きます
第一章 鬼ごっこ編
>>1>>2>>3>>4>>5>>6>>7>>9>>10>>11>>13>>14>>17>>18>>19>>20>>21>>22>>26>>27>>29>>30>>33>>36>>37>>40>>41
>>42>>48>>49>>50>>51>>52>>55>>56>>57 総集編>>60
第二章 日常—————編 募集キャラ>>70
>>61>>64>>65>>66>>67>>68>>69>>72>>73>>76>>79 総集編>>80
第三章 楓秀也編 プロローグ>>81
>>83>>85>>89>>91>>94>>95>>96>>97>>99>>100>>103>>104>>105>>106>>110>>111総集編>>112
第四章 氷室冷河編
>>113>>114>>115>>116>>117>>118>>119>>122>>123>>124
コメントしてくれた人です(一度でもしてくれたら嫌でも載ります。すいません・・・)
ryukaさん「小説カイコ」「菌糸の教室」「壁部屋」の作者さん
千愛さん 総合掲示板の方でお仕事なさってます
赤時計さん「花屑と狂夜月」「他人の不幸は毒の味」の作者さん
ゆヵさん 「SNEAK GAME」「めいろ」の作者さん
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 三章十話完成 ( No.101 )
- 日時: 2012/02/14 20:10
- 名前: 赤時計 (ID: u5ppepCU)
いやぁ御久し振りで御座います。。。なんだか長いこと読ませて頂いていなかったので、すごく間が空いてしまい・・・っ!
神田を出させていただきありがとうございます!デコメやるんだなぁと思いました。
本当に陸上について詳しいですよね。。陸上部等をやっていらっしゃったのでしょうか?運動音痴な為文化部に入っていた私にとって羨ましい限りです。
かくれんぼ・・・どうなってしまうのでしょう?なんだか強そう(?)な老人の人も登場しましたし・・・続きが楽しみです!
更新頑張って下さい。。。
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 三章十話完成 ( No.102 )
- 日時: 2012/02/16 20:39
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: rtUefBQN)
多分高校生ならちょっとぐらいは使うだろうってことでデコメ使わせてもらいました。
現役陸上部なのでその辺りは一応知っております。
文化部も少し憧れますね、俺としては。
かくれんぼは次回で終わらせる予定です。
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 三章十話完成 ( No.103 )
- 日時: 2012/02/20 20:38
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Jagfnb7H)
三章十一話 ヴァルハラの使者の正体
「時間無いわよ、隠れる場所の候補は上がってる?」
「ねえよ、今から考える」
今から考えると楓は宣言したが全く当ては無かった。そもそも鬼は五百匹もの蛇。逃げ切れる訳はない。かといって下手に隠れた所で多勢に無勢、すぐに見つかるだろう。コブラについては彼は良く知らないが、蛇ならばピット機関ぐらい持っているだろうと踏む。
ピット機関、わずかな温度差も感知する蛇の素晴らしき性能。それにより獲物の居場所を暗い所でも察知する。
だとすると蛇から隠れるとか、逃げるなんて考えてはいけない。不可能だからだ。ならば蛇が絶対に来れない所に向かうしかない。
だがそんな場所が都合よくそこいら、しかも学校の敷地内に存在しているかと言えば答えは多分ノーだ。蛇と言えば爬虫類で変温動物、冷凍コンテナみたいな所にでも逃げ込めば動けなくなるだろうが、生憎Ⅰ公立高校にそんな施設がある筈ない。
一人じゃ考えられない、そう判断した楓は隣を見た。頼っても良いよなと、心の中でまず自分自身に問う。そして胸の中で結論を下す、大丈夫だと。一人じゃない、隣を見れば良い。氷室は楓が死んで良い訳無いと断言した。つまりは仲間だと認められているのだろう。
困ったら頼るのが仲間だろう? どこかのクソ野郎の声が楓の海馬の中を巡る。
「なあ氷室、学校の中で蛇が来れなさそうな所……あるか?」
「蛇が来れなさそうな所ねえ……寒い所?」
「それは考えたけど学校には無い。くっそ、開始まで残り二分かよ……」
いつの間にやらDeathの設置したディスプレイ付きの砂時計が開始まで二分だと告げている。正確には一分五十八秒だがそんな事どうでも良い。サラサラと、真っ白な砂が下へと落ちている。
爬虫類の特徴を考える。鱗がある、卵で子孫を残す。陸生であり肺呼吸、変温動物である、脊椎動物の一種。数え上げればまだまだキリは無い。だがその特徴のうちの一つが嫌に頭に引っかかった。
「待って……そうだ! そうすれば良いんだ」
氷室が、楓の口から洩れた特徴を一つ一つ吟味して、その中から最も使えそうなものを選ぶ。その顔は自信に満ちている。
「説明は後にするから、とりあえず体育館の方に行くわよ」
「体育館って……倉庫にでも隠れるつもりか?」
「そんな訳無いでしょ? あの倉庫、窓から入り込めるから密室じゃないわよ」
そう言われた楓は思い返した。体育の時に何度かその目に収めたことはあるのですぐに分かる。確かにあそこには壊れた窓がいくつかあり、そこから入られたら大変だ。
「さっき楓は、肺呼吸だって言ったわよね? それなら水中では息ができないって事よね?」
「ああ、そうだけど……ああ、なるほど」
「そう、水の中に逃げ込めばいい。万が一あいつらが泳げたとしても、ビート板でも使って上から叩いて沈めればいいしね」
「だからプールに向かってるって訳か」
「そう、体育館のすぐ隣のね」
目的地がはっきりとした楓は速度を上げた。氷室に付いていくのではなく、自分から道案内をする。多少氷室のスピードの無さが否めないので腕を掴み、走りだす。
「言ってる間に始まるからな、嫌でも仕方ねえだろ……」
「まだ嫌って言ってないんだけど?」
今までの経験上、最悪びしょ濡れになっても元の世界に戻る段階で乾かしてくれるだろうと、二人ともジャージのまま水中に飛び込む。しかしいざ水面に足を付けるその寸前の瞬間に、何やら水の表面に波紋が広がる。波紋は落とし穴のようになって、距離感のつかめない異空間に二人は落とされた。
いきなりの浮遊感かと思えば、その直後に地に足を付けている感覚が足に来た。衝撃は全くなく、すぐにここが人智を越えている妙な所だと分かる。アダムなどと関わっているとそれが常識になってきていて、それがどことなく楓は恐ろしく感じた。こんな事に慣れっこになってしまうと本当に大きな運命に流されてしまいそうで。
「いきなり何だ? まだげえむは終わるどころか始まってすら……」
「開催する必要はないと儂が判断した。合格じゃ」
突然、外に繋がる丸い穴が空間に開くと同時にDeathが出現する。先ほどは無意味だった大きな鎌をその手に持っている。
「合格って、どういう……」
「そのまんまじゃ。儂の想定通りの答えを出した。だからこれ以上テストする必要はないな」
随分勝手な判断だと不平を漏らし楓は舌打ちする。そんな事は意にも介さないようにその大きな鎌をDeathは振り下ろした。異空間中に大きな裂け目が現れ、現実世界が見えた。
本当にテストは終了のようで、これは帰してくれるという事だろう。
「早う帰れ。ヴァルハラの使者に捕捉されたら儂が面倒なんでな」
催促されずとも、氷室から先にその切れ間へと向かう。まるで普通に、ドアを抜けるようにして元の地面に降り立つ。それを見た楓もすぐに元の世界に戻る。
振り返った時にはもう、出入り口は閉ざされていた。
「全く、結局あいつ何だったのよ」
さっきの老人に対して明らかな怒りを向ける。その姿は最初のげえむで初対面した時のように憎々しげな怒りだった。
そんな事よりもと、思い出したように氷室は楓の方を睨むようにして見つめる。特に起こられるような事をした覚えはないはずなのだが楓は回想する。だが、楓が悪いというような内容ではなかった。
「ヴァルハラの使者って結局誰なのよ?」
「ああ、それか……ヴァルハラの使者っていうのは、聖域“ヴァルハラ”に住んでる神様だよ」
「知らないわよ。誰? 言いなさい」
「そんなキレんなって……」
そこで楓は一拍置いた。もしも彼の推測が正しかった場合、ヴァルハラの使者が敵か味方かによって心強さや恐ろしさが変わるのだから。
「北欧神話の最高神……戦と全知全能の剛神……オーディンだ」
続きます
_________________________________________________
最近文章力が落ちてる気がする……
これはちょっと改善して行かないと……
ヴァルハラの使者の謎が今、ほんの少しだけ明らかに!
神話好きな方は元から知ってたかも。
では次回に続きます。
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 三章十一話完成 ( No.104 )
- 日時: 2012/02/29 15:41
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Bt0ToTQJ)
三章十二話
「は? オーディン?」
「今さらそんな事に驚くなよ。アダムの使者とかいう時点で常識は頼りにならねえから」
突拍子もない発言を耳にしたように氷室の顔つきが変わる。まるで伝説に盲信する古代の大人や世で中二病と呼ばれる者を見る憐れむような視線。そのような目を当てられても大差ないほどに、すでに楓は視線を落としていた。
極限状態から解放された楓の精神的なモチベーションはまたしても下がりつつあった。生命の危機という圧倒的にプレッシャーがかかるシチュエーションから脱出した今、またしても琥珀のトラウマに苛まれている。一番怒りを感じているはずの氷室が、それほど気にしていないと言うのに、加害者の方が未だに罪を引きずっているのだ。
過去の罪は清算できても、過去そのものは絶対に変わらない。それは彼が両親から聞いたことだった。だから人間は間違いの起こらないように努力すべきで、もし間違えてしまったら誠心誠意二度目がないように努めるべきで。
でも、例え一時の過ちとしても、してはいけない事は存在するわけで、彼がその内の一つとして教えられたのは『嘘で人を傷つけること』だった。無理やりさせられたとはいえ、実質的に楓が氷室を傷つけた。脅迫されて唆されたこともあるが、やはり断り切れなかった自分自身のせいだと一人で抱え込み、自分一人で包括するべきではない責任で抱えていた。いくら氷室が許すと言ってもそういう信条を刷り込まれて育てられたので、自分で許すことができていない。
「もう良いだろ早く帰してくれよ。明日も試合なんだ」
すぐさまここから抜けだしたい、ただそれだけの願いを込めてそう呟く。氷室に言い聞かせないといけないセリフなのに、自身に言い訳するように、第二者に聞こえるか分からないようなトーンで。
それでも聴覚が優れている彼女にはあっさりと聞こえた。どうやら試合どうこう以前にあまり話しかけない方が適していると判断した氷室は黙り込む。
なぜ、そんな風に塞ぎこんでいるかはもう大体氷室にも分かっていた。それに自分が深い所で関わっていることも。それをすぐに理解したからこそ楓のトラウマを構成しているであろう原因の一つである自分への罪悪感を取り払おうとした。真実を知ったあの日、もうすでに楓への憎しみにも良く似た怒りは、あっさりと鎮静化されていた。
いつか機会があったら、さっきみたいに言って、ぎこちなさぐらい取っ払っておこうと思っていた。だが、氷室一人だけで解決する問題ではなかった。一番根強い所に残っているのが、そもそも虐め自体の中心に立っていた弱い自分と、首謀者の琥珀の存在だ。琥珀からの呪縛からを解き放って、楓自身が変わらないと、何も克服できない。
何か、何か言わなくてはいけない。そう思っても、何を言えば彼の気分を落ちつけられるかなんて氷室には分からなかった。何を言っても心に届かないような雰囲気を楓は出していたからだ。感情の、最も深い根源を揺さぶることなど、自分の力ではできないこと、それぐらいは氷室は理解していた。
それでも、彼女は楓の支えになりたかった。ただ、その感情の正体がよく分からなかった。何だか雲に手を伸ばしているような、形の掴みづらい、そんな感覚。絆みたいな仲間意識と比べると、少し違っている。もっと、脆くてすぐに壊れてしまいそうだけれど、心を作る最も重要な感情であって、確かにそこにある感情。
それが何であるか、氷室は分かろうとしなかった。多分気付くことができても認めようとしないだろう、それには。
「ちょっ……最後に一つだけ……」
何でもいい、何か一つで良い。どうにかして楓を励ますような言葉が欲しい。懸命に言葉を選ぶ。今に合った言葉を。深い所にまで届けられるような台詞を。自らを楓の中の助力にできるような、そんな強いフレーズを。
「何だ? できたら早く言って欲しい」
「えっと……嘘じゃないんだ……」
「……一体何がだ……?」
「……さっきの事だよ。あんたが死んだら嫌だって」
「ああ、それか。誰であっても目の前でなんて死んでほしくないしな」
「そうじゃないっ!」
喝を入れるようにして氷室は声を荒げる。これはもはや自責の念などではないと氷室は察した。思い込みが激しすぎる。もう気にするなとも、許したとも言っているのに、頑固になって彼は人の話を聞こうともしていない。勝手に嫌われていると、根拠の無い虚構を事実として信じ込んでいる。
空港での対面でキツく言い過ぎてしまったかと後悔する。事実なんてしらないままに、罪悪感という恐怖に囚われる楓の心を抉り過ぎた。琥珀のそれほどではないが、氷室に対する後ろめたいものを覚えさせてしまったのだろう。
聞きわけの無い弟を叱りとばすのと同じ口調で、そうじゃない、なんて叫んでしまったが、その続きに何を繋げればいいかまだ分かっていなかった。でも、こんな楓は見ていられない、自分の知る彼ではないと強く感じた氷室は、何も考えずに感情に任せて口から言葉を吐いた。
「確かに、どんな悪人も罪人もそこで死なれたら確かに嫌だよ。でも、今言ってるのはそういう事じゃない。あんたがどう思ってるかは知らないけどね、私は楓は別に嫌いじゃない。憎んでないし恨んでない。むしろ心配すらしてるぐらいなんだし」
「そうか、ありがと……」
「信じろよ少しは……!」
瞳孔を開いた氷室は楓のジャージの襟を掴む。少し焦るような驚愕を露わにして楓は顔を上げた。
「本当に心配してるんだ。あんたはどうだ? あんたがもしも立ち場が逆だったらどうしてる?」
「そんなの……」
「決まってるわよね。同じことするわよ、絶対に。誓っても良いし賭けても良い。そういう甘ったれた優しすぎるのがあんたの短所かつ長所よ」
「短所でもあるのかよ……」
「そりゃそうよ、あんたそんな事だったらいつか、誰かのために命落とすわよ」
「本望だよ、別に……」
氷室の手を強引に振り解き、地面に置いたエナメルの肩ひもを使って走り出した。目から、涙が、こぼれ落ちる、その前に。
「今日の、八百メーター……大丈夫かなぁ? それより先に……マイルか」
足取りが重い。体を暖めたら軽くなる体も、いくらウォーミングアップしても重いままだった。
続きます
- Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 三章十二話完成 ( No.105 )
- 日時: 2012/03/11 11:17
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Uo0cT3TP)
三章十三話
「よし、じゃあまずは私の番かな?」
第四コーナーを曲がり切った地点より少し後ろ、百メートルのスタート地点に竹永は立っていた。袖の無いユニフォームに、短いスパッツという動きやすい服装。そして、前の組の者が出た証拠たる雷管で撃たれた火薬の臭い。次々と表示される数字の変わる電光掲示板や客席からの歓声も、もうすぐ竹永の試合が近づいているのを物語っていた。
その割には彼女はかなりあっさりとしている。緊張なんて微塵も感じておらず、それどころか笑ってすらいる。それも当然だ、この程度の地区予選、竹永にとっては勝ち残るなど造作も無い。それどころか、できるだけ決勝に体力を残せと言われているほどだ。そうでもしないと大事な所でバテてしまうと半ば脅すように忠告された。まあ、忠告した顧問も多少バテたところで竹永が地区予選の決勝なら勝ち上がれると知っているのだが。
それでも、流石に決勝は本気で臨むものと思っている竹永は体力を温存するつもりだ。かといってフライングなど、詰まらないことで失格になりたくはないので、集中を入れなおすために顔を両手で叩く。ただでさえ元気の無い、可愛がっている後輩がげんなりとしているのだ、元気づけられる走りができなくてどうするというのか。
スタートの直前、次に撃つ火薬を係員が準備している間に体を慣らすため、軽く上に跳び跳ねる。スターティングブロック(スタートの時に設置する道具)の左右の距離も調整したので準備は万端だ。
「on your mark」という、審判陣の無機質な声がスピーカー越しに届く。日本語にすると位置について、だ。待ってましたとばかりに竹永はしゃがみこみ、両足のスパイクのピンをゴムに押しつける。時折、強めに押しつけて当たり具合を確かめた後に完全に静止する。発進直前のこの瞬間はいつも静寂に包まれる。その緊張感はいつになっても心臓を跳ねさせ、心躍らせる。
正直負けるつもりはさらさらない。「set」、その掛け声で一斉に、静止した七人が腰を持ち上げる。後は、火薬の炸裂音を待つのみだ。先ほどとは違う、少しざわつきの感じられる静寂は、もはや緊張にならない。ただ、その先にあるレースを早く始めて欲しい。だが、流行る気持ちを押さえないと失格になる。
そんな心情を察したかのように、静けさの中を一つの発砲音が駆け抜ける。まだかまだかと待ち望んだ開始の合図、誰よりも早くに竹永は駆け出した。スタートのその瞬間だけで既に独走、加速も最高速度も圧倒的に上回っている竹永に、他の者は誰一人として勝てなかった。
ゴールラインを越えて、ゆっくりと減速する。ラインを三十メートルちょっと越えた所で、振り返った彼女は客席の方を見た。見つめる先には自身の高校の観戦している位置。
「あんのバカ、いつになったら立ち直るつもり? もうすぐ楓の出番なのに……」
視界の中心に映るのは、一人の後輩。当然のごとく楓だ。周りに合わせて笑って拍手しているが、作り笑いなのは丸分かりだ。目が笑っていない。そんな事では先が思いやられる。
この試合が始まる前、竹永は彼に言っていたはずだ。しゃんとしろ、と。何かが起こっているのは自分も気づいている。無理に話せとは言わないが、気持ちだけは強く持っておけと。それなのに、何かに取りつかれたようにして、暗いまま。正直言って見てられない。
「さてと……頼みの綱は、代介の叱咤激励と、凛ちゃんの試合かしらね? それで立ち直らなかったら……」
あらかじめゴール付近に置いておいた着替えを上から着て、靴を履き替える。そこまで弱い人間じゃないと信頼している彼女は、立ち直らなかったら、その先は言わなかった。
信頼している、そう言えば聞こえは良い。これ以上何もできない、それが真実なのだが————。
◆◇◆
「やっぱり竹永先輩速いなぁ……」
「うん……そうだな……」
「何だよ、元気ねえな。テンション高く行けよ。圧勝だぞ、圧勝」
本気でないとは言え、憧れの先輩の試合だ。普段ならば息を呑むような興奮と共に喝采を上げるだろう。だが、もう分かり切っていることとして、彼のモチベーションは低い。そんな事ではしゃげるような余裕は無い。
そろそろいじらしく感じてくる代介だが、叱りとばしたところで気合いを入れなおせるだなんて到底思えない。何とかするには楓自身が壁を越えようとしなければならない。
しかしこびり付いた心的外傷というものが剥がれ落ちるには、外からのファクターが、時として必要だ。自分一人で、忘れる以外の方法で乗り越えられるものは、おそらくトラウマとは言わない。強靭な精神力を持った大の大人ならともかく、一人の高校生には不可能だ。
こういう場合に、塞ぎこんだ状態から脱却するのに必要なのはおそら二つ。一つは楓自身が向き合おうとすること。もう一つは、外からの刺激として外傷を心に刻み込んだ本人との接触だ。一歩間違えれば傷口を抉りそうな、ショック療法が後腐れなく傷を癒着なしに接着できるのだろう。
「なあ、マイル……近づいてるぞ」
「え? ああ、そう。……そうだな。ちょっと体動かしてこようかな?」
「待てって、もうすぐだから女子の四百の一組目見てから行けって」
「…………そうだな、乙海出るし」
「後、伝言な。“下見んな、前向け!”だってさ」
「……あいつは、前向きだな」
楓はゆっくりと息を吐き出す。溜め息を吐くとも、深呼吸をしたとも取れない、中間地点のアクション。とりあえず、現在最も彼が強く感じている感情は不甲斐無さだ。誰にも迷惑をかけずに終わらせようとしていたのに、すぐに感づかれてしまっている。昨日の氷室、隣の代介。準備している乙海、走り切った竹永、多分それ以外の皆も。
「前向け……か……」
「ん? 何か言ったか?」
「いやな、ちょっと。なあ、代介。俺にできると思うか? もしも俺にバトンが回ってきた時に、隣に誰か走ってたとして、抜けると思うか?」
「さあね? 誰が来るかによるだろ。ってかな、お前が走る前にすでに千二百メートル走ってるんだよ、差はもう、そこにあんの」
「でもな、俺には……ちょっとした予感があるんだ。琥珀と並んで走りそうだっていう」
「誰だよ琥珀って」
「俺の髪の毛、黒くした奴だ」
「ハア? 何それ」
「もしも皆のお陰で立ち直れたら、素に戻ろうと思う。いきなりの変化に驚くなよ」
「何の事だよ、訳分かんねえ」
場内放送のアナウンスが響き渡り、二人の会話を阻害する。ゴール地点付近にユニフォーム姿の一年女子がたくさん出てきた。
『これより、二日目プログラム三番、一年女子四百メートル一組です』
続きます。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24

